機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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ようやく、アニメで言うと8話が終わりってところ。
PHASE21だって……終わらないね。


PHASE-21 ジャンクション

 

「へぇ~、それじゃ3人共アマノ三佐の教え子ってことですか」

「俺達も格納庫で映像は見ていましたが、道理で動きが良い訳だ。納得しましたよ」

 

 感嘆の声で頷くヴィーノとヨウラン。

 それを隣で聞き流していたルナマリアは、照れ臭そうにはにかむ目の前の彼女達を見やった。

 

 アサギ・コードウェル。

 マユラ・ラバッツ。

 ジュリ・ウー・ニェン。

 

 ひょんなことから思わぬ再会を果たした彼女等は、これも何かの縁と近くの喫茶店へ入った。

 そうして今は、互いを知る為に自己紹介を終えた所である。

 

 再び、ルナマリアは彼女達を見やった。

 タイプは違うが皆押し並べて綺麗どころと言えるだろう。

 元気溌剌という感じのアサギ。

 理知的で凛々しさを携えるマユラ。

 物静かで温厚。母性すら感じそうなジュリ。

 ヴィーノとヨウランから素直に称賛の言葉を掛けられ、照れ臭そうにするところがまた男受けしそうだ。

 

 故に、ルナマリアとしては少々面白くない気分であった。

 

 なんと言ってもアサギ・コードウェルだ。

 ユニウスセブンで聞き及んだ通信音声には、ミゲル・アイマンと明らかに親しさを込めたやり取りが成されていた。

 アスラン・ザラと並んで有名所のミゲル・アイマンは、プラントに置いてそれはもう高い人気を持つ。

 パイロットとしてだけに留まらず、兄貴肌で頼れる彼は女性からの人気も厚い。

 一パイロットでありながら、プラントでは密かなファンも多いと聞く。ルナマリアとて、その内の一人だ。

 

 だがしかし、そんな話もあるせいか彼の身持ちは固い。

 浮付いた話は全然流れず、親密な関係の者と言えば、腐れ縁ともなった嘗ての同僚達くらいだ。

 ちゃっかり居候の身となったヤヨイなる少女もいたが、彼女の事ですら何の噂も立たなかった。

 一部界隈では男色の噂もまことしやかに囁かれているという。

 

 だと言うのに。

 突然現れた他国の軍人……正確には彼女達は軍属ではないが、本来ならまるで接点が無いはずの他国の人間である彼女達が、ユニウスセブンでそれはもう親し気に話をしていた。

 再会の喜びに上擦った彼の声を、ルナマリアはザクのコクピットで余すことなく聞かされた。

 

 何と面白くない事態だろうか。

 まるでドラマのヒロインが、突然出てきたぽっと出のキャラに掻っ攫われて、そのままゴールインされたような気分だ。

 彼女達にはプラントに居る全ミゲルファンに謝ってもらいたいものである。

 

 と、そんなわけで……今のルナマリアはすこぶる面白くない気配を醸し出していた。

 

「えっと、ルナマリアさん……だったかな。ここのデザート、口に合わなかった?」

 

 おずおずと言った様子で心配の声をかけてくるマユラ。

 ルナマリアの雰囲気を察しての問いであった。

 

「あっ、いえ! そんなことないです。とてもおいしいですよ」

「そう? なんだか少し難しい顔をしていたから」

「マユラちゃん。私達一応初対面だし仕方ないと思うよ」

「どうしたんだよルナマリア。人見知りするタイプじゃないだろお前」

「うるさいわね。思わぬ出会いに面食らっちゃってるだけよ!」

 

 思わぬ出会いに次いで、思わぬ敵の出現……それも強敵であろう事を察して、ルナマリアの雰囲気は堅くなっていた。

 

 そんな雰囲気の中、喫茶店に新たな来客を告げる音が鳴り響く。

 

「いらっしゃいませ。お1人様ですか?」

「あ、えっと……連れが先に入ってるはずなんですけど……」

 

 ルナマリアから連絡を受け、この場に合流してきたメイリンである。

 

「あ、メイリン! こっちこっち!」

 

 ヴィーノの声に視線を巡らせたメイリンは彼等を見つけて合流できた安堵の表情を浮かべるも、すぐさま見知らぬ人物達が一緒にいる事に怪訝な表情へと変わった。

 

「えっと、お待たせ」

「随分遅かったわねメイリン。その感じ……さぞかし楽しいひとときを過ごせたんじゃないの?」

「もう、人の気も知らないで! 恥ずかしくてそれどころじゃなかったんだから……ところで、こちらの皆さんは?」

「あぁ、偶然さっき知り合ったんだよ。ほら、ユニウスセブンで破砕作業を手伝ってくれたアークエンジェルの、MSパイロット」

「アサギ・コードウェルです!」

「マユラ・ラバッツです」

「ジュリ・ニー・ウェンです。よろしくね」

「は、はい。ルナマリア・ホークの妹、メイリン・ホークです。よろしくお願いします」

 

 自己紹介も済ませて、テーブルへと着くメイリン。

 7人と少々大所帯となったが、1つのテーブルで彼等は顔を突き合わせる形となった。

 

「それで、どうだったのよメイリン。アマノ三佐とは? 少しは仲良くなれたの?」

「もう、だからそれどころじゃなかったって言ってるでしょ! 大体、お姉ちゃんが考えてるような話じゃないんだから」

「何よ、別に有名人に恋焦がれるくらい普通の事でしょ?」

「えっと、メイリンちゃんはアマノ三佐と何か?」

 

 ホーク姉妹の会話にジュリは不思議そうに問いかけた。

 既に少々不穏な言葉が漏れ出ており、アサギ達は嫌な予感をヒシヒシと感じていた。

 

「えっと、元々は手の届かない所に居た憧れの人が、手の届くところにまで降りて来たんでちょっと欲張りたくなっちゃった……みたいな?」

「お姉ちゃん。それ、何の説明にもなってないからね」

「んー、もしかして……メイリンはアマノ三佐が?」

 

 好意を抱いているのか? 

 アサギが言外に問うと、メイリンは慌てて首を振った。

 

「そ、そんな大それたものじゃないです! 憧れ、唯の憧れですよ! お姉ちゃんが変に曲解してるだけで……」

「でも、2人きりで正直嬉しかったんでしょ?」

「それは勿論……嬉しくはあったけど……本当の素顔も見れたし……」

 

 温和な声と表情。

 子供っぽい事を気にして恥ずかしそうな表情を浮かべたタケル・アマノの姿を、メイリンは鮮明に思い出して、表情を緩めた。

 少なくともあの素顔を見せてくれる程度には、近しい距離に成れたのかと思えた。

 しかし、そんなメイリンの表情を見て、アサギ達3人の表情は曇っていく。

 

「その……なんというか」

「そんな表情されると、とても言い辛いんだけど」

「アマノ三佐にはもう、決まった人が……居るんですよね」

 

 どこか申し訳なさそうに告げてくる3人。

 その言葉の意味を理解して、ルナマリア達は呆気にとられた。

 

「えっ?」

「はっ?」

「嘘!?」

「えっ、ほ、本当なんですか!?」

 

 メイリンだけ、受け取り方がどこか切実であった。

 

「嘘だろ……あの人俺達とそんなに年齢変わらないよな?」

「確か私の1つ上で18のはずよ」

「つーとあれか? 家の繋がりで婚約者がいるとか? 確かアマノ三佐の家ってオーブじゃ有名な軍門の家系って話らしいし」

「う~ん、確かにアマノは軍門の名家ではあるけど、もう残ってるのアマノ三佐だけだし……それは関係ないかな」

「そ、それじゃ、普通に恋をして一緒になったって事ですか!?」

「ちょっとメイリン、落ち着きなさいって。さっきまでのそんなんじゃありませんって余裕はどこ行ったのよ!」

「だ、だって……」

 

 先の2人きりのやり取りで、ちょっとはお近づきに成れたのだと確かな感触を得たメイリン。

 やはり恋に恋する少女としては、少しは夢を見てしまうものだ。

 それが実は、スタートラインにすら立てていなかったとあれば、気落ちは大きい。

 いや、状況的にはそもそもスタートラインなどどこにも無かったと言える。

 

「恋人というか……」

「式こそ挙げてないけど、もう完全に夫婦と言うか」

「馴れ初めも凄まじいですしね……もし良ければ、聞きますか?」

 

 ジュリの提案に、興味津々の3人が間髪入れずに頷く。

 メイリンもまた、怖いもの見たさとでも言うべき苦悶の表情で小さく頷いた。

 そんな彼女の表情に、ただならぬ覚悟を感じながら、アサギ達は苦笑い。

 

 マリューやカガリ、そしてナタル本人から色々と聞き及んだ2人の馴れ初めを、アサギ達は迫真の語りで彼等に聞かせてやるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミネルバ艦内訓練室。

 

 現在ここにはパイロット組のシン、レイ、そしてヤヨイの3人が射撃訓練に勤しんでいた。

 艦長から上陸許可も下りたと言うのに、出不精な3人はせっせとトレーニングに励んでいる。

 そんな事ならと、タリアから送られてきたとある資料に目を通して、彼等が撃沈するのはもう少し後の話であえうが、とにかく彼等は訓練に精を出していた。

 

「──そういえば、私はともかく2人は出かけなくて良かったのですか?」

 

 聴覚保護用のヘッドセットを外して、徐にヤヨイが切り出した。

 

「どこらへんがともかくなのかはよくわからないが、俺は問題無いな。出かけて遊ぶ、なんて事は俺には無縁だ」

「相変わらず堅物過ぎて悲しいですねレイ。そんなんだからヴィーノやヨウランからは枯れていると言われるのですよ」

「大きなお世話だ。ヤヨイこそ、昨日からやけにやる気になってるじゃないか。大戦の英雄に負けたのがそんなに悔しかったのか?」

「ふっ、誰がそんな矮小な理由で……私はただ、過去の己との勝負に打ち勝とうとしているだけです」

 

 ちょっとだけ得意気な様子で無い胸を張るヤヨイ。

 そう、今必死に訓練をしているのは決してタケル・アマノを相手にして簡単に負けたからではない。

 過去の己に打ち勝つ────打ち克つではなく、打ち勝つ。

 不遜にもタケル・アマノは、サヤとヤヨイの勝負に対してサヤへと軍配を上げた。

 忌まわしくも脳内に纏わりつく過去の己(サヤ・アマノ)との勝負に、ヤヨイ・キサラギは勝ちたいのである。

 

「第一に、私はミネルバMS隊の隊長なのですから。皆が艦を離れる時こそ、有事に備えて待機しておかなければなりません」

「尤もらしい理由付けだな。だからこそ本音ではないとお前はわかり易い。気づいているか? ヤヨイは本音を隠す時と本音を話す時で、ふんぞり返り方が違う」

「ちょっと何言ってるかわからないですね。ふんぞり返り方とは一体何ですか?」

「本音で話す時は無意識的に胸を張るのを少し控える傾向にある。今のお前はわざとらしいくらい胸を張ってるからな…………安易に出かけてアマノ三佐とばったり会うのが怖いのか?」

「なっ!? レイ、訂正しなさい。私があの男を恐れるなどと──」

「2人共……喋るより訓練していたほうが有意義だと思うぞ」

 

 少しだけ冷ややかに。

 されど全うな言葉の横槍に、レイとヤヨイは面食らった。

 投げつけてきたのはシン・アスカ。手を止めた2人に対して、彼1人だけが黙々と、訓練を続けている。

 まさかあの暴走特急機関車で、冷静さの欠片も無い少年から、至極冷静に正論を叩きつけられるとは思っていなかった2人は、完全に虚をつかれていた。

 

「────ん、なんだよ2人共?」

 

 まるで穴が開きそうな程に自身を見つめてくる優等生2人の視線に気が付き、シンは不思議そうに小首を傾げた。

 

「──いえ、まさかシンにそのような正論を言われるとは思わなかったので」

「思わずショックを受けてしまった……簡単には立ち直れそうにないくらいにはな」

「同じくです」

「お、お前らなぁ!」

 

 辛辣な物言いに、先程までの冷静さをかなぐり捨ててシンは怒りの声を露わにする。

 そうだ、それでこそシン・アスカだと、対する2人は胸中でほくそ笑んだ。

 

 しかし、燃え上がったのは一瞬で、直ぐにシンの怒りの炎は鎮火していき、再び射撃訓練へと戻った。

 思わぬ反応に、再びレイとヤヨイは顔を見合わせる。

 

「シン、貴方は出かけなくて良いのですか?」

「別に……出かけないとは言ってないだろ。ただ、俺にとってこの国は、楽しく遊べるような場所じゃないだけだ」

 

 返された言葉に、2人は口を噤んだ。

 そうだ。彼の境遇を考えれば、この国は全てを喪った場所。

 オーブに向けていた憎しみの色を顧みれば、心的外傷(トラウマ)を抱えていても不思議ではない。

 必然、ルナマリア達の様に遊びに出かける、などということはできないだろう。

 

「──私と同じ、という事ですか」

 

 ぼそり、と聞こえないようにヤヨイは呟いた。

 レイが言ったように、ヤヨイも本心では上陸するのが怖くてこうして艦内に留まっている身だ。

 

 彼女もまた、上陸してサヤ・アマノを知る誰かに出くわすのが怖かった。

 知らず思い出深い場所でも通りかかり、不意に記憶が戻る事が怖かった。

 タケルと色々と話をし、サヤ・アマノを知りたいと思った事は事実だが、彼女を知れば知るほど、今の自分の存在が脅かされる気がした。

 ザフトのヤヨイ・キサラギ────今在る自分を、彼女は失いたくは無かった。

 

「──それではシン、今日はシミュレーターで私ととことんやり合いませんか?」

「えっ?」

 

 突然のヤヨイからの申し出に、シンは呆気に取られた。

 

「鬱屈した余計な想いなど吹き飛ばすほど、完膚なきまでに貴方を蹂躙してあげます。そうすれば沸点の低いシンの事です、直ぐに私を打ち負かす事に夢中になるでしょう?」

 

 思わずカチンとくる物言いに、怒れる瞳が鋭くなった。

 確かにアカデミーの成績では実技も座学も完璧な彼女に負け越しているが、MS戦闘だけに限ればそうでは無い。

 彼女と自分の間に、そこまで大きな差は無いはずだと言うのにまるで見下す言葉は、簡単にこの少年の心に火をつけた。

 

「へぇ、良いのかよヤヨイ。俺は昨日散々アイツから指導してもらったんだぜ。これまでの様に簡単に倒せると思ってるのか?」

「あの十数秒で撃墜判定をもらっていたのが指導だったんですか? 私には同じ光景を焼き増ししているようにしか見えませんでしたが?」

 

 売り言葉に買い言葉。

 互いにピリつく空気を醸し出していく。

 

「上等、やってやるよヤヨイ」

「かかってきなさい、“ミネルバの狂犬”」

「な、なんだよその狂犬って言うのは!?」

「昨日グラディス艦長が呟いた一言が艦内に広まりました。所構わず誰彼構わず噛みつくシンはまるで狂犬の様だと。言い得て妙でしょう」

 

 なんと不名誉な。

 いやしかし、聞きようによっては畏怖の対象にもなり得そうである。

 残念ながらその実情は余りにも馬鹿らしいが。

 

「ふっ、良かったじゃないかシン。これでお前も晴れて異名持ちだ」

「くっ、くっそぉおお!」

 

 言い返したいが何も言い返せない。

 絶対的事実に基づいた異名に返す言葉が出てこなかったシンは、シミュレーターがある格納庫へ向かって走り去っていくのだった。

 

 その瞳にはこれまでの愚かな自分に嘆き、微かな涙が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────と、こんな感じでアマノ三佐はナタルさんのお陰で笑顔を取り戻したわけです。めでたしめでたし」

 

 一体どんな物語を綴って見せたのだろうか。

 ジュリが語り、マユラが補足し、アサギが盛り上げる。

 タケル・アマノとナタル・バジル―ルの感動的なラブストーリーに、会場(テーブル)は大盛り上がりであった。

 特にルナマリアはサヤ・アマノとヤヨイ・キサラギの真実を知っているだけに、想う所有りといった表情である。

 成程、確かに目の前で妹を失った事で心を壊してしまったのなら、ヤヨイと出会った彼の態度と言うのも良く良く理解できる話だった。

 安易にシスコンを拗らせた兄だと蔑んだ少し前の自分の言葉を恥じるばかりである。

 

 そして、肝心の彼女はというと──

 

「あのーメイリンちゃん? 大丈夫?」

 

 ジュリが心配そうに問う先、完全に撃沈された少女の姿がそこにはあった。

 

 ほんの些細なやり取りで舞い上がっていた己のなんと浅はかで愚かな事か。

 素直に憧れだけで済ませていればよかったのに、ちょっとお近づきに成れた程度で思い上がってしまったのが運の尽きであった。

 

「きついよな……憧れとは言えちょっと嬉しそうだっただけに」

「割り込む余地ないもんな。こんな壮大な馴れ初めで一緒になられたんじゃ……」

 

 ヨウランとヴィーノの追い討ちが突き刺さる。

 非情な追撃に思わず姉のルナマリアが2人へと拳骨を叩きつけるが時すでに遅し。

 メイリンはごんと額をテーブルに打ち付けて突っ伏した。

 

 片や命を救われたナタル。

 片や心を救われたタケル。

 

 戦場で出会い、共に歩み、別れ、敵対し、そうして最後に救い救われて今がある。

 

 しかもだ。

 アサギ達がそっと見せてくれたナタルの写真を見て、彼等は愕然とした。

 その出立ち────まだまだ幼さの残る彼女達とは、余りにもスペックが違い過ぎる。

 

 170を超える高身長に、モデルの様にスラリとした肢体。

 細身の中にしっかりと主張する女性らしさが際立つが、何よりも目を引くのはその美貌。

 抜群のバランスで整えられた小顔。切れ長の双眸は紫陽を彩り、瞳に併せた口紅が凛々しさの中で妖艶さを醸し出す。

 

 年上のお姉さんの理想を描いた様な女性がそこには居た。

 少年の気配が抜けきらない彼との相性は抜群だと嫌でも分かる。

 

 決して、メイリン・ホークが魅力的でない訳では無いが。

 しかし、まだまだ成長途上の彼女では、“大人っぽさ”と言う点では抗い様が無い。

 タケル・アマノの心を射止めるには、どう頑張ってもメイリン・ホークでは年月が足りないのだ。

 

「うぅ……ううう……お姉ちゃん……」

「よしよし……つらいわよね……」

 

 何故だろうか。

 本気ではなかったはずなのに……胸を襲う喪失感にメイリン・ホークは泣いた。

 優しい表情を見せてくれた彼であったが、決してその気ではなかった──それが十分にわかってしまい、まだまだ幼さの残る少女は泣いた。

 

 でもきっと、泣いた分だけ大人になれる。悲しみを知った分だけ大人になれる。

 だからたっぷり泣きなさいと、姉は静かに妹をあやすのであった。

 

 

「──何て言うか、ごめんね」

 

 

 アサギか、マユラか、ジュリか。

 誰かわからないが、小さく呟かれた謝罪の言葉が、酷く優しく聞こえて、メイリン・ホークは再び涙を1つ溢すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時。

 

 たっぷりどっぷりとシミュレーターでヤヨイと勝負を繰り返したシン・アスカは、私服へと着替えてオノゴロの海辺へと来ていた。

 

 ちなみに、ヤヨイとの戦績は14戦4勝10敗。

 小癪な少女の煽りで頭に血を上らせ、冷静さを欠いてやられたのが殆どであった。

 何度か勝てたのは、本当に集中しきった時だけである。

 ここら辺の精神的不安定さが己のダメなところだとわかっているが、いかんせんなかなか、どうしようもなかった。

 対戦中はらしくない程に煽ってくるヤヨイであったが。もしや、彼の弱点を克服させたいのかもしれない。

 

 そうして、疲れた身体を引き摺りシャワーを浴びて、ひっそりとミネルバを出てきたシンは、人気の少ない所を通りながらここまでやってきた。

 

 

 海岸沿いにある岩肌の一角。周りには何もなく、ただ波が打ちつける場所。

 先のオーブ戦役で犠牲になった者達を悼む、慰霊碑のある場所であった。

 

 夕暮れ時の茜が海辺を染め、シンを照らしていた。

 目の前にある石碑。周囲には花が植えられていたが、先の災害で波を被ってしまったのだろう。塩水に浸された花達は、咲き誇るとはとても言えない状態であった。

 

 

「父さん、母さん……マユ」

 

 

 静かに、喪われた者達を呼んだ。

 呼んだ分だけ、脳裏にあの日が甦ってきた。

 

「────ずっと来れなくて、ゴメン」

 

 手に持っていた、ピンクの携帯電話を握りしめる。

 嘗て妹のマユ・アスカが所持していた、シンが持つ唯一の形見である。

 留守電音声を聞けば、生きていた妹の肉声が聞こえた────天涯孤独となったシンの、唯一の心の支えであった。

 

 妹の声を聞けば、思い出せた。

 平和だった日々を。楽しかった日々を。生きていた家族を。

 そして、奪われ……喪った事実を。

 

「大西洋連邦が……国防軍が悪い、か」

 

 彼はそう言った。

 向けるべきはオーブではないだろうと。

 だが、胸の内にはやはり燻る想いがあった。

 

 何故、自分達を守ってくれなかったのだと。

 何故、自分の家族が死んだのかと。

 何故、後少し早く避難しなかったのか。

 何故、自分は何もできなかったのか。

 

 何故、何故、何故、何故……

 

 もしも、が。

 たられば、が。

 仮定の話が、シンの脳裏を駆け巡っていく。

 

 それは詮無きことだ。

 それは意味の無い事だ。

 わかっていても、想わずにはいられなかった。

 

 

「どうして良いか……何て、まだ俺にはわからないけど」

 

 

 燻る想いを制する術を、彼はまだ知らなかった。

 

 

「何をすれば良いかなんて、今の俺にはわからないけど」

 

 

 進むべき道を見つける術を、彼はまだ知らなかった。

 

 

「でも、俺は二度と……あんな想いはしたくないんだ」

 

 

 たった一つ。それだけは確かな事であった。

 それが嫌だから、力を欲した。

 力を持たない無力な言葉が許せなかったから、オーブを憎んだ。

 

 ふと、腑に落ちていく言葉があった。

 

 

 “失った悲しみは理由になっても、失った憎しみは戦う理由にはならない”

 

 

 あぁ、彼が言っていたのはこういう事だったのか──シンはようやく納得した。

 

 確かに、失ったから力を欲した。

 自分が戦う理由は、失う悲しみを二度と味合わない為だ。

 オーブを憎んだところで、戦う理由にはならなかった。

 大西洋連邦を憎んだところで、今の自分の戦う理由にはならない。

 

 ()()()()大切な人達を喪わない為に……

 

 

「大切な人……か」

 

 

 今度こそ? そう考えたところで気付く。

 今の自分に果たしてそんな人が居るのだろうか。

 あの日喪われた家族達と同等に、絶対に喪えないと思える人────もし喪ってしまったらと、恐怖に震える程大切な人。

 

 

「────珍しい、先客かな?」

 

 

 どうだろうと思考に耽ろうとしたところで、不意に飛び込んで来た声にシンは驚きと共に振り返った。

 

「こんにちは…………と、もうすぐこんばんは、かな?」

「あ、えっと、その……こんにちは」

 

 ひょろっとした、優男────シンが最初に抱いた印象はそれだった。

 優しげな瞳。落ち着いて、静かな声。

 慰霊碑の前で物思いに耽っていたシンの隣まで来た彼は、物珍しそうにシンを見つめていた。

 

「こんなところに来るなんて、珍しいね。オーブの人?」

「あ、いえ。旅行でたまたま立ち寄ったんで、折角だから慰霊碑を観ておこうと思って……」

「そうなんだ……誰か知ってる人が?」

「その────家族が」

 

 少し無遠慮だとも思うが、彼の声音に嫌な含みは無くて、シンは素直に答えた。

 自分より少し年上と思われる彼は、シンの返答に一瞬ハッとした表情を見せるも、“そっか”と小さく呟くだけで慰霊碑へと視線を向けてしまった。

 

「あの、貴方は? なんでここに?」

「ん? 僕は花の植え替えにね。この間ので、波を被っちゃったから──植え直さないと」

「なんで、そんな事を……?」

「大切な慰霊碑だからね。僕等にとって────他の皆は忙しいから、暇な僕がやってるんだ」

「わざわざこんな時間にですか?」

「そこはホラ、日中だとまだ暑いじゃない?」

「もう10月ですよ」

「あはは、そうだね。もう涼しいよね」

 

 苦笑いを見せる。

 なんと言うか、掴みどころのない気配をシンは感じた。

 だが、次の瞬間にはどこか彼の気配が大きくなった様な、そんな気配を感じ取る。

 

「気を悪くしないで欲しいんだけど……」

「な、何ですか?」

 

 初対面で一体何を言うつもりだろうか。

 シンは幾分か身構えて、彼の言葉を待った。

 

「なんか君、嫌な気配がするね」

「は? はぁ!? どう言う意味ですかそれは!」

「お、落ち着いて。悪い意味で言ったわけじゃ……無くもないんだけど……」

「はぁ? 何が言いたいんですかあんたは!」

「ちょ、ちょっと待って……整理するから……」

 

 シンの剣幕に気圧されつつ、一呼吸じっくりと間を置いてから彼は小さく頷いた。

 

「うん……よし。その、嫌な気配っていうのはね。君が、僕の知ってる人によく似てるんだ」

「知り合いに似てる?」

「うん、見た目は全く、全然、これっぽっちも似てないんだけどね」

「どういう事ですかそれは……」

「雰囲気っていうのかな。僕には君の後ろ姿が、何かに怯えて怖がってるように見えたんだ──僕の友達みたいに」

「怖がってる? そんな事──」

 

 無い。

 そう言おうと思ったところで、シンは口を噤んだ。

 

 あぁ、そういう事か。

 怖いのか自分は────再び喪う事が。

 怯えているのか────何もできず無力である事に。

 

「…………ごめん、変な事言って。大丈夫かい?」

「誤魔化せないって事かも」

 

 脈絡のない答えに、今度は彼が驚く番であった。

 

「誤魔化せない?」

「どんなに強がって、取り繕っても……結局俺は、あの日から何一つ変われず無力なままなんじゃないかって……」

 

 初対面の人に何を言っているのだろうか。

 しかし、彼もまた知人に似ているという事で訳のわからない事を言ってきたのだからおあいこだろう。

 シンは胸の内の吐露を続けた。

 

「何も変われず、何も守れず、無力なままの自分に再び絶望するかと思うと……怖いです」

 

 シンの独白が、沈黙を誘った。

 2人は揃って、慰霊碑を見つめ、打ちつける波の音に耳を澄ませた。

 

 

 

「さっき言った僕の友達ってさ」

「えっ?」

 

 

 沈黙は静かな声に破られた。

 

「弱くて、脆くて、すぐ泣いて──その癖何でもかんでも背負い込んじゃってさ。見てるだけでとても危なっかしいんだ」

「随分な言われようですね」

「彼もね、君と同じように大切なものをたくさん亡くしてしまった…………本当にたくさんね。

 そうして無力な自分に絶望して、弱い自分を蔑んで。それでもなんとか前を向いて、次こそ、今度こそって、今を生きてる」

「すごいですね。そんな風に前向きになれるのは」

「そうだね……でも、君も一緒だと思うよ」

「えっ?」

 

 意図の読めない彼の言葉に、シンは惑った。

 

「大丈夫なのか? 変われたのか? 強くなれたのか? 

 そんな風に思えるのなら、きっと君は強くなれてると思う。同じ想いをしたくないと願っているのだから」

「そう、なんですかね?」

「うん、きっと……そうじゃないと、僕ももう彼の面倒を見切れないよ」

 

 本当に随分な言われようだな、とシンは胸中で件の友人に同情した。

 

「先の事はわからないし、怖くなるのは当然だ。もしかしたら、また何もできずに終わってしまうかもしれない」

「そう、ですね……」

「でも、無駄じゃない。変わらないわけじゃないんだ」

 

 落ち着いた声音で、彼はシンの視線を促すと慰霊碑へと向けた。

 

「例えばさ、僕は今日花を植え替えに来たけど、植え替えてすぐにまた波を被っちゃうかもしれない。そうなればまた、枯れちゃうよね。これは無駄な事かな?」

「枯れちゃったら……無駄になっちゃうんじゃないですか?」

「でもそしたら僕は、次の時に慰霊碑がもう波を被らないように囲いを作ってしまうかな」

「あ、なるほど……」

「それこそ波を被ってしまうと分かってるなら、今日のうちに囲いを作っちゃっても良いよね」

 

 そういう事かと、シンは納得した。

 そう、分かってるのだ────嘗ての自分が無力であった事を。

 無力な自分では何も守れないと。

 そして、そんな過去の自分から変わろうとしてきたのだ。

 無駄なんかじゃない。変わっていないはずがない。

 

 少なくとも。嘗ての自分よりは──無力なんかじゃない。

 

「ちょっと良い感じになったかな?」

「そう、かもしれませんね…………ちょっと為になる話でした」

「彼も君くらい素直なら、苦労しないんだけどね」

 

 ぷっ、と思わずシンは吹き出してしまった。

 未だ嘗て、素直などと言われたことはない。

 同期の誰もが、自分のことは意地っ張りだと小煩いのに、目の前の彼はそんな自分を素直と評する。

 一体彼の友人はどれほど素直では無いのだろうか。シンはなんとも無しに興味を抱くのだった。

 

「あっ、やば、時間忘れてた。すいません、俺戻らなきゃいけないんでそれじゃ────どうも、ありがとうございました」

「うん。またどこかで会えたら声をかけてよ」

「はい!」

 

 相変わらず柔らかな物腰のままで見送ってくる彼へと、シンにしてはらしくないはずの素直な返事で返して。

 シンはどこか清々しさを覚えながらミネルバの帰路へと着いた。

 

 

 残念ながら、結局門限に間に合わなかったシン・アスカは、罰としてMSパイロット達の雑用を1週間仰せつかることになるのだがそれはまた別のお話。

 原因となった不思議な彼に、ありったけの呪詛を吐き散らしたとかなんとか……真相は彼のみぞ知る。

 

 

 

 

 

「──キラ? 誰かとお話ししてたのですか?」

「あ、ラクス……うん。なんか、ちょっとタケルに似てる子が居て」

「まぁ、それは少し困ってしまいますわね」

「そうなんだ。なんだかほっとけなくて……でも、タケルよりずっと素直な良い子だったよ」

「ふふ……でもキラは素直じゃないタケルの方がお好きなのでしょう?」

「そんなつもりはないけど……まぁ、その分助けてあげられるからね」

「さぁ、それではお花の植え替えを済ませてしまいましょうか」

「うん」

 

 

夕暮れが、去り行く少年の影を、大きく引き伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 守るという名目で放たれる砲火。

 撃ち合う先に安らぎはないと知るのなら

 その手に銃を取る覚悟もまた、悪しき選択でとなるのか。

 再び訪れた戦火を前に、嘗ての払拭を戦士達は誓う。

 

 次回、機動戦士ガンダムSEED DESTINY

 

 『驕れる牙』

 

 故国の平和、守り抜け! アストレイ! 

 

 




タケルが叱って、アスランが諭して、キラが導く。
そんなシン・アスカ育成計画。
ここまでじゃ無くとも、キラがシンを引き上げてくれるような描写が欲しかったよなぁって思います。クロボン見習って欲しい。

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