機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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運命編の最初期からずっとどんな風に描こうかと思い悩んでいた展開。
難産だったけどどうぞお楽しみください。


幕間 命の色

 

 

 微重力の中で硬い靴底が艦内通路を鳴らす。

 荒々しい足取りのまま自室へと戻ると、シン・アスカはベッドにその身を投げた。

 

 

「くそっ!」

 

 

 思わず悪態を吐いた。唯々、腹立たしさが胸中に募っていく。

 自分の想いから目を背ける彼も。胸ぐらをつかんだ自分から目を逸らした彼も。

 何より、怒りの感情を抑えきれずまた爆発してしまった己が、シンは腹立たしくて堪らなかった。

 

 

 “そうやって独り善がりな正義に酔ってるあんたの気持ちなんて、俺には全く分からないね! ”

 

 

 本当は、あんな風に彼を糾弾したいわけでは無かったのだ。

 シンはただ、彼を止めるべきだと……止めなければならないと。そう感じたから彼の元へと向かった。

 

 今回の任務は間違いなく、後顧の憂いを断つという体で行われる不穏分子クライン派の排除。その先では絶対に、クライン派と縁深いエターナルやアークエンジェルが居る。となれば必然、ミネルバは彼女と戦う事になるだろう。

 

 ザフトに……ミネルバに居た、ヤヨイ・キサラギと。

 

 シン達はまだ良い。

 彼女はザフトに置いてスパイ疑惑を掛けられ脱走した人間だ。決して討つ事に抵抗が無いわけではないが、任務であり軍務である以上免罪符はある。彼女自身もまた、ヤヨイ・キサラギとしての戦いを終えサヤ・アマノとして生きる事をあの日シンとレイに宣言して見せた。戦い辛い面は大いにあるが、それでもシン達はどうにか戦う事は出来るだろう。

 

 だが彼は違う。

 彼にとっては記憶を取り戻し、サヤ・アマノとして生きている今こそが本物だ。仮初だった彼女と共に過ごしてきた自分達とは根本から違うのである。

 

 戦えるはずがない。戦って良いはずがない。

 紆余曲折を得て、漸く本当の意味で同じ時を過ごせるはずのあの兄妹が命を取り合うような……そんな悲しい定めを辿るなど、シンには許せなかった。

 偏にシンは、彼に再び失う悲しみを背負って欲しくなかったのである

 

 だと言うのに。

 

「何で……何であんな……諦めた様な顔してるんだよ」

 

 自分にぶん殴られて、仮面を剥がれた彼は。嘗ての気力に満ちていた表情を失っていた。

 オーブを焼かれた彼が今見ているのはきっと、喪ってしまった過去ばかり。一切の未来を見ていない様な、希望の無い瞳であった。

 

 大切な妹がまだ生きていて、大切な人達が沢山居て。

 世界のあちこちに自分を慕っている人が沢山居ると言うのに。

 何もかも諦めたその表情が許せなくて、シンはまた怒りの沸点を迎えてしまった。容易に振り切れてしまった。

 

 ルナマリアが通りかからなければ、きっとあのまま何度も殴りつけていた事だろう……その確信があり、シンは自戒する様に固く握りしめていた拳を開いて力を抜いた。

 

「────デスティニープラン、か」

 

 ふと、シンはその名を呟いていた。

 あれが公表されたその日、シンはルナマリアと共に彼の部屋を訪ね、その詳細を聞いている。

 

 

 遺伝子が齎す人類の可能性。それを読み取り、紐解き、誰もが正しく生きる事ができる世界を目指す。

 

 

 シン・アスカはデュランダル議長によって見出された、遺伝子の可能性を体現する存在なのだと。

 議長が調べた限りでは、シンの遺伝子に調整された箇所が見受けられるのは免疫部分のみ。プラントのコーディネーターの様に、外見や能力に至るまで細部に調整が加えられた形跡は無いと言う。

 にも関わらず、その遺伝子に秘められた能力は可能性の塊。想定するあらゆるコーディネートを施された人間と同格らしい。

 ザフトのアカデミーではそこまで成績が良かったわけでもない自分が何の冗談だと思ったものだが、議長からデスティニーを任された事。そしてこれまで上げて来た戦果を考えれば、実証済みだと言われていた。

 何より、遺伝子的究極の相性だと言われたヤヨイ・キサラギに感じた、戦闘中の強い親和性は、遺伝子が齎す未来を肯定するには十分な実感をシンに与えていた。

 

 だが、実感はあれど納得は出来ていない。

 

「本当にそれで、平和になるのかよ」

 

 シンは未だ懐疑的であった。

 ロゴスを討ち、世界に争いを齎す存在は潰えた。残る残党勢力を叩けば、世界は十分に平和の道を歩めるのではないか。

 わざわざ世界に反発を生むようなプランの公表と、急進的な導入実行は、タケルとデュランダルがいっそ反発をあえて引き起こしている様にも思える。

 そう考えると、何だかすんなりと受け入れがたい話の様な気がした。

 

 

「────シン、居る?」

 

 

 ふと飛び込んでくる少女の声。シンはハッとして顔を上げる。

 

「ルナ……あぁ、居るよ。開いてる」

「失礼するわね」

 

 先程あんなやり取りをしただけに少し顔を合わせづらいが、身体を起こして入室してくるルナマリアを迎える。

 

「──何、ルナ?」

「いや、その……」

 

 入室してきたのは良いものの、そこから先の動きが無いルナマリアに、シンは少しだけ淡白に問いかけた。

 対するルナマリアは妙に気まずそうに視線を泳がせてみせる。

 

「ルナ?」

「その……さっきは、ゴメン」

「え?」

 

 突然の謝罪に、シンは困惑した。

 察するに先程のやり取りでの事だとは思うが、シンにはルナマリアに謝られるような覚えは無かった。

 

「隊長に聞いたけど……自分が悪かっただけだ。シンは何も悪くないよって。私、何も考えずにまたシンが隊長に突っかかってるのだとばっかり思っちゃって────だから、ゴメン」

 

 小さく頭が下げられワインレッドの髪が揺れる。

 シンは一瞬何を言われているのかと呆気にとれられるも、次いで小さく溜め息を溢した。

 

「──はぁ、なんだ。そんな事か」

「ちょっとぉ、人が丁寧に頭下げてるのに溜め息まで吐いちゃって、何よそれ」

「あぁ違うよ。この溜め息はルナに向けてじゃない」

「どういう事?」

 

 沸々と湧いて来る面白くない感情にどうにか蓋をして、シンは口を開いた。

 

「結局またそれだ────自分が悪かった。自分が我慢すれば良いって。

 本当はルナの言う通りで、俺が勝手にキレて突っかかっただけなのに。結局あの人は、そうやって自分のせいにばかり……俺には未だ、自分の責任すら取らせてくれやしないわけだ」

 

 どんな理由であろうと、キレて手を出したのは自分だ。そこに免罪の余地は無い。ましてやキレた理由は個人的なところが大きい。

 ルナマリアが見たままにタリアへと報告していれば、今は同じFAITHの立場だとしても懲罰ものである。

 そんな、己のしでかした事すら勝手に自分の責にしてしまうタケルに、シンは再び怒りを覚えた。

 

「へぇ、反省してるんだ?」

「当たり前だろ……俺はもう、ヤヨイを討った時の様な過ちは繰り返さないって決めたんだ。それなのに俺、また怒りに我を忘れて手を出しちゃって」

 

 そもそもがあんなことをする腹積もりでは無かったのだ。シンはただ、彼と彼の妹が討ちあう様な事態になって欲しくなかった。 彼に大切な人を討って欲しくなかったのである。

 だがふたを開けてみれば、怒りの感情に任せて拳を振るった。未だ抑えられぬ感情に、シンは辟易する想いであった。

 

「でも、シンがあんな風に怒っていたのだって、理由があるんでしょ?」

「それは……勿論あるけど」

「決めつけちゃった私が言うのもあれだけど……シンにとって譲れない事だったのなら、怒るのも仕方ないんじゃないの?」

「仕方ない?」

「許せなかったんでしょ? 隊長の事が」

 

 見透かしたようなルナマリアの言葉に、シンは押し黙った。

 許せない────それはそうだ。大切な家族を全て失い、天涯孤独となったシンからすれば、大切な人達に背を向け更には敵対しようとするタケルの姿勢は許せるものではない。

 あの諦めた様な表情を見れば猶更である。

 

 本当はそんなことを望んでいない。出来るのなら大切な人達の元へと帰りたい────それが彼の心の底からの本音だとわかるのだ。

 

「でもね、シン……」

「ん?」

「分かってあげて。今のあの人は……きっと本当に余裕がないの。ダイダロスでユリスが言ってたでしょ。隊長は既に、オーブでの居場所を失ってるって」

「あっ、そう言えば」

「多分、ザフトに居た事でオーブを追われて、それでも守る為に動き続けて……でもその結果、守りたかったはずの国は焼かれ全てを失ってしまった。

 あの人があれ程までに余裕が無いのは、それだけデスティニープランによる平和を求めている証拠だと思うわ」

 

 ルナマリアは荒れるシンの心を落ち着かせるように、努めて慮る声音でシンへと語り掛けた。

 

「あんな人だもの。きっと自分がプラントに渡らず国元に居たなら、オーブは守れたと思ってるはずよ────あの光景は、自分のせいだって」

 

 ハッとして、シンは表情を変えた。

 自分の気持ちが分かるのかと吠えた少し前の自分を思い出して、シンは胸にとげが刺さったように小さく痛みを覚えた。

 

 同じなどと烏滸がましい────彼と自分が同じなものかと、今度は逆の意味でシンは唸る。

 既に失った自分と、まだ失っていない彼。その認識が間違いだったのだ。

 何も知らず突如失った自分に対して、彼はその身を全て費やして、守るべきものを守ろうと戦い続けて来た。

 2年前も今回も、全ての戦いの結果があれなのだ。

 

 確かに自分は失った……失っただけだ。

 しかし彼は、失っただけではない。守れなかったのだ。

 

 その苦悩が、今のシンにはよくわかった。

 弱い自分。無力な自分。守れない自分に、シンも散々思い悩んで来たのだから。

 仮にもし、自分の力が及ばずミネルバが墜とされ、ルナマリアが死ぬ様な事にでもなれば……今の自分は、これ程余裕で居られただろうか。シンは、静かに自問した。

 

 否だ。恐らくは彼よりもっと悲惨な事に。それこそ誰彼構わず当たり散らして自暴自棄になっていてもおかしくない。

 自身のこれまでを否定される様な結果に、耐えられるわけがない。

 

「────そっか、隊長は守りたかったのに、守れなかったんだ」

「うん。だから失う前だった以前のあの人と違うのは当然と言えば当然よ。メイリンだってそれに気づいてるみたいだし」

「メイリン?」

 

 思わぬところで思わぬ名前が出て来て、シンは疑問符を浮かべた。

 戻ってきた彼と共に、今はコンクルーダーズの一員としてミネルバに乗艦していたのは知っていたし、再会した時にはシンも彼女へ素直におかえりと言えた。

 ちなみにこの時、そんな素直な少年に面白くない顔をしたルナマリアが居た事を記しておこう。やはりこの少年は妹派であったということだ。

 

 戻ってきた彼女はどこか垢抜けたと言うか、大人びたと言うか。芯が1つ通ってしっかりとした印象を受け、淡々と仕事をしている姿を見たシンは呆気にとられたものである。

 

「シンも知ってるでしょ。あの子、隊長にもうどっぷり。

 昨日私の部屋でこれまでの事を聞きだしたんだけどね……まぁ何て言うか、覚悟決まっちゃってるわもう」

「覚悟?」

「あの人を助けるために何でもするつもりだって。パイロットでもないのにもう戦士の顔になっちゃって、びっくりよホント」

「な、何があったんだよ一体……」

 

 苦笑いをこぼすシンへ肩を竦めて、ルナマリアはご想像にお任せすると言う風に、少しおどけて見せた。

 

「まぁ、元々好きだった人なわけだしね。その人があんな状態じゃ、尽くしたくもなるって事じゃない? あの子、そういう献身的な所あるし」

「でも隊長って確かオーブに」

「そうよ。結婚はしてないけど婚約者がいる。アスハ代表公認でね。でもあの子、報われるためにしてるわけじゃないから! って、それはもう凄い剣幕なの」

「へ~、あのメイリンが」

 

 シンは意外そうに感嘆の声を漏らした。

 シンが知る限り、メイリン・ホークは引っ込み思案な面があり、直ぐ姉であるルナマリアの後ろに隠れる様な女の子だった。流されやすく、我を出さないで周りに合わせてしまうタイプだ。

 それが、彼女とは対称的であった姉のルナマリアですら驚くほどの我が強い一面を見せたと言うのだ。

 

「良くも悪くも、あの人と一緒に居て変わっちゃったみたい。んで、今は絶賛隊長の機体を弄ってるみたいよ」

「はぁ? メイリンがMSを?」

「これもまたあの人と一緒に居る内にMSの調整とか仕込まれちゃったみたいでね……何だろ、こうやって見るとあの人に黒い感情が芽生えてくるわね」

 

 言うなれば何も知らない無垢だった大切な妹がいつの間にか、どこの誰とも知らぬ男に染上げられていた様な感覚だ。

 実際にはどこの誰とも知らぬ男ではないし、何ならルナマリアとて一時は好意を覚えていた相手ではあるが、しかし大切な妹が彼好みに好き放題染められると言うのも姉としては看過できない話であった。

 

「──うん、ちょっと私も殴って来る」

「ちょっ、待てってルナ! 早まるなって! って言うか私もって言うなよ。俺は別に殴りたくて殴ったわけじゃ」

「大切な妹が穢されたのよ! 姉として黙っていられないわ!」

「お、落ち着けってルナ!! メイリンは別に穢されたわけでもないだろ!」

「いや絶対に手籠めにされてる! 傷心の自分を癒してくれとか言って迫ったに違いないわ!」

「隊長はそんな人じゃないって! あ~もう、急にボケるなよもう!」

 

 

 それからしばらく、ポンコツになったルナマリアと柄にもなく抑え役に回るシンの戦いは続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「適当に座って頂戴」

 

 

 レイが案内されたのはミネルバの見慣れた室内。復隊後にコンクルーダーズの一員として改めて乗り込んだメイリンと、ユリス・ラングベルトが宛がわれている2人部屋であった。

 ちなみにメイリンはユリスとの2人部屋に最後まで抵抗したが、姉からのアイアンクローの後に、タケルから密かにユリスをちゃんと言い聞かせておくと耳打ちされた事で渋々ではあるが了承した。想い人からの耳打ちにちょっとだけ浮かれ気分だったのは内緒である。ちょろい。

 それはさておき、何故2人がこうしてここに来たのかと言えば。

 

 

 “あなた……ラウとどんな関係なのかしら? ”

 

 

 と、ナイフの様に鋭さを持った声音でユリスがレイに問いかけた話をするためである。

 珍しく……本当に珍しい事に、ユリスは余り聞かれたくない内容だろうと気を遣って場所を自室へと移したのだ。

 不意にメイリンが帰ってきても良いように、ドアも施錠して対策は完璧である。

 

「それで? 貴方とラウはどんな関係なのよ?」

 

 変わらずの鋭い声音で問われた。

 

 ラウ────つまりは、ラウ・ル・クルーゼ。

 それはレイにとって大切な名前であり、大切な存在だ。幼い頃、孤児であった自らを引きとり育ててくれた、父とも兄とも言える。

 何より、先日ディオキアにてデュランダルより聞かされた真実を鑑みれば、家族と言う間柄をも超える。

 

 

 レイ・ザ・バレルは、ラウ・ル・クルーゼの遺伝子を元として生み出された、クローン体であると言う事。

 

 

 レイにとってラウは、親とも兄とも言えない。あえて言い表すのならタケルやユリスと同じ同位体と言うのが正しい。

 彼等と同じく、遺伝子を明確に同じとする間柄であった。

 

「────何故、そんな事を聞く?」

 

 変わらずの冷たい声音で切り込んでくるユリスに、レイはやっとの想いで返した。

 

「似すぎているのよ。貴方とラウは。顔、声、雰囲気…………ついでに言えばMS戦闘における能力までね。兄さん以外にあれだけドラグーンを使えるのがどれだけいるか……私が知る限りではラウだけよ」

「レジェンドのドラグーンは新世代の兵装だ。誰でもある程度は使いこなせる」

「バカにしないでくれる? 貴方の戦闘レベルはその程度に収まらないと言っているの。少なくとも、2年前に一緒に戦った私に彼を感じさせるだけの実力が貴方にはあるわ」

 

 先のアルザッヘルでの戦いにおいてユリスはレジェンドを駆るレイに、共に並んで戦った在りし日のラウを感じた。

 彼と共に並んで戦ったのはたったの一度。それも示し合わせたわけでは無く、たまたまタケルと戦っていたユリスと、キラと戦っていたラウがかち合っただけの偶然で巡り合わせた産物だ。

 それでも、そのたった一度でユリスの記憶に鮮明に刻まれるだけの強さが、ラウ・ル・クルーゼにはあった。

 猛進していくユリスを的確に援護するだけに留まらず、次々と光の雨を降り注がせ、キラとタケルを追い詰めていく。

 タケルが扱うシロガネのドラグーンが鋭く早い印象であるなら、彼が駆るドラグーンは巧みで上手いと言う感じだ。

 プロヴィデンスとレジェンドの性能差と言う部分もある事だろうが、しかしそれだけでできる芸当なわけもない。

 ユリスはそこに、レイとラウの繋がりを感じ取っていた。

 

「見た目から能力まで似通ってて、何も関係ないわけが無いでしょう?」

「それを何故貴方に話さなければならない」

「私が知りたいから。他に理由が居る?」

「その程度でおいそれと話すことはできないな」

 

 タケルに窘められて引き下がったものの、レイはまだユリスを信頼できる味方だとは認めていない。

 レイは己の出生とラウとの関係性を、十分に大切な仲間となっているシンやルナマリアにも明かす予定は無かった。

 無論、まるで信用のおいていない彼女に明かすはずがない。

 

「じゃあ私は唯一…………ではないかしら。でも、数少ない彼の特別な存在だったわ。これじゃダメかしら?」

 

 特別な存在────具体性の薄い言葉に、レイは怪訝な顔を見せた。

 

「そんな顔しなくてもちゃんと説明するわよ。そうね、あれは今から3年、いや4年ま──」

「変なボケは入れなくていい。掻い摘んで説明しろ」

「せっかちね。はいはいわかったわよ…………まぁ始まりはホントよ。あれは3年前、まだ連合で良いように使われていた私は戦場で彼に出会ったの」

 

 その嘗ての日を思い出しているのだろうか。随分と穏やかな声と表情で、ユリスは語りだした。

 

「紆余曲折は省くけど、私とラウは戦場で意気投合したわ。このクソッたれな世界に絶望する者同士でね」

「世界に絶望する者同士?」

「貴方もラウと関係があるのなら知ってるんでしょ。ラウがどのようにしてこの世界に生を受けたのかを」

 

 問いかけられたレイは、顔を顰めながら小さく頷いた。

 ラウ・ル・クルーゼの出生の秘密。それはよく知っている。と言うよりは、レイの出生にそのまま関わってくる以上知らぬわけはない。

 同時に、それを知っていると言う事実はラウにとってユリス・ラングベルトがどんな存在だったかを示す傍証であった。

 彼の秘密は、彼の唯一と言える友人だったデュランダルと自分しか知らない事なのだ。

 

「貴方は、ラウから聞いたのか?」

「そうね…………私達は同志だったから」

 

 これまでに見てきた傍若無人で苛烈な彼女はなりを潜め、静かで懐かしむ声音でユリスは呟いた。

 似合わぬ姿にレイは毒気を抜かれ、また彼女の気配にラウを悼む気配を垣間見る。

 

 同志────彼女のその言葉に載せられた意味と想いが、ラウの事をよく知るレイにも読み取れず。僅かに心がささくれるが、次いで胸の内には死した彼を想うものがまだこの世界にいる事に微かな喜びを感じ取っていた。

 

「俺はギル…………議長からラウの事を聞かされた」

「議長さんから? ふぅん、じゃあ彼がぼっちだったラウの唯一の友人だったわけね」

 

 ラウとデュランダル。どちらにも失礼な物言いにレイは顔を顰めるがその機微にすらユリスが嘲りを見せてきそうで、レイは出かかった文句の言葉を飲み込んだ。

 

「それで、世界に絶望する者同士とはどう言うことだ?」

「そのまんまよ。このクソッタレな世界で、私もラウも愚かな人間達の業の下産み落とされた歪な存在。その上まともに生きることすら許されなかった。世界に絶望するには十分でしょ? 

 一方的に聞き出すのはフェアじゃないから私の事も教えてあげるわ────私と兄さんは双子じゃない。人工子宮による最高のコーディネーターなんて夢を追いかけた愚か者によって受精卵段階で複製されたクローン体。コロニーメンデルで行われていた実験における、最後期の被験体が私達よ」

 

 彼女の発言に、レイは2度目の驚愕で顔を染めた。

 

「貴方とクルースが、クローン体だと」

「私達だけじゃないわ。私の被験体Noは284────つまり同じ存在がそれだけの数造られ、実験の犠牲になったわけよ」

「そんな数を…………」

「人体実験だもの。それもまだ生まれる前の赤子を用いたね。被験体の確保を考えれば不思議じゃないでしょ────どう? 貴方が抱える話の対価にはなったかしら?」

 

 対価になるならないの話ではない。今のは彼女にとって、容易く語れる事実では無い筈だろうとレイは思った。

 無論、一緒に名前が出て来たタケルについても同様。

 示された事実はレイの頑なにしていた事実を明かすには十分な内容であった。

 

「わかった……図らずもクルースの事を聞いてしまった俺に、拒否する権利はないだろう」

「ふふ、流石は兄さんね。慕われている分、よく効いてくれる」

「そうだな。少なくとも貴方の為ではない。どうせ彼には貴方から話すのだろう? だからだ」

 

 皮肉気味に返しながら、レイはまんまと乗せられた事に歯噛みした。

 そうして一度目を閉じ、胸の内を落ち着けてから、静かにレイは語りだす。

 

「お前が知りたがる俺についても概ね同じだ────俺は彼の……ラウを元に生み出された」

 

 早速の聞き捨てならない事実に、ユリスは眉を顰めた。

 

「へぇ……って事は、アル・ダ・フラガは更に己の愚行を追加したってわけ?」

 

 クローンとは言え、ホイホイ簡単に作れるものではない。

 元の細胞から生み出されるのは当然の事だが、その培養と生育には十分な時間を要する。

 本来10年を超えてゆっくり成長していく人間を複製するには、その作成期間にもある程度の長い期間が必要だ。

 既に大人となっていたラウと、未だ少年のままのレイを見ればそれなりの年齢差が浮かんでくる。ラウを元に生み出されたと言うのは概ね納得のできる内容である。

 

「ラウが生み出されてから直ぐ……彼が失敗だと知ったアル・ダ・フラガはそれでも己の寿命を諦める事は出来なかった。

 そこでラウの細胞を元にテロメアの再生を図って生み出されたのが俺だ────結局、彼の願いは叶わなかったがな」

 

 呆れた様な声音で小さく笑う例に、ユリスは更に表情を顰めて見せた。

 本当に、救いのない男だと、内心でアルに侮蔑を送った。

 残り少ない寿命を諦められずラウを生み出し、彼が望んだ存在でないと分かるや次なる希望……否、業と欲望のままに、レイと言う存在を生み出した。

 どちらも生命の理に反した、歪な方法で。

 どこまでも傲慢で、どこまでも愚かな男である。

 

「レイ・ザ・バレル……それじゃあ貴方ももしかして」

「あぁ、テロメアは短い。一応実験はある程度成功を見ていたのかラウ程ではないが……それでも俺の残る寿命は精々後10年足らずだ」

「それならもう少し上手くいけばアル・ダ・フラガの願いは叶ったんじゃないの?」

「寿命を迎える前に彼は死んでしまったからな。同時に計画も実験も終わった。成功しようと失敗しようと、彼の運命は変わらなかったさ」

「あぁ、そうだったわね」

 

 2年前で、ラウの残された時間は数年に満たないものであったことを考えれば、2年経った今で残り5年と言うのはテロメアの再生を考えれば成功と言える。

 恐らく当時のアル・ダ・フラガはレイを生み出した結果に狂喜したことだろう。

 そして、その喜びの裏で自らが生み出した憎悪と絶望(ラウ・ル・クルーゼ)によって殺されたのだ。正しく因果応報と言える。

 

「そういう訳だ、ユリス・ラングベルト。俺は彼を元に生み出された存在。似ているのも、俺に彼を感じるのも当然だ。俺はもう1人のラウ・ル・クルーゼなんだからな」

「はぁ?」

 

 瞬間、レイは室内の空気が変わった事を感じ取った。

 文字にするならぐりん、と言った感じで鋭い視線のまま目をレイへと向けるユリス。瞬間的に何か地雷を踏んだ気配を察して、レイは僅かに身を強張らせた。

 

「────あんた、何言ってんの?」

「だから、俺と彼は同じ人間だと──」

 

 言葉は続かなかった。

 レイが座っている目の前の机に、ユリスは怒りに任せて手を叩きつける。

 睨みを利かせて、ユリスはレイを見下ろしていた。

 

「訂正しなさい。貴方はラウではないわ」

「俺が言った事は理解して居るはずだ。俺はラウの遺伝子を元に生み出されたクローン体。否定も訂正もするつもりはない」

 

 怒りの形相から一転。ユリスは呆れたようにため息を吐いて見せた。

 その態度に、今度は逆にレイが視線を鋭くさせる。

 

「気に喰わないな。遺伝子まで同じ俺がラウだと納得がいかないか?」

「わっかんないわねあんた。今あんたの目の前に居るのは誰よ?」

「何?」

 

 自身に親指を向けて自分の事を示すユリス。レイは僅かに呆気にとられた。

 

「さっき言ったわよね。私と兄さんは受精卵クローン。ラウとあんたが同じように、遺伝子に至るまで同じ存在よ────さて、もう一回聞くけど今あんたの目の前に居るのは誰?」

 

 ユリスが言わんとしている事を理解し、レイは次の言葉が出てこなかった。

 

 同じ遺伝子の存在。もう1人のラウ。

 己の出生を知ったレイは、ラウ・ル・クルーゼと自分を同一視して捉えていた。

 

 “ラウはもう居ない────だが、君もラウだ”

 

 想い出されるのはレイが最も信頼を寄せる彼の言葉。

 ラウが居なくなったことを伝えたギルバート・デュランダルは、彼等の事実を鑑みてレイにそう伝えた。

 そこに何らかの私意があったのかは定かではないが、結果としてレイは、自身にラウを重ねる様に成っていった。

 

 しかし、そんな考えをユリスは真っ向から叩き伏せて見せる。

 

「私はユリス・ラングベルトよ。そして兄さんはタケル・アマノ。私達2人を同じ人間だなんて言わないで頂戴。あんな泣き虫野郎と同じだ何て虫唾が走るわ」

「ひ、酷い言われ様だな」

「大体私達は被検体の中でも最後期なのよ。あんたの理論で言うなら私と兄さんは一番最初の被検体と同じになるじゃないの。まともに生まれたかどうかすら怪しい最初の被検体のね。あぁやだやだ、想像したら今度は怖気が走るわ」

 

 人工子宮の実験の最初期……となれば、まともな人の形をしていたのかすらも怪しい。想像して、ユリスは己の身を抱いて震わせた。

 

 清々しい程に自身と同じ遺伝子の者達を侮辱する物言いに、レイは呆れを通り越して渇いた笑みを浮かべる。

 豪胆と言うかなんというか。彼女にまともな倫理観を求めるべきでは無かったのかもしれないと思い始めた。

 

「それで。私の事だけでも納得いかないのに、あんたの理論だと突き詰めればラウもあんたもアル・ダ・フラガと同じ存在になるわけ。わかる? 勝手にラウとあの愚者を同一にしないで頂戴。私にとってラウはラウだし、あのクソったれはクソッたれなままよ。

 勿論、あんたはあんた。レイ・ザ・バレル以外に有り得ないわ」

 

 あっ、と小さく呆けて、レイは気が付かされた。自身とラウを同一視するその考えの中途半端さに。

 遺伝子上は全くの同じであるアルとラウとレイ。事実を知ったレイは己の中にラウを重ねたが、アルの事はまるで頭に無かった。

 ユリスが言う様に、遺伝子が同じ存在を同じ人間だと言うのであれば、ラウもレイも、元となったアルと同一視するべきだ。

 しかし、そんな気は起きない。レイとしても、己の寿命を金で買おうとした愚か者と言う見解は同じであるし、その上勝手に生み出しておきながらラウを見限り、浅ましくもテロメアの再生を見込んでレイまで生み出した人間だ。

 レイとしても、彼と同一視されるのは決して気持ちの良い話では無かった。

 それを否定する以上、自身とラウを同一視するのもおかしな話だと、レイは思い至る。

 

「良く聞きなさい。私にとってラウは特別なの。私の内に深く刻まれた特別な存在よ。今は共に歩んでいる兄さんにだって代わりは務まらないし、あんただって違う。私の前でラウを騙るなんて、許されない事と覚えておきなさい」

「────あぁ、肝に銘じておこう」

 

 どこか、憑き物が落ちた様な面持ちでレイは応えた。

 

 知らず己に重ねていたラウ・ル・クルーゼと言う存在。

 自分の出自を知り、彼の生き様を知り。レイもまた彼と同じように、今あるこの世界が救い様のない愚かなものだと考えるようになっていた。

 その結果、デュランダルのデスティニープランによる世界の変革を望み、二度と自分やラウの様な存在が生まれない様にと願った。

 

 しかし、そうして自分とラウを重ねる様な事が、他ならぬ彼に対する大きな侮辱だと、ユリス・ラングベルトは言った。

 遠慮も気遣いもない。真正面から叩き伏せる様な論理と共に。ユリスはラウとレイの繋がりを否定して見せたのだ。

 

 

「そうか……俺は随分と」

 

 

 ────彼に縛られて生きていたのだな。

 

 

 呟かれた言葉は、レイの心に静かに沁み入っていくのであった。

 

 

 

 




『その命はあんたよ。彼じゃない』

ユリスネキ良い仕事してくれる。
デュランダルとしては遺伝子こそがその人間を決定する要素として捉えているため、レイに対してラウだと告げるも、ユリスからすれば知った事かと言う感じ。
自分とタケルは違うし、ラウとレイも違う。はっきりとそう告げてくれる彼女に、レイは何を想うのか。

次回から戦闘モード。それを皮切りに最終決戦へと向かっていく流れです。


感想よろしくお願いします。


この組み合わせ気持ち良すぎだろ!!

  • タケル&ユリス
  • キラ&アスラン
  • シン&サヤ
  • イザーク&ディアッカ
  • ミゲル&ハイネ
  • タケル&キラ(SEED編より
  • ラウ&ユリス(SEED編より
  • アサギ&マユラ&ジュリ
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