フレイ・アルスターは艦内の自室で1人塞ぎ込んでいた。
あの時、カガリに諭され恥も外聞もかなぐり捨ててたっぷりと涙を流した。
実直と言うか、おせっかいというか……カガリはそれに付き合い、フレイが泣き疲れて眠るまで、我が事の様に一緒に涙を流してくれた。
振り返ってみれば皆には恥ずかしい姿を見せたとも思うが、その恥ずかしさもカガリと分け合った気がして、フレイは感謝の念を抱かずにはいられなかった。
だが、その一時を乗り越えたとて失った悲しみは消えない。
あの時の様に騒ぐようなことは無くとも、最愛の父を失った悲しみは心に重くのしかかってフレイの気持ちを落とし込む。
「私は、これからどうすれば良いのかな?」
ある種、生きる意味がもう無かった。
死にたい等と思っているわけではないが、喪失の悲しみが、フレイから生きる意味を奪っており、彼女はこれから何をして生きていけば良いかが見えなかった。
外務次官であった父だ。彼女がこれから生きるのに必要な財源はあるだろう。
だが、彼女がこれからを生きる意味はもう無い。
「私って、こんなに空っぽだったのね」
友達ともなんとなくで過ごして、外務次官の娘らしく生きて、父の決めた男性と結婚する。
敷かれたレールであった。敷く者が居なくなった今、フレイは自らレールを敷かなくてはならない。
「フレイ……」
ふと、呼ぶ声が耳を揺らしフレイは視線を向けた。
「サイ……」
そこに居たのはサイ・アーガイル。
父が決めた婚約者であり、今はもうその話も無かったことになるであろう相手である。
「戦闘は……終わったの?」
「あぁ、うん。何とかね……キラが頑張ってくれて」
「そう……」
無感情で、どこか儚い。
元々、お嬢様育ちでわがままなフレイが、今は深窓の令嬢を思わせる雰囲気を纏い、サイは僅か息を呑む。
「ゴメンな、フレイ」
「えっ?」
「あの後も、戦闘とかあって忙しくて……大変な時に君の側にいてあげられなくて」
「良いのよそんな……だって、私に構っているせいで艦が墜とされちゃったら、それこそ意味がないし」
フレイの言葉にサイは驚きを隠せなかった。
彼女が殊勝な態度を見せる等とは思ってもみなかったからだ。
「フレイ、本当に──」
「1人でいる間、ずっと考えていたの」
つらつらと、フレイはサイの返答を待たずに口を開いていく。
宿題の答え合わせの様に、サイに答えを聞いてもらおうと……粛々と言葉を紡いだ。
「あの時、私がしっかりしていれば。キラやアマノさんが私なんかに構わず直ぐに戦闘に向かっていれば……パパは、死ななかったんじゃないかって」
「フレイ……そんな事は誰にも分らないさ」
「うん……でもそういう可能性もあったと思ったの。そしたら、私がキラ達に文句を言うのもおかしいって思えて……じゃあ誰が悪いの? って考えると、結局コーディネーターが悪いって思って」
「でも、それは」
「わかってるわ。キラもコーディネーター……アマノさんもそう。コーディネーターだからって、皆が悪いとは、私ももう思ってないもの」
でも──
フレイは続ける。胸の内に燻る想いを絞り出すように。
「それなら、私は何を恨めば良いのかなって……何を恨んで、何のために。これからを生きていけばいいのかなって」
サイはまたも息を呑んだ。
儚いなんて印象を抱いたが違う。
今の彼女は抜け殻に近い。生きる意味を見失い、振り上げた拳を振り下ろす先を奪われ、ただ胸の内に捨てられない想いだけが燻っている。
幼い迷子のようで、そして見るからに壊れそうであった。
あの時、カガリ・アマノが言った言葉は正しいだろう。
溢れる思いを涙に流し、ぶつける相手を無くせば、確かに誰も傷つかない。
だが同時に、ぶつける相手を奪われれば生きる意味を失ってしまう。
普通であれば、他に生きる意味を見出せる者が殆どだろう。
だが彼女には、失ったものの代わりとできるものが無かった。彼女にとっては父が全てであり、父を失った悲しみをぶつける相手が奪われたなら、彼女に生きる意味は無かった。
そんな彼女の姿が、サイ・アーガイルに決意を促す。
「フレイ、聞いてくれないか?」
「何よ、急に?」
「あの日、君がお父さんを失ったあの時。俺は君に手を差し伸べることができなかった。
君の悲しみを理解できたけど、キラ達が頑張ってるのも知ってたから……だから何も言えなくて」
「それは当然でしょ。サイにとってはキラも大事な友達なんだし」
「でも、あのカガリって子は! 失ったばかりの君をあんな風に救ってくれた……俺はそれを見て、悔しい気持ちでいっぱいだった」
何故自分はフレイに声を掛けられなかったのだろうか。
キラも居たから? 彼らが必死に戦っていたのを知っているから?
違う。心の内でフレイの言葉は間違っていると断じていたからだ。
必死に戦っている彼らが、フレイに責められる謂われはない。
戦場に在る以上、仕方のない事だと。
だから、何も言えなかった。それを悲しみに泣くフレイに言えるわけも無かったから。
だがあの場でカガリだけは、感情のままに叫ぶフレイの為にその受け皿となってくれた。
何が正しいかではない──どうすればフレイが救われるか。
それを考えての行動であった。
彼女を大切に思っているのなら、自分にも同じように行動できたはず。
そう思うと、超えようのない差を感じて、サイは惨めになった。
「あの時の俺は、悲しみに泣く君を救う事ができなかった。
あの結果は仕方のないことだって、君ではなく自分に言い聞かせるばかりで……」
「サイ……」
「だから、今度こそ俺は。君を救いたい……話だけだったとはいえ俺は、君のお父さんに君を託された。俺も、それを受けた」
そうだ、フレイを救うのは他ならぬ彼女の父親から任された自分の役目のはずだ。
このまま引き下がっていて良いはずはない。
「君のお父さんの代わりにはなれないと思う。
でもせめて、君の生きる理由に俺はなりたい! だから!」
「サイ、それって!?」
サイの言葉に立ち上がるフレイを、彼は引き寄せた。
胸の内に抱かれる華奢な身体が小さく震え、驚きに息を呑む音が聞こえる。
「俺と生きる事を、君の生きる理由にして欲しい!」
少年は深く少女を抱きしめた。
胸にある想い。その一片たりとも余すことなく伝わるように。
サイの想いの叫びがあってから、しばらくの沈黙が流れる。
反応が無いフレイに、少しずつ不安が湧きあがり、サイがフレイの身体を離そうとした時。
「──ありがとう、サイ」
小さく耳元で聞こえる声で、サイの心に安堵が広がった。
「こんな私の為に、本当に……」
涙を流しながら答えるフレイが愛おしくて、サイは再び彼女を抱きしめた。
「こんな、じゃない。俺は君だから、守りたいと思ったんだ」
お転婆で、わがままで、それでいて脆くて。
だけど、そんな彼女だからこそ、愛おしい。
「でも、少しだけ……待って」
「えっ!?」
受け入れてもらえたと思った矢先、サイを一気に不安が襲う。
でも──そう続くだけで一気に胸が張り避けそうであった。
「勘違いしないで。サイの気持ちは嬉しいし、私もきっと同じ気持ち────パパが死んで本当は貴方にも捨てられると思ってたから、本当にね」
「そんなはずないだろう。俺は君の事──」
「だからこそ、今のこの状況で……パパを奪った戦争が続くこんな状況で。
貴方の気持ちを素直に受け取って、私達だけで幸せになるのも、違う気がするの」
「フレイ……それって」
サイはフレイの言葉に別の意味で嫌な予感がした。
「ずっと考えてたの……空っぽだった私がこれから何を目的に生きれば良いのか」
「でも、誰も恨みたくはないんだろう?」
「ええ──でも貴方のお陰で、私も決心できたわ。
私は、パパを奪った戦争を恨む」
「戦争を恨む?」
「私、このまま地球軍に志願するつもり」
「志願!? えっ、ちょっと待ってよフレイ、何で!?」
まさかの発言に、サイは大きく目を見開いてフレイの肩を掴んだ。
戦争をあれだけ毛嫌いし、我関せずと目をそらし続けていたはずの彼女が何故──
そんなサイの疑問に答える様に、フレイはサイの手をやんわりと解いて話し出した。
「大西洋連邦外務次官……パパは戦争を終わらせるためにきっと仕事をしていた。だから、その遺志を継いで私も戦争を終わらせるために生きたい。その為には、軍に身を置く必要があるでしょ?」
「フレイ……本当に?」
「ええ。そして、いつか戦争が終わった先で貴方と……」
視線を逸らし、少し頬を赤く染める様子。
先程までの彼女の言葉通り、サイとの幸せを考えていないわけではない事がわかる。
少女らしい姿を見せるフレイに、サイも心を決めた。
「──だったら、俺も志願する」
「えっ、ちょっと、何言ってるのサイ!? これは私の──」
「君の生きる理由になるって決めたんだ。君が残るなら、俺が残らない理由が無い」
「もぅ、サイ!」
互いが互いを大切に思う。
それが表面上ではなく芯からの想いに満ちた時、それを受け取るときのなんとこそばゆい事か。
これが照れるという事なのだろう。
フレイはサイの気持ちが嬉しくも、すんなり受け取る事が出来なくて、視線を逸らした。
「良いだろう。カガリって子に良いところを持ってかれたんだ。これくらいカッコつけさせてくれよ」
「一体何を心配してるのよ。あの子は女の子でしょ」
「ははっ、だってキラよりは男の子っぽいだろ? あの子」
「失礼よサイ。カガリに言いつけてやるんだから」
「わー待った待った。それは勘弁」
「いいえ待たないわ────カガリー、どこー?」
おどけた様に笑いながら、フレイが部屋を出ていきサイは慌ててそれを追いかけた。
歩いていく後ろ姿に、先程感じた儚さは欠片も感じず、強い足取りに立ち直った彼女の決意と意思を感じた。
「必ず、あの子を幸せにしてみせます──お義父さん」
気さくな人であった。
失って悲しいのはなにもフレイだけではない。
良き好青年だと自分をフレイに紹介してくれて、何度も食事を共にした事がある。
本当に、愛情深い人であった。
そんな人の忘れ形見。不幸にさせてなるものか。
決意の足取りは彼にも。
彼女を追いかけるサイの足取りもまた強く、決意と意思を感じさせるものだった。
こうして少年達は、戦火へと身を投じていく。
その先に決して平穏など無い事を、知らないままに……
「くそっ!!」
ガモフの通路で、苛立ちをぶつける様に壁を殴りつけるは、ミゲル・アイマンである。
その場には、ディアッカ、ニコルの2人もいた。
「イザーク、大丈夫でしょうか……?」
「さぁな、傷口は見れなかったし俺達には何とも」
先の戦闘。デュエルのコクピットは一部破損しその際の破片が運悪くイザークのヘルメットへと突き刺さった。
現在はミゲルたちの目の前にある治療室で軍医の下治療中と言うわけである。
しゅっ、とドアの気圧が抜ける音がして、3人は顔を上げた。
治療室から出てきたのは軍医だけであった。
「イザークは?」
「傷は多少深かったが問題なく治療は終わりました。痕は残るので別途また施術は必要でしょうがねぇ」
「そうですか……よかったぁ」
「イザークのママが聞いたら卒倒もんだな」
茶化すディアッカの言葉を聞き流して、イザークの容体が確認できたミゲルはその場を後に歩き出した。
「ミゲル? どうしたんですか?」
「とりあえず無事もわかったしな。さっきの戦闘記録を確認してくる──結局、堕とせなかったわけだしな」
「マジ? やる気あり過ぎじゃね?」
「あまり根詰めるのも良くないと思いますよ」
「お前らみたいにエリートじゃないんでな。凡人はできる事をやらなきゃついていけないんだよ」
そう言ってミゲルは去って行く。
そんな事は無い──その言葉をニコルは飲み込んだ。
ニコルもアスランも……恐らく素直に口には出さないがディアッカやイザークですら。
ミゲルの能力には一目置いている。
そうでなければまだまだ配備の進んでないハイマニューバを、それも専用チューンまで施して受領する事は無いだろう。
その対応には隊長であるラウからの計らいも当然ながらあるが、彼の能力を見ての判断である事は明白である。
だが、それを素直に受け止めてくれるほど、今のミゲルには余裕が無かった。
失態である。
任務としても、ミゲル個人としても。
オレンジの事ばかり気にかけ、ストライクの成長を加味していなかった。
あれ程だと知っていれば、そもそも奇襲から仕掛けるべきではなかっただろう。
駆けるにしてもガモフとの連携ができる作戦を考えるべきであった。
戦闘時間を考えてガモフの支援距離から飛び出したのが間違いであったのだ。
だが、それにしてもオレンジの動きがおかしかった。
余りにも散漫な機動。まるで心ここにあらず。
そしてあの異常な戦いを見せたオレンジが乗り移ったかのようなストライクの戦いぶり。
「(パイロットが入れ替わっていた? いや、ストライクの動きは確かに凄かったが、機体の運動性を活かすオレンジとはまた違う機動だ。散漫とは言え動きから察するに、オレンジのパイロットが変わっている事は無い)」
わけがわからなかった。
豹変したように驚異的な戦いぶりを見せる2機。
やるなら最初からやるだろう。
そうすれば足つきにあれ程の被害を出すことなく艦隊と合流できたはずだ。
オレンジにしたって、最初からあの動きができていれば、あの戦況は簡単に自分達が劣勢となっていた。
「(ストライクはマジもんの脅威だな。あの新型機でオレンジと同様のキレっぷり。手が付けられねえ)」
足りない。今のままでは機体性能もパイロットの腕も。
ミゲルは不安を払拭するためにシミュレーターへと向かう。
再び強敵との戦いを思い描き、ミゲルはその刃を砥ぎ続けた。
カタカタとキーボードを叩きながら、タケルはアストレイの調整をしていた。
艦隊との合流が目の前とは言え、今の機体状況に合わせた調整は必要。
突貫調整だった部分を細かくチェックしているのである。
「(──最低な戦いだったな)」
思い返す、先の戦い。
冷静になって振り返れば良くわかる。戦闘にまるで集中していない。
頭にあるのは、強烈に残っていたあの感覚を思い出すことだけ。
そんな奴に目覚ましい戦果など出せるはずが無かった。
「(あー恥ずかしい! 何変な力に頼ってんだ僕は!)」
思わずキーボードを叩く力が強くなる。
自分が不甲斐ない戦いをしていたばかりに、キラに無理をさせた。
彼が居なければ、大切な妹がいるこの艦が墜とされていたであろう事は、想像に難くない。
「──ぃ」
「ホント、情けないよね」
「アマノ二尉!」
「うわひゃ!? ってバジル―ル少尉」
「また、ここで反省会ですか?」
「あー、バジル―ル少尉も僕の事を大分理解してきたようで……」
「通信越しの声だけで、貴方はわかり易いですから」
「それは、今後安易に通信が開けなくなる情報ですね」
冗談交じりに返すタケルの様子に、ナタルはそこまで思いつめた雰囲気を感じずひとまず安心の息を吐いた。
「もう艦隊とも合流します。万一に備え調整も必要でしょうが、戦闘後すぐにこもる必要はないかと」
「わかってますよ。本当にちょっと反省会をしていただけです。調整ついでにね」
「では、もう出てこられますか?」
「反省会も調整も終わりましたから」
「それでは私と共に食堂に」
「えっと、何故ですか?」
「艦長が学生達にお礼を申し上げたいと。そしてその対象としてアマノ二尉とカガリ・アマノも呼んでおります。私は貴方を連れていくために来た次第です……一応、私が担当なので」
「担当?」
「いえ、何でもありません。とにかく食堂に」
「え、えぇ、わかりました」
そうしてナタルと連れ立って食堂へと向かうタケル。
別段話すことも無く、少しの沈黙が流れた。
「そういえば、バジル―ル少尉。僕からもお礼を言わせてください」
「お礼? 私にですか?」
「疲れた僕に、おいしいコーヒーを淹れてくれましたから」
あの時、自責の念に囚われていたタケルに。
優しく手を伸ばし救ってくれたこと。
艦隊とも合流する今、早いうちに伝えておこうと、遠まわしにその事へタケルは感謝を告げた。
「何をそんな。貴方がこの艦の為にしてきたことに比べれば、そんな事何の足しにも」
「感謝するのに、足し算も引き算も無いと思います。僕とカガリだって、助けて助けられての繰り返しですから」
タケルの言葉に、少し呆気にとられるナタル。
お礼を言われるほど大したことはしていない。
なんなら、艦を守るために常に最前線を戦ったタケルの方がよっぽど感謝されるべきだろう。
そんなナタルの言葉を、タケルは軽く切って捨てたのだ。
「──ふっ、そうか。ならば素直にその謝辞を受け取ろう。
そして私からも言わせてもらうよ。ここまで艦を守ってくれた事、感謝している、タケル・アマノ」
「いえいえ、どういたしまして」
また一つ、互いを理解した。そんな風に小さな笑みを浮かべると、2人は改めて食堂へと足を進めた。
──肩を並べる。
その表現が相応しく、少し近しい距離だった。
いかがでしたか。
原作じゃひたすら友達想いの良い奴だったのに、なんだか微妙な扱いだったサイ君。
幸せになってくれ。
そんなお話
感想よろしくお願いします
あとサイとフレイは知らないけど、ジョージさん割とクソ野郎一歩手前だったりする
娘想いではあったけどね