機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE-59 予兆の声

 

 

 

 スカンジナビア王国。

 

 ノルウェー、スウェーデン、フィンランドからなる北欧の王国であり、中立の立場を持つ国家である。

 

 嘗てのオーブ代表ウズミとの親交も篤く、先の大戦以後は同じ中立国としてオーブの代表となったカガリの良き支援者でもあった。

 

 

 デストロイとの戦闘で多大な損傷を被ったアークエンジェルは現在、このスカンジナビア王国に匿われ連合の手から難を逃れる形となっていた。

 デストロイの最期の一撃により、右舷スラスターは壊滅的な被害を受け、まともな航行状態は見込めなかったのだ。

 幸いにして近くに友好国たるスカンジナビアがあったから良かったものの、オーブへの帰還も難しい状況に一同気が重くなるものであった。

 

 現在は急ピッチで、艦の応急修理を進めているところである。

 

 

 

 

『全く、いつからキラは無茶をするようになったのですか? 以前からタケルに対して憧れの様な気持ちを抱いていたみたいですが、こんなところまで真似をされては困ります。キラが重傷と聞いて、私がどんな想いであったか……キラはちゃんと、理解して居るのですか。無茶や無謀で怪我をするのは、タケルとアスランだけにしてくださいな。良いですね?』

 

 病室で、延々長々と溢される愚痴の嵐。桃色の歌姫が可憐な声音で奏でる、罵詈雑言ではないが刺々しい文句の数々である。

 残念ながら、それを聞くキラ・ヤマトに反論は許されない。何故ならこれはビデオメールであるからだ。

 先のデストロイとの戦闘を経て。キラが重傷を負ったとの知らせと、尚且つ命に別状はないとの報を受けたラクスは心配もそこそこに怒り心頭。

 バルトフェルド曰く、プンスカしていたとの事である。

 その結果がこれ、長々と続く愚痴の嵐のビデオメールだ。キラはもうかれこれ10分は正座させられている。

 集中が途切れそうなタイミングで、ちゃんと聞いていますか? などと挟んでくるところがキラの事を良くわかっていると言えるだろう。

 恐らく傍で過ごすうちに、彼の集中力の継続時間を把握しているに違いなかった。女性の執念とは恐ろしいものである。

 

「なぁボウズ。いつまで続くんだその話?」

 

 辟易と言った様子でキラに声を掛けるのは、同じく医務室で厄介になっているムウ・ラ・フラガ(仮)。

 流石に他人の愚痴を長い事聞かされればうんざりするのも当然だろう。内容が半ば惚気に近いのだから余計だ。

 

「あ、ええっとですね……ビデオの残り時間を見るに……後15分程……」

「嘘だろ!? あぁ、もう消してくれよ。こっちまで怒られてる気分になって来る」

「嫌ですよ。てか、ムウさんだって他人事じゃないですし」

「俺はネオ・ロアノーク。ムウなんて知らん!」

「それ、マリューさんの前で言ったらキレますよ」

「もう遅いわね」

 

 びくっ、と思わず肩を揺らしてキラは医務室の扉を見た。

 残念ながらそこには案の定、マリュー・ラミアスの姿があり、キラはどこかバツが悪そうな表情を浮かべる。

 

「あっ、マリューさん、今のは──」

「良いのよ、気を遣わなくて。今はちゃんと受け止めてるから」

 

 さらっとムウが寝るベッドのカーテンを閉めて、視界から彼を締め出しながらマリューはキラのベッドの傍に座った。

 

「調子はどうって、聞くまでも無いかしら?」

「火傷の具合はだいぶ良くなったんですが……ちょっとこれを聞くのに疲れました」

「我慢しなさい。全部耳が痛い話でしょ?」

「それは、そうなんですが……タケルやアスランと同じ扱いなのは、納得がいかないっていうか」

「ふふ、貴方達は3人揃って、同じ事言いそうね。互いに2人よりはマシだ、って」

「えぇ……僕までそんな認識なんですか? ショックだなぁ」

「無茶するのは男の子の専売特許みたいなものよ。つまり貴方達はまだまだ大人になり切れてないって事かもね」

「それは心外です。タケルはもう立派な大人でしたよ」

「あら、ナタル……貴方も来たの」

「カガリから替えの包帯と薬を渡されました。ヤマト、次の交換の時間は何時頃だ?」

「あっ、えっと……今から3時間後です」

「わかった。その時間は丁度私が空いている。手伝いに来るから待っていろ」

「あっ、はい。ありがとう……ございます」

「では、またな」

 

 淡々と事務的なやり取りをこなして、ナタルは医務室を離れていった。

 そんな彼女の背中を見送り、キラは少しだけ呆ける。

 何というか、態度はこれまで通りだが、妙に優しい……そんな印象をキラは抱いていた。

 

「マリューさん……ナタルさん、何か」

「気にしなくて良いわよ。その内自分で御し切ると思うから」

「じゃあ、やっぱり」

「まぁ、ナタルにとっては本当に厳しい現実だからね。貴方を見て少しだけ彼の事を重ねているのよ」

「僕は、諦めてないですよ」

 

 どこかムキになったように、キラは言い返した。

 それをやんわりと笑みで受け流しながら、マリューは肩を竦める。

 

「それでも、私達は元連合の軍人。下手な希望は持たない方が良いと教わってきてるわ……ナタルなんかは特にね」

「それでも! タケルが、あんな事で死ぬなんて……確かに、カオスの武装が機体を貫いたけど、もしかしたら機体の爆発の前に脱出を──」

「あ~、ちょっと良いか、アンタ等?」

 

 キラの声に被せる様に、閉じられたカーテン奥から声が届いた。

 

 無粋な……大切な話をしている時に一体何なのだと、僅かにマリューが苛立ちを見せながらカーテンを開ける。

 

「何かしら? ネオ・ロアノーク大佐?」

「そう睨まないでくれって……アンタ等が言ってるタケルってのは、もしかしてダーダネルスでカオスに討たれた、白い機体のパイロットの事か?」

「白い機体……キラ君?」

 

 戦場でそれを見て来たのはキラだけである。

 マリューはすぐに、キラへと視線で促した。

 

「はい、カオスに討たれた白い機体。僕と一緒に、連合のディザスターと、アスランのシロガネと戦って……」

「ふぅ~ん、っていうと、あの時オーブ軍として合流してきたのは本物のタケル・アマノでは無かったってわけね」

「それで? わざわざ話に入ってきてなんなんです?」

「そうつっけんどんにならないでくれって。おたく等にとっちゃ耳よりな情報────でもないかもしれないが、俺の知ってることを教えてやろうっていうんだからさ」

「教える気があるのなら勿体つけずに早くしてもらえますか?」

「はいはい、わかった、わかったって……全く、折角の美人さんが台無しだぜ」

 

 マリューの視線の圧に負けて、ごほんと1つ咳ばらいをしたネオは居住まいを正した。

 僅かにキラとマリューが息を呑む中、ネオは静かに口を開いていく。

 

 

「──そのタケルって奴、生きてるぜ」

 

 

 投げられた言葉は、2人を驚嘆の渦に引き込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラボの調査と、周辺の警戒を増援部隊に任せて、ジブラルタルへと帰還の途にあるミネルバ。

 

 その休憩スペースでは、陰鬱な影を纏う少女が居た。

 

「──メイリン」

 

 帰還の前にもたらされた事実。

 探索の途中で行方不明となった妹の名を呟き、ルナマリアは悲嘆に暮れる。

 ディザスターが現れ、小型艇の離脱時間を稼いで居た事からも、件の勢力が連合の息の掛かった部隊であるのは間違いが無いだろう。

 それに妹のメイリンが攫われたと聞かされれば、彼女の胸中が穏やかになれないのは仕方のない事であった。

 

 ラボであんな惨状を見たばかりなのだ。連れ去られたメイリンがどのような目に遭うのか……嫌な想像ばかりが、彼女の脳裏を掛け巡っていく。

 

「お願い……無事でいて」

「ルナマリア」

「ひゃいっ!? びっくりした……脅かさないでよサヤ」

「私は普通に声を掛けただけですよ。勝手に驚かないで下さい」

 

 相変わらずの澄ました顔で冷静につっこまれて、ルナマリアは辟易した様にため息を吐いた。

 気配を消して背後に立つなど、どの口で普通に声を掛けたと言うのか。最近この少女は自身に対して色々と遠慮が無くなってきたような気がする。

 

「はいはい悪かったわね。それで、何の用?」

「いえ、メイリンの事で話──」

「何か知ってるの!?」

 

 何という反応速度か。恐らくはSEED下におけるサヤやシンの早さに匹敵する。

 メイリンの名前が出た瞬間に、ルナマリアはサヤの胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄ってきた。

 

「お、落ち着きなさいルナマリア。私は逃げませんし、焦って聞いても意味は無いでしょう」

「そうは言ってもよ。知ってることがあるなら早く教えてよ……覚悟は、できてるんだから」

「そんな泣きそうな顔をしておいて何の覚悟ですか……全く貴女もお兄様といい勝負ですね」

「うるさいわよ、御託は良いから早く!」

 

 少々近すぎるルナマリアを押し返して。サヤは静かに口を開いていく。

 

「根拠は、残念ながらお教えできません。信じられない事でしょうし、絶対とは言えないからです。ですが……メイリンは恐らく無事です」

「ど、どういう事よ! さっぱり意味わかんないわ! 何で!」

「だから、根拠は教えられません」

「あぁ、もうなんでよぉ!」

 

 サヤの肩を掴むと、ルナマリアは彼女をぐわんぐわんと揺らした。

 これがシンであったなら全力でひっ叩いてでも聞き出すのだが、やはり目の前の美少女が相手では壊れ物を扱う様になってしまう。

 人類は、本当に不平等だとルナマリアは心の隅っこで思った。

 

「お、おちつ、おちついてくだ……」

 

 頭をぐらぐらと揺らされてサヤはノックダウン寸前である。慌ててルナマリアが揺らす手を止めると、サヤは数度気持ち悪さに呻いてから、恨めしそうにルナマリアを睨みつけた。

 

「そ、そんな顔しないでよ……根拠も無しに信じられるわけないでしょうが」

「ですが、これは語るわけにはいかないのです」

「だから、何でよ」

 

 少しずつ怒りの色が見えてくるルナマリアの気配に、サヤは胸中でまたも呻いた。

 親友の見ていられない後ろ姿に、思わず手を差し伸べようとしてしまったサヤだが。しかしタケル・アマノの生存は決して確定的ではない。

 無論、サヤは確信を持ってはいるが、MSで相対してその生存を確信した等と言われても、ルナマリアからしたら信じられる話ではないだろう。

 それに、タケルの生存の可能性が伝わればまた再びデュランダルに利用される事も考えられる。

 少なくともサヤは、自身を餌に兄をザフトへ取り込んだという事実を、十分に警戒に値するものだと考えている。

 タケル生存の可能性を、わざわざザフトに残すわけにはいかなかった。

 

 記憶を取り戻したサヤは、タケルと共にオーブへ帰還することを望んでいるのだ。

 

「辛い時に混乱させてしまい申し訳ありません。ですがどうしても言えないのです。それでも私は貴女の友として、メイリンが無事である十分な可能性を伝えたかったのです……ごめんなさい、ルナマリア」

「謝らないでよ……あんたが意地悪でそんな事してるわけじゃない事くらい、私だって分かるわよ。でもどうにか……安心できる情報が欲しいじゃない」

 

 何かを堪える様に、その身を抱いて震わせるルナマリアに、サヤは居た堪れなくなった。

 大切な妹なのだ。それを想う気持ちは、タケルを見続けて来たサヤには痛い程分かる。

 

「むぅ……あの日以来どうにも……貴方には甘くなってしまいますね」

 

 仕方なく、信頼と言う免罪符を被せてサヤは己の内にあったタブーを切った。

 

「ルナマリア、分かりました。ちゃんとお話しします。但し、他言は一切無用。露見した暁には貴女との縁を切らせて頂きますので、重々理解の上聞いてください」

「────な、何よ。そんなにやばい話なの?」

「私の人生が掛かっています」

「そんなの逆に、おいそれと聞けなくなるじゃない」

「なんです、聞くのですか? 聞かないのですか?」

「聞くわよ! でも怖いわよ」

「他言しなければ良い話です。尤も、ルナマリアの性格上難しいことかもしれませんが」

「あれ? 急にナチュラルに馬鹿にしてる?」

「いえ、そんなことは……」

 

 えらく真顔になって、虚無を写すルナマリアの瞳がサヤへと向けられる。

 最近この少女は色々と遠慮が無くなってきた気がする。以前より近しいというか、生の感情をそのままぶつけてくるようになったというか。

 嬉しい反面、怒らせた時にはちゃんとそれが突き付けられる関係性になっており、サヤは少しばかり誤魔化すように首を傾げた。

 

「とにかく、お話をします。耳を寄せてください」

「え、えぇ……」

 

 何故かわからないが、ルナマリアは酷く緊張した。

 対面に座る類まれな美少女に耳を寄せる。つまりは耳打ちされるという事実。

 血色の良い艶やかな唇が近づいてくる。吐息と共に微かに伝わってくる体温が、妙に熱い気がした。

 

 そして、たっぷりとその気配を堪能しながら、ルナマリアの耳元で普段はクールぶってる生意気少女の、顰められた声音で大事な話を囁かれる。

 

 鳥肌と共に背中を駆け抜けるゾクゾクとした感触。

 だが、そんな感覚に浸る暇など無く告げられた事実にルナマリアは目を見開いた。

 

「サヤ……その、本当に?」

「長年あの人を愛してきたサヤには分かるのです。証拠はなくとも、確信を持っています」

 

 告げられたのはタケル・アマノの生存。そして今メイリンは彼と共にいるという事実。

 それはメイリンの身を案じていたルナマリアにとって十分に安心できる話であった。

 

「少しは、不安も晴れた様ですね」

「え、えぇ……かなり。でもなんでこれを素直に明かせないのよ? 皆が喜ぶじゃない?」

「生きていて、尚且つ私達と相対しているのに。こちらに接触を図ってこなかった……ザフトに戻れない理由があるのだと、サヤは解釈しています」

「戻れない理由?」

「その理由がどうあれ、隠したいというのでしたらサヤがそれを明かすわけにはまいりません」

「あっそ、あんたってホント……あの人至上主義よね」

「当然ですよ」

 

 もうすっかり暗い影が成りを潜めたルナマリアを見て、サヤは席を立ち背を向けた。

 

「私はあの人を、愛しているのですから」

 

 誰もが見惚れる笑みを浮かべてそう宣言すると、サヤはその場を去っていく。

 その背を見送り、ルナマリアは小さく溜め息をついて肩を落とした。

 

「はぁーあー、生きていてくれた事は嬉しいけど……流石に私じゃあの子には敵わないわね」

 

 つい先日気付いた想い。しかし、その強さで言えば彼女と比較にもならないだろう。

 あっさりと敗北と、引き際を感じるあたり、自身の想いは所詮その程度だろうなと、ルナマリアは嬉しさに膨れてくる感情に蓋をした。

 

「あれ……でも待って。そう言えば……」

 

 そこまで至ったところで、気づいてしまう。

 直近まで彼女は記憶を失っていた。何なら、ヤヨイ・キサラギはタケル・アマノを避けていた節もある。

 そんな彼女が、戦後からこれまでのタケルの動向を知っているだろうか。心を壊していたタケルを支えた人間を、知っているだろうか。

 

 否。サヤ・アマノは依然として、タケルの傍にナタル・バジル―ルという最愛の女性が存在している事を知らない。

 

「────もしかしてこれ、ヤバいやつなんじゃ」

 

 1人気が付いた事実に戦々恐々としながら、ルナマリアはそれを彼女に伝えるべきか否かで、この後散々に思い悩むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして。

 

 ミネルバの格納庫にて、シン・アスカはコアスプレンダーに乗り込み、細かな機体パラメーターの調整を施していた。

 その傍らには整備班主任のエイブスも居り、どうやらパイロットと整備班が一丸となってインパルスの性能を調整しているようである。

 

「ここの数値を上げれば、スラスターの感度は上がる。が、上げればそれだけペダルでの操作には繊細な制御が必要になるぞ」

「隊長は……ラウラ隊長はどんな感じにしてました?」

「ん? ラウラ隊長か……あの人は整備班泣かせと言うか。戦闘中ですら細かな戦闘パラメーターを弄っちゃう人だったんでな。俺達は調整関連は触れてなかったよ。ログはデータとして残ってるかもしれんが、あまり参考にはならないぞ」

「うへぇ……相変わらずおかしいっすね」

「ホントなぁ……それでも、そんな人だって墜とされちまったんだ。だからこそ、こうして事前の調整は念入りにやっておかないとな。お前は墜とされるなよ、シン」

「わかってますよ。あ、それじゃこっちの数値は──」

「シン、少し良いか?」

 

 横から聞こえてくる声に、シンとエイブスが目を向ける。そこにはハイネを伴ったレイが歩いてくるのは見えた。

 

「あ、レイ!」

 

 やんわりとエイブスに断りを入れながら、シンはコアスプレンダーを降りていく。

 ラボを訪れて変調を来たしていたレイの様子が気がかりだったのだろう。

 少し早足に、2人の元へと歩み寄っていった。

 

「レイ、もう大丈夫なのか?」

「悪いな。調整中に。それと、心配かけてすまなかった。もう大丈夫だ」

「検査上は問題無し。軍医からは疲れが溜まっていたんだろうとか言われたが、どうにもな」

「ハイネにも、心配をかけましたね。申し訳ありません」

「良いって良いって。ってーか、その堅苦しい話し方やめろっての。お前もヤヨイと一緒で融通利かねえ奴だな。シンとルナマリアを見習えって」

「2人を見習え、ですか……ラウラ隊長はいつも、2人に俺やヤヨイを見習えと言っていたものでしたが……ハイネは逆ですね」

「なるほど、お前達が融通利かねえのはクルースのせいなわけか。それにしても珍しいなシン。空いてる時間にエイブスと調整か。どういう風の吹き回しだ?」

「別に……ただ、なんとなく。このままじゃダメだと思ったから」

「あ~、もしかしてあの機体に負けたことを気にしてんのか? そんなの気にしても仕方ねえだろう。極論を言えばどんな強い奴だって負ける時は負ける。墜とされる時は墜とされる。

 アイツが身をもって、それを教えてくれただろうが」

「それは……その事も勿論あるけど」

「んあ? 別の事で何か引っかかってんのか?」

「何か、有ったのか──シン?」

 

 少し煮え切らないシンの態度に、ハイネとレイは疑問を呈した。

 自身の実力に思い悩むのであれば、それは大なり小なりパイロットなら同じだろう。ハイネが言う様に、一回一回の勝ち負けを引き摺っても仕方ないのは事実である。

 しかしシンの気配は、本題がそこにはないのだと訴えている様子であった。

 

「その、さ……ハイネも見ただろ。あの施設の被検体達」

 

 レイが疑問符を浮かべる中、ハイネは露骨に眉を顰めた。

 

「あぁ……もしかしてそれでショック受けてんのか?」

「何かしてないと、頭に思い浮かんできちゃって」

「とは言ってもな。あの惨状の責任は俺達にあるわけじゃねえだろ?」

「俺は見てはいないんだが……ハイネ、そんなに?」

「見なくて正解だろうよ。年齢は精々12.13って所か……まだまだ小さいガキの死体ばっかりだった。本当に、連合のやってる事には反吐が出る」

「あんなの……許せるわけないですよ」

「とは言ってもな。あの惨状は俺達に責任があるわけじゃねえ。お前が思い詰めても仕方ないだろう? 

 それに、俺達が見つけなきゃあのまま冷たい床で朽ちていく定めだったんだ。調査部隊がデータを取るにしても、ちゃんと埋葬はしてくれるだろう。死したあの子達にやるべきことはちゃんとやってやれる……そのまま知らずにいたよりかは、マシだと思えよ」

「でも、でも俺……」

 

 拳を握り、何かを吐き出す様にシンは口を開いた。

 

「ベルリンで見たんだ。あの巨大兵器に乗ってたパイロット達を……2人だけだったけど、あの施設に横たわっていた子達と同じくらいの子で」

「だから罪悪感を感じてるのか? 無意味だからやめとけって。そんな背負い込みしても何の意味もねえ」

「でも!」

「むしろその話を聞けば尚更。俺は見つけてよかったと思う。少なくとも連合の悪辣な施設は1つ潰れた。ユーラシア西で起きた様な、新たな惨劇の可能性を潰せたと考えればな」

「シン、俺達は軍人だ。罪や業を背負うのは前線で戦う俺達であってはならない。お前のそれは、行き過ぎた自責の念だと俺も思う」

 

 投げられる言葉に、シンは被りを振った。

 言われた事は分かる。理解できる。だがどうしても、死した被検体達の姿が、嘗ての家族達と重なる。

 不条理に命を奪われ、物言わぬ骸となった大切な人達と。

 募る想いは胸の内で黒く染まっていくのだ。

 

「許せないと思うのなら、それは自身を高める糧にしろよ。あいつ(クルース)はそう教えて来たんだろ」

「──わかってるさ」

 

 それ以上は何も言わず、シンはコアスプレンダーへと戻り、エイブスと作業を再開した。

 

 そんなシンの様子を物憂げに見つめながら、ハイネとレイは踵を返して格納庫を出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂漠の一角。

 タケル達が乗ってきた小型艇の直ぐ近くに、1機の輸送機が発進の準備を終えて飛び立とうとしていた。

 

「助かったよ、サイーブおじさん。この御礼は落ち着いた時に必ず」

「既に街ぐるみでもらってる。気にするな」

「全くよ。まさかこんな事の為にあれだけの機材を積んで来たとは思わなかったわ」

 

 どこか不平不満とでもいうような気配がユリスから見えて、タケルは肩を竦めた。

 

 タケルがサイーブに申し出た輸送機の確保。

 ステラ達の為のゆりかごと、ディザスターを積み込むためにもMSを運搬できる輸送機が必要であった。

 

 ユニウス条約でザフトが地上からある程度撤退した折に、現在アフリカ大陸は砂漠の民の自治区域となっている。

 晴れて明けの砂漠の望んだ、支配からの解放が成されたのだが。とは言え、経済的に進んでいるとは言い難い。

 輸送機については、バナディーヤに放棄されたザフトのものが保管されていたが、当然ながらタダという訳にはいかなかった。

 そこでタケルが提示した見返りが、ラボから大量に積み込んで来た医療機器の数々である。

 

 軍事は、技術の最先端を行くのが常だ。

 命が……国が掛かっている以上、そこに惜しみは無い。エクステンデッドを製造する施設であったラボでは、非道な人体実験が行われていた事もあり、当然ながら様々な医療技術の最先端が蓄積されていた。

 その技術の資料、そして機器に至る全てを。勿論エクステンデッドに通ずるものは省いてだが、タケルは連合への痛撃とするべく輸送機の代価に提示したのだ。

 技術の流出がどれほど痛いのか、タケルは痛い程知っている。胸糞悪い研究を続ける愚か者達への、タケルができる最大限の仕返しであった。

 アフリカ周辺はどうあがいても後進国。医療技術の最新を手にできるとなれば、その齎される影響は計り知れないと言えるだろう。

 輸送機自体は、嘗て砂漠の虎が敗れた折に放棄され接収されたものであるため、値段としてついていない事もあり、難なくタケル達は大型の輸送機を1機手に入れる事が出来たのだ。

 

「それにしても、相変わらずお前は余裕が無さそうだな……何をしてても必死過ぎて、危なっかしい」

「あ、あはは……まぁ、そんな生き方しかしてないからね」

「疲れた時にはいつでも遊びに来い。何もねえ渇いた砂漠だが、お前にはきっと温かいはずだ」

「うん、ありがとう、おじさん……さて」

 

 別れを済ませたところで、タケルは振り返ると後ろで待ち構えていたメイリンを見つめる。

 

「ユリス、先に言った通り。彼女の意思を尊重してもらう」

「お好きに。私にそこまでどうこう言う権利はないわ」

 

 密かに相談は澄ませていたのだろう。小声でユリスへと確認を済ませると、タケルはメイリンへと歩み寄っていく。

 

「メイリン」

「は、はい! なん、ですか?」

「ミネルバに帰りたくはない?」

「えっ?」

 

 そんな事ができるのか……メイリンは突然のタケルの申し出に目を丸くした。

 

「かえ、れるんですか?」

「直接ミネルバには無理だけど、おじさんに頼んでカーペンタリアまでの帰還ルートは用意してもらってる。道中は元明けの砂漠メンバーが護衛してくれるし安全に帰れるはずだ。カーペンタリアまで行ければ、そこからミネルバに戻るのはわけないでしょ」

「はい……でも」

「よく考えて。君はユリスによって攫われて来た。帰って良い。帰らなきゃいけないんだ。ミネルバの皆も、君を心配しているはずだ。ルナマリアは特に……」

 

 タケルの言葉で、メイリンの脳裏に辛そうな顔をしたルナマリアの顔が過った。

 ディオキアでタケルとデートするとなった時も、姉は本当に親身になって、色々としてくれた。

 大切な家族だ。大切な姉妹だ。その自覚がメイリンにはある。

 

「でも、私……」

 

 折角差し出された帰還への提案。しかしメイリンは二の足を踏んでいた。

 目の前に並ぶタケルとユリス。タケルの腕を取っているステラに、その背後で待つアウル。スティングは輸送機で発進準備の最中であったが、彼等の境遇を、メイリンは全て聞き及んでいる。

 人の悪意に塗り固められて生まれた彼等。その結果、今もこうして辛い戦いの日々を送っている。

 戦場での戦いではない。ただ生きる為に、戦っているのだ。

 それを知った今、自分と関係無いからと見て見ぬ振りをするのは、メイリンにはできなかった。

 

「メイリン・ホーク」

「は、はい。なんですか、ユリスさん?」

「迷う事なんか無いでしょ。貴女、ラボで私の問いに何て答えた?」

「ユリス! 余計な事を言わない」

「余計じゃないわよ。ちゃんと彼女の意思を確かめてあげてるだけ」

 

 ユリスの言葉に、メイリンはハッとした。

 思い出したのはラボでの事では無く、ディオキアでの自身の言葉。

 自分は、目の前のいつ折れるかわからない人を支えたいと願ったはずであった。

 憧れも、恋心も、全部乗せて……タケル・アマノが頑張り続けられるように、助けになろうと誓ったはずであった。

 彼が死した時の喪失感を、メイリンは忘れていない。

 彼がいない事を知った時に感じた空虚な気持ちを、メイリンは今でもよく覚えている。

 

 俯き気味であったメイリンの顔が起き上がり、瞳に決意が宿っていく。

 胸の内で悲しみの顔を見せる姉に小さく謝ってから、メイリンは口を開いた。

 

「タケルさん、お願いします……私も一緒に連れていってください」

 

 強く、活力に溢れる声音であった。

 瞬間、ユリスは分からないようにほくそ笑み、タケルはありありと見える様に疲れた溜め息をつく。

 

「メイリン、ダメだよ。僕達は連合に──」

「わかっています。でも私、誓いましたから」

「誓うって……」

 

 僅かに惑うタケルに詰め寄ると、ステラが取る腕とは反対の腕をとり、メイリンはそのままタケルの後ろへと回り込んだ。

 

「あの日言いましたよね。貴方を後ろで支えて見せますって」

「あの日って……ディオキアの?」

「はい! だから私、もう離れません。ちゃんと後ろで、タケルさんを支えます」

「ぷっ、くくく……」

「ユリス。君と言う奴は──」

「あら、私のせいじゃないわよ。ちゃんとその子の意思じゃない」

「そうですよ! 私、ユリスさんに言われたから決めたわけじゃないです!」

「はっはっは! 随分な人気だなタケル。それだけ言ってのけたんだ。その嬢ちゃんも連れてってやれよ」

「おじさん……そんな無責任な」

「お似合いだと思うぞ。お前にはそのくらい言ってくれる子が丁度いい」

 

 危なっかしいタケルの姿に、サイーブも思う所は有ったのだ。目の前でそんな彼を支えると宣言してくれたメイリンに賛同したくもなるというもの。

 そこへユリスは再び爆弾を投下するべく動き出した。

 

「おじさん、残念だけどね。兄さんって実は──」

 

 ひっ、と僅かにタケルは呻いてサイーブの様子を伺った。

 ユリスによって耳打ちされる事実にサイーブの目元が俄かに釣り上がっていく。

 

「タケル、お前って奴は……」

「お、おじさん……そいつが言う事って基本嘘だから。僕を困らせる事に人生の大半をつぎ込んできたような奴だから。信じないで!」

「じゃあ嘘だってのか? お前もうオーブに奥さんが居るんだって?」

「いや、それは居るけど……いるには居るけど! 大切な人だけどね! そもそもメイリンとはそういう話では無くて!」

「って言う事なのよ。気を持たせるだけ持たせて、遊んでポイする最低な人よ」

「ユ、ユリスさん! だから私はそう言うつもりでは無いと、言ったじゃないですか!」

「なっ!? お嬢ちゃんもわかってて……そんな歳でお前等……もうそんな爛れた関係を……」

「もうやめてってホント。あぁ、もう。行くよメイリン、ステラ! さっさと出発しないと」

「はい……うぅ……何でこうおかしな方向に」

「──うん」

 

 ステラとメイリンを伴って、タケルは逃げる様に輸送機へと乗り込んでいった。

 

 残されたユリスは腹を抱えて笑い転げる様な気配であった。

 

「あっはは! ホント面白いわね兄さんって」

「笑い事じゃねえ。ったく……」

「あら、あなたは兄さんの事信用してないの? あの朴念仁。そんな器用な事できる性質じゃないでしょ」

「そうだろうな。俺が言ってるのはお前さんの方だ」

 

 俄かに鋭い視線を向けられて、ユリスは愉快さとはまた別の笑みを浮かべた。

 

「へぇ、伊達にレジスタンスのリーダーでは無かったって事?」

 

 警戒、疑念、その他諸々。色々と探る様な視線を向けられてユリスはサイーブへと嘲る様な笑みを見せた。

 

「1つ聞いておきたい。お前さんは今でもタケルを憎んでいるのか?」

「兄さんから聞いたの? まぁ、別に良いけど……憎んでないとは言えないでしょうね。ただ、そればかりではないって言うのが正しいかしら。今の私達は利用し利用される関係よ」

「その関係が終わったらどうする?」

「私は兄さんに大人しく殺される。それが契約だから」

「バカな。あいつがそんな事──」

「意外と兄さんの事をわかってないのね。兄さんは情に篤い。だからこそ、憎しみに囚われやすいのよ。家族を討った私を、許すわけはない」

「それでも、あいつと共に行くと?」

「ステラ達を救う為よ。今の私にあるのはそれだけ」

 

 面倒な生き方しかできない奴等だ────サイーブは内心でタケルとユリスをそう断じた。

 片や、常に何かに怯えて必死に生きる事しかできず。片や未来を捨てて、何にも怯えず己が道を行く。

 どこか対称的で、だけど似通っている。そんな奇妙な2人。

 

「ふんっ、全てが終わった時は嬢ちゃんもウチに来な。あいつのバカくらいは止めてやれる」

「あら、助けてくれるって言うの? 嬉しいわね」

「そんな歳で、人生を諦めてんじゃねえってんだよ。ここは、生きたくても生きられない人間が沢山居る地なんだ。お前さんの様な生き方は気に喰わん」

「ふぅん。まっ、その機会が与えられればね────それじゃ」

 

 踵を返して、ユリスもまた輸送機へと乗り込んでいった。

 

 数分後にはサイーブの目の前で輸送機が飛び立って行きその場には静けさが戻る。

 

 

「ったく、生き急いでんじゃねえぞ、バカ兄妹」

 

 

 向けられた声音は少し寂しく、憂いを含んだものであった。

 

 




メイリンは強い子(確認)

カガリとかサヤの影響でラクスが小姑状態に。原作ほどキラが壊れてないからその分、自ら戦場に向かって怪我して帰ってくるキラには厳しい。心配かけるなとおこです。

そして次回はアークエンジェルが大騒ぎ。戦死偽装罪でギルティの予感。
あと最近サヤ×ルナ多いですね。ルナマリアが可愛いので仕方ない。

アンケ追加した結果、主人公は主人公だから主人公だったんだけど、意外にもシンとサヤが次点でいい勝負。
サヤはまぁ人気っぽいけど、ちゃんとシンの活躍見て期待してもらえて作者は嬉しいです。
それに比べてアスラン……ごめんよ。君の出番はこれからだから許して。


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