難産でした。
必死に頭を捻っております。どうぞお楽しみくださいませ。
『コンディションイエロー発令、コンディションイエロー発令。艦内警備ステータスB1。以後部外者の乗艦を全面的に禁止します。全保安要員は直ちに配置について下さい』
ミネルバ艦内にメイリン・ホークのアナウンスが流れる。
あまりに唐突な事態に、一時艦内は騒然となった。
大西洋連邦と東アジア共和国を中心とした、地球連合が発信したプラントへの宣戦布告。
寝耳に水と言える程急激に変化した情勢に、平和の国で静かに過ごしていたクルーは誰もが驚きをみせる。
幸いな事に、休暇代わりのオーブ上陸も昨日までに皆が終えており艦内人員は全員乗艦していため、クルーを呼び戻す必要もない。
モルゲンレーテによるミネルバの修理と整備はまだ終わっていないが、航行自体は可能な状態だ。
指示さえあれば、いつでも動けるだろう。
張り詰めた空気が漂い始める中、パイロット組はブリーフィングルームに集まり、設置されたモニタで状況を見ていた。
「────こんな簡単に、開戦してしまうなんて」
震える声音でヤヨイが呟く。
映像に映るのは、プラントへと向かう月基地から発進した大艦隊である。
漆黒の宇宙を進んでいく大艦隊の姿を見れば嫌でも理解できる事だろう────プラントが今、攻め込まれていると言う事実を。
「大丈夫……よね? プラント」
「どうだろうな。余りにも急な侵攻だ。少なくともプラント防衛の準備は万全ではないだろう……楽観視できるとは思えない」
不安そうな声で呟いたルナマリアに、レイは静かに返した。
レイが言う様に、余りにも唐突な侵攻。予期していたか……予期できていたかはかなり怪しい。
どの道、地上にいる彼らにはできることはなく、ただこうして状況を眺めることしかできないのだ。
冷静に返したレイの言葉を聞いて、ルナマリアもヤヨイも。そして同じくモニターを眺めるシンも。
今この時に、何もできない無力さを感じて拳を握りしめる。
モニターに映る艦船の数は、数える事も叶わぬ程のものであった。
「────はぁ。本当に、やってくれる」
プラントへと向かう途上のシャトルの中で。
タケルもまた、この事態の報を聞いて大きくため息を吐いていた。
予想はしていた────少なくとも開戦の機運は地球圏で大きくなっていたのだから。
だが、動くのが早すぎた。
まだ被災地の救援救助とて始まっていないところもあると言うのに、この侵攻。
断言できる。これは予定調和の動きであると。
ユニウスセブンが動き出してから……下手すると、それより以前から。
彼等は、プラント侵攻を目論んでいたのだ。
だからこそ、アーモリーワンを襲撃し最新鋭機を強奪した。
明らかな敵対行動──大西洋連邦は1年半のわずかな平和を崩して、今この時に動き出したのだ。
地球連合の動きを受けて、プラントは臨時最高評議会を開いて対応を協議。
穏健といえるデュランダルは対話による解決を求めるものの、状況は間違いなく大至急での防衛体制が必要な程に逼迫している。
最高評議会の結論としては、やむなく迎撃態勢を整える事となり、国防委員会主導の下で地球軍に応ずる構えを見せた。
宇宙空母“ゴンドワナ”を旗艦としてザフト主力部隊もプラント近傍に配置され、ミゲル・アイマンやイザーク・ジュール等、ユニウスセブンの任に就いていた者達も招集される。
そうして集まるは、プラントが集められる全戦力と言っても過言ではないだろう。
背後に負うのはプラントなのだ。出し惜しみも何もない。
戦後以来、最も張り詰めた緊張感の中。
招集されたイザーク・ジュールはゴンドワナに収容されているボルテール艦内で辟易とした面持ちを見せていた。
「アーモリーワン、ユニウスセブン……そしてこれか。全くやってられんな」
「そう言うなよイザーク。攻めてくるってんならやるしかねえんだしよ」
副官であるディアッカも、イザークを窘める様な言葉ではあるが共にうんざりとした気配は隠しきれていなかった。
この状況、やはり面白くは無かった。
先の大戦を経て、戦争などもうごめんだと誰もが願う世界の中────こうも簡単に戦端を開かれたのだ。
その上きっかけは、パトリック・ザラが遺した思想に傾倒した愚かなテロリストによって。
戦端を開いてきた連合に。
また、ユニウスセブンを破壊しきれず、きっかけを与えてしまった自分達に。
イザーク達はやるせない思いを胸の内に燻らせていた。
「致し方あるまい────出撃準備に入る! ボルテールはゴンドワナの指示に従って動け、良いな!」
了解と応じてくる部隊の面々を確認しながら、イザークはディアッカと共に搭乗機へと向かった。
もはや戦いが起こるのは必定。
プラントを背にしたこの状況は、正に嘗てのヤキン・ドゥーエ攻防戦の焼き増しである。
嫌な予感が、イザークの脳裏をよぎっていた。
コズミック・イラ73年11月某日。
作戦名フォックストロット・ノベンバー。
L5宙域のプラント近傍にて、月基地より出撃した地球連合艦隊は、その数にものを言わせた大艦隊を展開。
戦後正式採用となったストライクダガーの後継機である量産機、ダガー部隊が次々と発進していきプラントを討つべく動き出した。
対するプラントの部隊も、新鋭のザクを筆頭に未だ現役のゲイツやジンも含めた全戦力を投入。
プラントを背にした背水の陣で、地球連合を迎え撃つ。
こうして、僅か1年半の短い平和は終わりを告げた。
先の大戦における終戦の地、プラント近傍にて再び戦火が巻き起こったのである。
十分な迎撃戦力を揃えたプラントが、その高い能力と技術で数を押し返していく中、地球軍は最新鋭の量産機ウィンダムに核ミサイルを搭載した核攻撃隊を投入。
主戦場となるエリアを迂回し、プラント直上からの核攻撃を図った。
ザフトは哨戒機によりこの攻撃を察知。
MS部隊では対応しきれない核攻撃に対して、新兵器“ニュートロン・スタンピーダー”を投入。
これはNジャマ―の様に核分裂の抑制作用をもたらすものでは無く、範囲内で核分裂を強制的に引き起こし暴走させるものであり、普及したNジャマ―キャンセラーによる核攻撃に対する新たな対応策として考案された新兵器である。
そうして、ナスカ級に取り付けられたこのスタンピーダーによって核ミサイル群を全て薙ぎ払い、プラントはかろうじて核攻撃を防ぐことに成功する。
虎の子の核攻撃隊を潰された地球軍は、艦体を撤収させ月基地へと帰還。
開かれた戦端は最悪の事態へと至ることはなく。また、さして長期化する事もなく一先ずの収束となった。
だがそれは、あくまで宇宙の────プラントに向けられた戦火の話である。
時を同じくして地上でもまた、地球連合は大きな動きを見せていた。
大西洋連邦が嘗てを彷彿とさせるように、太平洋を進み、オーブ首長国連邦へと向かっていたのだ。
「ザフト艦船の受け入れ及びプラントと共同する旨の声明を出したオーブ首長国連邦を、プラント支援国家とする、か────こちらもまた随分と強引な動きに出たものだな」
閣僚達が居並ぶ場の中で、カガリは鬱屈とした声を隠し切れずに呟いた。
想定通りの動きであった────あまりにも早すぎる点を除けばだ。
プラントの開戦とほぼ時を同じくして、オーブへの声明を出してきている。
やはり、予定調和の動きであった。
連合のプラント侵攻を聞き及んだ時点で、カガリはこの事態を想定し国防軍を既に集結させ迎撃態勢を取らせている。
この場で閣僚達と話をすり合わせ結論が出れば、即座に出撃し領海の侵犯をさせる事無く進軍中の大西洋連邦を叩けるだろう。
問題はそう────その決議がここで出せるかどうかだ。
居並ぶ閣僚たち。特に大西洋連邦寄りの文官連中には一様に不安が見てとれた。
中には怒りや侮蔑もあるだろう────そら見たことか。そんな気配だ。
それを表す様に、宰相のウナトが厳しい目で口を開いていく。
「代表。今からもでも遅くは有りません。ザフト艦を差し出し、条約への同意を示せば大西洋連邦も──」
「言ったはずだ。それは中立であるオーブが取る道ではない」
機先を制する様にカガリは切って捨てた。
今更そんな事をしたところで、それこそ侵攻が無くなるとも限らない。
大西洋連邦は既に戦力を伴って、オーブへと侵攻している。同時に、公表された明文の中にはプラントへの要求と同様、降るのならそれはもう全てを差し出せと言わんばかりの事が挙げ連ねられている。
嘗てと同じく、オーブが受け入れないであろう事がわかってるものだ。
「しかし、現実問題として我が国の扱いはプラント支援国家とされています。代表がおっしゃる中立の立場とて、このままでは揺らぎましょう」
「我等は人道的立場から、地球を救ってくれたミネルバを労い、受け入れただけだ。地球の危機に際して証拠探しに躍起になっていた大西洋連邦にとやかく言われる謂われは無い」
ウナトをはじめとした文官たちからの声が強くなりカガリに向けられるも、カガリはそれを気丈に返していく。
それは理でも利でもない。だが、人として正しき道であると説く言葉。
後ろ暗いことの一つや二つ抱える政治家としては不適当な、真っ直ぐで無垢な言い分だが、だからこそ支える者は彼女に習う。
武官の者達からは同意の意思が湧き立った。
しかし、侵攻に対しては毅然として立ち向かう姿勢をカガリは見せたが、文官の彼等が言う事も決して間違いではない。
彼等が言っている事は偏に“反戦”なのだ。
争わずに済むのであれば、それに越したことは無い。
戦争が齎すことは決して多くは無い。と言うよりも、本当を語るのであれば齎すこと等ないと言える。
人も、物も、無駄に消費するだけで何ら生産性の無い行いだ。
軍需産業を抱えてでもいない限り、これは絶対的な事実なのである。
そしてオーブは勿論、軍需産業など抱えてはいない────それは争いを生む事と同義なのだから。
故に、国の行く末を預かる身であるならば、原則的に戦争行為は回避しなければならない。
ましてやオーブは中立を掲げ、侵略行為の一切を禁じている。
戦争行為によって得られる唯一の利。敗戦国から齎される益すらも望めない。
カガリが執ろうとしている道は、オーブを疲弊させる道である。
だが──
「先の大戦と同じだ。今降ったところで、次はプラントを討つ為に駆り出されるだろう。相手が取って代わるだけだ。どちらを選んだとて、戦う事は変わらない────だが、この後は違う!
大西洋連邦に降ればプラントと戦い続ける道しかなくなる。が、ここで中立であることを示し大西洋連邦を退ければ、オーブの主権は脅かせない事を世界に示す事ができる。それは今後のオーブの立ち位置と安全を確保する事にも繋がるはずだ。
そして、それができるように、国防軍はこれまで準備をしてきている!」
先日と同様、強さを秘めた瞳が閣僚達を見据えた。
ただただ、中立として侵略行為に反目しているわけではない。
今後の事も踏まえた、必要な行為として────カガリは今回の防衛戦を考えている。
内外に示す、オーブの戦力。そして中立の立場。
世界で巻き起こる争いに介入することは無く、また争いを引き起こす事も無い。
理念云々ではなく争いを引き起こさない道として、オーブは中立の道をとっているのだ。
「皆に問う。
ここで大西洋連邦の圧力に屈し、奴らの飼い犬となってプラントと戦い続けるか。
行く道を定かにし、中立である事を示すために、今戦うか────ここで、それを決めよう」
文官武官に関係なく、その場にいた者達へとカガリは視線を巡らせた。
決断の時だった。
政治を握る者達がそれぞれ、己の意見を示して決議をとる。
武官の1人がすぐさま席を立ち、カガリの声に頷く姿勢を見せた。
1人が立ち上がれば続々と……武官の多くはカガリが執る道を選ぶ。
対称的に、文官の者達は全く動きを見せず、閣議場は二色で綺麗に別たれた。
カガリが言う事は分かる。
確かにここで中立を示し、大西洋連邦を退ける事ができるのなら、それは今後のオーブが脅かされない未来の礎となる事だろう。
それが確定的な事であるのならば、だ。
戦争に絶対はない。
どれだけ戦力が整っていようと、勝敗が覆ることはあり得る。
ここで反目してもしも退ける事ができなければ────オーブはプラント支援国家として侵略を受け、敗戦し、大西洋連邦の属国となり得る。
そんな事になるくらいであれば、同盟条約に同意し飼い犬となってでも主権のある一国家として残る方が賢明ではないか。
国の喪失というリスクを取るよりは────文官の皆が最低限の保証へと寄るのも無理はない。
タケル伝いに国防の全てを知り、更にはミネルバに乗り合わせた事でプラントの戦力事情すらも知り得ているカガリだからこそ、大西洋連邦の侵攻に脅威を感じてはいない。
しかし、文官からすれば小さな島国であるオーブと国家の集合体である大西洋連邦との戦力比較など、すること自体馬鹿らしい話だ。
足下を決める国力に、大きな違いがあるのだから。
カガリの訴えに簡単には頷けないのも致し方ない。
議場に、幾分かの沈黙が流れた。
やはり、ダメなのか?
カガリが俄かにそんな事を思い始めた時だった。
静寂を切り裂く様に、小さく乾いた音が鳴り響いた。
それは諸手を合わせて叩く音。
ぱちぱちぱち、と音を鳴らす拍手の音であった。
「素晴らしいよカガリ。
流石は僕の未来のお嫁さんだ……その気高い姿勢と強い意思に、僕は心底感服したよ!」
「──ユウナ」
席を立ち、どこか芝居掛かった声を挙げるのはユウナ・ロマ・セイラン。
予想外な男からの言葉に、カガリは僅か呆気にとられた。
それはウナトや他の文官等も同様。
この場において最もカガリに物申せるはずの男が、一早くこれまでの意見を翻しカガリに同調した事に驚きを隠しきれなかった。
「ユウナ、本気で言っているのか? 私はてっきり──」
「反対すると思った? ふふ……でもね、僕だって何もカガリを否定したくて反対してたわけじゃないんだよ。僕だって偏にオーブの為……今のカガリの言葉に、信ずるものがあったから、僕も賛同しただけさ」
気障に笑うユウナの顔に一瞬寒気を覚えるも、カガリは胸を埋める温かさに目を伏せた。
わかってもらえた。理解してもらえた。
彼とは立場と信念を異にしていたためぶつかり続けていたが、国の存亡を前にようやく同じ道を見据える事ができたのだと安堵した。
「ありがとう、ユウナ。わかってもらえて私は嬉──」
「だけど、それだけじゃ詰めが甘いね」
「何?」
一転する鋭い声音。
ユウナの目が細くなり、カガリを見据えた。
「ダメじゃないかカガリ。今決めるべきは大西洋連邦に対することだけではないだろう?
もう一つ、オーブには特大の爆弾が抱えられたままだ」
「爆弾? まさか──」
すぐに思い至るカガリを嘲笑う様に、ユウナの笑みが深まった。
「あのザフトの戦艦──あれの処遇もちゃんと決めないと」
「待てユウナ、それとこれとは話が──」
「中立の立場を貫くのに、プラントの戦艦を国内に置いておくわけにはいかないだろう? 大西洋連邦には中立と嘯いて、裏ではプラントと……なんて、2枚舌の外交でもする気なのかい? そんなのは、カガリが許しても未来の夫である僕が許さないよ。
しかるに、現時点を以てザフト艦ミネルバへの国外退去を打診するのが適当かと提案しますが」
「ユウナ! まだミネルバの修理は──」
「他国の戦艦を修理する! その様な施し、今カガリが取ろうとする道からは相反すると言っているんだよ。ご自分が執ろうとしている道を……良くご理解いただきたい」
僅かに苦渋の表情を浮かべながら、カガリは胸中で何も言い返せない事に歯噛みした。
確かにユウナの言う通りである。
今この時、中立である事を貫くために大西洋連邦へ否を叩きつけるのであれば。少なくとも国内にミネルバを置いておく事は見事な違反だろう。
人道的観点などと子供の理屈を振り翳そうが、オーブがザフト艦のミネルバに施しを与える必要はないのだから。
勝手にカガリが地球を救ってくれた恩義の元、地球の代表として迎え入れただけなのである。
「カガリ、反論は聞かないよ。自らが執る道を覆すって言うなら話は別だけど」
執ると言った道を覆す。それこそできるわけがない。
カガリは静かに首を横に振った。
何かを抑えつけるように拳を握り震わせ、それでも静かな声を閣議上に響かせる。
「わかっている、決議を取ろう。
ザフト艦ミネルバに対して、即時の国外退去を命ずる────皆、これに異論は無いか?」
カガリの声に、意見は一色に染まった。
即ち、異議無し。
カガリが選ぶ道を信じる武官達も、大西洋連邦寄りである文官達からも否の声は挙がらずの満場一致であった。
「どうやら、無さそうだね」
「あぁ、決議は出た────国防軍に通達。ミネルバへの国外退去を即時で打診する様に。作業中のモルゲンレーテにもすぐに作業の中止と撤退を要請しろ。
防衛戦の事もあるから私は一度国防本部に入る。ウナト・エマ、こっちは任せる」
「わかりました。お気を付けを」
ウナトの返しに無言で頷くと、カガリは閣議場を後にした。
胸の内に抱えた嫌な気持ちを拭いきれないまま。
1時間後には、国防軍からミネルバへと国外退去の指示が通達された。
「あ〜〜もう、最っ低!! 何でこんな時に攻めてくるのよ!!」
憎々しげに叫ぶ声。その主であるフレイ・アルスターは、抑えきれぬ怒りを発散する様に窓から覗きみえる海────水平線の先を見つめた。
ここはマルキオと子供達、そしてキラやラクスが住む海岸沿いのアスハ家別荘である。
オーブへと到着したサイとフレイの2人は、まずサイの両親を訪ね近況報告をして過ごし、その後に旧友との再会を求めてキラの元へとやってきていた。
連絡を受けてカズイも一緒である。残念ながらミリアリアについては、現在国内に居ないとの事だ。
そしてフレイが何故こんなにも怒り心頭なのかと言えば無論、大西洋連邦が戦端を開いた事で、あの忌まわしき戦争の火が世界に再び巻き起ころうとしているからだろう。
次いでに、オーブ侵攻の報でしばらくユーラシア連邦へと帰る事もできなくなったのもあるだろう。
「フレイ、気持ちはわかるけど、あんまり大きい声出すなって。ここ、ちっちゃい子も居るんだから」
「あ、そうだったわね…………ごめんなさい、キラ」
「いや、別に僕は……てか、随分雰囲気変わったね、2人とも。
フレイはなんか、ナタルさんみたいにしっかりした感じだし、サイもサイで何だか護衛が板についてきたって言うか体つきも少し変わって」
「だよね。俺もちょっと見違えたなって思ったよ」
リビングのテーブルを挟んで、向き合うキラとカズイの言葉に、2人は照れくさそうにはにかんだ。
「まぁね。私はアークエンジェル降りてからもバジルール少佐と一緒だったから……なんて言うか、目標? 仕事のできる女のお手本って感じで意識してるところはあるもの」
「俺も、散々アマノさんに鍛えられたしな。流石はオーブの軍門の名家……‥半端じゃなかったよ。
おかげさまで、フレイの護衛としてミュラー事務次官に重用してもらえたわけだし」
「この間の声明発表……とても良かったよ。僕達もオーブで見てたけど、何だかフレイとサイが遠くの世界にいっちゃったって気がしたね」
「そりゃそうだよキラ。実際にフレイは偉くなってるわけだし、サイはその護衛なんだから」
「あ、そっか」
「ちょっ、ちょっとやめてよ2人とも。そんな事言ったら、カガリなんてオーブの代表じゃない」
「そんなカガリと比べなくても……大体、カガリの場合人が居ないって理由も大きいし」
「はは、フレイの口癖なんだ。早くあの子と対等の立場で仕事したいって」
「サ、サイ!? それはバラしちゃダメだって言ったじゃ無い!」
「本人にはバラして無いだろ?」
「それは、そうだけど…………l
恥ずかしげな表情を見せてそっぽを向くフレイ。そうして、4人は一様に小さく笑い合った。
久しぶりに訪れた、旧友達とのひと時は、嘗てを思い出させ否応なく心が温まった。
平和だった時を。平和だった世界を過ごしていた時と同じ気持ちになれた。
「あっ、そうだ。フレイが来るって事で、ちょっと僕からお願いがあったんだけど……良いかな?」
談笑もそこそこに、キラは唐突にフレイへと切り出した。
それが少しだけ声音の変わった、真剣さを湛えた声であり、フレイは居住まいを正す。
「キラから、お願い? 何よ一体。言っとくけど私一応休暇中なんだからね。大変な事だったら怒るわよ」
「う〜ん、大変かはフレイ次第……かも?」
「え? それっとどう言う──」
「ラクス、入って来て」
フレイが疑問を呈する前に、部屋には彼女が入って来た。
ラクス・クライン────嘗てアークエンジェル艦内で、フレイが差し出された手を拒絶した相手であった。
その姿に僅か、フレイは目を見開き、サイはキラの意図を読みきれず訝しむ。
「キラ……彼女は」
「ラクス・クラインですわ。お久しぶりです、サイさん、フレイさん」
「今は、僕の大切な人…………2人とも、覚えてはいるよね?」
「それは、もちろん……覚えているけど……」
決して良い出会いでも、良い思い出でも無かっただろう。
それは無論、両者にとって。
この場で敢えて、昔の嫌な記憶を思い出させる様なキラの所業がサイには理解できず、フレイの様子を伺うことしかできなかった。
「フレイ、その……当てつける様な紹介しちゃってごめんね。
でも、そんなつもりじゃなくて、ラクスは改めて──」
「キラ、そこから先は私から」
言い募ろうとするキラを手で制して、ラクスはフレイへと向き直った。
華奢で可憐で。成長した彼女は、同性のフレイから見ても女の子の理想の様な出立ちに見えて、フレイは僅か、呑まれる。
「フレイ・アルスターさん────カガリさんと同じ様に、私とも改めてお友達になっていただけませんか?」
「へ?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
嘗ての自分の行いに、いったい何を言われるのだろうかと身構えていたところで、予想外に過ぎる言葉。
嘗てと同じく、全く悪意もなく差し出される右手に。既視感が嘗ての記憶を呼び起こし、フレイのあの日を思い出させた。
“コーディネーターの癖に、馴れ馴れしくしないで! ”
まだ何も知らない愚かな自分が言い放った、忌むべき思想に染まっていた時の言葉だ。
そうしてあの日、フレイはラクスの手を拒絶した。
そんな自分に、目の前の女性は今一度手を差し伸べてくれると言うのか。機会をくれると言うのか。
差し出された右手に疑心が湧き起こるフレイであったが、顔を上げれば嘗てと変わらずまるで何も考えてないかのようにニコニコとしている彼女が居た。
フレイが気にしている様な────些細なことを気にする小さな女ではないと言われてる気がして、フレイは惑いと疑心が一気に引いた。
代わりに浮かぶわずかな対抗心。
そっちがそうなら自分だってと、湧き上がった気持ちがフレイにラクスの手を躊躇なく取らせた。
「ありがとう、ラクス・クライン────そしてごめんなさい。あの日貴女の手を拒絶してしまって。
慎んで、貴女の申し出を受けさせてもらうわ」
「まぁ、ありがとうございますわ」
フレイの答えに、本当に裏表のない笑顔を見せるラクス。
対するフレイは、その表情に毒気を抜かれながらも、一矢報いようと切り込んでいく。
「と言うわけで早速! 敬語は無しにしましょ、ラクス」
「まぁ、いきなりでよろしいのですか?」
「カガリと私なんて最初はお互いに険悪な言い合いしかしてなかったもの。それに比べたら、ラクスの話し方はむず痒くなりそう……それに、私一応年下だから、気を遣った話し方はやめてちょうだい」
「で、では、フレイ…………さん」
意を決したように。だが決しきれてないラクスの言葉に、見守っていたキラ達は小さく笑い、当のフレイはやや呆れた顔を見せた。
「はぁ、箱入りすぎるお嬢様も大概ね。友達との接し方すら変えられないなんて……」
「ど、努力しますわ」
「別に無理しろとまでは言わないわよ。でも、私は友達となったからには遠慮しないからね」
「えぇ、それはもちろん……是非とも」
「へぇ、言ったわね。それじゃ、休暇も長引きそうだし買い物でも行きましょう。友達同士の過ごし方、教えてあげるわ。サイ、車出して」
「えっ、いや流石にそんな急な話は彼女の予定も……」
「良いのよ、どうせカガリが来るまで待ってる予定だったんでしょ? んで、それまで何もすることないんだから親睦を深めるにはちょうど良いわ」
「はは、変わったと思ったけど、やっぱりこう言うところはフレイらしいね」
「何よキラそれ、どう言う意味?」
「い、いや、変な意味じゃないって!」
嘘おっしゃいと、フレイがキラへと詰め寄り、キラが慌てて宥める。
ラクスはそれを小さく笑いながら見つめていた。
戦争を経て、普段のキラはどこか落ち着いて達観しているような、大人びた気配を纏うようになった。
何と言うか、常に一歩引いたような目線となり、落ち着いた感じだ。
あんな風に、キラ“らしい”姿を見せるのは、ラクスにカガリ、タケルやアスランと過ごしている時くらいである。
だが、フレイと相対しているキラは、そのらしさを見せているのだ。
これだけで彼にとって、十二分に親しい間柄なのだとわかる。
そんな彼女との、友人としての繋がり────ラクスは運命的なものを感じ、そしてきっとこれは自分にとっても良い間柄になれるのだと察した。
「ふふ……これからが楽しみですわね」
小さく呟かれた声は、喧騒の中に溶けていった。
政治の話はもうね、作者には弁慶の泣き所。
全然かけませんでした。
ユウナについて少し補足。
原作よりちょっとブーストかかってます。
何故かといえば、カガリが優秀になっているが故にですね。
簡単に手籠にできないからユウナも成長せざるを得なかったわけです。
その上で結婚するには厄介な主人公も居ましたので。
原作通りの情けない無能ではなくなっております。
それでは。
お楽しみいただければ幸いです。
感想どうぞよろしくお願いします。