「────全く、酷い目に遭った」
ディオキアの海岸沿いにある小さな公園。
その噴水の前で、タケルは私服に着替えて、待ち合わせをしていた。
ぐったりと落とされたその肩には、彼が抱え込んでいる疲れが如実に表れていると言えよう。
今朝方、メイリンの爆弾発言で本当に酷い目に遭ったのだ。
タケルは思い出して、また身を震わせた。
“今日一日、私とデートしてください!“
静寂が場を包む中、タケルが最初に感じたのは極寒の風であった。
大切な妹に悪い虫が付いたと言わんばかりに、ルナマリア・ホークは目を見開いて、更には見るに堪えないヤバい表情を浮かべ、タケルへとにじり寄り始める。
次いで、ヤヨイ・キサラギが絶対零度の視線でタケルを射抜き。
“──そう言う関係だったのですか。最低ですね隊長。失礼します“
と侮蔑の言葉を吐き捨てられる。
弁解の暇など無い。ヤヨイはそのまま、ミネルバに向かってすたすたと歩き去ってしまった。
この時点でタケルとしてはクリティカルヒットの連続であると言うのに、その後シンからも「あんたって人は―!」をされて、悪ノリを窮めたハイネがその様子を激写しながら「修羅場ってこうしてできあがるんだな!」等とそれは楽しそうに笑われた。
最終的に、ルナマリアを必死に抑えつつその場をどうにか落ち着かせてメイリンから事情を聞けば、メイリンの言葉の発端はタリアからの指示があったという事で、状況は収束する。
オーブの事で精神的に参っているであろうタケルを想って、休暇中には絶対に仕事をさせまいとするタリアの画策であった。
「やってくれたなタリア・グラディス。まさか貴女もマリュー・ラミアスと同じ人種であるとは思わなかったぞ」
思い出して、タケルは呪詛を吐いた。
彼女も大概、お節介であった。自身とナタルは、それはもう良くからかわれたものだ。
だがかと言って、大戦でムウを失ったマリューの事を思えば、自身やナタルは本当に付き合いやすい間柄である事もわかる。人寂しさを拭ってやりたいとも思うもので、邪険にする事も躊躇われた。
結果、タケルとナタルは常日頃からマリューの玩具となっていたのである。
「まぁ、彼女のお陰で今の僕達が在るとも言えるしね。っと、そろそろ時間だけど…………やっぱり、メイリンも女の子だなぁ」
時刻は10時を回るところ。
いきなりの提案という事もあり、メイリンにも準備が必要だと鬼気迫る表情でルナマリアに言われ、たっぷり2時間の準備時間をタケルは言い渡されていた。
お陰でミネルバ艦内でハイネの冷やかしを長い事受け続けると言う苦行をこなしてきている。
戻った暁にはシミュレーターでボコボコにしてやるとタケルは胸に誓った。
そんな事を考えている間に、待ち人は到着する。
「ラウラ隊長、お待たせしました」
聞こえてきた声に、タケルは意識を切り換えて振り返るのだった。
時は発端となる前日のミネルバへと遡る。
「明日の休暇だけど、もし良ければ頼みを聞いてもらっても良いかしら?」
「頼み……ですか?」
お土産でも買って来いと言うのだろうか。タリアの性格上余り考えにくいが、休暇のメイリンに頼むこと等そのくらいしかないだろうと、メイリンは小首を傾げた。
「できる事がありましたら、勿論お聞きしますが」
「貴女は確か、クルースとの仲は悪くなかったわね?」
「ラウラ隊長ですか? えぇ、それはまぁ。私はMS隊の管制官ですし、色々と指導をしていただいてますので」
「少し不躾な願いだと言うのも理解はしているのだけど、明日の休暇に彼を一緒に連れていって欲しいのよ」
「えっ? えぇっ!? な、何でですか!!」
完全に予想外な指示であった為に、メイリンは驚愕に大きな声を挙げてしまう。
その反応が大袈裟に見えたのか、タリアは少し意外そうな表情を見せた。
「あら、そんなに驚くほど嫌なの?」
「い、いえいえいえ、違いますよ! 嫌という訳では無くて……むしろ嬉しいくらいですが……その、どうしてそんな話がという驚きと疑問の方が強くて……」
突飛な話だったから驚いただけであり、決して、誓って、嫌などという事は断じて無い。
メイリンはオーブで垣間見たタケルの素顔を思い出して、必死に首を横に振った。
仕方ない、と言った感触は否めないだろうがあの時初めて見せてもらえた優しい素顔。2人きりで出かけるとなればそれをまた見せてもらえるはず。メイリンにとって是非もない話である。
「勿論、ちゃんとした理由はあるわ。貴女も気付いていたと思うけど彼……最近てんで上の空だったでしょう?」
「え、えぇ……はい。なんだか考え事をしているみたいで」
「貴女には言えないけど、本当に色々と抱え込んでるのよ……それで、今日もまた議長とお会いして聞いた事で頭の中はグルグル。まず落ち着いて休む事なんかできやしないわ」
「そう、ですね。ただでさえ普段から色々とやってらっしゃるのに……」
「明日は一応休暇の予定ではあるんだけど、間違いなく艦に戻って待機なんてしてたら休みそっちのけで色々と手を付け始めるに決まっている。そうは思わない?」
「そう……思います。特にさっき話にあったインパルスとザクの調整なんかは絶対に……」
「そしたら、いつちゃんと休むのよって話」
漸く、タリアのお願いの真意へと理解が及び、メイリンは至極真剣な面持ちとなって頷いた。
本人にその気は無いだろうが、パイロット達からの信頼も厚く、またその実力についても申し分ない。
それはミネルバ内に置いて周知の事実であり、タケルは言わば、今のミネルバを支える存在ともいえる。
まとまりと連携が出て来たMS隊。質の高い整備をするようになった整備班。
メイリンを筆頭に戦場を学び、艦の管制に務める艦橋クルー。
奔放なまでにあちこちへと顔を出してはその存在を示してきたタケルが齎した影響は多大である。
そして、そこまでの存在が崩れたとなれば徒に不安を呼び起こす。
そんな事態にならない様、休める時には休んでもらわなければ困るのである。
「確かに、このままでは隊長、休みなんて取らないと思います。ダメです! これは休ませないとダメですよ艦長!」
「そういう事よ。一緒に出掛けてのんびりするなら、ある程度交流のある人間が望ましいし、かと言ってパイロット達と出かけさせたら最悪心労が増えるわ。それじゃ本末転倒。だからこれはメイリン、貴女にしか頼めない事なの」
なるほど確かに、とメイリンは頷いた。
マリクやバート等、職務上ほとんどやり取りをしない者では互いに気を遣わせる。
かと言って親交多いパイロット組では、タリアがいう様に最悪は心労が増える事になるだろう。シンとルナマリアは論外だし、タリアの中ではヤヨイもまた彼の目的を鑑みれば少々危険な気がした。
レイは無難では在るが、どちらも堅物で真面目な分、やはり職務を忘れられぬ話しか出てこない事が読める。
そう考えればただのオペレーターでありながら、パイロット達とも交流があり、そのお陰でタケルとも気さくに話せるメイリンはうってつけであった。
「わかりました艦長! このメイリン・ホーク、必ずや静かで安らかな休日をラウラ隊長に過ごしてもらえる様に頑張ります!」
「ちょっとメイリン、がんばっちゃダメよ。気楽にしなさい」
「勿論です艦長! 言葉の綾です!」
こうしてメイリン・ホークは気恥ずかしさを忘れて、憧れの人に安らかな時をプレゼントするべく動き出したのであった。
「(うぅ……お姉ちゃんのバカぁ!!)」
悲痛な叫びを胸の内で挙げて、メイリンは足早に待ち合わせの場所へと向かっていた。
なぜ急いでいるかと言えば、それは勿論。準備に時間をかけすぎて出てくるのが遅くなったのだ。
あぁでもないこうでもないと服のコーディネートが決まらず、ルナマリアが四苦八苦していたせいである。
漸く仕上げて出てくる際に、同じく休暇を過ごすシンがバイクで送ってやろうかと言ってきたが、そこは恋に恋するメイリン・ホーク。ハッキリキッパリと断った。
どこの世界に、男性との待ち合わせで別の男性のバイクに乗せられていく女子が居るか。乙女を舐めるなである。
今日のデートを成功させるために、姉が全力でコーディネートしてくれた私服を身に纏い、薄く化粧も施して、正に全力で女の子を作ってきたのだ。
ふと思い出して、切羽詰まっていたメイリンの顔は緩みニヤけてしまう。
思い出すのはホテルでの話も終わり、予定が決まったところでかけられたタケルの言葉である。
”状況はわかった…………まぁ、そうまで艦長に言われちゃ、私も拒めない。今日はゆっくり休ませてもらうとしよう。
メイリン、こんな言い方は失礼かもしれないが、できるだけ女の子らしく着飾ってきてもらえると嬉しい……軍人で在る事を忘れるくらいに”
別れる直前にタケルからこんな事を言われてしまい、メイリンの嬉しさは天元突破である。
軍人ではなく、女の子として今日は見てくれると言う事への言質であった。
ルナマリアも同様の見解であったが故に、大切な妹の大切な恋を実らせようと全力であったわけだ。
姉妹揃って作り上げたこのメイリン・ホークで、タケル・アマノを落とすのである。
残念ながら、姉妹揃ってナタル・バジルールの存在は忘れているらしい。
もう少し冷静であれば思い出せただろうに、これも思わせぶりな言葉を吐くタケルが悪いと言える。
忘れる程に浮かれていたのもあるだろう。仕方ない事である。
そうして、メイリンは待ち合わせの公園へと辿り着いた。
「ラウラ隊長、お待たせしました」
周囲を少し意識して見ているタケルの背中に声をかける。
できるだけ早まった呼吸を落ち着かせて。早くなっていく鼓動を必死に抑え込んで。
緊張と浮かれた気持ちを悟られない様に隠しながら、メイリンは自然に笑みを浮かべて振り返ってくるタケルと相対した。
あっ、とメイリンはわずかに惚ける。
「メイリン────その様子、随分粧し込んできてくれたんだね。ありがとう。元気いっぱいの可愛らしい格好だ。似合ってるよ」
山吹色の髪が潮風に揺れ、群青の瞳が緩やかに細められる。
いつも着けているはずの仮面を、タケルは着けていなかった。
清潔感のある白いワイシャツを羽織り、クリーム色のチノパン。装飾品は首元のチェーンネックレスのみ。柄も目立たぬシンプルな服装だが、それが髪と瞳に良く映えて、海辺の街にぴったりの爽やかな服装である。
予想外なタケルの姿に、メイリンは息を呑んで見惚れてしまった。
「メイリン?」
「い、いえ!? その……なかなか服が決まらなくて遅れてしまい、すいません」
「良いよ良いよ、大した時間じゃなかったし。それにまだ10時過ぎだよ。時間はたっぷり在るから」
「えっと、その。仮面は、良いんですか? ラウラ隊──」
「ストップ」
おずおずと切り出したメイリンの前に指を立てて、タケルは小さく首を振った。
「流石に街に出るのにあんな仮面は着けられないよ。仲間のザフトにすら捕まりそうだし。
それに言ったよね、軍人で在る事を忘れるくらいにってさ。あれは例え話じゃないよ。仮面を外して、ザフトのクルース・ラウラでなくなった以上、オーブでもないここでの僕はただのタケル・アマノ。今は君も、ただのメイリン・ホーク。
グラディス艦長の指示の通り、今日はちゃんと休暇にするって決めたんだ。だから、メイリンにもこれは守ってもらわないと」
「えっと、守るってどう言う?」
「名前で呼んで。今は隊長じゃないからさ」
えぇっ!? と、メイリンは思わず潰れた様な悲鳴をあげる。
いきなりそれは、乙女にとってハードルが高い。
メイリンにとってタケルは想い人と言うよりはずっと、憧れの色が強い相手だ。
確かに淡い恋心も含まれてはいるが、それはザフトの男共がラクス・クラインに抱く気持ちと同じ類であり、気安く名前を呼び合える様な間柄に居るとは思えないのである。
“ラクス様”と皆が呼ぶ様に、メイリンにとってタケルは“アマノ三佐”か“ラウラ隊長”と言う肩書きが必要であった。
「えぇ、っと、そのぉ…………アマノ、さん、じゃダメですか?」
「ダメ」
「えぇ!? な、何でですか」
「アマノはオーブの軍人の名家だもん。その名は僕にとって軍人としての肩書きだよ」
「そんなぁ」
「ほら、遠慮しないで良いから」
いっそ遠慮させてくれと言いたいが、そんな事言えるはずもなく。メイリンはぐっ、と言葉に詰まる。
目の前にはいつの間にか距離を詰めてきたタケルが、どこか期待する様な目で持ってメイリンを見つめている。
それがむしろ名前呼びのハードルを上げている事に、気づいてくれとメイリンは切に願った。
たっぷり数秒、ウジウジと悩みながら、静かにメイリンは覚悟を決めて口を開く。
「タケル……さん」
羞恥に染まりか細い声ではあったが、確かに届いたその声に、タケルは満足そうに笑みを浮かべるとメイリンの手を取った。
「良し、それじゃ行こうか。本当のホントにせっかくの機会なんだから、楽しまないとね」
「えっ、あ、ちょっと!? 待って下さいよー!」
こうして2人は、ディオキアの街へと繰り出した。
仲良く他愛のない会話を楽しみながら、道端の露店で銀細工を見たり、街並みと景観を楽しむためにレンタルサイクルを借りて小さく街を一周回って見たり。合間に地元で名物となるお菓子を食べてみたり。
なんとも気楽で、楽しい時間を過ごした。
タリア発案のタケル・アマノ休みを取れ作戦は、メイリンの頑張りもあって成功したと言えるだろう。
夢中になって街を回っていたせいか、少し遅くなった昼食を済ませようと、丁度よく見かけたレストランへ2人は入った。
互いに注文を済ませて料理を待つ事10分。
その間も軍人であることを忘れて、2人の会話は弾む。
「へぇ、それじゃあ昔からルナマリアはあんな感じなんだ」
「そうなんですよぉ。そりゃあ、運動できるし勉強も悪いわけじゃないし、妹ながらスタイル良くて美人だと思うし……自慢のお姉ちゃんではあるんですけど」
「まぁ、比べられるときついよね。色々と」
「はい……小さい頃から、好きになった男の子が皆お姉ちゃん目当てみたいな所ありましたし……何て言うか劣等感とは言わないですけど、何で姉妹でこんなに違うのかなって……」
なるほど、だからふとした時にルナマリアの後ろに隠れるのが癖になっているのだろう。
タケル自身、そんなメイリンの癖を何度か見ている。
恐らくは先に姉を見せつける、そう言った意味合いだろうか。引き立て役になるなら目立ちたくないと知らず知らず一歩下がってしまうのだ。
「う~ん、別に僕は違う事が悪い事だとは思わないけどね」
「えっ? どういう事ですか?」
ちょうど料理が運ばれてきて、2人は一度会話を止める。
食事しながらの会話は所によってはマナー違反だが、この店は談笑がそこかしこから聞こえる。
2人は運ばれてきた料理に手をつけながら、話を続けることにした。
「メイリンも一応知ってるよね。僕とカガリが以前は兄妹だった事」
「はい……ユニウスセブンの時に、代表がタケルさんを兄様、と言ってらしたので」
「そっ、僕の以前の名前はタケル・イラ・アスハ。10歳になるまでは、アスハの家の子でカガリの双子の兄だったんだ」
「それで今も変わらず代表はタケルさんをお兄さんと」
「うん。でも、小さい頃の僕は今よりずっと弱くてね。幼年学校ではいつも虐められてばかりだった。学校じゃ泣いてばかりの子供だったよ」
えっ、とー意外な事実にメイリンは呆けた。
これまでを見ても、タケルは常に自信たっぷりと言うか、何をしても簡単にこなしてしまう。
そんな英雄像に相応しい完璧な人間を思い描いていた。
本人から語られる真逆の事実に、メイリンは本当かと疑念を交えて次のタケルの言葉を待つ。
「カガリは当時から本当に強い子でね。虐められてる僕を見るや否や、全力で虐めっ子たちに飛び掛かっていくんだ。それはもう、ホントかっこ良くてね」
「へー、すごかったんですねアスハ代表……やんちゃと言うかなんというか」
「まぁね。でも、その心の強さは昔も今も変わらなくて。だからカガリはオーブの代表になって、僕はそれを助ける国防の道へ。僕はいつまでも、強いカガリの隣で強がることしかできなくて……本当に敵わないよね」
ずっとそうであった。
大切だからと必死に強がり守ろうとする。それは強くなったと己に言い聞かせるためでもあったが、いつだってそんなタケルを打ち据えるのは、揺るがない強さを持つカガリであった。
「今と変わらず、オーブにだってコーディネータへの差別意識は根強い。親から子へと伝染したそれは、素直な子供にとって隠すことのできない忌避に繋がる。その上僕は持って生まれた才能があったからね。子供達が異物を排除するには十分なものが備わっていた」
幼い時に救われてから、今に至るその時まで。
弱い自分を奮い立たせて前を向かせてくれるのは、いつも隣を歩いてきた双子の妹。
「カガリはさ、勉強も運動も何一つ敵わないのに、僕よりずっとずっと強かったんだ。僕が泣くばかりで何もできないときに、カガリは一人でふざけるなと立ち向かってくれた。
メイリンにとってのルナマリアみたいに、カガリにとって僕は、何でもできる敵わない兄だったはずなのにさ」
「あっ……」
気が付いて、メイリンは声を漏らした。
タケルが徐に話し始めた、カガリとの事。これはこれで面白い話が聞けたと思っていた所だが、ひょんな所からそれは自分と姉の話に通ずるものとなった。
「凄い姉だとメイリンが思っていても、それはたぶんメイリンの主観だけの話だよ。いつになっても僕がカガリに敵わないと思う様に。きっとルナマリアは自分に無くて、メイリンだけが持っているものをたくさん知っている。羨ましいとすら思っているかもしれないよ。
だから、自分を卑下する事なんかないんだ。その証拠に──」
薄く笑みを浮かべて、タケルはメイリンを見つめた。
真っ直ぐに何かを伝えようとする気配に、気恥ずかしさをと嬉しさを同時に感じて、メイリンは息を呑んだ。
「僕がこうして今日楽しめているのは、ルナマリアではなく君が一緒にいてくれるからだ」
それだけでも、ルナマリアは決してメイリンに敵わないよね、などと言われては嬉しさと恥ずかしさに顔を朱に染める他あるまい。
今この場で明確に、タケルにとって一緒にいて嬉しい存在として、メイリンが選ばれたのだから。
「あ、ありがとうございます」
「こっちのセリフだけどね」
「あうっ……」
それからは恥ずかしさに無言となり、メイリンはせっせと食事を進めることしかできなかった。
そんなメイリンを微笑ましく見守りながら、タケルはたっぷりデザートまで注文してレストランの料理を満喫する。
タケルに勧められて同じくデザートに飛びつく辺りは、羞恥に塗れていてもメイリンはやはり女の子であった。
満足感をたっぷりと感じながら、2人は店を出る。
「さて、お腹も一杯になったし、少し歩こうか。この先の岬が随分景色が良いみたい」
「良いですね、行きましょ!」
少しだけ……悟られない様に本当に少しだけ。
タケルとの距離を縮めながら、メイリンは嬉しそうに隣を歩くのだった。
辿り着いたところは断崖から黒海が一望できる眺めの良い場所であった。
些細な悩みなど吹き飛ばしそうな雄大な大海原を眼前に。少し周囲へと目を向ければ、綺麗な街並みもよく見える。
「うわぁ、良い眺め」
「う~ん、こうして潮風を受けるとオーブを思い出すね。丁度僕の家も、こんな感じの立地だし」
「そうなんですか? こんな景色が家で見られるなんて、素敵ですね」
「良い事ばかりではなかったりするけどね。市街からは少し離れてるし、潮風はちゃんと対処しないと家のあちこちを傷めるし」
「島国ならではの問題って感じですね」
「そうなんだよね。気を遣う事も多くて……ん?」
タケルが表情に怪訝なものを見せる。
釣られるようにメイリンも訝しむと、2人の耳をどこか気の抜けた笑い声が揺らした。
「うふふふ、あはははは」
白と青を基調としたヒラヒラのドレスを身に纏い、岬の先で少女が揺れていた。
素晴らしい景色を見て気分も良いのだろう。ヒラヒラと舞うように、クルクルとその場で回っている。
「──なんだか、随分とはしゃいでるみたいだね」
「ちょっと、フラフラと危なっかしいというか……大丈夫でしょうか? ここ、柵とかありませんし」
「流石に大丈夫だと思うけど……う~ん、見てるとヒヤヒヤするな。ゴメン、メイリン。ちょっとあの子止めてくるよ」
少し先で危なっかしい動きをする少女に危険性を訴えるべく、タケルが動き出そうとした時だった。
「タケルさん!!」
メイリンの声がその場を切り裂くように木霊し、タケルはその声の意図を瞬間的に察した。
フラフラと揺れながら、まるで吸い込まれるように断崖の淵へと向かおうとする少女が目に映る。
「なっ、うそ!!」
爆ぜるようにタケルはその場を駆け出した。
彼我の距離は歩にして8歩。疾走すればタケルなら4歩でその距離を跨げるだろう。
──1歩。
少女が断崖の淵へと辿り着いた。
──2歩。
少女の身体が徐々に崖の外へと傾き始める。
「あっ、あぁ、いや」
──3歩。
少女は目前。が、同時に少女の身体は重力に従い崖の下へと向かおうとしていた。
4歩!
飛びつき、崖から手を伸ばして、タケルは落ちゆく少女の手を掴んだ。
「っ! 間一髪!!」
「タケルさん!!」
若干勢いが乗りすぎて自分も落ちそうになるのを逆の手で必死に支えて、背後のメイリンへと無事を知らせるタケル。
「大丈夫だよメイリン……一応ね。それより…………君、大丈夫? 手、放しちゃダメだからね!」
フラフラとしていたら突然の事態。呆ける少女は自身の状況をまだ掴めていないようであった。
「メイリン、僕のベルトを掴んで後ろに体重を預けてくれる?」
「は、はい!!」
駆けつけてきたメイリンは指示された通りに急いでタケルのズボンのベルトを掴むと、そのまま身体を後方に預ける。引き上げる反動でタケルが落ちないように支えるのだ。
「大丈夫です。いつでもどうぞ!」
「ありがとう。それじゃ行くよ……せーのっ!!」
準備ができれば後はすぐである。
鍛え抜いた肉体が十分な
「ふぅ……間に合って良かった。君、大丈夫? 怪我は無い?」
相も変わらず呆けている少女を抱き止めると、タケルはメイリンに視線を配った。
意図を察してメイリンは少女に怪我がないかと視線を巡らせていく。
「(カガリみたいに綺麗な金色の髪。見た目は随分と大人っぽいけど……なんか雰囲気が幼いな。とりあえず怪我は無さそうだけど……)」
メイリンからも大丈夫だと目配せをもらってタケルはひとまず安堵した。
しかし、それでも少女は、未だ呆けていてタケルの顔を見つめている。
ショックで気が抜けているのかと、2人は俄かに不安を覚えた。
「ねぇ、君本当に大丈夫? どこか痛むとかあったら教えて──うわっ!?」
心配の声を見せるタケルに、少女は急に目を輝かせてタケルを押し倒さんばかりに飛びついた。
流石に倒されることは無かったが、タケルは不意を突かれて驚きに顔を染める。
「えっと、君……どうしたの?」
「怖かったの、かな? もう大丈夫ですよ。安心してください」
まるで飼い主に会えた子犬のようにタケルの胸に顔を埋めて震える少女。
それを2人は怖かったのだろうと推察したが、その予想は続く少女の言葉に潰された。
「ユリス!!」
大海原を目の前にして、タケルは少女が呼んだ名前に、心を荒れさせるのであった。
う、浮気じゃないよ。妹扱いだよ。
浮気はもっとずっとあt…………いや!ウチの主人公は浮気しないよ!
そしてこのまま終わるわけもないってやつ。
次回も幕間でデート編後編ですね。もうデートどころじゃ無いですが。
どうぞお楽しみに。
感想、どうかよろしくお願いします。
やっぱり感想が一番モチベになるので。
あ、メイリンの服装は読者の想像にお任せします。
作者にメイリンを着飾らせるとか無理なのです。読者の頭で最強コーデさせてあげてください。