ヘリオポリス。
宇宙に点在する居住区、コロニーの1つ。
主には資源衛星の開発等を目的とした拠点として作られることが多いが、貿易拠点としても機能し、広大な宇宙を活動圏内とした人類にとっては無くてはならないものである。
ヘリオポリスはその中でもオーブが建造、所有するコロニーであり、住んでいるのは当然ながらオーブの国民だ。
人工的ではあるがある程度の自然も再現され、住民たちは長閑な生活を送っていた。
彼、キラ・ヤマトもそんなヘリオポリスで生活する国民の一人であった。
「(うぅ、きまずい……)」
沈黙が部屋を支配していた。
現在彼が居る場所は、ヘリオポリスのカレッジスクール。その研究室の一室である。
彼の担当教授が受け持つ研究室であり、そこにはムスっとした顔で佇む来客が教授を待っていたのだ。
友人たちはそれぞれに自分の作業に入るべく部屋を出てしまい、教授に提出する資料があったキラだけが、来客である“彼”と共に沈黙の研究室に居たのだ。
「あの、教授への伝言とかでしたら……伝えておきますけど?」
元来引っ込み思案なキラではあるが、この沈黙には耐えきれなかったのか勇気を出して声をかけてみる。
帽子を目深に被った彼は、目を合わせる事無く言った。
「いや、いい。気にしないでくれ」
「あ……そう、ですか」
沈黙が再び支配する。
これは教授が戻ってくるまで状況が変わらないだろうと踏んだキラは、自分のPC端末を立ち上げるとこの場で出来る、課された課題に手を付け始めた。
キラは非常に優秀なプログラミングの技術をもっており、教授からはその腕を買われて次々と難解な機械のプログラムなどを構築している。
最近はもっぱら……兵器関連であった。
仕方ない。そういう時代なんだろうとキラは考えないようにしていた。
ただ、課せられた課題をこなすだけ。
そうして集中していくキラは、いつの間にやら沈黙の緊張感も忘れ、プログラミングへと没頭していくのだった。
地球連合軍技術大尉“マリュー・ラミアス”は多忙な職務に追われていた。
ようやく完成までこぎつけた、オーブと協力開発した新型のMS。
GAT-Xシリーズと採番された最新鋭の機体だ。
今日はその根幹であったMS開発技術の基礎を提供してくれた機体、M1アストレイの開発者である1人がこの工廠に招聘されているのだ。
連合軍の軍人としても、また1人の技術士官としても丁重にもてなしたかった。
「使用してない機材は片付けておいて! 機体は順次所定の位置に移動を!」
指示に大きな声を張り上げると、技師達からは応の声が上がる。
皆、意気良く上向きの調子に見えた。変なミスも起こらないだろう。
「ラミアス大尉、予定されていたオーブからの客人が到着されました」
「えっ、もう来たの!? ちょっと予定より早いじゃない」
「単独で招聘に応じたとの事で、予定より身軽になったとか……」
「何ですかその理由は……仕方ありません。こちらまでご案内を」
「了解しました」
そういって1人の技師を見送ると、マリューは自身の姿を顧みる。
来客は予定されていたが準備の為に現場には出る為、一応技師と同じ作業着であった。
周囲を見るに諸々の作業は終わっていた。
“着替えるか……? ”
流石に来客にこの格好は軍人としても女としても許せそうにない。
汗だってかいてる。シャワーは無理でも、少し誤魔化すくらいの時間はあるはずだ。
そう思っていた彼女だが、その希望は無残にも打ち砕かれる。
「へ~これがXシリーズ……」
おもむろにハンガーに横たえられた機体に触れる年若き技師がいた。
「ちょ、ちょっと! そこで何をしているのですか!?」
「あ、これは失礼────貴方が責任者のラミアス大尉でしょうか?」
人懐っこい感じの、まだ年端も行かない少年であった。
見知らぬ作業着を着ている事からも、マリューは少年の正体に察しは付いたがにわかには信じられなかった。
M1アストレイは技術者であるマリューから見ても非常に完成された機体である。
それをまだ少年ともいえる目の前の彼が開発したというのか。
「それは、そうですが……貴方は?」
「失礼。ご挨拶が遅れました、オーブ国防軍二尉タケル・アマノであります。
招聘を受けて参りました、アストレイの開発責任者です」
「そう、でしたか。私はマリュー・ラミアス。地球連合軍技術大尉です」
「今回はお招きいただき感謝しています」
「いえ、連合としましてもオーブの協力がなければこれ程の機体の完成は見られませんでした。こちらこそ感謝しています」
互いに挨拶もそこそこに、ハンガー内を歩きながら会話が弾んでいく。
どちらも技術士官だ。馬が合うのだろう。
タケルとしてはXシリーズの元となったアストレイへの賞賛の声に笑みを浮かべ、マリューは目の前にあるXシリーズの姿に興奮を隠せないタケルの様子に笑みを浮かべた。
マリューも軍人なのでXシリーズの機密を口にすることは無いが、タケルにそれを探るような気配もなく。
駆け引きのある会話ではなく、技術者として素直に楽しい、そんな時間であった。
「ところで、ラミアス大尉。雑談もそこそこに今回の訪問についてなのですが……」
「はい……オーブ側からの要望としてこちらは貴方の招聘を受け入れたと伺っています」
タケルの声音が変わった。
先程までの少年の気配から軍人へと。それはこれから陣営を交えた話をする合図であった。
「警戒しないで、と言うのは無理がありますよね。オーブ側からは出来上がった機体を眺めるだけで良いから見せて欲しい。そう打診されていたと思います」
「はい。データ等についてはそちらの技師も携わっていますし、ある程度は流れているから快諾して良いと私達も上から指示されています」
「そこでちょっとだけお願いがあるんですが……」
言いにくそうな気配がタケルからは伺えた。無理難題を吹っかける事に迷うような素振りである。
マリューは警戒を一段階上げた。
「Xシリーズ、動かすことはできませんか?」
「え? 動かす……ですか?」
「難しいでしょうか……」
少し表情が陰るマリューをタケルは見逃さなかった。
難しいというのは一目でわかる。動けば機体に使われている様々な技術が表面的にだが見えてくるものだ。
せっかくの最新技術、隠しておくに越したことはないだろう。
だが、マリューの言葉はタケルの予想に反したものだった。
「できれば動かしてお見せしたいとは思いますが……その、がっかりさせて申し訳ないのですがXシリーズはまだ“動かせない”のです」
「動かせない……あれ、でも機体は完成してるんじゃ?」
「はい、機体や武装。いわゆるハード部分はすべて完成しています。なので完成したとして地球への搬送も予定しています」
「ハードは、っていう事はもしかして」
「はい、機体を動かすOSがまだ未完成なんです」
「あぁ、そう言う事でしたか……」
なるほど、とタケルは思った。
確かに提供したのは機体としてのアストレイだけだ。それを動かすソフト、OS部分については提供されたアストレイには搭載されていない。
モルゲンレーテでタケルとエリカ、そして姦しい3人娘の意見を取り入れて作った、ナチュラルでも動かせるOSは、連合には渡っていないのだ。
「仕方ありませんね」
「ご期待にお応えできず本当に申し訳ない!」
「そんな、そこまで気にしないでください。元々ダメ元で聞いてみただけですから!」
本当はその先で自分のアストレイと模擬戦まで考えていたとは、タケルは口が裂けても言えなかった。
申し訳ないと顔に書かれたような表情で謝るマリューの姿に、タケルは実直な人だなと感じ入った。
「それではせめて、ざっくりと機体を見させてもらうだけでも」
「勿論、私がご案内します」
「では、よろしくお願いします」
そういって再び和やかな雰囲気になった2人が歩き出そうとした瞬間であった。
「これはっ!?」
「何っ!?」
巨大な爆発
大きな振動。
ヘリオポリスに、激震が走った。
なんで、どうしてこんな!
通路をひた走るキラは、頭でそんなことを喚きながら命からがら足を動かしていた。
研究室でプログラミングに没頭していたキラを現実へと引き戻す巨大な爆発と轟音。
直ぐに何か異常な事態になったのだとわかる。
建物内からも多数の声が聞こえて、次々と皆が避難していくのがわかった。
「一体何が……って君、何処に行くんだよ!?」
何かを察したのか、非常階段の方ではなく研究室のある建物から工廠へとつながる廊下の方へと向かおうとする、例の彼を見咎めてキラは声を張り上げた。
「何かあったんだよ、安全なところへ避難しないと!」
「うるさい、放せ! 私には確かめないといけないことがあるんだ!」
聞く耳を持たないと振り払われた事に驚きながら、走り去っていく声の高い少年を見送る。
僅かな時間を呆けていたが、すぐに我に返ると放っておけるわけもないと必死に少年を追いかけ始めたのだ。
そして現在、周囲に次々と爆発の音と振動が飛び込んできており、事の中心地帯へと向かっている気がしたキラは、目の前を走る少年を恨めしく思っていた。
何を好き好んで危険なところに向かうのだろうか。理解できないし、ついでに必死に追いかけてしまっている自分にも理解できなかった。
危険に向かう彼を放っておけなかったのだ。
やがて、広い場所へと出た。
何かの格納庫の様で、正にだだっぴろい、と言う感じだった。
その中心には……灰色に鈍く染まったMSが横たえられていた。
「これって……モビルスーツ?」
「そん、な……やっぱり」
「ちょっと、君。何が」
目尻に涙を浮かべて座り込む少年に、違和感を覚えながら支えようとするが、少年は手すりに縋り付き涙を流していた。
「地球軍の新型機動兵器……お父様……兄様……嘘じゃなかったんだ……お父様の裏切り者ぉ!!」
突然大きく慟哭を示す少年の声が、格納庫に響き渡るのだった。
突然の爆発、突然の大きな揺れ。
何が起きた、ではなく何か起きたと察知したタケルは周囲を警戒しマリューと共にその場へ伏せた。
「い、一体これは!?」
「わかりません! ですが間違いなく良くは無い何かでしょう!」
疑問の答えは銃声となって返ってくる。
工廠内へと次々と現れる、統一性のあるパイロットスーツ。
真紅を基調としたそのスーツ、プラントが所有するザフト軍の精鋭部隊の証であった。
「ヘリオポリスにザフトが襲撃……まさかXシリーズの情報が……」
「マリューさん、伏せててください」
先程までの人懐っこい雰囲気はどこに行ったのか。
何処からか銃を取り出していたタケルは、次々と格納庫へと入り込んでくるザフトへと応戦を始める。
「くっ、さすがに最初からやり合う気で来た連中とは装備の充実度が違う」
「アマノさん、ライフルならあそこに」
マリューが見やる所には、既にやられた連合の技師が使っていたライフルが投げ出されていた。
「私が援護します。行ってください!」
「ありがとうございます。それじゃ行きますよ!」
瞬間、物陰から飛び出したタケルは疾駆する。
マリューはそれに目を見開いた。
まるで射線を読んだかのような回避。駆け抜けていくその速さと言い、並の人間のスピードではない。
すぐさまマリューの頭には1つの確信が生まれた。
タケル・アマノはコーディネーターである、と。
駆け抜け様にライフルを拾ったタケルは、再び応戦に入る。
装備の充実さもあって状況は不利だが、少数精鋭での襲撃であればいずれはXシリーズの運搬の為に来航していた地球軍が増援に来るはずだ。
マリューとタケルは必死に戦闘を続けた。
そんな時である。
「お父様の裏切り者ぉ!!」
高く、少しハスキーな。聞き覚えのある声が工廠内に響き渡った。
反射的に声が聞こえ方向へ銃を構えるマリュー。
「ラミアス大尉、ダメだ!!」
「えっ!? 子供……?」
構えた先に居たのは2人の少年だった。
銃を構えられたことで危機を察知したのだろう。茶髪の少年が崩れてる少年を連れて逃げていく。
マリューがカバーしている物陰に銃撃が叩き込まれ、慌ててタケルは応戦。
その隙を突いて、マリューはタケルと合流した。
「すいませんアマノ二尉、危うく撃つところでした」
「いえ、むしろこちらこそ申し訳ないです。あの子は、僕の連れなので」
「それは一体……」
「申し訳ありません、ラミアス大尉。僕はオーブの軍人……ここで連合である貴方と共に戦う前に、どうやらやるべきことができたようです」
決心したようにきっぱりと告げるタケルの姿にマリューも彼の言葉の意味を察した。
確かにそうだ。ここで地球軍の為に戦うより先に、彼はオーブの国民を守る国防軍の責務がある。
それはつまり、先程逃げていった2人の少年を守らなければならないのだ。
「謝らないでくださいアマノ二尉。むしろ私をここまで守ってくれたことに感謝いたします」
「ありがとうございます。いつか、再会できたらまたさっきのような会話をしたいですね」
「できればそれが許されることを願います──私が応戦したら行ってください」
「ありがとう!」
名残惜しさを見せず、きっぱりと別れた2人は同時に動きだした。
先程見せた俊足で駆け出していくタケル。
それを援護する様に再びザフトへと応戦するマリュー。
彼女の戦いに感謝しながら、タケルは恐るべき身軽さで工廠内の階段を駆け上がっていき、逃げていった少年と少女を追うのだった。
工廠を出た先の通路もまた、破壊工作によってかなり荒れていた。
この通路を、あの状態の少女の手を引きながらでは然程早くも走れないはずだと、タケルは全力で疾走した。
目当ての2人が見つかるのは直ぐだった。どうやら脱出艇への入り口で騒いでいるらしい。
「女の子なんですよ。せめて彼女だけでも!」
『そんな事を言われても一杯一杯なんだよ──すまない』
「あ、ちょっと!? そんな」
落胆の声と共に崩れ落ちる少年、キラ・ヤマトの側へと声をかけながら駆け寄っていく。
「君、大丈夫かい?」
「貴方は、さっき格納庫にいた……」
「戦闘中だった故に銃を向けてしまって申し訳なかったね──カガリも、怪我はない?」
「兄様……どうしてここに」
ビクリと、帽子を目深に被った少女の肩が跳ねた。
そう、キラからは少年だと思われていた彼女こそが、タケルが連れ帰るべき対象。
オーブの代表首長ウズミ・ナラ・アスハの子、“カガリ・ユラ・アスハ”であった。
「もぅ、本当に……怪我はない?」
「だ、大丈夫だ。怪我なんかしてない!」
座り込んでいるカガリが要領の得ない返しをしてくることに焦れて、カガリを無理やり立たせるタケル。
対してカガリはそれを強く振り払った。
先程格納庫で父や兄へ強く憤りを感じていたからだろう。本人が出てきてカガリはどこかバツが悪かった。
「それなら良かった。とりあえず、彼女の事は僕が預かるから、まずは君の安全を確保しよう。脱出艇までは僕が一緒に──」
「それなら! 彼女を先に安全なところへ……さっき転んじゃって足痛めてるし、僕は自分で脱出艇へ行けますから」
キラの言葉に驚き、カガリを見やるタケル。
見れば確かに、重心が片側によっていて明らかに片足へ体重をかけないようにしていた。
これでは少し脱出するにも苦労するだろう。
身軽に動けるキラが単独で逃げた方が楽なのは間違いが無かった。
「本当に大丈夫……?」
「はい。そちらこそ大変だと思うので気をつけてください」
「わかったよ。それじゃお言葉に甘えさせてもらう。脱出艇はここから正反対の方にもあるはずだ。またさっきの格納庫を抜けるだろうけど、君ならきっと大丈夫だと思う。全力で駆け抜ければいい」
「わかりました。ありがとうございます……それじゃ」
そう言うとキラは、タケルに負けず劣らずの勢いで疾走して去っていく。
少しだけ不安はあるもののその姿に大丈夫そうだなと感じたタケルは、足を痛めた妹に背中を差し出した。
「早く乗って、カガリ。急ぐから」
「──自分で走れる」
「こんな状況で変な意地張らないでよ」
呆れるような物言いをされ、素直にカガリは従った。
それなりに年を重ねている為、兄の背に乗る事にはどこか抵抗があったが、乗ってみれば別に気にすることも無かった。
「なんでここにとか、何しに来たんだとか、聞きたいことは山ほどあるけど、何処に向かって脱出する気なんだ?」
「アストレイを持ってきてるから。2人で乗り込んでそのまま安全な場所まで出る」
「良くシモンズが許したな……とはいってもあの新型を見る限りもう意味もないのか」
「そういう事。本当は新型の技術をゆっくり見学して見定めようと思ってたんだけどね」
「ふん、そんな狡い事ばかり考えているからこんなことになるんだ……」
「それについては帰ってからゆっくり話し合おう。まずは生き残らないと」
そういってカガリを背負いながら、走り出すタケル。
背中にいるカガリも、もう何もしゃべる事はなく沈黙のままタケルがアストレイを置いておいた目的地へと向かった。
非常避難ルートから建物を抜けたその先、巨大なトレーラーが工廠の近くに停車しており横たえられたアストレイが布でその姿を隠されていた。
「随分と大胆に置いてあるんだな」
「意外とこの方が不審には思われないんだよ──それじゃ、乗り込むよ」
カガリを抱えるような形でコクピットに乗り込んだタケルは、M1アストレイの立上げ準備に入った。
各パラメーターをチェックするが、特におかしな点は見当たらない。
これだけの騒ぎの中、全くの無傷で放置されていたのは幸いであった。
いける。
「M1アストレイ、システム起動」
オーブの獅子の子が今、戦場に立つ。
戦火に身を置く事。それは戦争に触れる事。
平穏の大地は炎に包まれ、白亜の巨躯が平和な筈の世界に立ち上がった。
行き交う銃火を退けながら、邂逅を果たす少年達に、戦いは容赦の無い牙を突き立てる。
止まらぬ世界は迷いを許さず。腕《かいな》に抱いた大切な人を守るため、少年達は争いの中に身を投じていく。
次回、機動戦士ガンダムSEED
『戦いを経て』
戦火の大地に、立ち上がれ、ガンダム!
いかがでしたか。
感想を是非是非お願いします。