原作にはない話。そして、本作においては決して捨ておけない話。
故に話は全く進まないですが、大事なお話です。
向けられた銃口。向けられた言葉。
それらの意味するところを読み取ろうとしながら、タケルは怪訝な表情を浮かべた。
選ぶ────これから歩む自身の行く道を。それはまるで選択肢があるような言い方である。
ザフトに所属し、そうして今連合の捕虜となった自身の処遇を、たかが一パイロットである彼女に委ねられている訳がないだろう。
嘗て、アークエンジェルがディアッカ・エルスマンを捕虜としたときは、艦自体が本部からある種切り離された環境であったからあのような対応となっていたに過ぎない。
軍本部と十分に連携を以て作戦を取っていた彼女達とは状況が違う。
己の処遇は、今目の前にいる彼女の上に位置する者達によって定められるはずなのだ。
「何を言われているのか理解できないって顔ね。まずは今の兄さんの状況から説明してあげる」
向けていた銃口を降ろし、ユリスは再び元居た位置へと戻って椅子へと腰を下ろした。
未だ警戒の解けないタケルはその姿をつぶさに観察するが、銃口を向けていたというのに、彼女には敵意の欠片も感じらない。
また一つ疑問符を浮かべるタケルを見止めてユリスは小さく笑うと、口を開いた。
「まず先の戦闘。兄さんはスティング……カオスのパイロットね。それに討たれて撃墜された」
「不覚の極みだね」
「本当よ。あんな他人を庇って私じゃない奴にやられるとか勘弁してくれる?」
「まさかと思うけど、それが嫌で助けたわけじゃないだろうね?」
「半分くらいは、その気持ちもあるかもしれないわね」
うげぇ、と効果音が付きそうな表情で、タケルは不快感をありありとユリスに見せつけた。
元々から歪み切っている彼女だが、愛憎と言う言葉がある通り、憎しみは1つ裏返ると歪んだ愛情に近しいものになるのだと考え、タケルは改めて目の前の彼女とは距離を置きたいと願った。
「実際に兄さんを助けてくれたのはステラよ。運よくコクピットブロックが形を保ったまま残ってて、帰投途中にあの子が拾ってきたの。あの子ったら兄さんを見つけた瞬間にコクピットに飛び込んでいくもんだから、研究員たちが驚いていたわ」
「それなら、僕は君ではなくあの子に感謝しなきゃいけないな」
「えぇ、そうね。思う存分感謝してもらわないと困るわ」
何故なら、そうでなければ交渉材料にならないのだから。
ユリスは一段と険しい瞳を見せて、タケルを射抜きながら話を続けていく。
「そうして拾われた兄さんは、当然ながら連合においては捕虜……なんて生温い扱いをしてくれるわけがないのは言うまでも無いでしょ」
「君やステラ達が、僕が想像した通りの存在だとすれば……まぁそうなるだろうね」
ディオキアで邂逅した折に聞き及んだユリス達の事情。
戦わなければ……戦う事でしか生きる事を許されない。
そんな歪な存在がまかり通るのであれば、捕虜への人道的な対応など望むるべくも無いだろう。
彼女やステラ達の存在こそが、それを示す良き証拠であった。
「僕は……どうなる?」
「それを教える前に、兄さんには良い事を教えてあげる」
「良い事?」
果たしてそれが言葉通りであるのか……いや、あり得ないだろう。
生粋の、タケル・アマノ殺し隊なユリス・ラングベルトである。その様にタケルを喜ばせる様な事を告げてくるわけがない。
タケルが盛大に疑心暗鬼に陥る様を、ユリスは酷く歪んだ笑みを浮かべながら見つめる。
惑うタケルを見るのがおかしくて堪らないという風である。
「はぁ……早く言ってくれ」
「言っておくけど嘘じゃないわよ兄さん────ムウ・ラ・フラガ、覚えてる?」
「ムウさん? それは勿論覚えているけど……」
「あの男、生きているわ」
「はっ?」
思わず間の抜けた声を出して、タケルは呆けた。
あまりに唐突で理解が及ばず、タケルは記憶を巡らせる。
あの日、ヤキンでの戦いにおいて。
アークエンジェルを守る為に、ストライクと共に爆散した戦友。その引き金を引いたのはある意味で目の前の彼女であった。
そしてあの戦場で、タケルはバラバラになったストライクの残骸を目にしている。
生きている可能性など絶望的であるはずだ。
「どういうつもりだユリス。揺さぶりにしても、欠片も面白くない」
「疑うのは勝手だけど本当の話よ。大体、兄さんだってもう再会は果たしてるんだから」
「なんだと?」
「インド洋での戦闘────指揮官用のパープルカラーのウインダム。あれに乗ってるのが、ムウ・ラ・フラガ」
「バカな。何でムウさんが今更連合なんかで戦って……」
言いながらあることに気がついて、タケルは目を見開いていく。
この状況には覚えがあった。何故ならつい最近になって、同じような事態を経験してきたのだ。
死んだと思われていたサヤ・アマノが記憶を失い、本来いる筈のないザフトに所属していた事を。
「まさか……ムウさんも記憶を失ったまま連合に拾われて……」
「あっはは! 甘いわね兄さん。連合がそんなお行儀の良い組織なら、私もステラ達も今頃自由に世界を生きているわよ」
心底嘲笑う様な声音に、タケルは再び目を見開いた。
記憶を失い利用されている……それだけでも胸糞の悪くなる話だろ言うのに、彼女はその上があるという。
そして、タケルは直ぐにその考えへと辿り着いた。
「まさか……洗脳したっていうのか。あの人を」
「その通り。流石ね兄さん、よく理解している────洗脳による別人格への上書き。ホント、惚れ惚れする程狂ってると思わない? あの男は今、ムウ・ラ・フラガ何て名前を忘れて、ネオ・ロアノーク大佐として、忠実な連合の犬に成り下がってるんだから!」
言って、愉快そうに笑うユリスに、タケルの表情は憤怒に染まっていく。
ムウ・ラ・フラガはタケルがヘリオポリスで戦争に巻き込まれてから、先の大戦の最後までを共にした縁深き戦友。
その彼が現状へと至る原因の一端を担いながら、他人事で笑う彼女に、タケルは一気に熱を上げていく。
「ユリス、お前は──」
「早合点しないでよ。何も兄さんを煽る為にこんな話をしたわけじゃないわ……と言うか、私が何を言いたいか分かるでしょ?」
ドクンと、胸の鼓動が跳ねるのをタケルは感じた。
愉快痛快と笑っていたユリスが一転、酷く冷めた声音で告げて来た言葉に、タケルの思考は回る。
彼女が言った言葉……その真意へと気が付き、タケルは怖れに顔を染めた。
戦火の中に散ったムウ・ラ・フラガを回収し、わざわざ別人格で上書きしてまで手元に置く理由は何か────それは無論、利用価値があるからだ。
大戦を戦い抜いた英雄。エンデュミオンの鷹の名は広く知られているし、浮沈艦アークエンジェルの伝説を支えた立役者。
その能力は連合にとって、容易く捨てるには惜しい。
そして……それはそのまま、こうして捕虜となったタケルにも当てはまる。
「つまり……僕も同じ様になるという事か……」
微かに身体を震わせながら、タケルはユリスへと問いかけた。
今度はもう、ユリスに嘲る気配は無かった。
むしろその逆。真剣な……まるでこれから、生死を掛けた決闘を挑まんとするような気配である。
「ご明察よ。改めて状況の確認をしましょうか。
今兄さんがいるここは連合が所属する小型の艦艇の中よ。私達は今、連合が保有するとある研究施設へと向かっているわ」
「君達の様な存在を生み続けて居る場所か?」
「えぇ……兄さん、後期Xシリーズの機体群を覚えている?」
「あぁ、オーブ侵攻戦で初めて確認された奴だな」
「あれ等のパイロットから、連合は後天的に強化されたナチュラルの人間を宛がう様になった。私もその処置を施された1人だけど、洗脳、投薬、そして尋常ではない訓練。人を意のままに操る事にかけては、奴らの右に出るものは居ないわ」
「コーディネーターを忌み嫌っている意味が解らなくなってくるな……」
「茶々入れないで。とにかく、今兄さんはそんな洗脳を施される施設へと運ばれているわけ。自分の現状を理解できたかしら?」
捕虜となり、拘束され。どうあがいても逃げようのない敵の真っ只中。
先に待つのは死すら生温い、己の人格を奪われるという地獄。
タケルは、苦痛に顔を歪めながらも確定している未来を拒否する様に首を横に振った。
「殺してくれ、ユリス。君にはその理由があるはずだ……このままいけば、僕は……」
洗脳されて、何もかもを奪われて都合の良い道具として戦場に駆り出される。
その先ではきっと、連合にとっての敵であるザフトや、もっと進めばオーブすらも、討つ事になるだろう。
そんな事は、人格を奪われていたとしてもとても耐えられない。
藁にも縋る想いで、タケルは憎き仇であるはずの彼女に懇願した。
「お願いだ。その銃で、僕を」
「悪いけど兄さん────御断りよ」
毅然と良い放つユリスに、タケルはまたも顔を歪めた。
彼女からしても、タケルは最も憎い相手。
歪んだ彼女の性根は、タケルが苦しむ事こそを求めているのだろう────そう理解して、タケルは絶望に染まる。
しかし、ユリスが浮かべるは依然として嘲笑などではなかった。
「兄さん、最初に言ったでしょ。兄さんの行く末を選んでもらうって」
「──ユリス? それって」
立ち上がったユリスは再び枕元へと歩み寄り銃を突きつけた。
しかし、引き鉄に指はかけられておらず、タケルは訝しむ。
「兄さん……貴方はまだ、死にたくはないはずでしょ?」
「当たり前だ。死にたいなんて、誰が思うものか」
先の戦いでサヤを庇ったのだって、自身の命よりサヤの命の方が大切だからに過ぎない。
タケルにとって、自身の命より重い存在など、この世界に数多くいる。
逆を言えば、それだけ捨てきれない想いが沢山あるのだ。未練など──無いわけがない。
「兄さんが死にたいなら死なせてあげても良いわ。でも、本当の意味で生き延びたいのなら────兄さんの未来を私達に捧げなさい」
捧げる?
おうむ返しに、タケルは聞き返す。
その言葉の持つ意味。今ここで彼女が投げてくる意味を考えて、タケルは惑った。
「私だけじゃ無理なの。でも、兄さんが居ればできる事があるわ。私が貴方を助けてあげる……だから、貴方は私達を助けて頂戴」
「──命を助ける代わりに、君の為に尽くせという事か」
「私じゃない、私達よ。ステラが拾ってくれた命。そして今ここで私に救われる命。2回分の命の恩義に報いるならそれくらい要求しても良いはずよ」
それは、確かにそうだろう──タケルは胸中でユリスの言葉に頷いた。
元より、カオスに討たれた時に死を覚悟した身。それをステラが見つけてくれた事で拾った命。
そして今この時。最悪の運命へと向かおうとしている自分をユリスは助けると言ってくれている。
助かるのであれば……おぞましい未来を回避できると言うのであれば、タケルにとって是非も無い。
だが、それと同じくらい。タケルは目の前の人間を信用してはいない。
どことなく必死な様子に、何か理由があるのだろうと察する事はできるが、これまでの彼女を考えれば手放しに信じられるはずもないのだ。
「僕に選択肢は無い…………でも、だからと言って君の言葉をそのまま信じられるものか。君が2年前世界にもたらした事。僕は忘れていない」
「あの日言ったはずよ。私もラウも、きっかけを与えたに過ぎない。全ては人類が自ら選び進んできた結果だ」
「そんな言い逃れが通用すると思うのか! どれだけの犠牲を生んだと思っている!」
「私とラウがいなくても結末は変わらなかった! いずれ人類は引き金を弾いていたはずよ。早いか遅いかでしか無い!」
反論の弁が浮かばず、タケルは押し黙る。
先の大戦。
核兵器同士の撃ち合いという凄惨を極めた末期の争いは、確かにラウとユリスが画策した事に端を発する。だが、2人が居なければ結果は違っていたかと問われれば、恐らく答えはNoだろう。
Nジャマーは連合とプラント両陣営が運用していたものだ。Nジャマーキャンセラーの情報が露見していなかったとしても、遅かれ早かれ連合もそこには辿り着く。彼女が言う様に、早いか遅いかでしか無い。
そうして核の力が解禁されれば、連合がその引き金を引くのに躊躇しないことは、11月のプラント侵攻の折に露見しているのだ。
「だが、今更君が、我が身可愛さに助けろなどと……そんな資格」
「なら、全てを終わらせた時には私を殺しなさい」
「何を言って──」
「貴方がステラ達を助けてくれるなら、それ以上は望まないわ。全てを見届けたら、私は兄さんに殺されてあげる。ステラはきっと悲しむでしょうけど、私の代わりなら兄さんが居るもの」
信じられないものを見る目で、タケルは驚愕の視線を向けた。
あり得ない。絶対的な悪意の象徴とも言える彼女が、自身の命すら擲ってでもステラ達を救おうとしていることが、タケルには信じられなかった。
「本気で言ってるのか、そんな事」
「示せるものなど何も無いわ。でも、偽りを述べたつもりも無い」
2対の同じ色彩を放つ瞳が交錯する。
拘束されて最悪の未来を辿ろうとしているタケルと、その命を握るユリス。
しかしいつの間にか2人の立場は入れ替わり、助けを求めるユリスと、その真偽を図るタケルと言う構図になっていた。
数秒。数十秒────2人の間を、言葉の流れぬ時間が過ぎる。
「────わかった。君の提案を受けよう、ユリス」
たっぷりの沈黙を経て、タケルは意を示した。
生き残るために、彼女の願いに加担する事を。
最悪の未来を回避するために、最も忌むべき相手と手を組む事を。
「契約、成立ね」
「言っておくけど、あくまで君達を助ける事に力を貸すだけだ。それ以外に手を貸す義理はない」
「良いわよそれで。じゃあ早速だけど──」
ユリスは懐よりナイフを取り出すと、ベッドに縛り付けられてるタケルの拘束を解いていく。
両手両脚。4箇所の拘束を解かれ自由になったタケルは身体を起こしてベッドから降り立った。
「はいコレ」
「ハンドガン……いきなりだね」
「当たり前よ。すぐさまやってもらう事があるんだから」
不敵な笑みを浮かべると、ユリスは病室のドアを開け放った。
開け放たれたドアを背に振り返ると、それは清々しい顔で彼女は口を開いていく。
「まずは連合のクズどもへの反撃の狼煙よ。まずはこの艦を掌握するわ」
不倶戴天の敵であった2人が遂に、同じ道を歩み始めた瞬間であった。
許すわけでも、許されるわけでもなく。
ただ2人は、己の利害の一致のために手を結ぶ。
いよいよを持って、本作独自のお話が占めてくる事になります。
主人公の行末は。ステラ達の運命は。
悲しみを乗り越えて進むミネルバはどうなるのか。
これからどうぞ、お楽しみくださいませ。
という事で、感想をよろしくお願いします。