機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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話進まないけど大事な話


幕間 過去からの楔

 

 

 プラントと地球連合の開戦が収束してから翌日。

 

 予定していた航路と時刻を大きく外れ、タケル・アマノが乗るシャトルはプラントへと到着した。

 

 本来の予定時刻では正に開戦の只中で到着となる予定であった為、一度L4宙域へと迂回。アーモリーワンで補給を受けてからプラントへと向かう事となったのだ。

 

「信じられない……」

「核攻撃か、また」

「こんな事が許されて……」

 

 だが、そうして辿り着いたプラントは、先の開戦の翌日という事もあり喧騒の嵐であった。

 人が行き交い、声が飛び交い、纏う雰囲気は恐慌と言えるものが含まれる。

 港となるプラント中央部でそんな様を目にしたタケルは、驚きながらも僅かに納得して、同時にため息を漏らした。

 

「(そりゃそうだよね……いきなり宣戦布告と思いきや開幕から核攻撃なんて。問答無用で滅ぼされかけたようなものだ。

 結局ユニウス条約何て言うのは何の抑止にもならなかったってわけだし。条約締結に際して苦渋を呑んだプラント側からすればたまったもんじゃないか)」

 

 自国を守る防衛戦力。

 その保有数を決める要素として、人口を大きなファクターとしたユニウス条約は間違いなくプラントに対して不利な取り決めとなった。

 故に、それに対抗するべく高い技術力を生かした最新鋭機の開発にプラントは躍起になってたわけなのだが。

 

 その結果が、条約破棄と言わんばかりの核攻撃である。

 プラント市民が憤るのは当然と言えた。

 

「(でも……発端はテロリストの仕業とは言え、パトリック・ザラが遺した遺志によるユニウスセブン落下だ。こっちもまたどれだけ詭弁を重ねようが“プラントによるもの”。連合側も言い分としては正しい。

 地球だって、滅亡寸前だったんだから……プラントを危険な敵性国家と捉えるには十分ではある)」

 

 ユニウスセブンの落下を、地球への攻撃と捉えるなら……此度の核攻撃とておかしくはないだろう。

 プラントの消滅と同じ規模での、人災が起こされたのだから。

 勿論そこに、プラントの国家としての意志は介在していないが、人災であった以上その責任はどうあがいてもプラント側について回る。

 テロリストの所業であろうとも、偏に民心をまとめあげられなかったプラントのせいなのである。

 

 とどのつまり、どちらもが正しい正義を振りかざしていると言える。

 

「とは言っても、テロリストの所業をきっかけに開戦となるとはね…………遣る瀬無いよホント」

 

 ようやくだった。

 血で血を洗う、正に終末戦争と言えるだけの滅し合いを重ねた上で。ようやく辿り着いた平和だったと言うのに。

 何故世界はこうも簡単に戦争へと至ってしまうのか。

 カガリと共に平和な世界を望んで必死に生きて来たと言うのに。

 何故世界はこうも思い通りにいかないのか。

 

 タケルは僅か、こんなはずではなかった世界が憎らしく思えた。

 

「嘆いていても仕方ない、か。一先ずミゲルを────痛っ!?」

 

 不意に背後から襲いくる衝撃。肩に回される無骨な感触。

 次いで、横合いから聞こえる声に、タケルは先程までの鬱屈とした気分を軽く払拭した。

 

「手荒い挨拶だなぁミゲル……僕はもう少し優しい再会を望むよ?」

「よぉ、こうして会うのは久々だなぁタケル。俺とお前はダチって言うか半分くらい悪友ってやつだろ? こんなもんだって」

 

 久方ぶりに会う友の姿に、タケルは静かに口元を緩めた。

 

「ようこそタケル────プラントへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────以上が、貴艦への猶予となる。

 こんな事になって本当に申し訳ないとは思うが、どうか理解してもらいたい」

 

 静かに、カガリ・ユラ・アスハは通信モニター越しではあるが頭を下げた。

 ミネルバの艦長室でカガリの真摯な言葉を受けるのは無論、艦長のタリア・グラディスである。

 

 

 プラントと連合の開戦。

 そして、オーブへの大西洋連邦からの侵攻。

 中立を貫くべく、オーブが採択した答え。

 

 それらの報告を交えながら、カガリは決定事項となったミネルバの即時国外退去を改めてタリアへと伝えていた。

 

「顔をお上げください、代表。小官はたかが一軍人です。

 国家の代表ともあろう御人が、私などに軽々しく頭を下げてはいけません」

「そうは言われてもな。地球を救ってくれたミネルバにこのような仕打ち…………私の力が至らない故だ」

 

 そうして、目を伏せるカガリ。

 言葉の節々で感じられた事だが、やはりカガリ自身は納得した答えではないのだろうとタリアは感じ入った。

 表情、声音、その他様々から申し訳ないと言う気持ちが伝わってくる。

 反対はせども抑えきれなかった────そう言う事なのだろう。

 胸中の苦渋が目に見えるようである。

 

「ふふ……難儀な御人ですね。

 他国の戦艦である我々を歓待していただき、整備や補給、更にはクルーへの上陸許可。

 代表が仰った御礼というのであれば、もう十分我々は受け取っております。これ以上はむしろこちらが居た堪れません」

「そう言ってもらえるのなら、気も軽くはなるが……」

 

 少しの沈黙が流れた。

 カガリは弁解の余地もないと閉口し、タリアもまたこれ以上は何と言って良いかわからず。

 どうにも落ち着かぬ時間が流れる。

 

「そ、そうだ。聞き及んでるかもしれないが先の連合の侵攻。プラントは無事防衛に成功したとの事だ────プラントへの被害はゼロとの確定情報が入ってきてる」

「そうですか……それは本当に、良かったですわ」

 

 プラント所属のミネルバとはいえ、現在は遠く離れたオーブに滞在する身。

 情報はそれなりに入ってきていたが、自軍の基地にいるわけでもないミネルバでは正確な情報はなかなか掴めない状態にあった。

 カガリからの確定情報に、タリアは心底安堵したように肩を落とす。

 

「クルーの皆にも不安が付き纏っている事だろう。早く伝えてあげてくれ」

「お心遣い、大変痛み入ります。代表も大変な立場だというのに、本当にありがとうございます」

「良いんだ、これくらいは──ミネルバには感謝してもし足りないくらいなんだから。

 それでは、先に伝えた通りの予定で国外への退去を頼む。カーペンタリアまでの道中は気が抜けないとは思うが、武運を祈っているよ」

「ありがとうございます、アスハ代表」

 

 ではな──そう言って通信が切られ、タリアはまた一つ肩を落としながらため息を吐いた。

 やはり一国家の代表を相手にするとなれば緊張はする。

 伝えられた確定情報に、知らず燻っていた不安が取り除かれたのもあるだろうが、とにかく疲れと共にため息は漏れ出た。

 

「それにしても────年若い代表でありながら、世界に平和を夢見る姿勢はどの政治家より顕著ね。流石はオーブの獅子の娘と言うところかしら」

 

 タリアは静かにごちる。

 

 嘗て代表であった父、ウズミの姿勢はあくまで中立で静観。

 中立として、争いを起こすことはない──だが、介入もしない。

 それは今も続くオーブの理念ではある。

 

 しかし、カガリから感じる姿勢は少し異なって見えた。

 

 代表としてオーブを大事にしているのは間違いがない。

 だが同時に、プラントも地球連合も……もっと言うなら世界をよく気にしている。

 そこに見え隠れするのは、オーブだけでなく、世界に争いが起こる事を恐れる忌避感。

 世界が平和である事を望んでいるような────そんなきらいがあった。

 

 もちろん普通の感性であれば、誰も世界に戦争が起こる事を望みはしないだろう。

 誰もが平和な暮らしを望む事が普通であろう。

 だが誰もが望むそれは大概、自らが何かをするわけではないただの願い。言うなれば子供の空想と同じレベルでしかない。

 彼女のそれとは異なる。

 

 彼女は実を以て、世界が平和になる事を望み生きている。

 己にできる事で、己に執れる道で────少しでも世界が平和であることを願っている。

 

 中立であることを貫くことも、それが世界を二分せず嘗ての様な大戦へと繋げないようにするための抵抗であるのだ。

 

「オーブがそう在りたいという事と同時に、世界がそうあって欲しいという願望でもあるという事かしらね」

 

 戦争への忌避感。それが殊更強い事が良くわかった。

 それが恐らく、彼女が経験して得た結果の願いなのだとも。

 

 先の大戦において、オーブが失ったものは余りにも大きい。

 謂れのない理由から始まった大西洋連邦の侵攻。

 その結果は知っての通り、大西洋連邦に奪われる形で実質的な国の喪失となった。

 連合とプラントの対立から始まった大戦において、オーブは外面的には部外者の立ち位置である。

 勿論、裏ではヘリオポリスでの新型機の開発など、全く無関係という訳ではなかっただろう。

 だがそれでも、先の大戦において国家の喪失という最も大きな被害を被ったのは、対立とは無関係なオーブであった。

 本来撃ち合っていた連合とプラントは、皮肉なことに核攻撃もジェネシスも互いの国を焼くことは無く。ギリギリのところで、決定的な被害自体は回避されている。

 

 つまるところ彼女は、絶対的に大戦の繰り返しを恐れているのだろう。

 世界でそれが起これば、中立のオーブとて無関係ではいられない────父を失い、愛する国を失い、その実例を目の当たりにしたのだ。

 

 

「大人としては少し……心苦しいわね。まだ年若い姫君に世界の平和を背負わせるようなこの状況は」

 

 誰もが本来望むはずの平和。

 それを汚い大人達が作り上げてきた世界の中で、必死に手繰り寄せようとしているのだ。

 こんなことを言ってはあれだが、無謀だ。人も世界も、そんなに簡単ではない。

 それでも彼女は、それを愚直に求めざるを得ないのだろう。

 二度と失いたくないのだから。

 

「願わくば、今度こそオーブが何者にも脅かされぬ事を……」

 

 多く受けた施しの御礼替わりとして、タリアは静かに願いを込めた。

 まだまだ幼い理想を掲げる年若い代表に。

 

 少しでも明るい未来が訪れる事を願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 港でミゲルと再会したタケルは、彼が運転する車に乗りプラント市街を抜け、1つの居宅へと到着していた。

 

「ほいよ、いらっしゃいませってな」

「お、お邪魔します」

「適当に座ってくれよ。今茶を出すからよ」

「う、うん、ありがとう」

 

 ミゲル・アイマン宅へと迎え入れられたタケルは、やや緊張気味に返す。

 友人と呼べる友人は数少なく、ましてやこうして友人の家へと招かれるのはタケルの人生で初である。

 ボッチなどと不名誉称号を持つわけではないが、彼の交友関係はそのほとんどが仕事上での付き合いを占めているのだ。

 初めてのことに気を張るのは当然とも言える。

 そうして見回した部屋は、多少の生活感は見られるが、落ち着いた部屋であった。

 

「あれ、ミゲルは1人暮らしだっけ? ご家族が居るんじゃ……」

 

 ミゲルからは母親と弟がいると聞き及んでいたため、実はオーブからお土産も持参していたタケル。

 だが上がって見れば明らかにミゲル1人の生活感しか感じられない気配に、小首を傾げた。

 

「あぁ、お袋と弟はこっちには居ねえよ。特務隊入りしてからは忙しくてな。呼ばれて直ぐ動けるようにって、国防委員会が在るこのプラントに家を用意してもらった」

「はぁ~、特務隊ともなるとそんな事情が付いて回るんだね」

「まぁな……戦後もあちこち飛び回ってたからよ。お陰で休み何てマジで無ぇ」

「僕もまぁ、休み何て殆ど取らないけど、ぶっちゃけ僕は趣味が仕事みたいなものだからなぁ……」

「羨ましいぜ全く。おまけにお前は、家に帰れば美人の嫁さんが待ってるんだもんな」

「それだけは僕も胸を張って自慢しちゃうね。この間もアーモリーワンへの出張で長い事会えなかったものだから2人でタガが外れちゃって、帰ったその日に──」

「やめろバカタケル! てめぇ、わざわざヒトん家まで来て独り身の俺にそういう話をすんじゃねえよ! 嫌味かコラ」

「あ、ごめん。そんなつもりじゃ……ただ、ナタルの可愛さをミゲルにも知ってもらおうかと──」

「それが嫌味だってんだよ!」

「そんな、ナタルの可愛さを知るのは、僕の悪友たるミゲルの義務じゃないか」

「真面目な顔でバカ言ってんじゃねえ!」

 

 言って、ミゲルは怒りの手刀をタケルの脳天へと落としてやった。

 どうにも目の前の少年らしさが消えない青年は、身内の事となるとバカになる。

 普段は聡い癖に、今自分が発している言葉がどれだけ鋭利なナイフとなって、ミゲル・アイマンに突き刺さっているのかを理解して居ない。

 

「ていうかさ、ルナマリアから聞いたんだけどミゲルって全然浮ついた話聞かないらしいじゃない? 

 僕のイメージだと随分遊んでそうなのに、何でさ?」

 

 決して顔が悪いわけでもないだろう。

 彼の活躍を鑑みればルナマリアが言うように彼の人気が高いのは頷ける話。

 至極当然な疑問が、タケルの口をついて飛び出した。

 対するミゲルはこれ見よがしに大きなため息を吐いてみせる。

 

「あのなぁ……お前考えても見ろよ。クルーゼ隊に居た時の俺はお前達を追いかける形で世界を飛び回ってて、プラントに戻ってからは新型機のパイロットに任命されてまた最前線への引っ張りだこ。んでもって戦後は特務隊入りであちこちの任地に監督役として飛ばされてんだぜ。

 どこにそんな浮ついた話を捻りだせる余裕があんだよ?」

「うわぁ……なんてブラックな職場。エリートの証のザフトレッドはザフトブラックに変えた方が良いんじゃない?」

「言うな。つまり、俺にそんな余裕は無かったんだよ。誰が望んでこんな状態を受け入れるかってんだ」

「でも──ヤヨイ・キサラギは受け入れてあげたんだよね?」

「んあ? ヤヨイだって?」

 

 タケルの気配が、先程から打って変わって引き締まったものに変化したことを、ミゲルは如実に感じ取った。

 ここから先はバカを言わない。そんな言外の意思表明を見て取ったミゲルは、疑問符を浮かべながらも用意した飲み物を卓において、タケルへと向き合った。

 

「そういや聞いてなかったな。こんな情勢で、お前がプラントに来た理由。なんとなくで再会を喜んじまっていたが、一体何用だ?」

「今ミゲルに聞いた、ヤヨイ・キサラギの事でね……彼女の事を調べに来たんだ」

「どういうことだ? つーか、お前アイツの事何か知ってるのかよ?」

 

 小さく息を呑むタケル。

 知っているか、と問われれば否と答えるだろう。

 タケルが知るのはあくまでサヤ・アマノ。今生きているヤヨイ・キサラギではない。

 彼女については、その殆どをタケルはまだ知らなかった。

 故に、それを聞くため彼を訪ねて来たのだ。

 

「ミゲル、先に僕に確認をさせて欲しい。

 ヤヨイ・キサラギは君がヤキン・ドゥーエの戦場で拾った記憶喪失の少女……これに間違いはないね?」

「あ、あぁ。その通りだ」

 

 タケルの真剣な面持ちに気圧されたミゲルは、どこか落ち着かない声で肯定し、その仔細を語った。

 

「あの日、あの連合のクソ女にボロクソにやられて動けないでいた所へ、俺の機体の方にコクピットブロックだけ流れて来たんだ。

 通信を飛ばしてもうんともすんとも言わなかったが、中に生存者がいたとなれば事だと思って、こじ開けてな。そしたらあいつがボロボロの状態でシートに座っていた。意識も無く、怪我もひどかったがまだ息はあったんで急いで救助要請を掛けてプラントへ運び入れてもらったんだ。

 んで、後々になってあいつが運ばれた病院を訪ねてみれば、記憶喪失で自分が誰なのかもわからなくなってたときたもんだ。

 丁度その時に特務隊への配属も決まってこの家に入居する予定だったから、身元も何も不明で行く当てもないアイツをとりあえず引き取ってやった。

 何つーか、戦場でああして死にかけの奴を拾ったのは二度目だったしな。これもまた何かの縁だと思ったわけだ」

「それは本当に……数奇な運命だと僕も思うよ」

 

 嘗ては自分も、死にかけの状態で彼に見つけられ命を救われた身。

 それが大きなきっかけとなり、彼とはこうして縁深い友と成れた。

 そして今また、タケルにとって最も大切な家族が彼によって命を救われていたのである。

 数奇な運命に感慨深く……タケルは自然とミゲルへ頭を下げた。

 

「ミゲル……本当に、ありがとう」

「あ、何だってんだいきなり?」

 

 涙すら浮べて感謝の言葉を述べるタケルに、ミゲルは面食らった。

 

「ミゲル、今度は僕から説明するよ。

 ヤヨイ・キサラギ……記憶を失った彼女の本当の名前はサヤ・アマノ。ヤキン・ドゥーエで僕の身代わりに戦死した、僕の大切な妹だ」

 

 述べられた事実に、ミゲルは再び面食らい、驚愕に目を見開いた。

 それはあまりにも唐突で、そしてあまりにも数奇な繋がりであった。

 

「ま、マジなのか?」

「うん。僕がサヤを見間違えるはずもないし、あの子とはミネルバで再会したわけなんだけど、僕と会って少しだけ記憶の面影も過ったみたいだから」

「ま、マジなのか……」

 

 返す言葉が見当たらないと言うように、ミゲルは繰り返した。

 本当にまさか、と言ったところだ。

 戦場で拾った奴が、まさか友人の妹だと誰が思い至るだろうか。

 世界がそんなせまい等と、普通なら思うまい。

 兄妹らしく……それこそタケルとユリスの様に似通った点があるのならまだしも、遺伝子上は完全に他人であるタケルとヤヨイに、兄妹としての繋がりがある等と、気が付けるはずもない。

 総じてミゲルが責任を感じる必要はないわけだが、彼女を引き取っていた手前、ミゲルには少々の罪悪感が過る。

 

「わ、悪い……お前からカガリ・ユラ・アスハの事は聞いていたからまさかもう一人妹がいたとは思わなんだ」

「そんな、気にしないでよ。むしろミゲルのお陰で僕もサヤも命を救われた……だから、本当に感謝こそすれ文句を言うなんて筋違いだ。今こうして僕が生きていられるのも、あの子が生きていたのも、君のお陰なんだから」

 

 再び下げられる頭に、ミゲルは小さく息を吐いた。

 真摯な感謝の姿勢だった。それだけで、この目の前の友にとってどれだけ彼女が大切な存在だったかが痛い程わかる。

 

「まぁ、なんにせよ良かったぜ。お前の妹だったってんなら、俺も助けた甲斐があるってもんだしな」

「うん、本当にありがとう」

「つっても、そんな確認の為だけにこの情勢下で態々プラントに来たわけでもないんだろ? 確かにお前にとっては重要な話ではあるだろうが、それにしたってそんな確認だけならコロニー経由での通信でも──」

「うん。勿論、本題はここからだ」

 

 再び漂う、張りつめた気配。

 良かった良かった、で終わるような話だけが目的ではなく、単身プラントにやって来る理由をやはり抱えてきたのだとミゲルは察した。

 

「ミゲル、あの子を見つけた時の事を教えて欲しいんだ。

 サヤ・アマノは僕と同じく国防軍の所属。階級は曹長で認識票も持っていた筈。なのに、プラントに運ばれたあの子は身元不明で君に引き取られたんだよね?」

「あぁ、そうだな……見つけたその時は止血なりなんなりで必死こいてたから。認識票なんて気にも止めていなかった、悪い。なんせコクピットもアイツもボロボロだった。身元を確認する余裕は無かったもんでよ。

 半壊したコクピットブロックが流れて来て、こじ開ければ血で染まったパイロットスーツだ。ぶっちゃけ今でもよく生きてたと思う所だぜ。

 それで後になってから病院に行った時には、もう身元不明扱いだったな……」

「DNA情報とかは調べられなかったの?」

「一応プラント市民のデータベースとは照会されてるぜ。ただ、あの宙域にはそれこそ地球軍だってわんさかいたわけだし、該当するデータが無くても何ら不思議じゃないだろう? 当たりが無けりゃザフトじゃねえって話で終わりだ」

 

 それは確かにそうだろう。

 タケルは納得を覚え小さく頷いた。

 プラント市民のデータに掛からなければ必然それは他国の人間。

 それで本人が記憶を失っているとなれば、正にどこの誰かもわからない。

 

 彼女が何者なのかを追う術は、一見すると無いように見える。

 

「でもそれならさ、あの子がプラントの人間ではなく、またナチュラルだって言う事もわかってるよね。それでどうやってあの子はザフトに?」

 

 原則として、ザフトはプラント市民であるコーディネーターが志願して入隊する組織だ。

 記憶を失ったとは言え、他国の人間である事が判明しており、更にはナチュラルであるはずの彼女が、どうしてザフトへと入隊できるのか。

 タケルの疑問は続いた。

 

「そこはあいつの実力って部分もあるだろうが……まぁ、1つには当時就任したデュランダル議長の口添えがあったらしい」

「えっ、議長の?」

 

 ここにきてデュランダルの存在がチラつき、タケルの警戒度は引き上がる。

 

「あー、別にヤヨイに対して議長がどうこう言ったとか特別対応したって話じゃねえよ。

 ただデュランダル議長は、先の大戦で寝返ったディアッカの復隊の件とか、パナマでの虐殺の当事者とか……大戦中の過ちに対する罰とか、とにかく融通がきくと言うか寛容な御人でな。

 今後の未来を担う若者たちに、大人達が始めた争いの業を背負わせるのかってよ。ホント、出来た御人だよ、議長は。

 そんな事があって、ナチュラルとかコーディネーターとか、プラント市民ではないとか言う前に、ヤヨイの入隊の件は本人の意志を尊重するって話が通ったんだ」

「本人の意志……って事はやっぱりあの子は進んでザフトに?」

「まぁな……俺は別に良いって言ったんだが、世話になりっぱなしで何も返せないままでは気が済まない。せめて記憶が戻るその時までは、俺への恩返しにザフトで働くってさ」

「それはなんとまぁ、らしいと言えばらしいけど……」

 

 記憶にあるサヤ・アマノも、借りを作る事を善しとしない人間であった。

 タケル限定ではあるが超絶世話焼きであったし、タケル以外の人間に対しても、何かをしてもらう事には忌避感が強く、何でも自分でこなしてしまう質であった。

 やはり、彼女は記憶を失ってもサヤ・アマノなのだと、タケルは少しばかり嬉しくなる。

 

「とはいっても、恩返しなら僕がするから素直に戻ってきて欲しいんだけどな」

「俺もさ、ザフトで働くことがどう恩返しになるんだって言ってやったんだよ。そしたらアイツなんて言ったと思う?」

「私がミゲルの分も戦ってやる、とか?」

「流石兄貴だな、良い線言ってるぜ。

 アイツ、さっさと活躍して特務隊に入って俺の任務を肩代わりしてやるって言いやがってよ。代わりに俺を本国勤務に送り返してやるんだそうだ。

 全く、このミゲル・アイマンともあろう者が15かそこらのガキに嘗められたもんだぜ」

「あ、あはは……それは何というか、ゴメン」

 

 きっとそれは、記憶を失って尚彼女の中で息づいているアマノの教育の賜物だろう。

 彼女がザフトにおいても優秀な軍人で在り、それ故からくる自信。誰を相手取っても揺るぎの無い自尊心は、健在である様だ。

 

「はぁ……それにしてもやっぱり自ら進んで、かぁ」

「結局の所、何が気になってるんだお前は?」

 

 いまいち、ここまでの話からタケルの真意が読めないミゲルが問いかける。

 タケルはそれに逡巡。少しの間を置くと、おずおずと語りだした。

 

「う~ん、ミゲルにだから言うけどさ。

 正直、僕はデュランダル議長をかなり怪しんでいる」

「議長を? さっきも言ったが、かなり出来た人だぜ?」

「うん。それは分かってるよ。

 穏健派で、世界に対しての姿勢もカガリと同じ様に波風立てないようにと慎重に立ち回っている。僕から見ても、かなり好感触な為政者だと思う」

「それでも、何か気になるのか?」

「読めないんだよね、あの人。クルーゼさんと一緒で、奥底が全然わかんない」

「どういう事だよ、一体」

 

 どうにも深層に至らない言葉に、ミゲルは僅か焦れながらも視線でタケルへと促した。

 

「アーモリーワンでさ。議長はカガリと一緒に迷わずミネルバへと乗り込んだ。そしてそのまま、強奪された機体の奪還作戦に、戦場へと共に赴いている。

 ウチのカガリみたいに、代表になっても無鉄砲なお馬鹿は普通そう居ないよ。増してやあの人はカガリの何倍も思慮深い人の筈……なのに、あんな簡単に新造艦のミネルバに乗って、更には戦場にまで赴いた。

 自らの責務と命の重さを理解して居るならできない事の筈だ」

「まぁ、そりゃそうだな。つーかお前、アスハ代表に厳しいなおい」

「2年前にもそうやって自分の命の重さを顧みずバカばっかりだったからね……文句も言いたくなるよ。

 とにかく、アーモリーワンでの事態からミネルバに乗り続けるという普通では考えられない話に、何か議長としても大切な思惑があったんじゃないかって、考えたんだ。それでグラディス艦長に聞かせてもらったんだけど、ミネルバの人員のほとんどは議長自らが選定したって言うんだよね。

 特に……MS部隊のパイロットは全員だそうだよ」

「何? おいおい、それじゃヤヨイがミネルバに乗っているのも議長からのお墨付きかよ」

「そう言う事だよね。

 自身が選んだクルー達が動かす新造艦ミネルバ。その初陣────議長は、何かを確認するためにあの艦に残り続けた。その目で何かを確かめたかったんじゃないかって思うんだ。

 要するにあの人はサヤに……いや、ヤヨイ・キサラギに何かを見出しているはずだ」

「そういや聞いたことあるぜ。確か議長は元々研究者で、遺伝子学の権威って話だ」

「そんな人がわざわざあの子を新型機に抜擢…………そんなの、理由が無いわけがないよね」

「つってもよ、ヤヨイ自体はアカデミーでも相当な成績叩き出してるぜ。パイロットとしての実力だって、お前も知ってるんだろ? アイツがミネルバで最新鋭機に乗るのだって、別におかしなことではないんじゃないか?」

「記憶をいつ思い出して、いつザフトを離れるかもわからないのに?」 

 

 ハッとしてミゲルは息を呑んだ。

 確かにそうだ。記憶の喪失によってザフトへと入隊する事を決めたヤヨイだが、それは時限付きの爆弾と言える。

 記憶を取り戻し、いつ裏切るとも知れぬ。いつ反旗を翻すとも知れぬ。

 その可能性を考慮したらば、本来入隊すら許されるはずがない。

 

 不可思議であるのだ。彼女をミネルバに配属させている今の状態は。

 

「お前は、何か有るって言うのか……議長には」

「少なくとも僕は、清廉潔白で押し通せる人ではないと思ってるよ」

「そりゃあそんな政治家はそっちのアスハ代表くらいだろうが……それでも議長だって決して後ろ暗いような事は──」

 

 ミゲル自身、穏健派である彼への信奉は強い。

 先に述べたように大戦における問題行動への猶予と温情を与えてくれた彼には感謝こそあれ、疑いなど持ちようがない。

 

「疑念は色々あるけど、あの人がサヤを利用しようとしているのなら、僕は力づくでもあの子を取り戻すつもりだ」

「お、おいタケルお前!?」

「勿論、まだ疑念の段階。いきなり手荒なことはしないよ。でも、確証が得られたなら……」

 

 その時はどうするのか。

 ミゲルは密かに不安を覚えた。

 目の前の男は少なくとも優しい部類の人間ではあるが、その奥に潜む激情を知っている。

 優しさは不安の裏返し。失う恐怖に縛られたこの男は、大切なものを害する存在には容赦しないだろう。

 そしてその能力の高さ故にできることも多い。

 最悪はこの男、鉄壁の警護体制の上からでも議長の暗殺だってしてみせるはずだ。

 

「──タケル」

「ん? 何?」

「もしその気があるのなら……今から直接聞きに行くか?」

「ミゲル、それって……」

 

 徐に告げてきたミゲルの言葉に今度はタケルが目を見開いた。

 

「俺は今日議長に呼ばれてんだ。大事な発表に併せて任務を任されるってな。お前も議長と面識があるなら丁度良いだろ?」

「──でも、良いの? そんな勝手に。僕は完全に部外者。それも他国の軍人だよ」

「言ったろ。そこら辺は寛容な人だよ。何より、お前からそんな話を聞かされちゃな……一応一つ屋根の下で一緒に暮らしてたアイツへの責任は、俺にもある。

 それに、俺だって抱いたこの疑念は払拭しておきたい」

 

 いくらタケルが様々な憶測を語ろうとも、ミゲルにとってデュランダルは信用に足る人物である。

 そうでなければ特務隊として任務に邁進することはできない。

 抱いた疑念を解きほぐし、払拭しなくては、任務に迷いが生じる。

 ミゲルにとってもこの話は決して他人事ではなかった。

 

「──ありがとう、ミゲル。それじゃ、お願いするよ」

「あいよ。それじゃ早速行くか」

 

 静かに頷いたタケルを引き連れて、ミゲルは再び車を走らせるのであった。

 

 

 




二次創作として、多分今が一番難しい。
原作から明確に乖離し始めて、オリジナルで様々描き始めてる今が。
キャラの心情もセリフも作者からしか捻り出せない。
時間かかっちゃうし、なんだか書きすぎちゃって話進まないしで、苦労しています。
更新遅いのはお許しくださいませ。

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