ジブラルタルに構える司令部の一室。
もっぱらお偉いさんが使用する居室へと、レイ・ザ・バレルは呼び出されていた。
「ミネルバ所属レイ・ザ・バレル。出頭いたしました」
入室の許可と共に告げれば、待ち構えていたギルバート・デュランダルが諸手を広げて歓迎の気配を見せてくる。
レイも小さく、笑みを作った。
「レイ、元気だったかね? 身体の方はもう大丈夫かい?」
「はい。今はもう何も、問題は有りません」
「先だって向かわせた施設では辛い目に遭ってしまったな。私も迂闊だった」
「いえ、ギルのせいでは。私も自分があんな風になるとは思っていませんでしたので」
ラボでの起こったレイの不調。どことなく何かを知っている気配が見え隠れするデュランダルの言葉に、疑問を抱きながらもレイはそれを流した。
「少し聞かせて欲しい事があってね」
「聞きたい事……ですか?」
柔らかな笑みを浮かべながらも、その気配は鋭く。これが真剣な……大切な話だと伺える。
レイは少し居住まいを正した。
「先程、格納庫でシンとヤヨイに新たな機体を見せたのだがね。ヤヨイには随分と手酷く固辞されてしまった」
ヤヨイの名を聞いて、レイが僅かに眉根を寄せるのを、デュランダルは見逃さなかった。
「その様子だと、彼女はやはり全て思い出したのかね?」
「──はい。隊長、いえクルース・ラウラの戦死と共に全てを思い出したようです」
「そうか……皮肉なものだな。最も大切な者の死が、そのきっかけとなるとは」
「ギル……彼女はなんと?」
「何故、彼を巻き込んだのだと言われてしまったよ」
「しかしそれは」
「あぁ、彼女も理解はしているのだろう。表情には自身を責めるものがあった」
「当然です。ギルは彼等を想って―」
「だが、思い行かぬ結果となった事実は大きい。人である以上、我慢もそうできるものではないさ」
少しだけ、自嘲めいた顔がデュランダルに過った。
それが本心か偽りかはレイには分からないが、何故かレイには本心の様な気がした。
これまでレイは、デュランダルと密接なやり取りをしてきている。
タケルがミネルバに来た理由もディオキアで聞かされていたし、ミネルバでの日々も逐次報告していた。
タケルの着任と共に、日に日に変わっていくミネルバの事を報告すると、デュランダルはいつも柔らかな声で嬉しそうに笑うものであった。
「やはり、こんな世界は変わらなくてはならない。こんな……失うばかりの世界は」
「はい。その為にも我々はロゴスを」
「あぁ。何としても討たなければならない。その為にはどうしても、君達の力が必要だ。特にシンと彼女の力が」
「ギル、何を―」
「レイ、罪状は挙げられる。ヤヨイ・キサラギを拘束してもらいたい」
「ギル、それは」
「必要な事なのだ。今ザフトを離れられては困るし、敵になられてはもっと困ってしまう──頼むよ、レイ」
「──わかり、ました」
少しだけ迷いを見せながらも、レイは頷いた。
立ち上がり、敬礼を残してから、その場を後にすると動き出す。
向かうは先は、港に停泊中のミネルバであった。
メンデルで再会したダコスタの案内で、ユリス一行はクライン派が拠点としていた資源衛星、秘密工廠ファクトリーへと到着した。
予めダコスタより通信はされていたのだろう。シャトルが入港するとそこには見知った顔の出迎えがあり、降り立ったタケルは僅かに怯んだ。
「あっ、ラク……ス……」
そう。本物の歌姫ラクス・クライン直々のお出迎えだった。
「タケル!」
「うぁっと!?」
降りてきた所を目にするなり飛び込んでくるラクスに、面食らいながらもタケルは彼女を受け止めた。
「えぇっと、ラクス?」
「本当に、生きておりますのね」
再会を喜ぶにしても随分オーバーなと、思った所で。ラクスの言葉に再びタケルの胸に罪悪感が過った。
オーブでアスランにもバカヤロウと殴り付けられたのだ。それが半分は喜びの裏返しだとわかるが、つまりはそれだけ彼女にも心配をかけたという事である。
「あっ……その、ごめん……やっぱりキラから?」
「そうですわ。皆、貴方の撃墜の報を聞かされました」
気丈に振舞い、ラクスはタケルの生存を信じていた。とは言っても、それはあくまで確証のないただの妄信。いくら前向きに信じたところで不安は募る。その不安が漸く払拭されれば、嬉しさも一入という所なのだろう。
「うっ……その、カガリとナタルはどうだったかな?」
「それを聞く必要がありますか? タケルなら想像できるのではありませんか? あの2人がタケルの死の報にどうなるかなど」
やや冷たい声音で返された言葉に、タケルは容易にその姿を想像した。
謝っても謝りきれないだろう。きっと再会した暁にはアスランと同じ様にひっ叩かれる事になる気がした。
「えっと、ちなみに何だけど……もしかしてラクスも怒って──」
「当然です」
ピシャリと叩きつけられて、流石に反省の念がタケルの肩を落とさせる。
心配をかけた自身が悪いとはわかっているものの、こうも怒られる事が確定していると気分が滅入るというもの。無論、その分愛されてると思えば返す言葉もないのだが、せめて目の前の歌姫くらい静かに怒られる事をタケルは願った。
「ちょっと、ラクス・クライン。いつまで兄さんにしがみついてんのよ」
「兄さん? まぁ、タケルはキラやカガリさんの他にも妹が居たのですか? 初めまして、私はラクス・クラインですわ。私にとってもタケルはいずれ兄となる方です。どうぞ貴方もラクスとお呼びになってください」
あぁ、とタケルは今度はため息を吐いた。
そうだ。ラクス・クラインはプラントの超箱入り娘。友達との距離感が色々と飛んでる人間であった。2年前アークエンジェルに乗った時は、コーディネーターに敵意全開のフレイ・アルスターを相手に、”お友達になりませんか? ”と言ってのけた経歴を持つ。
自身を兄さんと呼ぶユリスに対しても、安易と手を伸ばしてしまうのは自明の理であった。
「はぁ? 何であんたが兄さんの妹になるのよ。意味わかんないんだけど」
「いや、そもそも君は本当の妹じゃないだろうが」
「よー、少年! とりあえず落ち着いた所で話さないか!」
ユリスがラクスを敵視し、ラクスが疑問符を浮かべる。
収集がつかなくなりそうな気配の中、タケルには別方向より大きな声がかかった。
隻眼の偉丈夫アンドリュー・バルトフェルドと、その恋人のアイシャが、少しわかりやすい嬉しさを讃えていた奥に控えていた。
「あっ、虎さん。アイシャさんも」
「ふふ、久しぶりね坊や」
「生きててくれて嬉しいぞ」
「どうも……ご心配をおかけしました」
「ダコスタから連絡を受けた時は驚いた」
「本当、坊やは悪い子なんだから」
「あ、あはは……ごめんなさい。とは言っても、僕はまた……心配をかけてしまうかもしれませんが」
むっ、と首を傾げる2人。それは近くにいたラクスも同様でどういう事だと視線が訴えていた。
タケルはユリスへと一度目を向けて頷き合った。現在の自分達の状況を話すべきかの確認である。
終えたところで、タケルはラクスへと向き直った。
「ラクス、虎さんが言う様に落ち着いた場所で話せる?」
「勿論です。聞きたい事も、話したい事も、お互いにたくさんある事でしょう」
「ありがとう。ついでに、シャトルに積んであるMSの整備もお願いしたいんだけど……ここ、工廠なんだよね。頼めるかな?」
「ふふ、それも勿論です。今こちらには彼女もおりますから」
「彼女? えっ、誰……僕の知ってる人?」
「タケルの方が良くご存知ですわ」
すっとラクスが振り返った先。少し遅れてこちらに合流したのだろう、遠目から向かってくる1人の女性が目に入った。
「あっ、エリカ……さん」
「お久しぶりです、アマノ三佐。モルゲンレーテ技術開発局主任エリカ・シモンズです」
久しぶりに会えた技術仲間は、とても嬉しそうにタケルへと笑いかけるのであった。
「やって……しまいましたね」
所はジブラルタル基地内。
工廠を飛び出したサヤ・アマノはミネルバへと戻る途上で、先の己の行いを悔いていた。
やはりというか。どうしてもというか。最愛の兄が関わるとなると、冷静さを欠いてしまう。
昔の自分であればここまでではないはずだろうとも思ったが、振り返ってみれば以前から兄が関われば大概周りが見えなくなることは茶飯事だった。
我慢弱い己の弱さを内に息づくヤヨイのせいにしようとして、サヤはそっと踏みとどまった。
「むっ……まさか、サヤ。サヤ・アマノか?」
突然、少し離れた所からかかる声に、サヤは驚きで身を震わせた。
ここはザフトのジブラルタル基地。ヤヨイ・キサラギをサヤ・アマノと知る人物はほぼあり得ないはずであった。
サヤが振り返ると、そこには褐色の肌に大柄な体躯。地球連合の軍服を纏う、サヤの良く知る軍人が居た。
「レドニル……キサカ一佐?」
「やはりそうか! サヤ・アマノ」
元はカガリ・ユラ・アスハの護衛。その縁からタケルとも繋がりは多く、必然的にサヤとしても顔を会わせたことは多い。
「キサカ一佐。何故こんな所に。それにその軍服……」
サヤへと歩み寄りながら、キサカは周囲を僅かに探った。
時刻は夕暮れ時で周囲は徐々に明るさを失っているが、それでもまだ人は動く時間帯だ。
今現在、連合の軍服を身に纏うキサカとザフトレッドのサヤが親しく会話をするのは色々と問題が起きそうであった。
「デュランダル議長の声明と共に、各地より戦力がここジブラルタルに集結している。私はユーラシアから連合軍に潜入してここまで来た次第だ。この同盟軍の動向を探るべくな」
先の声明で、世界の情勢は急変した。
今や世界の動向の中心はギルバート・デュランダルであり、世界の行く末を決めるのは彼が舵取りをするザフトの作戦行動である。
急変した世界情勢を探るべく、事態の中心地へとオーブとしても探りを入れているという事なのだろう。
「何とも無茶な……良く潜入できましたね」
「宣言からここまで急な事態ばかりだからな。ザフトも流石に集まってきた戦力を全て確認はできないという事だ」
「杜撰な……一つ間違えれば大惨事になるでしょうに。アーモリーワンでの事をもう忘れたのでしょうか、あの男は」
「仕方あるまい。拒否するわけにもいかないだろうからな──ところで、私の事がわかったという事は、聞いていた記憶喪失はもう」
「はい。どうにか取り戻しまして、今は──」
「ヤヨイ!」
そこへ、切羽詰まった声が飛び込んで来た。
目を向ければ、向かってくるミゲル・アイマンの姿。随分と慌てた様子に、サヤは首を傾げた。
「ミゲル・アイマン。どうしたのですか?」
「はぁ、はぁ…………間に合ったか」
「間に合った? 一体何の話です?」
「とにかくちょっとこっち来い!」
サヤの手を引いて、ミゲルは声が届かぬ所までキサカから距離を取った。
「何だというのですか、ミゲル」
「良いか……落ち着いて聞けよ。議長はお前に何らかの罪状を挙げて拘束するつもりだ。格納庫でのお前の態度。それにさっき連合の士官と話していた事からスパイの疑惑でもなんでも挙げようとすれば挙げられるだろう」
「何をバカな」
「ミネルバのレイ・ザ・バレルが議長からその指示を受けているのを聞いたんだよ。俺じゃないが、丁度その時議長を伺おうとしてたラクス様がな」
「なっ!? しかし、いくら何でもその様な」
「状況を考えろ。今この基地にはあちこちから軍隊が集結しているんだ。疑わしい素振りはそれだけで、十分な理由になる」
漸くサヤは、ミゲルが言ってることの意味と現状を把握した。
格納庫での反抗的な態度を考えれば、ミゲルの言う事は正しい。何より、デュランダルがレイと話していたとなれば、サヤがデュランダルに対して不信感を抱いていた事も筒抜けであるはずだ。
良くて拘束。その先がどうなるか、もはや定かでは無かった。
「だから今から急いで議長に話を──」
「そう言う事ですか……ふっ、ふふふ。それには及びませんよ、ミゲル・アイマン」
「何を言って」
どこか吹っ切れたように、サヤは黒曜の瞳をぎらつかせた。
ここまで、という事なのだろう。
ヤヨイ・キサラギの想いが残っていたサヤは、少なくとも大切な人達が居るミネルバで戦いを続け、折を見てザフトを正式に離れる腹積もりであった。
だが、こうなってしまえば別だ。
最悪は反逆罪で殺される可能性まで垣間見えたというのなら、もはやサヤ・アマノに迷いはない。
「……ギルバート・デュランダル。案外と懐が狭いですね」
敬称を除いた呼び方。また一つ不敬を重ねる。
当然であった。今ここに居るのは、ザフトのヤヨイ・キサラギではなく、サヤ・アマノなのだから。
「おいヤヨイ!」
「ミゲル・アイマン。最後に改めてお礼を言っておきます────2年前、漂っていた私を拾い、助けて下さってありがとうございました。お陰でサヤは、こうして今も生きていられます」
「何を言ってんだお前。良いから一緒に行くぞ」
「お別れです。私はこれより、在るべき場所へと戻らせていただきます」
連れ戻そうとするミゲルに背を向けて、告げるべきを告げると、サヤはミネルバへと走り出した。
その直後、ミゲルのもとにミーアより連絡が入り、ヤヨイ・キサラギがスパイ容疑で基地内に手配されたと知らされ、ミゲルもまた慌ててミネルバへと向かうのであった。
全速力で基地内を駆け、サヤはミネルバへと帰還。
即座に格納庫……自身の機体セイバーの元へと向かおうとして、しかし心残りがサヤの足を別の方へと向かわせた。
向かうは同期の少女、ルナマリア・ホークが居るであろう居室である。
「はぁ、はぁ……居てくれれば良いのですが……」
部屋へと辿り着けば、息を整えながら呼び出しのブザーを鳴らす。
いつも通りの抜けた返事と共に数秒待てば、待ち人は直ぐに顔を出してくれた。
「ルナマリア」
「ちょっと、どうしたのよサヤ。そんな急いで来たみたいな感じで」
「察しの通り急いできました。ルナマリア、貴女に感謝を伝えに──」
良いながら、サヤは身長差のあるルナマリアの肩へと手を回し抱きしめた。
腕を回すために精一杯の背伸びをする必要があり、少しだけ面白くない想いをしたのは内緒である。
「えっ、なっ、何よいきなり。どうしたって──」
「ルナマリア、これまでありがとうございます。ヤヨイ・キサラギとしても、サヤ・アマノとしても、貴女はちょっと抜けてるけど安心できる、姉の様な人でした」
「サヤ……何なのよそれ。まるで」
まるで今生の別れの様な物言いでは無いか。ルナマリアの胸に、かすかに不安が過った。
「まるで、ではありません。私は別れを言いに来ました」
「何でよ、いきなりそんな。どうして。意味わかんないっての!」
「詳細は後程レイにでも聞いてください。私はもうここには居られなくなってしまいましたから」
耳元を離れていく温もりと音。しっかりと交わされた抱擁から解放されると、僅かに目尻に涙を浮かべた少女の姿が目に入り、ルナマリアは目を見開いた。
「平和になったら、また貴女と会えることを願います────それでは」
「ちょっと、待ちなさいって、サヤ!」
手を伸ばすも届かず、ルナマリアの目の前からサヤ・アマノ背中が通路の先へと消えていく。
訳も分からず、何も理解できないまま、ただ別れの時が来たことだけを叩きつけられ、ルナマリアは呆然とその場にへたり込むのだった。
疾走して格納庫へと辿り着く。
サヤの眼前には、乗り慣れた愛機セイバーの姿があった。
航空機形態のあるセイバーであれば、一度発進すれば、現行戦力で追い縋れる機体などない。
有るとすれば恐らく……新型のデスティニーとレジェンドくらい。
「可能性は五分と言う所でしょうか。賭けるには十分です──っ!?」
乗り込もうとしたサヤの腕を、誰かが取った。
「間に合ったぞバカ野郎」
「ハイネ・ヴェステンフルス、何故ここに!?」
「ミゲルから連絡を受けたんだよ。ったく、あれ程表に出すなって言っただろうが」
「放しなさい。既に私はザフトの人間ではありません!」
「そんな奴にセイバーを使わせてたまるかよ。一旦落ち着け。俺とミゲルでとりなしてやるから、もう一度議長に──うぉ!?」
自身の腕を捉えているハイネの手を捻りあげ、同時に引き込む様にして勢いをつける。そのまま、力の流れの儘に投げ飛ばす。
優秀とは言え体格も優れない小柄な少女と、侮るハイネをサヤは見事に跳ね除けて見せた。
「見た目で判断する。だから貴方はお兄様に遠く及ばないのです」
「んのっ、人が下手に出てりゃ調子に乗って」
「先程も言ったはずです。私はもう、ザフトのヤヨイ・キサラギでは無いと!」
言外に、捕らえるなら敵として捕らえるべきだったとハイネに苦言を呈しながら、サヤは再び駆け出した。
その身軽さで瞬く間にセイバーのコクピットハッチまでたどり着いて乗り込むと、システムを機動。セイバーのデュアルアイに光が灯った。
「ちっ、エイブス! ハッチを封鎖しろ! 急げ!」
『その程度で、止められるとお思いですか!』
ハイネの指示で封鎖されていくミネルバのカタパルトハッチをアムフォルタスプラズマ収束砲で打ち抜く。爆発と衝撃に艦内には非常警報が発令され、ミネルバは一気に騒がしくなった。
だが、サヤの眼前には夕日が沈みかける海が広がっていた。
『ハイネ・ヴェステンフルス。艦長に世話になったとお伝えください』
「バカ野郎! 逃がすと思うのかよ!」
即座に直ったばかりのグフへと乗り込もうとするハイネを、スラスターの風圧が抑えた。
カタパルトを自立飛行で駆け抜けてミネルバを飛び出したセイバーは巡航形態へと変形。
その高い推力をまざまざと見せつけ、瞬く間に空の彼方へと消えていく。
こうなればもう、機動性で格段に劣るグフでは追い縋る手立てはない。
こうしてミネルバ所属のMSパイロット、ヤヨイ・キサラギは、ザフトを離反するのであった。
ジブラルタルの工廠。
デスティニーのコクピットの中で、シン・アスカはカタログスペックの確認と、細かな機体パラメーターの調整を行っていた。
与えられた、運命を冠する最新機。嬉しさに逸って、見せられてからずっと自分の為に細かな調整を続けている。
これが今後の戦いの主役となる……つまりは、自身の戦果がこれからの戦争の趨勢を決める事と同義。
折角認められたのだ。シンはこれから先二度と、無様を晒したくはなかった。
運命の単語に、先程盛大に振られた少女の事を思い出すが、どうにか被りを振って追い出す。
大切な仲間である。が、やはり遺伝子の相性で運命的な組み合わせだと言われてもシンにはピンとこなかった。
だがそれでも、自分を見て僅かに顔を赤らめた少女の姿を思い返せば、シンの胸は否応なく高鳴った。
プラントに渡って以来。ザフトに入って以来。ずっと必死だったせいで色恋沙汰など欠片も興味は無かったが、最近は自身の強さを認められて強迫観念も薄れた。そのお陰で色々と顧みる余裕が出てきている。
「俺……ヤヨイの事好き……なのかな?」
1人呟くが、勿論返してくれる者など居ない。
シンは再び思考に落ちていった。
初めて彼女と出会ったのはアカデミーでの顔合わせの時。
今よりもずっと荒れており、狂犬の名を欲しいままにしていたシンを、完膚なきまでに叩きのめして見せたのが彼女であった。
以来、彼女に勝つためにと必死になったのは記憶に新しい事だ。のされて、大人しくなったせいで彼女の舎弟になったとか根も葉もない噂が立ったものである。
「そうだ……最初は、マユに似てるって思ったんだっけ」
小柄な体躯。長い黒髪。どことなく幼さを残している少女は、実年齢よりも子供っぽくて、シンは在りし日の大切な妹を重ねていた。
彼女に興味を示していたのはそこからであった。
「好き……好きかぁ……好きなのかな?」
良く聞く一緒に居ると嬉しいとか、安心するとか、或いは楽しいと言った感情ははっきり言って無い。
同僚としての彼女は常に冷めた応対をするし、気に喰わなくなることも多かった。
「あっ」
ふと過る。それはオーブ沖の海戦での事。
連合のMAから自分を庇い、海へと落ちていくセイバーを見て、シンは己の無力を呪った。大切な彼女を喪いたくないと願った。
その想いが、シンの背中を押して、彼はSEEDへと至ったのだ。
“自分を見つめ直す方が賢明ですよ、シン”
また、脳裏に過る。月明かりに照らされて薄く笑む彼女。その容姿も相まって、どこか芸術品の様なその光景に見惚れたのをシンは覚えていた。
自分を想って紡がれた言葉と、自分に向けられた微笑。
思い出して、シンの顔は熱を帯び始める。
「やばい……なんか恥ずかしくなってきた」
やさぐれて、どうしようもない自分を本当に想って言葉を投げかけてくれたのは、いつも彼女であった。
大切な仲間だからと。そこに男女の想いは無かったとしても、常に彼女は自分に手を伸ばしてくれていた。
子供っぽい自分をからかうルナマリアを、いつも彼女は窘めてくれていた。
嬉しさが湧いてきて、またシンの熱を上げていく。
「俺、ヤヨイの事好き……なのかも」
少年は答えの出ない問いかけと思考に、ドツボへと嵌っていく。
仲間故か、彼女故か。そのはざまで思考をグルグルと回し続けた。
いつしか、シンの作業の手は止まっていた。
『シン、聞こえるか』
「うわぁ!?」
突然デスティニーのコクピット内に届く通信。
シンは羞恥と焦りに驚きながら、開かれた通信モニターに映るレイを睨みつけた。
「な、何だよレイ急に!」
『話は後だ。デスティニーとレジェンドの発進準備をさせろ』
「えっ? 何で?」
『スパイにMSを奪取されて逃亡された。追撃に出る!』
「はぁっ、スパイ!? とにかく分かった。俺は直ぐに出られる!」
『俺もそっちに直ぐ向かう!』
「あぁ!」
即座にデスティニーのシステムを機動。
OSを起ち上げ、灰色の装甲が赤と青と白のトリコロールカラーを纏った。
「先に出るぞ、レイ!」
『あぁ、だが気を付けろ。追うのはセイバー……』
「えっ?」
思わぬ追撃対象に、シンは気の抜けた声を漏らした。
そしてレイはその先で今の彼にとっての悪夢を突きつける。
『スパイは……ヤヨイ・キサラギだ』
芽生えかけた淡い感情は、戦火の風に吹き飛ばされようとしていた。
原作でも大事な場面。
本作ではこんな形に。
許せシン。これで最後だ(育成計画
ここを真っ当に超えれば、きっと君はスパロボ時空のシン・アスカになれるだろう。
次回はずっしり重たい文章になりそうです。
感想よろしくお願いします。