機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE-17 守れぬ願い

 

 

 

 第8艦隊先遣隊。

 モントゴメリー、バーナード、ローの3隻をザフトのナスカ級ヴェサリウスが襲う。

 

 アークエンジェルとの合流を目的とした先遣隊がランデブーポイントで動きを止めた所で、クルーゼ隊は先遣隊を急襲。

 アークエンジェルを釣りだそうと、派手な戦闘を仕掛けたのである。

 

 

 ヴェサリウスから発進したのはジンが3機。そこにアスランが乗るイージス。

 そして、ミゲル・アイマンが駆るジンの高機動仕様、“ジンハイマニューバ”があった。

 ジンから繋がる次の量産機の繋ぎとした、改修型のジンハイマニューバ。

 それをクルーゼ隊が追う、アークエンジェルとストライクとの戦闘を想定して更にチューンアップを施したミゲル・アイマン専用機である。

 主兵装こそ概ね変わらないものの、奪取したXシリーズの予備パーツからビームサーベルのみを急設。

 またミゲルの要望により内部フレームを重点的に強化改修を施し、非常に高い運動性能を獲得している。

 それは偏に、ヘリオポリスでの雪辱を果たすため。

 

「アスラン、例の機体が来た時には俺がやらせてもらうぞ」

「わかっていますよ。ですが復帰初戦なんですから無理は──」

「シミュレーションは欠かさなかったさ。こいつを乗りこなすだけの準備もな……ブランクもなにもない!」

 

 先遣隊は彼等を捕捉し次々とメビウスが打って出てくる。

 それを準備運動がてら狩るべくミゲルはハイマニューバを加速させる。

 

「アスラン、お前は艦船に集中しろ! 俺達の武装だと面倒だからな」

「了解!」

 

 向かい来るメビウスをその高い機動力で翻弄し、次々とマシンガンでハイマニューバが撃ち落としていく。

 まるで水を得た魚の様だと思いながら、アスランもまた戦場の奥へとイージスを走らせて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『メビウス・ゼロ。フラガ機、カタパルトへ!』

「ムウ・ラ・フラガ、でるぞ!」

『発進、どうぞ!』

 

 ミリアリアのアナウンスと共にムウのメビウスが発進していく。

 そこへようやく格納庫へとやってきたキラ。

 

「すいません、遅れました!」

「遅いぞ坊主!」

 

 マードックの怒声を受けながら飛び込むようにコクピットへ入るとストライクを起動。

 アストレイ同様、発進準備は万端であった。

 

『キラ、敵はナスカ級。ジンが3機と改修型のジンが1機、それにイージスがいるわ』

『キラ……大変だとは思うけど、フレイのお父さんを頼む』

「うん、わかってるよ」

 

 先程の光景がチラつく。

 久しぶりに……本当に久しぶりに心から笑えた時間であった。

 

 フレイが謝ってくれて、彼女の言葉が、ずっと締め付けていた心の負担を軽くしてくれて。

 皆が一緒にいてくれた。

 懐かしき平穏の時を思い出し、自分が戦っていた意味が、そこにあったのだと強く思えた。

 

 だから、戦闘の報を聞いて震えるフレイの姿が居た堪れなかった。

 あの温かい時間を崩されるのは、絶対に許せないとキラの心が叫んでいた。

 

 不思議と、戦闘に出る事への恐怖がキラの中で薄れていった。

 

「大丈夫……大丈夫だから」

 

 それは聞こえるはずのない彼女へ言い聞かせる言葉。

 同時に、その言葉を嘘にはしないと己を鼓舞する言葉。

 

 ──襲撃に来たザフトの敵機を討つ。

 

 今キラは初めて、自ら出撃する事を決意していた。

 アークエンジェルを守る為、なし崩し的に出撃するのではない。

 ストライクに乗れるのが自分だけだから出撃するのではない。

 自分が、大切な人達との大切な時間を守りたいから……だから出撃するのだ。

 

『装備はエールストライカーを装備。システムオールグリーン』

 

 ミリアリアの誘導アナウンスを聞きながら、深く深呼吸をしていく。

 これまでの出撃とは違う。不安や不満によって散漫していた意識が、戦闘へ出る事に集約している。

 

『進路クリア。ストライク発進、どうぞ!』

「キラ・ヤマト。ストライク、行きます!」

 

 決意の瞳を湛えて、キラとストライクが飛び立っていく。

 数秒遅れて格納庫へと着いたタケルもまた、キラに倣う様にすぐさまアストレイへと飛び込んだ。

 

「マードック軍曹、遅れてすいません!」

「俺にいっても仕方ねえでさ! 準備は万端だぜ!」

「さすが仕事人。お願いしていたものは?」

「もち、完璧に取り付けてある」

「助かります!」

 

 タケルは少しだけ声を上ずらせてマードックへと礼を言うと、機体状況を確認する。

 武装一覧には、腰部の備え付けられたアーマーシュナイダーと呼ばれるMS用の小型ナイフが2本追加されていた。

 アストレイにはサーベルとライフルしか武装が無かったため、それらを失った時の保険が欲しかったのだ。

 突貫とはいえ、収納用の小さいソケットに収められたアーマーシュナイダーは、特に機体に影響も無く、見事な仕事だと舌を巻く。

 

『アマノ二尉、アストレイ発進準備完了です!』

『アマノさん……その、お願いします』

「サイ君、確約はできない。でもね……君達がわかり合っていたあの時間。僕は崩したく無いと思ってる。

 だから、全てを賭して戦うよ」

『アストレイ、射出タイミングを譲渡します!』

 

 1つ、キラと同様にタケルは深呼吸をした。

 戦闘へと集中力を増していく。

 

「タケル・アマノ。アストレイ、出撃します!」

 

 

 アークエンジェルを飛び立ったアストレイは眼前の戦場を見渡す。

 混戦であった。3隻の戦艦を襲撃したナスカ級。

 幾つものメビウスが飛び交い、それらをジンが撃ち落とし。

 そして先遣隊とナスカ級は艦隊戦で激しく打ち合う。

 

「(この状況、アークエンジェルは釣りだされたという事か)」

 

 混戦となればよりアークエンジェルを狙いやすい。

 敵味方入り乱れれば、その分隙はできるものだ。

 

「(無為に突出はできない。先遣隊の方へ向かえば、アークエンジェルの防御が手薄に──キラは!?)」

 

 慌ててタケルはストライクの位置を探した。

 確認するとイージスとの交戦状態。位置としては先遣隊とナスカ級の間であった。

 

「くっ、なんでそんなところまで──キラ、出過ぎだ! 戻れ!」

『タケル!? ダメだよ、それじゃ先遣隊が──』

「履き違えるな! 先遣隊もアークエンジェルの為に来ているんだ! こっちの防御を手薄にしてどうする気だ!」

『で、でも!』

『いや、キラはそのままイージスを押さえろ!』

「フラガ大尉、何を!?」

 

 割り込んだムウの通信と言葉に、タケルが驚きを見せる中、ムウは続ける。

 

『イージスを押さえてくれれば後は俺とタケルでどうにかする!』

「どうにかってそんな曖昧に」

『アークエンジェルは十分に自己防衛ができる。俺達がきっちりMSを押さえればな!』

「でもイージスとストライクで一対一なんて──」

『お前はそうやっていつまで保護者面している気だ! 

 何があったかは知らんが、キラはもう自ら戦おうとしてるんだ!』

 

 ムウの言葉にタケルは口を噤んだ。

 言い返せない──確かにそうだ。無理して戦わされているキラを守ろうと必死だった。

 だが今キラは、フレイの為に自ら戦おうとしている。

 自分の為に戦いに赴いているのだ。

 

「了解──しました」

 

『よし。キラ、そのままイージスを引きつけ続けろ! それと絶対堕とされるんじゃないぞ!』

『は、はい!』

『タケルも、ぼさっとすんなよ。来るぞ!』

 

 ショックを受けたのは一瞬。己の過ちを悔いるのも一瞬。

 戦場である以上敵は待ってはくれない。アストレイのセンサーが拾う敵機の急速接近の報を確認して、タケルは瞬時に意識を切り替えて機体を動かした。

 

「12時方向、敵機急速接近。とてつもないスピードでアマノ機へと向かっています!!」

「イージスじゃないの!?」

「イージスはストライクと交戦中です。例の、ジンの改良型と思われます!」

「なんですって!?」

 

 ミリアリアとサイの報告に驚く中、状況は動いていく。

 機体位置を示すマーカーが、タケルのアストレイと、ミゲルのハイマニューバの激突を知らせていた。

 

 

「ようやくまみえることができたぜ、オレンジ!」

 

 オレンジ──もといアストレイを見つけて、ミゲルは歓喜の声とともに突撃していく。

 パーソナルカラーの橙黄色で染められたハイマニューバを見るにどちらがオレンジかは疑問であるが、とにかくミゲルはアストレイへとハイマニューバを突撃させた。

 そして、急設されたビームサーベルを出力。アストレイへと叩きつける。

 

「ビームサーベル!?」

 

 予想外の武装にアストレイは間一髪でシールドを挟みこみ防御。

 驚きはしたものの反射的に手に持っていたライフルでメインカメラを狙った。

 

「甘いな、見え見えなんだよ!」

 

 ライフル発射の直前、僅かに機体を前傾にしてハイマニューバは躱した。

 そしてお返しとばかりに、機体を僅か回転させ蹴りを見舞う。

 シールドとは逆側から入った蹴りの衝撃がアストレイを襲った。

 

「ぐっ!? この動き……まさか」

「ようやくヘリオポリスでの借りが返せそうだ……一気にいかせてもらうぜ!」

「ちっ、フラガ大尉! 他のジンは任せますよ!」

『はっ、嘘だろ!?』

 

 残るジンは3機。ムウとメビウス・ゼロで完封したのなら勲章ものだろう。

 いきなりの無茶振りにムウが冷や汗を滲ませる中、アストレイとハイマニューバが激闘へと突入していく。

 

 キラとアスランの様に、互いに撃とうにも撃てず素直にやり合えない戦いではない。

 互いに相手を強敵と認識し、己の全力を傾ける必要がある戦いであった。

 

「行くぜ!」

「嘗めるな!」

 

 今度はアストレイもサーベルを抜いた。

 タケルからすれば高機動の接近戦は己の領分。

 ヘリオポリス崩壊後の戦闘で調整した時から、アストレイのステータスは変えていない。

 

 つまりはXシリーズですら追従できるかできないかの、高い機動戦が可能であるという事。

 対してハイマニューバはどうか。

 こちらも想定するところとしてはストライクとの戦闘。エールストライクでの高い機動力はデータとしても参考にされているだろう。

 それを想定した改修が施されているなら、Xシリーズに劣るようなものではない。

 故に、機動力でのスペックは両者互角と言える。

 

 

「(相変わらずなんて柔軟な機動性だ。まるでお手本のようなMSの動かし方だぜ)」

「(以前よりずっとMSの駆動を活かしている。相当慣熟させてきたか)」

 

 互いに射撃を忘れたかのように、接近戦を繰り返す。

 それはサーベルだけの単調なものでは無い。

 接近戦での駆け引き。機体の駆動やスラスターの強弱、フェイントすら織り交ぜ、さながらそれは人間同士の殴り合いのような様相を呈していく。

 

『アークエンジェル! タケルとアストレイはどうなってる!』

「現在、敵の改修型ジンと交戦中です。互角の模様」

『おいおい、タケルと互角って嘘だろ!?』

 

 ミリアリアの報告を聞いてムウを始め、艦橋に居たマリュー達も目を見開いた。

 ヘリオポリス崩壊後の戦闘。ザフト精鋭部隊が駆るXシリーズを相手にして。

 あのデュエルとバスターを封殺し、更にはストライクの救出の為にイージスとブリッツまで相手にしていた。

 その活躍。彼の実力はもはや、疑うことなきものであった。

 それが、改修されている機体とは言えジンと互角……にわかには信じられない報告であった。

 

『全くどうなってるんだよ!』

「大尉は引き続き他のジンの迎撃に!」

『わかってる!』

 

 再びジンへと応戦していくムウ。

 だがムウと言えど、ジンをそう簡単に撃墜できるものでもない。

 これだけの混戦模様となれば、流れ弾の危険性もある。

 PS装甲持ちのストライクなら良いが、メビウスはMAで装甲なんてあってないようなもの。

 一度被弾すれば、戦闘継続は厳しくなるだろう。

 

「くっ、しまった!?」

 

 意識が散漫していたか、僅かな隙を突かれ、ジンのマシンガンの数発が被弾。

 メビウスのスラスターを一部損傷させる。

 

「くそっ、これじゃ立つ瀬ないでしょう、俺は!」

 

 成す術なく、ムウはアークエンジェルへと帰還を余儀なくされる。

 ムウの離脱により、戦況は一気に劣勢へ。

 先遣隊にはジンからさらなる攻撃が加えられていく事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うずくまるフレイを立たせる事ができず、カガリは手をこまねいていた。

 何かをこらえる様に、フレイは体を震わせている。

 小さく何かを呟いているものの、言葉までは聞き取れず、カガリはフレイの様子にどこか気味の悪さまでも感じていた。

 

 気持ちは痛い程わかる。

 カガリとて、戦場で最愛の兄が戦っている。

 いつ撃たれるか、いつ悲報を聞くことになるのか。

 兄は堕とされるはずないと信頼が強い為に己を保っていられるが、堕とされた事を想像すると吐き気を催すほどの喪失感がカガリを襲った。

 それが現実になろうものなら、カガリだって今のフレイのように正気を保っては居られないだろう。

 

「何か……しなくちゃ」

「フレイ?」

 

 唐突に、はっきりと聞こえる声。

 カガリは訝しんでフレイを呼ぶ。

 

「何か……私にできる……戦闘を止める……為」

「フレイ、何を言っているんだ?」

 

 嫌な予感がよぎる。

 とても正気とは思えない声。雰囲気が、カガリの頭に警鐘を鳴らしていた。

 

「そうよ、あの子を使って!」

「お、おい!? フレイ!!」

 

 突然、食堂を飛び出したフレイは走り出す。

 流石にいきなり走り出すとも思っていなかった為か、カガリは初動で出遅れた。

 

 通路に出たころにはもう遅い。追いかけようとした背中は見えず、フレイの姿はどこにもなかった。

 

「あぁ……多分きっとまずい事になるぞ!?」

 

 先の様子は尋常ではない。

 失態だった。もっと警戒して側に寄り添っててやるんだった。

 タケルにも側にいてくれと言われていたのに、気を抜いて近くの椅子に座って立ち直るのを待っていたのが仇になった。

 

 フレイを探して、カガリはアークエンジェル中を走り回る事になる。

 

 

 

 

 

 

 ストライクとイージスがビームサーベルをぶつけ合っていた。

 

「キラ!」

「アスラン!」

 

 距離を離し、イージスはライフルを、ストライクはそれを躱していく。

 どちらも本気ではない。とても相手を討つような戦いではなかった。

 

「やはり、以前より操縦の練度が増している。キラ……どこまで」

「アスランは全然僕を討つ気が見られない。やっぱり僕は手加減をされているんだ」

 

 キラが感じ取った感覚には語弊がある。

 アスランは手加減をしているわけではない。キラを討とうと思えないだけであった。

 まだアスランの中ではキラは、大切な親友で、一緒にプラントに戻る事を諦めきれなかった。

 

 対してキラは違う。

 アスランを討とうとまでは思っていないが、それでも武装の1つ、メインカメラでも破壊してこの場を撤退させる心積もりでいた。

 キラは、全力で戦う気でいたのだ。

 

 それでも、正式に訓練されたアスランに、まだ数回の経験しかないキラがそう戦闘で及ぶはずがないのである。

 

「強くなる、強くなるんだ!」

 

 ストライクを必死に駆り、キラはアスランに食らいつこうと操縦を続けていく。

 その最中、徐々に機体制御を学んで動きが良くなっていくキラが、アスランには怖くて仕方なかった。

 

 “ダメならばその時は討たねばならない”

 

 以前した、ラウとの会話がアスランの頭を過った。

 今この瞬間、一つ一つ確実に進化していく親友。

 討たねば、いずれは自分を……仲間を討たれる。

 葛藤がアスランを蝕んでいく。

 

 両者の実力はまるで互角でないにもかかわらず、ストライクとイージスは互角の戦いを繰り広げるのであった。

 

 

 

 

 

「うぉおおお!!」

「はぁあああ!!」

 

 互いに気合い一閃。何度目のぶつかり合いか、アストレイとハイマニューバはサーベルをぶつけ合った。

 

 機体の手足をぶつけ合った数は10や20では下らないだろう。

 PS装甲を持たない両機には細かな傷が増え、ライフルもマシンガンも、両機は既に捨て去っていた。

 

「(まずい、先遣隊はもう残り1隻。フラガ大尉が抜けてジンは3機健在だし、ストライクとイージスだって)」

「考え事か!」

「ちぃっ!?」

 

 動きを止めたアストレイ。タケルが状況を確認した一瞬を狙いハイマニューバが急襲。

 サーベルを受け止めすぎてボロボロとなったシールドが遂に両断される。

 

「(このままじゃ、次はアークエンジェルが……撤退の進言を──)」

『この子を殺すわ!』

 

 アークエンジェルへとタケルが通信を繋いだ瞬間、悲痛な叫びが耳に入ってきた。

 フレイ・アルスターが、ラクス・クラインを艦橋まで連れ立ってきていたのだ。

 

『パパの船を撃たないでって、撃ったらこの子を殺すって、お願いだから言って……そう言ってよ!!』

 

 ドクン、とタケルの心臓が跳ねる。

 

 そうだ、大好きな家族を失う怖さ。

 カガリを必死に守ろうとしている自分だからこそ、良くわかる。

 カガリがもし死んでしまうかもしれないなら、自分だって彼女の様に叫んだだろう。

 

 覚悟だけはしておいた方が良い? 

 良く言えたものだ。自分であればそんな覚悟はできない。

 カガリを失う覚悟などできるはずがない

 

 ──そんな悲しみ。

 

 

 ──彼等に味あわせて。

 

 

 ──なるものか。

 

 

 一瞬、タケルは意識が飛んだような感覚を覚える。

 まるで自分の魂がその体を離れ、少し後ろから自身を見つめるような、そんな感覚であった。

 次いでタケルは、扉が開いたようなそんな感覚を感じ取っていた。

 

 開いていた、アークエンジェルへと繋いでいた通信を切る。

 

 アストレイのメインカメラが捉えたハイマニューバを、ひどく緩慢な意識の中で正確にその動きを見切る。

 

 振り下ろされたサーベル。それを仰け反り僅か数メートルの間隔で見切ったギリギリの回避。そこから即座に逆手にアストレイの2本目のサーベルを出力。

 横薙ぎに、ハイマニューバのメインカメラを切り飛ばした。

 

「なにっ!? こいついきなり!?」

 

 追撃を恐れてミゲルは瞬時にハイマニューバを後退させる。

 だが、タケルの意識にもうハイマニューバの存在は残っていなかった。

 メインカメラを失えば弾幕をかいくぐってアークエンジェルに被害を与えるのも不可能。ハイマニューバは既に何もできないだろう。

 タケルはすぐさま、アストレイを先遣隊へと飛翔させる。

 

「あれはオレンジ!? ミゲルが!」

「タケル! どこへ!?」

 

 交戦中のストライクとイージスの側を駆け抜け、アストレイはモントゴメリーへと攻撃を繰り返すジンへと強襲を掛けた。

 先鋭化した思考の中、視界が捉える映像だけが酷く緩慢に見え、タケルはアーマーシュナイダーを取り出すと、無造作に1本投げつける。

 それが機動中のジンのスラスター。その噴出口へと吸い込まれスラスターが誘爆。1機のジンをあっさりと撃墜すると、次の1機へは最大戦速で突撃。

 アストレイに気が付きマシンガンを乱射するジンであるが、それをアストレイはものともせずに回避していく。

 急接近からのサーベルによる解体で2機目を撃墜。

 

 3機目……そこでタケルは目を見開いた。

 最後のジンがモントゴメリーを前にビーム砲の射撃体勢に入っていた。

 スラスターを全開にする……移動しながら同時に、漂っていたメビウスの残骸をアストレイの手に取り全力で投擲。機体速度と投擲速度が合わさり、尋常じゃない速度をだしてジンへと飛来した。

 急接近する物体をセンサーで拾わせ数秒……僅かにモントゴメリーから気を逸らせることに成功した。

 そうなった時にはもう遅い。急接近するアストレイを認識したジンはモントゴメリーからアストレイへと目標を変えた。

 

 放たれるビーム砲を難なく躱し、ビームサーベルで3機目も撃墜。

 

 

 ──間に、合った。

 

 

 一瞬。本当に一瞬だが、ジンを全て片付けたことで気が抜けたタケル。

 

 

 次の瞬間、大きな光条が駆け抜けた。

 

 

 振動がアストレイを襲う。

 不意に襲い掛かった光条が、アストレイの下半身をもぎ取っていった。

 不用意に艦隊戦の渦中へと出過ぎたのである。

 味方機であるジンはヴェサリウスの主砲が通達されるが、アストレイには勿論ない。

 ジンと同じようにヴェサリウスにも注意しなければならないところをタケルは怠ってしまったのだ。

 

「くっ、あ……あぁ……そん、な」

 

 呆然と、タケルは目の前の光景を見つめた。

 遠方のヴェサリウスからの主砲によって、守り切れたはずのモントゴメリーが爆散していく。

 守れた……そう思えたのは本当に一瞬であった。

 目の前で無残にも散っていく命が……魂の声が幻視できるような気がして、タケルの心を灼熱で焼いていく。

 

 

 

「あぁ、そんな……いや、いや! そんなの!」

「フレイ! 見ちゃだめだ。こっちへ」

「ダメ、ダメそんな。なんで……どうして」

 

 艦橋のモニターでその一部始終を見てしまったフレイが崩れ落ちる。

 サイが慌てて彼女を連れ出そうとするが、もう……現実は覆らない。

 ジョージ・アルスターは戦死したのだ。

 

 

「くっ」

「バジル―ル少尉、何を!?」

『ザフト軍に告ぐ! こちらは地球連合軍所属艦、アークエンジェル!」

 

 全周波放送。敵味方関係なく、一方的に送信できる通達用の通信である。

 

「隊長、足つきから全周波放送です!」

「何のつもりだ?」

『当艦は現在、プラント最高評議会議長、シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している』

「何っ!?」

 

 ラウだけではない。アデスも、戦闘中であったアスランも。

 ナタルが発した通信の内容に驚愕を隠せなかった。

 

『偶発的に救命ポッドを発見し、人道的立場から保護したものであるが、以後、当艦へ攻撃が加えられた場合、それは貴官等のラクス・クライン嬢に対する責任放棄と判断し、当方は自由意思でこの件を処理するつもりである事を、お伝えする!」

 

 

「卑怯なっ!?」

「アスラン、違う、僕達は──」

「救助した民間人である彼女を人質に……そんな卑怯者と共に戦うのがお前の正義なのかキラ!!」

「違う、僕はこんな事の為に彼女を助けたわけじゃない!」

「許さない……彼女は助け出す。必ず! そして俺は、お前達地球軍を許さない! 覚えておけ!」

 

 隠し切れない怒気をキラに見せてイージスが撤退していく。

 キラはそれを沈痛な表情で見送る事しかできなかった。

 

 

 

「バジル―ル少尉、なぜあんな勝手な真似を!」

「メビウスが損傷。アマノ二尉のアストレイも半壊。ストライクとてイージスの相手で手一杯。

 既にストライクもアークエンジェルも安全が保障できない状況です」

 

 分かっている。マリューとて状況は理解している。

 だが、救助した民間人を人質になど、人道に戻る行為……

 

「この件は、私の独断です。罰はいかようにも」

「──いいえ、貴方の言う通りよ。理解している。わかっている」

 

 全ては己の力不足。彼女はそれを清算しただけなのだ。

 何かを物申す資格など己にあるはずがない。マリューは募る言葉を飲み込んだ。

 

「艦長……」

「ただ、そんな手段を取らせるしかなかった自分が、情けないだけなのよ────誰か、ラクス嬢を部屋に連れて行って」

「は、はい!」

 

 マリューの声にミリアリアが動き、ラクスを艦橋から連れ出していく。

 気まずい……何とも言えない沈黙が艦橋を包み込んでいるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 守りたかった、守れなかった。

 穏やかな時間は無垢に消え、悲劇が新たな悲しみを呼ぶ

 正しいのは何か、正しいのは誰か。

 少女の慟哭は戦禍に埋もれ、少年達はただひたすらに、明日を戦う決意をする。

 

 次回、機動戦士ガンダムSEED

 

 『決別の時』

 

 悲しみの宇宙、駆け抜けろ、ガンダム! 

 

 

 

 




マモレナカッタ。そんなお話。

感想よろしくお願いします

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