機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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久しぶりのカガリのターン


幕間 それは消え入る声音と共に

 

 

 オーブ攻防戦は終息した。

 

 終息したとは言っても、それは戦闘がどうこうと言う話では無く……舞台となったオーブ首長国連邦そのものが、壊滅したからだ。

 

 2年前と同じく、オーブを攻略する意味はなくなってしまっていた。

 

 オーブと、横やりを入れて来たロゴスの部隊に散々に打ちのめされ同盟軍は這う這うの体で撤退。

 また、ロゴスもオーブへのこれ以上の追撃は不要と判断したか増援が送られてくることは無かった。

 

 

 後に遺されたのは、静かになり過ぎたオーブの残骸のみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 オーブ戦線からカーペンタリアへと帰還したデュランダルは、足早に司令室へと詰め方々に指示を出していた。

 

「急げ! 先のオーブへの攻撃。出所の仔細を明らかにするんだ」

「はっ!」

 

 プラントの国防本部とのやり取りが始まり、状況の調査に動き出していく将官達を見ながら、デュランダルは表情の険しさを増していく。

 

 オーブ戦線で宇宙より落とされた巨大な攻撃。あれは明らかに、大量破壊兵器に類するものである。

 あれ程の大規模攻撃……となれば、先の大戦のジェネシスの様に要塞級の建造物からの攻撃となる筈だ。

 しかし、オーブを狙い撃てるような地点にそんな巨大建造物は観測されていない。

 不意をつかれた攻撃故か、まだどの観測地点からも先の攻撃の出所の報告は挙がっていなかった。

 

 しかし、そんな不明な状況ばかりの今でも、1つだけ確かな事がある。

 

「それから、大至急プラントへ戻りたい。手配を頼む」

 

 次はプラントという事だ。

 宇宙に用意された大量破壊兵器。ロゴスと言う存在が、オーブを撃つ為だけに造るとは考えにくい。

 恐らく本来はプラントへ向けて放つ為の物だろう。

 早々に出所を明らかにして対処しなくては、これから先の彼の計画が諸共全て消えていく。

 

「急ぐんだ! カウントダウンは既に始まっている!」

 

 ここに来て思い行かぬ世界に、デュランダルは小さく舌打ちしながら、シャトルの準備を待ちわびるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳が降りる。

 いつもであればまだ皆が起きていて、煌びやかであったはずの首都オロファトは、今は瓦礫の山に覆われており、キラ達は戦闘の疲れもそのままに救出作業で瓦礫の撤去に当たっていた。

 生き残った国防軍の部隊も同様。あちこちでMSが要救助者の捜索している。

 

 

 皮肉であった。鍛えに鍛え抜かれた国防軍であったが故に。あれだけの大部隊による殲滅攻撃があっても生き残り、戦い抜いてしまった。

 その眼下で、多くの国民の犠牲を生みながらもだ。

 

 国民を守る盾となるはずの国防軍が、その練度故に攻撃を受ける事を良しとせず、盾になり切る事は出来なかった。

 己が盾となり守ったところで、それはその場しのぎにしかならないと、訓練段階できつく戒められていたのだ。

 生き残り戦い続ける事こそが、何よりの成果となる。数を頼みにできないオーブ国防軍に置いて、絶対的な戒律である。

 

 その結果が今の惨状とあれば、生き残った者達の胸中はとても納得のできるものではない。

 自身が盾となれば、少しでも被害が減ったのでは……そう思えてならなかった。

 

 必死に救助作業を進める者。

 半狂乱になって生き残った者を呼ぶ者。

 縋る様に、誰かの名を叫ぶ者。

 

 救助作業は難航していた。

 

 

「──キラ」

「あっ、アスラン」

 

 フリーダムで瓦礫の撤去作業に当たっていたキラの下に、ジャスティスが寄って来る。

 

「ラミアス艦長から俺達には休憩の指示が出た。次の侵攻が無いとも限らない。俺達なら降下直後をそのまま叩けるだろうし、戦闘になる事を想定して休んでおけと」

「そっか……そうだね。また来るようなら、絶対に射程圏内まで入れさせない様にしたいし」

「幸い、エターナルが軌道上で網を張ってる。動きがあればすぐに分かるだろう」

「ラクスは……無事なんだよね?」

「あぁ。タケルのお陰でな」

 

 タケルの名前が出た瞬間、キラもアスランも表情を暗いものへと変えた。

 暴走したような動きの中、それでもロゴスの部隊だけを狙い壊滅させたシロガネは、事切れた様に落下を始めキラとアスランは慌ててシロガネを支えて地上へと降ろしたのだ。

 そうして目にしたのは、全身を汗で濡らし血の気も失せた友の姿。

 駆けつけたサヤが悲鳴を挙げるのを他所に、タケルは被害の無かった別の離島の病院へと運ばれて、現在精密検査を受けている。

 

「外傷は無かったが……一体どうしてあんな姿に」

「サヤが言うには、2年前と同じだって」

「2年前?」

 

 2年前と言えば、恐らくは先の大戦中。アスランは決して多くの戦線を共にしたわけではなかったが、それでもいつの事なのかは察しがついた。

 

「メンデルの外での戦闘か」

「うん。本人が言うには、入り込みすぎたって言う話」

 

 何のことなのかはキラもアスランも理解して居た。

 SEED────未だ彼等にとっても未知の領域の事だ。聞けばサヤも、その感覚を得ているという。

 だが、3人の感覚から見ても、タケル・アマノの様な事態に陥る気配は今の所ない。

 一体彼の中で何が起きているのか……2人は想像もつかなかった。

 

「そう言えばアスラン、カガリは?」

 

 タケルの異常の発端が今の惨状であること等火を見るより明らか。

 だがそれはあの兄妹の片割れ、カガリにとっても同じ事だろう。

 元より強く気丈な少女であったが、国家元首として随分と強さを感じさせるようになった。それでもカガリは2年前、大切な父との別れに泣きじゃくる姿を見せたのだ。

 この惨状に、どうなっているかがキラは気がかりであった。

 

「──彼女は今、ユウナの所だ」

「ユウナって、セイランさん?」

「あぁ。戦闘中、ユウナはカガリの補佐の為に国防本部に詰めていた────先程、ボロボロの状態で瓦礫の下から発見されたよ」

「────そうなんだ」

 

 どこか悔いる様な声のアスランに、キラは何も言えなくなった。

 以前からアスランとユウナの仲は、カガリを巡って険悪……くらいの認識であったキラだが、ここ最近の間で随分と仲は深まっていたのだろう。

 偏に、カガリを想う同志として。

 

 そんな人との別れ……生真面目で優しいアスランが何も思わぬわけはないのである。

 

 気の利いた言葉が何も出てこない己を恨めしく思いながら、キラはアスランと共に即応態勢で構えているアークエンジェルへと帰投するのだった。

 

 

 

 

 

 

 首都オロファトがあるヤラファス島と、モルゲンレーテがあるオノゴロ島。

 被害がここに集中していた事もあり、その他の離島では比較的無事な都市が多く、救助された者達は次々とこれらの病院へと運び込まれていた。

 

 彼、ユウナ・ロマ・セイランもそのうちの1人であり、カガリは救助された彼の元へと飛んで来ていた。

 

 病院に運び込まれた時点で、虫の息。

 瓦礫に潰されてボロボロとなった身体は、既に手の施しようがない状態であった。

 

「──ユウナ!」

 

 彼を見止めて、駆け寄ったカガリは呼び起こすように声を挙げた。

 ボロボロとなった身体の中、あの気障な笑みを浮かべる顔だけは少し汚れている程度で無事だったのは、なんとなく彼らしい気がしていた。

 

 

「────ん、ぁ、カガ、リ?」

 

 

 薄くくぐもった声を漏らしながら、ユウナは意識を取り戻していく。

 視線を彷徨わせ、カガリの姿を見止めるとあの薄ら笑いを浮かべて見せた。

 

「痛みは……あるか?」

「ううん。大丈夫さ、何も感じない」

 

 小さく、カガリは息を呑んだ。

 苦しさの欠片もない……それはもはや、感じる程脳も神経も生きてはいないという事だ。

 

 今際の際、ということである。

 

「嬉しいね、君が僕の為にそんな顔をしてくれるのは」

「ユウナ、お前──」

 

 何かに気が付いたように、カガリは視界の端を見る────微かに動こうとするユウナの手があった。

 ハッとした様に、カガリはその手を取った。

 

「あぁ、悲しいな。散々望んだカガリの手なのに、もう何も感じないや」

 

 またも、カガリはハッとして逡巡した。

 何かを思い立つと、ユウナの手を握った手はそのままに一方をユウナの頬へと寄せた。

 そっと、少し汚れているだけのユウナの顔に、カガリの白く細い指が触れていく。

 

「こっちなら……どうだ?」

「あぁ、良いね……君の手は温かい」

 

 感じられぬ熱なのに、ユウナはカガリが触れた部分がとても温かな気がして、また薄く笑んだ。

 

「すまなかった、ユウナ。私ではやっぱり──」

「終わらせないでくれよ」

 

 何かを言い募ろうとするカガリを遮って、ユウナはボロボロの身体のまま力のある声を投げた。

 見透かした様な視線が、ユウナから向けられている。

 

 レクイエムによって政庁はシェルターごと吹き飛んだ。

 あの場で戦後の事を相談していた閣僚達は皆、何の余地もなく消し飛ばされてしまっている。

 オーブの政治家で現在残っているのはカガリとユウナのみ。

 そしてそのユウナも、今目の前で息を引き取ろうとしていた。

 

 生き残るのは、カガリ・ユラ・アスハのみなのだ。

 それでどうしろと、カガリの瞳は不安に揺れていた。

 

「大丈夫さ。君がいれば、オーブは立て直せる。なんせ君は、僕が望み続けたたった一人の女神なんだからね」

「こんな時に……ふざけるな」

「ふざけちゃいないよ。僕の女神様はいつでも皆を惹きつけてやまない。きっと今度も、君に惹かれた皆が助けてくれる」

 

 オーブを復興し、再建しろ────言外に告げられた言葉に、カガリは僅か視線をそらした。

 そんなカガリを、出来の悪い娘を見る様にユウナは笑う。

 

「父君が言っていただろ? 手を借りて、知を借りて、道を進むは悪い事ではないって。大事なのは、君がこれで終わってしまう事を良しとするか……それだけだ────君の志は、まだまだこれからの筈だろ?」

「志……」

 

 永世中立を貫くオーブ。

 この世界で、ナチュラルもコーディネーターも無く、等しく暮らせる国。

 父から受け継いだそれは、未だ道半ばである。

 

「僕が欲しいと望んだ君は、こんなところで折れる様な弱い子じゃ無い筈だ」

 

 言われて、カガリはこれまでを振り返った。

 優秀な兄に負けぬようにと奮い、大きな背中を見せる父に近づこうと必死になって生きて来たこれまでを。

 自然と、カガリの瞳には、ユウナが大好きな光が宿っていく。

 

「そうだよ……代表に戻ろうとした時と同じ。良い顔になった」

 

 少しずつ、ユウナの声から力が抜けていく。

 先程の力強い声は、最後の力を振り絞ってだったのだろう。

 命の火が消えていく気配が、彼の声から感じられた。

 

「ユウナ……」

「そんな顔、しないでおくれ。僕は今、とても幸せだから」

「そんな、なんで」

「ずっと欲しかった君が……君の心が、今は全部僕のものだもの……嬉しくないわけがない」

 

 あの日──太陽を背に魅せられた、太陽の様な少女。

 その全てを手に入れたくて躍起になり、いつしかユウナは完全に墜とされていた。そんな大切となった彼女が、今は自分だけしか見ていない。

 カガリの全てが、今ユウナ・ロマ・セイランだけを見てくれていた。

 抱き続けた願いが、叶った時である。

 

「──あぁ、時間だね」

 

 何かを悟ったように溢された言葉が、カガリの胸に痛みを寄せる。

 時間……即ち別離の時。

 意識の薄れを悟ったユウナの瞳から、力が失われていった。

 

「看取ってくれるのが君なんて……僕は本当に……幸せ者だ……」

「バカ者。私はお前を看取りたくなんかなかったんだぞ」

「ははっ、ひどいなぁ……」

 

 看取りたくなど無かった。

 政治家として、ずっと共に在れると思っていた。

 アスランとの事もあってずっと素直になれなかったが、彼の気持ちは十分にカガリ・ユラ・アスハに伝わっていた。

 

「愛してるよ、僕のめが……み……」

 

 静かに。とても満足そうに。

 ユウナ・ロマ・セイランは、息を引き取った。

 

「ユウ、ナ……」

 

 物言わぬ様になった彼の手を、そっと手放して重ねさせる。

 必死に、声をあげそうな気持ちを抑え込んで、どうにかカガリは立ち上がった。

 

 

「さようなら、ユウナ────私を愛してくれた人」

 

 

 まだ温もりを宿す額にそっと口づけると。医師に丁重に弔う事を願い出てから。

 カガリは涙をこらえてその場を後にする。

 

 

 

 夜空に、小さな星が1つ、流れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツコツと小刻みに鳴らされる床の音。

 

「──はぁ」

 

 苛立ちを隠そうともせず、ユリス・ラングベルトはタケル・アマノが寝るベッドの傍で不満げにため息を吐いた。

 

「二酸化炭素が増えます。お兄様の害になるので退室するかもしくは死んでください────と言うか死ね」

「お生憎様。私も兄さんもその程度で害になる程軟な調整されてないのよ。兄さんの生まれを知らない小娘は引っ込んでなさい」

「言外に消えろと言われてるのがわかりませんか? これだから戦う事しか能がない人間兵器風情は困ります。脳みそまでスペックと戦闘力に支配されている」

「それならアンタは頭の天辺からつま先までブラコンに支配されてるわね」

「最上の褒め言葉と受け取っておきます」

「気持ち悪い」

「お兄様が好きすぎて殺したがる貴方に言われたくは有りません」

「はぁ? 誰が誰を好きって?」

「自覚が無いのですか? 嫌よ嫌よも好きの内。昨今ではツンデレ? なる言葉も流行ってると言います。要するに、お兄様を好きな事への照れ隠しなのでしょう? それが高じて殺し合いたいなんて……品性を疑いますね」

 

 ぎりっ、と歯を食いしばり暴れ出しそうな手をユリスは必死に抑えた。

 邂逅一番。最初からとにもかくにも気に喰わない。

 

 意識を失ったタケルを訪ねてみれば、そこには既に先客としてサヤがおり、どちらもが互いの因縁をなんとなく察して睨み合った。

 ファクトリーにいる間に、ユリスはサヤの事を聞き及んでいるし、先日エターナルからビデオメッセージが届いた際に、サヤもユリスの事はキラ達から聞き及んでいた。

 互いが互いに、こうして顔を突き合わせる前から気に喰わないと感じていた2人が、今ここでタケルの目覚めを待つため顔を突き合わせているのだ。

 こうなる事は、ある種の必然だったのかもしれない。

 

「言っておくけど、兄さんが目覚めるまで私はここにいるわよ」

「ご心配なく。目覚めたお兄様はきっと貴女に出ていけとおっしゃいます。今の内に身を引いた方が賢明ですよ」

「残念だけど、兄さんの隣に並び立てるのは私だけ。知ってるかしら? 兄さん、私と一緒に戦うと嬉しすぎて我を忘れちゃうのよ。わかる? それくらい兄さんは私が隣にいる事を望んでるの」

「面倒な貴方が敵に居ないから安心しているだけでしょう。それを言うなら私の方こそ、お兄様は戦闘中であろうと私の事を最優先に気にかけてくれます。これこそ、お兄様が私を求めている何よりの証拠です」

「面倒見てもらえなきゃ戦えないだけじゃない。負担をかけられる兄さんが可哀相ね」

「その負担の原因でもあった貴方が何を言ってるのですか? 今更隣に立とうなどと虫が良すぎです」

 

「うるさいぞ、お前達」

 

 段々と声音が強く大きくなっていく2人に、横合いから厳しい声が掛かった。

 

「カガリ・ユラ・アスハ……」

「ふんっ、オーブの代表様じゃない。何の用よ」

 

 見るからに冷めた視線と共に、カガリを見やるユリス。

 タケルと同じ髪、同じ顔、同じ瞳。

 

 一目で分かる。彼女が兄と同じ遺伝子を持つ人間。ユリス・ラングベルトであると。

 

「お前が、ユリス・ラングベルトだな」

「ご明察。とは言っても一目で分かるでしょうね」

「何故ここに居る?」

「兄さんが心配。それ以外にあるとでも?」

「兄様を追い詰めて来たお前が、今更何を」

「今の私にとっては大事な相方なのよ。そして、それは兄さんにとっても同じ」

「どういう事だ?」

 

 少なくともカガリが知る限り、タケルとユリスは宿敵。絶対に相容れないはずの2人であった。

 それが今は大切な相方などと言われても、カガリやサヤは簡単に納得できる話ではない。

 これまで散々、目の前の女にタケル・アマノは苦しめられてきたのだ。

 

「私も兄さんも、やらなきゃならない事がある。だから、こんなところで潰れてもらう訳にはいかないの」

 

 ユリスはタケルの望みを叶える為。そしてタケルは、生きる望みのないユリスにそれを見出すために。

 新たに結ばれた協力関係に基づく、大切な相方。

 憎み合う事しかできなかった2人の、新しい関係性であった。

 

「勝手な事を言う」

「それが人間よ」

 

 不遜に返してくるユリスに、カガリは視線をまた一つ険しくさせてからタケルを見やった。

 これだけ騒いでいても、起きる気配は無い。だがカガリは、これがあの時と同じ前兆の様な気がしてならなかった。

 

「サヤ」

「何ですか?」

「ユリス・ラングベルトを連れて、外で待っていてくれ」

「はっ? なぜそんな事を私が──」

「頼む」

 

 言葉少なに真剣な目を向けられてサヤは押し黙った。

 

 数秒の逡巡を経て、サヤはユリスが座っている椅子を蹴り抜く。

 当然ながら、突然座っていた椅子がだるま落としの如く蹴り抜かれれば、座っていたユリスは床へと尻餅をつく事になった。

 

「いっ!? ちょっと、何のつもりよ!」

「聞いていたでしょう。退室しますよ」

「はぁ? なんで私がそんな事──」

「問答は不要です。お兄様の事を想うのでしたら聞き入れなさい。少なくとも起き抜けに貴方を見るよりは、そこの古妹の方が遥かにマシでしょうから」

「何よそれ、意味わかんない」

 

 何となく、何かを察して。ユリスは渋々サヤと共に部屋を退室していった。

 

 

 

 

 静寂が過る。

 久しぶりとなる兄との時間に、カガリは張り続けていた緊張の糸を解いた。

 タケルや、ナタル。キラにアスランと言った本当に気の抜ける間柄の者達。彼等の前でしか剥げない、代表首長の仮面を剥がしたのだ。

 

「──兄様」

 

 聞こえはしないだろう呼び声を漏らした。

 無論返事は無いが、そっと握った手は小さく震えた気がした。

 溜め込んだ何かを吐き出す様に、静かにカガリは口を開いていく。

 

「──ユウナが、逝ったよ。お父様達と同じく、オーブを護って。私は全然嬉しくないけど、随分と満足そうな笑みを浮かべて逝ってしまった。兄様は、ユウナといがみ合ってばっかりだったけど……あいつも兄様みたいに、オーブを護るために必死に戦ってくれたんだ」

 

 今ならばきっと、目の前のこの兄も彼の事を認めてくれるだろうか。

 そんな気がして、カガリは小さく笑った。

 

「あと、兄様が一番心配してるだろう義姉さんの事だけど……モルゲンレーテのシェルターも結構酷くやられちゃったみたいでさ。瓦礫の下から救出されたけど、一先ず命に別状は無かったよ。今は別室で治療を受けてる。心配しなくても大丈夫だ」

 

 サヤにシロガネを託すためモルゲンレーテへ共に赴いていたナタルであったが、ロゴスの攻撃がモルゲンレーテに集中した事もありシェルターが崩壊。

 結果としては重傷を負ってはいるが、重体ではないと言う所であった。

 

「それと……」

 

 小さく、カガリは言い淀んだ。

 自己満足の独白である。ただ、現状を整理する為に…………現実を受け入れるために。

 タケルへと報告をするという体で、吐き出しにくい現実を言葉にしていくのだ。

 そうして気持ちを整理していたカガリは、だが次の言葉を口にしようとして詰まった。

 

 寝ていて、聞こえてはいない兄に対しても、これを告げるのはやはり憚られた。

 数秒躊躇ってから、意を決した様に、カガリは再び口を開いていく。

 

「戦死者に……トダカの名前があった」

 

 涙が浮かびそうになりながら、カガリは漸くの想いでそれを口にした。

 

 タケル・アマノにとって3人目の……父親。

 幼少よりキサカと同じく護衛として傍にいて。アマノに引き取られてからは厳しすぎたユウキの教育に傷つくタケルに、技術者としての道を用意し、先の大戦の後は正に父親代わりとして……頑張り過ぎるタケルを見守ってきた。

 

 そんな彼が、此度の戦いで命を落としていた。

 

「政庁のシェルターへ避難誘導をしていた様だ。それでそのまま、あの光に撃たれて……」

 

 死体など残っては居ないだろう。あの破壊の光をすぐ傍で受けたのなら。その威力の程は、オロファトに残されたクレーターが物語っている。

 

 長年オーブを護るために尽くしてきた人間の最期がこれとは……カガリには自分を慰める言葉すら見つからなかった。

 

 何も言えなくなり、沈黙が部屋を支配した。

 

 

「なぁ、兄様」

 

 

 次に発したカガリの声音は、涙を湛えて震えていた。

 

「何で、なんだろうな……必死に頑張って、国を守ろうとして来たのにさ」

 

 ポロポロと、零れ落ちていく涙がタケルが眠るベッドのシーツに染みを作っていく。

 代表首長となり、走り続け。張り続けて来た緊張が緩み、カガリは感情を溢れさせていた。

 元々カガリは直情的で感情豊かな人間だ。立場で必死に抑えようとも、胸の内では人一倍強い感情が暴れている。

 一度堰を切ってしまえば、もう止まることは無かった。

 

「何が悪かったんだ……どうすれば良かったんだ……」

 

 国を離れなければ防げたか? 

 ブリュッセルでデュランダルと手を結べてればこうならなかったか? 

 オーブに帰国してすぐ……カガリが迷わず代表復帰を決意していれば? 

 

 どれも仮定に過ぎず。そして恐らくは、変わらなかっただろう。

 国を離れなければ殺されていた。デュランダルにラクスやオーブと手を取り合う気は無かったし、カガリがオーブに戻った時には、既にジブリールはウナトの手引きの中であった。

 

 そしてこれはタケルについても同様だ。

 

 仮にタケルがプラントに赴かずオーブに居たとしても、この事態は変わらない。

 カガリの命を脅かす事態となれば、タケルは迷わずアークエンジェルに載せてカガリを送り出しただろうし、そうなれば結局の所ウナト・エマがオーブを牛耳る事は止められない。

 結局の所、オーブの政治にロゴスの手が潜んでいた時点で、こうなる定めであったと言える。

 

「ユウナも、トダカも、被害に遭った国民も……こんな事で殺されて良いはず無いのに……」

 

 アスランやキラ達の前では絶対に溢さない。

 双子として、共にオーブを背負ってきたこの兄だからこそ漏らせる、嘆きと悲しみ。

 カガリは、恥も外聞も捨てて胸の内を吐露していった。

 

 2年前から変わらず…………むしろ、更なる犠牲を出してしまった。

 偉大な父祖達に顔向けできる様、必死に平和を求めて争ってきたと言うのに。

 再びオーブは、世界の悪意に飲み込まれた。

 プラントと連合。ロゴスとデュランダル。

 本来であれば蚊帳の外にいたはずのオーブが、しかし2つに分たれた世界ではどうしても邪魔になる。

 そんな身勝手な理由で、オーブ首長国連邦はまたも失われたのだ。

 

 

「何で私達は……こんなにも無力なんだ……」

 

 

 悔いても悔やみきれない後悔の声が…………絞り出される様にカガリの奥底から吐き出された。

 

 

 

 

 

 

「泣いてるの? カガリ……」

 

 

 

 

 ふと、答えは返された。

 いつの間にか起きていた兄は、カガリが握った手を握り返して震えていた。

 

「──兄、様?」

「大丈夫だよ……カガリ……」

 

 その声音は優しくて、平坦で、どこか猛々しくて。

 奇妙な感触をカガリは覚えた。

 

 

 

 

「こんな世界は────僕が変えてみせるから」

 

 

 

 

 漏れ出た声は……優しい兄の。

 

 

 

 

 心が壊れた音だった。

 

 




強く見せてるだけで、本当は弱いのは2人とも共通。
本作における大事なターニングポイントとなりました。

ユウナ……とっても輝いてたよ。
トダカさんも、お疲れ様でした。


感想、よろしくお願いします。
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