機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE-11 アルテミス陥落

 

 

 ガモフのMSデッキにて、ニコルは発進準備を進めていた。

 アルテミス付近から転進してしばらく。大きく距離も離れ、これ以上離れれば索敵範囲からも外れるだろう。

 むしろそれこそがニコルの狙いであった。

 

 隠密強襲用MSブリッツ。

 その目指すところは、索敵をすり抜けた完全な不意打ちによる拠点や要塞への電撃戦。

 その為の機能として自機の固定用のアンカーや、特殊破壊兵装のランサーダートなど、MS戦闘には不向きな兵装を積んでいる。

 その極めつけが、ミラージュコロイドシステム。

 特殊なガス状のコロイド粒子を機体表面に散布し、光や電磁波をほぼ100%透過させる。

 これにより光学カメラにも索敵レーダーにも映らない完璧なステルス性能を可能としている。

 

 ニコルはこれにより、傘を閉じたアルテミス要塞へと電撃戦を掛けるつもりなのだ。

 

「散布正常。持続時間は約80分……テスト無しの本番だ」

 

 アルテミスを離れるガモフがレーダー圏内を離脱。

 ブリッツに状況の通信が入る。

 

『アルテミス、防御帯の展開を終了した模様。ブリッツに射出タイミングを譲渡します』

「了解しました。ブリッツ、いきます!」

 

 暗黒の宇宙に溶け込むような黒い機体がガモフより出撃すると、直後にその姿は本当に溶けるように消えていった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 フレイの発言により静寂に包まれる食堂。

 それはそうだろう。

 ユーラシア連邦であろうと大西洋連邦であろうと、戦っているのはプラント、ひいてはコーディネーターである。

 地球軍の艦であるアークエンジェルにコーディネーターが乗っている事など考えられない話であった。

 

「貴様、そこの娘の話は本当か?」

「本当ですよ。僕はコーディネーターです。でもそれがなんだって言うんだ!」

「おい、もう落ち着けキラ!」

 

 興奮冷めやらぬキラを抑えるマードック。

 訝しみながらも、ガルシアはキラを見据えた。

 

「本当にあの機体に乗っているパイロットは貴様で間違いないんだな?」

「──はい」

「ならば良いだろう。連れていけ」

 

 副官が指示を飛ばし兵士達にキラが連れていかれる。

 タケルはそれを見送るしかできなかった。

 

「お、おい兄様。連れてかれちゃうぞ」

「迂闊には動けないよ。ここには他にもたくさんの避難民がいる。まかり間違って銃でも撃たれた時にはどうなるかわからないし」

 

 先程のやり取りにタケルは内心冷や冷やしていた。

 ミリアリアを助けるだけならまだしも、キラはガルシアを放り投げてあろうことか抵抗したのだ。

 怖いもの知らずとはよく言ったものである。

 勿論、本当に事が起こりそうならば動くつもりではあったし、本当の予定ではやり過ごすか自身が申し出るつもりだったのだが……成り行き上、もうどうしようもなかった。

 

「それに、キラならきっと心配ないよ」

「それは、なんでだ?」

「敵対しておらず、しかも言う事を聞かせられるコーディネーターがいるんだ。無駄遣いしやしないさ」

「うわー、聞きたくなかったな。そんな理由」

 

 辟易した様に返すカガリにタケルは苦笑する。

 確かにそうだろう。

 人を人と思わぬ所業、そこに片足を突っ込んだ表現である。

 

「軍だからね。しかもナチュラルが大半の連合なら、使えるコーディネーターは意地でも使い潰すだろう」

「ちょっと待て兄様。それじゃ尚更まずいじゃないか!」

「そこまでの時間は無いよ。いくら滞在期間を延ばそうがいずれアークエンジェルはここを離れる。その時にキラも乗せていくんだから」

「あ、そっか」

 

 彼等にとってコーディネーターの有用性は非常に高い。彼等に直接被害が出ない限りは、キラの安全は保障される。

 だが、こちらは直ぐにでも出ていく予定なのだ。正式に友軍であると認められれば、そう長くとどまらせることはできない。

 留まらせるにはそれなりに理由が必要だ。

 

「それに……」

「ん?」

「こっちもこのままで居るつもりはないしね」

 

 色々と理由を語ったタケルだが、結局の所はここに行きつく。

 目の前で大切なオーブ国民が危害を加えられたのだ。報復する理由としては十分である。

 

 ガルシア達が去っていくと、トールはフレイへと詰め寄っていた。

 

「なんであんな事を言ったんだよお前!」

「お前お前って、何が悪いの! ここは地球軍の基地で味方なんでしょ? だったら良いじゃないのよ!」

「地球軍が何と戦ってると思ってるんだよ!」

 

 キラの事を思うが故だろうか。

 熱が上がるトールと、頭ごなしの否定に反発するフレイが、タケルとカガリの前で喧嘩を始めだした。

 

「コラお前達、落ち着け。こんな状況で騒ぐ奴があるか」

 

 再び諫めるはマードック軍曹。苦労人である。

 

 そんな中で、柄にもなく怪しい笑みを浮かべるタケルの表情ったらない。カガリは久しく抱かなかった恐怖を兄から感じていた。

 

 

 

 

 

 

「OSのロックを外せばいいんですか?」

 

 キラはガルシア達に連れられてMS格納庫のストライクの下へと連れられていた。

 周囲にはアルテミスの人員があちこちにいる。

 メビウス・ゼロやアストレイも解析にかけようとしているらしいことが伺えた。

 

「OSのロックもそうだが、君は他にも色々できるんだろう?」

「色々?」

「例えば、これと同じような兵器を開発するとか、或いはこれに有効な兵器を創り出すとかね」

「何故そんな事を僕がやらなければならないんですか。僕は学生です……軍人でも軍属でもない」

 

 イライラして来る──この連中と行動してからずっとそうだとキラは思った。

 意識してガルシアの顔を見ないようにする。

 パイロットだからなんだ? 生き残るために……皆を死なせない為に乗っていただけだ。

 誰が、自ら戦いたくて戦うものか。

 そんなものは好きな奴で勝手にやっててくれ。

 

「だが君は“裏切り者”のコーディネーター。君の存在は我々にとって非常に貴重だ。君はどこに行っても優遇されるだろう」

 

 ビクリとキラの肩が震えた。

 裏切り者……その評価はわかっている。認識している。

 いくらオーブの国民と取り繕っても、キラは地球軍のMSに乗りザフトと戦った……今も尚、戦っている。

 そしてアスランの仲間を討ったのだ。きっと、殺された人の家族や友人はキラを恨むだろう。

 それが、コーディネーターである自身に殺されたとわかれば尚更……

 

 ガルシアが発したただの言葉が、キラの心に重くのしかかってくる。

 殺してしまった顔も知れない誰かの声が……拒絶して振り払ったアスランの声が……キラを裏切り者と蔑んでいる気がしていた。

 

「僕は……地球軍には入りませんよ」

 

 絞り出すようにして声となったのはこれだけだった。

 キラはストライクへと乗り込むと、キーボードを取り出して叩き始める。

 

 ただただ、叩いた。

 

 OSの解除を半分程あっという間に終わらせては、即座にロックを掛ける。

 また解除をしては、すぐにロックを掛ける。

 くだらない作業に没頭した。

 幾度も幾度も繰り返す。

 

「(同じなんだ……僕も、もう)」

 

 誰かを討った。自らの為に。

 

 生き残る為とか守る為とか、理由なんて関係ない。

 戦争に参加して、知らない誰かを討った以上、自分はもうただの学生ではないのだ。

 

「(もう、トール達とは違うんだ)」

 

 ズキリとキラの胸がまた痛む。

 決定的な一線。大切な友人達と超えられない壁があるように感じた。

 

 キーボードを叩きながら、キラは心の内で涙を流し続けた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルテミス要塞周辺。

 ニコルとブリッツは、ミラージュコロイドのステルス機能によって補足されないまま、要塞の外縁にまでたどり着いていた。

 

 完璧であった。

 光波防御帯を展開する気配は感じられない。

 アルテミスは間違いなく、ニコルとブリッツを捕捉できてないのである。

 

 ブリッツがアルテミス要塞の表面に取りついた。この時点で、要塞の命運は定まったと言っても過言ではないだろう。

 あとはどれだけ自分達が戦果を残せるか……

 

「時間は少ないが、取り付きさえしてしまえばもう怖くはない。あとは防御帯の発生装置を──」

 

 ニコルはブリッツのメインカメラで周囲を確認する。

 周辺には防御帯の発生装置が幾つも設置されていた。

 壊していくのも良いが多面体の性質上、中継点である一点を破壊したところで展開自体は可能になってしまう。

 狙うなら装置の展開の大元を狙わなければならないだろう。

 

「時間もあまり無いか……よし!」

 

 一つの決断を下したニコルは、アルテミスから少しだけ距離を取ると右腕部のビームライフルを構えた。

 

「自分から、動いてもらいますよ!」

 

 視界に入る発生装置へと向ける。

 親機となる装置を炙り出すため、ニコルはトリガーを次々と引くのだった。

 

 

 

 

 

 

 アルテミス要塞客間。

 半軟禁状態にあるマリュー達は、客間の一室へと放り込まれて、ままならぬ時を過ごしていた。

 

「いくら不明艦とは言え、この扱いは不当です!」

「仕方ないだろう副長。連中は今、俺達を艦に返したくないんだから」

「私達の扱いだけでなく、艦全体に対して──」

「問題は、このまま補給が受けられるかよね……時間稼ぎに渋られて拘束されたままでは身動きが取れなくなる」

 

 ガルシアの様子は、完全にそのつもりだとマリューは判断していた。

 極秘開発のMSと戦艦……データは欲しいだろう。

 あの手この手で滞在期間を延ばそうとすると読んでいた。

 

「俺からすると、この要塞が本当に安全なのか疑問なんだよなぁ。確かに防御帯がある間は鉄壁なんだろうが……逆を言えばその分、連中の心には隙があり過ぎる」

「過信……ということですか?」

「まぁ、その通りだな。ザフトだって馬鹿じゃない。必要とあればいくらでも貫く方法を考えるだろうぜ」

「ですが、それならば一体どんな手が──ッ!?」

 

 ナタルがムウへ問うのを遮り、アルテミス要塞を大きな振動が襲う。

 突然の事態に惑うマリューとナタル。

 そんな中ムウだけが呆れるようにため息を吐いた。

 嫌な予測程良く当たる──自分の勘が恐ろしいといった所である。

 

「ほらな? 馬鹿じゃなかっただろう?」

 

 ニヒルに笑って見せようとしたが表情はやや引き攣ったままである。

 それはそうだ。まだ彼らはアルテミスに軟禁状態なのだから。

 

「まさか、ザフトが!?」

「それ以外に考えられるかよ。ちっ、やっぱり安全じゃねえじゃねえか」

 

 

 要塞内に警報が鳴る。

 

 ガルシア等中枢人物達が要塞の状況を把握しようと努める中振動は続き、いよいよを以て襲撃の可能性は確定的となっていた。

 

 

「さて、こうしちゃいられない──う、うわー、今の衝撃で部屋に亀裂が!? 空気がー」

 

 凄まじくわざとらしい声音でムウが叫ぶ。

 この非常時に何をしているんだと戸惑うマリューとナタルの視線を受けていた。

 

「ほら、艦長達も騒げよ。部屋を開けさせて脱出するぞ」

 

 なるほどと合点がいくとマリューも続けて声を張り上げる。

 

「キャー、誰か助けて!! 死んじゃう!!」

 

 こちらもひどい。とても生死を掛けた切羽詰まった状況に似つかわしくない。どちらかと言うと暴漢に襲われたそれだ。

 だがそれにしてもこの艦長、ノリノリである。

 

「ほら、副長も」

「だ、だれかー……なんとかしてくれー」

 

 何と気の抜けた声であろうか。

 とても生死の境を彷徨っているとは思えない。

 普段艦橋にいるときの良く通る声はどこにいったのか。

 だが元来生真面目な彼女が、まったく起こっていない出来事をでっちあげて騒ぎ立てる事は難しいのである。

 

 そんな彼女の声が功を奏したか、部屋の外から人が来る気配。

 ムウは一足飛びで出入口の側へと潜み。

 

「なんだ、一体何の騒ぎだ──がっ!?」

「お、おいどうし──がは!?」

 

 入ってきた2人の兵士を昏倒させると、ムウは通路を覗き込み状況を確認する。

 左右共にクリア。安全は確保されていた。

 

「さっ、いくぜ」

「確かに、アルテミスと心中はごめんね!」

「大尉達がやっていたのなら、私は別にやらなくても良かったのでは……?」

 

 興奮と危機感と後悔が冷めやらぬ中、3人はアークエンジェルへと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、アークエンジェルの食堂でも異変を察知して騒ぎが起こっていた。

 突然の振動に避難民も恐怖に怯え、ノイマン等クルー一同は監視の兵に詰め寄る。

 

「おい、この振動はなんだ!」

「こ、これは」

「わかんないのか? だったらわかる奴に聞いて来い! どう考えても、この振動は攻撃だろ!!」

 

 状況の変遷を読み、戸惑う兵士達の隙を突いてノイマンは食堂を飛び出す。

 

「ま、待て!!」

 

 慌ててノイマンへと銃を向ける兵士達。

 走り去るノイマンへと兵士達の意識が映るその瞬間を、待ち構えていたタケルは見逃さなかった。

 

 ドンと爆ぜるように、座っていた座席を踏み抜き微弱な重力下が可能とした突撃を、銃を構える兵士達に敢行。

 正に人間砲弾となって、2人の兵士達の頭部を掴むとそのまま壁へと叩きつけた。

 

「ごめんね、ホントはいけ好かない司令官さんにぶちかましてやりたかったけど……まぁ君達もずっと銃を突き付けてたんだから文句は無いよね」

 

 ずるずると崩れ落ちていく兵士達を見下ろして、柄にもない冷たい表情を浮かべるタケル。

 手放されたアサルトライフルを拾い上げると食堂内に残っているクルー達へと向き直った。

 

「艦を奪取しましょう。ブリッジクルーはノイマンさんに続いて下さい。

 マードックさん達整備班は僕と一緒に格納庫へ向かいましょう」

「ひゅー、やるなアマノさんよ。

 よしお前ら、さっさと俺達の仕事場を取り戻すぞ!」

 

 応! と声を上げるアークエンジェルクルー達。

 それを見て冷たい表情が引っ込んだタケルはいつもの調子に戻ると格納庫へと先陣を切って駆け出した。

 

 振動は徐々に大きくなっていた……

 

 

 

 

「防御帯を起動しろ! 何をしている!」

「しかし、既に外縁にはMSが!」

「ソナーに感。ザフト艦です!」

「なんだと!?」

 

 アルテミス管制室が大混乱の中、ローラシア級ガモフがニコルの電信を受け最大戦速で到着。

 ザフトの作戦は滞りなく推移していると言える。

 

 アルテミス外縁で装置を破壊して回るブリッツは、遂に動き出した防御装置の大元を発見。

 

「あれか!」

 

 接近してビームサーベルを展開し、これを切り落とす。

 アルテミス要塞の鉄壁が完全に崩された瞬間である。

 そしてここからは──

 

「あの戦艦は……中か」

 

 本命の目標である。

 アルテミスはあくまでアークエンジェルを狙うための前座。

 ここからがニコルにとっての本当の戦いであった。

 ブリッツを走らせ、ニコルはアルテミス内部へと突入していった。

 

 

 

 

 

 

 

 突然の振動に惑っていたキラは、OSの解除の手を止めてコクピットの外の状況に耳を傾けていた。

 

「防御帯を起動しろ! 何をしている!」

 

 緊急事態だというのは嫌でも分かった。

 それも、恐らくはザフトが攻めてきたのだろう。

 何度も振動が襲うが、一向に自分に銃突きつけられる状況は変わらなかった。

 

 そんなにコーディネーターが怖いのか? 

 

 キラの中で嫌な感情が鎌首をもたげる。

 

「この状況は、一体何がどうなってるんですか?」

「それはわからんが、お前は早く解除を済ませろ」

「戦闘が起きてるんじゃないんですか?」

「知らん! 良いから早く済ませろと言っている」

 

 キッと睨みつけようとした瞬間、一際大きな振動が彼らを襲った。

 幸いにもコクピットシートに座っているキラは大きな影響がないがコクピット前の小さな足場に居た彼らは違う。

 大きくバランスを崩し、銃口がそれた。

 

「このっ!!」

「くっ、貴様何を!?」

 

 思いっきり彼等を蹴りつけて追い出すと、キラはコクピットを閉鎖。ストライクを自分の手中に収める。

 

「貴様、何をしている!!」

「襲撃されてるんでしょ、こんなことをしている場合ですか!!」

 

 ガルシアの声も切り捨て、キラはストライクを発進準備へと急がせた。

 

 幸いにもアークエンジェルも機能を取り戻しており、ストライク側からの指示で装備の換装ができた。

 キラは狭い要塞内での戦闘を想定してソードストライカーを装備。

 

「こんな状況で襲撃されたら、何もできないじゃないか!」

 

 溜まった鬱憤を吐き出すように声を上げ、ストライクはアークエンジェルから歩きながら出撃していく。

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの艦橋へと帰還したマリュー達士官3人は、既に発進準備を整えているクルー達を見て思わず笑みを浮かべた。

 

「この非常時に対しての適する判断。感謝します」

「ははっ、よくやったぞ坊主達」

「こんな所一秒でも早く抜け出したいですからね」

 

 ムウの労いに不満顔で返したサイ。

 折角助かったと思った喜びを無下にされ、あまつさえ殴られる始末。キラが危険な目に遭ったのもそうだ。

 この要塞に来てから良い事など一つも無かった。

 

「艦長! ストライクも出撃しています。早々に要塞外へ待避を!」

「わかってるわナタル。

 アークエンジェル発進! ストライクにも打電! 反対側の港から外へ出るわ」

 

 マリューの声にクルー達が忙しなく作業を進めていく。

 艦を固定するアームの解除。エンジンへの火入れ。火器管制システムの機動。

 順々に発進準備が整い、白亜の巨体が動き出した。

 

「格納庫から入電。アマノ二尉、マードック軍曹等によって奪取した模様」

「MS戦闘だけじゃないところは本当に助かるわね……あの子」

『それはどうも。お褒めついでアストレイで出撃許可を頂きたいのですが……』

「あ、アマノ二尉」

 

 艦橋のモニターに映し出された格納庫の状況とタケルの通信に目を丸くするマリュー。

 目を丸くしたのは状況よりもタケルの発言が原因だが、即座にナタルが声を上げる。

 

「アマノ二尉。両脚部が無い機体で何をするおつもりで? 的になろうとでも言うのですか?」

『まさか。スラスターは生きてるし重量バランスはOS調整でどうにかします。ライフルさえ持てれば今のアストレイでも戦闘は可能です』

「バカ言ってんじゃねえよタケル。そんな突貫調整で戦闘なんて──」

「却下します。

 バジル―ル少尉、マードック軍曹に連絡を。決して出撃させないように厳命してちょうだい」

 

 ムウの発言をも遮って、マリューがきっぱりとタケルの具申を却下する。艦長として毅然とした態度の声であった。

 その堅い雰囲気を受けてナタルも応じる。

 

「了解しました」

『ちょ、ちょっとラミアス大尉!?』

「具申は受け付けません。いくら状況が緊急とは言え、不完全な機体での出撃は戦果よりも撃墜の可能性が高い。そうなった時、私はカガリさんになんと言えば良いのですか?」

 

 先の戦闘の折り、タケルがキラにしきりに謝罪を述べた件については、マリューもナタルから報告を受けている。

 艦を守る──そう言えば聞こえは良いがタケルの場合その責任を背負い込み過ぎているきらいがあった。

 それも偏にカガリを危険に合わせたくない一心だとはわかるが、それを真に受けて無茶をさせては彼自身の命を危険にさらす。

 戦場に出るのだ。いくら優秀なパイロットであろうと命を落とす確率は低くない。

 タケルが撃墜される可能性は、万が一なんて話ではないのである。

 彼等が互いを大事に想っている事は、傍から見れば明白だ。

 無茶をさせて死なせてしまうなど、カガリに合わせる顔がなくなる。

 

 マリューはタケルの具申に頷くことはできなかった。

 

 

『それは……すいません』

「ご理解、いただけたようですね」

『申し訳ない。逸りました』

「では、そのまま待機をお願いします」

 

 はい。と弱弱しく答えたタケルは、そのまま通信を切った。

 艦橋内がどことなく気まずい空気となるが、気にしてもいられない。

 

「全く冷や冷やするな、あの感じは」

「良き判断かと……あの方は無茶が過ぎる」

「カガリさんを守りたい……気持ちはわかるけどね」

 

 

 生き急いでいるようにも見えるタケルの姿がどこか痛々しくも見える。

 そんな彼を年長者としても士官としても、3人は温かく見守ってやろうと感じていた。

 

 

 

 

 

 戦場は混沌と激化の一途を辿る。

 ガモフより出撃したデュエルとバスターも戦列に加わり、アルテミスへの攻撃は苛烈さを増す。

 

 アルテミス側も、待機していたメビウス部隊を発進させるが、元々MSとの戦績は不利を極める。

 その上新型の彼等が相手では、いくら数がいようとも太刀打ちできない。

 

 結局の所、光波防御帯が潰された時点でアルテミスにはもう抗う術は無かった。

 

 破壊されたメビウスに巻き込まれ要塞の中枢たるガルシアも戦死。

 要塞内部のあちこちで爆発が起こる中、アークエンジェルの防衛に務めていたキラは、ブリッツの接近を感知する。

 

 

「敵反応──ブリッツ!?」

 

 新型機単独での攻勢に面食らうも、ストライクを動かしブリッツへと向かう。

 

「いた、例の新型!」

「こいつ!」

 

 同種の兵装であるアンカーを射出。

 二機の間でぶつかり合うアンカーを回収しながら、キラは鈍く重くなる感情を必死に抑えようとしていた。

 

 戦いたくなかった。

 討てば命を奪う。討たねば奪われる。

 もう既に自身は討ってしまっている。だがこれ以上重ねたくは無かった。

 

 “裏切り者のコーディネーター”

 

 これ以上討てば、またその名が重くなる。

 

 “良く分かったよ。君がとても自分勝手に戦ってるって事が”

 

 討てば、あの時アスランに言った言葉が自身に返ってくる。

 

 操縦桿を握る手が震えた。何かをこらえる様に、キラは震える程に操縦桿を握りしめていた。

 

「来ないでくれ……」

 

 届かないとわかっているが叫びたかった。

 キラはそうしないと、戦うためにストライクを動かすことはできなかった。

 

「もう僕達を放っておいてくれー!!」

 

 心が咽び泣く悲痛な叫びと共に、ストライクが駆ける。

 接近したストライクはシュベルトゲーベルをブリッツへと振り下ろす。

 突然の突撃に居を突かれ、ブリッツは何も反撃を考えられず大きく後退。

 距離が空いた。

 即座にキラはストライクを反転。アークエンジェルへと戻る。

 その行動にニコルは再び虚を突かれた。

 相手の攻勢の意思を感じ取り慎重になった瞬間に撤退されたのだ。

 その虚が大きく彼我の距離を開けてしまう要因となる。

 

「ま、まて!!」

 

 慌てて追いかけるがもう遅い。

 要塞内の爆発がストライクとブリッツを別ける。

 爆風に煽られたブリッツが引き離され、キラとストライクはアークエンジェルの艦上に着艦する。

 

「ストライクの着艦を確認!」

「アークエンジェル機関最大。アルテミスを脱出します!」

 

 待ち望んだ報を受けマリューの声が艦橋に響き渡る。

 待ち望んだのはクルー達も一緒だ。その声に即座に反応しアークエンジェルは出力を最大にして始動。

 アルテミス要塞を脱出する事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦火に飲まれていくアルテミス。

 それを後にして、キラはストライクのコクピットからアルテミスを包む眩しい爆炎の光を見つめていた。

 

「こんなんじゃ……無理だよ……」

 

 自分でもよくわかった。心底安堵している事が。

 それは生きている事ではない。アークエンジェルが無事だったからでもない。

 

 ただ一つ。敵を討つことがなかったから。

 

 手の震えは止まっていた。握り締めすぎていたせいか、キラの意思に反して操縦桿を握る手は解けなかったが、それでももうストライクを動かす気にはならなかった。

 

『キラ・ヤマト。無事ならば艦内に帰投しろ』

「──了解です」

 

 無遠慮に通信を入れてくれたナタルに少し感謝した。

 自分の意思ではもう、いつまで経ってもストライクを動かせなかっただろうとキラは思った。

 

 

「僕は、どうすればいいのかな……アスラン」

 

 

 自然と零れた名前は、自ら戦う事を決めたであろう拒絶した友の名であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦火の中、人は残り、散っていく。

 生き残りたい。守りたいと願い、決して他者を討つべくせずに戦場にでても、戦火は少年達の心に罪を被せた。

 逃れえぬ罪、抗えぬ自責が暗黒の宇宙を迷宮へと変えていく。

 静かな眠りを続ける、始まりの墓標を目にしたとき、少年達の胸に残るものとは……

 

 次回、機動戦士ガンダムSEED

 

 『哀悼』

 

 消える事のない痛みを、超えていけ、ガンダム

 




いかがでしたか。

アルテミスは面白くなかったのでちょっとだけギャグテイストも加えてみました。


感想お待ちしております。

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