宇宙の大海を進むシャトル。
敵も居なければ戦闘も無い。天気の変化すら見られない真っ暗な世界の中では、ただただ静寂の中で時間だけが過ぎていく。
オーブを離れたユリス一行は、メンデルまでの道中を各々のんびりと過ごしていた。
ユリスはタケルに懐きかけているステラを取り戻すべく、構おうと必死な様子。構おうとしているのか……ステラに構ってもらってるのか。ステラの表情を見るに判断に難しい所である。
アウルはスティングが座る運転席の隣で談話に興じている。話題はどうやらタケルに対抗意識を燃やすユリスを笑っている様で、もう少ししたら彼女の怒声が響き渡る事だろう。
そしてメイリン・ホークはというと。
「あの……タケルさん?」
「ん、なに? メイリン」
「何って、それはこっちのセリフです。何してるんですかもう」
「何してるって……資料を漁ってるんだけど?」
貨物スペースに入り、積み込んで来た資料を読み漁るタケルへと苦言を呈していた。
「目的地に着いてからで良いじゃないですか。せめて移動中くらいはゆっくりしましょうよ」
「そうも言ってられないよ。できるだけ早く進めたいし。どれだけ時間がかかるかもわからないんだ。のんびりしている時間は無いよ」
「むぅ……」
聞く耳もたずと、タケルはメイリンに背を向けて資料を漁るのを再開した。
相も変わらずのんびりする事の出来ない人だ、とメイリンは胸の内でタケルをなじった。
ディオキアでの突発的なデートの話だって、元はと言えば目の前のこの男が、艦内のどこにも顔を出して仕事をし続ける為にタリアが気を利かせて考えてくれたのだ。
そうでもしなければ休まないだろうという判断の下である。
「(アフリカを発ってからも、全然休んでないじゃないですか……)」
再びメイリンは、胸中でタケルをなじった。
少し寂しげな背中に見えるのは決して気のせいではないだろう。オーブから追いやられて、彼が何も思わぬわけはないのだから。
「何迷ってんのよ、メイリン・ホーク」
「あっ、ユリスさん」
「貴女、私が何で連れて来たか忘れてないでしょうね? 貴女は兄さんのストッパー。張り切り過ぎる兄さんを止めるのは貴女の役目よ。早く身体でもなんでも使って兄さんを止めなさいよ。メンデル着いてからが大変なのに、今無理されても困るのよ」
「かっ、身体って!?」
「まぁ、その貧相な身体じゃ無理かしらね?」
「しっ、失礼な!」
「じゃあ誘惑でもなんでもして止めて見なさい」
「わ、わかりましたよ! やって見せます! 見ててくださ──ふびっ!?」
タケルの背中を目掛けてメイリンが動き出そうとした刹那、いつの間にか彼女達の目前まで迫っていたタケルに軽い手刀を叩き込まれて、メイリンは奇妙なうめき声を上げた。
「やらなくて良いから…………大体、後ろでそれを聞かされて僕が素直に言う事を聞くと思ってるのか君達は?」
「だったら無理するのをやめる事ね」
「そうですよぉ」
「無理はしてないし、する気も無いよ────お望み通り少し寝るから4時間後に起こして。あっ、起こすのはメイリンでお願い。ステラとユリスは勘弁して」
「えっ、あ、はい……わかりました」
「私はともかく、何でステラがダメなのよ。ロリコン兄さん」
「その認識には大いに反論したい所だけど……ステラは起こしに来て一緒に寝るタイプだから話にならないでしょ」
「えっ、何よその発言。まさか……もう?」
「ラボで脱出する前日にそうだったから」
いつの間にそのような事態に……ユリスが驚愕に目を見開く中、タケルは貨物エリアを出てシートへとスタスタ向かってしまう。
嫉妬で爆発3秒前を迎えたユリスと共に置いてけぼりにされたメイリンは、彼の睡眠の妨げにならぬようにと必死にユリスを宥めかすのであった。
「うぅ……この兄妹の相手疲れるよ……お姉ちゃん」
『皆さん、私はプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルです』
それは突如、全世界のメディアを通して発信されたものであった。
地球も宇宙も関係なく。電波としてそれが届くところ全てに、彼の声と姿が届けられる。
『我々プラントと、地球の方々との戦争状態が解決しておらぬ中、突然このようなメッセージをお送りする事をお許し願いたい。ですが、どうか聞いていただきたい』
「艦長! 議長がプラントから緊急メッセージを送っているそうだ」
「えっ、ハイネそれは」
「バート!」
「は、はい! どうやらあらゆるメディアを通して、全世界に発信されてる模様です」
「艦内に流して。各員可能な限り聞くようにと」
「はい!」
慌てふためきながらも、ミネルバ艦内には直ぐにメッセージの映像が流されていく。
「ラミアス艦長……これは」
「カガリさん……私達もまだ状況がわからないわ」
「ミリアリア、発信源は?」
「ちょっと待ってキラ……プラントからあちこち経由してる全世界に発信してるみたい」
同様にアークエンジェルでも、混乱が巻き起こる中、艦内に映像が流された。
全世界の視線が集まる中、淡々と彼の話は続いていく。
『私は今こそ、皆さんに知っていただきたい。世界に未だ戦火の止まぬわけを。いや、もっと前に、再びこのような戦争状態へと陥ってしまった本当のわけを』
デュランダルが写る映像の隅に、先日巻き起こったデストロイの破壊活動の映像が流れる。
世界中の視線が集まる中、彼は遂に連合の凶行を世界に知らしめてみせた。
『各国の政策に基づき、未だご存知の無い方も多くいらっしゃるでしょう。これは過日、ユーラシア中央から西側地域の都市に向けて、連合の新型巨大兵器が侵攻した時の様子です』
それは、目に見えてわかる無情な破壊行動。
例えるならユニウスセブンの悲劇の様に。その破片が落ちたブレイク・ザ・ワールドの悲劇の様に。
数多の人と物を灰燼に帰す、悪魔の所業。
『この巨大破壊兵器は何の勧告も無しに突如攻撃を始め、逃げる間も無い住民ごと3つの都市を焼き払い、そして尚も侵攻を続けました。我々はすぐさまコレの阻止と防衛戦を行いましたが、残念ながら多くの犠牲を出す結果となりました。
侵攻したのは地球軍。そしてされたのは地球にある都市です。何故こんな事になったのか……連合側はザフトの支配からの地域の解放と謳っています。ですが、これが果たして解放と言えるのでしょうか? こうして一方的に、住民を都市ごと焼き払う事が!
確かにザフトは連合のやり方に異を唱え、その同盟国である大西洋連邦の支配からの独立を唱える人々を支援してきました。あくまでそれは人道的な立場からです。こんな得るもののないただ戦うばかりの日々に終わりを告げ、自分達の平和な暮らしを取り戻したいと願う人々の為に。
戦場に等いかず、ただ愛する者達と共に在りたいと、そう願う人々を我々は支援しました』
映し出されていく、デストロイによる破壊の映像。そして、その後に残された破壊の爪痕が。
親を喪い、訳も分からず泣き叫ぶ子供。
全てを奪われ、悲しみと怒りに叫ぶ女性。
ザフトの支援を受け、どうにか生きる事を可能としている人々の姿。
それはものの見事に、全世界に正義と悪の現実を突きつけていた。
『此度の戦い。我々は平和的な解決を。和平の道を模索し続けてきました。しかし彼等は、和平を望む我々の手を跳ね除け、我々を受け入れて手を取り合いながら平和の道を選ぼうとしたユーラシア西側の人々を、裏切り者として有無を言わさず焼き払ったのです! 子供までも!』
その事実に怒り、震えるデュランダルの気持ちが、映像を届けられる全世界へと伝搬していく。
その怒りが最高潮に達したところで、映像の中でデストロイがインパルスとセイバーによってうち滅ぼされる姿が映っていた。
「────フリーダムが、居ない?」
その違和感に、サヤ・アマノは気が付いた。
セイバーの攻撃は、最後の最後でデストロイを仕留め損なっていた筈である。僅かに裂かれた損傷からは、コクピットの正確な位置が把握し切れず、届かなかったのだ。
悪あがきを見せたデストロイを真に止めたのは、機体の大半を食い破られながらもビームサーベルを突き立てたフリーダムだったはずである。
「下手な小細工を……随分と懐が狭い様ですね、ギルバート・デュランダル」
侮蔑を交えて、サヤは吐き捨てた。
政治家としては正しい判断だろう。ザフトが食い止めたのだとすれば、プロパガンダとしては十分な意味を持つ。が、パイロットであるサヤ・アマノとしては、現実から目を背けさせる様な映像に苦々しい想いであった。
休憩エリアで聞いていたサヤの周囲がざわめく。
何だと訝しんで、サヤが映像へと目を戻せば、そこには見知った顔が新たにカメラの前に登場していた。
「ラクス・クライン。そうですか……どうやら畳み掛けるつもりらしい」
ディオキアでの活動を始点に。解放されたユーラシア西地域で彼女が活動していたのはこのための布石。あくまでプラントでしか認知が高くなかったラクス・クラインを、地上でも歌姫として活躍させ、彼女の声と言葉を浸透させるためのものだったのだろう。
そう考えれば、今の状況はこの声明を出すには都合の良い最高のタイミングであった。
「果たして、本物の彼女はこれを見て何を思うのでしょうね……」
サヤとて、記憶を取り戻した今彼女が本物でない事は分かっている。ディオキアで見た彼女は何と言うか親しみがあり、良く言えば可愛らしい。悪く言えば媚びた印象であった。
本物の怖さを知るサヤからすれば、あんなラクス・クラインはあり得ない。彼女は自身を見せる事も自身で魅せる事も好まないはずだ。
冷たい笑みが、サヤの脳裏に浮かんでいた。
『──この度の戦争は、私達コーディネーターの一部が引き起こした惨劇に端を発しています。
それを止め得なかった事。それによって生まれてしまった数多の悲劇を、私達は忘れません。被災された方々の悲しみ、苦しみは今も尚深く、果てしない事でしょう。それにより新たなる戦いへの引鉄が引かれてしまったのは、仕方のない事だったのかもしれません。
ですが、このままではいけません! こんな討ち合うばかりの世界に、安らぎは無いのです! 果てなく続く憎しみの連鎖も、苦しさも、私達はもう十分に知ったはずではありませんか? どうか、目を覆う涙を拭ったら前を見てください! その悲しみを叫んだら今度は相手の言葉を聞いてください! そうして私達は優しさと光の溢れる世界へ、帰ろうではありませんか!』
同じ容姿に同じ声。だが、安っぽい綺麗事で満たされた演説だとサヤは感じた。
本物はもっとリアリストだ。同じ様な事は言うだろが、これ程押しつけがましい感触は得ないはずである。
『それが私達人類の、真の願いでもある筈です!』
「なるほど。これが……ラクス・クラインに求められる事、というわけですか」
だからこのような替え玉を用意したのだろう。
自らに都合の良い言葉を発してくれる、大衆にとって偶像のままの彼女を。
途端にサヤは、メッセージ映像への興味を急速に無くしていく。
映像では、ラクスが場を譲り再びデュランダルの姿が映し出されていた。
『なのに、どうあってもそれを邪魔しようとする者がいるのです。それも古の昔から。
自分達の利益の為に戦え、戦えと! 戦わないものは臆病だと蔑み、従わないものは裏切り者と罰して、常に我等に武器を持たせ敵を創り上げて、撃てと指し示してきた者達がいる! 今回のユーラシア西側の惨劇も、彼等の仕業であることは明らかです!』
それは正に求められる答えであった。
メッセージ初めの彼の問いかけから、民衆の興味を誘導し、そして大衆が答えを求め始めるタイミングで、彼はそれを示そうとしていた。
本当の敵は誰なのかを。
『間違った危険な存在だと、コーディネーターを忌み嫌うブルーコスモスもまた、彼等の作り上げたものに過ぎない事を、皆さんはご存知でしょうか?
その背後にいる彼等を、そうして常に敵を創り上げ、常に世界に戦争を齎そうとする軍需産業複合体────死の商人、ロゴス!
彼等こそが、平和を望む私達全ての人類の敵です!』
映像からデュランダルが消える。
そして次に映し出されたのは、今あげられたロゴスと言う名を構成する者達の情報であった。
地球圏における主だった経済・財政界の大物ばかり。正に、世界を操るにたる立場を持つ者達である。
『私が心から願うのは、もう二度と戦争など置きない平和な世界です。よって、それを阻害せんとする者、世界の真の敵、ロゴスこそを滅ぼさんと戦う事を、私はここに宣言します!』
映像は終わり、画面は暗闇に切り替わった。
しかし、世界に確かな熱が渦巻き始める。
打倒ロゴス────争いを生み出す真の敵という答えを差し出され、世界は熱狂に包まれていた。
「なぁ、ヤヨイ……さっきの」
「呆けないで下さい、シン・アスカ。今より世界は変わります……彼が望む形で、平和な世界に向かって。私達はきっと、忙しくなる事でしょう」
「何言ってんだよ、俺達はそんなの望むところだろ!」
「シンの言う通りだな。俺達は元より、議長の手足となって戦う事が役目だ」
「それが真の平和になる為って言うなら、万々歳よね」
シンも、レイも、ルナマリアも。周囲で熱に浮かされているミネルバークルーも皆。打倒ロゴスの気炎を上げていた。
きっと世界中が、同じような事になっているのだろうとサヤは思った。
ギルバート・デュランダルの声明は、大成功を収めたと言って良いだろう。
故に、サヤ・アマノは1人冷静でいられた。熱に浮かされる事無く。彼の言葉に流される事無く。
ただ、1つの事実だけに目を向ける事が出来た。
「(ロゴス等どうだって良いのです。サヤにとって貴方は、私達を利用した敵であることに変わりはないのですから……)」
少女は1人、胸の内の怒りを必死に抑えつけるのであった。
「これは……大変な事になったぞ」
どこか、怖れと怒りがないまぜになったカガリの声が、アークエンジェルの艦橋に響き渡った。
「信じられない……まさか首長達の中にも居たなどと」
そう。ロゴスの存在と構成メンバーの発表。それだけでも世界中が驚く話であったが。カガリにとってはそこではない。
否、ここに居る皆が同じ想いであった。
発表されたロゴスのメンバーに、オーブの政権を担う首長達も混じっていたのだから。
他のメンバーが政財界の大物ばかりであることを考えると、明らかに場違い。
そうなると自然と1つの可能性が過る。
「彼等がきっと、カガリさんを亡き者にしようとしてた人達ってことになるわね」
カガリ・ユラ・アスハの退陣。そして、その命を狙った襲撃。
それまで多少の反対は有れど、国民から愛されていた筈のカガリに向けられた突然の事態は、明らかに外部からの謀略によるものであった。
その正体が、今この時明るみに出たのだ。
「こんな……私は皆を信じていたのに……どうして……」
国を想う気持ちは同じだと。中立のオーブを支える人間として、戦争を忌み嫌う気持ちだけは同じだと。
意見の合わぬ首長であっても、カガリは信じていた。
それが、国を守る為の意見のすれ違いだと認識していたから。
僅かに、虚しさで涙が浮かんでいく。
「泣いてる場合じゃないでしょ、カガリ」
「ヤマトの言う通りだ。カガリ、これは好機となる」
「キラ……義姉さん」
強い声を向けるキラとナタルに、カガリは顔を上げた。
「カガリの退任がおかしいと思う人は、きっとたくさん居た筈だ」
「首長達にロゴスのメンバーが居たとなれば、今こそ全てを明らかにし、再びオーブの為に立つ時じゃないか?」
「アスラン君も、きっと直ぐに動き出してると思うわよ」
敵となる者達の小隊がわからなかったからこその、アークエンジェルによる逃亡。
フレイの伝手で叶ったプラント、ユーラシアとの同盟は成らなかったが、再びオーブの代表へと返り咲けば、その道も取れる事だろう。
世界は今、打倒ロゴスで1つに成ろうとしているのだから。
「────ラミアス艦長、艦をオーブに!」
「勿論よ。ミリアリアさん、艦内に通達を。アークエンジェルはオーブへの帰路につく。各員速やかに準備せよと」
「了解です!」
指示を受け、ミリアリアの艦内放送が響き渡る中、カガリはまだ見えぬ祖国を脳裏に思い描く。
自分が国元を離れて、今はどんな状況なのか。
国防軍は。モルゲンレーテは。国民達は。デュランダルの声明に何を想っているのか。
考えても詮無き事が、カガリの頭の中でぐるぐるを巡っていた。
「はぁ……慌てるな、カガリ。着けばどうせ大忙しになるさ」
「今ここで焦っていても仕方ないよ」
「わ、わかってる! だが、仕方ないだろ、そう言う性分なんだから!」
全くしょうがない奴だと微笑を見せてくる弟と義理の姉に、カガリは不貞腐れて口を尖らすのだった。
助けてルナえもーん! 可哀想なメイリンは可愛い。
安易についてきてしまったためにこれからオクレ兄さんと胃痛を抱える事になるんだ。
原作でも大事なロゴス打倒宣言。いよいよ詐欺も終わり本当にいよいよ運命編終盤へと突入していく感じがしますね。
seed編の完結が執筆から8ヶ月だったので、やっぱり運命編はのんびりと言うか……難しくて時間かかってますね。
完結は年度内くらいを予定してます。
感想頂けると、やる気出ますのでよろしくお願いいたします。