ミネルバ艦内。
「ユニウスセブンが…………動いている? 議長、それは一体……どう言う事なんだ」
カガリは、恐る恐る目の前の人物──ギルバート・デュランダルへと聞き返した。
驚愕と言うよりは、まだ告げられた事の意味が理解できていない。
そんな表情を、カガリは浮かべていた。
事は数時間前。
戦闘を終え、艦の損傷によりボギーワンを逃してしまったミネルバは、現在宙域に留まり修理の最中にあった。
とは言っても、それほど大きな損傷でもない。直に動き出せるだろうという状態だったのだが、戦闘の疲れを自室で癒していたタリアに、デュランダル宛の通信がプラントより届く。
内容は、悲劇の墓標ユニウスセブンの残骸が、地球への落下コースを取り始めていると言う、とんでもない報告であった。
タリアとデュランダルもまた、先のカガリと同様に惑い報告を信じきれずにいたが、ミネルバからも状況は観測できて、ようやく事態が事実であることを把握。
そうして、艦長室へと2人を呼び、デュランダルが状況を伝え今に至ると言うわけだ。
「何かの間違い……ではないのだろうな。その感じからするに」
「ミネルバでも、状況は観測されました。残念ながら、間違いはありません」
「でも、何故そんなことに? あれは100年の単位で安定軌道にあると言われていたはずのものでは……」
聞いていたアスランが不思議そうに問いかけた。
かつての大戦の折、無情な核ミサイルによって破壊されたプラント──ユニウスセブン。
デブリベルトの一部となったその残骸は、衛星軌道上に留まり計算上はほぼ落ちるはずのない安定軌道の中にあった。
それは、幾人もの学者達が計算をし、シミュレートして確定させた結論である。
アスランが言う様に、落ちる様な事態など考えられない話であった。
「隕石の衝突か、はたまた他の要因か。兎も角動いてるんですよ。今この時も。地球に向かって」
「……落ちたら、落ちたらどうなるんだ? オーブは……いや地球は!」
恐怖に思考が回らず、答えを求める様に問いかけるカガリ。
逆にそれは、どうなるかを察していることと同義だろう。思考が回らない程にとんでもない事態なのだ。
言わずとも、その結果は明らかである。
静かに、デュランダルは被りを振りタリアは目を伏せた。
「ぁ────すまない、少し取り乱してしまった」
「いえ、お気持ちはお察しいたします。
現在、プラントは原因の究明や回避手段の模索に全力を挙げています。またもやのアクシデントで姫には大変申し訳ないのですが、私は間もなく終わる修理を待ってこのミネルバにもユニウスセブンに向かうよう特命を出しました」
「議長、それは──」
「こうしてアーモリーワンから出てきたことが幸いしました。位置も近く、即応するには十分な戦力がミネルバにはある。姫にもどうかもうしばらくの艦内暮らしを御了承いただきたいと」
「無論だ! これは私達にとっても……いや、むしろこちらにとっての重大事だ。議長とザフトの皆には苦労を掛けてしまうが、できうる限り事態への対応をお願いしたい」
「ありがとうございます、姫。お力をお借りしたいことがあればこちらから申し上げましょう」
カガリの切実な願いに、デュランダルは迷いを見せず答え、プラントが事態の解決に全力をあげてくれる事を、カガリは感じ取った。
地球の事であると言うのに、真摯に向き合ってくれる彼の姿勢に、胸を打たれカガリは深く頭を下げる。
「難しくはありますが御国元とも直接連絡の取れるよう試みてみます。出迎えの艦とも早急に合流できるよう計らいますので」
「あぁ、感謝する。グラディス艦長。できればオーブにすぐ連絡して国民の避難を……」
途中で尻すぼみになっていく声。
タリアの言葉に、カガリは思うところを覚え逡巡。僅かに顔を俯かせ思考の渦に陥った。
「姫、どうされましたか?」
急に黙り込むカガリに、怪訝な視線が向けられる。
数秒──沈黙を続けたカガリは静かに決意の表情を浮かべて顔を上げる。
「議長。いきなりで申し訳ないのだが頼みがある」
上げられた顔に宿るのは、先程までの動揺を露ほども感じさせない、立派な為政者の顔つきであった。
ミネルバ艦内レクリエーションルーム。
いわゆる休憩所だ。
現在はミネルバ所属となった新人達。アカデミーの同期生達が集まって団欒している。
「────な、なぁヤヨイ」
「シン。どうしましたか?」
「ちょっと、来てもらっていいか?」
その中で、酷く緊張した様子を見せながら、シンはヤヨイをレクリエーションルームの外へと連れ出した。
瞬間、ルナマリア・ホークは携帯している通信端末の記録モード(要するにカメラ)を起動。興味津々に、離れていった2人をカメラに収め始める。
そんな出歯亀が居ることなど夢にも思わず、ヤヨイを連れ出したシンは、視線を彷徨わせてはあーだのうーだのと唸っていた。
そんな彼を、ヤヨイは本当に不思議そうに見つめていた。
そんな2人を、ルナマリアは酷く卑しい笑みで見つめていた。
「うぅ……あぁ、もう────ヤヨイ」
「はい?」
意を決した少年は、羞恥を胸に押し込んで口を開く。
「その、格納庫ではありがとう…………俺を助けるために怒ってくれて。それと、ごめん……ヤヨイからの通信を子供みたいに無視したりして」
言った! 良くぞ言った!
見守る母の心境で、ルナマリアは内心シン・アスカを褒め称える。
絶対素直に謝るはずのない、超絶意地っ張りな少年が、正直に自分の非を認めて謝罪の言葉を口にしたのだ。
胸中で、ここまで事を運んだ自身の手腕を褒めちぎる。
やはり姉の力は偉大なのだ。あの生意気小僧は弟分でしかないのだと、ルナマリアは理解した。
「────えっと、シン?」
「な、なんだよ?」
「何か変な物でも食べましたか?」
「はっ、はぁ!? ヤヨイお前っ!?」
「────ぶっ」
間一髪。僅かに吹き出したルナマリアのはしたない音はシンの怒声に消される。
こんな事があるのか。確かにシン・アスカは意地っ張りの生意気小僧。素直に謝るようなタチではないが、それでもこのヤヨイの反応は予想外に過ぎる。
あまりにもふざけた物言いに、シンは瞬時に沸点を迎える。が、ヤヨイはそんなシンの機先を制した。
額に当たる人肌の温もり。
シンの目の前には、人形のように整った顔立ちの少女の顔があった。
「なっ! ヤヨイ何を──」
「熱……は無いようですね。頭痛とかは? 思考が著しく鈍っているのでは?」
「ヤヨイ! こっちは真面目に──」
「ぷっ、あはは、あっははっはっは! あーおっかしい!」
「む、ルナマリア。そんな影でコソコソと…………何をしているんですか?」
ついに我慢できなくなってしまったルナマリアは大きな笑い声を上げながら2人の前に躍り出た。
「何をって、あの超絶意地っ張りで素直じゃ無いシンが素直に謝るところを、この目で拝んであげようと思って。そしたら…………ぷっ、ははは!」
「笑うなよルナ!」
「だってあ、あんた、素直に謝ったら正気を疑われてるのよ! ヤヨイがシンをどう見ていたか、よくわかったわね。ふっ、くくく────んぎゃ!?」
必死に笑いを押し殺すルナマリアに、背後から手刀が落とされる。
無論、犯人はヤヨイ・キサラギ。彼女には珍しく……と言うわけでも無いが、その表情には見るからに怒りの相が見てとれた。
「酷い返しをしてしまった私も同罪ですが、ちゃんと謝ってくれたシンをそんな風に笑うのは仲間として許せません」
「ヤ、ヤヨイ!? ちょ、ちょっと何マジになって──」
「メイリン」
「任せて、ヤヨイ」
ヤヨイの号令の下、メイリンがルナマリアの背後に周り込み羽交い締めにした。
「ちょっとメイリン! あんた何ヤヨイの味方してるのよ! ここは普通姉の味方でしょうが!」
「姉妹だからこそ、悪しき行いは罰しないと。ねっ、ヤヨイ」
「その通りです…………覚悟は良いですねルナマリア?」
酷く歪な笑みを見せて、黒髪の美少女が妖しく笑う。
見方によっては、そっちの気がある男性には興奮も一入だろう──が、残念ながらルナマリアにその気はない。
徐々に近づいてくる様が恐怖を助長させていく。
そうして射程圏内へと入った瞬間、とうとうルナマリアは怯えるように顔を引き攣らせた。
目の前に迫るのは、ヤヨイが細くしなやかな指先を備えるヤヨイの手。
それがとある形を作っていく。
「いや、ちょっ、まっ、待ってって、冗談キツいってヤヨイ。それだけは勘──」
「天誅!」
「いっだぁあ“あ”あ“あああ!!」
閃く必殺の一撃────それはデコピン。
ザフトレッド。エースパイロットの名に恥じぬその威力は凄まじく、ルナマリアは一撃の元に撃沈された。
世界はともかく、ミネルバはまだまだ平和であった。
医務室にて、タケル・アマノは酷い倦怠感を覚えながら目を覚ました。
「ん……頭、が痛い……」
起き抜けに響く様な鈍痛。
無理して捻り出したSEEDによる限界領域によって、言わば脳の筋肉痛と言ったところか。
その嫌な痛みに、タケルは思わず顔を顰めた。
「起きたのですか。お疲れ様です、アマノ三佐」
横になっていた簡易ベッドの傍ら。聞こえてきた低く落ち着いた声。
タケルが目を向けると、そこには金糸の髪を伸ばした少年がいた。
恐らくだが様子を看てくれていたのだろう。
「君は確か、レイ・ザ・バレル……だったかな」
「はい。先の戦闘ではミネルバを守っていただきありがとうございました」
「いや、敵は逃してしまったさ」
「ですが、お陰でミネルバも議長も無事でした────本当に、感謝します」
レイの声音と態度に、心底の感謝の念が見え隠れして、タケルはどこかこそばゆくなり視線を逸らした。
確かにカガリを守る為という大義名分もあったが、それと同じくらい、因縁の敵──宿敵として、ユリスを討ちに行った側面も強い。
素直に感謝される謂われは無い気持ちであった。
「それより、状況を聞かせてもらえないか。戦闘は終わったとして、今はどうなっている?」
話題を逸らすように、タケルはレイへと静かに問いかける。
ボギーワンの更なる追撃に向かっているのだろうか。そうであるのなら、タケルは再び戦う準備をしなければならない。
向こうにユリス・ラングベルトが居ると確定した以上、彼女と相対するのはタケルの役目であった。
今ミネルバで対抗できる人間など他にいないのだ。強いて言うならアスランだが、せっかくアレックスで正体を隠してきているのに、わざわざ疑念を抱かせる様な事をさせるわけにもいかないと、タケルは胸の内で無意味な決意を宿す。
残念ながらアスランの事は、カガリと併せて艦橋で間抜けを晒してしまっている以上隠す意味はない。
「戦闘中にミネルバの推進部に損傷が発生し、現在は修理中で、先の戦闘宙域に留まっています。
先程までここにはアスハ代表と随員のアスラン・ザラがいらっしゃいましたが、議長と艦長に呼び出されて、お2人は艦長室でお話中です」
「ん? 待ってくれレイ・ザ・バレル……今アスラン・ザラと言ったか?」
「はい、ミネルバのMS部隊の皆は、彼の事を知っています。メイリンから聞きました。どうやら先の戦闘中にアスハ代表が明かしてしまったとの事です」
「あっ、そうなんだ……ありがとう、理解したよ」
思わず素の話し方になってしまったタケルは、胸の内でカガリとアスランに呪詛を吐いた。
気を抜いたなバカガリとか、フォローしろこの間抜けとか。
そんな罵詈雑言がレイの耳に聞こえて来るが、利口なレイは触れる事を良しとせずに、我関せずを貫いた。
「ところで、起きたら連れてくるようにと、アスハ代表からは伺ってますが……もう動けますか?」
「すこぶる良くはないが何とかな」
「それでは、艦長室までご案内します」
「あぁ、よろしく頼む」
頭痛に顔を顰めながらベッドから這い出すと、タケルはレイに連れられて医務室を後にした。
「ところでレイ・ザ・バレル。君には個人的に聞きたい事があるのだが良いか?」
「ん、何でしょうか?」
「君がヤヨイ・キサラギと深い仲と言うのは本当か?」
「──はっ?」
静かな通路に、レイの戸惑いの声が響くのだった。
「全く……相変わらずの馬鹿げた威力だわホント!」
「ルナの自業自得だ。大体、ヤヨイを怒らせたら怖い事はルナだって知ってるはずだろ」
ズキズキと痛む額を抑えながら、ルナマリアは恨めしそうにシンを睨みつけた。
対するシンはどこか小バカにしたような顔でルナマリアを笑う。
そもそもこの大馬鹿を丁寧に諭して、ヤヨイとの間を取り持ったのは自分だと言うのに。
1人だけ手痛い被害を被っているのは一体どういうことなのだろうか──ルナマリアは訝しんだ。
どう考えてもその後シンを嘲笑った姉が悪いだろう──と、メイリン・ホークは可哀相な子を見る目を向けながら、姉の痛む額をさすってやった。
「シン、申し訳ありませんでした。少々……いえ、大変意外であったため直ぐに信じることができず、貴方を傷つけてしまいました」
「あのなぁ、正直なのはヤヨイの良いところだと思うけど……それは馬鹿にしてるからな!」
「失礼ですね、それで馬鹿にされてると思うのなら、それはシンの普段の行いに問題があるかと思いますが?」
「んぐっ、それは……」
「言い返せないわよね。実際お姉ちゃんに言われなかったら謝れなかっただろうしー」
「そうよね……ってなんであんたが知ってるのよ?」
「出撃前にお姉ちゃんがシンに通信繋いでたから、戦闘前の愛の告白かなぁって、期待して傍受して──ふぎゃ!?」
色々聞き捨てならない妹の言葉に、ルナマリアは伝家の宝刀ゲンコツを抜いた。
「当たり前の様に艦橋で悪い事してんじゃないわよ」
「いったぁー! さっきのお姉ちゃんの意地悪さに比べたら可愛いもんでしょ!」
「作戦中のCICコンソール私的利用は大きな問題ですよ、メイリン」
「えぇ、私的利用じゃないもん。パイロット達の円滑な人間関係の為だよ!」
「屁理屈言わない!」
「いぃ!? いったぁーい! もう、バカスカなぐってぇ! お姉ちゃんみたいにバカになったらどうしてくれるの!」
「お気づきでないようだから教えて差し上げるけど、貴方も立派なバカの1人よ、バカメイリン」
再びやんややんやと言い合うホーク姉妹。
姦しい────シンはどこか疲れた目で。ヤヨイはどこか微笑ましそうにそれを眺めていた。
「おーい、お前らうるさいぞー。ちょっと真面目な話してるから静かにしてくれ」
届く声。
レクリエーションルーム故騒いじゃいけないなどと言うことはないが、静かに過ごす人もいるのは当然だ。
ヴィーノと同じく彼等の同期で整備班所属のヨウラン・ケントが漏らす不満気な声に、ホーク姉妹は押し黙り、シンとヤヨイは不思議そうな表情を見せた。
ヴィーノとヨウランが並んで端末の情報を閲覧している。
仲の良いシンが直ぐに彼等の所へと歩み寄って、興味深そうにそれを覗き込んだ。
「真面目な話って、何見てんだよ2人とも」
「いや、バートさんから聞いたんだけど、ユニウスセブン──地球に向かって動いてるらしいんだ」
「はっ? ユニウスセブンって、あの?」
プラントに住む者なら、絶対に一度は聞く言葉────ユニウスセブン。
終戦後も、毎年その日は追悼慰霊団を派遣して粛々とプラント全市民が黙祷を捧げる。それ程に、戦火の嘆きが深い場所である。
ヨウランから予想外な名前が出てきて、シンは小さく惑いを見せた。
「うん。それで俺達もちょっと軌道計算してみたんだけど、マジらしいんだよね」
「それは、本当なのですか、ヴィーノ?」
ヤヨイも、真剣な面持ちでヴィーノへと問いかける。
既にレクリエーションルームは、先程までのゆるい空気が消え失せていた。
「うん。1年前に観測された周回軌道と大きくズレてる。間違いないよ」
「今プラントでは対策会議に大荒わで、ミネルバも修理が終わったら向かうって艦長が……」
「はぁ~、アーモリーでは強奪騒ぎだし、それもまだ片づいてないのに今度はユニウスセブン? どうなっちゃってんのよ」
「それに対策って言っても……一体どうすれば……」
ユニウスセブンの残骸。それはつまり、プラント構造体と同規模のデブリである。
そんな巨大質量の物体が地球に衝突するとして、対策と言っても一体何ができるのか。
不安気に、皆が頭を悩ませた。
「────砕くしか、ないでしょうね」
静かに、ヤヨイは口を開いた。
「砕くって、あれをか?」
「無茶だろ、だってデカ過ぎるぜ。半分になってるとは言っても最長部は8キロも──」
「ですが、軌道の変更はそれこそ現実的でないでしょう。あれだけの大質量、動かす方が難しい。
衝突を回避したいのなら、砕くしかありません」
「でもヤヨイ。あそこにはまだ死んだ人達の遺体もたくさん居るんだよ」
「言い方は悪いですが、既に死してしまった人達より今地球に生きる人々の方が大切です。それとも、指を咥えて地球が滅亡するのを眺めるとでも言うのですか」
「それは……」
「地球の……滅亡……か……」
静かに呟かれたヴィーノの言葉に、一同を嫌な空気が包んだ。
知らないところで誰かが死ぬような、そんな規模の話ではなく────地球と言う一つの星が死ぬ。
余りにも規模の違う話と、そして想定される被害に、顔が青ざめていく。
「はぁー、でもま、それもしょうがないっちゃあしょうがないかぁ?」
「っ!? ヨウラン!」
「不可抗力だろう。けど変なゴタゴタも綺麗に無くなって、案外楽かもしれないぜ。俺達プラントにはさ……」
カッと血が昇る気配をヤヨイは感じた。
余りにも不遜な物言い。地球に生きる命を軽んじるその言葉にヤヨイは叱責の声を挙げようとした。
だが──
「────お前達ザフトは、やはりそう言う考えなのだな」
冷たい声音がレクリエーションルームに飛び込んでくる。
「良くもそんなふざけた事を言えるものだな────お前達は」
激情に塗れた、オーブの獅子がそこに居た。
激おこ案件。
はーまじって感じですね。
運命編でもトップレベルの畜生発言だと思います。
ちょっと執筆時間が取りにくい時期。
更新鈍るときは忙しいと察してください。
感想よろしくお願いします