機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHESE-99 終末の光

 

 

 

 地球軍第7機動艦隊。

 旗艦ヘレネ―は未だ健在ではあったが、既にその戦闘力の大半を消耗しきっていた。

 艦載ミサイルも撃ち尽くし、随伴艦もそのほとんどを落とされた。

 これ以上の戦闘続行が不可能として、現在は後退して宙域を外れていた。

 

 

「ちっ、艦隊の損失は確認するまでもねえ……こんな状況で、どうやってあの兵器を止めろってんだ」

 

 苦々しく、艦長席でミュラーは毒づく。

 

 既に核攻撃隊は壊滅。

 アズラエルが乗るドミニオンは健在であったが、他の随伴艦は悉くがザフトに墜とされていた。

 

 今の地球軍にもう、ジェネシスを破壊する手立ては無い

 

 

「准将、このままでは地球が!」

「わかっている!」

 

 クルーの声に必死に思考を巡らせるが無い袖は振れない。

 そんな中、傍らより小さな声が挙がった。

 

「まだ、アークエンジェルが……彼等が居ます」

「アルスター?」

 

 目の前の戦火を必死に見つめ、脳裏に焼き付けていた少女の声にミュラーは呆ける。

 

「ラミアス艦長なら、きっと……あの人達は諦めずにこの戦いを止めようとしてくれてるはずです」

「そいつはそうかもしれないが……」

「准将、核攻撃隊がもう無いのであれば……今は彼等と手を取り合う事ができませんか?」

「アルスター、お前!?」

 

 驚き──だが同時にミュラーは、どこか嬉しさを覚えた。

 

 軍の都合で利用しようとした彼女だが、今目の前の少女は准将である自身を利用して、必死にこの世界を救おうとしている。

 

 今になって改めて思う。

 この少女は真に平和を願う事のできる強い人間なのだと。

 

 

「良いだろう、ドミニオンへと通信を繋げ!」

 

 

 ジェネシスを止める。

 その為に、全てを賭して戦う──その第一歩であった。

 

 

 

 

 

 

 

 クサナギとエターナルの進路を切り拓く為、再びジェネシスへと先行するシロガネ。

 

 ビャクヤで次々と敵機を討ちながら侵攻していくと、脳裏に過る危機感を感じて機体を翻した。

 

 瞬間、シロガネが居た所を幾重にも張り巡らされた光の束が迸る。

 

 

「ふっ、今度は君か……タケル・アマノ君!」

 

 ドラグーンを収納して、プロヴィデンスは大型のビームライフルで幾度もシロガネを狙った。

 

「クルーゼさん!」

「同胞とも言える君だが、残念ながらジェネシスには行かせんよ!」

 

 放たれる光条を躱しながら、シロガネはキョクヤでプロヴィデンスを迎え撃つ。

 それを巧みに躱して、プロヴィデンスがシロガネへと肉薄。

 大型ビームサーベルとビャクヤが火花を散らした。

 

「同じ境遇でありながらこうして相対する事となった……君は今の私にとってタブーなのだ!」

「なにっ!?」

 

 切り結ぶ──光の刃を幾度と散らして。

 その最中、ラウはタケルへと存在の意義を問う。

 

「人類の愚かさを知りながら、今なお世界を信じている君を見ていると──私もこの世界を信じたくなるじゃないか!」

「そんな風に考えられるなら、どうして!!」

 

 プロヴィデンスからドラグーンが射出され、全方位からシロガネを狙う。

 タケルはそれらを躱しながら、しかし躱しきれない光条がミカガミの装甲で霧散し、衝撃にシロガネの機体を揺らす。

 

「信じたくないのだよ! 私はそうなるだけの世界を見てきた!」

「そんな、勝手な事を!」

「だから君だけは、必ず仕留めさせてもらおう────これまでこの世界を生きてきた、私自身の為に!!」

 

 同じ境遇を持つ同胞であるが故に。世界の見方が違うが故に。

 

 これまでの自身を否定しない為に、クルーゼは全てを掛けてタケルを討ちにかかった。

 

 幾重にも飛び交う光。

 ビャクライによってそれを牽制し、その圧倒的機動力でシロガネはプロヴィデンスの苛烈を躱していく。

 

 それでも徐々に追い込まれていくシロガネは、次第にジェネシスより遠ざけられていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このぉ!!」

 

 ガラディンの散弾砲でディザスターを狙う。が、対するディザスターはひらひらと躱し、まるで当たる気配が無い。

 

「あっはは! 全然甘いよ、ザフトのお兄さん!」

 

 急速接近──ディザスターはディバイドがビームソードを構える前に懐へと潜り込み、ディバイドの右脚部を切り落とす。

 

「がぁっ!? んのやろう!」

「ザフトのお兄さんは遅いの、何もかも……そんなんだから兄さんにも手加減されちゃうんだよ」

「てめぇ、人が気にしてることをズケズケと──くっ!?」

 

 ビームライフルから放たれる光を必死に躱す。

 しかし重量バランスが崩れたディバイドに、ユリスの追い詰めてくるように正確な射撃を躱し切るのは困難であった。

 

「ほらほら!」

「くっ、この!?」

 

 左腕部が破壊される。次いでバーニアの片側が。

 反撃しようとし手にしたビームライフルも破壊され、遂にはガラディンまで撃ち抜かれた。

 

「(はっ……なんて女だ。手も足も出ねえ……)」

 

 ミゲルは胸中で小さく零した。

 ミゲルとてディバイドを任され、ザフトのエースとして名高い。

 決して普通のパイロットには届かない高みに居る。

 

 しかし、それでも。

 

 最高のコーディネーターの被検体であり、ブーステッドマンとして一定の処置を施され、更にはSEEDへの発現すら手にしている。

 ユリス・ラングベルトは、人類の中で隔絶されたパイロットなのだ。

 

 油断を排し、遊びを排し、仕留める気となったユリスに比肩するには、ミゲルでは届かない。

 

「終わりだね、ザフトのお兄さん」

 

 身動きのできなくなったディバイドの眼前にビームライフルの銃口を突きつけ、ユリスは無感情な声をかけた。

 

「へっ、さっさと殺せよ」

「何か言い遺すことはある?」

 

 ふっ、と小さくミゲルは笑う。

 最後の最後まで気に食わない性悪女に向ける言葉など、一つであった。

「──くたばれクソ女」

 

 命を握られていても、最後の最後まで悪態をつくミゲルに、ユリスは晴れやかな笑みを浮かべる。

 

「それじゃ、さよなら、ザフトのお兄さん」

 

 可愛らしさすら湛える声音と共にトリガーを引く────その直前に、ユリスの元へと通信が入る。

 

「おい、ユリス!」

 

 最高の瞬間に入ってくる、最高に苛立たせる声。

 黒いMSレイダーを駆る、クロト・ブエルからの通信だった。

 

「はぁ…………もう台無し最悪。何よクロト」

「お前、御守りの連中はどうしたんだよ!」

「はぁ? なんであんたがそんな事聞いてくるわけ?」

「あのおっさんがお前の援護に行けって言うから来たんだっての! シャニとオルガもやられて、あっちはもう全滅しちまったんだ!」

 

 ピクリと、クロトの言葉にユリスは小さく反応した。

 その意味を解して、ユリスの口元は大きく歪んでいく。

 

「────へぇ」

 

 ゾクリと、通信を聞いていたミゲルは総毛立つ気配を感じた。

 これまでにミゲルを嬲っていたのとは違う。

 歓喜と憎悪が入り混じった、酷く危うい気配。

 それが、今のユリスの声音にはあった。

 

「おいユリス、聞いてるのか──」

「──うるさいよ、クロト」

 

 放たれるビームライフルの光────レイダーの右腕部が射貫かれた。

 

「がっ!? てめぇ、何しやが──」

「うるさいって、言わなかった?」

 

 2度目の射撃。レイダーの左腕部も射抜かれる。

 

「ゆ、ユリス……てめぇ……」

「プラントの1つでも落としてくれれば良かったんだけど……核攻撃隊は全滅か。まぁ仕方ないわね。

 クロト、シャニとオルガが死んだのなら、貴方も一緒に逝っとこう?」

「何を……何を言って……」

 

 無反応のまま放たれる続けての2射。レイダーの両脚部が射貫かれた。

 胴体と頭部のみが残されたレイダーのコクピットで、クロトは恐怖に顔を引き攣らせて行く。

 

「あの変態キザ野郎もこれで用済み……あれは私が殺すから、必然もう貴方はドミニオンには帰れないの。だから────薬の禁断症状に苦しむ前に、私が慈悲をあげる」

 

 端正な顔が狂喜に歪み、愉悦に染まった。

 彼女がこれから行うであろうことに思考が至り、クロトの顔が恐怖で埋め尽くされる。

 

「あ……あぁ……やめ……」

「バイバイ、クロト」

 

 シュバイツァを展開。放たれた太い閃光がレイダーを貫き爆散させる。

 

「ふっ、ふふふ……あっはっはっは!!」

 

 狂喜の笑い声を響かせ、ユリスはディザスターを反転させた。

 

 向かう先は────アークエンジェルと撃ち合うドミニオン。

 

 

 留まる事を知らぬ悪意が、戦場に悲劇を振りまき始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 核攻撃隊を防ぎ切り、キラ達はジェネシスへと向かう。

 

 その最中、キラは脳裏に過る小さな違和感を感じ取った。

 

「──この、感じ」

 

 捨て置けない。そんな印象を胸に抱き、キラはフリーダムを別の方向へと走らせた。

 

「キラっ!?」

「アスラン、カガリをお願い! 何か、危険な感じが……」

「あぁ、わかった」

 

 別れていくフリーダムにカガリが心配そうな声を挙げるが、キラは構わず違和感の方向へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!?」

 

 向けられる光を必死に躱し切る。

 既に、幾度もミカガミで受けたドラグーンの射撃によって、シロガネの内部フレームには少しずつ負担が蓄積されていた。

 ただでさえ異常なまでの機動性を持つ機体だ。機体の駆動に掛かる内部フレームの負担は大きい。

 これ以上、ビームの攻撃を受けるわけにはいかなかった。

 

「消耗が見えるな──タケル・アマノ!!」

「くっ、甘く見るな!」

 

 放たれる光条を紙一重で躱す。

 そのまま最大戦速で接近しビャクヤを抜く。

 迎撃に応じようとしたプロヴィデンスの虚を突いて、直前で旋回。

 背後を取り、ビャクヤを薙いだ。

 

「くっ、流石だ!!」

 

 ギリギリのところで、シロガネの動きを読み切ったラウがプロヴィデンスを傾けるが、バックパックに備えられたドラグーンの1基が切り落とされる。

 

「楽しませてくれる……君は本当に!」

 

 反撃に翻される大型ビームサーベル。

 それを、シロガネは機体をのけぞらせて回避すると、再び懐へと潜り込んだ。

 

「このぉ!!」

「ええぃ!!」

 

 間一髪。ドラグーンによる射撃を間に放ち、シロガネが振るった腕部へと命中。

 衝撃に軌道を逸らされたビャクヤが虚空を切った。

 

「ちっ!」

 

 仕留めきれず唇を噛んだタケルは、シロガネを下がらせて距離を取った。

 

 再び動き出そうとしたところで、対するプロヴィデンスが動きを見せない事に訝しむ。

 

「ふっ……ふふふ、これはこれは」

 

 通信越しに聞こえるラウの含み笑い。

 タケルは嫌な予感を覚える。

 

「な、何を笑って──」

「ユリス・ラングベルトから君宛の通信が届いたぞ」

「ぇ……何を言って」

「“早く来ないと、大切なものが全部消えちゃうよ兄さん”。だそうだ」

「なっ!?」

 

 驚きに目を見開く。

 まるで今タケルがラウと戦っている事がわかっているような通信。

 そしてその内容が余りにもタケルにとってはクリティカルとなるものであった。

 

「あ、そ……そんな……」

「どうするかね? 私を倒し、ジェネシスを止めるか────彼女の元へ向かい、大切なものを守るか」

 

 胸を締め付ける苦しみに、タケルは呼吸を荒くさせた。

 今の戦場を──世界がここまでの惨状になった事への責任を感じながら。

 それでも、タケル・アマノに大切な人達を捨て置くことはできなかった。

 

「どちらを選ぼうとも……ジェネシスを止められる保証も無ければ、守れる保証もないがね」

「僕は……僕は」

 

「タケル!!」

 

 飛び込んでくる声。

 シロガネの背後より、巨大な閃光が飛来して、プロヴィデンスを襲う。

 

「ちっ、また君か──キラ・ヤマト!」

 

 ドラグーンを射出して、ミーティアから放たれるミサイルをプロヴィデンスは迎撃していく。

 

「タケル! 大丈──」

「キラ────ジェネシスをお願い!」

 

 

 キラの返答を待たず、タケルはシロガネを走らせた。

 

 シロガネを向けるは、脳裏に過る嫌な気配と、誘う様な感触が得られる方向へと。

 

 

 

 それは、ユリス・ラングベルトが向かった、ドミニオンの居る方角であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルとドミニオン。

 

 マリュー・ラミアスとナタル・バジル―ル。

 

 

 二つの同型艦で、2人の艦長がその鎬を削る。

 

 

「ヘルダート、てぇー!」

「ローエングリン2番、てぇー!」

 

 ドミニオンのローエングリンがチャージを済ませる前に、アークエンジェルから放たれたミサイルが、その砲門を潰した。

 

 互いに損傷は多い。

 だが、まだ動く火砲がある。

 

 それでも、こうして撃ち合う事に、ナタルは虚しさを感じる。

 

 

「艦長、旗艦ヘレネ―から入電です」

「何?」

 

 オペレーターからの突然の報告。

 ナタルはアークエンジェルの動向を気にしながらも通信を要請を受けた。

 

『バジル―ル』

「ミュラー准将!」

『アークエンジェルに戦闘停止を打電しろ! 我々にもはや戦う意味は無い!』

「ですが、それを受け入れられる保証は──」

『聞き入れられるはずだ。お前も知っている彼等なら』

 

 ミュラーが迷いのない目で見つめてくる。それは、一片の疑惑もなく信じている目であった。

 

 彼等を知るフレイ・アルスターが、彼等を信じる様に。

 彼等を知るナタル・バジル―ルであれば、彼等は信じてくれるはずだと。

 

「待て! 何をバカな事を言っている! 僕達は戦闘中なんだぞ! それを相手を信じて停止の打電だ? ふざけるのも大概に──」

「了解しました。ミュラー准将。直ちに戦闘停止を呼び掛けます!」

「なっ、バジル―ル!」

 

 アズラエルの制止を遮って、ナタルはミュラーの言葉に頷いた。

 

 元々わかっていた事であった──既に戦う意味は無い。

 しかし、核を撃った負い目がナタルに信じる事をやめさせていた。

 こうなった以上仕方のない事だと。そうして砲火を躱すことを選んでしまった。

 

「直ちにアークエンジェルへ通信を──」

 

『あぁ、ダメ……ダメダメ、そんな生温い話』

 

 突然ドミニオンに届く通信音声。

 聞こえる声は、ユリス・ラングベルトのものであった。

 

 ドミニオン艦橋の眼前へと、ディザスターが躍り出る。

 そのデュアルアイがドミニオンを睥睨し、そしてユリスの瞳は、艦橋にいるアズラエルへと向けられる。

 

「ラングベルト少尉! 何のつもりだ!」

『ねぇ、アズラエル様? 状況は如何ですか?』

「ユリス! 良いところに来た! あの裏切り者の艦を沈めろ!」

 

 腹心の部下──ユリスをそう信じているアズラエルは、即座に指示を下した。

 未だドミニオンと相対するアークエンジェルへ、その撃沈命令を。

 

 しかし、それに対する答えは、ドミニオン艦橋に向けられたビームライフルの銃口。

 

「なっ!? ユリス、何のつもりだ!」

『うるさいのよ、見た目だけ大きくなったガキが……コーディネーターを屈服させる事だけが生きがいの、陰険で歪んだ嗜好を持った変態──アンタの顔と声を見るだけで反吐が出る」

 

 ありったけの侮蔑を載せた声と言葉。

 自身に逆らうはずのないユリスの反逆に、アズラエルは目を見開いた。

 

 そんなアズラエルから、ユリスの関心はナタルへと向けられる。

 

『ねぇ、艦長さん。今更私達はもう降りられないんだよ? 

 核をプラントに向けて放った────既に終末への幕は上がってるの。最後まで一緒に踊ってくれないと、私も兄さんも興冷めしちゃうでしょ』

「ラングベルト……貴様何を」

『ドミニオンクルーに命じる。ローエングリン展開──照準、前方敵戦艦』

 

 突然の命令に困惑を見せるドミニオンクルー。しかし、驚きと困惑が覚める前に、ユリスは彼等を畳み掛けた。

 

『10秒あげる。死にたくなければ早く準備しなさい』

 

 次の瞬間、ディザスターはまだ生き残っていたバリアントの砲身へとビームライフルを放った。

 

 これは脅しだ。言った事は実行する。

 今彼女は、彼等の命を握っていた。

 

 

 

 

 

 

「第8バンク閉鎖! サブ回線オンライン! 弾薬ノッシュ進行中!」

 

 サイからの報告に、マリューは表情を険しくさせる。

 ドミニオンとの戦闘による損傷が激しく、アークエンジェルはもう身動きが取れずにいた。

 度重なる被弾。これ以上は退艦命令を出さなければならない──その瀬戸際であることを、マリューは感じとる。

 

「ストライク帰投します! 被弾有!」

「なっ!?」

 

 ミリアリアからの報告に、マリューは慌てて状況を確認した。

 

『くそ……クルーゼの新型……も、もう一度……』

 

 開かれた通信モニターからは、コクピット内部まで破損している中で悔しそうにするムウの姿。

 

「報告は後です! 整備班、緊急着艦用ネット用意! 医療班待機!」

『くっ、悪い……』

 

 ストライクの帰投の為、アークエンジェルは完全に動きを止め、ハッチを開く。

 

 

 それは、ユリス・ラングベルトにとってまたとないチャンスとなる。

 

 

 

 

 

『さぁ、動きを止めてくれたよ。死にたくないなら早く撃ちなさい。それとも……今ここで撃たれるのがお望み?』

 

 急かすユリスの声に、1人、また1人と、作業を開始していくオペレーター。

 ナタルはその行動に、驚き目を見開いた。

 

「貴様等! 何をしている! ラングベルトの命令など──」

「黙っていろ! バジルール、アイツは本気だ。撃たなければ、こっちが撃たれるんだぞ!」

「ですが、ここで撃っては!」

 

 恐れに目を血走らせたアズラエルにナタルの声は届かない。そしてそれは他のオペレーターも同様。

 

 自分の命を握られて、抗えるような人間は、決して多くは無いのである。

 

 起動していく、ドミニオンのローエングリン。砲身が展開され、そこに光が集って行く。

 

『あっはは! さぁ、撃って! 私達を生んだ元凶に、大切な艦が目の前で沈む姿を見せてあげてよ!』

 

 ユリスの声だけが高らかに響く中──発射の声も無く、ドミニオンから極大の閃光が解き放たれた。

 

 

 

 ドミニオンのローエングリン発射に息を呑むアークエンジェルクルー。

 

「はっ、回避!!」

「ダメです、間に合いません!」

 

 ストライクを受け入れる態勢であったアークエンジェルに、それを回避する事は敵わず。

 マリュー等は、眼前に迫りくる光を、走馬灯が過る短い時間の中で食い入るように見つめていた。

 

 

 光が散る。

 

 

 艦橋を狙うローエングリンの前に飛び込んだのは、損傷して帰投しようとしていたストライク。

 シールドを構え、圧倒的な光の奔流にその身を晒していた。

 

 

 ビーム対策をしているストライクのシールドであろうと、それはあくまで対MS戦仕様。

 決して艦載砲の……それも陽電子砲のような格外の攻撃を凌ぐためのものではない。

 シールドは徐々に融解していき、機体もまた、透り抜けてくる余波でボロボロに崩れていく。

 

 そんなストライクのコクピット内で、ムウは嘆息する。

 無事に帰るつもりではあったが、それは叶わぬ事態となってしまった。

 

 諦めと悲しみが過ぎるも、彼女の事を、身を盾にしてでも守り切れるのなら、それも本望であった。

 

 

「────はは、やっぱ俺、不可能を可能に」

 

 

 届いていた通信は途中で途絶えた。

 

 眼前で散り行くストライク。

 途切れていくローエングリンと同時に、小さな爆発を起こしてバラバラとなっていく。

 

 

 目の前の現実に、マリューは被りを振った。

 

 

「あ、あぁ……あぁああ……」

 

 

 散った。消えた。死した。

 

 様々な言葉で過る────愛しい人が、もうこの世にいない事を。

 

 絶えない情愛が胸を突き、押し寄せる悲しみが臓腑を捩らせる。

 

 

「ムゥウウウー!!」

 

 

 マリュー・ラミアスの慟哭が、戦火の宇宙に木霊した。

 

 

 

 ──そして。

 

 

 辿り着くは同じである。

 人である以上。人であるからこそ。

 愛する人を奪われれば、憎しみへと帰結する。

 

「──ローエングリン、照準!」

 

 マリューの激情の声に、否は無かった。

 

 目の前で奪われた戦友の命。

 

 すぐ傍で挙がったマリューの慟哭を想えば、アークエンジェルクルーの対応は迅速に行われた。

 

 仇を討つ────目の前で仲間が撃たれた以上、それは自己防衛となり、眼前の敵を撃つには十分な免罪符であった。

 

 

 

 

 

 ドミニオンより放たれてしまった、ローエングリン。

 無残に散ったストライク。

 

 ナタル・バジルールはそれを見て、もう降りられない事を悟った。

 

 ユリス・ラングベルトが言ったように、もはや逃れられないのだと。

 人が争うのは止められない。

 自分達が撃ち合うのは、もう止められない。

 

 

 何故なら、彼女の眼前には怒りに塗れた光が収束していた。

 

 

「(あぁ、すまない。タケル…………君との約束は、叶えられなそうだ)」

 

 

 

 

 

 ユリスは嗤う。

 

 本当であれば、ムウ・ラ・フラガの前でアークエンジェルを堕とし、その後にストライクを撃ち落とす予定であったが、これはこれで良い結果であった。

 

 自身の代わりに、怒りに塗れたアークエンジェルの砲門が、ドミニオンへと向けられているのだ。

 

 この世界の最後を飾るには、こちらの方がむしろ相応しい──そう思えた。

 

 だから、ユリス・ラングベルトは嗤う。

 

 迸る閃光を見て、そして自身が心底嫌悪する男に突き刺さるのを幻視する。

 

 

「さぁ、早く──」

 

 

 焦れるようにユリスは身を捩らせた。

 あとひと押しでこの舞台は完成する。

 

「その光が、今度は兄さんを絶望に堕とすの」

 

 そうしてようやく、己の望む最高の戦いの幕が上がるのだ。

 目を見開き、その光景を凝視しながら、ユリスは口を開いた。

 

 

「だから撃て! マリュー・ラミアス!」

 

「てぇ──!!」

 

 

 アークエンジェルから、極大の光が迸る。

 

 

 

 光が、散れた。

 

 

 

 ドミニオンの艦橋を狙ったアークエンジェルの陽電子砲。

 その光の奔流に背を向けて受け止める、白銀に煌くMSが居た。

 

「アマノ二尉、何を!!」

 

『ダメ、です……ラミアス少佐』

 

 強烈な衝撃がシロガネを襲った。

 しかし、タケルは即座にビャクライユニットをパージ。

 ミカガミで覆われたビャクライユニットを盾にして、ローエングリンを防ぐ体制に入る。

 

『お願いです……僕からこれ以上、大切な人を奪わないでください……』

 

 それが誰を指すのか、マリューだけは理解していた。

 

 ずっと見てきた。

 自責の念に駆られ喘ぐタケルを。

 そんな彼を放っておけず、必死に救おうとする彼女を。

 そして、生きて再会しようと願う、2人の約束を。

 

 マリュー・ラミアスだけは、知っていた。

 

 激情に塗れたマリューは、その悲し気な声に、怒りに囚われた心を落ち着けて行く。

 

 

 シロガネのミカガミで減衰しきれず消滅に至らない光が、装甲面で拡散しドミニオンの艦体を穿った。

 それでも、シロガネの正面にある艦橋だけは無傷であった。

 

 

 

 安堵していた。

 メインカメラが捉えた、想い人の無事な姿に────タケルは心底安堵していた。

 そして同時に競り上がってくる────悲劇を生み出す元凶に向けた憎しみが。

 

 

 遂に、ビャクライユニットがローエングリンに耐えかねて爆散。

 

 ドミニオンの艦橋の目の前で、シロガネが爆炎の中に消えていく。

 

 

「アマノ二尉!!」

「タケル!!」

 

 

 マリューが……ナタルが、彼の名を呼んだ。

 

 だが、2人の憂いに反してユリス・ラングベルトは待ちに待った時を迎えたことに、狂喜の笑みを深めた。

 

 満ちていく──タケル・アマノの本気の殺意が。同じ存在だからわかる。その深さが。

 

 メンデルの時と同じ。

 確実に彼女を仕留めるべく高まっていくタケルの意識を感じていた。

 

 

『──ユリス・ラングベルト』

 

 

 届いた声と、煙の中から光が放たれるのと、閃光が飛び出してくるのは同時であった。

 

 迫り来る光条をすんなり回避したところで、すれ違い様に合わせた光の刃。

 

 迷わずコクピットに向けられたビャクヤの一閃と、殺気を湛えて彼女の名を呼ぶ声に背筋を震わせる。

 

「あぁ、待ちに待った時だよ──兄さん!」

 

『あぁ、君が望んだ時だ──ユリス』

 

 

 届けられる殺意をいつくしむように、ユリス・ラングベルトは白銀のMSへと突撃した。

 

 


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