アークエンジェル艦内。
オーブの軍服に袖を通し、マリュー・ラミアスは傍らの艦長席を流し見た。
座り慣れた席。つい先日もユニウスセブン破砕作業の為にこのシートへと座った。
背後を見れば、同様に軍服に袖を通した見慣れた副長の姿。
「む、なんですか? マリュー」
戦後の平和な日々の内に随分と打ち解けて、今は気の許せる友人と言う所であるが。副長席に座ればやはり、彼女は優秀な軍人ナタル・バジル―ルへと切り替わるらしい。
既に声音には、凛々しさと頼もしさを感じられた。
「なんだかなぁ……もうこりごりだと思っていたのに、気が付けばまたこの席に舞い戻ってきちゃって。貴方の言う通り、私達は本当に戦場離れできないみたいね」
「仕方ないでしょう。今のオーブにカガリを置いておけないのは私も同感です。この艦に居る限りは、下手に外にいるより余程安全なのですから」
「貴方、タケル君と一緒になってからカガリさんに対しても随分と優しくなったわよね?」
「べ、別にその様な事は……カガリはこれからのオーブに必要な人間です。死なせるわけにはいきません」
「大切な、義妹ですものね」
「マリュー!」
「はいはい、ごめんなさい。調子に乗り過ぎました。でもまぁ、貴方の言う通りこの艦に居ればカガリさんの安全は十分に確保できるわね。仮にMSによる襲撃にあったとしてもキラ君がいる。バルトフェルド隊長だって──」
「おやおや、俺はキラのおまけかな?」
艦長席の背後から飛び込んでくる声。
驚きと共にマリューとナタルが視線を向ければ、がっかりと言った様子を見せながらも苦笑いと言った感じの、アンドリュー・バルトフェルドの姿があった。
「悲しいねぇ、嘗ては砂漠の虎と恐れられた僕が、今じゃスーパーエースのおまけ扱いとは」
「あら、当然でしょアンディ。日がな一日コーヒーとにらめっこしてばかりだったんだもの」
「アイシャ、良い男は隠れて努力をするものなのだよ」
「じゃあその成果を見せてくれるって事ね。マリュー、ナタル、期待してあげて」
茶目っ気たっぷりにウインクしながら、アイシャが笑う。
そんなアイシャの言葉に、マリューとナタルも小さく笑みを浮かべて返した。
「えぇ、勿論」
「嘗て敵として相まみえた時より、余程上達しているという事でしょう。期待させてもらいます」
「おぉっと、急にハードル上げられちゃったねこれは……だがまぁ美人の頼みとあらば応えるしかないな」
「全くもう、そんな事ばかり言ってるとまたアイシャさんに愛想を尽かされますよ」
そうしてまた小さく笑い合う────が、それも束の間。
軽いやり取りでひとしきり空気を緩めてから、マリュー達は表情を引き締めた。
「ブリュッセルまで、かなり長い旅路になるわね」
「一応途中の補給経路は確保してあるが、すんなりいくとも限らん。警戒は必要だろう」
「辿り着いたところで、アルスターがいう同盟の話も、果たして可能なのかどうか」
「今の子猫ちゃん、代表じゃなくなっちゃったしね」
不安や不確定な要素が付きまとう。
これからの旅路は、嘗ての様に死に物狂いの逃走劇とはならないが、それでも決して簡単ではない。
飛びだしたが最後、先の未来がまるで読めない旅路は、それこそ嘗てとまるで変らないだろう。
だがそれでも、今の彼等にはこの道しかなかった。
ウズミ等が遺した小さな灯。再び吹き消されようとしているその灯を守る為には。
カガリ・ユラ・アスハをオーブの外へと連れだすしかない。
オーブの裏に潜む者達に対抗するには、今のカガリでは不足なのだ。
「そう言えば、肝心の子猫ちゃん達は?」
「カガリさん達なら、恐らくハッチに居る筈よ」
「ハッチ? あぁ……お別れの挨拶って所ね」
マリューの言葉に、理解がいったのかアイシャは小さく頷いた。
「えぇ、本当なら離れたくは無いでしょうから」
「意外も意外だったな。まっ、それだけ彼が思い悩んでいたという事でもあるのだろうけどね」
悩ましい。そんな面持ちで大人達は艦橋のモニターを見つめた。
映し出されていたのは、アークエンジェルのハッチから出てカガリ達と向かい合う。
アスラン・ザラの姿であった。
「本当にすまない、アスラン」
「構わないさ。俺も、話を聞いていた時からそのつもりで居たから」
別れを惜しむ様に、カガリとアスランはその身を抱き合った。
カガリの後ろではキラとラクスが何とも言えない表情でそれを見つめている。
何故、こんな事になっているかと言えば、アークエンジェルに集まった者達の中で唯一、アスランだけはオーブに残るからである。
一堂に会したあの場で、フレイの提案からブリュッセル行きを決めたカガリではあったが、直後にアスランへと静かに告げた。
“オーブに残って欲しい”
カガリの言葉にその場にいた皆が驚く中、アスランだけが納得する様に頷いて見せた。
中立のオーブを再び取り戻すために、カガリ達はオーブを離れる。
だが、彼等が離れた後もオーブ首長国連邦は変わらず存在し、そして彼女達が戻るその時まで、存在し続けなければならない。
カガリが戻ってきた時に、国が失われていては意味がないのだ。
その為に必要なのは──力。
先の防衛戦で世界に知らしめた、オーブ国防軍の力。
これからのオーブが連合に靡こうとも、オーブ国防軍の強さは保持し続けなければならない。
そうでなくばこの先、簡単に連合に喰い潰されてしまうだろう。
あくまでオーブは主権を持つ国家であり、連合とは対等で在る必要がある。
それを維持する為の力……それが、タケルよりシロガネを託されたアスラン・ザラの担う役目であった。
アークエンジェルにはキラがいる。
先の大戦で最強と称されたフリーダムが居れば、防衛戦力としては十分である。
故にオーブを守る為、カガリはアスランへと嘆願した。
国に残り、兄が託した剣で祖国を守って欲しいと。
“──わかった”
返された答えは端的で短かった。
疑問を挟むことなく、アスランは了承の意を見せた。
先の防衛戦の時から、アスランの胸中に渦巻いていたのは葛藤。
大切な人が必死に国を守ろうと奮闘する中、パトリック・ザラの息子という立場に甘んじて、何もできなかった自分。
そんな自分の目の前で、国の為カガリの為、奔走するタケル。
アスランはずっとその燻りを胸に溜め込み続けていた。
できる事があるはずなのに。やりたい事があるはずなのに。彼にはそれを成す舞台が無かった。
そんな無力な自分から解放され、先の防衛戦でアスランはシロガネを駆って戦った。
戦い、そして守れることに、アスランは打ち震えた。
理解した。アスラン・ザラはやはり戦士なのだと。
カガリの為にできる事────それは戦士として戦い、彼女が愛する国を守る事。
傍で支えるだけでは足りない。
後ろで手助けするだけでは及ばない。
成すべきは、彼女の前で彼女が進もうとする道を切り拓く事。
その為にアスランは、もう一人のタケル・アマノとなる事を決めた。
「キラ、カガリを頼む」
「うん……でもアスラン、本当に?」
潔い……本当に潔くオーブに残ろうとするアスランに、キラは疑問を投げた。
少なくとも2人が想い合っている事をキラは知っている。
どちらもが素直じゃないと言うか、表に出しにくいタイプなので中々進展は無かったが、それでも戦後から少しずつ、2人の距離は縮まっていたはずだ。
そんなキラの心配にアスランは意思の変わらぬ顔で答えた。
「良いんだ、キラ。傍にいる事だけが、支える事じゃない……俺はそれを、この2年間で学んだ。俺は、俺のできる事をするだけだ」
「──わかったよ」
親友の決意の固さをその表情から汲み取り、キラは静かに引き下がった。
代わりに、親友に心配をさせまいとキラも毅然とした気配を纏う。
「カガリの事は、心配しないで。絶対に僕が守るから」
「心配するなら自分の身の方だぞキラ。カガリに何かあったら、タケルが黙ってないからな」
「アスラン、私達が居なくなって、誰か頼れる当てはあるのですか? 貴方はタケルと同じ様にすぐ1人で抱え込みます。決心するのは良いですが、抱え過ぎて潰れないように注意してください」
「ラクス……俺はタケルとは違う。そんな心配をされる事は甚だ心外なんだが?」
「以前のお前を知ってる私達からすれば兄様と大差ないさ──だからアスラン、無理はしないでくれ」
「わかってるさ。君を別の意味で悲しませるような事も御免だからな────ユウナにとられたくはないし」
「ん? 今なんて」
「な、なんでもない。とにかく、カガリも気を付けろよ」
「あぁ────ありがとう、アスラン」
そっと触れる様に頬へと口づけて、アスランとカガリは離れた。
丁度そこへパルから発進準備が完了した旨のアナウンスがあり、3人は艦内へと戻っていく。
アークエンジェル発進の為に、地下艦船ドックは注水されるのでアスランも足早にその場を後にした。
「アークエンジェル、発進します!」
艦長席に座るマリュー・ラミアスの声で、ドックから白亜の戦艦が発進していく。
それを管制室から、アスランは静かに見送っていた。
「────やれやれ、行っちゃったか。僕もちゃんと見送りしたかったのにな」
背後より聞こえる声。聞き覚えのあるその声に、アスランは驚く事もなく振り返った。
「せっかく別れを惜しんでると言うのに、お前に邪魔をされたくはないな」
振り返った先にいたのは政府の人間の証である赤紫のスーツ────ユウナ・ロマ・セイランである。
アスランはユウナの姿を確認した瞬間、明らかな敵意を見せる様に視線を鋭くさせた。
「おやおや怖い顔だね。僕としては残された者同士仲良くして欲しいところなんだけどな」
「できると思うのか? カガリを狙った襲撃……セイランの人間であるお前が、無関係なはずもないだろう」
「う〜ん、そうだね……僕も十二分に関係者ではあるだろうね。だからこそ先んじて警告してあげたじゃないか」
「ふざけるな! 彼女の命を狙う動きがあるなどと。それがわかっていながらお前は」
「具体的な動きを僕達は知らされてない。所詮僕達は操り人形でしか無いからね。だからあの日君に頼んだんだよ────彼女を守ってくれと」
ユウナの言葉に、アスランは押し黙った。
あの日…………カガリがユウナに呼ばれて食事を共にしたあの日。
2人はユウナよりその可能性を示唆されていた。
オーブ国内で、カガリを暗殺する動きが進んでいる事を。
「僕に今回の襲撃をどうこうできる力は無いよ。そのくらいわかるだろう? ほら、わかったらこの掴んでる手を離してよ」
チッと舌打ちして、アスランはユウナを掴み上げていた手を離した。
全く、と不服そうにしながらも、ユウナは軽薄な笑みを浮かべ続けている。
それがアスランの神経を逆撫で、思わずアスランはユウナから視線を逸らした。
「そうカッカするなよ。これからは残された者同士であり、共にオーブを守る同志だ。険悪なままではやっていけないだろう。ほら、握手でもしようじゃないか」
何の抵抗もなく差し出された手を見つめて、見定める様な視線と共にアスランは静かに口を開いていく。
「もう一度確認させろ────あの日言った事、本当に偽りは無いのか?」
「偽りは無いよ。僕にとって一番大切で一番欲しているものはカガリだ。そこに偽りは無い。彼女を手に入れるためなら、僕は何だってしてやるとも」
アスランの追求に、ユウナは何でもないと言う様に答えて見せる。
あの日、カガリを政界から追放すると宣言したユウナは、もう1つ大きな誓いを立てていた。
“オーブに、君の居場所はもう無くなる。だけど、僕は僕が望むものを手に入れる為、君の代わりにオーブを守る事を誓うよ”
突然の誓いにカガリが何も言えなくなる中、ユウナは気障な笑みと共に支払いを済ませて店を後にした。
アスランはその言葉を限りなく信じてはいなかったが、それでも彼の助言があったから今日の襲撃を躱せたことは事実であった。
数秒、ユウナとアスランの視線が交錯する。
沈黙の後に、アスランが自身の手を伸ばそうとしたところで、しかしユウナはひょいとアスランの手を躱した。
「ユウナ、お前!」
「勘違いしないでくれよアスラン。僕はカガリが欲しいだけだ。それだけが目的だ。
気高く、美しく、繊細で……そして太陽の様に輝く彼女。そんな彼女の全てを僕は手に入れたい。
決して、彼女を愛してるから助けたいとか、そんな陳腐な感情によるものじゃ無いからね。だから、彼女を手に入れられるならオーブを裏切ることだって厭わないし、セイランの家だって捨てられる。必要なら、彼女すらも裏切って見せるよ」
極々自然にもたらされた言葉に、アスランは目を丸くした。
今しがた、過日の誓いに偽りはないと告げて来たばかりだと言うのに、もうそれを反故にするのかと、アスランの気配は険悪なものへと変わっていく。
「ううん、良い顔をするじゃ無いか。だんだん君もあの鬱陶しいお兄さんみたいになってきたね」
「俺はどうやら、お前を見誤っていた様だな……下衆野郎」
「一先ず安心してくれよ。偽りが無いのは本当だよ。今の僕は全力でカガリを助けるつもりだからね。
僕とカガリの関係は婚約者。カガリが代表に戻る為の功績を作り、名実ともに彼女の婚約者に相応しい人間になれば、反対する者はいなくなるだろう……あのお兄さんも含めてね。僕にとってはこれが、彼女を手に入れる一番の近道だ」
「カガリ自身の意思を考えないんだな」
「関係無いからね。国を離れた彼女が改めてオーブの代表になるんだよ? その功績を作った婚約者との結婚なら国中誰もが祝福する。それを代表となったカガリが断れるはずもないさ」
また一つ、アスランは唸った。
確かに、ユウナの立ち位置は不本意ながらカガリの婚約者。それは決して簡単に消せる関係性では無い。
そしてユウナの言う通り、カガリの代表復権にユウナが尽力しようものなら、その風聞は結婚の大きな追い風となるだろう。
「そうか…………できると良いな」
言葉とは真逆の表情をしながら、アスランは胸中でこのいけ好かない気障男の思い通りになどさせないと誓う。
最悪は反逆罪と問われようともこの男を誅殺して止めてやる。きっとタケルならそのくらいするはずだと思い至り心に誓った。
「やって見せるさ。君は指を咥えて見てると良い」
「させると思うか?」
「止められるとでも?」
片や射殺さんばかりの視線で睨みつけ、片やそれを受け流し平然と嘲りを見せる。
対称的な睨み合いをしながら、アスランとユウナは遂にその手を取り合った。
「上出来だよアスラン。これで僕も君も1歩前進だ」
「足元を掬われないようにすることだ。俺は決してお前の計画をすんなりと運ばせはしない」
「そのくらいでないと張り合いがないと言うものだ────さて、一先ずだが君には彼を演じてもらうよ」
彼────ユウナが言う人物に、アスランは直ぐに察しがついた。
「それは良いが、お前に
タケル・アマノ──オーブを守る剣。シロガネを駆り、それを演じる。
それこそが、オーブに残ったアスランの役目。アスランとしても望むところではある。
だが、タケル・アマノを使い、国防軍を指揮するだけの器がお前にあるのかと、アスランは問いかける。
それにユウナは不敵な笑みを浮かべた。
「これでも人並みに軍略は学んださ。とは言っても、英雄と謳われる彼と比べられても困るけどね。それこそ、オーブの獅子とは比べるべくもない」
「そうか……まぁ良い。それについてはこれから証明してもらう。それで、俺が国防軍で動くとしてお前はこれからどうするつもりだ?」
「僕は政界に巣食う膿を全部搾り出して見せるよ。その為には、実績を残す必要がある。つまりは君の奮起が必要だ」
「なら喜ぶと良いさ。演じてみせるが少なくともアイツよりは素直だからな」
「ふっ、頼りにさせてもらうよアスラン────いや、“タケル・アマノ三佐”」
ユウナがその名を呼んだ時には、アスランは持っていたバイザーで目元を隠していた。
無論、アスランがタケル・アマノとして公の場に出る事は無いが、アスランが自身を偽り、タケル・アマノとして軍務に当たる事への意思表示────ユウナは、そう受け取った。
2人は肩を並べて管制室を出た。
視線を合わせる事なく、ただ前だけを見据える。
これより向かうは陰謀に支配され、あるべき姿を失いつつあるオーブ。それを取り戻すための、厳しい戦いが待っている事だろう。
だが、逃げるつもりは無かった。
2人は共に目的を同じとし、そして互いが互いを牽制する間柄となったのだ。
この舞台から降りれば、それは即ち、隣の男に負けたも同じ。
男として、決して逃げられぬ戦いである。
埋伏の刃が2人、静かになりを潜めて動き出すのだった。
ムノウじゃ無いユウナ描くと大体難しくなる。
他のキャラと絡ませるとさらに難しくなる。ツラい
この展開はユウナが無能では無い設定が生まれた段階で構成されました。
原作との1番の違いと言って差し支えないであろうユウナの有能化。
書いてて思ったけど本当に弁もたつし、頭も回る。ついでに状況もよく理解しています。強いです。
原作じゃ徹底的に嫌われてたけど、本作では少しファンを作りたいと思う作者です。
今後の活躍にご期待ください。
感想、どうぞよろしくお願いいたします。