旗艦セントへレンズの帰投から少しの時を置き。
ミネルバもまた、どうにかカーペンタリアへと帰投した。
艦載機であるデスティニー、レジェンド、インパルスは、消耗はあるも損傷は少なく。整備に問題は無いだろう。
英雄艦アークエンジェルとやり合ったミネルバも、大きな損傷は確認できず、補給と整備に多くの時間は必要ない状況だ。
それはつまり、すぐさま次の動きに入れるという事である。
現在ザフトは最優先でオーブに放たれた大量破壊兵器の仔細を探っていた。
判明次第、あれの破壊作戦が立案される事だろう。そうなれば、白羽の矢はミネルバにも立つはずであった。
終わりかけていたロゴスとの戦い……その旗頭としてミネルバとデスティニーは赴く必要がある。
自然と、艦内は緊張に包まれたままカーペンタリアへと入港する事となった。
「ふぅ……とんでもない事態になったわね。アーサー、整備と補給を急がせて。人員は全員交代で休息に入らせる。
いつ指令が出ても良い様に、最短で準備を進めておいて頂戴」
「はい! あっ、あれ……艦長はどちらに?」
「基地司令部よ。状況を把握したいわ。戻るまで任せる」
「は、はい!」
妙に張り切るアーサーを尻目に、タリアは1つため息を吐きながら艦橋を出ていった。
シン、レイ、ルナマリアの3人は帰投の途中で一先ずの休息を済ませ、現在は休憩エリアで先のオーブ戦役についての話をしようと集まっていた。
「それで、何よシン? 話って」
「とてもそんな状況にはないと言うのに、随分と機嫌が良さそうだな」
「別に、そんな事……」
オーブの崩壊と、新たな大量破壊兵器の出現。
不安だらけのこの情勢で、なぜこの男は嬉しそうなのか。
理解ができないと言う様に、どこか呆れた顔をされて、シンは少しだけむっとした。
「何だよ……聞いたら2人だって喜ぶ話なのに……」
「だから、早く教えなさいよ」
「どうせ大した話ではないだろう……」
まるで期待してないと言わんばかりの応答に、シンは半ばヤケになって口を開いていった。
「何だよもう2人して……あぁもう! 聞いて驚けって……オーブの戦いでわかったんだけど、ヤヨイが生きてたんだ!」
嬉しそうに声を弾ませて、シンはそれを告げた。
それはもうどこか誇らしそうに、嬉しそうに。またも彼の後ろには尻尾が見える様であった。
対して、レイとルナマリアは目を丸くさせて驚きの表情を見せるが、次いでその表情は何とも言えないものへと変わっていった。
「な、なんだよ2人共」
「──シン、聞いておくが、何でそれがわかったんだ」
「な、何でって……ヤヨイから通信が」
「ふぅん、それで? じゃああの子は何に乗ってたのよ?」
「何って……オーブのあのシロガネ……に……」
漸く、そこまで呟いてシンは自分が何を言って、そして2人が何故思った様な反応をしてくれないかに考えが至った。
「確かに、生きていてくれた事は嬉しいが……」
「敵として出てきたんでしょ? 素直に喜べないわよ」
「そっ、か……」
そうである。オーブの戦線で再会したとは言っても、結局の所敵。
戦闘前のカガリとデュランダルのやり取りからも、今後オーブとプラントが手を取り合う事は、中々に考えにくい。
何より、シロガネに乗っていたという事は、直接やり合っていたシンとレイは、命を取り合っていたのだ。それも、互いが手加減無しの全力で。
それが情勢故の致し方ない事ではあっても、今後も命を取り合う関係性だとわかって、素直に喜べるはずは無かった。
「(と言うか、サヤの話だと隊長も生きてるかもしれないって話だし……あの兄妹、揃ってザフトからいなくなってオーブ戻ってる? こっちからするとやりづらいったらないんだけど……)」
1人、更なる裏事情を知るルナマリアは、辟易とした表情で目の前の現実をどうにか受け止めた。
「何だよルナ……そこまで酷い顔しなくても良いだろ」
「安心しなさい。シンのせいじゃないわよ」
「何だよそれ……」
「それよりもだ」
至極真面目な顔……と言うよりはいつも通りであるが、真剣な気配を醸し出して、レイは区切る様に口を開く。
「俺達には次の戦いがあるんだ……」
レイが手に持つ端末に映される映像記録。
オーブ戦線で出て来た、改良型のフリーダムとジャスティスであった。
仮にまたオーブの戦力とやり合う事になれば、対応はシンとレイが当たる事になるだろう。
対策は必須である。
「その……やっぱりすごかったの? あの2機」
「あぁ。元々ダーダネルスやベルリンで、フリーダムの凄さは目にしていたからな。驚きはしなかったが……何をしても仕留められない。そんな実力の差を俺は感じていた」
放たれる射撃の精度。接近を狙う迷いの無さ。いくら撃とうとも当たる気がしない回避軌道。
嫌でも感じさせられるのは、隔絶された技量の差。
レイとレジェンドは正に防戦一方で、墜とされない様にするだけで必死であったのだ。
「シン、ジャスティスの方は?」
ルナマリアに尋ねられた瞬間、沈黙を続けていたシンの眉間に皺が寄った。
目に見えてわかる不機嫌────だが、そこで聞き出さないと言う選択肢はレイにもルナマリアにもない。
直接やり合ったシンからの情報は今後彼等と戦う可能性を考えれば必須だ。小さなシンのプライドに配慮してやる余裕など無い。
続きを促す様な視線に、シンは渋々と口を開いていく。
「やっぱり流石だったよ、あの人。聞いていたとおりだった」
アカデミーで散々聞き及んだ、アスラン・ザラの優秀さ。
それは先の大戦の中でイージス、そしてジャスティスに乗って戦う事で磨かれ、今や彼は百戦錬磨。
どんな手を繰り出しても捌かれ、防がれ、切り返される。
クルース・ラウラと訓練でやり合った時にも感じていた、まるで崩せぬ鉄壁の牙城を、シンはアスランとの戦いでも幻視していた。
「今のシンも、相当だと思うんだけど……それでもダメだったの?」
「その言葉は嬉しいけど、やっぱり違うんだよな。経験と言うか、厚みと言うかさ────まだ、勝てる気はしなかった」
「珍しく素直だな」
「ただ……」
殊勝な見解を見せるシンに、レイとルナマリアが少しだけ意外そうな顔を見せる。が、続くシンの声音にはどことなく不穏な気配があり、直ぐに訝しむものへと変わった。
「ただ……何よ?」
「いや、負けたくないなって」
「それは、なんとも……お前らしいな」
「茶化すなってレイ。別に変な意地とかじゃないって」
らしい……シンの性格からすれば確かにそれまでだが、本人としてはそういう意味合いではない様である。
説明を求める様な2人の視線に、シンは考えをまとめる為一呼吸を置いてから語り始めた。
「あいつ、戦い方が何て言うか……余裕を見せつけるみたいだったんだ」
「そりゃあ、余裕だからじゃないの?」
「そうじゃなくて。こっちの考えとか、狙いとか、全部見透かしてるのに、あえてその勝負に乗って来るって言うかさ……」
シンが抱いたアスランの戦いへの印象。綺麗と言うか、正直と言うか────戦い方が真っ直ぐ過ぎるのだ。
完璧主義者とでも言うのだろうか。
アスランを格上だと理解して居たシンは、どうにか自分の土俵で意表を突いて、必死に渡り合おうとするのに対し、アスランとジャスティスはそのどれをも正面から打ち砕いて来るような、そんな戦い方をして来るのだ。
部下相手にも大人気なく、尚且つ一人一人適した仕留め方を繰り出し、全力で叩きのめしに来たクルース・ラウラとは、ある種対極的であった。
「なるほどね……つまりは甘くみられてるのが気に喰わないと」
「そんなんじゃ……いやまぁ、そうかもしれないけど。同じ勝てないにしても、隊長とアイツとじゃかなり気分が違うって言うか……」
「ふっ、確かに……お前はいつも負けてるのに嬉しそうだったもんな」
「なっ、ちが!」
「そうよねぇ。隊長、もう一回! もう一回だけ! って、あの人はシンと違って他にもたくさん仕事があったのに……全くあんたと来たら」
「文句の1つも溢さずにシンの相手をしてくれた隊長には頭が上がらないな」
「や、やめろって2人共! そこまでじゃなかっただろ!」
ぷんすかと怒りを露わにするシンをレイに任せて、ルナマリアはからからと笑った。
直近の出来事が色々と重かっただけに、最近はずっとらしくない姿を見せていたシンだが、ヤヨイの生存もわかり、漸く本来の彼が戻ってきたと言う所だ。
それが妙に嬉しくて、ルナマリアは優し気な表情でシンを見つめた。
以前は子供っぽくてどうしようもない少年だった彼が、様々な経験を経て、成長して────今やザフトと議長の期待を背負う頼もしい姿を見せる様になった。
姉として鼻が高いと言う物である。
「(う~ん、こうやって見ると、結構有りかもしれないわね)」
内心で、ルナマリアは納得する様に呟いた。
以前だったらあり得なかったが、今のシンは地に足が付いて安定している。
手のかかる弟が成長し立派になれば、男性としての魅力は増して見えるものだ。
皆の期待を背負って必死に戦う様は、ルナマリアの目から見てもやはりかっこいいと感じるものであった。
「(シンは姉派? それとも妹派かしら? って聞くまでも無いか……)」
大切な妹の形見であるピンクのケータイを、後生大事に持っている。それだけでこの少年が妹派なのは確実だ。
ルナマリアに対してはぶっきらぼうな対応が多いが、メイリン相手には少し物腰が柔らかくなったり面倒見が良かったりと、弟キャラな癖に兄貴面しようとするのがシン・アスカである。
芽生えかけた想いを自覚したところで、ライバルとなり得るサヤ……もといヤヨイとの勝負に置いて、早速の不安要素となる事実だ。
彼女が生きていたとなっては、劇的な告白を受けていたシンの気持ちもあちらに傾いている事だろう。
ここらで1つ手を打っておかなくては、舞台にすら上がれずに敗北が決まる気がして、ルナマリアは1枚手札を切った。
「ねぇ……シン」
「んぁ? なんだよ、ルナ?」
「訓練、今から付き合ってくれない? シンの話聞いてたら、何だか無性にやりたくなっちゃって」
丁度良い理由をつけて、2人の時間を作ろうという魂胆だ。お姉ちゃんは強かなのである。
強敵の存在が明るみに出た以上、シンとしても断る理由は無いだろう。
増してやインパルスはシンの元愛機。未だ慣熟が足りないルナマリアにとっては良き先生になる。
「良いけど、それならレイも一緒に──」
「いや、俺はもう少し休ませてもらう……馬に蹴られたくは無いからな」
「はっ? 馬?」
「何でもない。いつ指令がくるとも限らないんだ。程々にしておけよ」
そう言って、レイは少し怯える様にスタスタとその場を去ってしまう。
余談だが、彼の背中には言い様の無いプレッシャーが掛けられていた事を記しておこう。
「レイったら、付き合い悪いわね」
「疲れてるならしょうがないさ」
もう一度述べるが、お姉ちゃんは強かなのである。
メイリンやサヤといった妹達と比べれば、少しだけ大人で、少しだけ強かで────そして少しだけあざといのだ。
「それじゃ、行きましょシン!」
「あ、あぁ……」
気持ち軽やかな足取りで、ルナマリアはシンと共に訓練エリアへと向かうのであった。
涙交じりの声が聞こえたんだ。
“何が悪かったんだ……どうすれば良かったんだ……”
カガリが泣いてるなんて、父さんを見殺しにしてしまったあの日以来だ。
“ユウナも、トダカも、被害に遭った国民も……こんな事で殺されて良いはず無いのに……”
そっか……トダカさんまで。
“なんで私達は……こんなにも無力なんだ……”
違うよ、カガリ……無力なのは
無力なのはいつも……
いつも、僕だけなんだから
病室のベッドを抜け出し、タケルは病院の屋上へと来て世界を眺めていた。
その瞳は虚ろ────目に映る全てに関心は無く。ただ何かに耽って空虚を見つめている。
「トダカ……さん」
微睡みの中でまろび聞いたカガリの独白。
そこにあった、大切な人の死。
ずっと自分を見守ってくれた、3人目の父親との別れ。
知り、そして受け止めて。だが不思議と、今のタケルが涙を流すことは無かった。
涙を流すより先に、胸の内には憎悪が渦巻いていた。
こんな事態を引き起こした存在に。
そして、考えが甘すぎた己自身に。
この世界に大量破壊兵器が存在している事。それを容易く人類は向け合い、あまつさえ撃ち合う。
そんな事ができてしまう程、人類が愚かだという事を忘れていたのだ。
想定するべきであった──大量破壊兵器が向けられる事態を。
想定するべきであった──この世界に在る以上、オーブも悪意に晒されることを。
準備しておくべきだったのだ。
奪われない為の、絶対的な対策を。
全ては、これで大丈夫とタカを括っていた、タケル・アマノの見込みの甘さが齎した事であった。
「──兄様」
背後から掛けられる声。
少しだけ不安を湛えた表情で、コーヒーを持ったカガリが屋上へと赴いてきていた。
「カガリ……」
「勝手に病室を出ていかないでくれ。どこに行ったのかと心配した」
「うん、ゴメン」
手渡されたコーヒーを片手に、タケルはまた空を仰ぎ見た。
そんなタケルの横顔を見て、カガリは惑う。
“こんな世界────僕が変えて見せるから”
先程、起き抜けに発したタケルの声は、酷く陰鬱とした暗いものであった。
カガリの全身に怖気が走るくらいには、不安を掻き立てられるものだった。
だが、今はなんともない。
不安を見せるカガリに謝る声音は、優しい兄のものであった。
──気のせいか?
そんな考えがカガリに過った。
「兄様、具合は?」
「大丈夫だよ。少し頭が痛いだけ」
SEEDによる反動。
カガリは知らぬ事ではあるが、端的に言えば脳の筋肉痛だ。休めば直るものである。
何でもない様に返してくるタケルに、カガリはそうかと安堵の声を漏らした。
「なぁ、兄様さっき──」
「カガリ・ユラ・アスハ!」
飛び込んでくる声。
タケルとカガリが振り返ればそこには、サヤ・アマノの姿が。
その後ろにはユリスの姿もあった。
「国防軍から報告です。至急指令所まで来て欲しいと」
指令所────この病院のある離島に、残った機材をかき集めて設営した簡易的なものだ。
閣僚は生き残った唯一のカガリだけ。たった1人だけの臨時政府でもあり、国防軍への指令所にもなっている。
恐らくは救助作業に関する報告と指示を仰ぎたいのだろう。
カガリに、これ以上油を売っている暇は無かった。
「そうか……わかった、直ぐに行く。兄様、一先ずもう少し休んでてくれ。一段落したらまた話そう」
「大丈夫だよカガリ。心配しないで」
心配の尽きない表情を見せるカガリに落ち着いた声音で返して、タケルはカガリを見送った。
その場にはタケルとサヤ、そしてユリスが残った。
「──お兄様」
サヤ・アマノにとって、待ち望んだ再会であった。
目の前で喪ったと思われた最愛の人。喪ったと思った大切な人がそこに居た。
そしてそれはタケルにとっても同じく。
目の前で喪われたはずの大切な妹。記憶を取り戻し、正真正銘のサヤ・アマノが、タケルの目の前には居た。
「おいで、サヤ」
ミネルバでは確りと呼び分けていたタケルが、彼女の本当の名を呼んだ。
嬉しさの余り涙を浮かべながら、サヤはタケルの胸へと飛び込んでいく。
「──お兄、様!」
「心配……かけたね」
「いえ、私の方こそ……お兄様に辛い想いをさせてしまいました。お許しください」
「お互い様だよ。でも本当に、こうやって再会できて──嬉しい」
「はいっ!」
タケルの胸を涙で濡らすのも構わず、サヤは溜まりに溜まった感情を爆発させて泣きじゃくった。
優しくサヤの名を呼ぶ声、伝わる温もり。全身全霊で、サヤは最愛の兄を感じた。
タケルはそんなサヤを抱きとめてあやす様に撫でつけてやる。
ふと、サヤの後ろにいたユリスとタケルの目が合った────瞬間、ユリスは吐き気を覚えて口元を抑える。
優しい笑みを。優しい声をかけてサヤを抱きとめているその内側で…………タケル・アマノの感情は、欠片も温かい色を浮かべてはいなかった。
嬉しくはあるのだろう。待ちかねた大切な妹との再会。タケルがそれを喜ばないはずは無い。
ただそれが、ユリスが感じ取れる中では余りにも小さく、それを押しつぶさんばかりの黒い感情がタケルを支配していた。
「──サヤ」
暫くの抱擁を終えて、タケルは口を開いた。
「はい、お兄様」
「サヤ、喜んでばかりは居られないんだ。“僕達”にはやる事がある」
「はい、勿論ですお兄様。アマノの人間として、オーブを復興し再建する為に、サヤも粉骨砕身で、お兄様と任に当たらせて頂きます」
「ありがとう────ひとまず、今後の事を皆と話合いたいんだ。カガリは忙しいから置いておいて、キラとアスラン、それからマリューさん達と話し合いの場を設けたい」
「はい。では、急ぎ連絡します。場所はアークエンジェルで構いませんか?」
「うん、お願い」
「それでは、準備ができましたら連絡を入れますので……お兄様は今しばらく、休んでくださいませ」
「そう、だね……そうするよ。ありがとうサヤ」
「はい、では」
足早にその場を後にしていくサヤを、タケルとユリスが見送った。
嬉しさを隠しきれずに去っていく足音に、ユリスはなんとも言えず表情を険しくさせる。
そうして、後に残るのは言葉無くともその心の内がある程度把握できる2人のみ。
タケルの表情は、既に熱を失っていた。
「酷い兄さんね……慕ってくれる妹をあんな嘘で追い返して」
「半分は本当だ────“僕達”にはやる事がある」
そう言って、タケルは先程までの空虚では無く、見える事の無い敵を見定める様に空を見上げた。
僕達…………それは即ち、タケルとユリス。
2人揃えば、恐らくはこの世界において最強と言えるだけの能力を有する2人。
「──ねぇ、ユリス?」
「何よ」
「2年前は君も、今の僕と同じ気持ちだったのか?」
だとしたら、あれだけの破滅的なのも頷けると言うものであった。
大切なサヤとの再会ですら、今のタケルにとって嬉しくはあっても、内で燃える憎悪を塗り潰すには足りない。
己と、世界への怨嗟が、後から後から湧いて来る様であった。
「今の兄さん程じゃないわよ」
嘘偽りなく、ユリスは返した言葉と同じ気持ちを抱いて嘆息した。
2年前のユリスは、ただこの世界に絶望していただけ。生きる事に意味がなく、生み出された事を憎んで、そうして世界と共に滅ぶことを願った。
大切なものも、それを喪う事も知らなかったユリスの憎しみの、何と浅はかな事か。
守りたくて、守れなくて、喪って────大切な存在を手にしてしまった今だからこそ、ユリスにはタケルの気持ちが痛い程理解できた。
「行くよ、ユリス」
「どうするつもり?」
歩き出したタケルとすれ違ったところで、ユリスは責める様に問い詰めた。
未だユリスの心を震えさせる様な憎悪を胸に抱いたまま、一体何をする気だと。言外にユリスは問いかける。
「宇宙に上がる。ファクトリーでメイリンとステラ達を回収して────そしたらプラントに向かう」
「プラントに?」
「立場と大義が必要だ。あれを討つには……その為に、議長を利用する」
今この時、タケル・アマノが成すべきは唯一つ。
オーブを討った、あの大量破壊兵器の排除である。
悠長に構えてはいられない。
一度放たれたアレに、二度目を躊躇する理由は無いだろう。
次狙われるとしたらプラント……そしてそれは、先の大戦と同じ道を辿る事になる。
大量破壊兵器同士の撃ち合い────それは何としても止めなければならないのだ。
だが、オーブのこの現状でそれをすることは許さないだろう。
世界の情勢に気を回す様な余裕は、今のオーブにないのも事実。
シロガネを使う事も、今この地を離れる事も。知られたら、必ず引き留められるはずであった。
「目的は報復ってわけ?」
投げられた問いに、タケルは否定を示すことはなかった。
立場も大義も、欲するはただ、この事態を作った責任を取り、この事態を引き起こした者達へと復讐するため。
それはひいては世界を……オーブを守る事に繋がると信じているだけであった。
「プラントも動いているはずだ。アレを止めるのは、国家の枠組みに縛られず至上命題になる」
「その為に、私と兄さんを餌にしてあの議長を利用しようっての? 立場と大義を得るために」
核動力を持つシロガネであれば、単独で宇宙に上がり、アレを破壊しに行く事は可能だろう。
だが、あれがどこから放たれたものなのかも、どれほどの規模の防衛隊が居るのかも不明だ。
動くにしても、組織だった力が必要不可欠。
そして、今のオーブにはその余裕も組織力も無い。
タケルには、戦いに赴く為の立場と大義が必要であった。
「賛成しかねるわ。兄さんは絶対後悔する」
「後悔なら、もうしている。そしてこれからもし続ける……何も変わりはしない」
「クラインの連中と離れたら、ステラ達の治療はどうするつもり?」
「遺伝子学の権威だった議長の元に行くんだ。心配は要らない。僕と君が彼に協力するならお釣りがくるくらいの代価だよ」
まるで揺るがない気配。
ユリスは溜め息1つ吐いて、言い募るのを辞めた。
元よりタケルとの契約は彼の望みの為に協力する事。
それがオーブを護る為で在れ、復讐を手伝う為であれ、ユリスがやる事は彼を手助けするだけだ。
タケルが言う様に、遺伝子の専門家であるデュランダルの元でなら、ステラ達の治療も容易に事が進むだろう。
これについてはファクトリーで先んじて、ユリスも医師に聞いていた。
仮にクライン派での治療が不発で終わった場合、次なる可能性はあるのかと。
場合によってはユリスも、タケルと共にプラントへ行く事を検討していたのだ。
「──了解。それじゃ、あの煩い妹が戻ってくる前に出立しましょう」
「あぁ、急ぐとしよう」
こうして、憎悪の炎を抱えたまま────タケル・アマノは、オーブの地より姿を消した。
2度と、オーブの地を焼かせないために。
2度と、世界の悪意がオーブに向かない様に。
闇堕ち……?
復讐はもちろんあるけど、根本はオーブを守るためだったりします。その根っこは変わらないんです。
だからオーブのMSであるシロガネは使えない。だから議長を利用しようって話。
これから先、主人公がどんな行動を起こそうとも、その1番奥にはオーブの為があります。
話が転がってきました本作。
できれば、このまま楽しんでいただけたらと思います。
感想どうぞよろしくお願いします。