機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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実は、ずっと書きたかったんです。この組み合わせ


忘れえぬ罪過の調

 

 

「むぅ……」

 

「あ、あはは……」

 

 向けられる可愛らしいふくれっ面。しかしそれを向けてくる人物が意外な事もあり、タケルは淹れてもらった紅茶を口に含みながら僅か、ぎこちなく笑った。

 

 長い桃色の髪に淡い蒼白の瞳。

 元々あった花の様な可憐さに加え、最近は大人の色香も纏い始めた少女、ラクス・クラインから向けられる嫉妬の視線に、タケル・アマノはたじたじであった。

 

「あの、ね? ラクス──そう睨まないでもらえるとありがたいんだけど……」

 

 睨まれると怖い……それは彼女が、ではなく弟であり彼女を大切に思う少年、キラ・ヤマトがだ。

 彼女を怒らせた……ましてや涙でも流させた日にはどうなる事やら。

 きっと雷が降ってくることだろう。想像して、タケルは身を震わせた。

 

「タケルはずるいですわ」

「えっと、そんな事はないよ?」

「いいえ、ずるいのです。普段はこちらにいないはずですのに、どうして子供達はタケルにばかり懐くのですか?」

 

 そう。現在タケルがいる場所は、キラやラクス、マルキオ等が住む海岸沿いの孤児院。

 そして今日は休みの日ということもあって、タケルが孤児院へと来訪したのだ。

 

 そうして起きた問題がこれである。

 タケルが来るや否や、子供達は一斉に飛びつくような勢いで集まり、あれをやろう、これをやろうと必死にアピールする。

 

 幼い子供達は基本的に元気の塊だ。

 そんな中で、肌で感じる懐きやすい人とはどんな人か。それは、一緒にいると安心できて、なおかつ自分達に近い人間である。

 

 キラは優しげではあるが物静かで遊びにくい。

 アスランは堅物で子供慣れしておらず、とっつきにくい。

 そしてラクスもまた、子供好きで母の様に優しくはあるが、それこそ母の様な雰囲気が邪魔をして全力で遊びたい盛りをぶつけられない。

 大人しい子はどうか、と思うかもしれないが、子供ながらに感じ取ってしまう高嶺の花を思わせる雰囲気が、子供達に距離感を生ませるのである。

 

 結果、やんちゃも大人しい子も皆ひっくるめてタケル・アマノには懐いていくのだ。

 わんぱく坊主達を連れまわし、物静かな子達に本を読み聞かせ、その感情豊かな姿が子供達を惹きつけてやまないのである。

 

 そうして話は冒頭へと至る。

 

 八面六臂で子供達と遊びまわるタケルと、嬉しそうな子供達の姿に、ラクスは嫉妬せざるを得なかった。

 

「その……ほら、僕が来るのは偶にだからさ。なかなか遊べない相手だからっていう面は、あると思うん……だよね……」

「では、タケルが毎日来たらどうなるとお思いですか?」

「それは……きっと僕と遊ぶのも飽きてくるんじゃないかな?」

「子供達がいつも列を作るような状態ですのに?」

「きっと子供ながらにラクスには迷惑を掛けたくないと思ってるんじゃないかな? ほら、遊んでもらってるって意識が生まれちゃうとどうしても、ね」

「という事はタケルと遊んでるときには、子供たちがその様に気を遣っている事が無いと?」

「僕は相変わらず背も低いし子供っぽいから……気を遣わずに遊べる相手って事なんだよ。あんまり嬉しくないけど」

「むぅ、やっぱりずるいです。私だって必死にあの子達の前では同じ目線に立とうとしているのに」

「あぁ、うん……そうなんだ」

 

 きっとラクスのその認識が子供達に伝わってるのではないか────タケルは口から出そうになった言葉をとっさに呑み込んだ。

 

 見守ろうとする。

 保護者として、大切な子供達であるからこそ、彼女はしっかりと見張り守ろうとしている。

 故に、同じ目線に“立とうとして”しまっている。

 

 子供達へと愛情深く接しているからこそ、故にその距離感は埋まらないのだ。

 子供達が求めてるのは大切にしてくれる優しい母ではなく、隣に立って一緒に遊んでくれる友だから。

 

「タケル、お教えくださいな。どうすればタケルの様に子供っぽくなれるのですか?」

「それ、ラクスはきっと真剣に言ってると思うけど、僕が凄く傷つくからやめよう?」

「まぁ、教えられないと言うのですか! やはりタケルは私から子供達を奪うのですね!」

「人聞き悪いこと言わないでくれる!? 奪うって何さ!」

「先日、オーブの書籍で読みましたわ。孤児院の子供達を洗脳して連れ去って、私利私欲のままに奴隷の様に扱う男の話を……」

「随分えげつない設定の本読んでるね。言っておくけどフィクションだと思うよそれ」

「こうして実在して、目の前に現れるとは思いませんでしたわ」

(フィクション)から出た(ノンフィクション)!?」

 

 

 ふい、と顔を背けて告げてくるラクスの言葉に、タケルは思わず拳を握って遣る瀬無い思いに震えた。

 

 なんと酷い評価であろうか。まるでタケルが極悪人の扱いである。

 タケルからすれば、身寄りなく今を必死に生きる子供達にできる限り笑顔でいて欲しい。そんな願いから一緒に遊んでいるだけなのだ。

 

 

「ねぇタケルー、あそぼー」

「ん? あ、ゴメン。ちょっと待ってて、今お姉ちゃんと少し休憩中だから」

「むぅ……」

 

 またも目の前で見せつけられる、子供達からの扱いの差。

 ラクスは再びむくれた。

 

 というのも目の前の兄にしてあの妹という様に、この兄妹。そのどちらもが子供達からの人気が篤い。

 キラやアスランと比べれば断然タケルの方が子供達は懐いているし、ラクスや偶に訪れるアサギ達よりも断然カガリの方が人気が高い。

 これがアスハの血筋の力なのだろうか……いやしかし、キラから聞き及ぶ所によれば、タケルとカガリに血の繋がりはないというし、むしろそれを言うならカガリとキラこそが本来であれば姉弟である。

 

 子供の世界は理不尽なのだと、この時ラクスは思い知った。

 

 しかし、そんなラクスの不満を子供達にぶつけるわけにも行くまい。

 結局の所そうなると、ラクスの不満は溜まりに溜まって、目の前で欲しいものを奪い去っていくタケルへと向けられるのだ。

 

「ごめんね、すぐ行くからちょっと向こうで待ってて」

「はーい!」

「うぅ……」

 

 何と無邪気に返事をするのだろうか。

 事ここに至って、子供たちはラクスを目の前にしてわざとやってるのではないかと。そんな疑念すらラクスは抱きはじめる。

 

「ラクス……そんな顔してちゃ余計ダメだと思うよ?」

「知りませんわ。皆タケルやカガリさんにばかり向かって行くんですもの」

「あはは、そういう星の下に生まれてしまったんだろうね」

「まぁ、それは……羨ましい限りですわね」

「もう、拗ねないでよ」

 

 困ったように笑うタケルに、流石にラクスもわかり易く表に出した悪感情を制した。

 気が合う、合わない。所詮はそんな程度の話なのだ。

 それが素直である子供の分、わかり易いだけ。

 こうしてムキになってそれをタケルにぶつけるのも、聡い子供達に悟らせることも、良くない事だろう。

 

 努めて、ラクスは不穏となってしまった自身の心の揺れを抑える事に傾注した。

 

「──そ、それじゃ僕は、さっきの子の所へ行くね」

「あっ、タケル。もう少し聞きたい事が──きゃっ!?」

「えっ、うわっ!?」

 

 

 隣を通り過ぎようとするタケルを引き留めようとしたラクスが、立ち上がった拍子に椅子の足に引っかかり姿勢を崩した。

 

 仲良く、というべきか。

 姿勢を崩したラクスを受け止める様な形となったタケルと共に、2人して床へと倒れ込む。

 

「うっ、いてて……大丈夫だった、ラクス?」

「ご、ごめんなさいタケル!? 申し訳ありませんわ」

「ううん、僕はこのくらいなら大丈夫だけど────とりあえず、起き上がれる?」

「はい。今すぐ──」

 

 ふと、ラクスの蒼白の瞳とタケルの群青の瞳が交錯する。

 

 1年程前までまではプラントの皆が憧れた可憐な少女の素顔がそこにあり、タケルは思わず見惚れた。

 そしてラクスもまた何を思ってか、タケルの顔を上から見下ろす形となり、まじまじと見つめていた。

 

「えっと……ラクス?」

「────本当に。キラともカガリさんとも、全く似てないのですね」

 

 しみじみと、ラクスは呟いた。

 

 キラとカガリには、両親……遺された写真からわかる事だが、特に母であるヴィア・ヒビキの面影が垣間見えた。必然、キラとカガリにも、それなりに面影程度ではあるが似通った容姿が見られる。

 

 それに比べて。カガリが兄と慕うタケルではあるが、その容姿には全くその面影が無い。

 

「う、うん。それはまぁ……遺伝子的には全く繋がりが無いからね」

「でもタケルは、キラもカガリさんも本当の兄妹の様に大切にしていらっしゃいますわね」

 

 生まれの事実を知ってからも、タケルがカガリに向ける親愛は変わらなかった。そして今ではキラもまた、タケルにとっては同じ様に大切な弟として扱われている。

 それがタケル・アマノの情の深さからくるものだと言うのは、ラクスにとって疑う余地が無かった。

 

「そりゃあ、カガリが大切な妹である事は、僕にとって不変だし……それでキラがカガリの双子なら、僕にとっても大切な弟だよ」

「キラが言っておりました。タケルは本当なら、僕を恨んでも良かったんだと……なのに、僕はアークエンジェルにいた時から守られて、助けられてばっかりで──結局、何も返せないままだと」

「そんなことないよ。僕だって、キラにはたくさん助けられてばかりだし」

「────羨ましいですわ。キラとカガリさん……そしてタケルの関係性が」

 

 絶対的な信頼とでも言うのだろうか。

 互いが胸に抱く想いを、決して疑う事の無い関係性。

 血がつながらなくとも家族であるから。恋慕が無いからこそ、そこに不安の余地は無い。

 キラとカガリからは大切な兄であり、タケルからは大切な妹と弟である。そこに疑念は生まれない。

 そんな100%の信頼が持てるのは、ラクスにとってこの上なく素敵な関係性だと思えた。

 

「──そう言えば」

「ん?」

 

 徐にラクスは口を開く。

 依然としてラクスがタケルを押し倒している姿勢だが、今のラクスにとってそれは些細な事であった。

 

「私がキラと結婚した場合、タケルが兄になるのですね……」

「う、うん? まぁそうだけど急に何でそんな話を?」

 

 鈴の音のような声を転がしながら、ラクスは小さく笑った。

 

「それではいずれ、タケルの事を“お兄様”と呼ぶ日も近いという事ですか」

「っ!?」

 

 瞬間──タケルが目を見開き、ラクスは酷く嫌な気配を感じた。

 別にタケルから悪感情を向けられたわけでは無い。

 だがそれと本質的には同じものを、タケルが自身へとそれを向けて苦悶の表情と共に視線を逸らしたのだ。

 

「────ごめんね、ラクス」

 

 震える声音であった。

 聡いラクスはその声だけで、自身がタケルの心の琴線に触れる何かを発してしまったのだと理解した。

 

「──タケル?」

「その呼び方は……サヤを思い出すから──お願い」

 

 やめてくれ、と言葉は続かなかった。

 僅かに、群青の瞳には涙が滲んでいた。

 

 悲しみを乗り越えたとて、タケルの胸にある罪の意識は消えはしない。

 最も大切な人を守れなかった己を……許すことはできないのである。

 

「タケル……申し訳ありませんでした。無神経にも程がありましたわ」

「──別に、ラクスが謝る事じゃないよ。僕が、弱いだけだから」

「いえ……本当に、申し訳──」

 

 ラクスの目にも僅か、涙が滲む。

 無遠慮な自身の言葉が他者を深く傷つけたのは、これで二度目だった。

 ラクスは自身の浅慮を恥じ、呪った。少し考えればわかる事のはずだ。先の呼び方が、タケルにとってどれだけ辛い事なのかを────終戦直後のタケルの痛ましい姿を、ラクスとて目に焼き付けていたはずであった。

 

 

「あー、タケルがお姉ちゃん泣かせてる!!」

 

 

 飛び込んでくる無邪気な声に、2人は示し合わせたように視線を向けた。

 先程タケルに相手をせがんだ子であった。恐らく遅いから改めて呼びに来たのだろう。

 

「ち、ちがっ!?」

「ふふ、違いますよ。私は泣いておりませんし、タケルに何かされたわけでもないですから」

「うそだうそだー! 今お姉ちゃんとっても悲しそうな顔してたもん! 女の子泣かせちゃいけないんだよタケル!」

 

 これが同じ目線に自然と立ち、子供たちと仲良くなれるタケルの弊害だ。

 まるで遠慮のない追及に、タケルは直ぐに悪者へと仕立て上げられてしまった。

 

 

「ラクス、騒いでるけどどうしたの? タケルが何か──」

 

 

 瞬間、部屋に沈黙が流れた。

 キラが目にしたのは、僅かに目尻に涙の跡が残るラクスがタケルを押し倒している構図。

 そして押し倒されてるタケルは、焦燥に駆られながら気まずそうにキラを見ていた。

 

 嵐の前の静けさであった。

 これまで、もの静かで穏やかで、温厚の塊と称され。怒りの表情など見せなかったキラ・ヤマトが、初めてタケルに対してその牙を剥こうとしていた。

 

「──ねぇ、タケル」

「い、言っておくけど勘違いだからね!」

「何が?」

「色々とだよ!」

 

 具体的な回答を出さないタケルに、キラは静かに目を伏せた。

 

 喪ったのだ──大切な女性を。

 奪われたのだ──心の底から信頼していた友であり、兄弟に。

 

 

 

 種が開いた。

 

 

 

「タァケルゥウウ!!」

 

「そんなぁあああ!!」

 

 

 皮肉にもラクスが抱いていた、100%であるはずのタケルとキラの信頼が脆くも崩れ去った。

 それが彼女が引き起こしたと言う所が本当に皮肉が利いているだろう。

 

 奪われたものを取り戻さんとタケルへと飛びかかる、人類の夢たる最高のコーディネーター。

 最近はアスランやタケルに倣って、少しづつ肉体的訓練も積んでいるが故に、その動きは敏捷に優れ疾かった。

 

 だが、対するタケルもユウキ・アマノが仕立て上げた最高の軍人。

 被検体故に遺伝子的にはほぼ互角のスペックを誇るタケルが、いくらSEEDを発現したとて、まだまだ訓練の足りないキラにそう遅れは取らない。

 

 

 

 こうしてここに、人類最高峰の鬼ごっこが幕を開けるのだった。

 

 

「タケルゥウウウ!!」

「僕のせいじゃないってぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 





今更かもしれないけど、主人公とキラとカガリが兄妹なせいで相関関係凄いことになってますね。

感想をよろしくお願いします。


運命編、もしかして待ち望んでる方多かったりします?

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