機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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先に宣言しておきますが、作者はシン・アスカに対してリスペクトを持って書いております。
嫌いでもないですし、意図して悪く描いているわけでもありません。
ご了承ください。


PHASE-6 予兆の砲火

 

 

 ボギーワン追討作戦を決定し、星の大海を翔けるミネルバ。

 

 

『全艦に通達する。本艦は此より更なるボギーワンの追撃戦を開始する。突然の状況から思いもかけぬ初陣となったが、これは非常に重大な任務である。各員、日頃の訓練の成果を存分に発揮できるよう努めよ』

 

 

 アーサー・トラインの艦内放送に、クルー達が気を引き締め直していた。が、とは言うものの直ぐにどうこうという事もない。

 広大な宇宙で、逃げる敵艦を追うとなれば、それは僅かに勝る速度差によってじりじりと距離を詰め、射程圏内に敵艦を捉える事となる追撃戦だ。

 つまりは追いつくまでにそれなりに時間がかかるのである。

 

「はぁ……ブリッジ遮蔽解除。警戒態勢をイエローへと移行。索敵だけは常に監視を続けて頂戴」

「了解」

 

 必要な指示だけを下してタリアは一先ずの落ち着きを見せた。

 いきなりの事態に緊急発進。そしてそのまま敵艦への攻撃と、新兵が揃うこの艦には酷な状況であったが、それでもこうして無難に終えられたことは1つの成果であろう。

 初陣で最悪な結果となる例は決して多くはないが少なくもない。

 それ程に、初めての戦場というのは特別な意味を持つ。

 無論、この初陣だけで経験が飛躍的に高まったなどという事はあり得ないが、気構えは十分にできる筈である。

 クルー達には良い初陣であったと思えた。

 

「一先ず、すぐに事態が変わる事も無いでしょう。議長方は士官室でお休みを──」

 

『艦長、至急の報告事項有り。通信よろしいでしょうか?』

 

 艦橋のモニターに飛んでくる艦内通信。

 映し出されるはルナマリア・ホークの姿である。

 タリアは言いかけた言葉をひっこめて、通信モニターへと向き直った。

 

「良いわ、報告してちょうだい」

『はい。ミネルバ発進の直前に、格納庫に所属不明のザクが着艦。コクピットから1人の民間人らしき者が降りてきたためこれを拘束しました』

「あら、それって……」

 

 思い至る事があり、タリアは後ろにいたカガリとアスランへと振り返った。

 タリアの視線を受けてカガリは小さく頷く。

 こんな事態に、本当にただの民間人がザクに乗っていることなどあるわけも無し。

 報告内容の結論は、聞かなくともわかる気がした。

 

『事情を聴取したところ、彼はオーブ国防軍三佐、タケル・アマノと名乗り、ミネルバに搭乗したアスハ代表との面会を希望しております。

 事情が事情な為、拘留室へと連れていくわけにも行かず、現在は保安員同伴の下、士官室で拘束状態の対応としています』

「わかったわ。直ぐに行きます」

「やれやれ、艦長は忙しいな」

「事態が事態であれば仕方ない事だとも思う。私も見覚えのある光景だ」

 

 アークエンジェルに初めて乗り込んだ時に、同じ様な光景を見た気がする。

 気がするのではなく、事実様々な判断を下すべく呼ばれっぱなしなマリュー・ラミアスの姿を、カガリは覚えていた。

 

「こんな艦に居座り続ける議長方のせいだという事……お忘れなきように」

 

 ぴしゃりと告げられたタリアの言葉に、デュランダルとカガリは顔を見合わせて肩を竦めた。

 確かに、立場ある人間がこんな戦闘艦に乗っていること等、異常事態以外のなにものでもないだろう。

 そうして艦を取り仕切る彼女に多大な心労を与えている事は紛れもない事実であった。

 

「すまないね、タリア」

「こちらも、無理を言って申し訳ない艦長」

「いえ、事態に対する議長方のお気持ちは、私も良くわかりますので──それでは御二方、士官室までご同行を願います」

「あぁ」

「勿論だ」

 

 素直に了承の意を示す2人──やはり、気の休まる時は無さそうだと、ミネルバ艦長タリア・グラディスは胸中で小さくため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙空間の静かな旅路を満喫する。

 

 この荒んだ世界でそんな贅沢が許されるのなら良いが、現実はそうもいかないものだ。

 

「どうやら、成功という所ですかな?」

 

 ミネルバを振り切り逃走中のガーティー・ル―艦内で、艦長のリーは安堵を交えた声で隣のネオへと問いかけた。

 

 アーモリーワンへの強襲、そして新型機の強奪。

 はっきり言って薄氷の上を渡るようなギリギリの作戦であっただろう。

 相手が軍事工廠である以上、機を逃せば本格的に動き出された戦力に押しつぶされる。

 彼等がミネルバを前に逃走できたのは運という要素も多分に取り込まれた結果だと言える。

 

 しかし、それだけの価値がこの作戦にはあった。

 プラントの技術の粋が詰め込まれた新型機の強奪。それが叶った時の齎すメリット、そして与えるデメリットは甚大だ。

 波及する影響はその物自体だけに留まらない。

 

 戦局を考えるなら、最も小さな戦火と戦力で、最も大きな戦果をもたらす作戦なのだ。

 

 それ故に、未だ警戒は必要だとネオは小さく唸った。

 

「ポイントまでの時間は?」

「あと、2時間という所です」

「──追撃があるとお考えですか?」

 

 オペレーターの返答に考え込む素振りを見せるネオに、リーは再び問いかけた。

 

「判らんね。判らんからこそ、予測は常に悪い方へとしておく。追撃はあるものだろう、とな。それが戦場での定石ってやつだ」

「そうですな……ラングベルト大尉、彼等の最適化については如何かな?」

 

 リーはネオの背後に控えていたユリスへと問いかけた。

 瞬間、僅かにユリスが身に纏う気配が冷たいものになるが、それはネオから向けられる視線によって霧散していく。

 

 ──最適化。

 リーが言うそれは、ステラ達3人を“ゆりかご”と呼ばれる特殊な装置にて眠らせる事を差す。

 任務に不要な記憶の消去から、活性状態にある肉体の調整も含めて、彼等はこの最適化が無くては生きていけない身体にされている。

 

 相変わらずの部品扱いに、反吐が出る想いであった。

 

「記憶の調整は必要無しと判断したわ。これからあれ等を扱う以上、できるだけパフォーマンスは落としたくない。

 身体の調整だけにしてあるけど、まぁ3人共ぐっすり眠ってる。作戦時間が長かった分、負担も大きかったからね。アウルがステラのブロックワードを出しちゃったから、それだけ少し不安要素だけど、眠る前には平静になってたから一先ずは様子見」

「それで問題は出ないのか?」

「問題が出るようなら始末するだけよ。だから私がここに居るんでしょ?」

 

 殺気交じりに返すユリスに、艦橋の空気がまた冷え込んだ。

 表向きはそうだ。ユリス・ラングベルトが彼等の監督役として居るのは、最悪の時の為の停止装置。

 つまりは、圧倒的な能力を持つ彼女によっていざ問題が出た時は彼女が“処理”をするのだ。

 

 そしてそれは、彼女に対しても同様。

 

 ユリスの首に取り付けられた首輪──それは文字通り、彼女の命を握るものである。

 エクステンデッドへの停止装置である彼女にもまた、その命を握る形で停止装置が取り付けられているのだ。

 

 だから彼女は、従うしかない。

 捨て置けない存在と、自身の命の2つを握られている。

 いくら彼女が胸の内で罵詈雑言の限りを吐こうとも、その事実は変わらないのである。

 

 漏れ出る殺気は誰に向けたものか──それは処理する対象となるステラ達ではなく、ここに居る全員に向けるものであった。

 

「ユリス、余りそんな気配を出すな。クルーの身体に響く」

「ネオ・ロアノーク。お気づきでない様なら教えて差し上げるが、命を握られる者がそれを握る物に向ける想いは唯一つ。殺意だけだと心得ておきなさい。

 いつ叛意を抱き寝首をかかれるかわからない恐怖に怯える……それが握る側に求められる覚悟よ」

「承知している。だが、お前もそんな態度では早死にすると言っているのだ」

「やれるものならやって見るが良い。そうなれば次は誰があの子達のストッパーになるのかしらね」

 

 不敵な笑みでユリスは嗤った。

 

 それができる者が他に居ないから、彼女の命を握り従わせて利用しているのだ。

 エクステンデッドと言う不安定な生体部品を、安全で間違いなく利用するためには、彼女の能力が必要であった。

 

「はぁ……もういい、下がってろ。自室で待機しておけ、この利かん坊が」

「お褒めに預かり光栄だわ。大佐」

「褒めていない」

「それでは失礼させてもらう」

 

 踵を返して、暴走列車の如き気配が去っていく。

 静かになった艦橋に、小さく安堵のため息がそこかしこから漏れた。

 

「中々──激しい女性ですな」

「リー、その感想が出てくるのはどういう感性をしているんだお前?」

「気が強い女性は良いものです。その上あの美貌となれば──ふむ」

「ふむじゃないよ。頼むから変な気を起こすなよ」

「大佐、私は分別のある軍人であることを自負しておりますが?」

「たった今その信用も消え失せたんだよ」

 

 はぁ、と大きくため息を吐いて。ネオ・ロアノークは1人静かに仮面の奥で目を伏せた。

 何と言うか、いつの間にか内にも外にも敵を抱えている。

 そんな気がした瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミネルバ艦内士官室。

 

 

 タリアを伴うデュランダルと、アスランを伴うカガリの計4人と、合流を果たしたタケルが一堂に会していた。

 

「一先ず、勝手に機体をお借りしたことをお詫び申し上げる。デュランダル議長、それにグラディス艦長」

 

 互いの紹介もそこそこに、タケルから切り出された言葉に、デュランダルとタリアは静かに頭を振った。

 

「いえ、確かに問題ではあるのだろうが、その判断が無ければ姫も、また私もあの騒ぎに命を落としていたかもしれない。謹んで礼を言わせてもらうよ」

「貴方の動きはモニタリングしていました。流石は大戦の英雄と言ったところですわね。装備も十分でないザクであれだけの戦いをやってのけた貴方には、驚かされましたわ」

「あー、余りそう素直に褒めないでもらえるだろうか。議長、それに艦長も……本人は出来心で悪戯して成功させてしまった様な気持ちだと思うから」

「出来心で……」

「悪戯、ですか?」

 

 静かに、タケル・アマノは向けられてくる2人の視線から目を逸らした。

 

 カガリの指示はあった。オーブも関わる戦火の火種をなんとしても摘み取らなくては、という思いも強く在った。

 だがしかしこの男。ザクに乗ってる内にその全てを把握しようとしていた部分も否めない。

 

 ひょんなことから乗り込む機会が得られたザフトの量産機。それも次世代のものとくれば、開発畑が本職のこの男が下心を出さないはずもないのだ。

 データ媒体こそ持っていないが、その身にザクという機体の情報をこれでもかと言うほど叩き込んでいる事だろう。

 

 確かにカガリやデュランダルを守る理由も事実ではあるが、それだけが真実ではない。

 多分に手に入った新型量産機の情報はタケルに疚しい気持ちを想起させるには十分であった。

 

「その──堪能させていただきました。ザフトの新しい量産機を」

「ふむ……そう言う事か」

「してやられた、と捉えて良いのでしょうか?」

「いえ、ですが護衛の私としては会談の場をわざわざ危険がある工廠へと移した議長に責任があるかと考えます」

 

 何だと、とそんな表情でタリアがデュランダルへと振り返る。

 タケルがその時苦言を呈した通り、人と物でごった返す場に他国の代表を連れ出すなど、タリアから見ても愚かな所業と言えた。

 

「議長、貴方何を考えてそんな──」

「おやおや、これは手厳しい。しかしアマノ三佐、それについては姫からも構わないと許可が下りたではないか」

 

 ギロリといった様に、今度はタケルとアスランからカガリへと不穏な視線が向けられる。

 簡単に構わないなどと下手に出るから……目は口程にものを言っていた。

 

「そ、それは卑怯な言い方ではないか議長。こちらは無理を言って会談を設けて頂いた身だ。そんな会談の場でそちらの提案をおいそれと断れはしないだろう」

 

 タリアの視線にとっさに言い返すデュランダル。

 そしてタケルとアスランの視線に、とっさに言い訳を並べるカガリ。

 不毛な責任のなすり合いに、しばし沈黙が降りた。

 決して緊迫した雰囲気などはないが、しかし互いに責任を被るのは御免と言う姿勢──

 

「はぁ、やめよう議長」

「そうですね、姫」

 

 と言うほどでもなく。事態は静かに収束していく。

 

「お互いに想定外な事態故、という事で水に流しましょう。こちらはアマノ三佐の事に関して言及は致しません」

「こちらも不測の事態という事で、巻き込まれた事は不問にする、という事だな」

「えぇ」

「了承した」

 

 着地点を見つけて合意。

 今回の会談が秘匿された非公式のものである事が幸いした。公にする必要のない話である以上、こんな小さな場での小さな話し合いで解決しても良いだろう。

 このような事で下らない論議を繰り返している場合でもないのだ。本当に話さなければならない事は別にある。

 

「グラディス艦長、先の艦内放送で粗方把握したが、今の状況を改めて私も確認させて頂きたい」

「良いでしょう。私としても、貴方には色々と意見を頂きたい所です」

 

 タケルの問いに改めて、現状の確認となった。

 

「現在、ミネルバはボギーワン……強奪部隊の母艦ですね。こちらを追走中です。目的は勿論、奪還──と言いたい所ですが良くて破壊でしょう」

「ふむ……アレックス、お前は敵の動きをどう考える?」

「むっ、俺に聞くのか?」

「参考意見くらいは聞いておきたいだろう?」

 

 嘗て、ヘリオポリスを襲撃し連合の新型を強奪したその経験則から意見を──そんな声が暗に込められたタケルの問いであった。

 逡巡──部屋にいる皆の視線が集まる中、アスランは静かに口を開いた。

 

「1つ確認しておきたい事があります。アーモリーワン内での戦闘において、アマノ三佐と共闘していた機体の性能はどれ程のものですか?」

「インパルスの事かね? あれは全く新しい発想で作られた高性能機という位置づけだが、私としては詳しい事は……タリア」

「仔細は申し上げられませんが、恐らく奪われた3機と比べても、頭一つ抜きんでる戦果を期待されるMSだとはお伝えしておきます」

「であれば、向こうも十分な危機感を持っているはずです。逃走を図りながらも、こちらの追撃を予測して迎撃準備を……もしくは出撃してきたインパルスの鹵獲か撃破を狙ってくるかと思います」

 

 俄かに、デュランダルの顔つきは険しいものとなる。

 そしてそれはタリアも同様。嫌な予感を拭いきれなかった。

 

「つまり、逃げるばかりではないと言うことかね?」

「はい、接敵時は相手の動きに最大限の注意が必要かと思われます」

「そうね。追っているから──無意識のうちに相手が逃げる姿勢だと決めつけていたわ」

 

 陥りやすい話で盲点であった。

 古今東西、様々な場面で、追撃戦によって手痛い反撃を喰う事は良くある。

 追い回す側であるが故に、気の緩みがある。追い詰めているのだと錯覚する。

 追撃しているからと言って、戦う前から勝利しているわけでもない。

 

「アマノ三佐、お前からは何かないのか?」

「アレックスの意見だけでは御不満ですか、代表」

「茶化すな。艦橋にいたアレックスは状況を読めるが、実際に戦闘に出た三佐の視点から戦力事情を把握しておきたいだけだ」

「どうでしょうかデュランダル議長。これがオーブの獅子の娘です。勇ましい事この上な──」

「アマノ三佐」

「──申し訳ありません」

「ふむ、羨ましい限りだ。私にもアスハ代表のような戦場での慧眼があれば良いのだが──」

「議長」

「──すまないタリア」

 

 本気か嘘かわからないバカ2人(タケルと議長)のバカな言葉に酷く冷たい視線が向けられた。

 シュンと視線を落としたバカ2人に、その場でアスランだけがやれやれと頭を抑える。

 

「次ふざけたら帰国した折に軍法会議に掛けるからな」

「承知しました。代表」

 

 やると言ったらやる。カガリの視線が物語るその言葉を受けて、タケルは居住まいを正した。

 

「戦力事情、か……と言っても求められているのは恐らく向こうの腕前、と言う所だろう。

 私からも確認したいことがあるのだが、インパルスに乗っていた彼の腕前はどの程度だろうか、グラディス艦長。

 ルナマリア・ホークから少し聞いたのだが、ヤヨイ・キサラギという子がアカデミーの首席という話らしいな。彼女と比べたらどう程度かな?」

「おや、耳が早いな。彼女は今期でも頭抜けて優秀な子でね。ミネルバにはシンと併せて私から──」

「議長!」

「──すまないタリア」

 

 デュランダルは2度目の叱責に静かに頭を下げた。

 タリアはそんな彼を捨て置いて、考える素振りを見せながら口を開いた。

 

「ヤヨイについて既に御存知とは驚きでした」

「ルナマリア・ホークが嬉々として話してくれました。正直問題かとは思います」

「後できつく言っておくわ。それで、彼女と比べると……ですか。

 パイロットの腕、と言う意味ならそう大きく変わらないかと。どちらも能力は申し分ないですし。

 あえて言うなら、シン・アスカは粗削り。ヤヨイ・キサラギはある程度自己の分析ができて戦いが完成されているという所でしょうか」

「という事は、今の所彼等とあちらのパイロットに大きな差は無いでしょう。そうなると、保有する戦力が大きなファクターになるが……これ以上は私が関知できるところではない」

「であるなら、彼等に格納庫を見てもらうのはどうだろうか?」

「議長、何を勝手にそんな」

 

 突然のバカな申し出にタリアは焦りを見せるが、今度はデュランダルも余裕の態度を崩さなかった。

 

「一時的とは言え命を預ける艦になるのだ。代表に不安を払拭してもらうためにも。また、彼に戦力を見定めてもらうためにも、必要な事では無いかな、タリア?」

「議長がそうお望みでしたら、私に否はありませんが……」

 

 不承不承ではあるが、それを認めたタリアによって、一向はミネルバの格納庫へと赴くことになった。

 

 

 

 

 

 

 一方、その格納庫では。

 ルナマリアのザクのコクピット前で、ルナマリアとシンが顔を突き合わせていた。

 

「オーブの?」

「そっ、タケル・アマノ。あの大戦の英雄よ」

「道理で……確かにあのザク、凄い動きだったし」

 

 思い出して、そして思い知らされる──隔絶された技量の差。

 強奪された新型を相手に、スペックで劣り武装すら満足に揃っていないノーマルのザクで、下手すればあの3機を制する可能性すら垣間見えた。

 それは、聞けば納得の正体であった。

 

「私も折角だから見てみたかったわ。あの人が動かすザクの戦いを」

「ふんっ、いくら凄くたって、オーブなんかに居る奴……」

 

 不貞腐れた様に不機嫌さを露わにする同期に、ルナマリアはまたか、と小さくため息を吐いた。

 一応ルナマリアは彼の境遇も聞き及んではいる。嘗ての大戦の折、オーブが大西洋連邦に侵攻された事で、彼が家族を全て失った事は。

 気持ちはわからない事でもない。良い感情ではないが、それも仕方ないとこれまで流してきていた。

 が、今この時だけはそれが許されない時でもある。

 

「シン、あんたねぇ……オーブ嫌いは良いけど、程々にしておきなさいよ。今ミネルバに居るのはそのオーブの代表なんだからね」

「うるさいな……俺がオーブ嫌いでもルナには関係ないだろ」

「あっ、ちょっ、シン! もぅ、だから子供なのよ!」

 

 思わぬルナマリアの反論に反骨心で返したシンは、その場を離れた。

 向かう先は特になく、何となくで自身の機体へと向かって、子どもみたいな不機嫌さを露わにした恥ずかしさを、作業で紛らわそうと思ったら。

 しかし、そんな彼の目の前に、機体から降りてくる少女の姿が目に映る。

 

「ん、ヤヨイ!」

「シン? どうしました?」

 

 向かいくるシンの手を取って受け止めてくれるヤヨイに、小さく感謝の言葉を漏らしながら対面する。

 相変わらず冷静というか、どこか冷たさすら感じる様な雰囲気であったが、それでも同期としてそれなりの時を共にしてきたが故の親近感は感じられる。

 

「ん……どうしましたか、シン?」

「あっ、いや、コクピットから出てきたから……セイバー、調整終わったのか?」

「ええ、ようやく。これで私も出られます」

 

 そう言って、少しだけ嬉しさを見せる横顔。ヤヨイが自身の機体であるセイバーを見上げた。

 インパルスと並んで、非常に高い性能を持つ高性能機。

 扱うには、冷静な判断力と高い技量を要する事から、アカデミーでも主席の彼女が搭乗することになった。

 性格的な問題、と言われたが、やはりどこかシンには彼女に対する敗北感がある事は否めなかった。

 だが同時に、同期の中で最も頼りになる人物の証左でもある。

 

「そっか、良かった……あの3機、かなりできる奴だったし、ヤヨイが出てくれると助かる」

「私一人でどうにかなる程簡単でもないはずです。油断は禁物ですよ、シン」

「わかってるよ。レイみたいに言うなって」

「ふふ、それは誉め言葉と受け取っておきましょう」

「お、おいなんだよそれ!」

 

 小さく笑うヤヨイに、何となく小馬鹿にされた気がして、むず痒い思いとともにシンは小さな怒りをまた露わにした。

 

 

「こちらが、MSの格納庫です。ZGMF-1000。ザクはもう既に御存知ですね。現在のザフト軍の主力の機体です」

 

 

 響いてきた声に、皆が視線を向けた。

 そこには、レイに案内されて格納庫へと連れてこられた、デュランダルとオーブ一行の姿があった。

 

 

 

 案内された格納庫を見回して、カガリは静かにタケルへと視線を向けた。

 

「──ふむ、どう思う、アマノ三佐」

「御国のMS事情と比べて如何ですかな?」

 

 カガリとデュランダルの問いに、少しだけタケルは目を丸くした。

 そんな事を言われても、である。

 確かにミネルバの保有戦力はわかったが、パイロットの腕は相対するなり何度か戦場を共にするなりしなければ本当の実力はわからない。

 更には敵勢力の保有戦力だって不明なのだ。

 聞くところによれば強奪された3機とは別にMAも居るとの事だし、タケルの感覚が間違いなければ、恐らく敵の中にはユリス・ラングベルトもいる。

 大戦から時を置いた今、嘗ての機体ディザスターより弱い機体には乗っていないだろう事を考えると、正直新兵だらけのミネルバには不安しかないというのが率直な意見だ。

 

 だが、ユリスが居るなどと言ってもカガリやアスランはまだしもデュランダルとタリアには通じないだろう。

 結論、タケルはお茶を濁すしかなかった。

 

「流石になんとも言えないですよ。保険を利かせるなら私が乗ってきたザクを準備しておいてくださいという事くらいしか……」

「それはつまり、アマノ三佐がまた戦ってくれると?」

「代表の命の危機に際しては……全力で応じますが」

「ふむ……という事だが艦長?」

「確かに、予定外の機体ですから、パイロットは居ませんが……よろしいのですか議長?」

「追撃に出て返り討ち、何てことになれば元も子もないからな。用意できる戦力は多いに越したことはないだろう」

「では……アマノ三佐、整備班に通達しますので、機体について後程詰めて下さい」

 

 あまりのも呆気なく再度ザクを借りる事への了承が出たことにタケルは驚いた。

 それは無論カガリとアスランも同様である。

 

「えっと、詳細なデータとかは不要です。扱える武装のリストだけ頂ければ、後は戦闘中にどうにかしましょう」

「機密を考えればありがたい申し出ですが、本当にそれで?」

「そもそもそんな事態にならないようにするのが皆さんの務めの筈では?」

「それもそうですね」

 

 納得、という様にタリアは何度か頷いた。

 確かに話が飛躍したがそもそもタケルが出撃する必要がある様な事態になることの方が問題だと。

 まずはそうならない様にしっかり対応するべきである。

 

「それにしても、新型の量産機はわかるが、最新鋭の高性能機が奪われたのも含めて計5機、か。随分と作ったものだな」

「──やはり、姫にはお気に召しませんか?」

「それはそうだろう。会談でも申しあげたとおり、この行き過ぎた力が今回の事態を招いたのではないか?」

「ですが、それは水掛け論です。これがなくとも、違う形で同じように争いが起こる可能性だってあります」

 

 カガリの不満げな言葉を皮切りに、デュランダルとカガリは国と世界を慮って意見をぶつけ合う。

 必然、入り込めぬ話にタケルやタリア、アスランと案内人のレイは口を閉ざした。

 

「であればそんな争いを起こす者達を爪弾きにする世界が必要だ──力では無く相互監視による抑止。それが、今後の世界のあるべき姿と私は考える」

「それは理想論でしょう。残念ながら今の世界は、そんな理想を語る事すら憚られる混迷の渦中にあります。姫の理想は素晴らしいですが、まだ世界はそれに応じるだけの土台にない」

「だが理想というゴールが無くば、世界は最初の1歩すら歩み出せない。我々には確かに、未だ守る為の力が必要だろう……だが、それを善しとし続けては、世界に平和などいつまでも──」

 

 

「さすが、綺麗事はアスハのお家芸だな!」

 

 

 その場の空気を切り裂く様な……嘲笑う声音と言葉が、格納庫に響き渡った。

 

 

 

 

 

 ────やめろ。

 

 シンの心の中で黒い感情が動いていく。

 

 ご立派な言葉だった──上っ面だけの綺麗事。

 力を持たない、無力な為政者の戯言。

 そんな理想に溺れていたから、国は焼かれたのではないのか。

 お前達がそんな理想に固執したから、家族は殺されたのではないのか。

 

 力無くば何も守れない。

 

 それを体現したのは他ならぬお前達だろう。

 

 だから、自分は力を欲した──もう二度と、無力な己に絶望しないために。

 

 だというのに、お前達は力を捨てろというのか。

 必要無いと、未だ理想を振りかざすのか。

 

 もうたくさんだ。無力な言葉に価値はない。

 

 否定させろ。貴様らの言葉に意味はない。

 

 

「さすが、綺麗事はアスハの御家芸だな!!」

 

 

 気がつけば、シンの喉から侮蔑を乗せた言葉が出ていた。

 

 

「シンっ、あの馬鹿!」

 

 

 やってしまった────危惧していたことが現実となり、ルナマリアは慌ててシンの元へと向かう。

 それは議長の側にいたレイも同様。

 そうして彼がその言葉を吐く理由を知っている同期の者達が一斉に彼を窘めようと向かった。

 

 

 

 

「タケル、やめろ」

 

 音もなくその場を飛び出そうとした親友を、アスランは止めた。

 アスランとカガリだけは理解していた──今この男は本当にあの少年を殺す気があったと。

 悟られない様些細な殺気であったことが彼の本気を窺わせた。

 

「──ゴメン、アレックス。取り乱した」

 

 取り繕うこともできず普段の口調が完全に表に出ていた。

 だがそれも仕方ないことだろうと、アスランは思った。

 

 タケル・アマノがそれを許容できるはずがない。

 守りたかったはずの国と家族。それを守れないどころか、守れなかった責を全て背負わせて、父親達に送り出されたのだ。

 そんな父を貶められて、この情が深過ぎる友が我慢できるはずもない。

 

 カガリもそれを察知しており、兄を止めてくれたアスランに密かに感謝していた。

 

「ちょっと、シン!」

「──ふんっ!」

 

 集ってくる仲間達から逃げる様に、シンはその場を後にしようと身を翻した。

 

 しかし──

 

 

「がっ!?」

 

 

 突如、彼の視界は上下が反転する。

 

 背中を突き抜けていく衝撃に、肺が驚き呼吸が途切れる。

 小さく浅い呼吸を繰り返しながら、自身に何が起きたのかを、シンは理解した。

 格納庫から離れようとしたシンの足が掴まれ、そのまま硬い金属の床へと叩きつけられたのだ。

 そして、そんな事ができたのは、シンが叫ぶまで側にいた彼女だけ。

 

 

「シン・アスカ。直ちに謝罪しなさい」

 

 

 上に跨り、ヤヨイ・キサラギの冷たい瞳がシンを見下ろしていた。

 

 

「聞こえなかったの? 謝罪をしなさい」

「だ、誰が──っ!?」

 

 ガツンと音が響き渡る。

 僅かに浮いたシンの体を再びヤヨイが床に叩きつけた音であった。

 

「もう一度言う──謝罪せよ、シン・アスカ。この場にいる議長と艦長の顔に泥を塗るつもりですか? 

 ザフトの兵士である貴方の言葉が原因で、プラントとオーブの関係が悪化したらどうするつもりですか。今ならまだ子供の戯言と許してもらえます────直ちに謝罪せよ」

 

 繰り返す、謝罪の言葉の要求。

 しかし、ヤヨイの言葉にシンは頷かない。

 意地を張る子供の所業に、ヤヨイはシンへと顔を近づけた。

 

「──それとも、この場でオーブとプラントの関係を最悪にした戦犯として罪を被りたいですか? それなら同期のよしみで私が粛清として今ここで殺してあげます。

 選びなさい……謝罪するか、ここで殺されるか」

 

 首に手をかけられる。

 周りでルナマリアがやりすぎだと止めようとするが、ヤヨイはシンの首に添えた手を放すことは無かった。

 

 初めてここでシンは恐怖を覚えた。目の前にいるのはいつも冷静で静かな同期の少女。

 それが、自身の言葉に苛烈な怒りを露わにして今自身の命すら軽く奪おうとしている。

 

 

「──申し訳、ありませんでした」

 

 

 静かに、シンは謝罪の言葉を口にした。

 

 

 

『敵艦捕捉、距離8000、コンディションレッド発令。パイロットは搭乗機にて待機せよ』

 

 

 幸か不幸か、そこへ丁度、状況の変遷を知らせる艦内放送が鳴り渡る。

 

 各員が持ち場に向かう中、艦長であるタリアも急いで艦橋へと向かい、集まっていたレイやルナマリアも戦闘準備に向かった。

 

「全く、タイミングの悪い……」

「ちっ!」

 

 シンも悔しさを振り払う様にヤヨイを押し退けると、その場を離れてブリーフィングルームへと向かう。

 

 

「議長、大変失礼いたしました。この処分は後程必ず」

 

 

 最後に残ったヤヨイは、デュランダルの方へと向き直り、敬礼と共に謝罪を述べてから、彼女もまたブリーフィングルームへと向かっていった。

 

 

 残されたデュランダルとカガリ達は、突然の事態に呆然としていた。

 

 

「本当に申し訳ない、アスハ代表。よもや彼があんな事を言うとは──代表?」

 

 心ここにあらずと言った様子でいたカガリに、デュランダルは訝しむ。

 

「あ、あぁ……問題ない議長。少し驚いただけで」

「それは──本当に申し訳ありません」

 

 取り繕う様な声音に、デュランダルは大分ショックが大きかったのだろうと察して、重ねて謝罪の言葉を口にした。

 だが、カガリの驚きはシンの言葉に対してではない。

 

「タケル、どういう事だ。彼女は──」

 

 今この場で騒ぎ立てる事ができないカガリに変わり、アスランは、隣で全く驚きを見せてない親友に問いかける。

 知っているはずだ────彼女の顔を見て、その表情に変化がないと言う事は、彼は既に目にしていたはずである。

 

 タケルはそんなアスランの問いに、静かに顔を伏せて答えた。

 

 

「ヤヨイ、キサラギ……それが今の彼女の名前だよ」

「ヤヨイって、そんな……」

 

 

 騒がしさを増したミネルバの格納庫内で、カガリとアスランの息を呑む音が、タケルははっきりと聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 力があるからか、争いがあるからか。

 連綿と続く時の中、それは未だに出ぬ答え。

 だが今、向き合う事態が望むものは。

 次回、機動戦士ガンダムSEED DESTINY

 

 『星屑の戦場』

 

 その力見せ付けろ、ザク! 

 




シンを描いていく中で、オーブを憎んでいる部分は外せないと考えています。
無論、本作では色々とオーブの事情が変わっていますが、彼自身の事情はほとんど原作と変化が無いでしょう。同期にオリキャラが居る分多少なりとも影響は出ていますが。
本作故のシン・アスカが描かれていくのはこれからです。

そしてヤヨイの厳しい行動も、ザフトの軍人足らんとするが故であることを補足しておきます。


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