機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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ちょっと清涼剤的な


幕間 戦士達の微睡み

 

 

 ファクトリー内の格納庫エリア。

 

 バルトフェルドに追われ命からがらと逃げて来たタケルは、誘われるかのようにここへとやってきた。

 

「はぁ……全くもう。悪ふざけが過ぎるよ虎さん」

「仕方ないですよ。皆貴方が死んだと思っていたんですから」

「あっ、エリカさん」

 

 随分としばらくぶりに再会した技術者仲間である彼女の姿に、思わずタケルは声を上擦らせた。

 やはり、この男にとってはこちらこそが本職。彼女とここで再会したとなっては、色々と期待してしまうのは仕方ないと言う所だ。

 

「改めて……お久しぶりです」

「えぇ、本当に。私も、随分と心配させられました」

「あ、あはは……ごめんなさい。それで、どうしてこちらに?」

「モルゲンレーテの技術だけではどうしても足りなくてね。ラクスさんからの呼び出しを受けて私だけ密かにこっちに来たの。貴方が家に残してた設計データを元に、新たなシロガネとアカツキを開発する為にね」

「僕が残してたって……もしかして家に置いといた端末の?」

「そうそれ、中々面白かったわ。正に貴方が描いた空想の産物ね」

「それは何とも……お恥ずかしい限りです。あの日フリーダムを見せつけられて、半ば意地になって設計したものですよ。今の技術でも無理な発想だって含まれてます」

 

 レヴァリィと名付けられた設計データ。意味するところは夢想。

 タケル・アマノが嘗て、核動力を搭載したフリーダムを目の当たりにし、その頭抜けた設計データに対抗意識を燃やして空想した、動力エネルギーの制約を取っ払った機体の設計データである。

 決して叶う事の無い、彼の夢の中だけの機体。言うなれば、彼の考えた最高の機体というやつだ。

 プラントの技術者に負けるつもりは無いと奮起した、タケル・アマノの執念とも言えるものである。

 

「あのデータを見ればわかるわ。相当悔しかったんだろうって」

「当たり前じゃないですか。こっちは必死に制限下の中で最高の機体を完成させたって言うのに、土台から違うんですから。だったら同じ土俵でやってやるって気にもなりますよ……まぁ、設計データだけのつもりだったんですけど」

 

 表に出すつもりは無かった。

 あくまで趣味の産物であり、言うなれば負け惜しみだ。開発者としてのタケルが持つ、小さな自尊心を満たすために過ぎないものであった。

 

 だが、それが今後の戦いを見越して必要だと考えたエリカによって、夢想は現実に落とし込まれようとしていた。

 

「お陰で、こっちにいた技術者達も大喜びでシロガネとアカツキの開発を手伝ってくれたわ。その分こちらもあの2機を作り上げるのに大分手を貸したけどね」

「あの2機……そっか、ここでキラとアスランの機体を?」

「えぇ。流石は貴方の弟、と言う所かしら。キラ・ヤマトが主動で設計した機体が、完成間近よ」

 

 言って、エリカは背後にあるハンガーを見上げた。

 釣られてタケルが視線を向ければ、仰々しく聳え立つ、見慣れた灰色装甲のMSが2機。

 

 前身の面影を十分に感じられる、自由と正義がそこにはあった。

 

「系譜は、変わらないですね」

「あくまで源流は大戦末期にプラントで設計が始まっていたみたい。ユニウス条約で凍結されてた設計データをクライン派が回収。それをここで組み直して仕上げたのよ」

「それを、キラが?」

「貴方が設計した再現版フリーダムをベースにね。随分なハイエンド機よ。ただ……」

「ただ?」

 

 言い淀んだエリカに、タケルは訝しんだ。

 見た感じは完成間近という言葉に相応しい。いつでも動かせそうな感じである。それでも言い淀む部分があるとすれば、恐らく問題はハードではなくソフトにあるだろう。

 

「フリーダムのウイングにある新型ドラグーンがね……キラ・ヤマトは随分ピーキーな仕様を求めてるみたいで、ちょっと仕上げに滞ってるの」

「ドラグーンって……キラ、使えるんですか?」

「シミュレーションはしているそうよ。問題は無いみたい」

「いつの間に……」

 

 タケルは少しだけ驚きの事実に表情を変えた。

 以前、シロガネのデータでドラグーンの試用テストをキラがやってみたことがあったのだが、結果は不適性。本人曰く、一緒に目も飛ばさないと無理との事であった。

 

「特訓、してたのかな?」

 

 本来であれば素養が無ければ扱えないものではあるが、遺伝子は違えど同じ研究での被検体であることを考えると、タケルと同じくキラやユリスもまた素養と言う部分では備えている方が自然である。

 

「そうみたいね。以前言ってたのよ、シロガネみたいにドラグーンが使えたら良いのになって。なんだかんだ、彼も負けず嫌いなのかもね」

「その結果特訓でどうにかしちゃうところが、キラらしいですね────わかりました。調整、僕がしておけばいいんですね?」

「お願いして良いかしら。貴方の方が扱いは知っているだろうし、あの兵装の使用感は感覚的な部分が大きいから、技術者だけだとどうしてもね」

「キラからの要望とか、なにか気にする事あります?」

「貴方が作ったフリーダムを超えたいそうよ」

「ははっ、ドラグーン無しでももう十分でしょそれは……了解です。シロガネと同じつもりで調整しておきます」

「ありがとう。お願いするわ」

 

 リフターを使ってフリーダムのコクピットへと昇っていく背中を見送りながら、エリカは小さく笑った。

 どこか、意気揚々とした気配が窺えるのは、やはりあれこそが本来の彼の姿だから……と言う事だろう。

 2年前からわかっていた事だ。戦う事はできても、戦うことには向かない。それはキラやアスランにも同じ事が言えるかもしれないが、その中でもタケル・アマノは戦うことには向かない。

 こうして新型の機体を目の前にして、弄ることにウズウズしてしまう様な、根っからの技術者。戦う事は、彼の本懐では無いのだ。

 

 ステラ達の身体検査でファクトリーから身動きが取れなくなった今、何の後ろめたさも無くキラの為にと機体を調整できるのは、きっとタケルにとって幸せな時間の訪れなのだろう。

 

「あー!? タケルさん! 何してるんですかそんなところで!」

 

 恐らくは逃げ出した彼を探しにきたと思われる赤毛の少女の声が、格納庫に響き渡った。

 フリーダムのコクピットへと入り込もうとする寸前で呼ばれたタケルは、投げられた声に振り返ると、何ら悪びれも無くメイリンへと返した。

 

「あっ、メイリン。どうしたの?」

「どうしたのじゃ無いですよ! 休んでくださいって言ったじゃ無いですか! メンデルに向かう間も結局ほとんど寝てなかったのに!」

「あはは、大丈夫だよ。これくらいならすぐ終わるから。ちょっと待ってて」

 

 言ってフリーダムへと乗り込んでいくタケルに、メイリンはあからさまに頬を膨らませる。リフターを呼び戻して乗り込むと、自身もコクピットに向かっていった。

 

「あらあら、バジルールさんの代わりのお目付け役の様ね」

 

 わかりやすい少女の様子に、エリカはクスクスと笑った。

 

 

 

「よっと…………さてさて、ふむふむ。新しいフリーダムは随分と酷い調整してるなぁ。こんなの、キラじゃなきゃ振り回されるだけで終わっちゃうよ。うわっ、シロガネ並みに機動性全振り……フリーダムはそう言う機体じゃ無いでしょ。キラってば、何考えてこんな危険思想の機体作ってるんだよ。被弾する事をまるで考えてないじゃん。あーもぅ雑だなぁ、コクピット付近にこんな物騒な兵装を組み込んで、使い勝手も悪いし危険しかないじゃ無いか」

 

 この男、自身のことは棚上げして言いたい放題である。

 どうやら新生フリーダムはエリカが言った様に随分とピーキーな機体の様だ。よく言えば専用機。悪く言えばパイロット任せを突き詰めた機体。恐らくだがキラ自身がそう求めて設計していったのだろう。が、この男からすると、安全性の面で多大な心配を抱える機体であった。

 

 ちなみにだが彼自身の専用機であったシロガネは長時間の稼働を実現するためにPS装甲は無し。その上で軽量化のために装甲強度は最低限まで削り、デッドウェイトになるからとシールドすらも備えず。鏡面装甲ミカガミによるビーム兵装の霧散も、内部フレームには重い負担となる被弾を許されない欠陥機。全て機動性に任せて回避する事前提のピーキー仕様である。

 

 今の呟きを聞けば、寝言は寝て言えと心の底からキラはタケルを罵倒することだろう。

 

「さて、肝心のドラグーンは…………うーん、仕様は問題なさそうだけど、これだとキラの反応に応じるには足りないかな。感度はもうちょい上げといて……ドラグーンの機動制御パターンには……」

「タケルさん!!」

「うわぁ!?」

 

 集中してキーボードを叩こうとした瞬間であった。

 雷を落とされた様な衝撃を受け、タケルは驚きのあまりコクピットでひっくり返る。

 

「メ、メイリン……流石にその声は驚くよ」

「私はタケルさんの行動に驚きです! なんでいつの間にかここでも仕事に入ってるんですか!」

「だって、仕上げが滞ってるって話だったから……」

 

 悪びれも無く、そして当たり前でしょっとでも言いたげに返してくるタケルに、メイリンは呆れてため息を吐く。

 そうだ。この男はミネルバにいた時も、パイロットをこなしながら皆の訓練を取りまとめ。整備班と機体を弄り、オペレーターであったメイリンと艦橋でも話を詰めるワーカーホリック人間だ。いっそバーカーホリックだ。

 休むと言う観念が欠如している。

 

「もぅ、休んでからで良いじゃないですか。どうせしばらくはここにいる事になるんですから」

「でも、緊急事態とかあったら困るし」

「それを今すぐやる必要がある緊急事態って、どんな想定なんです!」

「えっと……例えば、地球にいるキラ達がピンチになったり?」

「仮にそうなったらどうするんですか?」

「これに乗って地球に向かって、キラに届ける……とか?」

「それ、ユリスさんは許してくれないですよね?」

 

 軽くメイリンに論破されて、タケルは言葉に詰まる。当然だ。そんな想定などしていないのだから。故に、次なる反論は見つからず、ううむとコクピットの中で首を捻る。

 だが、勢い付いたメイリン・ホークは強敵だ。オペレーターであったおかげか、こう言う時は冷静で弁が立つ。

 パッと反論の言葉が思いつかない今のタケルに、勝利の道筋は見えなかった。

 

「その、ね? 僕にとってこう言うことは遊びというか、気晴らしというか。それこそ仕事なんかじゃ無くて趣味の様な話であって。別に疲れないから…………ねっ、許してよ」

 

 こうして、ザフトにいた時の立場もなくなり、戦士としての顔も捨てて。メイリンを見上げるのは、本当にタケル・アマノがやりたい事をやる時の顔であった。

 少しだけ子供っぽくて、危うさを孕みながらも、聞かざるを得ない。そんな庇護心に駆られる顔だ。

 惚れた弱みと言うのだろうか。彼女自身は明確にそれを口にしてはいないが、この顔は反対する気勢を削いでくるズルい顔だと、メイリンは唸った。

 

「────もぅ、わかりました、30分だけですよ」

「あはは、ありがとう。それとごめんね、我儘言って」

「そう言うのならもう少しご自分を労ってください」

 

 つんとそっぽを向くメイリンを見て、タケルは随分と懐かしい心地覚えた。

 思えばオーブでサヤと暮らしていた時も、こんな風に見張られて怒られていたものであった。

 リフターが下がっていかない所を見るに、作業が終わるまでコクピットの前でメイリンは待つつもりなのだろう。

 

「(本当、サヤみたいだ)」

 

 随分と信用されていない事がわかり、タケルは懐かしさと同時に居た堪れなくなって苦笑。誤魔化す様にキーボードを取り出して調整を始める。

 メイリンも、好きな事に打ち込むタケルの姿を目にしては、その度に鼓動を跳ねさせて視線を逸らすのを繰り返した。

 

 それからしばらく、2人の間にはキーボードを叩く音とそわそわするメイリンの靴音だけが響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──んっ、うぅ、あ」

 

 全身に走る痛みと、くぐもった声と共に。サヤ・アマノは静かに意識を覚醒させていく。

 少し暗がりになっているのは2段のベッドの下に居るからだろう。横合いから入って来る照明の光が、少しだけ煩わしかった。

 

「あっ、良かった……気が付いたんだね、サヤ」

 

 掛けられた穏やかな声の元を視線で辿れば、案の定というか、予想通りと言うか。甚だ気に喰わないが、自身を微笑ましい表情で見つめる紫の瞳。

 

「──キラ・ヤマト」

「うん。おはよう、サヤ」

「2年ぶりにあったのですからそこは久しぶり、ではないですか?」

「はは、相変わらずだね」

 

 余裕そうに笑みを浮かべられて、サヤはまた1つ面白くないという様に顔を顰めた。

 たった2年。自身が記憶を失っていた間に、何だか妙に彼が大人びて見えるような気がした。

 

「ここは……アークエンジェルですか?」

「うん、ホントびっくりしたよ。キサカさんから連絡が入ってさ。君が重傷のまま運び込まれた時は……生きた心地がしなかったね」

「そうですか、キサカ一佐が。それはどうも……心配をかけました」

「ホントだよ。全く君達兄妹は、揃いも揃って無茶ばかりで」

 

 やや目を吊り上げるキラの言葉に、サヤはしかめっ面の度合いを5割程増した。

 何と言う事だろうか。散々兄に自愛しろと嘯いていた自分が、よもや兄と同じ枠で大概無茶をする目の前の男に同じことを言われることになるとは。

 デストロイを破壊するときにキラが大分無茶をしていたのをサヤは思い出したが、自身の状況を顧みて反論せずに押し留まった。

 

「脱走なんて……ホント無茶なことして。危うく死にかけるなんて。タケルが聞いたら泣くと思うよ」

「であれば、お兄様には絶対に知らせないで下さいませ。もしお兄様がそれを知ったと聞いた暁には貴方を全力で折檻させていただきます」

「そう言う話も、まずは元気になってからだよ。具合はどう? 鎮痛剤はまだ効いてると思うけど、痛みは無い?」

 

 考えてみれば、結構な勢いで撃墜されたなと、サヤは自嘲した。

 変形状態でかっ飛ばしてる最中のバックパックへの一撃。推力を失ったセイバーは海面へと着水し、その速度の儘に衝撃で空中分解。サヤの乗るコクピットは勢いのままに、水面を転がったと言う所だ。

 本当、良く生きていたものである。全身が痛むのも無理は無い話だ。

 

「痛みもありますが、少しボーっとしてます。熱がありそうです」

「あぁ、そうだね。キサカさんに回収されるまで冷たい海の中に居たせいで、衰弱して熱も出してるってさ」

 

 何気なく、キラはサヤの額へと手を伸ばした。

 熱はどの程度かと触れて測ろうとするキラの手を見つめて、サヤは受け入れる様に瞳を閉じる。

 少しだけ冷たい感触の手が、心地良かった。

 

「まだまだありそうだね」

「この手が冷たく感じるという事は、そうなのでしょう」

「何か、僕が冷たい人間みたいに聞こえないそれ?」

「他意は有りません」

「あ、そう? とりあえず、起きたのなら消化の良い食事を頼んで持ってくるね。ずっと寝てたしお腹空いてるでしょ?」

「えぇ、まぁ」

 

 曖昧に返すサヤに少し待っててくれと断りを入れて、キラは医務室を出ていった。

 1人になったサヤは、静かになった部屋でまだ目覚めたばかりで回り切らない思考で物思いに耽る。

 ちなみにだが、少し前までここに拘留されていたネオ・ロアノークは治療も終わり晴れて拘留室行きとなっている。

 思い入れも深いアークエンジェルの牢獄にぶち込まれたとあっては、ネオの中のムウも泣いて喜んでいる事だろう。

 

 それはさておき、サヤは直前の記憶を思い返して目を閉じた。

 

 

 

 “私は。ヤヨイ・キサラギは。貴方の事を好いていました”

 

 “そして今や、貴方達の敵です! ”

 

 “貴方が望む力と共に、私を────敵を討ちなさい! ”

 

 

 

 自分でも酷いと思うものである。

 自身の心にケリをつける為であり、彼等に迷いを生ませない為とは言え──まるで弄ぶような告げ方で想いを告げた。

 あの不安定な少年の事だ。仲間であったヤヨイ・キサラギを討ったとあっては、酷い状態に陥っている事だろう。

 だが、湧きあがる罪悪感は、サヤの理性を総動員して抑えつける。

 もう終わった。殺したのだ。ヤヨイ・キサラギは。

 今ここで生きているのはサヤ・アマノ。それ以外には居ない。

 

「ルナマリアも、泣いているかもしれませんね」

 

 あの元気印の姉もどきが泣いてる姿など想像できないが、それくらい想われておきたい。ヤヨイにとってもサヤにとっても、彼女はミネルバの中で特別であったのだ。

 

「むぅ……やはり、消そうと思って簡単に消せるものではありませんか」

 

 ミネルバでの事を思い出せば、すぐさま胸の内がざわざわしてくる。いくら言葉で彼女(ヤヨイ)を捨てようとしたところで、湧きあがる情念はごまかしようがなかった。

 

「記憶喪失とは、かくも厄介なものなのですね」

 

 無くすことのできない感情に振り回されるのが嫌で、サヤはキラが戻るのを首を長くして待ちわびる事になるのだった。

 

 

 

 

 

「──それで? 貴方は何をしているのです、キラ・ヤマト」

 

 どこか怒りも垣間見える目つきで、サヤは目の前のスプーンを差し出しながらニコニコと笑みを浮かべる男を睨みつけた。

 

「何って……だってサヤ、身体起こせないでしょ? 腕も動かせないだろうし、こうしてあげなきゃ食べられないと思って」

「背筋が寒くなるのでやめて下さい」

「酷いな。僕にされるのそんなに嫌?」

「背筋が寒くなる理由は貴方ではありません」

 

 先程から何故か、サヤの背中を悪寒が走っていた。そしてこの感覚……サヤ・アマノには覚えがある。

 

「キラ・ヤマト。ラクス・クラインは今どちらに?」

「えっ? 宇宙に居るはずだけど……」

「──宇宙から? くっ、あの化け物め」

 

 キラに聞こえない様にサヤは悪態を吐いた。

 宇宙に居ながらこの気配。一体彼女は何者だというのだ。再会した時にはまたあの極寒を味わう事になるに違いなかった。

 

 少しでも被害を減らすためには、この善意100%で差し出されたスプーンを固辞しなければならない。

 サヤは空腹を抑えつけて、スプーンから顔をそむけた。

 

「サヤ、そんな恥ずかしがって子供みたいな事しないでよ」

「そ、そのような意図で顔を背けているわけではありません! っつぅ!? あぁもう、このニブチンめ……」

 

 恨みがましい目で、サヤはまたもキラを睨みつけた。先程までは色々と察しの良いお兄さんみたいな感じだったのに、何でいきなり天然キャラになっているというのだろうか。もしやわかっててやっているのかと疑惑が募るものである。

 

「ほら、ちゃんと食べないと体調も良くならないよ」

「ですから──ふむっ!?」

「ふふ、隙ありってね」

 

 悪戯が成功したような顔で、キラが笑った。

 口に放り込まれた、流動食を嚥下し、サヤの細い喉が小さくうねった。

 囁かな塩味が心地よい。随分と気の利いた食事に感謝しつつ、背中に走る悪寒が1割増しとなった。

 目の前には依然としてニコニコと笑みを見せるキラの姿。こうなってはもう断る事も無意味だろうとサヤは素直に、給仕してもらう事にした。

 

 少量ずつをじっくりと時間を掛けて食んで行く。

 大丈夫だ……1割増しから先、悪寒は増えていない。恐らくは許されたのである。

 一度安堵すれば、空腹だった腹が満たされるにつれて、サヤの脳裏には妙な懐かしさが広がった。

 

「(そういえば、随分昔にお兄様にもこんな風に……)」

 

 タケルがアマノの家に引き取られてから、1年程経ったときの事だ。

 タケルから完璧超人と評されたサヤだが、彼女はナチュラル。コーディネーターの様に免疫関連を弄っていなければ、当然ながら今の彼女の様に体調を崩す事もある。

 幼いサヤは、毎年冬場に流行る感染症にかかり苦しい思いをしていた。

 コーディネーターで感染の心配が薄いタケルが看病を買って出たのだが、当時のサヤはまだタケルに対して心を開いておらず、先のキラに対する様な態度を取ってしまっていた。

 

 “う~ん、食べてくれないなら片付けちゃうしかないよ。良いね? ”

 “はっ、待って下さい。私は後で1人で──ふむっ!? ”

 “よし、これで意地を張る必要は無くなったね”

 

 

 思い返すは、今目の前に居る男と同じ、悪戯心を宿した顔。まるで焼き増しであった。

 まだ何も知らず。まだ何も起きず。まだ何も始まる前の。些細な日常の一幕。

 だが思い返せば大切な記憶に、サヤの気持ちは素直になっていく。

 

「サヤ?」

「はっ、いえ。何でもありません。早く次をお願いします」

「ふふ、はいはい」

 

 再び差し出されたスプーンを口に咥えて、流されてくる食事を嚥下していく。

 

 脳裏をよぎる懐かしい記憶と、流れていく穏やかな時間に。

 サヤ・アマノは久方ぶりの平穏を噛み締めるのであった。

 

 

 

 




ほのぼのしている様で、どちらも大切な人を重ねてると言う失礼極まりない兄妹。
まぁどちらも相手がそれを受け入れてでも支えてくれそうですが、、、

休憩がてらの些細な一幕を書きたかった。直近で真面目と重たい展開が続いていたのでね。

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