プラント・アーモリーワン工廠区画。
周囲の喧騒に負けぬ声が飛び交う中、作業服を着こんでMSの調整を行う男が1人。
山吹色の髪。蒼穹を思わせる瞳。周囲に居る整備士達と比較すればやや小さい体躯────ご存知タケル・アマノである。
嘗ての階級はオーブ国防軍三佐。現在はクルース・ラウラの名前で、ザフト特務隊FAITHに名を連ね、議長直轄の特殊戦術機動部隊コンクルーダーズを任されている。
しかし、そんな肩書など微塵も感じさせない作業服でMSを弄っている辺り、やはりこの男の本質は変わらない様だ。
と言うか、こんな所で肩書に似つかわしくない作業をしていて良いのかと疑問がわく所だろう────だがそこは問題ない。
コンクルーダーズの部隊としての稼動準備は、プラント本国で母艦であるフォルトゥナの艦長となったナタルに一任しているからだ。
これもまた異常な事態ではあるが、先のフォルトゥナのお披露目の折に、ナタル・バジル―ルは自らザフトへと志願。タケルの傍に居ると言う身勝手な志願理由ではあったが、ギルバート・デュランダルもこれをまさかの快諾。とんとん拍子でナタルのコンクルーダーズ入りが決まった。
恐らくは彼女の来歴が既に調べ尽くされていたのだろう。不沈艦アークエンジェルを支えた立役者であり、先の大戦末期には同型艦ドミニオンの艦長として最後まで戦い抜いたナタルの活躍を取り出したデュランダルからは、否の声が挙がらなかった。
これからフォルトゥナの運用クルーを集めようと言う時に、彼女の志願は正に渡りに船と言う所だ。
無論、タケルは断固反対の意思を示したのだが……徹底抗戦の構えを見せたタケルについては、ナタルが2人きりとなったところで実力行使で黙らせたらしい。
ナニがどうしてどうなって黙らせたのかは、神のみぞ知ると言う所だ。
そんなこんなでコンクルーダーズとフォルトゥナの運用準備に追われる中、タケルにはユリスから齎された朗報と悲報が舞い込んでくる。
ステラ達エクステンデッドの完治及びザフトへの参入である。
身体が完治したところで、結局のところ彼等はエクステンデッド。戦う事しか知らない者達である。
そして自分達を助けてくれたタケルとユリスが戦う力を欲しているのなら、彼等にとって是非もない話だ。ならば共に戦わせろと、彼等もザフト入りを決めたのだ。
そうすれば当然ながら、彼等の役割はMSのパイロットである。
結果,事の次第を聞いたタケルは技術者としてアーモリーワンへと詰める事となったのだ。
目前には大きな戦いが控えている────それに向けた戦力確保の一巻としてステラ達の機体の開発及び調整を任されていた。
「ラウラ隊長!」
1人の技師に呼ばれ、タケルは機体から降りて声の出所へと向かった。
待っていたのは、この作業場の主任技術者である。
「作業は終わりましたか?」
「はい、アビスもガイアもカオスも……全機、機体の方は仕上がりました」
「そうですか、ありがとうございます。残りはこちらに任せてください。
あぁそれと、工廠の管理室に差し入れを用意してあるとの事です。ここの所、技師の皆さんには無理をさせましたから…………本国に居る議長からの計らいだそうです。皆で分けて食べてください」
「それはありがとうございます。議長にも感謝をお伝えください」
「えぇ、伝えておきます」
「それでは」
離れていく背中を見送ってから、タケルは工廠のハンガーに並ぶ3機を見つめた。
水色と深い青を基調とした機体、ZGMF-X31Sアビス。
濃淡の緑色を基調とした機体、ZGMF-X24Sカオス。
黒を基調とした機体、ZGMF-X88Sガイア。
セカンドステージの機体としてここアーモリーワンで開発され、ファントムペインによって一度は強奪された3機がそこに並んでいた。
嘗てのそれらとは僅かに赴きが違う────見るものが見れば違和感を覚えるそれにタケルも気がついて目を細める。
特に大きな違いはバックパックだ。余計なものを取っ払った、妙にすっきりとしたデザインに簡略化されていた。
これら3機は一度は奪われ失われたものであり、型式番号こそ同じだが、とある計画の為に再製造されリニューアルされたものなのだ。
「まさか、以前ミネルバに居た時に提出した計画が採用されているとはね」
嘗ての光景を思い出して、タケルは小さく笑った。
そう、タケルはこの変化の理由を知っている。
まだミネルバで、MS隊の隊長を務めていた時の事だ。
きっかけはインド洋での戦いの後、シンとの乗り換えでインパルスを任されたルナマリアのひょんな一言からだった。
『う~ん……隊長、インパルスってもしかして、ミネルバが居なかったら何もできなくないですか?』
インパルスの運用を頭に叩き込んでいる最中、ルナマリアがふと疑問を呈した。
母艦との運用を前提としたインパルスシステム────それを使いこなすのなら、MS単体としての戦いの他にも様々な知見が必要だ。
良く理解しておけば取れる選択肢は増える。運用の幅が大きく広がる一方で、理解が浅ければインパルスは唯の高性能機にしかならない。
それを理解させるための講義中での事である。
『それはそうだ。ミネルバとの連携によってどんな戦場でも柔軟に戦うのがコンセプトの機体だからな』
『でも、装備変えるのにいちいちメイリンに要請するのも手間な気が。その都度ミネルバの近くに帰還しなきゃだし……エネルギー充填の為にデュートリオンも受けなきゃですし』
『そうだな……画期的ではあるが、何かと不便なのは私も思う所だ。
その点、連合のストライクは優秀だった。バッテリーがバックパックに備えられていたからストライカーの交換でエネルギー問題は解決したし、戦闘機のスカイグラスパーにストライカーを載せる事で母艦から離れても換装は容易だった』
『むぅ~、それならインパルスもそう言う形にすれば良かったじゃないですかぁ』
『私に言っても仕方ないだろう。それにザフトは戦闘機やMAの類はほとんど開発していない。どの道無理じゃないか?』
『別に、ザクとかにシルエット載せても良いじゃないですか?』
『バカを言うな。シルエットの運用の為だけにザクに余計な物を背負わせてどうする。
大体スカイグラスパーだって、ストライカーの戦域内換装は緊急時が殆ど。元々は余っているストライカーでスカイグラスパーの戦闘能力を底上げするのが目的で──』
ここまで来て、タケルの脳裏に電流が走った。
そう、スカイグラスパーはあくまで単騎での戦闘能力を底上げする為にストライカーを積んでいたに過ぎない。ストライクへの緊急換装はおまけである。
結果ストライクも、基本的には発進ごとに装備を換装するだけの、
インパルスの様に
ならばもし、スカイグラスパーの様にMS単体としての機能性を十分に持ちながら、シルエットの運用と着脱を可能とする機体があれば……ミネルバとの連携が前提であったインパルスの不便は消える。
『小隊編成でのシルエットの運用……可能か? 基礎設計を同じとした所謂量産型にシルエットを載せて戦域での即時換装。インパルスを中心において流動的にシルエットを使いまわし、フレキシブルに戦況に合わせる。
ミネルバとの運用だと基本的にシルエットの換装は一回こっきりだ。換装と同時にパージされたシルエットは用済みとなる。だが、その受け手が傍に居るのなら、状況に応じてもっと母艦を介さずもっと即時的に換装が可能だ。これなら、インパルスの汎用性はさらに──』
『あの~、隊長?』
『すまないルナマリア。少しやりたいことができた』
『えっ、あっ、隊長! 講義は────んもぅ!』
そうして、憤慨するルナマリアを置いて講義を切り上げたタケルは自室へと籠り、“インパルス小隊運用計画”なるものを立案。
これをタリアへと提出する事となった。
この時はまだデスティニーの存在も知らない為、本来はシンが更にインパルスを使いこなすための新たな運用計画として立案したものであったが、巡り巡って事の発端であるルナマリアが扱う様になるとは、タケル自身夢にも思わなかった事である。
「正式名称はアビスインパルス、カオスインパルス、ガイアインパルス……それぞれ元の機体の性能は踏襲しつつ、シルエットの着脱を可能に。インパルスを中心とした小隊編成運用を前提とした支援サポートMS群…………か」
タケルとしては、技術者魂に火が付いたゆえの暴走が齎した産物であった。
それがいつの間にか水面下で進んでいて今に至る。
機体の大部分はそのままである為、これらはスティング達が扱うにも相応しい機体であろう。
後はタケルが機体とシルエットの同調システムから、小隊内で運用するのに必要なリンクシステム等を叩き込むだけである。
「うん、今日中には終われそうだね。となると問題は……あっちかなぁ」
思わず、タケルは虚空を見つめて憂いの表情を浮かべた。
インパルス小隊────そして、その支援サポートMSを駆るのが彼等である以上、そこにはどうしても越えなければならない問題があった。
「アウルとスティングは大丈夫だろうけど…………ステラはきっと」
タケルの脳裏に過る不安は、きっと恐らく────的中していた。
「いやっ!!」
ミネルバのレクリエーションルームにて、悲痛な叫びが木霊する。
声の主はステラ・ルーシェ。普段は物静かな少女が見せる本気の叫びに、彼女の事を良く知らない者達は困惑していた。
「ステラ、お願いよ。必要な事なの。聞き分けて頂戴」
「いやぁっ!」
あの悪鬼羅刹を思わせるユリス・ラングベルトが、ほとほと困ったような顔をみせて、眉をしかめる。
一体全体何故こんな事になっているのか。
それは、ユリスやタケルの為に自分達も戦うと申し入れてザフトに組み込まれた彼等が、ミネルバの配属となったからである。
ステラはこれを、タケルとユリスから見放されると捉えて拒絶────今に至るという訳だ。
タケルが懸念した様に、インパルスを中心とした小隊編成を前提とする以上、ステラ達はミネルバに配属させる必要があった。
フォルトゥナはコンクルーダーズの機体で一杯になるし、ミネルバは直近でシンとデスティニーを失った事で戦力が不足している。
彼等の配属は、ミネルバにとっても大いに助かる話である。
そうして、配属の顔合わせの為にやってきた彼等であったが、ステラがご覧のありさまとなってしまった。
スティングとアウルはまだ状況を理解して呑み込むことができたが、彼女だけは素直に頷く事が出来ないでいるのだ。
「うぅ……うぅううう」
「えっと、ステラ……ちゃん?」
涙交じりにユリスの腕にしがみついて、対面にいるルナマリアを拒絶する様にステラは睨みつける。
ルナマリア自身には全く非が無いのだが、こんな事態に何とも居心地が悪い気持ちであった。
「あ、あはは……私そんなにおっかない顔してるかしら?」
「まぁ、偶にな」
「いやそこは否定しなさいよ、レイ」
拳を握りわなわなと奮えるルナマリア。そう言うところだぞ、とレイは胸中でツッコみながら肩をすくめる。
それが原因かは分からないが、ステラはより一層警戒を露わにしてユリスの後ろへと隠れてしまった。
「やれやれ……このままでは話が進まんな。
ユリスの面白い姿も見れた事だし、俺も助け舟を出すとしよう」
いつもならズバズバと全てを折り砕いて従わせる様なユリスが、身内にはとんと甘いと言う事が分かり、レイは小さく嘲った。
何とかしてくれないかと目で訴えて来るユリスを流し見てから、レイはできるだけ音をたてないようにステラへと近づいていく。
警戒を深くさせない…………手が届かぬギリギリの絶妙な距離感をとって、レイはステラへと目を合わせてから口を開いた。
「ステラ・ルーシェ、心配するな。ユリスはお前を見捨てるわけでは無いさ」
静かで優しい声にハッとして、何かを感じたステラはレイを食い入るように見つめた。
「──ネオ?」
「ステラ、違うわよ…………まぁ、似てるかもしれないけど」
「ネオとは?」
「以前この子達の指揮官だった男よ。またの名をムウ・ラ・フラガ。
今では兄さんもだけど、当時からステラが心を開いてくれるのは私とあの男くらいなものだったわ」
「そう言う事か」
雰囲気と言うか、気配と言うべきか。
とにかく、レイの中に僅かに感じられた懐かしい気配に、ステラの警戒心が霧散していく。
理屈ではなく感覚で身内を理解するステラは、ユリスと同じ気配をするタケルに懐いたのと同様、ネオ・ロアノークに通じる気配を感じ取ったレイに、警戒心を解いていった。
「ステラ、彼はレイよ。これからネオの代わりに貴女達の隊長になるわ────良い?」
「レイ?」
「あぁ、レイ・ザ・バレルだ。よろしく頼む」
「──うん、レイ」
棘だらけであった気配が形を潜め、ステラは静かに頷いた。
一先ずの落ち着いた気配に、漸く周囲には安堵の吐息が広がっていく。
「ステラ、こっちに居るのがルナマリアだ。これからお前と一緒に戦ってもらう事になる。大丈夫か?」
「ルナ……マリア? うん、わかった」
「よし、良い子だ」
既に何かを掴みつつあるレイは、スムーズな流れで手こずっていたルナマリアの紹介も終わらせていく。
聞き入れる心持ちが出来上がってしまえば素直なもので、ステラは警戒心を見せずに頷いていった。
「それじゃ、改めて────ルナマリア・ホークよ。よろしくね、ステラ」
「うん、ルナマリア…………ホーク? お姉、ちゃん?」
「へっ?」
お姉ちゃん──予想外にステラの口からこぼれ出た単語に、皆が疑問符を浮かべる。
「あぁ、この子メイリン・ホークにもいつの間にか懐いてたからね……多分、あの子からあんたの事聞いてたんじゃない?」
「メイリン……一体何を聞かせていたのかしらね」
もしや先程までのステラの警戒心は戻ってきた妹の所為だったのでは、とあらぬ疑いを抱き始めるルナマリア。
まぁもしかすると、当たらずとも遠からずかもしれない。
「ルナマリアは、お姉ちゃん?」
無垢な瞳で小首を傾げる少女のなんと純粋な事か。
これは嘗て、不遜を崩さなかったヤヨイ・キサラギが記憶を取り戻した折に、ルナマリアにだけ見せた素直な態度に匹敵する破壊力を持っていた。
「そうよステラ、私がお姉ちゃんよ」
「待ちなさいアホ毛姉。誰が誰の姉ですって?」
だが、そうは問屋が卸さない。
不穏な流れを断ち切るべく、ユリスはルナマリアの前に立ちはだかった。
「あら、良いでしょ? ステラがこう言ってくれてるんだもの。大体、ユリスだって隊長と双子って事はこの子との繋がりは無いんでしょ?」
「浅ましい洗脳はやめてくれる? この子は私の妹みたいなもの……いや、この際妹よ。どこの馬の骨とも知らない貴女が割り込んで良い筈がないでしょ」
「そんなのステラの勝手じゃない。ねー?」
「うん? うん……ステラは、勝手」
「それは意味が違ってくるわ。ちょっと黙ってなさいステラ」
「ユリス怒ってる?」
「怒ってないわよ!」
思わず声が大きくなってしまい、ユリスはハッとした。
ショックを受けたステラを慌てて窘めながら、ユリスは事の元凶であるルナマリアへと険しい視線を向ける。
当の本人はギクっとした顔を見せてそそくさとその場を離れ逃げ出していった。
やれやれと言うように肩を竦めるレイの表情がどこか印象的である。
不安を見せるステラに、レイは“大丈夫だ、怒っていないさ”と宥めてやった。
そんなレイの言葉ですんなりと表情を変えるステラに、それはそれで面白くないとユリスはまた顔を顰める。
「──はぁ、とりあえず。
助かったわレイ・ザ・バレル。懐きすぎちゃってる分、私じゃ言い聞かせられなかったもの」
「気にするな。ミネルバのMS隊隊長としての務めだ……だがまぁ、これで貸し1だな」
「あら、何よ? この私に何か要求する気?」
俗物な物言いに珍しさを感じて、ユリスはとレイへと問いかける。
目の前の男はヤヨイ・キサラギをして堅物と言わしめ、タケルからも真面目な優等生と評判の人間である。
こんな事に対価を要求する様な人間では無い筈であった。
「要求と言う程ではないがな。せっかくだから後でお前と2人きりの時間を作りたい」
「──はっ?」
予想だにしない答えに、ユリスは呆けた。
薄く笑みを浮かべ、どうにも本気かどうかわからない……まるでラウの様な表情を浮かべるレイに、ユリスは戸惑った。
「あんた、何言ってんの?」
「別におかしい事では無いだろう。ラウとはきっと異なる気持ちだが、俺にとってもお前は特別になり得るのだからな」
ヒューと、誰かが口笛を鳴らす。恐らくは周りで眺めていたヨウランだろう。その意味するところが揶揄いを込めたものであるのは言うまでもない。
あの堅物でクソ真面目で優等生なレイ・ザ・バレルが、ユリス・ラングベルトを自身にとって特別な存在だと言ってのけたのだから────それはもう、言葉通りそのまんまの意味にしかならない筈である。
「悪いけど、あんたじゃラウには勝てないわよ」
「俺の命は彼程切羽詰まってはいないさ。まだ時間はある」
「あっそ──好きにすれば?」
「あぁ、そうさせてもらおう」
純粋からは程遠い彼女が、多少真っ直ぐな好意を向けられたからと言って、狼狽える様な事は無い。
それでも……真っ直ぐに向けられた綺麗な感情はユリスにとって初めての経験であり、妙な昂ぶりがユリスを襲った。
「まぁ、生きてるうちに堕とせると良いわね」
挑戦的に。だが見ている者に嫌な気持ちを与えない表情で、ユリスは笑った。
やれるものならやってみろ。そう言わんばかり笑顔であった。
「なに、難しければクルースに手伝ってもらうさ」
挑戦的な笑みでレイも返す。瞬間、カッとユリスの胸の内で火が弾けた。
タケルに手伝ってもらう……レイの言うそれは普通であれば特段大きな意味はない筈だが、ユリスに対してだけは悪魔的手法である。
何故ならタケルとユリスは、互いに胸の内が手に取るように分かるのだ。特に感情的な部分は隠し通すことが難しい。
思考が言葉となってダイレクトに伝わるわけでは無いが、少なくともレイに対するユリスの感情は容易に読み取られるだろう。男女の関係を求めるのならこれ程使える話はない。
勿論、レイはそんな2人の繋がりなど知らないし、今の言葉もタケルであればユリスの好みなどを仔細に把握しているだろうと、頼りにするつもりであっただけだ。
しかし、カッとなったユリスにそこまで思考を回す余裕は無かった。
「このっ、男の風上にも置けない────ふざけた事言ってんじゃないわよ!」
本人にそのつもりはないものの、予想外で悪辣なレイの作戦に、ユリスは先程までの笑顔をひっこめて彼の頬を張り倒すのであった。
プラント本国。
ミネルバ級2番艦フォルトゥナは、現在諸々の運用準備の為に艦内システムの最終点検中であった。
艦長に任命されたナタルは艦長席へと。
そして、メイリン・ホークは懐かしのCIC席へと座り、それぞれシステムチェックを進めている。
残念ながら、まだ運用人員は揃っておらず、艦橋には2人しかいない────と言うよりは、ナタルとメイリンが既に配置されている事こそがイレギュラーであり、フォルトゥナの正式稼働は本来もう少し先なのである。
準備としてタケルとユリスのデスティニーは格納庫に積載されているが、イザーク等他の面々の機体はまだであるし、パイロット達もそれぞれコンクルーダーズへの異動に伴い、職務の引継ぎ対応に追われている。
特にイザークとディアッカはジュール隊の所属となっていたので、大忙しだ。
隊長をシホ・ハーネンフースに移行しハーネンフース隊とすると共に、細かな人員の整備も行う。
部下を持ち、部隊を持つとは大変な事なのである。
その点、単独任務がメインの特務隊は楽と言えよう。ハイネもミゲルも、特務隊を統括する特務隊長に一通り報告をすれば完了だ。
彼等の場合はこれまで忙しすぎたのでコンクルーダーズへと異動とするまえにささやかな休暇を与えられているが、直にフォルトゥナへと配置される事であろう。
とにかくそんなわけで。
現在ナタルとメイリンは2人だけでフォルトゥナの準備を進めているところであった。
「(うぅ……気まずい……)」
少女、メイリン・ホークは胸中でごちた。
何と言っても静かである。ナタルが生来生真面目な性格と言う事もあって、作業中は全く言葉を発さない。
メイリンの方はと言えば、仕事中は作業をしながらでもおしゃべりに興じてしまうくらいにはおしゃべり好きだ。
今ここに、全くかみ合わない性格の2人が、混在していた。
「(バジル―ルさん……私の事……やっぱり怒ってるのかな……)」
何とも無しに眼前のモニターを暗くして映り込む彼女の様子を伺った。
傍から見れば、愛する人を掠め取ろうとする雌猫。そこにどんな高尚な気持ちを抱いていたとしても、メイリンがやったのはそう言う事だ。
タケル・アマノに愛する人がいると知りながら、それでも好きなのだと愛を
メイリン自身は一応、先日気持ちの整理をつけている。
正確には元々気持ちの整理などついていたが、今後タケルとナタルからどんな光景を見せられても揺らがない様に再認識したと言うのが正しいか。
付き添ってくれたユリスに覚悟の上だった筈でしょ? と言われれば、メイリンに否は無かった。
だが、そうして自身の気持ちに整理をつけたところで。これまで面識がなく、且つ彼女に対して不貞を働いたメイリンが、おいそれと話しかけられるはずもない。
誰だって、目に見える地雷を踏みたくはないのである。
「むっ、もうこんな時間か……」
静かに、ナタルはシステム画面に表示された時刻を確認して僅かな驚きの声を挙げた。
「メイリン・ホーク、今日はここまでとして終わりにしないか?」
「──えっ!? あっ、はい。そうですね」
「では片付けて退艦するとしよう」
長い事無言で作業を進めてきての、漸くの会話。
別段声音に嫌な気配は無かったが、堅苦しい気配にメイリンは身を固めて答えてしまう。
「そういえば、君は工廠エリアの宿舎に泊まる予定だと聞いたが……」
「はい、流石に家に帰るにはプラントを渡らなければいけませんし、行き来の時間も勿体ないので」
いちいち定期シャトルに乗ってプラント間を渡るのはそれなりに面倒だ。
そもそもメイリンは別に休暇を与えられたわけでもないので家に帰る理由は特にない。
こうして仕事に励むことを考えれば、すぐ傍の宿舎で寝泊まりする方が効率的なのは間違いがない。
そんなメイリンの返答に、ナタルは顔を顰めた。
「……それなら、私の家に来ないか? 年頃の女の子が1人軍事施設の宿舎と言うのも少し不用心だろう。デュランダル議長の計らいで用意してもらった住居なのだが、タケルもアーモリーワンに行ってしまって1人なんだ。慣れたはずなのだがなかなかどうして……1人は寂しいものでな」
まさかのお誘いであった。
人目の気にならない家に呼び込んで、思うがままに罵詈雑言でもぶつけるのだろうか…………そんな光景がメイリンの脳裏に過った。
しかし、決してそんな怒っている様な雰囲気ではない。本当に人恋しい……そんな気配をメイリンは見て取った。
「えぇっと……流石にご迷惑では?」
メイリンは及び腰で答えた。
ザフトは上下関係が希薄とは言え、今現在の職分としてメイリンとナタルの間には明確な上下関係がある。
コンクルーダーズ改めフォルトゥナ隊として、艦長であるナタルは部隊長クルース・ラウラの副官となる。
元々ユリスが不適格であった事からなし崩し的に傍付きの副官となったメイリンから、部隊として正式にナタルへと任命がされるのだ。
よってメイリンは現在、フォルトゥナのCICのみを職分とし、ナタルとは立場的に上司と部下の関係である。
分かりやすく言えばミネルバに居たとして、タリアに誘われてホイホイついて行けるか、と言う話だ。
無理とは言わない……だが、そこそこにハードルは高い事だろう。
「その、私の事でしたらお気になさらず……」
「いや、その……違うんだ! 君の安全を気にしていると言うのもあるんだが……その……」
どうにも歯切れが悪い。
既にナタルへの警戒心が薄れつつあるメイリンは、何が言いたいのだろうと疑問符を浮かべていた。
「その……君が、タケルとどこまでの関係に至っていたのか……それを、確認……したくて、な……」
細くなっていく声音。視線を彷徨わせる瞳。
凛々しく自信に溢れている様に見えたナタル・バジル―ルが、急に目の前で捨てられた子犬の様な様相へと変わっていく。
何故そんな事を気にしているのか……それは、再会する前にタケルが言っていた事が関係していた。
“自分勝手に君を捨てた……僕に、ナタルと未来を生きる資格なんて”
それは自らの幸せを捨て、ただ平和な世界の為に戦う事だけを選んだが故に出て来た言葉であった。
言葉の通りに、タケルは一度ナタルと幸せに生きる未来を捨てている。
勿論ナタルは、タケルからの愛を疑ってはいない。が、寄る辺となる未来を見失った彼が精神の安定を得るためにすぐ傍に居たメイリン・ホークを頼ったと考えるのは自然な事だろう。
現にタケルは、ナタルが知るL4での戦いから、精神的な安定を取り戻していたのだから。
「(もしかしてバジル―ルさん……タケルさんが私に靡いちゃったとか思ってる?)」
もしそうなら、普通は怒りを抱くのが自然であろう。
だがしかし、ナタル・バジル―ルにとってタケル・アマノは、それ以外の男性を見つける事が不可能なくらいには愛してやまない人間であった。
仮に……もし仮にメイリン・ホークに彼が靡いてしまったのであれば、ナタルは必然捨てられてしまう。そんな風に悪い方向へ考えてしまうくらいには、彼女もまた、タケルへと依存しているのだ。
勿論、タケルの性格を考えればそんな事万に一つどころか億が一つも有り得ない事なのだが…………彼女も大概、タケルと共に過ごすことで喪う事に臆病になっているのかもしれない。
故に、どうしてもメイリン本人からタケルとの関係性を改めて聞いておきたいと言う事なのである。
「(なんか……タケルさんみたい……)」
素顔を隠すための見えない仮面を被り、強く凛々しい女性を見せつける裏で。恐らくだが今日はずっと、この事を考えていたに違いない────気になっていたに違いない。
この時までずっとだんまりだったのは、声を掛けづらかったと言う所もあるのだろう。
そう考えが至った途端。メイリンは何だか妙に気が抜けて、張っていた肩肘を緩めた。
「それでは、折角のお誘いですから御呼ばれしますね。寂しさと御不安が消えるまで、私で良ければいくらでも付き合いますよ!」
「そうか、すまないな……ありがとう」
不安が薄れ、僅かに喜色が浮かぶ。
そんなところも、彼に似ている気がしてメイリンはまた1つ心を軽くさせた。
そうしてナタルと肩を並べたメイリンは、艦を降りると彼女と共に市街へと向かった。
折角だからと夕食もご馳走されるようである。
車を運転する彼女の横顔が、どこか安堵と心配を内包しているように見えて。
想い人を思わせる気配に、早く安心させてやろうとメイリンは妙な使命感に駆られるのだった。
元々インパルスの初期構想はカオス等をシルエット化する予定だったとか。
せっかく覚醒したエクステンデッド。是非とも最後は活躍してもらいましょうと言うところです。
タケルを黙らせる実力行使…………ナニもしていませんよ。ただ近くで愛を囁いただけです。
レイユリCP。プロット段階から既定路線の組み合わせ。まぁ、ラウとの関係性と原作キラよりもずっと強く自分は自分だと認識させてくれたユリスに、レイは素直に惹かれちゃったって感じ。多分ひっ叩かれた後は放心状態になると思う。
ルナステ並べたらそこにシンを放り込んであげたくなる。本作だとステラとの関係性は皆無だけど、、、
可愛いナタルは推せる。ナタメイのやり取りも良いですね。
主人公を疑うわけじゃないんだけど、半分自棄な状態だったのは見てとれたし。
捨てられる、と言うよりはタケルが未来を切り捨てて生きようとしていないかが、不安だったのです。
次回ももう少し決戦前の準備編。
どうぞお楽しみにに
完結後、読みたい話は? (どれから書くか参考までに)
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後日談の日常回
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オリジナルプロットの劇場版
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SEED FREEDOM
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企画:タケルユリスinOO世界