薄暗いモニター室の中で。
彼、ロード・ジブリールは妖しく笑みを浮かべる。
眼前に並ぶモニターには、ユーラシア西地域の都市の1つモスクワが巨大兵器によって蹂躙される姿が映し出されていた。
「ふっ……ふふふ、はっはっは!」
迎撃に出たザフト守備軍は容易く全滅。
それは一撃の下に薙ぎ払う様相であり、巨大兵器GFAS-X1“デストロイ”の正に足元にたどり着く事すら及ばない。
漸くであった。開戦からこれまで散々にケチをつけられ覆された、目論見と戦況。
それを払拭し、ようやっと反撃の声となる映像であった。
「おやぁ、随分と楽しそうですねぇ」
ふと背後から届く声。
思わず、ジブリールは不愉快そうに顔を歪めた。
「──アズラエル、何用かな」
「せっかくのデストロイのお披露目だ。発案者であり推進者の僕としては特等席で見ておきたいじゃないですか」
「ふんっ、何を今更。初期構想以降を丸投げしておいて、よくもそんなことが言える」
侮蔑混じりに、ビジネスマン風情がとジブリールは吐き捨てた。
ムルタ・アズラエル。以前は国防産業連合理事であり、ブルーコスモスの盟主。反コーディネーター活動に置いて多額の出資をしていたアズラエルの家の御曹司。
いわばジブリールの前任者である。
そして今はロゴスの中核に入り込んでいる……彼にとっては目の上のたんこぶというやつだ。
「僕は専門家じゃあない。初期構想だけでそこから先をできる人間に任せるのは当然でしょう? それに、宇宙でやらなきゃいけないことがたくさんあるんです。たかが機動兵器程度に
「ならばずっと宇宙に居れば良いものを」
「成果くらいはみておきたいでしょう。この間だってわざわざ陣頭指揮に立って、あれに必要な試験運用をさせてきたんですから
「ならば好きに見ていくが良いでしょう。コーディネーターに傾倒する愚か者達が焼き払われる様を」
これ以上話すことはないと、ジブリールは部屋を退室していく。
それを見送ったアズラエルは、嫌われたものだと肩をすくめながら、出ていくその背中を見つめた。
「ふっ、高みの見物だけで物事が思い通りに進められると思っているから、お前は届かないんだよ」
届かぬ侮蔑を漏らしたところで、アズラエルはモニターへと目を向けた。
逃げ惑う人々諸共、都市部を焼き払うデストロイの姿は痛快だが、それに反してアズラエルの気持ちは不快に染まっていく。
ナンセンスな戦略だった。
力を誇示するのは良いだろう。だが、その結果得られるものが致命的に少ない。
そもそもが地上は、連合にとって大事な経済畑なのだ。徒に焼く事には何等メリットなどない。復興にだって金と時間がかかるし、利となるものを産出できるようになるまでは世話をしてやるしかないのだ。
これが初手だけでその威力をまざまざと示して、残りは抑止力を効かせた勧告であったならまだ意味もある。しかし、今回の作戦は正に殲滅が目標。
ザフト諸共、大事な都市を排除しようと言うのだから馬鹿げた作戦である。
メリットとデメリットを秤にかけられない、愚か者の所業。こんな作戦で一体どれだけのことが得られるのか……アズラエルは理解していたが理解してやる気はなかった。
力を誇示するのは諸刃の剣である。
それは力という一点でしか与えられるものがないからだ。即ち、その一点が崩れれば全てが瓦解する。
これまで散々に辛酸を舐めさせられているというのに、未だこの様に剛毅な作戦を取るなど……敗北をまるで想定していない愚かな所業だ。
仮にこれでザフトの部隊を殲滅し勝利したとしても、地球圏の情勢がこちら側に傾く事などほとんどないだろう。むしろ、更なる反連合の意気を上げる事にすらなり得る。
「こうなった以上、もう地球に居られませんね……これだけ見たら月に帰るとしますか」
呆れた様子を見せながら、アズラエルはモニターを流し見るのであった。
マルマラ海を潜航中であったアークエンジェル。
目的であったタケル・アマノの捜索は、彼等の知らぬところではあるが既に連合に回収されていたことで空振り。
タケルの生存が、彼等の中で絶望的となりカガリとナタルに再び深い悲しみを落としていた。
そんな中、クライン派の情報筋より入電があった。
モスクワにて巨大兵器が都市を焼き払っているという、緊急の報告である。
「こんな……」
「なんて、ことだ……」
アークエンジェル艦橋に映し出される、巨大兵器──デストロイの映像。
キラとカガリは唖然とし、それ以上の言葉を失った。
それはマリューも、ナタルも、他にこの場にいる誰もが同様。
有無を言わさず都市部を焼き払うその様は、嘗てのジェネシスの光の様な不条理を見せつけられているようであった。
「推定50m以上……大きいとは言っても、これまでのどんな機体よりも規模が違いすぎます」
「小型艇レベルじゃないか。こんなのがどうして」
ミリアリアの報告に、ノイマンは呻いた。
代表的と言える機動兵器のMSであっても、一般に20m弱。50mを超えるとなればざっとMSの3倍だ。
これまでに確認されている連合のMAであっても、精々が1.5倍程度。
これ程までにサイズ感の違う兵器の姿は、正に圧巻であった。
「──ラミアス艦長、艦を現地に!」
「カガリさん?」
「この事態に、ここにいる我々が何もしないわけにはいかないでしょう、マリュー!」
言いながら、副長席へと座るナタル。毅然とした声であった。
カガリとナタル。受け入れがたい現実に沈みながらも、そこにはやはり大戦を潜り抜けてきたが故の芯の強さがある。
大切なものを失ったのは今回が初めてではない。その経験が、最も大切な人を失ったとしても、事態を重きを見て彼女達の心を立ち上がらせていた。
ふがいない姿を見せられないと奮うのは、失う事を許容できない弱いタケルを、最も近くで見てきたからであった。
「キラ、急いでルージュの調整を頼む。私も出るぞ!」
「えっ!? ちょっ、ちょっと待ってよカガリ、いくら何でも──」
「アカツキでなくても、私だって戦える! こんな事態を、自国の事では無いからと捨て置けるものか!」
規模が小さくとも、ジェネシスを思わせる程の光景。カガリ・ユラ・アスハが、大人しくしていられるはずもない。
勇んで出ていくカガリを、キラが慌てて追いかけていくのを他所目に、艦橋は次々と臨戦体制へと移って動き出していく。
「艦長、出しますよ」
「えぇ、急いで下さいノイマン。それと、マードックさんに連絡を。カガリさんがルージュを使う旨、打診しておいて」
「マリュー、良いのですか? カガリはオーブの」
「あぁなった彼女を、止められると思う?」
それは……無理だろうなとナタルは嘆息した。
先の大戦から、彼女は周りが心配しようとも退くことができない人間だと言うことは良く知っている。
タケルが心配でスカイグラスパーに乗った時から、何度も戦火の中に飛び込んできている。先のオーブ防衛戦でも国家元首だと言うのに最前線へと出向いているのだ。
言って聞く様なら、彼女は今格納庫に向かってなどいない。
それが、よくわかる2人であった。
「ですが、できれば今は大人しくして欲しいものなのですが……l
「貴女にとっても、妹だものね」
ナタルは少しだけ顰めて顔を背けた。
思えば、随分と深い仲になったものである。最初の出会いはそれこそ、連合の軍人として厄介な存在と疎んですらいた。
それが戦後にはタケルと共に生きる事を決め、彼と共にオーブを……その中心となったカガリを支えるべく過ごしてきた。
特段彼女が何をしてきたと言うことはない。ただあの兄妹の側に、いつでも変わらず居ただけだ。でもそれが、まだ若い身空でありながら国を背負うに至ってしまった2人にとってこの上ない安らぎであった。そしてナタルにとってもそれは、酷く手放し難い幸せな時間であった。
こうして喪い、壊された日常を想えば。あぁして飛び出してしまう義理の妹を心配してしまうのも仕方がない。
「喪ったばかりなのです……怖くもなりますよ」
「決めつけないの。死体は上がらなかった……キラ君もラクスさんも、諦めてないわよ」
そう、捜索は空振り。“何も”見つかってはいなかった。
コクピットの残骸も、彼の死を確定できる痕跡も────証明するものは何一つ見つかっていない。
無論、分からぬほど爆散してしまった可能性は大きい。だが、可能性はゼロではなかった。
「マリュー……それは……ですが……」
「勿論私も信じてるわ────知ってる、ナタル? 彼、死んだ様に見せるのが得意なの」
「はっ? それはもしや、例のザフトに助けられていたと言う?」
「えぇ……数奇な運命を辿る子だわ。だからきっと今回も、そうなんじゃないかって気がしてならないのよ」
下手に希望を持ちたくはないと切り捨てたくなる一方で、やはり可能性があるのなら縋りたい。
相反する気持ちに揺れるナタルは戸惑いの表情を見せた。
「だから、頑張りましょう。あの子と再会した時に、情けない報告なんてできないでしょ?」
「そう、ですね」
マリューの言葉に惑いを御し切ると、ナタルは居座る席に相応しい顔付きへと還っていった。
「トノムラ、チャンドラ、武装のチェックを済ませておけ。現着次第戦闘に入る事になる」
「了解です」
「お任せを」
「ミリアリアさん。ルージュの調整はマードックさん達に任せて、キラ君には先行してもらいます。通達を」
「はい!」
それぞれの指示に彼らが動く中、マリューとナタルは未だ破壊の限りを尽くすデストロイの映像を見つめた。
「結局、こんなことばかりね……世界は」
「だから動くのでしょう。私達は」
「えぇ……そうね」
過ぎる不安を押し殺して、2人は気丈に戦火の映像を見つめるのだった。
コアスプレンダーに乗り込み、出撃準備を進める。
慣れた作業であり誤りは無いが、シンの心は僅かに逸り、焦っていた。
「連合の奴等……あんな!」
巨大兵器の破壊活動を受け、司令部はミネルバへと状況の対応に向かう様に指示を下した。
現在は最大船速で現地へと向かっている所である。
記録されてる映像から分析して、件の兵器は一筋縄でいかないことは確実であり、こうしている今でもあの悪魔的な火力で破壊の限りを続けているはずだ。
脳裏に再び、トラウマとなる無惨な光景が過った。
瞬時、シンは被りを振る。
オーブでの光景。インド洋での光景────こびり付く憎悪の記憶を、どうにか払拭した。
2度とあんな風にはならないと決めたのだ。シン・アスカはあれ等を生み出さないために守る戦いを誓った。
「間に合わなくても、あんな事を少しでも減らせるなら──俺は」
直近で失われた大切な命。
シンにとっては気に食わないながらも信頼し、慕っていた人の戦死。シンは改めて気付かされた。失われた命が生む悲しみを。
クルース・ラウラ1人の死が、ミネルバを大きな悲しみに包んだのは確かな事。パイロットに限らず、メイリン等艦橋の面々も、エイブス等整備班の面々も────それは即ち、失われた命があれば同様の悲しみがどこかで生まれる事を示す。
今この瞬間、どれほどの悲しみが生まれているのか。もはや想像も付かない。
「あんな事する奴等、許しちゃいけないんだ」
歯を食いしばり、シンは暴れ出しそうな憤怒を堪えた。
気を抜けばコンソールに拳を叩きつけてしまいそうであった。それ程までに、不条理に命を奪うもの達が憎くて仕方ないのだ。
「MS隊、ちょっと集合してくれ!」
ふと飛び込んでくる呼び掛け。
クルース・ラウラから隊長を引き継いだハイネ・ヴェステンフルスの声である。
まだ現地には着くはずもない。既にブリーフィングは済ませている。一体何用かと疑問符を浮かべながらも、シンはコアスプレンダーを降りてルナマリアとレイにならんで号令をかけてハイネの下へと向かった。
「集まったか、準備してる所悪いな」
「どうしたんだよ、ハイネ」
クルースに対してよりは随分砕けた……と言うよりはいっそ同期へ向けるのと同じ口の利き方で、シンは問う。
ハイネがFAITHである事を考えれば多分に問題のある話だが。
“隊長の肩書きは要らない。俺の事はお前達と同列に扱え”
先日、隊長を引き継いだ折にシン達に向けられた命令である。
ハイネなりに、まだまだMS隊との関係が浅い事を考えての方針であった。
クルース・ラウラの代わりとなる以上、ミネルバのMS隊は彼が居た時と変わらぬ活躍を見せなければならない。共有した時間も浅く、関係を深める暇もないハイネは、手っ取り早く隊長としての立ち位置ではなく、戦友としての立ち位置へと己を置き、部隊としての練度を再構築する事を目論んだ。
それはさておき、問いかけたシンに答えるように、ハイネはヤヨイへと目を向ける。
「ヤヨイ・キサラギからお前達に話がある。戦闘前だが、先に知っておいた方が良いだろう────ヤヨイ」
「はい」
呼ばれて、サヤはハイネの隣へと並んだ。
何となく……どことなく……シンは彼女の雰囲気に違和感を覚えた。
これまでよりずっと静かで。どことなく地に足がついたしっかりとした気配。まるで彼女のこれまで知らない一面を見せられたかのような、奇妙な違和感である。
「ヴェステンフルス隊長に申し出て、時間をいただきました。少なからず、戦闘には影響が出ると思いましたので」
「お前なぁ、ハイネで良いって言っただろ」
「横槍はご遠慮ください。今は私が話しています」
「へいへい」
同列に扱えとは言われているものの、一応は上官であるハイネに随分な物言いである。また1つ。シンは違和感を覚えた。
そんな彼の疑問符を置き去りにして、少女は一呼吸置くと、静かに口を開いていく。
「シン達は私が記憶喪失であった事をご存知だと思います。先日の戦闘で、私は全ての記憶を思い出しました」
俄かに。シンやレイ、聞き耳を立てていたヴィーノやヨウランは驚きの表情を見せた。
「私は────私の本当の名前は“サヤ・アマノ”。嘗てオーブ国防軍として大戦を戦い、戦火の中に散った。タケル・アマノ国防三佐の血の繋がらない妹です」
騒がしいはずの格納庫内で、しかしサヤの少女らしい高い声はよく響いた。
聞こえたのはシン達だけでなく、整備班にも良く届き、微かにどよめきが起こる。
「ヤヨイ。その、本当に──」
「聞きたい事はあるだろうが、落ち着けシン。まだこいつの話は終わっていない」
「不躾ですねハイネ・ヴェステンフルス。こいつなどと、そんな呼び方を私は許していません」
「だったらお前も、隊長とかフルネームでわざわざ呼ぶんじゃねえよ」
「それはサヤが貴方を認めた時に初めて解禁して差し上げます。嫌なら認めさせてください」
「お、お前なぁ……」
シンやレイは疎か、記憶を取り戻したことを知っていたルナマリアですら、目を丸くさせる。
これまでの堅物一辺倒であったヤヨイ・キサラギに、思いっきり不遜な態度を付け加えた様な姿。
だが、これが本来のサヤ・アマノであった。
徹頭徹尾タケル至上主義。身内であるタケルとユウキ以外には、誰に対してもこのような態度しか取れない。親しき者の範囲が極端に狭い少女である。
そして今の彼女は、既にタケルの死を乗り越えて嘗ての芯の強さを取り戻していた。
アマノの人間としての自負。これこそが、ヤヨイ・キサラギとの絶対的な違いであろう。
最愛であったが故タケルの死に対しては崩れかけたが、一度建て直せばそこには、アマノの人間として無様は晒せないと言わんばかりの自負が、彼女を支えていた。
そもそも彼女は、父ユウキの死にすら涙一つで済ませてしまう程度には心の強い少女なのだ。
「ヤヨイ……というか、サヤ? ちょっとあんたはっちゃけ過ぎじゃない?」
「そんな事ありませんよ、ルナマリア。これが私の元々の顔です」
「あ、そうなんだ……」
少し前、あれ程に弱さを見せ素直に胸の内で泣いてくれた可愛らしい少女が嘘の様である。事実、あの時点ではまだ記憶を取り戻したばかりでヤヨイとしての記憶に引っ張られている部分も強かったのだろう。
記憶を取り戻したせいで、どこか遠い存在になってしまった気がしなくもないルナマリアだった。
「一先ず本題です。見ての通り、記憶を取り戻した以上私はこれまでのヤヨイ・キサラギとは違います。まずはその事を認識下さい。
これまでの記憶から理解していますが、彼女は自らを犠牲にしてでもミネルバの皆を守る気概がありました。ですが、今の私はお兄様に救われた命を擲つような生き方はできません。必然、私は生き残るために自らを最優先とするでしょう。端的に言ってしまえば、今の私にとって皆さんは──」
「良いよ、別に」
少しだけ……挑戦的な声音であった。
被せて言葉を発したのはシン。だが、それに倣う様に、レイもルナマリアも彼の横に並び立つ。
「思い上がるなって。俺達はお前に守ってもらわなきゃ戦えないほど弱くない。何より、それができるのは隊長だけだ」
「甚だ心外だな。いつから俺達は一方的にお前に守られる立場になったんだ?」
「そもそもこの中じゃあんた、シンと一緒で年下なんですけど? 生意気」
「ね、年齢は関係ないだろ!」
「そんな事言ってるからシンは生意気坊主から脱せないのよ。悔しかったら年不相応な落ち着きくらい見せなさいって」
思わず、サヤは呆気に取られた。
今後の自身の戦う意味────記憶を取り戻した自身の変化を伝える。言うなれば、彼等はもう以前の様な仲間ではないと言った事と同義だと言うのに。皆の為には戦えないと告げたと言うのに。
いっそ清々しいくらいに受け入れられてしまった。
「──皆」
「だから言っただろ。ザフトはそんな冷たい組織じゃねえって」
「うるさいですねヴェステンフルス隊長。貴方はまだ彼らの事を全然知らないでしょう」
「時間だけが相手を知る重要なファクターじゃないんだぜ。クルースとあいつ等、んでお前を見りゃすぐにわかったさ」
「その時の私は、まだヤヨイ・キサラギですが?」
「そっちの記憶も、今度は残ってんだろ? ならこうなるのもわかるだろうが。ん? つーかお前さっきクルースの事お兄様って言ったか?」
「あぁ、貴方は知りませんでしたね。クルース・ラウラはお兄様がミネルバに来るために用意した仮の名前です」
「んだって!? えっ、もしかしてお前等皆……」
驚愕に顔を染めながら、ハイネは居並ぶシン達へと目を向けた。
殊更驚きを見せていないと言うのはそう言う事だろう。口には出さなかったし暗黙の了解であったため仕方のないことではあるが、ミネルバの中で彼の正体を知らなかったのが己だけだとわかり、ハイネは思わず肩を落とした。
「おいおい、俺だけ蚊帳の外かよ……」
「そ、それはまぁ……」
「軽々しくは明かせないですし」
「彼自身、その設定を貫き続けていましたから」
シン、ルナマリア、レイと順番に投げてくる些細なフォローがハイネの身に染みていく。
そして、色々と抱きかけていたわだかまりを飲み下したサヤも、その隣に迎えられるかの様に並んだ。
タケルを失った事でどうなるかと危惧していたMS隊であったが、どうにか地に足をつけて立ち直った様だ。そんな気がして、ハイネは小さく笑う。
「はぁ………まぁとにかくだ。とりあえず問題はなさそうだな」
「貴方が隊長である事を私は認めておりませんので、問題はそこだけかと」
酷く辛辣な言葉に、ハイネは頬を引き攣らせる。
ショックもあるだろう。先の話を考えれば、仲間達との軋轢もあり得ると優しく接してきたが、良い加減我慢する必要もないのではなかろうかと、胸の内に不穏な感情が湧き起こる。
しかし、それすらもどこか目の前の小柄な少女にみすかされていそうで、ハイネは再び我慢の蓋をした。
「ヤヨイ、あんた良い加減にしないと本当に怒られるわよ」
「仕方ないでしょう。お兄様に取って変わるなどと、サヤに対する挑戦以外の何ものでもありません」
あ、そこなの? とルナマリアは呆れ顔である。
「って言うか、俺達はこれからヤヨイの事どっちで呼べば良いんだ?」
「これまで通りで良いですよ、シン。記憶を取り戻しても、ザフトのヤヨイ・キサラギとして今はここに居ますから。あっ、でも…………ルナマリアにだけはサヤの名前で呼んで欲しいです」
「へっ? 何で私だけ……」
不可解な言葉にルナマリア共々、パイロット達は疑問符を浮かべる。
一斉に集中してくる視線にサヤが僅かに怯んだ。
「な、何故って……言わせないでくださいませ」
言葉にすれば、ドンッ、ガンッ、ビシャーンと言った感じだろうか。ちなみに左からレイ、シン、ハイネの3人である。何を表しているかといえば、彼らが浮かべるショックを受けた表情の事だ。
先程まで散々に不遜な態度を示していたサヤが一転。気恥ずかしそうに俯いて先の言葉を漏らしたのである。
そんなサヤの余りの可愛さに、向けられたルナマリアは全身を駆け巡る言葉に表せない感情で混乱の途にあった。
元々がラクス・クラインと並べても遜色無い美少女。文武両道、才色兼備、完璧超人とタケルに評された彼女が、先の不遜な態度も含めて余りにもらしく無い普通の少女然とした様。その破壊力は凄まじい。
そんな核弾頭級の衝撃に皆が包まれているなどと知らずに、サヤ・アマノは続ける。
「その……ルナマリアは悲しみの淵に居た私に、お兄様に守られた命の意味を説いてくれました。今こうして立ち直れているのは、貴女のお陰です────だから、ルナマリアには本当の私の名前を呼んで欲しいのです」
あの日、思わず頭をかかえて猛省するに及んだルナマリアの所業が。しかしサヤにとっては大恩となり、彼女の狭過ぎる身内の範囲へと、ルナマリアを押し込んでいた。
タケルやユウキ。サヤ自身は認めたがらないがキラやカガリといった、彼女にとって本当に数少ない大切な人に、ルナマリアはなれたのである。
「やっ、やめなさいっての。あんたのその顔でそう言う事言われると、マジで危ないのよ」
「本気になるのは自由ですが、私が愛しているのはお兄様だけですよ」
「知ってるわよ! このブラコン!」
どこかやけくそ気味に声を荒げるルナマリア。
その背後でシン、レイ、ハイネの3人は再びサヤが投げ込んだ爆弾に衝撃を受けている。先程から彼らは口を開けて固まってばかりだ。
「とりあえず、出撃準備しとくか」
「そうっすね」
「了解です」
目の前でやんやと繰り広げられる痴話喧嘩もどきを聞き流しながら、3人は己の機体へと戻っていった。
状況を鑑みて、現在はコンディションイエローの警戒体制だと言うのに、格納庫に響く姦しい声はなかなか途切れることがなかった。
「むっ?」
制圧を済ませた小型艇の中、タケルは小さく唸った。
「何よ、兄さん?」
「何か……妹に悪い虫がついた気がする」
「はぁ? 前から言おうと思ってたけど、兄さんって本当にキモいよね。目の前にこんな可愛い妹がいて何言ってんの?」
「気持ち悪いのは君も同じだ。どこの世界に自分と同じ顔した女の子を可愛いと思う男が居る」
「兄さんが童顔なのが悪いんじゃ無いの? いっそ私の方が大人っぽいし」
「くっ、否定できなくて辛い……」
タケルとユリス。生まれのタイミングとしてはユリスはタケルの一つ下の年齢であるが、すでに彼女は女性としては高い身長に、コーディネート故か女性らしさを湛えた見事な体躯を持っている。
対してタケル・アマノは何の因果か、身長はユリスとほぼ同じ。顔つきは少年の気配がまだ抜けきれておらず、ハイネが言っていた様にシンと同年代、つまりはサヤとも同じ年代に見えるのだ。
屈辱の言葉に、タケルは情けなさを感じながら身を震わせた。
「そんな事より、何作ってるのよ」
ユリスは作業中のタケルを見ながら問いかける。
艦内の人員はステラ達を除き全員掃討。異様な静けさの中で、彼らは今元々の目的地であるラボへと向かっていた。
その最中、タケルは何やら色々と機材をかき集めて何かを作り始めたのだ。
「何って……君の首輪を外そうかと思って」
「えっ? そんなことできるの?」
「艦橋のコンソールにその首輪の操作権限があった。データを見るに、電波による電子式だ」
「へぇ……でも、電波式なら無理に外そうとすれば作動するってお決まりの話に説明がつかないじゃ無い」
「留め具のどこかが外れたらスイッチ入る様にしてるんだろうね。そのくらいだったら大した機構じゃ無いし。脈や体温から体との接触を検知してるわけじゃ無いから、装置と首の間に絶縁体を挟み込むくらいなら問題無し。後は過電流で回路を焼き切る。このサイズだったら楽に潰せるはずだ」
お手製の変圧器を作成して、タケルはスイッチを入れた。
2本の端子を近づけると放電現象が発生し随分な電圧がかけられていることがわかる。
「まさかと思うけど、これで体良く私を殺して……とか考えてないでしょうね」
「ラボを制圧するにしても僕1人じゃ不可能だ。せめて援護が欲しい。あの子達を起こして戦力にすることも考えたけど、ラボってなると被験体への対抗策はこの首輪みたいにあるんでしょ?」
「そうね。ブロックワードなんて言うふざけたものが」
「そうなるとあてにはできない────ちなみに何だけど、潜入工作の任務経験は?」
「舐めないでよ。経験あるし訓練も叩き込まれてる」
「それは良かった。じゃあしっかり働いてもらう」
言って、首輪に端子を押し当てて装置を無力化すると、続いてレーザーカッターで切り取る。
カタンと音を立てて落ちた首輪を見て、ユリスは随分と身軽になった心地を覚えた。
「い、一応礼は言っておくわ──ありがとう」
「頼むから変に女の子見せないでくれる? 同じ顔してる僕には気持ち悪さしか浮かんでこないんだから」
「あらそう? だったらいっそその路線で苦しませてあげようかしら」
勘弁してくれとため息混じりにタケルが返そうとしたところで、2人を僅かに慣性の力が揺らした。
自動操縦であった艦が、目的地付近で減速を始めたのだ。つまりそれは、ミッション開始の合図でもあった。
恐らくはラボと直接繋がってる港へと入っていくだろう。
「まずは乗り込んできた兵士達を掃討」
「えぇ、その後は騒ぎが起きる前にラボへと潜入し研究員を全員始末。被験体は指示する人間がいなければ檻から出ることも応戦することも許されないから後回しで良いわ」
「最終的には全員……だろ?」
「残す理由がない。残せば戦火を広げるだけよ。さっき見た映像の様に……」
「うん、わかっている」
タケルは僅かに苦渋を見せながらもそれを飲み込んだ。
小型艇の中で拾った情報。現在ユーラシア西で破壊活動を行っている兵器のパイロットはここのラボの被験体を使っている。
あの映像の悲惨さを見れば、ここで無意味な情けを掛ける理由はなかった。
静かに、小さな振動が艦艇に響く。
「接舷したわね。準備は良い?」
「自分の心配をする事だ。アマノの教育は伊達じゃないんでね」
「そう…………じゃあ、いくわよ」
銃とナイフを手にして。
たった2人の反抗戦が、今幕を開けるのだった。
過電流とかのくだりは適当。何となくそれっぽいこと書いただけ。必要だったのはユリス解禁って話だけです。
久々に描かれるサヤ・アマノ。らしくなってきました。
本当ずっと驚いてるんですけど、オリキャラなのにこの子すごい人気。多分主人公より人気。
どの辺で読者のツボを掴んだのでしょうね。
最近いつも言ってる、いよいよ。
デストロイと戦うし、一方で反抗作戦開始してるし、更にはこの後オーブの話とかも……大変だけどしっかり書いていきます。
長くなる本作ですが、どうぞこれからもお楽しみください。
感想、よろしくお願いします。