月基地へと帰還したドミニオン。
本来の任務であったアークエンジェルの討伐は失敗。
更に、アズラエルの目下の目的であった高性能機、フリーダムとジャスティスの鹵獲も叶わず、ドミニオンの初陣は結果だけ見れば散々なものである。
思い通りにいかなかった戦果に、オブザーバー参加のアズラエルもご立腹かと思えば──しかし、そんな事は無かった。
帰還の道中でアズラエルは終始上機嫌と言わざるを得ない雰囲気であり、ナタルはいっそ不気味とまで思っていた。
「おぅ、戻った様だな、バジルール少佐」
「ミュラー准将……はい、先程基地の方に帰還致しました」
通路を歩いていたところで呼び止められ、ナタルは敬礼を返しながら、歩いてくるミュラーを迎えた。
「どうだった──ビジネスマンのお守りは?」
「准将……問題発言ですよ」
「だから小声で言ってるんだろうが。聞かれたらまたネチネチ嫌味が飛んでくる」
「わかってるなら言わないでください。それと私を巻き込もうともしないでください。准将の愚痴に付き合ったら、私も同罪になります」
「お堅いねぇ。それによく頭が回ってくれやがる。俺の副官みてえだ」
「それはさぞかし、副官の方も大変でしょう……副官と言えば、アルスターはどうしてますか?」
ミュラーの副官という言葉に、ナタルはフレイの事を思い出して問いかけた。
元々、フレイ・アルスターはミュラーの計らいで彼の副官という名目の保護下にあった。
ブルーコスモスにその境遇を利用されない為ではあったが、その盟主たるアズラエルが月に上がってきた事もあり、ブルーコスモス側に動きが無かったかは、ナタルも気がかりだったのだ。
「ちゃんと保護してるぞ。今は俺にコーヒー淹れながらいろいろ勉強中って所だ」
「なるほど、体良く若い子を傍に置いていると」
「人聞き悪い事言うなよ。俺は妻子持ちだぞ。娘よりも年の離れたガキに変な感情を抱くかよ。お勉強の一環だ。戦後の世渡りのな」
「本当に、彼女を体よく利用するつもりなのですね」
「そっちについては本気だからな。その為に俺の副官として月艦隊に編成した────のだがな」
「──何か?」
どこか訝しむような気配。
言葉を濁したミュラーに、ナタルも疑問符を浮かべた。
「雲行きが怪しくなってきやがった。アズラエルの奴が帰還早々、ワシントンに戻ってお偉いさん達と協議に移るそうだ」
「協議? 何か緊急の事態が?」
「手に入ったんだとさ……Nジャマ―キャンセラーが」
「Nジャマ―キャンセラー……それは、まさか!?」
言葉の意味を理解して、ナタルは目を見開いた。
「あぁ、核が再び俺達の手に戻ってきたという事だ」
「では、協議というのは……」
「十中八九、核攻撃についてだろう。プラントのNジャマ―で封殺されたとはいえ、元々備えとして核兵器は作られていたんだ。それを持ち出してくることくらいわけない。
月艦隊の編成ももうじき終わる──次ドミニオンが出撃するときは、恐らく核攻撃を念頭に置いた月艦隊でのプラント総攻撃だろう。
このまま俺に付いて艦隊に同乗すれば、アルスターが目に焼き付けるのが戦争の火ではなく、核攻撃による虐殺の光になるやもしれん」
ミュラーが漏らした想定に、ナタルの表情が歪む。
それは、どれだけ凄惨な光景となるのか──想像すらできなかった。
たった一発の核ミサイルが齎したユニウスセブンの悲劇。それですら、これ以上は無いと思える程凄惨な光景であったというのに。
核によるプラント総攻撃──背筋に怖気が走る気持ちである。
できる事なら持ち出すだけに留めて欲しい。
撃ち、放ち、プラントを焼こうなどとは考えないで欲しいとナタルは切に願った。
だが、連合は既にアラスカでサイクロプスを使用している。大量殺戮兵器の使用に、今更躊躇する事は無いだろう。
核を使えなかったから使ってこなかっただけだ。使えるようになった今、ここまで戦火が広がった戦争において、ブルーコスモスに偏った連合上層部が躊躇う理由がない。
「これについて本人には、もう?」
「話したが、聞かなくてな……最も凄惨な光景から目を背けた人間の言葉に、戦後誰が共感してくれるのかと────そりゃあそうかもしれないがな」
「だから、私からも説得しろとでも?」
打てば鳴る様に、次々と言葉が出てくるナタルに、ミュラーは僅か顔を顰めた。
察しが良いというか良すぎると言うか。まるで思っている事が全部読まれているような感覚に陥ってくる。
「お前は嫌な部下だな。何でそう言い辛い事を察してズケズケと……身構えていたこっちの身にもなれ。あぁ、その通りだよ。同じアークエンジェルのクルーのよしみだろう? お前は大分頼りにされてるみたいじゃねえか」
「勝手に引き抜いて、戦後手足となってもらうと発破かけたことを今更後悔しても遅いです。彼女は自らその道を選んだのです。
私は、彼女の意思を尊重するべきかと具申します。今後の彼女の為になるのは確かです」
「心配性かと思えば、随分と高く買っているんだな。アルスターの事を」
「大切な父を失って尚、戦争を無くすために戦うと彼女は決めました。アークエンジェルにいた時から、その芯の強さは見えていましたから」
「優秀だねぇ、どいつもこいつもガキの癖に」
「アークエンジェルが准将の言うガキに支えられた艦だという事はご存知のはずですが?」
「そう言われると良い大人として、手本のての字くらいは見せなきゃなんねえだろうが」
「ならばお見せください。良い大人なのでしょう?」
変わらずポンポンと返してくる言葉に、何か含みを感じてミュラーはナタルへ怪訝な表情を浮かべた。
「バジル―ル……さてはお前、アズラエルを任せた事根に持ってるな?」
「何のことでしょうか? 私情を挟んでるつもりはありませんが────では、任務の報告書をまとめなければいけませんので、これにて失礼します」
敬礼をした後、踵を返して去っていくナタルの背を見送り、ミュラーはまたも大きくため息を吐いた。
優秀が故に、弁が立つ。彼女のその能力はアラスカで見せられていたが、こうして彼女の上官になって思う。
なんと嫌な部下であろうか。上官をこれでもかと言い負かして去っていくとは。
聞いてた話では、ナタル・バジル―ルは軍人らしくもっと上下関係に堅いイメージであったが、彼女も色々と見て聞いて変わってきたということなのだろう。
上官と部下の形に囚われない様なやり取りは、1つの信頼の証とも見て取れた──が、マリュー・ラミアスはこれを御し切っていたのかと思うと、ミュラーは素直に感嘆した。
「やっぱり引き抜いておけば良かったかねぇ。良いコンビだったろうに」
激戦を潜り抜けてきた艦長と副長。
そのままドミニオンを任せられたらどれだけ優秀だったことか。
それこそ、アズラエルに艦橋で好き勝手言わせる事もなかったかもしれない。
「まぁだが、そうなれば今度はドミニオン毎逃げられるだろうな」
核攻撃──それが目の前に迫った今、准将である自分も地球連合に疑問を抱く1人だ。
戦後を見据えて。それはあくまで戦争が終結し互いに歩み寄る未来があっての事。
間違っても、相手を滅ぼして得られる様な終戦を見据えてはいない。
こんな事態となれば、どの道アラスカの事がなくともマリュー・ラミアスは離反していただろう。
「はぁ……ハルバートンよぉ、俺がそっちに行くから代わってくれないかね?」
どうにもならない現実から目をそらして、ミュラーは亡き戦友へと思いを馳せるのだった。
「はぁ~、疲れたぁ」
大きく伸びをしながら、フレイ・アルスターは月基地の通路を歩いていく。
先程までミュラーの元で勉強と言う名の今後の情勢を聞き及び、改めて決意表明をしたところであった。
地球軍が行う核攻撃。
自身が今後担う役割の為には、目を背けてはいけない事実だと、フレイは感じていた。
戦略兵器──その威力が高すぎるが故に、本来は使用する事を目的とはしないものだ。
本来の存在意義は抑止。それを使えば、相手への損害はもちろん、自身にもそれ相応にしっぺ返しがくるからだ。
いわば、それ以上は進んではいけないと分別をつける最後の一線。
撃てば、その線を超えてしまう。互いにタガを外して戦略兵器を撃ち合う馬鹿げた戦争の始まりとなる。
想像して、フレイは身震いした。
「ホント、何処までやる気なのかしら……気持ち悪い」
その表情に浮かぶのは侮蔑。
同じ人間でありながら、コーディネーターを存在してはならない者と謳い、そして滅ぼそうと躍起になっている。
そもそもの問題として、フレイは地球連合が行った非道を断じて認めてはいない。
友人達が乗るアークエンジェルがアラスカで捨て石にされたサイクロプスで諸共自決させられそうになった事。
その上、それらをザフトの新兵器によるものだと公表して、捨て石にされた部隊の者達を尊い犠牲と嘯いた事。
アークエンジェルが何とか逃げおおせて健在だと言う事を抜きにしても、決して許せる者ではなかった。
「アルスター!」
「えっ、バジルール中──少佐!」
背後からかけられた声に振り返る。
この月基地で唯一の見知った顔、ナタル・バジルールの姿がそこにあった。
ハッとして、フレイは慌てて敬礼を取った。月基地に来てからもうそれなりに日々を過ごしてきている。
ようやく様になってきた敬礼を見せたフレイに、ナタルは微かに笑みを浮かべていた。
「バジルール少佐、戻られてたんですね」
「先刻な……休憩に向かうところか?」
「はい。ミュラー准将に今後の事とか色々と話を聞いて、少し考えを整理しようかと」
「なら、私の部屋で少し話そう。ちょうど君に聞かせたい話もある」
「あっ……ふふふ。はい、わかりました」
ナタルの言葉にフレイはどこか嬉しそうな。どこかおかしそうに笑い声を押し殺していた。
そんなフレイの態度に、ナタルは少しだけ顔を顰める。
上官の話に笑いを噛み殺すなど、ガチガチの軍属であれば大目玉だろう。幸いナタルは、フレイをそんな風に扱う気はなかったが、それでも妙な含み笑いは余り気の良いものではない。
「む、どうした? 何かおかしかったか?」
「ふふ、すいません──少佐も以前と比べると、本当に変わられたなと思いまして」
「変わった? 何を言っているんだアルスター。私は──」
「だって、ヘリオポリスを離れたばかりの頃の少佐なら、自室に部下を招くなんて事絶対にしない人でしたよ」
むっ、とナタルは口を閉ざした。
確かにアークエンジェルでまだ宇宙を彷徨っていた時は、今程柔らかな物腰ではなかったかもしれない。
軍人らしく在る事が務めだったあの時は、マリューの様にクルーへの気配りも至らなかったし、何より自身が一杯一杯だったからだ。
フレイに言われて改めて認識したが、これが自身にとっての成長なのだろうと思えた。
「成程、確かに以前の私はそうだったかもしれんな」
「という事は、私が初めての招かれたお客さんという事で──」
「すまないがアルスター、それだけは違う」
「えっ?」
思いがけないナタルの否定に、今度は表情を固めるフレイ。
どういう事だろうと思考を巡らす前に、その答えはナタルの口からもたらされた。
「残念ながら私が初めて自室に招き入れた人間はアマノ二尉だ。アルスターではない」
「嘘ぉ!?」
「そんなに驚く事か? アルスターは認識していなかったかもしれないがアマノ二尉は優秀な軍人だ。艦の責任者で在る私やラミアス艦長。フラガ少佐とは色々と艦の動きも含めて話をする事が多かった。おかしくはあるまい」
実際には、責任感に押しつぶされそうなタケルの心のケアだったのだが、それをフレイが知るよしも無い。
事実の中に嘘を交える──巧みな嘘の吐き方である。
「えぇーがっかり。少佐の初めてをもらったと思ったのに」
「アルスター。君は何を言っているんだ……」
「それじゃあもしかして、少佐の初めてのコーヒーを淹れてもらったのも?」
「初めてのコーヒーにどれ程価値があるのかは知らんが、それもアマノ二尉だな」
「そんなぁ」
「だから何でお前は悔しそうにしている?」
「だって、鬼の副長と呼ばれたバジルール少佐が自室に招き入れてくれるんですよ。懐に入り込めたというか、懐いても良いと認められたというか……」
「ちょっと待て。懐いて良いと言うのも聞き捨てならないがその前に、何だその鬼の副長というのは?」
「へっ? 何だと言われても、アークエンジェルクルーの皆さんが言ってましたけど……知らなかったのですか?」
「そんな不名誉なあだ名、私は知らないぞ。一体誰だそんなふざけた呼び名を広めたのは」
「えっと……ラミアス艦長がその……言ってたらしいですが……」
「何っ?」
「何でも、バジルール少尉は艦長の私にも容赦なく厳しくて鬼の様だわって……」
フレイから聞かされる驚愕の事実にナタルはショックを受けるも、すぐにそれは沸々と湧き上がる怒りに変わっていった。
いざという時は頼りになる。まさに艦船クルーの母の様であったマリューだが、元が彼女は技術士官。基本的に規律には緩い人間であった。
気の張りすぎは良く無いという思考の元、非常時以外は緩々であった彼女は、割とだらしがなかった。
宛てがわれた士官室に入れば当然のごとく下着姿で過ごすし、来客が来てもお構いなし。ナタルは何度、彼女の下着姿に苦言を呈したことか。
他にも技術士官だったせいか、熱中すると大事な事が頭から抜けることもしばしば。特に砂漠でジンを手に入れた時は酷かった。
ナタルと交代して休憩に入るはずが、そのまま遭遇したタケルとMS談義に花を咲かせ、気がつけば再びの交代時間になっていた。艦長としての役目と責任感というものを、ナタルは懇切丁寧にみっちり1時間説教させられたのである。
「そうか……そうか、マリュー・ラミアス。自分の事は棚に上げてよくもそんな……」
「しょ、少佐……一応、噂の範囲を出てない話でしたが……」
「ほぅ……という事は不確かな情報を元に、アルスターはラミアス艦長が流したと言うわけか?」
「ひっ!? いえ、それについてはその……」
「何、これから私の部屋でたっぷり話を聞いてやる。良かったなアルスター、君が欲しがってた私の初めてをくれてやろう────鬼の副長の、初めての尋問をな」
威圧感たっぷりに告げられ、フレイは恐怖にその顔を染めた。
首根っこを掴まれて引きずられていくフレイ。彼女を引くナタルの手は強く、足取りはとても軽かった。
月基地はその日、空調の調子が悪く、いつもより少し気温が低かったそうな……
潜伏中の3隻同盟──クサナギ艦内。
「むっ……」
「どうしました、お兄様?」
「何かあったか兄様?」
シミュレーションの監修中だったタケルが急に唸り、対戦中だったサヤとカガリが戦いを止めてシミュレーターから出てくる。
唸ったかと思えば、妙に顔を顰めている兄の姿に、2人は顔を見合わせて首を傾げた。
「なんだか、大事なものを掠め取られた様な気がする……」
「何を言ってるのですかお兄様。お兄様の大事なものなら今目の前にサヤが──」
「カガリ。アイシャさん呼んできてくれる?」
「あぁ、わか──」
「待って! お待ちくださいお兄様! 猫抱きの刑はずるいです! 卑怯でございます!!」
ふざけ始める(本人は真剣そのものだが)サヤに、即座にタケルとカガリは切り札を切り、格納庫を出て行こうとするカガリを抑えて、サヤは必死に兄へと懇願した。
おまけ
「はっっくしゅん!?」
「うぉ!? どうしたマリュー……派手なくしゃみだな」
「うぅん……なんだかナタルに噂されてる気がして」
「副長? なんだマリュー。ドミニオンを見て鬼の副長が懐かしくなっちまったのか?」
「ちょっとやめてよムウ、その呼び方。
「あ~悪かったって。もうここに居ないんだし、副長がそれを知る事ももう無いんだから良いじゃねえか別に……」
「終戦してから彼女と会った時、もし知ってたらどうするのよ?」
「その時は、俺が広めたってちゃんと謝るさ」
「私のせいにしないでよ、ホント」
「はいはい、わかってるって」
ずっと放置しちゃってたフレイのお話。
これから少しずつ出てきてくれます。
アンケを見るとミゲルの人気すごいですね。
死亡ルート回避でかなり活躍してくれてるからかな……作者としてはミゲルを魅力的に描けてるとわかって嬉しい限りです。
他にも結構票が別れてオリキャラ皆それなりの人気があるみたいで、本当に嬉しいです。読者の皆様、愛してくれて本当にありがとうございます。
もうクライマックスに入っていきますが、頑張って書き連ねていきますので、最後までお付き合いいただければ幸いです。