戦闘は終わった。
それも戦闘の推移がどうこうではない。
救助した民間人、ラクス・クラインを人質とする事でザフトを撤退させたのである。
下半身を消し飛ばされたアストレイは、キラのストライクに運ばれてアークエンジェルへと帰投していた。
『タケル……着いたよ』
「うん、ありがとう。キラ」
着艦したアストレイは固定アームによってつるされ、タケルは項垂れたままコクピットを出る。
目の前で同じようにストライクから出てくるキラと目が合うが、その表情は似たり寄ったりであった。
ラクスを人質としたこと。
そしてもう一つ。先遣隊を守り切れなかった事。
キラも、タケルも。フレイに合わせる顔が無かった。
「アマノさんよー、アストレイも急いで直したいところだが、先にゼロから修理しますぜ」
「あっ、はい! 僕も手伝いますよ!」
「良いって良いって。まずアマノ二尉は休まねえと……戦闘記録見ましたけど、とんでもない戦いをしてたでしょうに」
「それは、そうですが……」
機体の状況を把握するためにも、整備班は戦闘記録をチェックする。
マードック以下整備班の面々は興奮冷めやらぬ様子で、帰還したアストレイを見ていた。
ヴェサリウスによって下半身こそ根こそぎ奪われたものの、それまでに見せた異常なまでの戦闘。
機体の性能を限界まで引き出しただけではない。
反応速度、反射速度、ジンを次々と倒すまでのその判断力。まるで別人に取りつかれたかのようにそれまでの動きとは隔絶された操縦。
キレたとか、火事場の馬鹿力とか言い様は色々であろうがそれ相応に疲労を伴う事は明白である。
「警戒態勢は続くんです。休んでおくのもパイロットの仕事の内ですよ」
タケルにそう告げるとマードックは威勢の良い声を張り上げ次々と指示を出していく。
既にタケルが入り込む余地は無かった。
何かをしていたかった。
確かに疲れてはいるが、そんな事よりも作業に没頭して忘れたかったのだ。
守り切れなかった事を。
「ほら、何を考えているかは色々想像がつくし……正直、俺もさっさとやられちまったから立場無いんだが、整備は任せて俺達は休んでおくぞ」
「フラガ大尉……」
「キラも。その納得してないって顔を見りゃ言いたいことはわかる」
「別に、僕は……そんな顔」
沈みっぱなしのキラとタケル。
はぁー、と大きくため息を吐くとムウは2人へと向き直った。
「俺達は弱かったんだ。
先遣隊を守り切れず、あの子を人質にするしか艦長達も取れる手段が無かった」
理解している、が言葉にして欲しくない現実がムウから放たれ、2人は視線を落とした。
「フラガ大尉、わかっていますよ。僕がもっと早くあのジンを退けていればこんな結果には──」
「いいや違うなタケル。お前は何もわかってない」
「わかってますよ!」
「わかってないさ。弱かったのは俺もお前も、キラもだろ? もっと言うなら、アークエンジェルだってそうさ」
ムウの言葉に、タケルは目を丸くした。
悔しそうな顔をしてるのは何もキラやタケルだけではない。
むしろ年長者として、戦場の先達として。何も戦果を残せず戻ってきたムウの方が余程後悔の念は強い。
2人と違い、それを御し切る事が出来るだけなのだ。
「戦闘中も言ったはずだぜ。そんな半人前の顔してるくせに保護者面すんなって……お前一人で背負うなよ。そんな顔されたら、俺の方が惨めになるだろうが」
タケルに向けた言葉ではあったが、一緒にいたキラも含めて、自責の念に囚われていた2人の心を、ムウの言葉が軽くする。
なまじ、アストレイやストライクの様に高い戦闘力を持つ機体に乗っているからこそ、知らず2人は己へ課す責を重く見積もってしまう。
責任感が強い故になおさらである。
そんな2人が背負う重石を、ムウは共に背負うと言ってくれたのだ。
後悔と自責の念でギリギリの心持ちであった2人は、その言葉に保っていた緊張が緩み、にわかに涙を滲ませた。
「──半人前の顔は、余計です」
「そう言うのはその泣きべそをかかないようにしてから言うんだな。キラも」
「──うぅ……はい」
「かー! 全く柄じゃねえよなこんなの。ほら、さっさと泣き止んでいくぞお前ら」
「行くって?」
「どこへ?」
「あの嬢ちゃんに、謝らないとな」
「そう──ですね」
「はい」
自責の念はともかく、守り切れなかった事はフレイにも謝罪したい。
フラガの言葉を理解して、キラとタケルは少しだけ軽くなった面持ちで、ムウと格納庫を後にした。
「戦闘こそは終わったものの……状況は何も変わってないのよね」
一方その頃、艦橋では一先ず落ち着いた状況の中マリューとナタルが今後の事を話し合っていた。
「いえ、むしろ厳しくなったとみるべきです。メビウスはともかく、アストレイのあの損傷は、そう直ぐ直せるものでもないでしょう?」
ヴェサリウスによって吹っ飛ばされたアストレイの下半身。
その損傷の具合から簡単に直せるものでは無いだろうとナタルは推測していた。
「えぇ、まぁそうだけど。ストライクの予備パーツがあったのが幸いだわ。下半身をごっそり入替で普通に修理するよりは簡単よ」
「そういうものなのですか?」
「勿論機体としては別物だろうから細かな調整はかなり必要になってくるでしょうけど、そこはストライクも含めて生みの親みたいなアマノ二尉だから、どうにでもなるでしょう」
「恥ずかしながら、MS技術についてはそこまで詳しくないため、艦長がおっしゃられるのであれば、それを信じる事しか私にはできませんが……」
「大丈夫よ。どちらかと言うと……アマノ二尉自身の方が心配だわ」
はぁ、と最近当たり前になりつつあるため息がマリューから零れた。
「心配……ですか?」
「さっきの戦闘、あの改良型のジンを退けるまで、アマノ二尉は決してアークエンジェルの近くを離れなかった」
「それは、艦を守る事を考えての事でしょう?」
「そう、私もそう思うわ。でもそのジンを退けてからは他には目もくれず、先遣隊を狙うジンを撃墜しに行ったでしょ?」
「それは、艦の脅威を排除できたからではないのですか?」
「そうであるなら、アマノ二尉の場合ストライクの援護に行くと思わない?」
マリューの言葉に、ナタルはハッとした様に戦闘記録を確認し始めた。
確かにそうだ。あの時アストレイはストライクとイージスが戦う直ぐ傍を駆け抜けている。
アークエンジェルと同じくらい、ストライクを守る事も念頭に置いているはずのタケルらしからぬ動きである。
「それは……確かにそうですね」
「アストレイが他には目もくれず、ジンを撃墜しに行った。その真意は何だと思う?」
「先遣隊……モントゴメリーを守る為ですか?」
「多分……ね。そして結果的には」
「守れなかった……しかし、それは何もアマノ二尉のせいでは」
「前例が、あるでしょ?」
ヘリオポリス崩壊後の戦闘。
戦闘に入れ込み過ぎて、ストライクを鹵獲寸前まで追いやられた責任を、タケルはしきりに謝罪していた。
「あの時と同じように、また己の責だと捉えてしまう、と?」
「優秀だからこそ、背負い込み過ぎてしまうのでしょうね……」
「如何しますか? 正直な所、彼はアークエンジェルの戦力の要です。大尉のゼロやストライクも優秀ではありますが。今日の戦いを見ても彼の戦力は抜きんでている」
先の戦闘、確認してみて改めてわかるその異常なまでの戦い。
改良型のジンを撃破するときも、モントゴメリーを狙うジン3機を撃墜する時も、まるで未来が見えてるかのような動きでアストレイを動かしていた。
フレイとラクスの件があって大きな話題に挙がっていないが、マリューとナタルは戦闘記録を確認して戦慄したものだった。
あの動きは、MS戦闘の概念を覆す程に隔絶されたものであったと。
「凄いのは……確かに凄いんでしょうけれどね」
「ですが、優秀とは言え彼はまだキラ・ヤマト等と変わらぬ年齢。精神的不調が影響する可能性も無いとは言い切れません」
そうだ。あれほどの動きができるのなら、彼の性格上最初からやっているだろう。
それがあの土壇場で出てきたのだから、ナタルが言うようにある種の精神的不調の予兆と取れなくもない。
「そうね……とりあえず貴方に任せるわ」
「わかりま……はっ?」
ナタルとしては、ある程度具体的に対処を明示してくるかと考えていた。
そしてそれを遂行する事が自身の役目だとも。
だがあろうことかマリューは、完全に何も考える事もなくナタルに丸投げしてきた。
彼女らしくない奇妙な返答となってしまうのも仕方ない事である。
「この間も彼を心配して訪ねたのでしょう? なら、また貴方の方が良いじゃない」
「それは、確かに前回は私が様子を見に行きましたが。私より人当たりの良い艦長の方が……」
「彼に必要なのは、貴方みたいにはっきりと物言いができる人だと思うのよね。逆に、キラ君なんかは私やムウの方が適任だろうけど」
何ていうか……母と姉の違い? そんな感じ?
などとのたまいながら、マリューは腕を組んで頷いていた。
「そういう、ものですか」
「そういうものよ。だからお願い」
「命令であれば」
「いいえ、お願いよ」
命令とお願いに一体何の違いがあるのか。マリューの真意はわからない。
ただ言葉から受ける印象がどうにも、公的な任務から私的な任務への変遷を感じさせ、ナタルは眉を顰めた。
「──承りました」
「うん、ありがとう」
少しだけ、雰囲気が明るくなったマリューを見ながら、ナタルは艦橋を後にするのだった。
ザフト軍ナスカ級戦艦ヴェサリウス。
「なんとまぁ、厄介な事になったな」
艦橋から覗ける景色。
いや、目の前に覗けるアークエンジェルを見て、ラウは小さく呟いた。
「このまま足つきについていったとしても、ラクス嬢があちらに居てはどうにもなりますまい」
「連中とて、月艦隊との合流を目指すだろうしな」
「しかしこのままみすみす合流を見逃すわけには」
艦長のアデスが食いつくのを制してラウは宙域図を見た。
「ガモフの位置は──どのくらいでこちらに合流できる?」
「現在マーク6、5909イプション、0.3です。合流には……約7時間程かと」
オペレーターの答えが嬉しくないものであったのか、ラウの表情は硬いままであった。
「それでは手を打つ前に合流されてしまうな」
再び宙域図へと目を走らせる。
ラウの脳内に様々な作戦が浮かんでは消えた。
さしものラウと言えど、人質を取られては……それも本来の出撃目標であったラクス・クラインを人質とされては、手の打ちようが無かった。
宙域図を眺めながら、刻一刻と時だけが過ぎ去ろうとしていた……
パイロットスーツを着替え、タケルとキラ、そしてムウは食堂へと向かっていた。
やはり、顔を会わせづらいという思いは変わらない。
だが、逃げるわけにもいかなかった。
きっと彼女は泣いているだろうから。
「サイ……パパが……パパがぁ!」
聞こえてくる嗚咽と悲痛な声。
3人は一様にその表情を硬くした。
「フレイ……」
「なんで! どうしてパパが死ななくちゃならないのよ!」
「仕方なかったんだ……戦場となってしまった以上。その危険は付きまとう……」
「だって、キラは大丈夫だって……フラガ大尉やタケルもいるから大丈夫だって言ったのに……」
誰もが沈痛な面持ちであった。
言っても仕方ない事だという事は誰もが理解している。
かといって、彼女にそれを言うのは酷だ。
大事な肉親を亡くした今、彼女には感情を放ち、受けてくれる存在が必要であった。
失ったものが大きければ大きい程、人は理性より感情に支配されるものなのだ。
「嬢ちゃん、すまなかったな」
人知れず食堂へと入った3人。
ムウが最初の口火を切った。
その瞬間、フレイがハッと顔を上げた。
涙に塗れ、酷い顔をしていた。そして溢れ出る感情が、3人を見た時怒りへと変換されていく。
「なんで……なんで守ってくれなかったの」
「俺達が弱かったからだ。本当にすまない」
ムウが小さく頭を下げた。
本来なら、それはすべきことではない。
戦闘における逐一にパイロット達が責任を負っていては、パイロットなどやっていられない。
だが、目の前で感情を溢れさせる少女をそのままに捨て置く事も、ムウはできなかった。
そしてそれは、キラもタケルも同様である。
「なんで、あいつらをやっつけてくれなかったのよ……」
「ごめん、フレイ。僕達の力が足りなくて」
キラの胸にも後悔が募る。
イージスと……アスランとの戦いに夢中になっていた。
無論、イージスを躱してモントゴメリーを守るなど、キラには荷が勝ちすぎる話だ。アスランがそれを逃すわけもないし、それでキラがモントゴメリーを守れるとも限らない。
「覚悟なんて……できるわけないじゃない!」
「本当に……ごめん、ね……」
そして、結果的には守れるだけの力を持っていたタケルこそが一番、彼女の言葉に後悔を募らせる。
あの時、タケルに何が起こったのかはわからない。
だがあの戦いがすぐにでも出来ていれば、彼女が今こうして涙を流している事もなかっただろう。
キラに、タケルに、次々と感情をぶつける対象を変えては、フレイは言葉を投げつけた。
「大丈夫って言ったじゃない! 全力で戦うって! 合流できるから、もう安心だって!!」
彼女自身頭ではそれが無意味な事も、彼らが必死に戦っていた事も理解している。
ただ、それを理性で抑えきれないほど、失った悲しみが大きすぎた。
フレイは幼い子供のように泣きじゃくり、幼い子供のように溢れる感情を撒き散らした。
他に何も気にすることはなかった。気にする必要はなかった。
彼女はもう、1人なのだ。
だけど……
「フレイ……それ以上はダメだ」
沈黙を破り、そっと、側にいたカガリがフレイの頭を胸に抱えた。
頭では理解してても抑えられない感情。フレイのそれが、カガリには手に取るようにわかった。
行き場を求めて、ぶつけてしまう気持ちが痛い程理解できた。
だがそれは、誰の為にもならない……と。
「兄様も、キラも、フラガ大尉も、必死に戦っていた。フレイのお父様を守るために、必死に。
そのお父様を失って悲しいのは凄くわかる。私も、兄様を失えばきっと今のフレイと同じになる」
「……か、がり?」
突然に、抱きかかえられて伝わる温もりが煩わしかった。
フレイは感情に任せて引きはがそうとするが、カガリの方が力が強いのか、解かれることは無かった。
「それをこれ以上ぶつけてはいけない。彼らは、フレイの為に戦ってくれていた。フレイのお父様を守ろうとしてくれていたんだ」
「だって……だって!」
やめろ──何故我慢しなければならない。
守れなかったのは彼等だ。守ってくれなかったのは彼等だ。私には彼らを憎む権利がある。
「フレイの為に戦ってくれた彼等を、他ならぬフレイが否定してしまったら、彼らはこれから、何のために戦えばいいんだ」
「そん……なの」
カガリの言葉一つ一つがフレイの心に刺さっていく。
分かっているのだ、そんな事は。
理解しているんだ、そんな事は。
でもこうするしか、今の自分を抑える術が見つからないのだ!
「悲しさが募るなら、その分涙を流そう。怒りを抱くのなら、それは涙に変えよう────でないと、君はきっと後悔する」
「あっ、うっ……うぅう」
ぶつければぶつける程、それは彼女の為にはならない。
ぶつけられた彼等には傷を残し、ぶつけた彼女もまた、いずれ後悔し傷つくことになる。
何も、得られるものはない。
「フレイ、抑えきれない程に溢れる思いは涙に溶かして流し切ろう……だから人は涙を流せるんだ」
「うぅう、あぁ…………うあぁあああ」
まるで、何かの許しを得たかのように。
カガリの言葉を皮切りに、フレイは声を押し殺すことも無く泣き出した。
溢れる感情を精一杯押し流そうと。
カガリが言うように、誰にもぶつけないで済むように。
精一杯声を上げて泣き続けた。
「全て流れきるまで、私も一緒に泣いてやるから」
泣き疲れて、彼女が眠りにつくまで……ずっと。
フレイの為に一番書きたかった流れ。
感想よろしくお願いします
それと次回は二日後の予定