「はい、着きましたよ」
オノゴロ市街。
予約していた料亭の前で車を止め、タケルは後部座席に乗る者達へと振り返った。
「悪いなタケル。運転を任せてしまって」
申し訳なさそうに後部座席に座っていたトダカが述べるのを、タケルはやんわりと受け流す。
新造艦設計会議を終えた一同は、モルゲンレーテに国防本部、そしてアークエンジェルの元艦長と副長という、バラエティに富んだ面々が集まったこの機会に親睦を深めようとその場の勢いで催しを企画。
元々ナタルの要望でマリューとエリカを連れて行く予定であった料亭で、タケル・アマノの設計局長就任祝いと称して宴会を開くことになった。
「お前の局長就任祝いの名目だと言うのに……俺達が呼ばれてしまう形になるとはな」
「良いですよ別に。今日の主催は僕なんですから──それに、どうせ飲めませんし。トダカさんも存分に楽しんでいただければ何よりですから」
「そうか──大人になったかと思っていたが、まだまだお前は未成年だったな」
「あはは、成人しても飲みませんよ僕は……絶対」
タケルの脳裏に過る、これまでにお酒が絡んで起きた苦い記憶。
砂漠での一幕。オーブに帰国したその日のモルゲンレーテでのパーティでの一幕。
羞恥に見舞われること請け合いな思い出に、タケルはしかめっ面を見せた。
「そうか……なら、せっかくだから今日は彼女との事を聞かせてくれ。俺はてっきりアサギ達の誰かとくっつくと思っていたからな。意外も意外だった────随分と仲睦まじいのだろう?」
「恥ずかしいのでできれば遠慮したいですが────じゃあ、後程」
気恥ずかしくなってタケルは苦笑いでトダカに返すも、同時に語るのはやぶさかではないと思った。
忙しい身であるウズミの代わりに幼いころより護衛として傍にいたトダカ。
アマノの家に養子に出されてからも彼とは縁深く、今でこそタケルはユウキの事を誇りと尊敬を持って父と見ているが、以前はトダカこそがタケルにとって本当の父親代わりであった。
ウズミ、ユウキに続く、3人目の父親──今は亡き父達にも向けるつもりで、大切な人との馴れ初めを親孝行代わりに話すのは照れ臭くも魅力的で、嬉しい報告だと思えた。
「さっ、今日は飲むわよー!」
「マリュー、飲むのは良いですが余りはしゃぎ過ぎないで下さい。酒に飲まれたマリューの相手など私は御免です」
タケルが乗る車とは別に、後方にはマユラが運転する車が停車しており、そこからマリューにナタル、更にはエリカやアサギ達も降りてくる。
「あら、バジル―ルさん。良いんじゃないかしらこういう時くらい。私も最近は誰かさんのせいで夜遅くまで仕事って日が多いし……こういう時くらい遊ばせて欲しいわ。
という訳でアサギ、マユラ、ジュリ。リュウタのお世話をお願いね」
「はーい!」
「良いですけど、自力で帰れるくらいには抑えて下さいよ」
「それじゃリュウタ君はお姉さん達と一緒に美味しいものを食べようか」
「うん!」
遅くなる事間違いなし。
更に母として後の憂いを断つために、ちゃっかり息子のリュウタを連れてくるエリカ。
どうやら彼女も今夜は飲み倒すつもりらしい。タケルは背後の会話に嫌な汗を掻いた。
「う~ん、既に危険な気配しかしないね……」
「悪いなタケル。俺まで呼ばれてしまって」
「いえいえ。キサカさんもどうぞ楽しんでください。日頃カガリがお世話になってるお礼と思って」
「最近は護衛の俺の出番も余りな。俺より優秀な彼が付いてくれている」
「そうは言ってもですよ。やっぱりカガリにとっては頼り易い人の筈ですから……公私共に」
「そうか……では、存分に楽しませてもらおう。ついでに俺もお前の馴れ初めは興味がある」
「うえぇ、キサカさんまで!?」
それは少々気恥ずかしい……流石にあまり大っぴらに公言したい訳ではないタケルは、嫌な汗を追加した。
そこへ、隙を逃さぬ様にマリューは追撃を加えていく。
「良いじゃない、聞かせてあげなさいよタケル君────あの土壇場の戦場で響かせた、ナタルへの愛の告白を」
ぶっ、とマリューの言葉にタケルは思わず噴き出した。
そこか、いきなりそこなのか。
マリューの発言で既にエリカは揶揄う準備万端と言うようにいやらしい表情を見せ、アサギ達も興味津々と言う様に顔を輝かせていた。
「ちょっと、マリューさん……何でまだ飲んでも居ないのに酔ったノリなんですか」
「す、すまないタケル。マリューの手綱は私が」
マリューの発言で気恥ずかしいのは何もタケルだけではない。
渦中の人間となるナタルもまた、慌てた様子でマリューの口元を抑えてこれ以上の火種を撒かれない様に制した。
「うん、お願いナタル。できるだけそっちで対応してもらえると助かるよ……僕の精神的に」
もはやタケルが羞恥に見舞われることは確定的になりつつある中、一同は店へと入っていきタケルとマユラは車を駐車場へと止めに向かった。
現在の時刻は18時────夜は正に、これからである。
こうして、タケル・アマノの長い夜が始まった。
「乾杯──!!」
局長就任の挨拶もそこそこに────乾杯の音頭と共に始まる宴会。
一同目の前の卓に並ぶ豪勢な料理に手をつけ、そして仕事後の一杯に舌鼓を打つ。
そしてしばしのご歓談となった。
マリューとエリカが暴走しない様に目を光らせるナタル。
まだ子供であるリュウタの世話を焼きたがるアサギ達3人。
キサカとトダカは、静かに料理と酒を堪能している。
そんな中タケルは、新造艦設計担当のユタカやカエデとMS設計における趣味趣向の事で話が弾んでいた。
「アマノ三佐としては射撃戦と接近戦────どちらを重要視するべきだと考えますか?」
「接近戦なんて効率悪いですよね? どう考えてもMSに重要なのは高い射撃能力ですし」
「えっと、僕としては攻撃性能よりも機動性や防御性能というか……いわゆる機体性能が重要かなって思うけど」
「ほら見たことか、アマノ三佐も射撃が重要とは考えていないだろう」
「何を勝ち誇ってるんですかシノノメさん。アマノ三佐は接近戦が重要だとも言ってないでしょう」
「うん、だから機体性能こそが重要──」
「ヒイラギ君はわかっていないな。アマノ三佐のシロガネはその高い機動性を活かしたバリバリの接近戦仕様────これこそ、三佐が何を重要視しているかの答えだろう」
「お言葉ですが三佐のシロガネはジンライとビャクライと言う、遠隔兵装こそが最大の武器なんですよ? あれ、もしかしてシノノメさんは知らなかったんですか? つまりシロガネも射撃性能を重視している機体なんですよねぇ、おわかり?」
「いや、だからあのね。武装はパイロットに合わせて考えるものでどっちが重要とかじゃ──ー」
「ヒイラギ君はオーブ戦役での三佐の活躍を知らないみたいだね。三佐のシロガネは大西洋連邦の艦隊に向かって最大戦速で吶喊し、そのまま並いる艦船を叩き切ったんだよ。結果は空母6隻含む艦船14隻の撃沈。この戦果こそ三佐が接近戦を重要視している何よりの証拠と言えるだろう」
「あっれ〜、シノノメさんもしかして三佐のシミュレーション訓練見た事ないんですか? 三佐の戦法は基本的にジンライやビャクライを使用した波状攻撃が主軸なんですよ。接近するにしろそのまま仕留めるにしろ、軸は遠距離兵装なんですよ。全くこれだから戦いを知らずに机に齧り付いてるだけの設計者は……」
「なっ!? そこは君も僕と変わらないだろう!」
「私は戦闘を知らなくても学んではいます!」
「いや、だからお二人共こう言う場ですし、と言うか僕の意見をちゃんと聞いてください」
話が────弾んでいた。
弾んでいると言うよりは、ぶつかり合ってると言う方が正しいが、ともかく弾んでいた。
互いに相手を煽る度に、ぐいっと酒精も一杯煽っていく。
とてつもないハイペースであった。
そして飲む勢いはともかくとして、互いの論調は次第に強くなっていく。
タケルは少し疲れた様に息を吐いてから、手元のおしぼりを丸めて2人に投げつけた。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
「お二人共そこまでにしてください。せっかくの親睦の場なんですから。
意見のぶつけ合いは良い事ですが、相手を否定する様な論調は無しです。そんなんじゃ良いものを設計できないですよ。そもそもMSの設計において重要じゃない事なんてないんですから、重視するしないはその時の取捨選択でしかありません。どうせなら重要視する相手の意見に耳を傾けて見識を広めてください。
って言うか、こんな所でこんな真面目な話やめましょうよ。仕事忘れて楽しんでください──ーね?」
諭されて冷静になったか、熱中していた2人は落ち着きを取り戻していく。
「こ、これは失礼……つい熱が」
「私も、申し訳ありません。つい喧嘩腰に」
「いえ、お二人の情熱はよぉく理解できますから…………まぁ僕も、こだわりみたいなのはありますしね」
「そうなんですか?」
「ちなみに三佐のこだわりってどんな?」
身を乗り出さんばかりに、ユタカとカエデはタケルへと詰め寄った。
大袈裟な反応と思うかもしれなが、タケル・アマノはオーブの兵器開発における第一人者である。
最初のMSであるM1アストレイから、M2アストレイにシロガネやアカツキ。そして伴う武装や使われている各技術など、あらゆる所で名前が挙がる。
技術者にとっては雲の上の様な存在と言っても良い。
必然、タケルが設計する上でのこだわりとなれば、是非とも聞き及び参考にしたいと思う所だ。
「大層な事ではないですけど……安全第一、ですかね」
「安全第一?」
「つまりは防御力、と言う事ですか?」
「ちょっと違うかな。アストレイに搭載した自壊機能みたいに、緊急時にパイロットの生存率を上げる機構だったりとか、整備性や各部の耐久性に難が無いようにとか、そう言った所です」
「な、なるほど」
「つまりは、性能ではなく、運用性と言う所ですか」
「そうだね。性能はもちろん求めるけど、設計する前提としてはまずそこから始めるんです。乗る人に死んで欲しくないですから」
そう、性能を求める代わりに整備性が悪かったり耐久性が低ければ、それは万全の状態での運用が難しくなる────難しくなりやすい。
前提として、何度も戦闘に出て使えるものでなければならない。
それは機体もパイロットも併せてだ。
「それは確かに──」
「とても大切なことですね」
「うん。だから今回の戦艦の設計も、単純な艦船としての性能だけでなく、艦内の生活空間だったり区画の構造だったりはじっくり考えて欲しいんです────乗る人の事を考えて」
「はい、それはもちろん」
「重々承知しました、局長」
酒精が回ってきたせいか、タケルに対して不出来な敬礼で2人は返して見せた。
そんな2人に小さく苦笑いしながら、タケルはよろしくお願いしますと頭を下げる。
担当者は彼らだ。責任者として色々と口を出す事にはなるだろうが、基本的には彼らに任せる事になる。
酒の席とはいえ、そんな2人がタケルの想いに共感して、真剣に応えてくれた事に嬉しさを覚え、タケルはそっと感謝の念を抱いた。
「アマノ三佐ー! こっち来て一緒におしゃべりしませんかぁ?」
そこへ、別の卓よりタケルに呼び声が掛かった。
間延びした声の主はアサギ・コードウェル。
場の空気に当てられたのか、はたまた今日は存分に楽しむリラックスモードなのか。ともかくいつにも増して緩んだ気配であった。
「あっ、それじゃお二人共。この後も仲良く、楽しんでください」
一言断りを入れてから、タケルはその場を後にして姦しい団欒の輪へと向かう。
「お待たせ……あれ、ジュリは?」
「リュウタ君が懐いちゃって、お腹いっぱいみたいだしお店の外でお散歩中です」
「流石は温厚の塊……子供の相手はお手の物って事だね」
「アマノ三佐も同じ穴のムジナですよね? マルキオさんの孤児院ではいつも大人気じゃないですか」
「マユラ、それは違うよ。僕は距離感が近いの……言うなれば舐められているって事。保護者として懐かれてるわけじゃないんだ」
「私達の訓練の時は鬼なのにね」
「そんなこと言って、アサギもマユラもジュリも。最近じゃとんと厳しい表情見せなくなったじゃないか」
ちょっとだけ不服そうに、タケルは2人へと視線をやった。
最近はタケル自身が忙しくなったこともあって、以前の様に付きっきりの訓練と言うのはめっきり減った。
その分を彼女達は、エリカを筆頭としたモルゲンレーテの技術者達と機体について話し合う事で、テストパイロットとしての役割をより高度にこなせるように奮闘している。
言うなればこれは、これまでのMSパイロットとしてのテスターから、タケルと同じ技術者目線でのテスターへと成長しているわけだ。
そのおかげか、タケルが課す訓練についても理解を深めその習熟度を増している。
以前の様に訓練で四苦八苦なんて様相は見られないのである。
それが少し、タケルは残念であった。
「そんな拗ねないで下さいよ。推しも推されぬ国防軍の超エースパイロットが、みっともないですよ」
「ホントホントー。私達、いくら頑張ったところでアマノ三佐という壁がずっと目の前にあるんですよ」
「目の前と言うか、目の前にあったはずがどんどん遥か彼方へと壁に置いてけぼりにされた感覚なんですから」
「この間だって、思い立ったかと思えば私達3人を相手にシミュレーターで模擬戦しようとか言い出して!」
「鼻っ柱を圧し折ってやるって勢いで圧倒してくるんですもん!」
「あ、うん、その……なんかゴメン」
そうは言っても、僕は君達の教官だし……負けてられないよ。
等と胸の内では思うものの口には出さずに、タケルは苦笑いを浮かべて返した。
タケル自身、こう見えても必死なのである。
様々な業務に忙殺され、自身の訓練時間は取れていない。
どんなエースパイロットも、戦場を離れればその腕は錆び付くのが常だ。
普段から訓練が仕事である彼女達に負けないように、定期的に自身の実力を測っておかなければならないのである。
「ただいまー、ってアマノ三佐? いつの間にこちらへ」
むすくれる2人を前に苦笑いしているところで、丁度散歩から帰ってきたジュリが来着。
伴だっていたリュウタは疲れからか、母の元へと向かい眠りについていた。
「あ、おかえりジュリ……ついさっき、アサギに呼ばれてね」
「むぅ、私にリュウタ君を任せて2人だけで楽しんでるなんて……」
「そんな除け者にするわけじゃないと思うけど……」
アサギ、マユラと続いて。
理由は全く違うが合流したジュリもまたタケルの前で膨れっ面を見せる。
如何にもぷんぷん、と言った感じだ。普段は温厚故にそんな怒りの表情を表に出すことがないはずの彼女が、親しさ故に見せるそんな表情にタケルは不覚にも心音を跳ねさせた。
「あ、そう言えばアマノ三佐。ちょっと相談に乗って欲しい事があるんですけど……」
「えっ、相談? ってまさか仕事の話?
だったらこんな所でしなくても──」
「いえ、仕事の話では……うーん、無くもないかもしれません」
「ん? なんだか曖昧な反応」
どこか言い辛そうな表情を見せながら、ジュリは口を開いていく。
「その……ちょっと前にザフトのイザークさんからビデオメッセージが届いたんですよね」
「は?」
「へぇ?」
「嘘!?」
3者3様に反応を見せる。タケルはやや不穏な気配を纏い、アサギは素直に驚きを浮かべ、マユラはどこか面白いと言った感じだ。
「あ、誤解はしないでください。個人的……な事ではあるかもしれませんが、私に対して、とかではないので」
「それじゃ……一体何用?」
「なんだか、部隊の部下に私達と同じ年頃の女の子がいて、私達とアマノ三佐の訓練模様をを参考にしたい、とかって。それで、機密に関わるのかなって思ってお聞きしたかったんです。
勿論向こうも、訓練内容と言うよりはどんな接し方をしているとか、そう言うやり取りの部分で気になってるみたいで、変な探りを入れてきているわけでは無いと思うんですけど……」
「ふぅん、イザークに女の子の部下ねぇ……その子の方が大変そうだけど。
それで、ジュリは何て返したの?」
「一応当たり障りの無い内容としては、“理不尽でなければ問題ないかと”って返したんですが」
「え?」
小さく、タケルは呆気に取られて声を漏らした。
理不尽────これまで幾度となく彼女達に突き付けて来た事ではなかろうか。
M1シャトルランに始まり、タケル考案の理不尽ミッションのシミュレーション。
そして遂に、状況がそうさせたとは言え、唯のテストパイロットでしかなかった彼女達を、戦火に身を投じさせ無理筋を押し通してきた。
「アマノ三佐ー」
「何考えてるか凄くわかり易いですが」
「私達は理不尽な訓練をしてきたとは思ってませんよ」
タケルの心情を軽く読み取り、彼女達は小さく笑い合った。
再び呆気にとられるタケルに、3人は笑顔交じりで口を開いていく。
「そりゃあ、大変な訓練ばっかりでしたけどね……今思い出しても、シャトルランはしんどかったなぁ」
「でも、全部意味のある訓練でした。意味があって目的があって、アマノ三佐の想いがあって」
「いつも私達の為に考えてくれていた訓練ですから。厳しいとは思っても、理不尽だと思う事なんて無いですよ」
言葉の節々に感じられるのは、素直な気持ち。
最初は全然至らなかった自分達を、ここまで教え導いてくれたタケルへの、感謝の念であった。
彼女達は、決して優秀ではない。
パイロットの素養で言えば、サヤやカガリの方がずっと上だろう。
優秀なコーディネートをされたキラやアスラン、そしてタケルと比すれば天と地程違うだろう。
それでも、彼女達は現在。モルゲンレーテが誇る非常に優秀で稀有なパイロットとして、テストパイロットを務めている。
何の土台も無く素養も高くないはずの彼女達だからこそ、見せる結果に意味を持たせられる。
彼女達は言わば、努力が齎す到達点だ。
勿論、モルゲンレーテの環境とタケルが教官だったという要因はあるだろう。
だがそれでも、彼女達が今の実力を身に着けたのは自身の努力の賜物。
そしてそれは、素養を持たないものが辿り着く境地と言える。
現在の国防軍では、訓練規定の中で彼女達のデータを参考にすることが多い。それは、彼女達が最も参考にしやすい努力でたどり着ける境地の凡例となっているからである。
「あ、あはは……そう素直に言われるとなんだか……」
嬉しさに感極まって、ジワリとタケルの目には涙が滲んだ。
「あぁもう、ダメだ最近涙もろくなっちゃって……」
誤魔化すように顔を背けるも、アサギ達からすれば良く見た光景で、良く知った事実だ。
自分を認められない面倒な教官は、素直な賛辞に弱いのである。
先程までの膨れっ面などどこへやら。
3人は微笑ましく目の前の顔を背けようとする教官を見つめるのだった。
「タケル────そろそろどうだ?」
飛び込んできた声に、タケルはハッとした様に振り返った。
見れば別の卓で食べて飲んでと楽しんでいる、トダカとキサカに呼ばれていた。
「あっ、ごめん。呼ばれたし、僕は行くね。
3人共この後も楽しんで行って」
「はーい」
「主役は大忙しですね」
「いってらっしゃいです」
依然として変わらぬ笑顔に見送られながら、タケルはその場を後にして、トダカとキサカが呼ぶ卓へと向かった。
「トダカさん、キサカさん。楽しんでいますか?」
「あぁ、楽しませてもらってる」
「だが本当に楽しむのはこれからだ────そうだろう、トダカ?」
「あぁ、その通りだ」
並んで座り、杯を傾け合う2人と相対する形で座ったタケルは、小さく苦笑した。
店に着いた時に言っていた、ナタルとの馴れ初めを聞くのを余程楽しみにしていたのだろう。
しっかり酒精を取り込んで、聞く準備は万端と言うわけである。
「あはは、良いですよ────それじゃ、思う存分酒の肴にしてください」
小さく笑いながら。
タケルは、今は亡き父達をトダカ等の隣に幻視する。
自分が今幸せなのは、間違いなく傍にいてくれる彼女のお陰だ。
そんな自分の報告を、目の前に並ぶ父親達に是非とも聞かせてあげたかった。
タケルはヘリオポリスでの出会いからこれまでの、ナタルとの馴れ初めを語った。
初めて出会った時は、他国の軍人という事でいっそ敵視すらされていた事。
必死にアークエンジェルを守る内に打ち解け、いつの間にか随分と心配をかけ、気を遣ってもらっていた事。
転機となった砂漠での一幕。オーブでの別れ。戦場で訪れた再会。
そして────戦後、ボロボロだった心を彼女に救われた事。
「とまぁ、こんな感じです。どうです? 面白かったですか?」
軽い口調で感想でもと問いかけてくるタケルに対して、トダカとキサカは何とも言えない表情を見せた。
「随分と……壮絶だな」
「聞いた感じ、カガリも世話になった様だしな」
トダカもキサカも、共に所帯を持ち軍人として生きているが、互いに伴侶となる女性とは普通に出会った。
このオーブ国内で、普通に。
それが目の前の息子に等しい青年はどうだろうか。
出会いと別れだけではない。間に含まれた物語は紆余曲折という言葉がふさわしい。
そう言えばカガリもまた、アスランと出会ったのは戦場が最初だ。
更にいうなら、義理の弟になったキラも。ラクス・クラインとの出会いは戦場でのものだ。
兄妹揃って皆、数奇な運命と出会いに見舞われたものである。
「キサカ──」
「あぁ」
何を思ったか、トダカとキサカは揃って席を立つと、マリューとエリカに弄ばれているナタルの元へと向かった。
そしてどこか有無を言わさぬ感じでナタルを連れ出し、またタケルがいる卓へと戻ってくる。
「あ、ナタル? どうしたの?」
「何やら来て欲しいとお二人に言われて……」
タケルの隣で卓へと着いたナタル。
間を置かず、対面にはトダカとキサカが座る。
「バジルールさん──今し方タケルから、貴女とのお話を聞かせてもらいました。どうやら随分と、タケルが世話になった様で。是非一献注がせてもらいたく」
「私からも良いだろうか。聞けばカガリもまた随分とご迷惑をおかけした様で」
「えっ、あ、いやそれは……」
2人からの100%善意からくる申し出に、しかしナタルは表情を固めた。
無論、それはすぐそばで聞いていたタケルも同じ。
この2人……タケルは未成年ということもあるが、完全なる下戸カップル。2人揃ってゲコゲコカップルである。
酒精は強かろうが弱かろうが、1杯飲めば即お休みレベルだ。
トダカとキサカ2人から注いでもらう事など、受けられるわけがない。
「と、トダカさん。キサカさんも。
ナタルはお酒が苦手なのでそれは──」
「い、いや、大丈夫だタケル。せっかくのご厚意だし、私としても是非もない」
と思いきや。
ナタルがまさかの了承の意を返して、タケルは驚きの顔と共に隣のナタルへと振り向いた。
「ちょっ、ナタル!?」
「心配せずとも大丈夫だ。私も僅かではあるがタケルが知らぬ内に嗜んで慣れてきた。砂漠の時の様にはならない。何より……」
「何より?」
数瞬、思考を巡らすかのような気配の後、ナタルは表情を緩めた。
「幼少からのタケルを知っている御二人ともなれば、さぞや楽しい話が聞けるかと思ってな」
「なっ!?」
これまた予想外なナタルの返答にタケルは大慌てである。
ナタルの言葉を読み解けばつまりはこういう事だ。
酒精の勢いに任せてきっと様々な(タケルの小さい頃の)話を聞かせてもらえる。
その為なら、苦手な酒精とて乗り越えてくれよう。
ナタル・バジル―ルは本来理性的で自身を御し切れるはずの人間であるが、最愛の人の幼い頃の話という餌には抗えなかったのである。
「な、ナタル!? 絶対明日後悔するからやめた方が良いって」
ナタルの言葉の意図を読めていながら、ここで無理して明日へと響くのではないかと心配の声が出てくるところが、彼らしい。
そんないじらしい彼を、ナタル・バジル―ルは愛しているのである。
もはや止まれるはずもない。
ナタルの表情に応ずるように、トダカもキサカも酒精に赤みが掛かった顔を綻ばせた。
「そうか、それでは今夜はとっぷりと飲み、語り明かそう」
「こんなに楽しい夜はいつ以来だろうかな」
「御二方、どうぞよろしくお願いします」
「ナタル、待っ──」
「はいはいー、タケル君はお姉さん達とお話ししましょうかー」
「アマノ三佐、他の所には顔を出して私達の所に来ないのは薄情ではありませんかぁ? 私達は貴方に言いたいことが沢山あるんですよ?」
どうにか止めようとするタケルの両脇を、いつの間にか襲来していた
自身を捉えた2人の気配に嫌な予感を如実に感じたタケルは、羞恥の予感に赤くさせた顔を今度は恐怖に青ざめさせた。
この後何をされるか、なんともなしに理解したのだ。
「やめて! 待って! 色々と! ダメだって──!!」
祝福されるはずの主役が、本日一番の悲鳴を響かせながら、オーブの夜は更けていくのだった。
やんわりとオーブの皆さんと絡ませた感じ。
設計担当者のカエデさんとユタカさんは完全オリキャラ且つただのモブ技術者さんです。
些細な日常を楽しんで頂ければ幸いです。
次回から本編に戻ります。