「大西洋連邦との同盟締結、ね……」
TV画面に映る世界の被害状況を眺めながら、じっくりとかみ砕くようにタケルは呟いた。
リビングで対面に座るカガリから聞かされた話に、苦々しい表情がタケルとナタルには浮かぶ。
ブレイク・ザ・ワールドによって多大な被害を受けた地球圏をまとめる、という名目の下呼び掛けられた、反プラント同盟と言える内容であった。
「なるほどね……大西洋連邦寄りだとは知っていたけど、また厄介な話だなぁ」
「やはりそう思うか。今の地球圏でこんな話が出れば、どの国だって寄ってたかって──」
「ううん、違うよカガリ。厄介なのは、オーブの決定の話」
「何? どういう事だ兄様」
タケルの言葉に、カガリは訝しんだ。
大幅に軽減できたとはいえ、とても小さいとはいえない今回の被害。
この状況下では反プラント──反コーディネーターの声が上がるのは必然だろう。
地球圏が、同盟締結の呼びかけで一つにまとまる事は想像に難くない話だ。
再びこの世界に戦火が巻き起こる────それをカガリは危惧していた。
だが、そうではない。
タケルが懸念するのは地球の国々などと大きな話ではなく、目下の自分達オーブの話。
「カガリ、僕達はオーブの理念を……中立を貫きたいけど、2年前とは状況が違う────この要請、蹴るメリットは薄いよ」
「なっ!? 何を言ってるんだ兄様!」
思わず驚き、そして俄かに怒りが募る。
カガリは憤慨する様にして立ち上がり身を乗り出した。
「落ち着いてカガリ。僕だって何ら嬉しくはないよ。だけど、今の情勢下だからこそ僕達はこれを突っぱねる理由に乏しいんだ」
身振りでカガリを落ち着かせて座らせると、タケルは静かに切り出した。
「2年前は連合とプラントの全面戦争だった。陣営を定めれば、どちらかがオーブに攻め入ってくる。そんな状況だった。そうだよね?」
「あ、あぁ……だから、戦うしかなかった」
「でも今は違う。デュランダル議長は、早々に地球へ惜しみない援助を行っているし、ユニウスセブンは一部のテロリストの仕業として侵略の意図は無い事を表立って発表している。
2年前は連合を地球圏に閉じ込めるためにプラントも必死だったけど、今はその必要がないんだ。パナマやビクトリアも返還されてるしね。
仮にオーブが今回大西洋連邦と同盟を結んだとて、プラントがオーブに攻め入る可能性は低い……と言うか意味がない。ついでに言うなら、僕達は今回の一件でプラントとより密な友好関係を築いただろうしね」
「そう、だな」
アーモリーワンでの事件からここまで。強奪されたセカンドステージの奪取のためにカガリを戦艦に乗せ、更にはタケルが戦闘において協力したりと、プラントにとっては大いに感謝する事態なのだ。
更には、ユニウスセブンの破砕作業に対するアークエンジェルの尽力もある。
地球圏が今、反コーディネーターに纏まろうとしていることからも、ユニウスの破砕にオーブの協力がなければ、被害はもっと大きなものとなり、現在の情勢はもっとひっ迫して居ただろう。
プラントへの恩義としては十分。わざわざその友好関係を潰してまで、同盟を結んだからとオーブへ侵攻する理由はない。
無論これは外交筋の話であり、カガリ個人としては地球のために全力を尽くしてくれたプラントの対応に、筆舌に尽くしがたい程の感謝の念を抱いている。
「元々オーブは、それなりに大西洋連邦と緊張状態にあった。外交圧力も強いし、プラントとの関係には細心の注意を払う必要があるくらいにはね……この状況で同盟条約を蹴れば、間違いなく連中はオーブに攻め入る口実を作るだろう」
「兄様、それは──」
大西洋連邦が攻め入る口実を作ってくる。
2年前の焼き増しの様な話に、必然カガリの表情は恐怖に歪んだ。
「同盟を結んでもプラントが攻めてくる可能性は低い。対して、同盟を結ばなければ再び国を焼く……その危険性を大いに孕んでいるだろう。ウナト・エマ・セイランを初め文官連中の意見は間違って居ないよ」
「それじゃ……オーブは……」
再び、中立を捨てるしかないのだろうか。
国を焼かぬために、理念を捨てるしかないのか。
今度こそ、政府の決定で国民の一部を切り捨てることになるのか。
カガリは大きなショックを受けた様に、ソファへと崩れ落ちた。
こんな事にならぬ様、若干17歳の身空で代表になってから必死に戦ってきたと言うのに……その結果がこれだと言うのか。
自身の無力さに涙が滲みそうであった。
「──バカだなぁ、カガリは」
涙がこぼれる寸前。タケルの声にカガリは顔を上げた。
そこには、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる兄が居た。
「な、何を言うんだ。兄様!」
「僕がこの2年間、何をしてきたと思ってるのさ?」
「あっ……」
告げられた言葉にハッとする。
兄が……タケル・アマノが何をしてきたか。
そんな事、一つである。
「国を焼く、ね……それは国防を知らない蒙昧な文官の戯言だ」
国を守る────彼の職務はその為だけにあった。
「軌道上から攻め入る事の出来るプラントならまだしも、今の
それは驕りではない。自信過剰な物言いではない。
真実として、タケルが嘗ての敗戦を二度と繰り返さぬ様生きてきた結果である。
「怪我の功名って言うと、不謹慎だけどね。大西洋連邦は今回の件でかなり大きな被害を被っている。仮に同盟条約を蹴られて攻めてくるとして、オーブ侵攻にどれだけの戦力が揃えられるかな?
参考までに言っておくと国防軍のシミュレーションで言うなら、嘗てのオーブ戦役────4倍差の戦力までは完封できるだけの用意をしてあるよ。
まぁこれは、アークエンジェルも含めてるけどね」
新たな戦術ドクトリンに基づき、徹底して用意された国防戦力。
モルゲンレーテのシミュレーター室で適性を磨かれ鍛えられた、精強にして精鋭なパイロット達。
パイロット達にとっての最高を実現する量産機カゼキリ。
そして、新造された戦艦を揃えた空海軍。
今回の外交で、ザフトの最新鋭に触れたからこそタケルは断言する。
大西洋連邦がオーブへ侵攻するなど、無謀であると言うことを。
技術で勝るはずのプラントですら、
「僕達は学んだんだ。国を守る為に必要な絶対的な力と戦術。世界を二分させないための術をね」
嘗て父の死を……国の死を目の当たりにしたからこそ、備えは絶対であった。完全にしておいた。
それが、戦火で様々を失ってしまったタケルの誓いであった。
「だから国を焼く、何て戯言にはこう返してあげなよ────再び国を焼くことを許すほど、国防軍は腑抜けなのか、ってね。カガリにそんなこと言われて、武官連中が黙ってるわけないからさ」
挑戦的に、タケルは笑ってやった。
そもそも今回の同盟締結の話、
国政においてカガリの強い味方……彼女に心酔しきっている武官達からすれば、面白くないことこの上ない話だ。
嘗て目の当たりにした国喪失を繰り返さぬ様国防の準備してきたのは、タケルだけではない。
「ありがとう兄様。少し、臆病になって居たみたいだ……」
「言ったでしょ、カガリ1人に背負わせないって。これが僕の役目──」
「待つんだ2人共。少し……話を急ぎ過ぎていないか」
結論を定めようとした空気に、待ったを掛けるのはナタルの声であった。
「ナタル?」
「義姉さん、どう言うことだ?」
不思議そうな表情を浮かべる2人に、ナタルもまた先のタケル同様にどこか挑戦的な笑みを見せた。
「世界を二分だのなんだのと。早合点しすぎだ……見てみろ」
促す様に向けられた視線は、映っていたテレビへと向けられ、自然にタケルとカガリはそれを追う。
そこには、どこかの国の声明発表らしき会場が映し出されていた。
『確かに、心無いテロリストによって地球は大きな被害を被りました』
画面に映る人物に、2人は目を見開く。
そんな2人の様子に、ナタルはフッと小さく笑い声をこぼした。
「どうだ? そう簡単に反プラントでまとまるほど、今の地球は簡単ではないだろう」
変わらず微笑みながら言ってくるナタルに釣られて、タケルとカガリも口元を緩めた。
驚き、喜び……そして懐かしさを含んだその笑みは、先ほどまでの追い詰められた様な空気を払拭していく。
『プラントは私達に援助の手を差し伸べてくれています。被害に遭った私達を助けようと、必死でその手を伸ばしてくれています』
見ているうちに引き込まれていく────やはり、彼女は良く映える。
声と言い、表情と言い、人に訴えかける何かを持っていた。
ラクスと良い勝負だとタケルは感じた。
「あ、あはは……なんとまぁ。カガリ程じゃないけど随分偉くなっちゃったね、彼女」
「その様だな。まさかこんな形で彼女を見るとは……」
初めて出会った頃からは考えられないその姿。
嬉しくもあり、頼もしくもある。そんな心持ちとなった。
『助けようとする気持ち、救われて感謝する気持ち──そこにナチュラルもコーディネーターもないはずです』
そこに映るは見目麗しい1人の女性。
『私達はそれを────先の大戦から学んだのではないでしょうか』
3人がよく知る人物……フレイ・アルスターの姿が、そこにはあった。
ボルト・ミュラー。
嘗ては連合の将官であった彼だが、大戦中の功績と、先見の明の高さを買われ現在はユーラシア連邦事務次官の位置についている。
そして、そんな彼が抱える広報官として。
カメラの前に堂々と佇むのは、この2年ですっかり大人へと成長した彼女──フレイ・アルスターだ。
用意された原稿を今一度確認しながら、フレイは大きく深呼吸を繰り返した。
ブレイク・ザ・ワールド。
争いの火種となりうるこの人災に対して、大西洋連邦は地球圏の国家全てに、一丸となるよう声を挙げた。
共に支え合い、助け合い、この窮地に立ち向かおう。
そんな声が聞こえてきそうな、同盟条約の檄文。
表向きは素直に見える協力体制への喚起だが、その実は違う。
大西洋連邦から流された、証拠となる映像。
ジンの部隊とフレアモーター。そして、落ちていくユニウスセブンの破片。
わかり易く映し出されたのは、“コーディネーター”が齎した災厄の証であった。
見せられ、そして魅せられた地球の人々は簡単に憎しみへと食いつく事だろう。
そうして再び、憎しみに任せ戦火を巻き起こすことを望むだろう。
その先に待つのが更なる犠牲だという事に気が付かぬまま。
この災厄を都合よく利用して、大西洋連邦が再び戦火を巻き起こそうとしている事は明らかであった。
故に、ボルト・ミュラーは一早く動きだす。
先の大戦の時から、連合は一枚岩ではない。
ユーラシア連邦は、アラスカでの犠牲を忘れておらず、今回の呼びかけに応えようという気は更々無かった。
ユーラシア連邦は今この時。
再び巻き起こりそうな戦火を防ぐために、出来る限りをする事を決定したのだ。
その一つが、ボルト・ミュラーお抱えの広報官、フレイ・アルスターを起用した声明の発表である。
先の大戦で亡くなった父、ジョージ・アルスターの遺志を継いで平和のために今を生きる彼女は、その境遇も相まって、反戦への大きな影響力を持つ。
喪った悲しみを知る彼女だから。戦火を知る彼女だから────その声と言葉には、強い力が備わっていた。
“好きにやれ。お前の言いたいようにな”
思い返すミュラーの言葉。
フレイは一つため息をついた。
「(全く、ちゃんと仕事しなさいよね)」
随分と雑なミュラーの指示に、胸中で悪態を吐く。
フレイの手元にある原稿に書かれている事は、ただの事実の羅列だ。
ブレイク・ザ・ワールドの被害。大西洋連邦からの呼びかけ。プラントの動き。
今世界に起きている事を知った上で、何を呼び掛けるべきなのか。それをミュラーは、フレイに丸投げしたのだ。
勿論、ユーラシア連邦として大西洋連邦の呼びかけには応えないという結論は前提ではある。
が、その上で先の大戦の惨状を見てきた彼女に、訴えさせる。
今再び戦火に沈みそうな世界に呼び掛けるには相応しいと、ミュラーは考えた。
「時間です!」
会場の準備が整った報せであった。
フレイは今一度深呼吸。
整理された内容と言葉。そして胸に宿る想いを吐き出すように────粛々と、口を開いていく。
「先日のユニウスセブン落下の悲劇に際して、私達ユーラシア連邦の国々も、大きな被害を被りました。未だ全容の把握しきれぬ被害と犠牲に、私達は心を痛めるばかりです。
まずは今ここで、犠牲となった方々に哀悼の意を表したいと思います」
静かに瞠目。
犠牲者を偲ぶ姿勢を見せる。
たっぷりと時間をとってから……フレイは再び目を開き、言葉を続けていく。
「被災地には現在、プラントのデュランダル議長指示の下、多大なる支援が届いております。この支援で地球の多くの人々が救われています────プラントには、感謝しかありません。
しかしながら同時に。地球圏の国々には大西洋連邦より同盟条約の呼びかけが届きました。この災害に際しての救援救助をより円滑に行う為、一丸になろうとの事です。
ですが……同盟の中には、今最も多くの支援をしてくれているプラントの名前は有りません」
カメラを見るフレイの視線がわずかに鋭さを帯びていく。
彼女はパフォーマンスに原稿へと視線を数度落としながら、胸の内にある想いを言葉にしていく。
「今受けている多大な支援を突き返して、地球圏の国家だけでまとまる事に何の意味があるのでしょう。
今我々は、辛く苦しい時に在るというのに、一番の支援を送ってくれる隣人を締め出す様な呼びかけに、一体どれだけの利があるのでしょうか────私達にはそれが理解できません。
従って。私達ユーラシア連邦は、この度の呼び掛けには応えず、プラントの支援の下、被災地の救援・救助活動を進めていくことを表明いたします」
迷いのない言葉と声。そしてフレイは淀みのない視線をカメラに向けて宣言した。
「──確かに、心無いテロリストによって、地球は大きな被害を被りました」
宣言の余韻を残したまま、フレイは静かに胸の内を吐露する様に語り出した。
ここからは蛇足である…………が、これからが本来彼女の伝えたい事でもある。
先程よりも増して、彼女の瞳には光が宿っている様であった。
「私は嘗て、ユニウスセブンをこの目で見ています。あそこには未だ、犠牲になった多くに人々が当時のままで残されていました。犠牲者である243721人が、そのままに、です。
犠牲者の事を想えば…………犠牲者の家族の事を想えば。地球を救うためとは言え、彼の地を破砕する事はプラントにとっても身を切る程に辛い事のはずです。
それでもプラントは全力を挙げて、地球のためにその破砕作業に動いてくれました。地球に住む私達を救うためにです。
そして、その上で尚、プラントは私達に援助の手を差し伸べてくれています。被害に遭った私達を助けようと、必死でその手を伸ばしてくれています」
熱を帯びていく──彼女の姿勢が、声が、表情が。
今再び、コーディネーター憎しで結ばれようとしている世界に待ったをかけるべく。
フレイは胸の内の想いを声に乗せて世界に向けて呼びかけた。
二度と繰り返してはならない。哀しく惨めな……何も生み出すことのない戦争の歴史を。
ずっと燻り続けてきた、彼女の声であった。
「彼らは助けてくれました。私達は今もまだ、助けられています。
助けようとする気持ち。救われて感謝する気持ち──そこにナチュラルもコーディネーターも無いはずです。
多くの犠牲を払って、私達は先の大戦からそれを学んだのではないでしょうか────
『────貴方達はそうであったはずです!』
最後に取ってつけたような、少しだけ違和感のある言葉。
フレイの声明を聞いていたタケル達は、その意味を察して小さくまた笑みを浮かべていた。
「あはは、言われちゃったね。カガリ」
「カガリに……と言うよりは、カガリとタケル。2人に対してだろうな」
「言ってくれるよ全く────さしずめ、さっさと声明を出せって所か? こっちの気も知らないで」
「仕方ないよ。流石に今日までカガリが国に居なかったなんて、わかるわけないもの」
フレイの声明の中に含まれた違和感。
オーブなら……彼女が知るカガリなら。大西洋連邦のこんな呼び掛けには応えないはずだと。
そんな意を含ませた最後の言葉であった。
彼女はアークエンジェルで散々見てきた。
カガリ・ユラ・アスハとタケル・アマノ────ナチュラルとコーディネーターである兄妹を。
だからこそ、今再びナチュラルとコーディネーターを切り分けようとする世界に一石を投じるだろうと踏んだ。
いわばこれは、フレイなりの援護射撃であった。
声を挙げるのはオーブだけではないと。平和を願っているのは自分達も同じだと。
オーブが道を誤らない様に……その道を取りやすくなるようにと考えた故の言葉だ。
「それで……どうするつもりだ?」
ナタルの問いに、タケルとカガリは逡巡する。
確かに、フレイのお陰で同盟締結を突っぱねるのは容易くなっただろう。
だが、かといって安易に決める事でもない。
「まぁ、元々ミネルバの活躍を出汁に反コーディネーターの論調を牽制する気ではいたからな」
「そう言えば、そうだったね」
ユニウスセブン破砕の時に、ミネルバの艦橋でタリアへと告げた事。
カガリがオーブへといち早く帰るためでもあったし、予見していた反コーディネーターの声を抑える切り札でもあった。
中立のオーブとて、決して順風満帆にナチュラルとコーディネーターが共存しているわけではないのだ。
「兄様……本当にオーブの護りは万全なのだろうな?」
「ん? まさか疑ってる? 僕が居なくてもどうにでもなるくらいは万全だよ。そもそも明日から僕、プラントに出かける予定だしね」
「は? ってそうか……やっぱり行くんだな」
流石と言うところか。
プラントに行く──それだけで諸々を察したカガリは、どこか納得した様に頷いた。
「ごめんね……大事な時に居られなくて」
「万全なんだろ? だったら構わないさ」
「僕が抜ける分はアスランを扱き使って。今回の外交で分かったけど、アスランやる気ばかりで持て余してるし」
「そんな風に言うなよ兄様……仕方ないだろ、アスランは難しい立場なんだから」
ユリスとの戦い。
久方ぶりでありながら十全にSEEDを使いこなした事からも、アスランの能力に衰えは見られないと言える。
大切なカガリと、カガリが護るオーブの為。できる限りを為すことに余念がないのだろう。
つまり、できる事こそ多くないがアスラン・ザラはモチベーションだけは高いのである。
パトリック・ザラの息子である事や、一度はザフトを離反した裏切り者である事。
カガリが言う様に様々な事情を抱えてオーブへ亡命してきた難しい立場故に、公的立場を持って大っぴらに活躍させることができないだけだ。
「うん、だからアスランにはシロガネのプライオリティコードを渡しておくよ」
「それは……良いのか、兄様?」
「相性は悪くないだろうしね。流石にジャスティスは用意してあげられなかったから……」
キラが望んだフリーダムと同じく、アスランにも有事の際に必要な力としてオーブ謹製のジャスティスの話はあった。
だが、先に述べた様に難しい立場であるアスランが、オーブ謹製とは言えジャスティスに乗って戦うのは、外聞的に非常によろしく無い。
キラとフリーダムとは違い、アスランとジャスティスの組み合わせはその名が広まり過ぎている。
それは、ミネルバのパイロット組の発言からもわかるだろう。
オーブ謹製とは言っても、ジャスティスを作り出し運用することは、アスランの亡命を手助けしてくれたアイリーン・カナーバ前議長の好意を無碍にする事にもなりかねない。
「兄様の代わりとして、有事の際にはシロガネを使ってオーブを護る剣になってもらうと」
「アスランとしても望む所だと思うからきっと……まぁまずは、そんな事態にならない事だけどさ」
「あぁ、初めからやる気になってちゃダメだな。まずは外交努力だ」
そう言って、カガリは一つ決意の表情を浮かべる。
色々と最悪を想定するが、何より大事なのは戦端を開かない事。
有事の際の備えは必要だが、初めから戦う気で居てはオーブの名が廃ると言うものだ。
「はぁ〜ありがとう兄様。それに義姉さんも。お陰で色々と迷いも気持ちも晴れたよ」
疲れをほぐす様に伸びをしながら、カガリは立ち上がる。
ここにくる前はそれこそ、どうするべきかと大いに悩んでいたが。
タケルとナタル。そしてフレイのお陰で、抱えていた不安は払拭できた。
「ん、良かったよ────それじゃ早く帰って、カガリ」
「むっ、なんだよ兄様急に……冷たいな」
問題の解決を察した途端、タケルはカガリに帰宅を促した。
その急な態度の変わり様に、カガリは首を傾げるも、直ぐにその理由を理解する。
いつの間にか──いや、元々隣り合ってソファに座っていたタケルとナタルではあったが、今では色々と我慢できない状態になっていた。
何がとは言わないが、2人共に我慢できない状態であった。
仕方あるまい。2週間ぶりに帰ってきたのだ。
そして、明日にはまたタケルが家を空けるのだ。
色々と取り戻したいし、たっぷり溜まった分を発散したいし、諸々溜め込んでおきたいのである。
「あー、明日にはプラントへ発つんだろ? 程々にしておけよ兄様」
それだけ言葉を残すと、カガリはそそくさとアマノ家を後にした。
カガリが玄関を出て振り返れば、もうアマノ家の電気は消えていた。
「全く……妹の前なんだから我慢しろよな。義姉さんまで隠せなくなっちゃってさ……」
不満の声と共に、カガリは大きくため息を吐いた。
仲睦まじいことは良く良く知っているし、どちらも共に戦場に出た身だ。
これまで平和を享受していた分、色々と不安になるのも仕方のない事なのだろう。
だがせめて……自分が出ていくまでは我慢してはくれないものか。
あんな姿を見せられれば────羨ましくなってしまうではないか。カガリは素直に愛し合うことのできる2人を恨めしく思った。
残念な事に、未だ彼女とアスランの関係性は然程進展していない。ユウナの事も片がついていないし、アスランの立場も難しい。
「ずるいよなぁ、兄様もキラも。これに関しては背負うものがないもんなぁ。私だって本当ならアスランと──」
思い至り、カガリは慌てて被りを振った。
今はそんな事を考える時ではない。明日にはオーブの行く道を定めるのだ。
停めてあった車に乗り込んだカガリは、少し乱雑にキーを回す。車を走らせると同時に窓を開けて、少しだけ高くなった顔の熱を冷ましながら帰るのであった。
と言うわけで、カズイに続いてSEED編からの伏線回収。
彼女の活躍はある種約束されてましたね。
地球軍に志願したあの時から、長きにわたって溜め込んでいたフレイの想いが形となったシーンという所です。
原作と違い地球の被害は大きく低減されてるし、大きく情勢も変わってくる。
そしてそれはオーブも同じ。もうここからは本当に展開が読めなくなるかと思います。
そんな先の読めない本作、お楽しみいただければ幸いです。
何がとは言いませんが、溜まってたんです。
2人共に。