機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE-15 敵軍の歌姫

 

 

 

「では、こちらです」

「狭いかもしれませんが、戦艦です。ご容赦下さい」

 

 アークエンジェルのとある一室。

 鍵付きの客人用の部屋となるが、そこにラクスを案内したタケルとナタル。

 やや疲労の色が見えるのは仕方ないだろう。

 

「食事についてはお持ちします。僕が動けないときは別の人も来ますが後程紹介はしましょう」

「私も皆さんとお話しながら頂きたいのですが?」

「ご理解ください。ここは地球軍の戦艦です。あなたはコーディネーター。フラフラと動き回ればあなた自身に危害が及ぶ可能性もあります」

「そうですか、残念ですわね」

「ではアマノ二尉。後はお願いします」

「了解ですバジル―ル少尉。あと、一応謝っておきます。彼女から目を離してすいませんでした」

「それについては私も同様です。お気になさらず。では」

 

 去っていくナタルを見つめ、何とか一仕事終えたとタケルは1つ大きく息を吐いた。

 改めてラクスへと向き直る。

 

「さて、ラクス嬢。約束をしてもらえますか?」

「あら、約束ですか?」

「はい、この後……少ししたらお望みの食事を持ってきます。ただ、持ってくるのは僕ではなく、キラ・ヤマトと言う名のコーディネーターです」

「はい。キラ様ですね」

「彼と少し世間話でもして、ゆっくりと過ごして欲しいのです」

「私は構いませんが、何故でしょう?」

 

 突然のタケルの申し出。その内容も含めて、ラクスから素直に疑問があがった。

 

「彼は巻き込まれただけの民間人ですが、艦を守るために戦場に駆り出されています。

 その為、ひどく疲弊している。身体ではなく心が」

「それを私に癒せと?」

「癒してくれ等と言うつもりはありません。ただ普通に、戦いの事など忘れる様に接してあげて欲しい。それが僕の願いです」

 

 難しくはないはずだとタケルは思った。

 ラクスはあくまで要人の娘と言うだけ。軍関係者ではない上、とてつもない世間知らずのお嬢様だ。

 他愛もない話しかできないだろうと踏んだのだ。

 

「わかりました。私でよろしければ。人々の心を癒すのは、私の務めでもありますので」

「ありがとう。“プラントの歌姫”」

「まぁ、私の事もご存知でしたのですか」

「えぇ、まあ。名前だけですけどね」

 

 タケルが告げたプラントの歌姫の名を聞いて、ラクスは嬉しそうに表情を綻ばせた。

 ラクスにとって歌を褒められること程嬉しい事はない。

 大切な歌が彼女の呼び名となって地球軍の艦に乗っている人にまで知られているのだ。

 その喜びは一入である。

 

「嬉しいですわ。私も貴方様のお名前をお伺いしても?」

「あぁ、そういえば自己紹介がまだでしたね。タケル・アマノ。タケルで良いです」

「そうですか、タケル様」

「様までつけられるのはこそばゆいね……とりあえず、キラが来るまでもう少しだけ待っててください」

「はい!」

 

 なんだか妙に懐かれた気がしてならないタケルであるが、あまりここで時間を取られていてもしょうがない。

 次に待つ問題へとタケルは奔走する。

 向かうは、自室。キラとカガリが待っている部屋である。

 

 

 

 

 

 

 タケルとナタルがラクスを連れ去り、そしてカガリによってキラも連れ去られた食堂では、気まずい雰囲気が流れていた。

 そもそもの話として、発端は突然現れたラクスにあるわけだったのだが、フレイの拒絶の仕方は頑なであり、それは1つのある思想へと行きつくような姿勢が見られた。

 

「フレイって、“ブルーコスモス”?」

 

 気まずい雰囲気の中カズイが問いかけた。

 

 ブルーコスモス──それは簡単に言えば反コーディネーター思想である。

 コーディネーターと呼ばれる存在。それを生み出す技術。これらを自然の摂理から反した異端の存在として排斥しようとする者達。

 盟主と言える者から末端まで、数十万人規模で世界の各地に存在しているだろう、根の深いコーディネーター排斥主義者だ。

 デモなどの非暴力で動くものもいれば、過激なテロに行為に及ぶものも多い。

 “蒼き清浄なる世界の為に”をスローガンに掲げ、まるで正義の鉄槌を下すかのようにコーディネーターへ虐殺行為に及んだ事例は、もはや後を絶たないと言って良い。

 

 そんな過激な思想が、フレイの言動からは垣間見えたのである。

 

「違うわよ! 

 でも、あの人達の言ってる事って間違ってはいないじゃない。病気でもないのに遺伝子を操作した人間なんて、やっぱり自然の摂理に逆らった、間違った存在よ」

 

 フレイの言葉を聞いて本当にそうか? とカズイは思った。

 散々に見てきた。キラがコーディネーターの力でストライクを駆り、自分達が想像もつかないような戦いに赴いているのを。

 タケル・アマノにしたってそうだ。

 あのXシリーズを相手に、キラが乗ったストライクよりよほど凄い戦いをして見せている。

 では、彼等が凄い力を持っている事の何が間違いなのか……どう間違った存在なのか。

 カズイには答えが出なかった。

 フレイは知らないであろうが、カズイ達は艦橋でクルーとして、キラが必死に戦っているのを知っている。

 タケル・アマノが、ストライクもアークエンジェルにも危険が及ばないように戦っている事を知っている。

 その2人をコーディネーターだからという理由で間違った存在だと断ずることができるだろうか。

 

「ねえ、フレイ」

「何よ?」

「キラはコーディネーターでも別だって。言ってたけど、じゃあどういうコーディネーターが間違ってるんだよ?」

「そんなの、私に聞かないでよ」

「それっておかしいだろ? 間違った存在って言うなら何が間違いか言ってみてよ」

「知らないわよ!」

 

 酷い話だ。具体的な事などなんにもない。

 ただ、そう聞かされている。何も考えずに見聞きした事に染められている。

 そんな印象をフレイから受けた。

 カズイの胸中に苛立ちが募った。

 先程の補給の時も、キラに命を救われた。

 大切な友人だからと自分達を守ってくれているキラが、“コーディネーターだから”の一括りで間違った存在などと断じられるのが、カズイは我慢がならなかった

 

「この艦を、自分達を守ってくれるキラは間違って無くて、敵となるザフトのコーディネーターは間違ってるって、そんな都合の良い考え方じゃないのかよ!」

「うるさい!」

 

 大人しいカズイが声を荒げた事に、一緒にいたミリアリアもトールも口を噤んでいた。

 大人しい性格だと誰もが知っている。どちらかと言うとカズイは本人には知れないよう陰口を叩くタイプだ。

 面と向かって誰かに声を荒げるなんてこと絶対にしないはずであった。

 

「何よアンタ、コーディネーターの肩をもつわけ?」

「違うよ。僕はキラの肩を持つだけだ。そのキラがコーディネーターだからと一括りにされて間違ってるなんて言われるのは我慢がならない」

「ちょっと、カズイ。どうしちゃったの?」

「熱くなりすぎて、お前らしくないじゃないか」

 

 我に返ったトールとミリアリアが間に入った。

 カズイは視線を下げて言葉を探すように、少しずつ言葉を紡いでいく。

 

「キラは、守ってくれたんだ。

 コーディネーターとかナチュラルとか、そんな事関係なく。僕達が大切な友達だからって……」

「だから言ってるでしょ、キラはコーディネーターだけど違うって」

「そのキラがいる目の前で、君は“コーディネーターの癖になれなれしくするな”って言ったんだよ」

「っ!? それは」

 

 ハッとした様に口を噤んだフレイ。

 言われて気が付いたのだろう。自分の発言がキラにどう思われるのかを。

 

「キラがどう受け取るか、わからないわけないよね? 必死に乗りたくもないMSに乗って、必死に僕達の為に戦って、そして……君の曖昧な思想がキラを傷つけた」

「確かになぁ……あの時アマノ二尉達が来なきゃキラ、きっと飛び出していたと思う」

「そう、よね……泣いてるみたいだったし」

 

 思い出す。先の光景。

 フレイの言葉に肩をびくりと震わせ、その後カガリに連れられるまで必死に涙を押し殺そうとしていた。

 

「この間カガリさんが言ってたよね。心を殺して戦いに出ているキラに、ナチュラルやコーディネーターっていって余計な負担をかけるなって」

「うん」

「言ってたね」

「別にコーディネーターを間違った存在って言うならそれでも良いけどさ。ただ、それならキラに良い顔しようとするなよ」

「良い顔って、そんなつもりじゃ」

「受け入れるなら、ちゃんと受け入れてあげなよ。

 じゃないとキラ……報われないだろう」

 

 フレイはもう、何も言えなかった。

 

 傷つける気ではなかった。

 ただ、幼少から自分の中にあった、コーディネーターは間違った存在だと考える“常識”が出てしまっただけ。

 キラ個人を指すつもりではなかったし、先の発言はラクスに向けたものであった。

 だが、カズイの言う通りその“非常識”が結果としてキラを傷つけた。

 カズイの弁に反論することができず、フレイは感情の波に押し流され、さめざめと涙を流した。

 

 後悔と反省に彩られた涙であった。

 

 

 

 

 一部始終を見ていたタケルは、彼らの中に入る事なく、トレイを2人分だけひっそりと持っていき退出した。

 

 自分の部屋へと戻る道中少しだけ、疲れた気分が上向くのを感じていた。

 きっとキラはフレイの言葉にショックを受けているだろう。

 だがそれ以上に、きっと彼らはキラの支えになってくれる。あの様子なら彼女もまた……そう考えると、先の会話で妹の名が出てくるのも嬉しかった。

 

「(僕の知らないところで、カガリも頑張ってたんだな)」

 

 部屋に戻ったら、嫌がる事が容易に想像できる妹の頭を思いっきり撫でまわしてやろうとタケルは心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、アークエンジェル艦橋内では一つの報告が挙がっていた。

 

「間違いないの!?」

「間違いありません! これは地球連合第8艦隊の、暗号パルスです!」

「朗報だ、詳しく追えるのか?」

「今やってます!」

 

 思わず、声が上擦ったマリュー。いつも通りながらもナタルですらその声には喜色を滲ませていた。

 CIC担当が解析を進めていくと、暗号化された通信が解析され徐々に音声となって出力され始める。

 

『こちら……第8艦隊先遣……モントゴメ……アー……エンジェル……応答……』

 

 第8艦隊。そして先遣隊モントゴメリー。

 マリューの中で懐かしき上官の名前が思い浮かぶ。

 

「ハルバートン准将旗下の部隊だわ!」

 

 マリューの声に、艦橋は歓喜の渦に包まれた。

 

「探しているのか、俺達を!」

「コープマン少佐の隊か!?」

「通信の感じからまだかなりの距離があると思われますが」

「だが合流できれば……」

「やっと少しは安心できるぜ」

 

 ノイマン、トノムラ、パル等が次々に喜色の声を上げ、ナタルも僅かに笑みを浮かべた。

 

 長く苦しい戦いに一つの終わりが見えた瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 

「カガリ~」

「おわっ、なっ、やめっ、何をしている、バカ兄様!?」

 

 部屋に戻るなり、開幕カガリの頭をわしゃわしゃ撫でまわすタケルの奇行が炸裂する。

 突然の事態に混乱と驚愕を見せつつも、たっぷり撫でまわされた所でカガリはようやくタケルを振り払った。

 

「あ、あの、タケル……?」

「あ、ごめんキラ。驚かせちゃったね」

「無視するな!!」

「ちょっとカガリはまたワシャワシャするから置いといて」

「ふざけるな! 誰がそんな事許すものか!」

 

 怒髪天を衝く。わしゃわしゃで逆立った髪もあり言いえて妙であるがとにかくカガリは大層ご立腹だ。

 そんな様子のカガリを受け流し、タケルは未だ表情に陰りを見せるキラへと向き直った。

 

「キラ、カガリと少し話してる間に楽にはなった?」

「あっ、うん。それはまぁ……」

「良かった。それじゃ僕からキラに指令を与えようと思う」

「指令?」

 

 首を傾げるキラに、タケルは外に用意していたトレイの乗ったカートを取り出した。

 

「今からこの2人分のトレイを持って、C区画の203の部屋にいる彼女と一緒に食事をしてきて欲しい」

「な、なんでまた……」

「あの子が一人で食事をするのを寂しがっているからさ。キラなら、プラントの子であっても悪い対応しないでしょ?」

「勿論、それはそうだけど……今ちょっとのんびり食事って気分には」

「ダメ。もう彼女とも約束してきちゃったし……それに」

「それに?」

 

 先程までのおちゃらけた様子から一転。とても真剣な表情へとタケルは変わった。

 

「今のキラには必要な事だと思うよ」

 

 キラが抱えているものを知らず。キラが置かれている状況を知らず。

 ただキラと相対し普通に接してくれる。そんな存在が必要だと。

 言外に語るタケルの真意を、キラははっきりとは分からなくとも、少しだが読み取った。

 彼が、自分の事を心配して、自分の為を想って提案してくれている事はよくわかっていた。

 だから、素直にそれに頷く。

 

「──わかったよ。ありがとう、タケル」

「よしよし、それじゃカガリ、もう一回……」

「させるかバカ兄!!」

「あうち!?」

 

 再びの奇行を防がれ、大喜利をしているタケルとカガリにまた一つ心が軽くなるのを感じながら。

 キラはトレイが乗ったカートを押して、件の部屋へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 届けられた微かな声、辿り着いた先にある安穏を、享受できると誰もが浮かれる

 暗黒を彷徨う日々は終わり、苦難は過去へと置き去られ。

 その目に浮かぶは、もはや懐かしき平穏であった

 が、再び銃火が宇宙を切り裂き、少年達は、気まぐれな運命に翻弄される。

 

 次回、機動戦士ガンダムSEED

 

 『守れぬ願い』

 

 定めを切り裂き、駆け抜けろ、ガンダム! 

 




友達大事。そんなお話


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