救命ポッドからふわりと飛び出してきた少女。
プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインである。
勿論マリュー達はそんな事を知らない。
「あら? あらあら?」
「あっ、危ない」
ふわふわと流れて行ってしまいそうなラクスを、キラが飛び出して引き戻した。
「ありがとう」
「あっ、いえ……」
少女の容姿にキラは思わず見惚れた。
陶磁のように白い素肌と綺麗な長い髪。可憐な声と優し気な表情を見せた顔。
白い衣装とも合わさってまるで天使のようだと思った。
「あら? あらあら? まぁ、これはザフトの船ではありませんのね!?」
ただ少し……いやかなり世間知らずなお嬢様の様である事をキラはこの時確信した。
マリュー達も同様である。
「はぁ……」
ため息が集まったクルー達のあちこちから噴出していた。
ヴェサリウス発進の時刻となるその2時間前。
アスランは逸る気持ちを抑えながら艦船の発着ゲートへと赴いていた。
「……ラクス、無事でいてくれ」
「アスラン!」
呼ばれた声に振り向けば、そこには隊長のクルーゼと父パトリックの姿があった。
珍しくもパトリックはアスランを見送りに来た様である。
歩いてくる2人にアスランは敬礼をもって答える。
「父上、隊長」
「アスラン、ラクス嬢の事は聞いておろうな?」
「はい。という事はやはりヴェサリウスで……」
「その通りだ。我々は足つきより先に彼女の捜索に向かう」
「ですが隊長、民間船で向かったはずのラクスが何故こんな事に……」
「状況はわからん。だが、偵察に行ったユン・ロー部隊のジンが戻っていない」
「なっ!?」
「そしてガモフはアルテミス陥落の際に足つきを完全にロストした……これが偶然だと思えるか?」
「まさか、足つきが……」
可能性は無いとは言えない。
ロストしたアークエンジェルの位置。ロストした民間船の位置は然程離れていない。
隠密で行動しているであろうアークエンジェルにとって、民間船とは言えプラントの船に見つけられれば都合が悪いだろう。
コーディネーター憎しで凝り固まっている連合なら大いにありうる事であった。
「お前とラクス嬢が定められた者同士であることはプラント中が知っている。故に、お前が乗るヴェサリウスで迅速に捜索へと向かわせるのだ。
くれぐれも頼んだぞ、クルーゼ、アスラン」
「はっ!」
「了解しました」
去っていくパトリックを見送り、アスランは胸中でこの任務の重さを実感していた。
「彼女を助けて、ヒーローの様に戻れ。父はそう言っているのでしょうか?」
「或いは、その亡骸を号泣しながら抱いて戻れ、だろうな」
「それはまた随分な役者ですね」
クルーゼの言葉に嫌な光景を想像しながら、アスランは自嘲を浮かべた。
なんてヒロイックな展開だろう。今日日三流小説でも流行らないような話だ。
「その時君が流す涙は嘘か誠か、私は気になるところだが……どちらにしても君が動かねばならないとお考えなのさ、ザラ委員長は」
「わかっています」
「では、いくぞ」
「はい!」
ラクスの無事を祈りながら、アスランはクルーゼと共にヴェサリウスへと乗り込むのであった。
アークエンジェル艦長室。
格納庫での一幕を収めた後、マリューとムウ、それからナタルら士官3人と、第3者の意見番としてタケルを集めラクスへの事情聴取が行われていた。
「ラクス・クラインね。クラインって言えばプラントの最高評議会議長が確か、シーゲル・クラインだったか?」
「あら、シーゲル・クラインは私の父ですわ。御存知ですの?」
一斉にため息が漏れる。
完全に自分がどれだけの重要人物かを理解していない発言であった。
ただの捕虜であれば別だ。軍関係者ならそれ相応に措置が取り決められている。それは民間人に対しても同様。
だが彼女の場合は違う。
ただの民間人とも言えない。かと言って軍関係者でもない。
そして一歩対処を間違えば、大きな問題に発展する。
そんな爆弾を抱えたことを意味している。
「ラクスさん、どうしてあんなところに?」
「私、ユニウスセブンの追悼慰霊の為に事前調査にきておりましたの。そうしましたら、地球軍の船と私共の船が出会ってしまいまして……」
思わず顔が引きつっていくマリュー達。
最悪の接触であったに違いない。出なければ彼女があの救命ポッドから出てくるはずがないのだ。
「臨検するとおっしゃるのでお請けしたのですが……地球軍の方々には私共の船の目的がお気に障られた様で。些細な諍いから船内は酷いもめごとになってしまいましたの。
そうしましたら私は周りの者達にポッドで脱出させられたのですわ」
一同絶句である。
いくらコーディネーター憎しとは言え、ユニウスセブンの追悼慰霊に来ている彼女等を臨検しあまつさえ争いにまで発展する等。
人道にもとる行為であった。
「これが地球軍、なんですね」
「お、おいタケル、早合点するな。どちらが悪いと決まったわけじゃ」
「救命ポッドで要人である彼女が脱出させられている。これで何もしていないとでも?」
「そりゃあ……」
「アマノ二尉。今はそれを考える時ではありません」
「わかっていますよ。彼女をどうするかでしょう。
クライン嬢、貴方が乗っていた船はその後どうなりましたか?」
「……わかりません。あの後地球軍の方々がお気を静めて下さってればいいのですが」
表情を歪めるラクスの言葉に、望みは薄いのだとわかる。
「キラが先の哨戒中に、撃沈されて間もない民間船を目撃しています。彼女が入った……救命ポッドの近くです」
「──確定的ね」
マリューは再び大きくため息を吐く。
彼女が乗っていた民間船が無事なら、そのまま保護した彼女を返す形で事足りた。
しかし、返す場所が無くなっている事が確定してしまったのだ。
こうなると彼女は、月基地へと急いで向かう必要があるこのアークエンジェルで保護するしかなくなる。
プラントの最高評議会議長の娘を、である。
「手に負えないわね、こんな話」
「艦長。そんな事言っている場合では」
「わかってるわ……わかってる」
ヘリオポリスからずっと、いきなり艦を任され成り行きのままこれまでこなしてきた疲れがマリューから痛い程見て取れる。
ナタルとて同じだろう。ムウやタケルの様に戦場に出ることが仕事ではない2人は、艦を守るために休む間もなく様々な事に頭を回さなければならない。
これまで頑張っていた所に止めとなる爆弾を抱え込み、思わず弱音が零れていた。
「一先ず部屋を用意して彼女を軟禁状態にしておきましょう。身の回りの世話は僕とカガリ、あとキラでやります。
オーブ所属の僕やキラはともかく、正真正銘プラントのコーディネーター。それも要人の娘となれば、この艦内でどんな問題が起きるかわかりませんし」
「まぁな……ブルーコスモスじゃねえが、やっぱりコーディネーター憎しな奴もいないわけじゃ無いし。それが一番無難か」
「バジル―ル少尉、部屋の空きはありますか? できれば他の皆とは離れた場所で」
「では、私が確認して案内します。行きましょう」
「お願いします。クライン嬢、そういうわけですのでお部屋の方にご案内します」
「まぁ、ありがとうございます。お願いしますわ」
タケル、ナタル、ラクスの3人が艦長室を出ていく。
後に残るのはぐったりと肩を落とすマリューと、気まずそうに頭をかくムウである。
「弱音を吐いたせいでタケルに気を遣われたようだぞ、艦長」
「文句はありませんよ。真っ当な判断でしたし」
「疲れてんねぇ……」
「フラガ大尉が艦長を変わってもらえたら元気になるかもしれません」
「そいつは勘弁。俺に艦のまとめ役なんか、できるわけないだろ」
「ですよねぇ……」
「まっ、少し甘えても良いんじゃねえか。今こうしてこの艦が無事でいられるのも、ここまでまとめてきたあんたのお陰だと思うし。休憩したって罰は当たらないと思うぜ、ラミアス艦長」
「ありがとうございます、フラガ大尉」
執務用の机に突っ伏して、だらける姿を見せるマリュー。
この姿を見ていてはいけないだろうと、ムウはひっそりと部屋を退出した。
後にムウがいる事も忘れ醜態を晒したことをマリューが後悔するのは、また別のお話。
さて、艦長室を離れラクスに宛がう部屋へと向かう事となったタケル・アマノとナタル・バジル―ルであるが、何故か艦内を疾走していた。
微重力空間なので正確には疾走とは呼べないが、とにかく疾走したいほど慌てている状況である。
それはなぜか。
「あぁああもう。問題起きないようにしようって考えてたのに早速これだよ!」
「無駄口を叩かないでください! 大体、何故目を離したのですか!」
「今回に限ってはバジル―ル少尉も同罪ですよ! 僕と艦内図を見てた間だったんですから!」
「そんな事はわかっています! 私自身にも非があるからこそ貴殿に何とかして欲しいと言っているのです!」
「んなめちゃくちゃな!?」
とにかくそういう事だ。
要約すると、タケルとナタルは空いた部屋を探して艦内図を見ていた数秒の間に、伴だっていたはずのラクス・クラインがいなくなっていたのである。
マリューに心労を掛けないように、問題を起こさないようにしようと考えた矢先のこれだ。
これで何か起こればタケルのプライドや羞恥心、その他諸々に大きく傷をつけるだろう。
そしてそれはナタルも同じ。自身が伴だって連れていた要人の娘を、自身の不注意で見失いあまつさえ問題が起きようものなら、軍人としての彼女のプライドに大きく傷がつく。
もはや人生最大の危機と言わんばかりの形相で、2人は艦内を疾走し、失踪したラクスを探していた。
「なんだって一緒よ! コーディネーターなんだから!!」
ふと大きな声。それも不穏な気配を纏う険悪な声音が聞こえてくる。
「バジル―ル少尉!」
「恐らく食堂だ!」
踵を返して、音の出所に当たりを付けた2人が食堂へと向かう。
「コーディネーターのくせに、馴れ馴れしくしないで!!」
食堂に付いた2人が目にしたのは、握手を求め手を差し出すラクスとそれを先の発言と共に拒絶したフレイ。
そして、その発言を聞いてショックを受けたであろう、顔を蒼白にしたキラの姿があった。
ギリギリ、直接的な問題は起こっていない。
ナタルは僅かに安堵し、対してタケルは自らが不注意を呪う。
キラにとって一番きつい言葉だった。
キラが必死にストライクに乗り、守ろうとしている友人達。その内の1人であるフレイ・アルスターが明確にコーディネーターという種を拒絶したのだ。
本人にその気はないのかもしれない。キラをも含んでの発言ではないだろう。
だが、そんな事は受け取る側の問題。
先の哨戒中にジンを撃破していたキラにとって。人を討った事を友人達との明確な線引きとしてしまっているキラにとって。
フレイの言葉は鋭いナイフの様に、キラと彼らの間を切り分けるものだった。
「兄様? これは一体」
「カガリ、丁度よかった。キラを僕達の部屋に連れて行って……あと、僕が戻るまで一緒にいてあげてくれる」
「あ、あぁ。わかったが……」
「少尉、ひとまず彼女を」
「わかっています。ラクス嬢!」
「あら、お二方もお食事ですか?」
「一緒に食事も魅力的ですけど今は一緒に付いてきて下さい」
「あらあらまぁ。私お腹が空いているのですが」
「すぐに食事はお持ちします。まずはお部屋に」
この期に及んで面倒なと、タケルは僅かに苛立ちを募らせ、ラクスの手を引いた。
「それでは少尉。行きましょう」
「あぁ」
「あら、あらあら」
まるで攫われるようにタケルに連れていかれるラクス。
フレイの発言によるショックも冷めやらぬまま、突風の如く消えていったタケルとナタルに一同沈黙した。
「キラ」
「えっ、あ、カガリ?」
「兄様がキラを私達の部屋に連れていけって……どうしたんだ、お前?」
「べ、別に。なんでも……」
見ればわずかにキラの目尻に涙が浮かんでいた。
騒ぎの仔細はわからないが、何か嫌な事があり、キラが悲しい思いをしたのがカガリには直ぐに見て取れた。
「よし、ほら行くぞキラ!」
「え、ちょっ、まっ!?」
少しだけ元気な声を意識してキラの手を引き、カガリも食堂を後にするのだった。
良いコンビに見えてきた気がする。そんなおはなし
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