ブリュッセルで会談を終えたカガリ達は、フレイとサイとの別れを済ませてアークエンジェルへと帰投した。
元々の目的であったプラントとの協力関係こそ築けなかったものの、ミュラーとは改めて会談の場を設け、ラクスとカガリはこれ以上の戦争拡大を防ぐ目的の下に、ユーラシア連邦との協力関係を結ぶ事となる。
しかし、デュランダルが言った事は的を射ており、実質的な
時が来れば、助力を求め合える関係となった。それだけである。
ユーラシア連邦からすれば、当座の問題はプラントとの協力関係で解決している。
本来であればラクスにはプラントを一つにまとめるだけの影響力を。カガリには中立としての立場を誇示し続ける、小国でありながら力強い牽引国としてオーブ代表の立場を求めていたのだ。
結局のところ、デュランダルが言う様に今の彼女達では、その役目に不足であったわけだ。
アークエンジェルに戻ってからも、彼らの空気は重いままであった。
「あらあら、随分重たい空気になっちゃって」
アークエンジェル艦橋で一堂に会しても厳しい表情を見せるカガリ達に、マリューはおどけて見せるが、帰ってくるのは沈黙ばかりでマリューは居心地悪そうに肩をすくめた。
「まぁ、仕方ないっちゃぁ仕方ないだろ。言われてる事は事実だしな。逆に今の2人に過度な期待をする方が、為政者としては間違いだ」
「バルトフェルド隊長、そんな言い方は無いでしょう。カガリ達はそれでも今の世界をどうにかしようと必死に──」
「人を率いる者に、必死だとか頑張ってるとか、そんな言葉が通用するはずもない。結果が全て。現実が全てだ。君も元連合の軍人ならそのくらいはわかるはずだと思うが?」
「それは……そうですが」
正論ではある。バルトフェルドの言葉にナタルは応ずる言葉が出てこなくて引き下がった。
確かに彼の言う通り、人の上に立つべきものが見せるものは結果。後に残される現実だけが全て。
だがそれを……世界をどうにかしようと足掻くのを、まだ若い身空の彼等に任せ、頼りきりでいて。
それで大人の正論を振りかざすのはどうにも収まりが悪かった。
「そう睨まないでくれ。あくまで一般的な見解としてだよ」
「では、貴方個人の意見はどうなんですか?」
「む? 僕の意見か…………そうだね。クソくらえってところかな」
悪辣で下品な言葉に、なんとも言えない微妙な空気が流れた。
険しい視線が集い、若干居心地の悪くなった空気の中、バルトフェルドは続ける。
「情けなくはないのかって話だ。大人が始めた戦争。大人が放り出した問題。そいつを全部若い奴らに放り投げて、なんとかしてくれ。頼りにさせてくれってな。
今ここで行燈としている俺が言えた義理じゃないかもしれんが、なんとかするのも頼りにされるのも、本来は俺達大人の役目じゃないんかね」
「それじゃ、バルトフェルドさんには何か方策があるんですか?」
「んや、ない!」
かっこいい大人のかっこいい発言に少しだけ彼を見る目が変わっていたと言うのに、わかりやすいオチに一同肩を落とした。
この少し抜けた感じは嘗てこの艦にいた頼れる兄貴分の様で、キラがどこか懐かしく感じていたのは内緒だ。
「アンディ、真面目にして」
「真面目ではあるよ。ただなぁ、2人に偉そうな事言ってきたデュランダルって奴が、僕はどうにも気に食わなくてね。最後には暗に、カガリに代表復帰をしろと仄めかしてきたんだろう? 人様に偉そうな事言う前に、ラクスの替え玉なんか用意せずにプラントをまとめておけって話だ。そもそも、ザラの信奉者の手綱を引き締めていれば、今の世界はこうじゃなかったんだからな」
ムッ、とカガリは眉を顰めた。
バルトフェルドの言葉には、遠回しにザラの名を持つ彼を責める様にも聞こえたからだ。
「バルトフェルド、それを言うのはやめろ。アスランだってこんな事になるなんて思っても──」
「別に僕はオーブに居た彼を責めてるわけじゃない。さっきも言った様に大人が始めた戦争と問題だ。その責は嘗てプラントを率いていた者達。ひいては現プラント政権の責。彼の問題でもないさ。
だからこそ自分の力不足をラクスやカガリに転嫁する様な奴を、僕は信用できないな」
剣呑としていくバルトフェルドの空気に、一同の重苦しい気配が変わっていく。
ラクスが皆を代表する様に、湧き上がってきた疑念をバルトフェルドへと向ける。
「バルトフェルド隊長。それはつまり、デュランダル議長は信用するには値しない、と言う事でしょうか?」
「ことの顛末だけを聞いた僕からすれば、だがな。向こうだって全部の事情を明かしてはいまい。立場を失ったとは言え今の世界情勢でお前達2人との協力関係を蹴るのは、僕からすると随分リスキーだと思う。僕にはどうも、デュランダルがお前達との協力関係を拒んでる様に思えるね」
バルトフェルドの言葉に、ブリュッセル訪問をした者達の表情が変わる。
ここにきて、カガリ達はどこか腑に落ちる様な感触を得た。
どうしてこんな結果となってしまったか。正論を述べられ、良いように言いくるめられた結果に終わってしまったが、なるほど確かに…………思い当たる節はあった。
デュランダルはあの時、わざわざ議場から彼女達を無関係と締め出した。後にカガリに代表復帰への発破をかけておきながらだ。
ユーラシア連邦に宇宙との連絡基地は無い。そもそも実質的な連合からの脱退に近い今では、ユーラシアが宛にできる宇宙港は無いのである。
元々フレイがオーブに訪問したのも、オノゴロにあるマスドライバーを宛にした移民計画への打算があったから。
プラントとユーラシアが結んだ協力関係の要、地球に住まうコーディネーター達の移民を考えれば、今カガリが代表では無いとしても彼女との繋がりは確実に欲しいところである。
いずれ代表に返り咲くと見ているのなら尚更だ。
不可解な締め出しは、しかし見方を変えればバルトフェルドが言う様な事にもなり得る。
「私達との協力関係が、要らない……」
「ともすれば、邪魔である可能性すらも、という事でしょうか」
「そうまでは言わないがね。どうにも僕にはデュランダルが味方になる未来は見えてこないな」
「そんな事、あるのかしら。デュランダル議長は現在、穏健でプラントをまとめてる人格者なんでしょう?」
「あぁ、ラミアス艦長。私もアーモリーワンからの1件で、十分にその気配は見てとれたと思っている。バルトフェルドが言う事もわからなくは無いが、それだけで議長が敵とは……」
現状の情報だけではあくまで疑念。断定できる要素はなく、皆が口を噤んだ。
バルトフェルドが言う懸念はわからなくは無いが、現実を見ればデュランダルは核攻撃に反発する市民の感情を宥め、どうにか穏便に争いを収めようとしている。
マリューが言うように、正に人格者の風聞を欲しいままにする人物だ。
カガリとラクスの事についても、為政者としての目線で見れば別におかしくは無い。疑問は抱いても、それを決定的とするには少々難しい事実であった。
「────いいや、それだけじゃ無い。あるよカガリ、もう1つ」
静かな声は双子の弟からもたらされ、カガリは怪訝な表情を浮かべた。
「キラ、どう言う事だ。もう1つって」
「カガリとラクスも聞いたよね。タケルが今ザフトに…………ミネルバに居るって事」
「なっ!? ヤマト、それは本当なのか」
驚きに包まれる艦橋内でも、やはりナタルの驚きは大きいものであった。
詰め寄らんばかりに身を乗り出したナタルを制しながらマリューは続きを促すようにキラを見る。
「どう言う事? キラ君、カガリさん」
「別れ際に、議長が告げてきたんだ。兄様は今、ザフトに入ってミネルバに……サヤの傍で戦ってるって」
「それ自体は驚きの事実ではありましたが、タケルの事を考えれば納得もできますわ。生きていたサヤを、彼が放っておけるわけもありませんもの。でもキラ、これがおかしいのですか?」
タケルが身内を切り捨てることができないのは、彼等にとって周知の事実だ。
先の大戦では演習と称して単身ザフトの部隊に戦いを挑み、死にかけてくる位の無茶をしたのだから。
今更サヤのためにザフトに入っていたと聞かされても、驚きはすれど理解できないわけではなかった。
だがキラは、首を振った。
静かに、視線をナタルへと向けると口を開いていく。
「ナタルさん。タケルはサヤの事を知って、何か言ってませんでしたか?」
「何か? ヤマト、それはどう言う意図で聞いている」
「つまりタケルは、サヤがザフトに居たことをどう思っていたか、と言う事です」
「どうって……」
思い返して、ナタルは表情を変えていく。
驚きから怪訝。疑念を含ませた険しい表情へと。
「あり得ないはず、だと言っていた。
仮に戦いの衝撃で記憶を失ったにしても、彼女は国防軍の1人。認識票だって持ってたはずだし、コクピットを解析すればオーブのものだと判る。たまたま戦場で拾われてプラントで治療されたところで、彼女がプラントで、ヤヨイ・キサラギとして生きているのは不可解だと」
それは、抱いた疑念の答え合わせの様であった。
タケルが結論づけた見解は“あり得ない”。
それは決して的外れではなく、理論づけられた納得のできるあり得ないであり、それが現実として起こっているとなれば人為的、作為的な介入があったと考える方が自然である。
「アスランから僕も聞いていたんだ。サヤが仮に記憶を失って生きていたとして、ザフトに入っていた事実はかなりおかしい。疑問が残るって。本当はそれで、アスランもプラントに行こうとしてたみたいだし」
「つまりこう言う事? サヤも坊やも体よく戦力として利用されてると?」
「はい。その証拠に、タケルがミネルバに居られるようあの人が手助けをしたと言ってましたから…………普通やりますか? 他国の軍人を招き入れて、更には特別な待遇をするなんて」
キラは軍人であった者達へと問いかける。
バルトフェルド、マリュー、ナタルの3人は険しい表情のまま考え込んだ。
「まぁ、あり得ないわな」
「そう、ね」
「露見すれば、自身の立場を揺るがす可能性すらある」
「でも、それをあの人はやったんです。
だったら、サヤを呼び水にして、タケルを意のままに利用する。それぐらいやってもおかしく無いと僕は思います。それだけのリスクを取ったんですから」
カガリとラクスに対しての物言いから考えても、情に絆されて、などと言うことはあり得ない。
つまりは、デュランダルにとっても、それだけのリターンがある事だから手を差し伸べた。
キラの見解に、皆から否はでなかった。
「確かに兄様もサヤも、MSのパイロットとしては一流だ」
「それこそタケルは、この世界で最高のパイロットだろうからな」
「ちょっとナタル。こんな時にまでそう言うのはやめてちょうだい」
「別に、私は客観的な意見を述べたまでです」
「それはちょっとこっちの坊やに失礼よ。ね?」
「い、いえ僕は別にどっちが上とか気にして無いですし……」
「キラはそう言うところ草食系っていうか、なんというか……アスランは結構兄様との事を気にしてるぞ」
それは自分を超える男じゃ無いとカガリとの結婚なんて許さないと、常日頃から言うタケルのせいだとキラは思ったが、口に出すのはやめておいた。
「ん? ちょっと待てキラ…………あいつは今、ミネルバに居るんだよな?」
「えっ、えぇ、まぁ。デュランダル議長の言う通りなら。と言ってもあんな嘘つく必要もないですし、本当の事だと思いますが」
バルトフェルドは、何かに気が付き、顔を青くさせた。
そして、それは伝染していくかの様に、マリューに、ナタルに、アイシャへと焦りの表情を移していく。
「おいおい、なんの巡り合わせだこりゃ……」
「こんなの、坊やには厳しすぎじゃ無い、アンディ」
「一体、何の話だ。何か……私達がブリュッセルに行ってる間にあったのか?」
カガリが恐る恐ると問いかけると、バルトフェルドは罰が悪そうな顔を見せた。
「お前達が出ている間にな。俺とアイシャで少し世界情勢の情報収集に当たっていたんだが………ちょうど今、ザフトの攻勢に反撃するべく連合が侵攻中だ。連合艦隊には、オーブからの増援も組み込まれてるらしい」
「え、それって!?」
「タケルが、オーブ軍と!?」
今日一番の驚愕だろう。
キラとカガリ、ラクスの3人は俄かに焦燥を浮かべた。
タケルにとって、身内と国は天秤を傾けることができない絶対的な存在。
サヤを取り戻すためとは言え、彼がオーブと敵対する様な事態となれば、その心に残す傷はどれ程のものか。
最悪は、サヤを失ったあの時の様に壊れかねない。
だがその最悪を、現実は上回る。
「オーブの公式発表では、国防の戦力を加味して派遣は旗艦となる艦船1隻のみ。でもそこに、オーブの最高戦力を送り込んだという事よ」
「そんな、それじゃまさか」
カガリの血の気が引いていく。
もたらされた情報。それを正しく噛み砕くなら。
それはつまり、最も親しい者と最も愛する者同士が、戦場でぶつかり合う事を意味していた。
「そ、そんな……」
戦場で、陣営を違えてしまえば。そこに引き返せる道はない。
タケルはサヤを取り戻すために引き返せないし、アスランもまた今のオーブを護るために負けられない。
戦う…………タケルとアスランは、生死をかけて戦ってしまう。
恐怖に身体を震わせて、カガリは座り込んでしまった。
幻視する未来は、カガリに絶望を与えるには十分であった。
大丈夫だ。まだそうなると決まったわけではない。そう言ってナタルがカガリを支えるが、気丈に振る舞うナタルでさえ、タケルを想って身を震わせていた。
「マリューさん。急いで艦を現地へ向かわせてください」
沈痛な面持ちが並ぶな中、決意の声は放たれた。
キラは静かに、艦を取り仕切るマリューへと願い出る。
「キラ?」
「キラ君。どうするつもり?」
ラクスが心配の顔を。マリューもまた真意を探ろうと視線を向ける。
それに臆さず、キラは答えた。
「僕が止めます。オーブも、ザフトも、今互いを討たせちゃいけない。デュランダル議長の事があるのなら尚更です」
「お前、でもそれは──」
「わかってます。それでオーブを止めれば、今のオーブの立場は危うくなる。でも、カガリが代表に戻る時必要なのは連合との協力関係じゃありません。何より──」
目を閉じて、キラは嘗ての記憶を思い出した。
島々が点在する戦場で、互いが互いの大切な者を討ち、歯止めが効かなくなった親友との死闘。
その後に残された、酷く陰鬱で、何の救いもない絶望。
「討たせちゃいけないんだ絶対。タケルにも、アスランにも。互いを討てばもう、引き返せなくなってしまうから」
あの様な想い、大切な2人に味合わせたくはなかった。
それが陣営から来る引き返せない道だと言うのなら。自分がその道を全てぶち壊して見せる。
タケルと共に開発したフリーダムは、その為にあるのだから。
「キラ……だったら、私も」
「カガリはダメ。ってか、アークエンジェルも、僕が出撃したらそのまま海中に潜んでてください」
「ちょっと、何を言い出すのよキラ君」
「キラ、その様な無茶は」
「この間の防衛戦で一緒に戦った以上、フリーダムはオーブ所属と見られてしまう。そんな僕と一緒にアークエンジェルまで出てきてしまったら、今度はマリューさん達までオーブにとっての敵になってしまう。そうなると、カガリが代表に戻った時、困るでしょ?」
「そんな。そんなのはいくらでも私が──」
「ダメだよ。いくらカガリが偉くなっても、明確に国防軍に弓引いた事実は簡単に消せる事じゃない。反逆者は、僕だけで良い」
「キラ!」
必死に言い募ろうとするカガリを、しかしキラは軽く笑みを浮かべて受け流した。
「逆に僕とフリーダムだけなら、機体の色を変えるとかちょっとした事でいくらでも揉み消せるでしょ? その時は代表になったカガリに頼るから、ね? だから、大丈夫だって」
「キラ、お前…………いつの間にそんな悪いこと考える様になったんだ全く」
「バルトフェルド、そう言うことではない! キラ1人で戦場に出るなんて」
「キラ。私もカガリさんと同じく、賛同できませんわ」
陣営ひしめく戦場へと。単独で介入し更にはオーブを封殺する。
それがいかに難しいかなど、語る必要すらない。
オーブ国防軍がいかに精強なのかは、率いたカガリが一番理解している。
心配の気配が止まないカガリとラクスに、キラは視線から逃れる様に背を向けた。
「これは、僕が誓った事だから」
あの日。
己の出生を知り、タケルとの関係を知り、そして誓った。
タケルの為に、キラは戦う事を。
サヤを守る事もできず、傷ついたタケルを救う事もできず。
だからタケルとカガリの呼びかけに応えるために、ユニウスセブンへと赴いた。
だから、2人の為に、オーブ防衛戦にも出撃した。
守り切れずに終わってしまった嘗ての自分を払拭する為に。
そして今、燻り続けた己の誓いを、ようやく果たす時が来たのだ。
タケルとサヤが、窮地に陥ると言うのなら────キラ・ヤマトが守ると決めたのである。
「僕は守れなかった。だから今度こそ、あの兄妹の力になりたいんだ」
それはずっと抱え続けてきた、御し切れない想いの発現であった。
原作でもキラは、オーブの為、世界のためよりも、ずっとずっと個人の為に戦うタイプ。
それは、本作でも概ね同じと言う事ですね。
感想、よろしくお願い致します。