ザフト軍ローラシア級戦艦ガモフ。
パイロットが使うロッカールームでは、先の戦闘で出撃していた4人が顔を突き合わせていた。
「くそっ、くそ、くそ、くそ!」
「落ち着けイザーク!」
「黙れ!! 新型4機でかかったんだぞ! ナチュラルを相手に、良い笑いものだ!!」
「おまけにお前は、やられて撤退だもんな」
「なに! ディアッカ貴様!」
「怒るなって、状況的には俺も同じだ。あのオレンジがあの場を離れなかったら、俺もお前もそのままやられてた」
ディアッカは思い返す。
あの時、アストレイがミリアリアの通信を受けストライクの元へ向かわなければ、確実にイザークとディアッカはここに居なかっただろう。
鼻っ柱を折られた気分である。
強いて言うなら、ミゲルの忠告を聞いていた分ディアッカの方がそのショックが小さいくらいだ。
「あちらの戦艦も、非常に優秀です。装甲は厚いし火器管制もしっかりしてます。何より武装の火力が違う」
「そして最後の新型。最後に持ち出してきた火砲はMSが携行する様なものでは無い」
バッテリー切れ状態からの復帰の速さ。
恐らくは装備換装によってバッテリーも回復できるのだろう。
戦艦との運用が前提ではあるが、補給に時間がかからないのは彼らが奪った機体と比較しても大きな強みと言える。
「まさか、最後に残った機体があれ程厄介な機体だとは思いませんでしたね」
「うるさい! 次の戦闘ではオレンジとまとめて俺が倒して見せる!」
「お、おい、イザーク」
肩を怒らせてロッカールームを出ていくイザークと、それを追うディアッカ。
アスランとニコルは、それを複雑そうに見送った。
「アスラン……聞いても良いですか」
「どうした?」
「あの新型、貴方と何の関係があるんですか?」
「っ、それは……」
作戦は失敗に終わった。
アークエンジェルはヴェサリウスの追撃を逃れ、アルテミスへと辿り着くだろう。
イザークとディアッカが負けたこともあるが、アスランが初めからストライクに掛かりきりにならなければ……ストライクの鹵獲によって戦場を離れるような事態にならなければ、先の戦闘はもっと違った結果になっていたのではないか。
そう思うからこそ、ニコルはアスランに問う。
それは本当に必要だったのかを。
「すまないニコル……」
「そうですか。わかりました……でも、らしくないと僕は思いますよ」
そう告げていくとニコルもその場を退出していく。
アスランの胸には空虚だけが残った。
「わかってるさ、俺も……らしくないって」
思い描いていた。
ストライクを鹵獲し、本国へと送り。
キラとまた仲良く過ごせる時間が来て欲しいと。
だが、終わってみれば残ったのは拒絶された事実と仲間からの叱責。
失いたくなくて力を求め、必死に努力して手にしたものは、結局何の役にも立たないのだと思い知らされた。
「どうすれば良いんだ……どうすれば良かったんだ……キラ」
1人部屋に残ったアスランは、失ってしまった親友の面影を浮かべて、苦悩の海に沈むのだった。
アークエンジェルは、アルテミスへと辿り着くまでのわずかな時間を休息に当てていた。
幸いにも先の戦闘で艦への損害はほとんどない。
ストライクやメビウスにもほとんど損傷は無く、唯一アストレイだけが脚部の破損と言う厳しい状態まで追い込まれたが、こちらも幸いにまだストライクの予備パーツでどうにかなりそうであった。
ナスカ級を振り切った今、戦闘が起こる事もほぼないだろう。
艦橋にあがり手伝ってくれたサイ達を筆頭に、妙に久方ぶりな落ち着いた時間を過ごしていた。
そんな中、キラ・ヤマトだけは1人格納庫が望めるロッカールームでストライクを見つめていた。
先の戦闘。無我夢中ではあったが、タケルの危機に何も考える事無くアグニのトリガーを引いた。
どうなるか、などは考えなかった。
ただ、目の前で墜とされそうになってるアストレイを見てトリガーを引いただけなのだ。
だが、その事実が重くのしかかってくる。
自分は、何の感慨もなく親友であったアスランを殺そうとしたのだ。
一度だけではない。最初の一射から追い払う様に。
無我夢中でタケルが止めてくれるまで撃ち続けた。
タケルを守りたかった。アークエンジェルを守りたかった。
だが、その先でアスランを殺す事になる事に意識が向いていなかった。
キラは自分の手を見つめる。
戦闘中はずっと震えていたが、今は何でもない。
ヘリオポリスでジンを撃墜した時も。夢中だったから何も意識していなかったが、改めて考えると、キラは既に人を討っている事に気が付いた。
ぞっと、胸から吐き気が込み上げてきた。
「同じじゃないか……僕だって」
あれだけアスランを悪辣に言っておいて、なんてことだろう。己も同じ穴のムジナである。
守りたいから、だから戦っているんだ。
アスランだって、プラントに守りたい人がいて、だから戦ってるんだ。
「じゃあ、どうすれば良いの?」
誰に問うでもなくキラは虚空に問う。
何で戦わなきゃいけない?
自分は、友達を死なせたくないから。
アスランは、プラントの同胞を死なせたくないから。
タケルは、カガリの為に。
ムウは、きっと地球軍の為に。
一体何が本当で、何が正しいのか。
キラは自問自答を続けた。
ぐるぐると巡る思考の中、その答えはいつまでたってもでなかった。
ただ一つ……たった一つだけわかったことがあった。
キラはもう、アスランの命を奪う事はできそうになかった。
タケル・アマノは現在、カガリと共に宛がわれた部屋で休息を取っていた。
先の戦闘、流石に疲労が大きかったのだろう。
デュエルとバスターを引き付け、これを制し。
ストライクの救出の為にイージスとブリッツを強襲。
その後、ストライクが換装を済ませ復帰するまでに、損傷した機体のままイージスとブリッツとやりあい、バスターの援護射撃まで降り注いでいたのだ。
はっきりと断言できるが、とんでもない活躍である。
戦果としてはムウの戦艦一隻の方がよっぽどだろう。
だが、先の戦闘の目的は違う。
アークエンジェルとストライクを失うことなく、宙域を離脱することが目的だった。
それを彼専用に調整チューンされているとはいえ、機体スペックで劣るはずのアストレイでこなしていたのだ。
敢闘賞は間違いなく彼である。
パイロットスーツを脱いでシャワーを浴びてから、タケルは直ぐに眠りに落ちた。
身体がそれを求めているかのように、ぐっすりと。
その様子を見ていたカガリは、訝しむ。
いつもの余裕がない。
疲れていると言えばそれまでだが、そういう類ではないと、長年兄を見ていた勘が告げていた。
はてさて、今度はどんな悩みを抱えているのか。
カガリは、戦闘の経緯までは知らされていないが凡その状況は把握している。
そこに兄が沈んでいる理由があるはずだと考えを巡らせた。
思い通りに戦えなかったか?
いや、それはない。戦果を誇示する様な人間でないことは百も承知である。
機体の損傷が原因か?
これもない。自身の機体よりストライクやアークエンジェルが傷ついていない事の方が兄にとっては重要だろう。
この二者が無事なのは言うまでもない。
ではなんだ……一体何が兄を沈ませている。
悩むカガリであったが答えは意外なところからやってきた。
「アマノ二尉……っとすまない、休息中でしたか」
「バジルール少尉」
2人の部屋に来訪したのはアークエンジェル副艦長、ナタル・バジルール少尉であった。
「兄様に何か?」
「あぁ、いや、その……伝えたいことがあってだな。休息中であるなら無理する必要も」
「伝言だったら私から伝えておくが……私用なのか?」
「私用と言えば私用だが、私用と言う程でも……」
彼女らしくない、珍しくはっきりとしない物言いである。
訝しんだカガリはここに、兄の変調の理由があると察しナタルへと詰め寄った。
「兄様と何かあったな? 洗いざらい吐いてもらおう、バジルール少尉」
逆らえない……抗い難い雰囲気を纏い、詰め寄るカガリに、ナタルは妹であるカガリも無関係ではないと考え、おずおずと口を開いた。
「戦闘前に、アマノ二尉と話す機会がありました。
アマノ二尉は弱気な発言をした自分に、安心できるよう次の戦闘で戦果を見せてやると豪語していったのです」
「へー、それはまた面白い話をしているじゃないか」
兄らしからぬ大言に、カガリは少しだけ喜色を浮かべる。
言い知れぬ期待感がカガリの胸中で膨らんだ。
「面白い? 至って真面目でしたが」
「いや、良いんだ。続きを聞かせてくれ」
「はぁ……とにかく彼は出撃する前から少し入れ込んだような気配だったのですが、宣言通りに途轍もない活躍を見せてくれました。
仔細は省きますが、おかげでストライクもアークエンジェルも無事。大きな損害を受ける事無くアルテミスへと向かう事ができる様になった……のですが」
少しだけ言いよどむナタルにカガリは話の核心が迫っている事を察知する。
一言一句聞き逃さないように息すらも止めた。
「帰投するときアマノ二尉はしきりにキラ・ヤマトへ謝り続けていたようです」
「キラに?」
「恐らくですが、ストライクを鹵獲寸前まで追い込まれた。そのことを引き摺っているのではと考えられます」
なるほど。
戦闘の詳細はわからないが、確かに兄はキラを守る事は第一に考えていただろう。
そのキラが鹵獲寸前にまで追い込まれた事は自責の念に駆られてもおかしくないかもしれない。
だが、まだカガリには引っ掛かりがあるように思えた。
「そういうわけで、先の戦闘についてアマノ二尉には何ら落ち度が無かった事を伝えておこうかと──」
「違うよ。バジルール少尉」
「兄様!? 起きてたのか」
「アマノ二尉──休息は、もう十分で?」
「はい。それと、キラに謝っていたのはそれじゃないんです。まぁ半分はそうかもしれませんけど厳密には違います」
簡易ベッドから身を起こし、タケルは少しだけ体を伸ばしてから、2人へと向き直った。
真剣に、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いていく。
「僕は、敵を討つことに夢中になり過ぎていたんです。
いつも気丈な姿を見せるバジルール少尉が漏らした弱さが、凄くカガリと重なって見えて。
貴方が不安そうにしている姿がどうしても許せなくて。カガリが乗るこの艦を狙う連中が……憎くてたまらなくなってしまって……」
戦闘時の事を思い出していく。
まるで別人に乗っ取られたかのような感覚。
口調が崩れ、視線に敵意が乗り、動きに憎しみが被せられた。
「止まりませんでした。僕は作戦を忘れて、敵を討つ事を優先してしまったんです。
そのせいで、ストライクを鹵獲寸前まで追い込まれてしまった。あれは僕の失態です」
ストライクの状況に全く目を向けていなかった。
引き付けたデュエルとバスターを早々に片付けて、そこから次はイージスとブリッツと。
頭にあったのはそれらをどう堕とすかだけ。
ミリアリアから通信が入るまで、タケルは一度としてストライクとアークエンジェルに気を向ける事は無かったのである。
昔からそうだった。
タケルにとってカガリが絶対的に守る対象となったその日から。
カガリを脅かすものを見ると見境がつかなくなっていった。
自身の手を見つめて、タケルは震えている。
「はぁ、バカだな君は」
「その通りだバカ兄様」
投げられた言葉にハッとしてタケルは2人を見上げる。
「貴方の活躍は他の誰もができない程のものです。敵機を討てればその後の危険が減る事にも繋がります。
戦場に正解はありません。貴方のその発言は結果論に過ぎない。
私は十分に貴方の活躍を見せてもらいました。先も告げたように、先の戦闘において貴方には何ら落ち度が無い事を伝えておきます」
一度に全部を言い切ると、ナタルは満足そうに踵を返した。
「それでは、私はこれで。アルテミスまではまだあります。ゆっくり休んでください」
相変わらずの毅然とした立ち振る舞いで、部屋を後にするナタル。
タケルとカガリは、投げられた言葉をかみ砕きながら、その背中を見送った。
彼女の背中が見えなくなるまでたっぷり30秒はあっただろうか。
沈黙を保っていた2人はおずおずと口を開く。
「口調はきついけど、結構良い人だよな。バジルール少尉って」
「素直に落ち込ませてくれないしね」
「それについては私もバジルール少尉に同意だ。下らない事で何を悩んでるんだ」
「下らないとは言わないで欲しい。これでも僕にとっては本当に重大な悩みなんだよ」
「人にはできる事とできない事がある。私にも、兄様にもだ。できる中で何かをやれていれば十分だろ」
「全くカガリまで……本当素直に落ち込ませてくれないよね」
やんややんやと言い合う2人。
本当に仲の良い兄妹である。
いつの間にか、カガリが危惧したタケルの余裕の無さは消えていた。
先のナタルの言葉が飲み下せてくれたか……カガリはひとまず彼女に感謝した。
「なぁ兄様、ところでなんだけどさ」
「ん? 何、カガリ?」
そうはいっても先の話。やはり見過ごせないことがあるのは妹として当然である。
「バジルール少尉の事が好きなのか?」
「ぶっ!?」
そうだ。
ナタルの来訪から。最初の経緯を聞いてからと言うもの、とにかく気になって離れなかった疑問をぶつけた。
「な、なななんでそうなったのさ!」
「普通そう思うだろ? 少尉が不安そうにしてる姿が許せなくてって、そんな事言ってたらそう考えもするさ」
「だから、それは少尉の姿がカガリと重なったからだって言っただろう!」
普段は余裕ぶっているが存外初心なものである。
と言うよりこれまで、兄の浮ついた話などひとっっっっっつもカガリは聞いた事がなかった。
モルゲンレーテの3人娘とだってそれなりに長い期間を教官として共にいるのにだ。
そんな兄がまるで口説くような歯の浮くセリフを、軍人とは言え女性に投げかけた。
こんな話を聞けば期待せざるを得ない。むしろ期待しかしない。
「本当かぁ? 兄様の性格を考えるに、ああいう強くて引っ張ってくれるタイプはぴったりだと思うんだけどなぁ」
「バカ言ってないで。大体僕はコーディネーター。バジルール少尉はナチュラル。
少尉だってコーディネーターに対しては決して良い感情──」
「こら!」
「いたっ!?」
割と思いっきり頭を殴られて呆けるタケル。
対してカガリはかなり剣呑な表情へと変わっていた。
「コーディネーターってだけで嫌になるなら、わざわざ部屋に訪ねてまで話をしには来ないだろう。
それに、その物言いは私と兄様だけはしちゃいけないはずだ」
照れ隠しの為に発した言葉が逆鱗に触れた。
確かにそうだ。地球軍やザフトならまだしも、“自分達”だけはそれを言ってはならない事だった。
「──ごめん」
「全く。ホント変なところで抜けてるよな兄様は。普段は全然隙を見せないくせに」
「まぁ、いわゆる家族モードって奴だから」
「あまり恥ずかしい姿を見られないようにしろよ。キラなんかは、兄様の事を心底尊敬してるぞ」
「いずれそれもなくなるよ。キラの方がきっと強いだろうし」
「そこは妹として負けて欲しく無いんだがな」
そうは言ってもね──と、気だるそうに言うと、タケルは大きく欠伸を噛んだ。
「ふぁあ、ゴメン、もうちょっと寝るね。連絡が来たら起こして……」
「あぁ」
おやすみ、と小さく告げると、再び簡易ベッドに横になるタケル。
その姿を見て、カガリは小さく笑みを浮かべた。
タケルは軍人だ。十分にその身を鍛え、背丈こそキラと同じくらいだがかなり体格は良い。
だというのに、どうにもその姿は脆く、小さく見える。
元々のタケルの気質を知っているからだろう。
自信が無く、卑屈で。本来であれば、争いごとを好まない性格だ。虐められても反撃できないのだから当たり前である。
そんな兄が、必死に守ろうとしているものがある。
それが自身であることに、カガリは何も疑いを持っていない。
いつだって兄は、自分の為に身を粉にして戦ってくれている。そのことがカガリの胸を温かくしてくれた。
「本当に──お疲れ様、兄様」
ベッドで寝る兄にタオルケットをかけてやり、カガリは部屋を後にした。
辿り着く安息の地。が、欺瞞と慢心が漂う中では、心の安息は叶わず。
自らの居場所と意義を問われたキラは、迫り来る同胞と疑念を向ける味方の狭間で揺れ動く。
身勝手な思惑と欲望──望まぬ戦いを繰り返してまで求めた安息の地で、キラが手にするものとは。
次回、機動戦士ガンダムSEED
『アルテミス陥落』
消えゆく未来に、立ち向かえ、ガンダム!
いかがでしたか
正論で慰めてくれるナタルと
ツンケンから眠った所でそっとねぎらってくれるカガリ
これが書きたかっただけ
もう満足です
ありがとうございました
この話の良さを理解してくれる同志が居ましたら感想ください