幕間2話に分ける必要があるボリュームなので。
まずはさわりから。どうぞお楽しみください。
インド洋前線基地を前にした戦闘は終わった。
ミネルバの面々が見守る中、タケルが駆るエスペラントはインパルスが振るうビームサーベルを弾き飛ばしライフルを破壊。攻撃手段を奪った後は、縦横無尽に機体を翻し全方位からインパルスをシールドで強打。
VPS装甲によって損傷こそ免れるものの、コクピット内はその衝撃にシェイカーの中に放り込まれたかの様に揺さぶられ、シンは遂に意識を落とす。
機体の損傷を極力出さないまま、インパルスは無力化されて回収された。
そうして帰投したタケルの指示でシンはインパルスより引き摺りだされ、拘留室へと運ばれた。
どうにか事態は、一先ずの収束を見たのである。
疲労困憊。
その言葉が相応しい程の疲れを抱えて、タケル・アマノは自身が宛がわれた部屋のベッドに身体を投げた。
「──はぁ、ホント勘弁して欲しいね」
その表情と声音からわかるだろう。
愚痴の1つでも溢さないとやっていられない位には、心身の疲弊が激しいと見える。
留め具の外れてしまった聞かん坊を相手に、全力も全力の戦いを挑み、制してきたのだ。それも、曰くつきの全力を以て。
お陰で先程からタケルの頭は割れそうな程痛みを訴えている。
格納庫で駆け寄ってくるパイロット達にそれを悟らせない様に究極のやせ我慢をしていたのは内緒だ。
「それにしても、ポテンシャルだけでユリス並かぁ……嫌な形で議長の言う事が実証されちゃったな」
暗鬱な表情のまま、タケルは天井を眺めてひとりごちた。
シンを止める為、SEEDの奥へと踏み込んだタケル。
ユリス・ラングベルトですら追い詰めるその領域へと至りながら、それでもシン・アスカとインパルスを無力化するのに1分の時間を要した。
30秒で仕留める筈の予測を覆したのは、やはりタケルにとっても予想外な程にシンの能力が高かったからに他ならない。
それは同時にデュランダルの述べた、遺伝子がみせる可能性の証左でもある。
ゾワっと、タケルは1つの未来を思い描いて身を震わせた。
数年後の未来、記憶を取り戻したサヤがシンを連れて来て……そしてシン・アスカからお義兄さんと呼ばれる事態に。
「あれ、殺しておくべきだったかな?」
言って、慌てて湧きあがった危険な気配を飲み下した。
何をバカな。そうと決まったわけでもないし、決して許すはずも無い。
そんな未来はあり得ないと、タケルは大きく頭を振って、頭痛極まる脳内に更なる頭痛の種をしまい込んだ。
そうして悶々としているタケルの元に、通信の報せをであるアラームが鳴った。
「ん、艦橋から? 仮面仮面っと────はい、ラウラです。あぁ、グラディス艦長。どうしましたか?」
『疲れて休んでいるところ悪いわね。一先ず、状況と今後の動きを報告しようと思って』
「あぁ、すいません。任せっきりにしてしまって。少々厳しい戦いだったもので……」
『それについては後程聞かせて頂けるかしら?』
「色々と片付けたら報告しますよ」
『お願いするわ。
では、現在の状況ですが、艦の損傷は軽微。MS隊も大きな損害はなく整備が進んでいます。艦の方は現在インド洋を横断中です。
ミネルバはこのまま予定通りジブラルタルへと向かいます。ニーラゴンゴは討たれてしまいましたが、それで足を止めるわけにもいかないですし』
「先の前線基地については?」
『壊滅的な被害にはなっているわ。露見もした以上、恐らく再建はされないでしょうね。カーペンタリアにも報告済みよ』
推測ではあるが、インド洋を目前とした前線基地。
となれば、その目標地点はザフトのカーペンタリア基地であっただろう。
密かに建設されていた敵前線基地を発見し、そのまま叩けたとなれば、ザフトにとっては都合の良い状況である。
「怪我の功名ですね。結果としてシンの暴走は、敵前線基地の制圧に繋がった。結果だけをみれば、戦果と言えるでしょう」
『貴方を攻撃した事実と記録が無ければ、ですが』
少しだけ睨みを利かせるタリアの視線に、タケルは肩を竦めて申し訳なさそうに視線を返した。
タケルの要望の答え、戦闘記録の一部を破棄する手筈となった。
本来であれば、記録の破棄などするべきではないだろう。それは言わば不正行為。公正に欠ける行いだ。
それを公然と行う事は、軍の秩序が乱れる。下の者に示しが付かなくなる。
それを指示され、聞き入れてしまった以上、タリアとて同罪なのだ。
首元に縄を掛けられた様な気分であった。
「まぁ、ログは全部消しておきますから。足はつかない様にしますので」
『これ程嬉しくない保証も初めてね……まぁ良いわ。今更言っても仕方ないですし。とりあえず、ジブラルタルに着くまではゆっくり休んでください』
「他のパイロット達はどうしてますか?」
『皆休ませています。オーブから激戦続きですもの』
「了解しました。少し休んだら色々と片付けて、後程報告に伺いましょう」
『えぇ。お願いするわ』
「では」
通信を切り、部屋に静寂が戻ると、タケルは再び頭痛を堪えるべく居住まいを崩した。
「──っつぁあ、仮面持ってて良かったぁ」
何度も頭痛で歪む表情を、ラウの仮面が隠し通してくれていたのだ。ひょんなことから、タケルはラウに深く感謝した。
初めて見たときは不審者としか思えなかった彼の仮面に、こうも救われるとは正に思っても見なかったことである。
どうでも良いがこの男、どうあってもやせ我慢は押し通すつもりらしい。
「ジブラルタルまでは暫くかかるな……とにかく少し休んで、それからシンの所に向かおう」
小さな決意と共に少しばかり意気込んで、タケルは頭痛を押し出す様に思考を回した。
暴走した彼と向き合い、そして導く。
それが今この艦で彼等の隊長となった、己の責務であった。
「──放っておくわけにはいかないしね」
原因の一端に自分が関与しているのなら尚更である。
タケルは痛む頭を抑えながら、シンとの話し合いの場を思い描いて、頭をひねるのであった。
「あぁ、もうっ! 信じられないホント!!」
バンっと音を立てて、ルナマリアはレクリエーションルームのテーブルを叩いた。
パイロットスーツを着替え、レイ、ルナマリア、ヤヨイの3人は戦闘の反省も交えて休憩するつもりであったが、集まって見ればルナマリアの怒りが天を衝く様で、反省どころではない空気である。
「もう、お姉ちゃん。気持ちはわかるけど、ちょっと落ち着いてよ」
「あんたは許せるのメイリン! アマノ三佐……じゃなかった、ラウラ隊長が最悪は討たれてたかもしれないのよ。それも仲間であるはずのシンに!」
「それはそうだけど……ラウラ隊長をシンが墜とせるわけ無いだろうし……そんな大した事じゃ」
「な、何言ってるのこのバカ!!」
CIC故か、或いはタケルの実力を疑っていないからか。どちらにしても、認識の甘いメイリンに、ルナマリアは声を張ってその肩を掴んだ。
「私達は戦場に出てるのよ。間違いなんて腐るほどある。絶対なんて無い……ううん、むしろ絶対という言葉すら簡単に覆される場所なの。実力がどうこうって話じゃない。落とされたかどうかなんて結果論でしか無いのよ」
「ご、ごめん」
真剣な姉の剣幕に気圧されながら、メイリンは静かに肯定と謝罪の意を示す。
あっ、とルナマリアも少し気持ちが入り過ぎた事を悟って、慌ててメイリンから距離を取った。
「だがメイリンの言う通りだ。少し落ち着けルナマリア。一先ずは、隊長が墜とされることは無かった。シンの豹変については、艦長と隊長が対応してくれるはずだ」
「今ここでルナマリアが怒っていた所で、話は何も変わりません」
「あんたらね……堅物で我関せずなのも程々にしておきなさいよ。これはMS隊全員の問題でしょ!」
何ならクルース・ラウラ……タケル・アマノは本来であれば部外者。
シンの問題はそれこそ、同期であり同じミネルバのMS隊である自分達の問題ではないか。
ルナマリアは相変わらず冷めた態度でいる2人へと睨みを利かせていく。
「ルナマリア。言いたいことは分かりますが、先程も言ったように今私達が騒いだところで、何も変わりません」
「あえて言うなら、俺達は今後、シンとどう接していくかと言う所か」
「それもまた、彼の状態がわからなくては話にならないでしょう」
「あっ、そう言えばシンはどうなったの? インパルスから引き摺りだされたとは聞いたけど……」
唯一この中で、格納庫での状況を見てないメイリンから疑問が挙がった。
あぁ、そうでしたねと前振りをしてからヤヨイはそれに静かに応えていく。
「VPSで装甲は破壊されないまま、エスペラントに散々に叩かれて、シンはコクピット内で失神。ただ、状況が状況だったので拘束して今は拘留室です」
「えぇ、そんな事態にまでなってたんだ」
「当然でしょ。味方を故意に撃ってるんだもの。シンがやったことはそれだけ重いって事……全く、いくらラウラ隊長が気に喰わないからってあんな──」
「ルナマリア」
ピンと、どこか張り詰めた声が、ヤヨイの口元から零れた。
「なによ、ヤヨイ」
「それ以上は言わないでください。いくらシンが子供っぽいからと言って、そんな理由で味方を撃つはずがありません。憶測で彼をそんな人間と決めつけるのは彼への大きな侮辱です」
吸い込まれそうな黒曜の瞳が、僅かに細められルナマリアを射抜いた。
そう、まだわかっていること等ない。わからない事しかない。
そんな状況で、大切な仲間を悪く評価するのは早とちり以外の何物でもない。
微かな怒りの気配を見せるヤヨイに、しかしルナマリアも負けじと返す。
「叱責されて拗ねてヤヨイとの通信を拒否した癖に?」
「──何で普段はお馬鹿なのにそう反論し辛い事例を的確に出してくるのですか。その聡明さを何故普段から発揮できないのでしょうか?」
「あれ? 何でいきなり私が馬鹿にされてるの?」
唐突にぶち込まれた毒舌に、怒り心頭であったはずのルナマリアの気勢が削がれた。
これを意図してやってるのか、そうではないのか。どちらにしても、この少女に姉が口で勝てること等ないのだろうなと、メイリンは静かに落ち込み沈んだ姉の頭をよしよしと撫でてやった。
「それに、あの時のシンからはオーブ沖の戦いの時と同じ気配を感じました」
「それって、あの目茶苦茶凄い状態ってやつ?」
「はい。ラウラ隊長の言葉を信じるのであれば、シンにとって見過ごせない何か。曲げられない何かが、彼をあの凶行に走らせたのだと、そう考えられます」
「それはつまり、シンにとってあの攻撃は正しい行いだった……そう言う事か、ヤヨイ?」
「いえ、そこまでは分かりません。でも、彼にとって許せない何かが、ラウラ隊長に在ったのではないかと」
「許せない事って……そんなの、本当に隊長にあるのかしら?」
「私は無いように思うけど……」
「そりゃあんたは隊長にゾッコンだものね」
「お、お姉ちゃん! 私だってちゃんと客観的に──」
「ふふ、わかっていますよメイリン。貴方が公平な目線で意見を述べているのは」
「うぅ、ヤヨイありが──」
「ですが公平な目線と言うのも所詮は主観の話です。メイリンがいくら公平を意識していても、隊長への認識と言うのは漏れてきてしまうものでしょう」
「へっ? や、ヤヨイ?」
「つまりは公平性に欠けると思います」
「そ、そんなぁ」
がっくしと肩を落とすメイリンに、今度はルナマリアがよしよしとあやす番であった。
そんな姦しくも和気藹々としている3人を、少し外れた位置からレイ・ザ・バレルは無感情な目で見つめる。
いつの間にやら話題は、目下のところからシンは隊長のどこが気に喰わないのだろうか、にシフトしており、本題を外れ始めた話にレイは小さくため息を吐いた。
と言うか既にシンがタケルを狙った理由は、気に食わないからで確定しているらしい。
同期の少女達からの酷い評価に、レイはシンのことが不憫でならなかった。
「はぁ……やれやれ。これでは今後も隊長は苦労するだろうな」
静かに呟いたレイは、せめて自分だけは彼に苦労を掛けないようにしようと心に誓うのであった。
拘留室。
それはいわば艦船における牢獄。
薄暗い室内を頑丈な鉄柵で仕切られたその一室で、シン・アスカは目を覚ました。
「うっ……ん……あれ、ここ、は?」
目が覚めたところで、知らない場所。
ミネルバは新造艦で、シンは新兵である。普通に過ごしている限り世話になるはずの無い拘留室の光景など、直ぐに頭に浮かんでくるはずなかった。
「気が付いたか、シン・アスカ」
飛び込んでくる声に、ハッとして体を起こすと、独房の先で今彼が最も目にしたくない人物が椅子に座って佇んでいた。
「あ、あんた……」
「中々起きてくれないから焦ったぞ。やり過ぎてしまったかと心配もしてしまった。大丈夫そうだな」
仮面を着けた男……クルース・ラウラである。
すぐさまシンは、視線を落とした。
記憶は、朧気ながらある。
地球軍の強襲。敵指揮官との戦闘。ガイアの乱入。
そして──民間人の虐殺。
そこから続く、抑えられない憎しみに乗っ取られた、己の戦い。
「ふむ……記憶はあるし、自覚もある、という感じか」
「お、俺は……その……あいつらが」
「落ち着け。私は何も君を責める為に起きるのを待っていたわけじゃない」
「えっ……」
しどろもどろとなってしまったシンを、タケルは努めて静かな声で落ち着かせる。
自身がしでかしてしまった事に、曲がりなりにも自戒の念と、罪の意識が垣間見えたシンを、タケルは殊更責めようとは考えていなかった。
むしろ、あんな状態へと陥ってしまった彼に、タケルは親近感すら覚えている。
自分と彼はよく似ているのだろう、と。
喪う事に……喪う恐怖に怯えて。そして自身がしでかしてしまった事に嘆き、苦しむ。
それは嘗て、タケル自身が通ってきた道であった。
「落ち着いて話をしよう──っと、その前に」
徐に立ち上がったタケルは、拘留室の出入り口へと向かうと、ドアを閉め、電子ロックを掛けた。
ちなみにドアの外には危険立ち入り禁止の表示も用意し何者も寄せ付けない布陣を敷いている。
「よし、これで邪魔者は来ない──良いかシン。今から見る事、聞く事、起こる事。全ては他言無用だ。良いね?」
「はっ? え、いや何を──」
戸惑うシンの目の前で、タケルはラウの仮面を外した。
果たしてシンの予想通り、そこにはシンも知っているタケル・アマノの素顔があった。
「あんた、何で──」
「今ここに居るのはクルース・ラウラじゃない。オーブの国防を担ってきた軍人の1人、タケル・アマノだ。
オーブの人間として。代表であるカガリの代わりとして────君と君の過去に、僕は向き合う為にここに来た」
決意を秘めた表情に、先程まで自責の念と叱責に怯えていたシンの毒気が抜かれた。
「話をしよう、シン・アスカ。
君が胸の内に抱える全てを────僕に教えて欲しい」
齎された優しい声音と、見せつけられる強い意思に。
シン・アスカは静かに頷き、肯定の意を示すのであった。
と言うわけで、次回OHANASH I……は大惨事大戦になりますね。
次回はとっぷりお話回となります。どうぞお楽しみに。
それと前回の後書きがなんか中途半端になっちゃってて……一応シンの暴走のこととかつらつら書きましたので、読んでいただければ幸いです。
本作だと本当にルナマリアがお姉ちゃんしてくれて嬉しい。
ポンコツメインでたまに年上感見せてくれるの好き。
感想、よろしくお願いいたします。