地球軍ユーラシア連邦保有
宇宙要塞アルテミス
巨大な小惑星の内側に建造されており、独自に開発した光波防御帯、通称『アルテミスの傘』と呼ばれる防衛設備によって鉄壁を誇る要塞である。
要塞の位置する場所がさしたる要所でもなく、また傘に閉じこもるもののそこから打って出る事は無い為、ザフトも捨て置いていた。
しかし、そんなアルテミスへ、アークエンジェルは補給と整備を求めて寄港した。
それが、アルテミスの崩壊に繋がる事を知らぬまま……
要塞内部の港へと入港したアークエンジェル。
士官であるマリューとナタルは軍帽を被り、アルテミスから乗艦してくる臨検官を出迎える。
ユーラシア連邦所属ビダルフ少佐と、伴った兵士は艦橋に入るなり銃を突きつけた。
「少佐殿!? これは一体」
「お静かに、艦長殿。
これは保安目的の一時的な措置です」
「保安目的、ですか?」
「残念ながら貴艦は船籍登録もなく、友軍としての識別コードも無い。状況などから判断して入港は許可しましたが、友軍であると認められたわけではありませんのでね」
「しかし、これではあまりにも!」
「軍事施設です。このくらいの事は、ご理解いただきたいが?」
同じ軍服を着ながら、余りにも横暴な対応にナタルが声を上げるがビダルフはそれを封殺。
相手は佐官の上、アークエンジェルは助けられた身だ。強く反論することはできなかった。
「ご理解いただけたようですね。では、士官の方々は私とご同行を。事情をお伺いしましょう」
こうしてアークエンジェルは、実質捕虜のような扱いを受けアルテミスに迎え入れられるのだった。
主だった船員だけでなく、一緒に乗っていた避難民も全て食堂へと集められ、艦の頭脳であるマリュー、ナタル、ムウはアルテミスの内部へと招聘。
不穏な空気のまま、事情の聴取が始まる。
タケルも当然ながら、皆と同様食堂へと集められている。
「(さすがに酷い対応だな……これは)」
「兄様、これはどうなってるんだ?」
「さぁね。連合内の事情までは知らないし」
周囲の避難民からは不安の声が上がっていた。
ようやっとたどり着いた、安心できそうな軍事基地がよもやこんな対応をしてくるとは誰もが予想外だったのだろう。
勿論それはサイ達も一緒である。
サイ、トール、カズイの3人は一緒に艦橋に居たクルーのトノムラ達に問いかける。
「ユーラシア連邦って味方じゃないんですか?」
「そういう問題じゃねえんだ」
「識別コードがないからな」
「それってそんなに問題なんですか?」
「どうやら、そうらしい」
できる事はないようで、皆俯いてこの状況が変化するのを待つ姿勢である。
そんな彼らの会話を聞いて、タケルは眉根を寄せた。
「識別コードね……それだけでこの対応はおかしいでしょ」
「そうなのか?」
「ラミアス大尉とバジル―ル少尉。艦の責任者である2人のIDがあれば友軍である証明は事足りる。何ならフラガ大尉も加えれば信憑性はよっぽど増すよ」
「ん? なんでフラガ大尉?」
「あの人、連合では伝説的なパイロットだからね」
「嘘だろ!? あんな軽薄そうなやつが」
「あーうん、間違っても本人にそれ言わないでね。
とにかく、そんな照会は艦橋でだって済ませられるし、わかった段階でこの警備体制は必要ない」
「わざわざ艦長達を要塞内に連れ込んで、他のクルーを一か所に集める必要は無いって?」
「そういう事。さしずめ時間稼ぎか……或いはもっと大きな事を考えているか」
それきり黙り、思考を巡らすタケル。兄の邪魔にならないように、カガリは一度口を噤んだ。
「(アストレイの修理はストライクの予備パーツでする予定になってたけど、こうなってくると面倒だなぁ。こんな対応してくる連中信用できないし……キラと一緒にOSはガチガチにロックしてきたけど、このままじゃいずれ)」
「おい、アマノさんよ」
思考を遮る声に反応すると、そこにはMSの整備班長コジロー・マードックの姿。
「マードックさん、何ですか?」
「あの機体は大丈夫か? 一応オーブの何だろう?」
「ストライクの開発元みたいなものですから、あることに違和感は無いかと思います。ただ……」
「ただ?」
「連中の目的がアークエンジェルを助ける事ではないなら、早いうちに動く必要はあるかもしれません」
「──だな。その時は頼むぜ。俺はもう年だからよ」
「何言ってんですか、格納庫でブイブイ言わせてるくせに」
「それもお前さんやあの坊主のせいで形無しだぜ」
全く若いやつには適わねえ。
そんなボヤキを残してマードック軍曹はキラ達がいる場所へと戻っていく。
大方キラが余計なことをしでかさないようお目付け役と言うところだろうか。
どちらかと言うと、連合の戦艦にいるコーディネーターだとわからないよう、隠している印象である。
それを見てタケルは優しい人ばかりだと小さく笑った。
アルテミス内応接室。
マリュー、ナタル、ムウの3人は通された応接室でアルテミスの司令官、ガルシア少将と対面していた。
「なるほど。ムウ・ラ・フラガ大尉、マリューラミアス大尉、ナタル・バジルール少尉。
貴官等は大西洋連邦のIDを持っている事が確認できる」
「お手間を取らせて申し訳ありません」
「いやなに、輝かしき君の名は私も耳にしているからな。エンデュミオンの鷹殿」
エンデュミオンの鷹。
それは大戦初期に起きた月基地での連合とザフトの大規模な会戦“グリマルディ戦線”において活躍した、ムウの異名である。
他の者では扱えない有線式のガンバレルを搭載したメビウスで、ジンを5機も落としたその活躍は、連合に希望を、ザフトに苦渋を与えた伝説的活躍である。
一般に人型の機動兵器であるMSと、戦闘機に近いMAのメビウスでは、戦力比が1:5とも1:10とも言われる。
つまりムウの活躍は通常の兵士の数十倍に匹敵する快挙だったわけである。
「しかし、その君がこんな所であのような艦にね」
「特務故、残念ながら仔細を申し上げる事はできません」
「なるほど。だがすぐに補給と言うのも難しい」
「少将、我々は一刻も早く月基地の本部へと向かわなければならないのです。まだ、ザフトにも追われていますし……」
「ラミアス大尉、ザフトなら問題ない」
「それは、何故ですか?」
ガルシアは端末を操作してモニターを表示させた。
そこにはアークエンジェルを追ってきたであろうローラシア級の姿が映し出されていた。
やはり追撃は続いていたと、ナタルたちは警戒を強める。
しかし、ガルシアは対照的に不敵な笑みを浮かべていた。
「いつもと同じだ。連中はこのアルテミスに何もできん。どんな攻撃も通じないとわかっているからな」
「しかし、このまま我々が滞在しては」
「まぁ落ち着けフラガ大尉。ヘリオポリスからのこっち、まともに休息も取れていまい。ひとまずゆっくり休むと良い。
どの道、連中がウロウロしていては出ようにも出れんだろう」
「はぁ……それはそうですが。アルテミスは、そんなに安全ですかね?」
「心配するな。まるで母の腕に抱かれるように、安心できる場所と約束しよう」
そう言うと、ガルシアは端末で部下を呼び出し、マリュー達を客室へと案内させる。
良い様に言いくるめられ、彼らは艦に戻る事も出来ず無理矢理の休息を余儀なくされるのであった。
ザフト軍ローラシア級戦艦ガモフ
そのブリーフィングルームでは、イザーク、ディアッカ、ニコルの3人と艦長であるゼルマンが顔を会わせ、状況を確認していた。
ヴェサリウスに乗っていたラウは、本国より緊急の呼び出し。それに伴う形でアスランも本国へと帰還。
どうやら、ヘリオポリス崩壊の件での出頭命令との事だった。
結果、残ったガモフとイザーク等3人がアークエンジェルの追撃任務を続投する事となっていた。
「厄介なところに入られたな」
「どうする? 出てくるまで待つ?」
あり得ない選択肢を提示し、含み笑いを見せるディアッカの態度がイザークの琴線に触れる。
「ふざけるなディアッカ。貴様は本国から戻られた隊長に、“何もできませんでした”と報告するつもりか?」
「良い笑いものだろうな」
「ちょっと、イザークにゼルマン艦長も。そんな」
「良いよニコル。今のは俺が不真面目だった」
再び宙域図へと目を向け、4人は沈黙を辿る。
「難しいな、実弾もビームも通さない」
「敵戦力が出てくるわけでもねえ。不毛な時間だぜ」
「だからこそ、これまでザフトも捨て置いた場所だ。攻めるとなるとこうまで厄介とはな」
名案が浮かぶでもなく歯噛みする3人に対して、1人ニコルだけが思案している雰囲気であった。
考えがまとまったのか、おもむろに口を開く。
「アルテミスの傘は、常に開いているわけではないですよね?」
「ん? そうだな。索敵圏内に敵影が無ければ閉じているだろう。だが、それ程の長距離射程など」
「いえ、僕のブリッツなら……突破できるかもしれません」
自信あり気に答えるニコルに、妙案の気配を感じて3人が食いつく。
「あの機体にはフェイズシフトの他に、もう一つ面白い機能があるんです」
アルテミス崩壊の足音が、近づき始めていた……
一方その頃、アルテミスでは司令官であるガルシアが何故かアークエンジェルの食堂へと訪れていた。
「この艦に搭載されたMSのパイロットと技術者はいるか?」
開口一番の質問に、食堂が静まり返る。
「MSのパイロットと技術者だ。ここに居るはずだ!」
動きが見えない事に焦れて副官と思われる士官も声を上げた。
タケルは1つの予想が当たった事に内心で呻く。
「(やっぱりね……連合とて一枚岩ではない。大西洋連邦が開発したアークエンジェルとストライク……あとまぁ一応、一緒に置いてあるアストレイも。データとしては喉から手が出る程欲しいはずだ。
その為にラミアス艦長達を要塞内に隔離。僕達は1か所に集めて監視下に置き、あの手この手で滞在時間を稼ぐ)」
「パイロットはフラガ大尉ですよ。お聞きしたいことがあるなら大尉に聞かれては?」
「先の戦闘はこちらでも確認している。
ガンバレル付きのメビウスを扱えるのは彼だけだ」
マードックの誤魔化しも看破され、食堂内は嫌な空気へと変わっていった。
「(恐らくはロックの解除ができなかったんだろうな。本当ならこちらに知られたくはないはずだ)」
「い、いたっ!?」
「ミリィ!?」
静寂を破る声にタケルは目を見開く。
ガルシアはあろうことか近くに座っていたミリアリアの手を捻り、強引に立たせていた。
トールが声を上げるがお構いなしである。
「女性がパイロットだとは思えないが、この艦は艦長も女性士官だからな。無いなんてこともあり得ないだろう……」
「い、痛い!!」
「やめて下さい、卑怯な!!」
憤怒を覚えて立ち上がろうとするタケルだが、その前に声が上がる。
マードックの制止を振り切り立ち上がっているキラだった。
「あれに乗ってるのは僕ですよ!!」
しまった、とタケルは自身の失態を悟った。
キラが立ち上がるくらいなら、タケルが立ち上がった方がまだマシだ。
ヘリオポリスはオーブ所有のコロニー。
避難民を受け入れたアークエンジェルにオーブ軍人がいてもおかしくはない。
自身の肩書を出せば早々にガルシアの希望する人物にタケルを据えることができたのだ。
民間人であるキラをあてがうより遥かに危険が少ない。
「坊主、彼女を助けようという心意気は買うが、あれはお前のような小僧が扱えるものでは──」
キラの言葉を信じられないガルシアが掴みかかろうとするが、それをキラは躱してあまつさえガルシアを放り投げた。
「僕はあなたに殴られる筋合いはない!」
「貴様、抵抗するな!!」
「やめて下さい!」
「黙れ!!」
キラの行動に副官も詰め寄り、それを止めようとサイが割り込んだところでサイは副官に殴られてしまう。
丁度よくそれを受け止めたフレイは、サイの負傷を見てきつく彼らを睨みつけた。
「ちょっとやめてよ。その子の言っている事は本当よ。キラがパイロットよ! だって、コーディネーターなんだから!」
「何だとっ!?」
フレイが告げた予想外の事実にガルシアが驚きを見せる中、タケルは目頭を押さえてため息を吐いた。
「(なんてこったい、完全に出遅れた……)」
失態を悟り後手後手に回ったオーブ軍人は、できることを見失ったまま現実逃避に浸ることしかできなかった。
いかがでしたか。
後編部分は膨らむ予定ですが、前編はただの状況の展開が多くなってしまいました。
作者の誤字脱字が多く、修正をくれる方。この場を借りて御礼申し上げます。
いつもありがとうございます。
また、稚拙で自己満足の塊な本作を気に入っていただき、感想やお気に入り登録。
更には高評価までいただけております事、誠にありがとうございます。
過分な評価に身が引き締まると言うより、畏れ多いですが精一杯描いていきますので
楽しめた時、今回の話は良かった等と思えた時には是非感想を頂ければ幸いです。
読者様の声が一番執筆意欲を湧かせてくれます。
それでは、今回はこの辺で。
読了ありがとうございます