プラント本国。
アスラン・ザラは出撃までに与えられた僅かばかりの猶予を利用して穏やかな時間を過ごしていた。
久しく訪れることができなかった母レノア・ザラの墓参り。
その帰りに本国の街を歩けば、婚約者であるラクス・クラインの顔があちこちのモニターで見られた。
親が決めた結婚。自分には過分な相手だと思いつつ、彼女の歌と容姿はプラントの者達の希望となり、癒しとなり。
それはアスランにとっても同じことで、街中で流れる彼女の歌に耳を傾けるのだった。
ヘリオポリス以来、これ程静かで穏やかな気持ちになる事は無かった。
頭は常に戦いや作戦の事で一杯だった。
地球軍との。足つきとの。キラとの……戦い。
己の気持ちと己の立場との間で惑い、迷い。仲間にも迷惑をかけたし上官であるクルーゼにも迷惑を掛けただろう。
様々に疲れたアスランにとって、静かで心地よいラクスの歌は傷心を癒すにはうってつけだった。
そんな休日を過ごしていたある日、自室で休んでいたアスランに緊急で通信が入る。
「アスラン・ザラです」
『認識番号285002。クルーゼ隊所属アスラン・ザラ。軍本部より通達です』
「はっ!」
本部オペレーターからの通達と知り、居住まいを正したアスランは、内容の仔細を待った。
『ヴェサリウスは予定を35時間早め明日1800の発進となります。各員は1時間前に集合、乗艦のこと。
復唱の後、通信受領の返信を』
「ヴェサリウスは明日1800発進。1時間前に集合、乗艦。アスラン・ザラ、了解しました」
復唱と返信を終えて通信を切るアスラン。
突然の予定変更に疑問がわくものの、軍人であればその程度は許容範囲である。
別段不満を漏らすようなことではなかった。
なんともなしにニュースを付けたアスランは、そこで初めて先の通達の意味を知る。
『ユニウスセブン追悼一年式典の慰霊団派遣準備の為、ユニウスセブンに向かっていた視察船、シルバーウインドが消息を絶ちました。
同船には追悼式代表となるラクス・クライン嬢も乗っており安否が気遣われております』
ニュースと共に、船に乗り込むラクスの姿が映されていた。
「ラクス、そんな……」
アスランは理解した。
ヴェサリウスの出撃が早まったのは彼女の件が関係しているのだと。
捜索隊を新しく編成するより、出撃準備を進めているヴェサリウスで彼女の捜索に回る方が圧倒的に対処が早くなる。
彼女はプラントの、コーディネーターにとっての希望だ。対応は迅速に行う必要があるわけだ。
アスランは逸った。
親が決めたとはいえ大事な婚約者。嫌っていることなどあるはずもない。
自分では不足な相手だと自覚している分、関係性が深く成れてはいなかったが、好いている事に変わりはない。
直ぐにでも捜索に向かいたいと、アスランの気持ちは逸っていた。
「初めてだな……こんなにも出撃が待ち遠しいのは」
こうしてアスランは残り少ない休暇を眠れぬ休暇とするのであった。
デブリ帯へと辿り着いたアークエンジェル。
早速作業に取り掛かるべく、タケルとキラはそれぞれに機体へと乗り込み周辺の哨戒に。
学生組も船外作業には全員参加する事が決まったようで、残るクルーは周辺で補給できそうな残骸の捜索へとかかることになった。
しかし、ここで大きな問題が発生する。
いや、厳密には大きな問題ではなく、むしろ物資の補給を考えれば朗報ではあるのだが、作業者的には大問題な事態である。
何の因果か、たまたま辿り着いたデブリ帯にあの“ユニウスセブン”の残骸が漂流していたのだ。
血のバレンタイン──たった一基の核ミサイルが奪った、24万と3721人の命。
今日に至るまで続いている戦争の火種となった有史以来最悪の悲劇が生まれた墓標であった。
水はある。食料もある。
その他様々、必要物資は全て揃うと言っても過言ではない。
なんせここは直前まで人が住んでいた状態そのままなのだ。宇宙空間という最高の保存環境が、住んでいた人々も含めてすべてそのまま残してくれている。
だからこそ、タケルの懸念通り各所の探索は非常に困難を窮めた。
行く先々で目にする死体。女も子供も関係なかった。
怪我の1つもなく健康なまま、そのまま宇宙に放り出された死体がどこにでもあった。
生きていた形をそのまま保っているからこそ、その死に様がありありと思い浮かび、探索していた彼らの心を締め付ける。
結局、学生組は早々にドロップアウト。
方針を固める為、一同を再び艦橋に集めて会議となった。
「状況は報告を受けて聞いています。ナタル?」
「はい、物資の補給は十分可能かと」
「ちょっと待って下さい、あそこの水を補給するって、本気なんですか!?
ナタルさんだって見たでしょ。あのプラントは何十万人もの人が亡くなった場所で……それを……」
「あそこには1億トン近い水が凍り付いている。我々には手段を選んでいる余裕はない」
「で、でも……」
声を挙げたキラを筆頭に、サイ達もまた気が進まない様子を隠しきれていない。
いや、気が進まないのは誰も同じだろう。
この場合、割り切れていないというのが正しい。
「キラ。俺達だって、何も喜んでいるわけじゃないさ。『水が見つかった!』ってな」
「そのくらいは僕だってわかりますけど」
「俺達だってできればあそこに踏み込んで補給なんてしたくないさ。
でもしょうがねぇだろ。俺達は生きている……生きている以上、生き続けなきゃなんねぇって事なんだよ」
納得できる事ではない。
だが、誰もがそれを押し殺すために正論を掲げて己を納得させようとする。
ムウの言葉は、割り切れない様子であったキラやサイ達に、幾分か惑いを飲み込ませる事が出来た。
「タケル、副長も。手筈はどうなってる?」
「問題なく。準備は進めておきました」
「必要物資の量から全てリストアップし積み込みの準備は完了してます。僕は艦に居て動けなくなるので、カガリにはアストレイでの重機作業も担ってもらう予定です」
「なんだって? この嬢ちゃん、MSに乗れるのか?」
唐突に明かされたタケルの話にムウが目を丸くしてカガリを見やると、カガリはそんなムウの言葉に憤慨する。
「失礼な奴だな。私が乗れちゃおかしいか!」
「い、いやいや、別におかしくは無いけどな……」
「開発関係者ですし、どちらかと言うとテストパイロット方面でしたから。OSも合わせておいたので戦闘ではなく補給物資の積み込み作業なら十分かと。操縦の腕は僕直伝なので心配には及びません。
ただ、性格に難ありなので勝手なことをしたら叱って下さい」
「兄様! なんだその性格に難ありっていうのは!」
「ほら、そういうところだよ。女の子なんだからもう少しお淑やかになってもらわないと」
「アマノ二尉、本当に大丈夫かしら? 無理にアストレイを使わなくても……」
過保護とも言えるタケルのこれまでを考えると、いくら補給作業の為とは言えカガリをMSに乗せるのは危険ではないかと考えたマリュー。
だが意外にもタケルはマリューの問いに何でもないように答える。
「キラのストライクが周辺の哨戒にあたりますし、アストレイを使わないのも勿体無いです。フラガ大尉にお願いしても良いですが、さすがにMAとMSでは操縦感覚が違いすぎますからね。
カガリは一応、適任かと」
「一応ってつけるなよ」
騒ぐカガリをあしらうタケル。
既に互いに話し合いはできた上での提案なのだろうとマリューは察した。
どちらを見ても、不満が見え隠れしているようなことはない。
納得しての今回の提案であると、そう理解した。
元々アストレイ自体をどうこうできる権限はマリュー達にはない。
断る理由も無ければ断れる理由にも欠けると言ったところである。
「そう、わかったわ。それではカガリさん、お願いするわね」
「あぁ、任せておけ」
「お願いだから壊さないでね」
「兄様、いい加減怒るぞ」
少しおどけて見せているのは彼等なりの気遣いなんだろう。
強張った雰囲気が崩れ、重苦しい補給作業の話が少しだけ軽くなっていた。
「それでは、補給作業をお願いします。
サイ君達は無理をせず、体調に異変があれば戻ってくるように。クルーの皆さんは気にかけて下さい」
了解と合唱して全員が補給作業へと取り掛かった。
一度探索に出て思う存分目にしていた事もあってか、実際に補給作業へ取り掛かった彼らは、比較的スムーズに作業に取り掛かれた。
凍て付いた氷塊を砕き、艦内へ搬送。
その他必要物資の回収。そして戦艦の残骸からの弾薬補給。
するべきことは多かったが、アストレイに乗ったカガリの活躍やタケルの手腕もあり予定よりも早く作業が進んでいた。
マリューは艦内にいる避難民に協力を仰ぎ、折り紙で折った花束を作らせると、それをユニウスセブンに放らせて、クルー一同が黙祷を捧げる時間を用意し、ユニウスセブンに眠る彼等に深く哀悼と感謝の意を表した。
そうして、補給作業も終わりに差し掛かったころの事である
「後どれくらいかかりそう?」
「残り4時間ってところですかね。弾薬があと一往復で終了ですが、他の物資がもう少し……」
艦橋では少し疲れた様子のマリューが進捗を訪ねていた。
そんな最中、ストライクに乗ったキラは、作業者達の移動に伴い場所を移して周囲の哨戒にあたっている。
静かなものであった。敵の気配など微塵も無く、キラはこのまま何事も無く終われるものだと思っていた。
しかし、メインカメラが捉える周囲の映像から、奇妙なものを発見する。
「なんだろう、あれ。民間の船? 撃沈されたのか?」
デブリ帯に漂流していたにしては少し新しい残骸の感じがした。
まだ撃墜されてそう時間は経っていないような、そんな気配が伺える。
キラは生存者の可能性も危惧してストライクを動かそうとした。その時である。
「なっ!?」
センサーに反応。同時にストライクが映していたその場所に、動く物体が映りこんだ。
複座式、強行偵察型のジンである。
アークエンジェルの捜索か、それとも目の前にある民間船の為か。どちらにしても、補給作業に入ってる皆を見つけられれば終わりであった。
キラはコクピットのターゲットスコープを展開し、ジンに狙いを付けた。
ロックオン──だが、トリガーは引かない。
このままやり過ごせるならそれが良い。
キラからすれば無駄に討ちたくないだけであるが、ジンの反応がロストすれば友軍機がここら一帯を捜索に来る可能性が高い。無為に討つ必要はなかった。
「行け、そのまま見つけずに……頼む」
トリガーにかけた指が震えていた。
今カメラに映るジンは、キラによって完全にその生き死にを握られている。
キラはジンに乗るパイロット達の命をその手に握っているのだ。
キラは力が余計に入ってトリガーを引きそうになるのを必死でこらえていた。
キョロキョロとジンのモノアイが動き回る。まだ、アークエンジェルは見つかっていない。
「そのままだ……行ってくれ」
キラの願いが通じたか、周囲を見回したジンは背を向けその場を離れようとしていた。
「はぁ、良か──」
はっと目を見開く。
背を向けて飛び去る直前、ジンが何かに気が付いた。
その機体が向く先には、アークエンジェルへと戻ろうとしている補給艇の姿があった。
「バカ野郎! 何で気づいちゃうんだよ!」
カっと目頭が熱くなる、
討ちたくない。その願いは無残に打ち砕かれる。
惑ったキラが生んだ数秒が、ジンにアサルトライフルを撃たせる猶予を与えてしまう。
狙われる補給艇。乗っていたチャンドラやカズイの声が聞こえる中、キラはトリガーを引いた。
光条が宇宙を奔り、ジンを貫く。
爆散していく機体を最後の最後まで見届け、キラは再び人を討った事を噛み締めていた。
胸が張り裂けそうであった。
また一つ、大きな罪を背負った事を自覚していた。
また一つ、憎しみの芽を生み出したことを自覚していた。
「ありがとう、キラ」
「マジで死ぬかと思ったぜ。助かったぞ」
通信越しに聞こえてくる感謝の声は、耳までは入ってきても頭までは入ってこなかった。
ただただ、苦しい気持ちで一杯であった。
ふと、意識が危険の可能性を察知した。
撃墜してしまった以上、次の追手が来るかもしれない。
周囲をくまなくサーチし、他にも敵機が来る気配は無いかをキラは探る。
ストライクのセンサーに反応があった。
「あれは……救命ポッド?」
デブリ帯を漂う真新しい救命ポッドであった。
キラはそれを迷わず拾いアークエンジェルへと帰投する。
張り裂けそうな胸の痛みを消すために、キラは奪った命の分だけ、誰かを助けたかった。
キラから救命ポッドの件を聞き及んだマリュー達は、一同格納庫に集まった。
「全く、つくづく君は落とし物を拾うのが好きなようだな」
「ごめんなさい。ナタルさん」
「まぁ良い。補給の問題も片付いたところだ……これでどうにかなるようなことはあるまい」
「それじゃ、開けますぜ」
マードックの言葉に、緊張が走る。
何人かは銃を構え、いかなる事態にも即応できるような態勢であった。
そんな中、ポッドからは予想外な物が飛び出してくる。
「ハロー、ハロー、ハロ。ラクス」
機械音声でハロハロと喋りながら浮かぶ、ピンクの球体ロボットだった。
「はぁ?」
クルー一同予想外の展開に呆気にとられる。
そこへ次なる声が。
「ありがとう。ご苦労様です」
鈴の音のような可憐な声が格納庫に響く。
決して大きい声ではないのに、妙に綺麗に通ったその声の持ち主が、救命ポッドからふわりと飛び出してきた。
「あぁ……」
飛び出してきた少女。
可憐な容姿と綺麗な歌声を持つプラントの歌姫。
ラクス・クラインその人であった。
ナチュラルか、コーディネーターか。
自ら選ぶことのできない出自に、人はかくも翻弄される。
交わっては離れ、離れてはまた交わり。
幾度となくぶつかり合う事が定められたことだと言うのか。
枝分かれする運命が交錯する世界で、彼らは静かな歌を聴く
次回、機動戦士ガンダムSEED
『敵軍の歌姫』
鳴り響く歌と共に、世界を見通せ、ガンダム!
いかがでしたか。
ご感想よろしくお願いいたします。
書いてて思ったけど、カガリが乗れるのまずいんかな……本作的には既にタケルがアサギ達と作り上げてるOSをそのまま運用だけど。
連合からすると喉から手が出るほど欲しいのではないか、なんて思ってます。