タイトルの通り、脳内であのbgm流れる感じ
ファクトリー工廠内を、メイリン・ホークはズンズンと言った様子で進んでいく。
またもや、と言う所だ。
シロガネのシステム構築に手を付けてから、丁度12時間が経過している。
その間に休憩無し、食事無し、連絡無しの3拍子を揃えてタケル・アマノは作業に没頭。
せめて食事は取りましょう、とか。休憩しないと効率も悪いです、とか。諸々を叩きつけたメイリンの献身は虚しく打ち砕かれていた。
つまりどういう事かと言うと。
メイリン・ホークは激怒した。必ずや彼の邪知暴虐なワーカーホリックをひっ叩き、コクピットから除いて見せると決意したのである。
工廠内は未だに未完成なシロガネのスラスターを仕上げるために不休で作業している。不休とは言えそれは作業の手が、と言う話でありスタッフはそれぞれ交代で休憩に入っている────それが当然だ。
おかげで工廠内は常に喧騒に包まれており、メイリンがシロガネの下へと向かう間にも威勢の良い声が絶えない。
そんな中、シロガネのコクピット内にたどり着いたメイリンは開かれているハッチへと足を掛け、中を覗き込んだ。
「タケルさん! 食事すらとらないでいつまで──」
瞬間、メイリンの怒りと意気は萎んでいく。
コクピットの中で、タケル・アマノはすやすやと寝息を立てていた。
「──むぅ」
思わず、メイリンは頬を膨らませる。休ませようと息巻いてきてみれば、既に彼は夢の中。
しかし、だったら素直に部屋で休めと別の怒りが鎌首をもたげる。かと言って、漸く休みに入ったであろう彼をここで起こすのはどうにも憚られる。
妙な板挟みの感情に、メイリンは唸った。
結果、メイリンは荒んだ心を落ち着けるために、穏やかに寝る彼の寝顔を堪能する事とした。
身体こそ鍛えているものの、身長には恵まれず顔つきも少し幼い。ハイネが言っていたようにシンやヤヨイと同じ年代に見えるその素顔は、いつもなら大人びているはずの彼を妙に子供っぽい印象にさせていた。
有事の際にはとても頼りになる。それはザフトに居た時に良くわかっていたが、素の顔となると一転してどうにも危なっかしい。
だから、目を離せないのだろうとメイリンは思った。
メイリンを惹き付けてやまない仮面と、メイリンが引いてあげたくなる素顔。
相反するふわふわとした印象が、メイリンの心を惹き付けるのだ。
「やっぱり……素敵だな」
ある程度の自覚はあったものの、改めて思う。メイリン・ホークはタケル・アマノに恋焦がれているのだと。
彼には既に愛する人が居ると理解してはいるが、それでもどうしようもなく惹き付けられてしまう。
「まぁ、伝えないですけど……」
少しだけ声に冷たさを加えて、メイリンは1人ごちた。
惹かれている事は重々承知。そうでなければザフトに戻る道を蹴って付いてきたりはしない。
ただ、それで自分の気持ちを主張するかは別問題。
自分が誓ったのは、危なっかしい彼の背中を支える事だ。それに何かを求めたわけでは無い。
自らの誓いの矜持を胸に、メイリンは再びタケルの寝顔を堪能した。
そんな彼女のすぐ傍には、小さなメモ紙が置いてあり。
“メイリンへ。ユリスを連れて来て下さい”
と書かれていたが、彼女がそれに気が付く事は終ぞなかった。
結局、ステラ達の治療の件で話をしに来たユリスにその場を見つけられて、タケルは休みを取らなかった事を、メイリンはバカを眺めると言うバカをしていた事を、揃ってユリスに怒られるのであった。
「うぅ……これも全部タケルさんが悪いんです」
と、後にメイリン・ホークは語ったと言う。
戦場に、ミネルバのMS隊が出てくる少し前。
アークエンジェル内の拘留エリアにて、マリュー・ラミアスは、ネオ・ロアノークと対面していた。
「ロアノークさん」
「む、なんだい? 漸く何か動く感じ?」
相変わらずの飄々とした様子に小さく笑みを浮かべながら、マリューは独房の扉を開けた。
「出てきて下さる?」
「──何だ? どういう事だよ?」
惑いながらネオが独房を出れば、マリューはネオの軍服を手渡した。
「お返しします」
「おいおい、だから一体どう言う―」
「もう怪我も治ったでしょ? 私達はこれから戦闘に出るから……ここに居るとまた怪我するわ」
「戦闘って……じゃあ何か。俺にさっさと避難しろって?」
「その通りです。貴方は……ムウじゃないんでしょ? 無関係な人間を、この艦に置いておくわけにはいかないわ」
「あんた……」
ムウではない────そう言ったマリューの顔には、悲痛を必死に抑え込んでいる様子が見て取れた。
記憶を失ったムウ・ラ・フラガではない。もはや、地球軍の佐官であるネオ・ロアノーク大佐なのだと。
自身にそう言い聞かせて区切りを付けようとするマリューの声音に、ネオのの胸中で嫌な感触が広がった。
「艦を出た後はモルゲンレーテのスタッフがシェルターまで案内してくれます。ですからどうぞ、行ってください」
拘留室まで伴だって来ていたスタッフへと視線を向けながら、マリューはどうにか声を絞り出した。
そうして、スタッフに小さく頷いた後、マリューは己の責務を全うする為艦橋へと向かう。
「さぁ、こちらへ。ご案内します」
「あ、あぁ……」
寂しげな背中を見送ったネオの脳裏には、見知らぬ感情と記憶が、こびりついているのであった。
自分の気持ちと区切りをつけたマリューは艦橋へと上がった。
『よーし、ノイマン起ち上げろ!』
「了解」
艦橋に入れば、マードックの通信音声が聞こえノイマンの操作と共に微かに艦が振動する。
機関部に火が入った合図であった。
『どうだ、ノイマン?』
「機関正常。問題無しです──艦長、お待たせしました。いつでも行けます」
「えぇ、ありがとう。マードックさんも、感謝します」
どうにか作業を終えて間に合わせる事ができた。
戦闘は既に始まっているが、まだ始まったばかりでもある。
この国の行く末を決める戦いは、まだまだこれからだろう。
表情を柔らかなものから切り替えて、マリューは艦長席へと座った。
空白となった副長席をちらりと見やって、ほんの少し不安が湧いて来たのは内緒だ。
想定より早く戦闘が始まったせいで、ナタルは艦に戻る事ができず避難する事になってしまった。
「とは言っても、泣き言を漏らしてる場合でもないわね────艦内に通達。アークエンジェルはこれよりオーブ防衛のために発進する」
マリューの号令を下に、一斉に艦橋のオペレーター達が動き出す。
モルゲンレーテの管制と連携し、即座にドック内へ注水。
海水で満たされるドックの中で発進シークエンスが進んでいく。
「ドック注水完了」
「艦体各部、異常なし」
「メインゲート解放」
地下ドックを隠す岸壁の偽装ゲートが開かれていく。
アークエンジェルの目の前には、オーブの海が広がっていた。
「拘束アーム解除。機関20%──前進微速」
メインスラスターに火が入る。
少しずつ速度を上げながら、寝ぼけ眼の大天使はモルゲンレーテの地下ドックから出撃した。
深度を上げていき海中から顔を出し、そして広がる大空を目の当たりにすれば、そこから先はもう遠慮の必要は無い。
「針路二〇。アークエンジェル、全速前進!」
オーブの空に、白亜の大天使が再びその姿を現した。
光の翼を展開。その莫大な推進力を以て、デスティニーがシロガネへと迫った。
振り下ろされる長大なアロンダイトを、しかしサヤの駆るシロガネは見切り僅かな動作で躱して見せる。
「嘗めた攻撃を! その様な大振りが当たると思ったのですか!」
至近でビャクヤを向けて接射。
速射性に優れるビャクヤの射撃を、デスティニーは慌ててビームシールドで受けた。
「ちっ、こいつ!」
「逸るな、シン! 俺が援護する、確実に仕留めろ!」
「くっ……あぁ、わかった!」
最新鋭機のデスティニーを駆って、旧型のシロガネを相手に2対1……僅かに湧いてくる不満を飲み下して、シンはデスティニーを動かした。
ここで手間取っているわけにもいかない。
同盟軍は既にかなりの被害が出ているのに対し、オーブ側はいまだ戦線を強固に維持していた。
彼等が突き崩さなければ、この戦いは好転しないのである。
「えぇい!」
レジェンドのバックパックに備えられたドラグーンが稼働し、光が放たれる。
夥しい量のその閃光を、サヤはシロガネの機動性をフルに発揮させて、躱していく。
「宇宙だったらこれも避けられなかったでしょう……ですが、大気圏内ならその機体の利点は大きく削られる。そして!」
巨大なバックパックのせいで、至近距離での戦闘は厳しくなるレジェンドへとシロガネは肉薄していく。
狙うはビャクヤによる超接近戦。元よりレイのパイロットとしての能力は射撃寄りだ。
接近戦の練度と反応速度に置いて、SEEDへと至ったサヤに適う所ではない。
「ちっ、行かせるかよ!」
全速で翔けるシロガネの眼前へと、デスティニーの肩に備えられたフラッシュエッジビームブーメランを1本投射。
レジェンドの目の前を通過させてシロガネの行く手を阻むと、もう1本を手にしてサーベル代わりに叩きつける。
「くっ!? 重い」
ビャクヤで受け止めたシロガネだが、デスティニーとの出力差に押し負ける。
崩れそうな態勢を利用して後ろに受け流すと、サヤはシロガネの背部ビーム砲塔を展開せずに発射。
対するデスティニーはその機動性を以てその場から即時離脱。
その背後で、再びレジェンドがドラグーンの砲塔を構えていた。
「しまっ──」
「これで!」
「墜ちろ!」
同時に離脱したデスティニーも長射程ビーム砲を展開。
押し切られて態勢を崩したシロガネへと、巨大な閃光を撃ち放った。
「サヤ!!」
シロガネの前に、眩い金色が飛び込む。
放たれたレジェンドとデスティニーのビームは、その鏡面装甲によって受け止められ、そのまま2機へと跳ね返された。
「なにっ!?」
「ビームを、弾く!?」
シロガネの前へと飛び込んで来た金色のMS────アカツキの性能に、シンとレイは驚愕して距離を取った。
一方サヤは、飛び込んで来た予想外な機体に驚き、次いで怒りを露わにした。
即座にアカツキと通信を繋ぐ。
「カガリ・ユラ・アスハ! 大将機がこんな前線に何をしに──」
「サヤ! この大馬鹿者! また死んで兄様を悲しませたいか!」
叩きつけられる様な怒声。思わず面食らいながら、サヤもまた声音に怒りを露わにしていく。
「墜ちる気など更々ありません! それより、大将機が何をしに来たと──」
「お前を助けに来たに決まってるだろ! 大体さっき墜とされそうになってたじゃないか、このお転婆!」
「なっ!? 少なくとも大将機でこんな最前線に出てくる貴方にだけはそれを言われたくありません!」
「このっ!? ぶっ飛んでザフトに入ってたやつが何を!」
「単身ヘリオポリスに飛んでお兄様の手を煩わせた貴方がどの口でそれを言うのです──っ!?」
瞬間、アカツキとシロガネの間を閃光が奔る。
馬鹿な言い合いをしている間に、デスティニーとレジェンドは態勢を整え、再び攻める姿勢を見せていた。
「シン、わかってるな」
「あぁ……敵大将機だ。ここで討てれば」
それは一気にオーブ陣営の士気を挫く事になるだろう。
存在するだけで味方を鼓舞するカガリはある意味で劇薬。墜とすことでもまた、多大な影響を及ぼすことになる。
シンとレイの意識が、前線を押し上げる事から今目の前にいるアカツキを墜とす事へと変わった。
「──来ますよ、カガリ・ユラ・アスハ。どうやら貴方狙いの様です」
「直ぐにキラとアスランがこっちに来るさ。私達はそれまで持たせれば良い」
「であれば援護を……前衛はサヤがでます」
「守るのは任せろ。2年前もそれで、アスランと一緒に連合の新型を抑えた」
「ふふ……今だけは、その頼もしさを嬉しく思います」
カガリとサヤ。
共にタケル・アマノを兄に持ち、その兄から戦う術を叩き込まれているが故に、教わった事は同じ。MS戦闘における根幹は同じである。
散々兄を挟んでいがみ合ってきたからこそ、互いの思考回路は良くわかると言う所だ。
連携するなら、互いにとって申し分ない相手であった。
「へまをするなよ!」
「そちらこそ!」
金色と銀色────兄弟機であるアカツキとシロガネが、デスティニーとレジェンドとぶつかり合う。
先手はアカツキ。ビームライフルの連射でデスティニーとレジェンドを分断。
即座にそこへシロガネがビャクヤを展開してデスティニーへと切りかかる。
「くっ、調子に……」
「シン! はっ!?」
援護しようとしたレジェンドの機先を制して、アカツキが再びビームライフルで狙う。
それを躱してレイは撃ち返そうとするが、アカツキの目の前には展開されたスカートアーマーが3枚集まって大きなシールドを形成していた。
そのまま撃ってもレジェンドの攻撃はその悉くを跳ね返されるだろう。断念してビームジャベリンを展開したレジェンドはアカツキへと接近戦を狙いに向かって行く。
「サヤ!」
「了解!」
3枚のスカートアーマーが分離。開かれたその先でシロガネがキョクヤを構えていた。
同時にアカツキはシロガネの後背を守るべくデスティニーへとライフルを放って牽制。
ブラインドからのプラズマ収束砲に晒されて、レジェンドは寸でのところでシールドを展開。巨大な閃光を受け止めた瞬間には、アカツキが目の前まで来ていた。
「はぁああ!」
双刀型ビームサーベルを、レジェンドに向けて叩きつける。
「レイ!」
「行かせません!」
光の翼を展開し、シロガネを躱そうとするデスティニーを、ビャクヤの連射で牽制。
ミラージュコロイドによるデスティニーの分身機能を前に、ロックオンが乱される射撃兵装は役に立たない。
しかしそれを、センサーに頼らないマニュアル射撃と速射性の高いビャクヤだからこそできるライフルの連射で。そしてそれで精度を出せるだけのSEED下における思考速度で以て、デスティニーの動きを阻害して見せる。
「くっ、そお!!」
止む無くシンはビームシールドを展開。シロガネを大きく迂回していく。
「こいつら……練度が……っ!?」
肉薄する白銀────その持ち味である圧倒的速力を以て、距離を取ったシンの意識の隙間を突くように。シロガネはシンの目の前まで飛び込んできていた。
振り下ろされるビャクヤのサーベル。それを見つめる中で、シンの意識に炎が灯る。
嘗めるな、と。
──種が開いた。
皆の期待を背負う己が無様を晒すわけにはいかないと、彼らしい反骨心と共にそこへと至る。
研ぎ澄まされた集中力と反応速度で、光の刃を掻い潜りビャクヤを持つ腕の、それも関節部を狙ってパルマフィオキーナで粉砕した。
「なっ!? このタイミングで入りましたか……シン!」
片腕をもがれ、一気に形勢不利となったサヤは、一度距離を取った。
同じくSEEDへと至る事の出来る者同士である。想定はできたはずだが、タイミングが神がかっているだろう。予想以上の反応に僅かに気圧される。
「厄介な……」
「レイ! 俺がそっちをやる! こいつを頼む!」
「あぁ!」
攻守交代であった。距離を取ったシロガネを捨て置き、デスティニーはアカツキへと向かう。
すれ違ったレジェンドは、シロガネへと一斉掃射でその機動力を抑えこむ様に弾幕を張った。
「サヤ!」
「気を付けなさいカガリ・ユラ・アスハ! 今のデスティニーは危険です!」
「なにっ!?」
接近してくるデスティニーへとビームライフルを放つが、それは分身に因るロックオンのずらしで容易に躱され、カガリは目を剥いた。
「えぇい!」
アメノイワトを展開。振り下ろされたフラッシュエッジを防ぎ即座に解除。ライフルでメインカメラを狙った。
だが──
「なっ!?」
超反応と言うべき反応速度で、放たれた光条をデスティニーは最小限の動きで躱して見せる。
「うぉおお!」
サーベル代わりに再び翻されるフラッシュエッジが、アカツキの腕部を斬り飛ばした。
「ちぃ! このっ!」
逆の手でパルマフィオキーナをぶつけようとするデスティニーの腕部がかち上げられる。
展開していたスカートアーマーを横合いからぶつけて、カガリは必死に難を逃れた。
どうにか距離を……そう思ったカガリを衝撃が襲う。
眼前に出て来たスカートアーマーを、デスティニーは瞬時に背部より取り出したアロンダイトで、アカツキの右脚部ごと叩き切ったのである。
爆発で、アカツキの態勢が崩れ高度を墜としていった。
「まずい、アメノイワトを──あぐっ!?」
再び襲う衝撃────追従してきたデスティニーはアカツキにのしかかる様に空中で抑えつけると、そのまま加速。
シロガネの追従を許さぬと言わんばかりに距離を離して、そのままアカツキに掌を向けた。
「これで──」
掌部零距離ビーム砲。それをアカツキに叩きつける。
────その刹那。
SEED下における知覚が、シンに警鐘を鳴らした。
瞬時に、アカツキから離れたデスティニーの居た所に真紅の戦闘機の様な物体────ファトゥム-01が飛来。
その直後、直上より敵機が強襲。
デスティニーに向けて、ビームサーベルを叩きつけた。
展開したビームシールドで受けながら、シンは後退していく。
眼前に現れるは、デスティニーよりも鮮やかな色合いの紅。聞き覚えもあるし、映像で閲覧した記憶もあった色合いだ。
先の大戦でザフトの英雄アスラン・ザラが駆り、終戦まで戦い抜いた機体────ジャスティスである。
同時に、シロガネへと攻勢を強めていたレジェンドを、幾つもの射撃が襲った。
次いで飛来してきたフリーダムは2本のビームライフルを連結。高出力の狙撃砲モードに変えてレジェンドを狙い撃った。
「ジャス、ティス……」
「フリーダムかっ!?」
「アスラン!」
「キラ・ヤマト!」
相見えた4機に、オーブ攻防戦は更なる苛烈さを増していくのだった。
「兄さん。今なんて言ったか理解してる?」
ファクトリーの一室で、ユリスは驚きに目を丸くしたままタケルへと問い返した。
事の始まりは、このファクトリーの一室でユリスからの報告を受けた事に端を発する。
ステラ達の治療の目途が立ち、今はプラントでの治療体制の確保に動いているとの報告をユリスから受けて、タケルは安堵と共にその事実を喜んだ。
結局は己の手で成すことはできなかったが、自分の持っていた繋がりが彼女達を救う事に起因でき、漸く1つ肩の荷が降りたと言う所であった。
それに伴いユリスはタケルへと告げる。
「──ありがとね、兄さん。兄さんと一緒じゃなきゃこうはならなかった。お陰であの子達を助けられるわ。まだ治療自体は終わってないから契約中ではあるけど、一応兄さんの自由行動権は返してあげる」
パッと目を輝かせるのは、一緒に話を聞いていたメイリンである。
良かったですね、とタケルへと振り返ったところで、メイリンはタケルの表情が曇るのを確認していた。
「タケル……さん? どうしたんですか」
「あっ、ううん。ステラ達の治療の目途が立って良かったなって」
表情と言葉が一致しない。妙な気配にメイリンは惑った。
「何よ兄さん。何か気にかかる事でもあるの?」
「気楽なものだねユリス。君は全てが終わった時には自分を殺せと、そう言ったんだよ」
治療の目途が立った。それはつまり、彼女の命の期限が定まったとも言える。
「そうね。兄さんにとっても望むところでしょう?」
「そんな事……」
タケルは言い淀んだ。
無いと言えば嘘にはなるだろう。決してタケルは、ユリスの事を完全に許してはいない。
多くの人間を巻き込んで世界を破滅させようとした彼女の所業……何より、大切な妹を手にかけた彼女への憎しみは、サヤが生きていたとて消え去るものではなかった。
だが一方で。メンデルの探索でアウルに告げたように、僅かな生まれの差で世界の全てを憎む事になってしまった彼女を捨て置けないとも思っていた。
ステラ達が助かる……だと言うのに、彼女だけ助からないというのは、タケルの中で納得できない気持ちではあった。
嘗ての所業を見て、タケルはユリスを信じることができなかった。その信頼の対価として命を奪えと彼女は言った。それを言ってのけた彼女に……大切な人ができた彼女の変化に対して、タケルもまたこれまでに抱いた憎しみを変えて応えたいと。そう、思った。
「ユリス……今度は僕から提案するよ」
「はっ? 提案ってなによ」
突然の申し出にユリスが訝しむ中、タケルが立ち上がり、その手を差し伸べた。
「君の命を対価に、今度は僕に力を貸して欲しい」
こうしてユリスは、驚きの提案に冒頭の言葉を吐くこととなったのだ。
「どういうつもり、兄さん? 私が可哀相だとでも言いたいの?」
「正しくその通りだよ。とは言っても、君はそれで素直に僕の提案を受け入れるかわいい奴じゃない。だから、契約という形を取らせてもらう」
「こんな可愛い妹を捕まえて酷い言い草ね」
「同じ顔でその自意識はやめろと言っただろ」
ゲンナリとした表情を見せるタケルに、ユリスは肩を竦めて不適に笑った。
「私は前言を覆すつもりは無いわよ。元よりあの子達が治るのなら、この世界にもう未練もない」
「そんなわけないだろ。彼等が治ったのなら、これから先を共に生きたいはずだ」
「あの子達にはもう兄さんが居るわ」
「僕と君は違う」
はっきりと強い声音で、タケルはユリスへと否定を返した。
同じ遺伝子で同じ生まれ。それでも、自分達は違うのだと。
望む未来も────自分達は違うのだと。
「生きろ────生きる価値が、君の言うクソッたれな世界に無いと言うのなら、僕が見出してやる」
「だから、兄さんと一緒に戦えと?」
「それは僕が君に望む対価の話だ。でもその先で、あの子達を悲しませる様な事は許さない。ステラもアウルも、年長者のスティングだって、君の事を慕っている……僕では無く君をだ。
助けたいと願った子達だったのなら、その先の責任からも逃げるな」
差し出されたタケルの手を、ユリスはどこか遠い目で見つめた。
ユリス・ラングベルト────彼女が人生に、求めるものは多く無かった。
それこそ、ラウと出会うまでは人生はクソッたれな世界だけで埋め尽くされており、何かをしたいなどと思う事は無かったのだ。
幸せと言う感情を知らない。家族は無く、愛するものはなく、ただ兵器としての生を過ごすだけであった。
それが2年前。全てを擲ってまで果たしたい願いができた。自身の命をもその願いの為に投げ出して、世界とタケル・アマノを滅ぼす事だけに目を向けた。
その結果、彼女は不幸にも生き延びてしまう────否、生き延びれた事は幸せだったと言うべきだろうか。
何故なら彼女は、全てを擲ってでも助けたい存在を手にしたのだから。
同じ遺伝子故か、自身を顧みない所は彼女とタケルは似た者同士であった。むしろユリスは、破滅的であった分尚更、自分を捨てる事に躊躇が無い。
己の命に頓着しない彼女にとって、ステラ達が救われる事が全てであり、心残りが無くなった今、望むものなど何もなかった。
「生きる価値を見出すって……例えば何よ?」
「それは君次第だ。僕は君の望みの手助けをすると約束するだけ」
「そんなもの私に見つかると思う訳?」
「あの子達が生き延びる事を望んだ君に、見つけられない訳はない」
1つ1つ確認していく様なユリスの問いに、タケルははっきりと答えていく。
少しずつユリスは、胸の内にあった何かが解きほぐされていくような気がした。
クソッたれで理不尽ばかりな世界……今までは希望何て抱く事の無かったこの世界で、そんなものを抱いて生きていけるのか。
いや、生きて行きたいと────そう思った。
「────本当に良いの、兄さん?」
「決めるのは僕じゃない。君だ」
静かに、差し出される手を見つめ続けるユリス。
ハラハラとメイリンが見守る中で、タケルは静かに己の手を凝視するユリスを見つめ続ける。
そうしてたっぷりの時間を置いてから、彼女は決心した様に顔を上げるのだった。
先に述べておくなら、ユリスにまともな罪はありません。
ラウはまぁ、色々と動いてましたからアウトですけど。ユリスは所詮任務上でしか悪辣な事やってませんので。
在るのはドミニオンにライフル突きつけて反逆したくらい? それも今となっては脱走の身ですしね。
あれだけやっといて……て思う方もいるかもしれませんが、連合軍人としてやるべき事としか額縁ではとらえられないことばかりだったりします。
ここはちょっとご理解いただきたいです。
んで、妹ズの戦い。書いてて楽しかったですね。
同じ師であり兄を持つもの同士。割と良い連携はできた感じ。
それを一蹴できるのが覚醒シン君。迷いながらも今の自分のやるべき事は芯が通っております。
でも次回は激おこ主人公勢との戦いーーーーすまないシン。頑張って。
楽しかったら是非、感想よろしくお願いします。