機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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少し長くなっちゃった。


PHASE-116 不退転

 

 

 宇宙を進むシャトル。

 とは言っても、そこは多くのプラントが並ぶL5宙域。

 長い旅路を往くわけでもないシャトルの中で、座席を向かい合わせる人間が4名。

 

 1人はギルバート・デュランダル。

 プラント最高評議会議長であり、現在は地球においても大きな影響力を持つ、プラント国家の指導者である。

 その隣にはタリア・グラディス。名実共にザフトの英雄艦となった艦船ミネルバの艦長。

 彼女が率いたミネルバ隊の活躍は枚挙に暇がないだろう。現ザフトにおける英傑の1人である。

 そして対面に並ぶはクルース・ラウラ────もといタケル・アマノとナタル・バジル―ルだ。

 どちらもザフトの白い軍服を着こみ、この場ではミネルバ級2番艦フォルトゥナ隊の隊長と副長としてデュランダルと顔を合わせていた。

 

「────ふむ、君は幸せ者だなクルース」

「はっ?」

 

 相変わらずの柔和な笑みを浮かべながら、心底面白いと言う様に呟かれた言葉。

 仮面の奥で眉を顰めながらタケルは小首を傾げる。

 

「そちらにいる彼女程美しく、また凛々しい女性と言うのも珍しい。ザフトの軍服も本当に良く似合っている」

「えっ、あっ、いやその……」

「他人の奥さんにちょっかい掛けないでくれませんか? しかも私を前にして」

「議長、つまらないセクハラでその立場を失うつもりですか? それなら私が真っ先に出るところへ出てあげますが?」

「タ、タリア……すまない、そんなつもりじゃないんだよ。こんな女性が傍に居て彼は幸せ者だと言いたかっただけだ。本当さ」

 

 白んだ視線を2人から向けられて、タジタジとなったデュランダルは気を取り直す様にわざとらしく咳払いを1つ溢した。

 

 

「さて、3人共急に呼び出してすまなかったね」

 

 

 僅かに身構える。

 ミネルバとフォルトゥナ。共にザフトに置いて大きな戦果を期待される2つの部隊。

 その代表者である彼等だけが呼ばれたその意味……何事かを予見はできなくても、その事の重要さは容易に想像がつく。

 

 身構えた3人の視線を受けると、デュランダルはそれを誘導する様にシャトルの窓から覗ける星の大海へと向けた。

 

 

「────あれは」

 

 

 彼等が最初に目にしたのは、まるで土星の輪を思わせる様なリング状の物体である。

 そのリングの中心に大きくくり抜かれて採掘価値を失ったと思われる資源衛星。そこを埋めるように人工物の設備が組み込まれている。

 サイズ感はプラント数基に及ぶだろうか。プラントの影に潜む様に鎮座している巨大建造物に、タケル達は揃って目を見張った。

 

 

「驚いたかね────あれが機動要塞“メサイア”。プラントを守る最後の砦だよ」

 

 

 宇宙機動要塞────メサイア。

 先の大戦で失われたボアズ、ヤキンに替わる新たなプラント防衛用の要衝として、資源採掘後の小惑星(アステロイド)に設備を組み込んだ機動要塞である。

 

「機動要塞……」

「──メサイアですか」

 

 驚きのままオウム返しで返すタケルとタリア。

 戦いの切り札として、新鋭の機体をゴロゴロ開発していた中、ギルバート・デュランダルはさらにこのような巨大建造物まで用意していたと言う事実に、2人の驚きは大きかった。

 それをどこか満足げに流し見ると、デュランダルは機長へと指示を飛ばし、シャトルをメサイア内へと向かわせる。

 

 くりぬかれた小惑星に収められた人工物。シャトルの発着場となったエリアへと入れば、そこは要塞の名にふさわしい数多くの兵器(MS)を備えた格納庫が広がる。

 

「ボアズやヤキンの様に、要塞として十分な戦力が配備されている。ザク、グフ、それに艦船も多い」

「プラント守備軍、と言う事ですか?」

「その名目もあるが……やはり先に控えている決戦に向けて、だろうか」

 

 タケルの問いに、わかっているのだろうと言いたげな含みのある笑みでデュランダルは返した。

 プラントの守備であれば国防委員会が保有する守備部隊が居るだろう。あえて機動要塞を用意しそこに戦力を配備して同じ役割を担う必要はない。

 必然、この機動要塞が担う役割は別の何かだ。

 

 

 シャトルが発着場に係留されると案内の者が姿を現し、彼等は揃ってメサイアへと案内された。

 

 

「議長、このようなものを……一体いつから貴方は準備されていたのかしら?」

「私が議長となる以前から、動きはあったのだがね。

 何せ先の大戦で2つの機動要塞を失った。ボアズにヤキン……プラント防衛の観点からすれば、新たな要塞の準備は急務であった」

「居住用で設計されたプラントで、大規模基地を造るわけにも行かないでしょうしね」

「その通りだよ、クルース」

「ですが、この規模を僅か2年で……やはり、驚きは隠せません」

「大戦末期から戦後にかけて、プラントの人口は急速に増えたのでね。新たな機動要塞の建設はその働き口と言う意味でも渡りに船だったというわけさ」

 

 なるほどと、ナタルは頷いた。

 大戦末期から急速に増えた、地球に居たコーディネーターの移民。

 戦後も深く根付いたままであったコーディネーターへの差別意識は、地球に住む多くのコーディネーター達をプラントに移住させた。

 しかし、プラントに彼等を受け入れるだけの準備は、到底用意されていなかった。

 当然だ。戦争末期から戦後にかけて等、どの陣営だって立て直しに必死なのだ。移民を暢気に受け入れている状況ではない。

 移民者の働き口、住居、その他諸々……必要なものはいくらでもあったが、準備出来るものは少なかった。

 

 故に、戦後の防衛観点から急務であった新たな機動要塞の建設。そこに多くの雇用枠を設けた。資源衛星の開発が済めば住環境もついで用意できる。

 新たな環境で生き抜こうとする人々はやる気に満ちており、メサイア建造計画は想定よりも余程早い工期で進んでいったのである。

 

 こうして、戦後爆発的に増えた人口と需要を埋める事で、機動要塞メサイアは完成した。

 

 綺麗に整備された通路区画を進み、恐らくは中枢と思われる場所へと、彼らは案内されていく。

 暫く進んでいくと開けた白い空間へと出た。内装のデザインはどこか艦船の艦橋を彷彿とさせる場所を見て、彼等はその場所が案内されていた目的地────メサイア中枢だと察した。

 空間のやや高い位置に置かれる大きな座席。それを囲う様に各種コンソールや大型モニターが設置されている。

 

「差し詰め指令室、という所ですか?」

「あぁ、その通りだ」

「そして議長が座る場所だと?」

「それもまた、その通りだと言っておこう」

 

 機動要塞メサイアの中枢、その指令エリア。

 そのトップの座に位置するのは、プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダル。

 その意味は、掛け値なしの決戦模様が想定される配置である。

 

「まさか、議長自ら前線指揮に出るおつもりで?」

「ふっ、バジル―ル艦長。私もアスハ代表と同じく前線に出るのは慣れっこだよ」

「議長のそれは、決して自慢できる事ではないでしょう……カガリの場合は自らMSに乗って戦えるだけの素養がありますが、議長は良いとこ指揮官見習い程度。作戦における指揮官としては不適格です」

「分かっているともクルース。勿論私は戦闘指揮に口を挟みはしないさ。だがアスハ代表と同じく、私がここに居て声を挙げる必要はあるだろう? でなければ戦ってくれる兵士達に申し訳が立たん」

「つまりは旗頭として、と? 相変わらず貴方は無茶を言いますわね」

「無茶は承知だ。だがこうでもしないと、地球を相手取るのは難しい……」

 

 厳しい声音で、デュランダルは告げる。

 

 月のダイダロス基地に地上の戦力が集結している事は、既にザフトも把握していた。

 ユーラシア西地域や、中立国のいくつかはデスティニープランへの賛同を表明しているが、主だった国々は皆カガリ・ユラ・アスハを旗頭とした統一同盟軍に集っている。

 正に、地球を相手取るという表現が相応しい────彼我の戦力差は大きい事だろう。

 

「だからこの機動要塞、という訳ですか……しかし、いくら大規模要塞があったところで」

「いいや、違うなクルース。見てもらいたいのはこちらだ」

 

 指令室に待機していた職員たちへとデュランダルが合図を送る。

 コンソールが幾つか操作され、大型モニターに外の光景が映し出された。

 

 瞬間、タケルとナタルは驚愕に目を見開く。

 

 

 

「あれ、は……」

 

 メサイアの中央に位置する場所でぽっかりと口を開ける巨大な砲口。

 

「まさか……そんな」

 

 その先で鈍く光を反射して佇む、円錐状のミラーブロック。

 

 

「────ジェネシス」

 

 

 それは2年前に宇宙を裂いた、破滅の光の名であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでは、会議を終了とする』

 

 

 幾つも並ぶモニターから映像が途切れ、居並ぶ代表たちの姿が消えていく。

 月面のダイダロス基地で地上の同盟各国との会談を終えたカガリは、大きなため息と共に大きな椅子へ背中を預けた。

 

 

「──疲れた」

 

 

 ここ数日、睡眠時間は著しく削られている。

 打合せだ会議だと、方々に呼ばれ忙しなく過ごしているカガリは疲労も一入。まるで力のない声でぼそりと呟いた。

 

「お疲れ、カガリ」

「ん? キラ……じゃなかった、ヤマト二尉か。どうした?」

 

 とってつけたように肩書で呼ばれ、思わずキラは顔を顰めた。

 

「止めてよカガリ。今ここには僕しかいないんだし……」

「そういう訳にはいかないんだよ、もう。と言うか──」

「俺もいるからな」

「うわぁ!?」

 

 背後から音も気配も無く表れたアスランの声に、キラは驚きの余り飛びのいた。

 一体何のつもりなのだこの親友はと────最近突飛な行動が多くなった気がしなくもないキラである。

 

「アスラン、戻ったか。どうだった?」

「あぁ、大方の編成は済んだみたいだ。艦体は中規模で3艦隊。オーブ、ユーラシア、東アジア共和国をそれぞれ中心として編成されている。データはここに」

「ありがとう。準備ができ次第出立となる。皆には十分な休息をするようにとキサカ伝いに指示を出しておいてくれ」

「了解した────でも、まずはカガリが休まないと」

 

 疲れた顔で指示を投げて来るカガリに、アスランは心配を表情に浮かべながら近づいていく。

 接近したと思えばまじまじと見つめて来る翡翠の瞳から、カガリはどこか鬱陶しいと言う様に目を逸らした。

 

「酷い顔をしている。また蒸しタオルを用意しようか?」

「良いって別に……一段落したらちゃんと休むから」

「そんなこと言って、この間だって寝不足で倒れそうだっただろ?」

「仕方ないだろ。そう言う立場に居る!」

「だから、それではまずいだろうと──」

「あぁもう、落ち着きなよアスラン。カガリも」

 

 言い争いに発展しそうな2人を、間に挟まれたキラが止めた。

 互いに想い合ってると言うのに、片方は未だ意地っ張りで融通が利かず、片方は論理ばかりが先行して心の機微に疎い。

 やれやれとため息を吐いたキラは、手元に在った通信端末のカメラ機能をONにしてカガリに見せつけた。

 

「ほらカガリ。今のカガリはこんなひどい顔してる。アスランが言う事は間違ってないよ」

「うっ……」

 

 思いの他げっそりと疲れた顔が目の前に映し出され、思わずカガリは目を背けた。

 寝ていない事は承知だし、疲れていること等自身で良く理解している……だが、それでもまだ自分は大丈夫と言う謎の自信に突き動かされた結果を見せつけられ、カガリはぐうの音も出なかった。

 

「ほら、わかっただろカガリ。そんな顔をしている君の事を俺は──」

「アスランも。ただ結論だけ訴えてもちゃんと伝わらないよ。ただでさえカガリは忙しくて余裕がないんだから。伝える必要がある事はちゃんと伝えないと」

 

 少しだけ上擦り、どこか勝ち誇ったように聞こえるアスランの声を、キラが遮った。

 続く手厳しい言葉に、アスランもまた言葉を詰まらせる。

 

「どれだけ疲れが顔に出ているのか。この先の予定を考えたら疲れたままではまずいとか。休む必要がある理由までちゃんと伝えないと。余裕がないカガリにそれを察しろっていうのは無理だよ」

「そ、そうだぞアスラン」

「──すまない」

 

 項垂れるアスラン。

 どうにもこの親友は言葉が足りないきらいがある────気持ちが逸ると途端にポンコツになる親友に、キラは叱りつける様な視線を向けるのだった。

 

 

「キラ、話は終わりましたか?」

「ベッドメイクはもう済んでるわよ」

 

 

 飛び込んでくる柔らかな声。

 ドアへと目を向ければそこにはラクス・クラインの姿。その隣にはフレイ・アルスターもおり、言葉尻からカガリは彼女達が来た理由を察した。

 どうやら皆揃って、カガリの休息のお膳立てをしてくれているらしい。

 

「ちぇっ、ラクスとフレイまで呼んできちゃってさ……そんなに私が無理してるように見えるのか、キラ?」

「うん……タケルと同じくらいには、ね」

 

 びくっ、と身体を震わせ、カガリの表情が固まる。

 無遠慮に、そして予期せず踏み込まれた心の深淵に忌避感が増し、カガリの胸中は否応なく荒れた。

 

 

「────私は、兄様とは違う」

 

 

 ちゃんと皆の声を聞ける。皆の気持ちを理解できる。皆の事を思いやれる。

 投げ出さず、最後まで、自身のこれまでを貫き続けてみせる。

 カガリは胸中で頭を振る様に、言葉を絞り出した。

 

 そう、投げ出さず最後まで────

 

 

「──ほら,タケルと同じ」

 

 

 冷たい声音で再び踏み入る様に告げるキラの声。カガリはまた身を震わせる。

 

「大丈夫だよ、気にしないで。カガリには心配かけられないからって。

 2年前、タケルはいつもアークエンジェルで僕に言ってた────自分が一杯一杯だって言うのにいつも、そんな風に誤魔化して」

「キラ……」

 

 よく覚えている。

 カガリは毎日、そうして自分が乗りこんでしまったアークエンジェルを守るため疲れ切った兄の姿を見てきた。

 それを心配はすれど、止められることもできず、ただ見守り続けるしかできなかった。

 何故ならあの時、アークエンジェルを守る事は兄にとっての全てだったから。

 

 カガリの存在だけではない。乗り合わせてしまったキラ達オーブ国民。縁を深くしてしまったマリュー等────そして、後に最愛となる人。

 それ等を守るために邁進する兄を、止められようはずがなかった。

 

「私が、あの時の兄様の様だと?」

「うん」

 

 返すのはキラだが、背後でフレイも納得する様に頷いて見せる。

 顰めっ面を3割増しにして、カガリは現実から逃れる様に顔を背けた。

 

「同じなものか────急に御輿に担ぎ上げられ、地球圏の天辺に据えられ。それでも国のために逃げられない私と。逃げ出した兄様の、何が同じだと…………」

 

 言葉を募らせて行く程、カガリは現実を突きつけられて行く。

 自身が単身ヘリオポリスへ赴いた事をきっかけとして。突然の初陣を果たし、一度とて失敗は許されない防衛戦を強いられ続け、心身を疲弊させながらも折れて逃げ出すことの許されない状況。

 

 大丈夫だと言い張ろうとするカガリの姿は、正に嘗てのタケル・アマノである。

 

「ねぇカガリ…………私達の前でまで、立場に則ってそんな風に誤魔化さないでよ」

「立場に、則るだと?」

「アマノさんが逃げ出したなんて、お兄さんを大好きなカガリだったら言わないはずでしょ?」

「勘違いするなフレイ。兄様は確かに敬愛する人だが、だからと言って逃げ出す様な──」

「離れてしまったから────後悔してるんじゃないの?」

 

 機先を制する様に被される言葉。カガリはフレイの言わんとすることを理解して口を噤んだ。

 

 どんな事があっても、兄が自分の元を…………オーブを離れる事はない。そんな盲信があった。

 だが、先日突きつけられた兄の本音が、カガリの胸に深く突き刺さっていた。

 

 どうして国を離れてしまったのか。

 どうして国を守れなかったのか。

 

 悲痛に塗れた言葉の数々は、全て自分達に向けられているはずでありながら、カガリには兄が必死に己を責め立てている様にしか見えなかった。

 2年前から変わらず、兄は全てを賭して、全てを背負い続けたままだったのだ。

 今の兄は逃げ出したのではない────国から世界へと、背負うものを増やしただけだ。

 

「私は、いつもそうだ…………いつも、兄様に全てを負わせてしまう。2年前も今回も。

 そうだよ、逃げ出したなんて思ってないさ。でも…………そうでも言わないと、兄様と戦う事なんてできる訳ないだろ」

 

 吐露される、若干18歳で地球圏代表となった少女の本音。

 担ぎ上げられ、逃げ出すこともできず。その先に待つ、最も親しい人との戦い。

 立場を利用し、疲労を重ね、偽りの言葉で塗り固めなければ、現実を直視する事ができなかった。

 

 故に今、カガリ・ユラ・アスハは皆に心配されているのだ。

 

 

「わかるだろ? 私には……兄様を討つ事なんて」

「そうならない道もありますわ」

 

 ラクスが告げる。

 遺伝子が結んだ最良の相手と共に奮起し、どうにかそれを成そうとしている愚直な少女()がいる事を、彼らは知っていた。

 

「もしダメだったら?」

「その時は、俺がいる」

「僕もね」

 

 第二陣という様に、想い人(アスラン)双子の弟(キラ)が名乗りを挙げる。

 こうなる前に何かできた筈────その僅かな後悔を滲ませながらも、決意の瞳がカガリを射抜いていた。

 

「安心しなさいカガリ。現在の編成から想定される戦力差は圧倒的にこちらが優勢。お兄さんを討つ必要が無くなるくらい…………諦めちゃうくらい、私達が圧倒すれば良いだけよ」

 

 最後の親友の言葉に、カガリの虚構で固められた心は瓦解して行く。

 討たねばならない────その現実から目を背け、別の結末を望んで良いのだと目の前の大切な人達は言ってくれていた。

 

「だからちゃんと休みましょう? そんなんじゃ、あのお兄さんを圧倒なんてできないじゃない」

「────うん」

 

 大きく肩を落として、カガリは頷いた。

 重くのしかかっていた重責を忘れて、今はただ希望抱く未来のために必要な事を。

 無垢であった2年前には確かにあった決意と覚悟を、今また新たに湛えて。

 

 こうして大切な人達に見守られ、統一同盟軍指揮官カガリ・ユラ・アスハは、決戦に向けた最後の安らぎの時を過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────どういうつもりですか、議長」

 

 周囲の温度が下がったと感じる様な、似つかわしくない冷たい声。

 モニターに映された最悪の兵器を見て、タケルはデュランダルへと怒りの声を向けた。

 

 大量破壊兵器、超高出力γ線レーザー砲────“ジェネシス”。

 先の大戦末期にザフトが生み出し、全ての悪意を載せて人類を破滅させようとした、悪魔の兵器である。

 その被害規模はレクイエムや核ミサイルですら生温い。一度地球へと放てば輻射熱が地球の半分を覆い死の大地へと変える。地球の半分は死に絶えるのである。

 そのシミュレーションデータはデスティニープラン公表時にデュランダル自身が世界に向けて発信していた。

 

 そんな兵器を、再びこの世界に生み出したのだ。タケルの怒りは心頭であった。

 

「これが私の覚悟だよクルース…………いや、タケル・アマノ」

「ふざけないでください! あれがどんなものか、貴方だって──」

「だが必要だ。世界に平和をもたらすためにはね」

 

 遮る様に、デュランダルは本質のみを告げる。

 タケルは自身の本当の名を呼ばれた意味を解し、仮面を外すとデュランダルを睨み上げた。

 

「あんなものを使って、世界が平和になると……誰が信じると言うのですか」

「君は信じないだろう。だが、私には視えているさ」

 

 訝しむタケルを流し見て。

 デュランダルは居並ぶプラントが映り込むモニターへと視線を移しながら口を開いた。

 

「今なら私も、2年前のザラ議長の気持ちが少しは理解できるよ」

「何を…………穏健な貴方とは、対局に位置する人のはずだ」

「それでもだ。NJC(ニュートロンジャマーキャンセラー)、ジェネシス。あの方はどちらも勝つために必要だと踏み切ったのだ」

 

 それが禁断の力だとしても。

 プラントを守るため。ナチュラルを滅ぼす為に────ダメだと理解していながら踏み切るしかなかった。

 

 必要に駆られた。

 

「あんなものを使えば、デスティニープランは終わりです。世界の誰も、議長とプランを支持する事は無くなるでしょう。

 仮に戦いに勝ったとて、それでは本末転倒です。そのくらい、貴方ならわかる筈だ!」

「あぁ、だから────地球を撃つ」

 

 淡々と、そこに何の感慨も持たない声で、デュランダルは告げた言葉にタケルとナタルは絶句した。

 思わず身が震えるのはその意味を理解し、あの破滅の光を目の前で見たものだけが見せる拒否反応の様なものだろうか。

 反応を見せぬタリアはまだ、額縁の事実だけでしか理解できていない。それでもおぞましいと言える内容に表情は凍りついていた。

 

「何の…………何の意味があって地球を?」

「君の妹のせいだ」

「カガリ? 一体何を──」

「さすがはアスハ代表というところだな。彼女が旗頭となった事で、私の想定を大きく超える潮流が地球に生まれてしまった。

 このまま行けば人類は滅びゆく定めだと言うのに。彼らは代案もなく、ただプランに反対し人類の滅びを加速させようとしている。これが人類の敵でなくて何だと言うのかね?」

 

 デスティニープランの始まりはそれだ。

 このままでは遠からず、人類は己の所業によって破滅して行く。自らを滅ぼすだけの力を手にした人類を、遺伝子によって管理する事で滅びの道から回避する。

 反するのなら人類存続の敵…………それはプラン公表、早々にデュランダルが銘打っていた話である。

 

「彼らはまだ気づいていない────いつかは、やがていつかはと。そんな甘い毒に侵され続けたまま、まだ人類は信じられるのだと夢を見ている。滅びの道が目の前に続いている現実から目を背け続けている。

 痛みを伴い、世界は現実を受け入れなければならんのだ」

「だから、いっそ滅びてしまえと。そう言うおつもりですか?」

「滅びはしないさ。滅びかけはするだろうがね」

「そうしてプランを受け入れざるを得ない状況を作ると?」

「あぁ、相違ない」

 

 奥歯を噛み砕かんばかりに食いしばって、タケルは自らの腕を握りしめた。

 そうでもしなければ目の前の彼を締め殺しそうであった。

 

 言う事は理解できなくはない。

 だがそれでも、彼の敷いた人類救済の路線は余りにも命を蔑ろにし過ぎている。

 そうして漸く確信へと至った。やはり、ギルバート・デュランダルは自らの目的のためならどんな犠牲も厭わない人間だと。

 

 これまでを通じて抱いていた疑惑だ。

 恐らく彼は、此度の戦火で起こったことのほとんどを予見できていた。アーモリーワンから続く争乱──その全てを。

 全てはデスティニープラン導入遂行のため。

 世界中に大きく爪痕を残したブレイク・ザ・ワールドの悲劇すらも、彼は計画のために呑み下していたのだ。

 

 これらが彼の計画通りだと言うのなら、今の彼の言葉に違和感など抱きはしない。

 ジェネシスが今存在している事が、その証明であろう。

 決して相容れぬ思想の境界線を引かれ、タケルの視線は険しさを増し続けて行く。

 

 

「ふっ、そう怖い顔をしないでくれ────今言った事は全て、少し前の私の考えだよ」

 

 

 何食わぬ顔で見つめ返してくるデュランダルが、ふと軽い声となり、いつもの柔和な笑みを浮かべた。

 呆気に取られて毒気を抜かれたタケルは、ナタルと揃ってはっ? と綺麗に声を重ねた。

 それを見てデュランダルは更に面白そうに笑みを深めて行く。

 どこか嘲る様にも思えるその気配に、タケルは急速に剣呑とした気配を萎めていった。

 

「少し前…………ですか。では、今は違うと?」

「あぁ、君のおかげでね」

「僕の、ですか?」

 

 またも呆気に取られる。

 一体自分の何が、どう影響したと言うのか。タケルの頭は混乱の最中にあった。

 

「先程言った事は概ね本当にその予定であった。何故なら世界が反発する事は計画の内であったからね」

「それは……議長ならそのくらいは想定しておられるでしょう」

「そうだね。だが私の計画に君は居なかった」

 

 それが答えとでも言う様に、デュランダルはタケルを見据えた。

 そう、オーブを守る剣であり絶対にあり得なかったはずの想定────それが彼が今ここにいると言う事実であり、デュランダルの計画を変えた理由だ。

 

「どう言う、事ですか?」

「あの日、ユリス・ラングベルトと共に君が私の前に現れた時。君の存在が私の考えを変えた。

 オーブを失い、(ラウ)の様に人類を見限り、それでも世界に平和をもたらしたいと願った君が、最後に求めてくれたのが私とデスティニープランだった。

 元々私は夢想家ではあったがね、私の元へと来てくれた君を、私もまた信じたくなったのだよ。タケル・アマノ君」

「馬鹿な。僕が貴方を信用していない事、貴方自身も知っていたでしょう」

「それは私が信じない理由にはならないさ。エスペラントを託した時から、私は君を信じ切っていたとも」

 

 あり得ない──そう胸の内で否定するも、見返してみれば思い当たる節ではあった。

 最新鋭機のエスペラントを気兼ねなく託され、調べてみたが機体に細工された形跡はなかった。

 更にはFAITHの肩書きも与え、必要なら自らを止めてくれとまで言ってのけた。

 あの時からデュランダルは、タケルに対して無上の信頼を寄せていたと言うのだ。

 

「何故、そうまで貴方は」

「君がクルース・ラウラとなり、その仮面を付けてくれたから…………と言うところかな。

 生前のラウも、君みたいに繊細な奴だった。まぁ、繊細が過ぎてあんな事になってしまったがね。君を見ていると、他人とは思えなかった」

「何ですか、それは」

「止められなかった罪滅ぼしか。救えなかった後悔か…………どの道私も過去に縛られていたと言うわけだ。君を信じ、助けたかったのは、私自身のわがままだよ」

 

 押し付けがましいわけでもない。

 素直に心から漏れ出てくるデュランダルの言葉に、タケルは押し黙って行く。

 タケル自身、ラウ・ル・クルーゼには強いシンパシーを感じている。生まれも似た境遇を持ち、片割れと言えるユリスは正に彼の同胞と言える存在であった。そして今となっては、彼と同じ軌跡を辿っている。

 デュランダルが自身に彼を重ねていると聞かされても、不思議と不快感は湧かなかった。

 

 

「デュランダル議長。先程貴方は、今は考えが違うと仰いましたが、ならばどんなつもりであれを用意して、我々に見せたと言うのでしょうか?」

 

 

 話を戻すという風に、ナタルが厳しい声音で割り込んだ。

 考えが変わったとはいえ、現実としてジェネシスはそこに存在している。

 ならばこれを一体どうするつもりなのか…………その考えは未だ見えないでいる。

 

「私の覚悟、と言ったのは本当の事だよ。そして本題である君達にこれを見せたのも、その意味は同じだ」

「と、言いますと?」

「我々に負けは許されない────それを覚悟してもらう、という事だ。

 先程述べた通り、人類は今破滅へと向かおうとしている。我々が敗北し、プランが潰えた時それは確定するだろう。

 なればあれは、最後の手段と言う事だ」

 

 最後の手段。その言葉が持つ意味は、タリアにもすぐわかった。自然と身体が強張るのを感じて視線を巡らせればタケルとナタルも同様。

 

「つまり、私達が敗北するなら、先程述べられた地球へあれを撃つことを辞さないと?」

「その通りだタリア。必要ならそうせざるを得ない。だからこそ、我々に敗北は許されない。あれで地球を撃たぬためにもな。

 確かに、私の考えは変わった。ジェネシスを地球へと放ち、滅びかけた世界にプランをもたらす事が計画の終着点であった。その意味では変わったが……しかし、変わらぬ部分はある。プランの導入だけは絶対だ。今日ここに呼んだのは、君にその覚悟を決めてもらうためだよタケル・アマノ君。

 今度こそ君には、世界のために彼女を討つ覚悟を決めてもらう」

 

 

 厳しい声音。厳しい視線。それが…………タケルを射抜く。

 

 

 言葉と共に差し出されるデュランダルの手を、タケルは暫く見つめた後に、静かに取って握りしめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────兄様」

 

 眠りに入りかける微睡(まどろみ)の中で、カガリ・ユラ・アスハは兄を取り戻す決意を胸に宿した。

 

 

「────カガリ」

 

 メサイアを離れるシャトルの中で、タケル・アマノは静かに目を瞑り大切な妹を脳裏に呼び起こす。

 

 

 

 

「私が必ず──」

 

「僕が必ず──」

 

 

 

 

 

 秘められた覚悟は、決戦を前に静かに定められて行くのであった。

 

 




決戦前の最後の一幕。
途中までシャアみたいな事言ってる議長……意識したわけでは無いんですが、計画的には似た様なことしてるよね

たった一度。それまで絶対になかった、最初で最後の身内を討つ覚悟を決めた主人公。
全ては世界の為。平和のためと言う大義名分の元。
一方で妹は大切な人たちに諭されて討つ覚悟を取り戻す覚悟へと。
そんな対比的な構図。
次回から準備編終えて最終決戦へ。どうぞお楽しみに。


前回でサヤちゃんスキーからの熱いお声が届いております。
中途半端な状況ではありますが、サヤちゃんのお兄様への愛は何も変わっていないのでご安心を。心変わりではありません。


感想、よろしくお願いします。
仕事忙しいけど年内に頑張って終わらせますので、応援お願いします。

完結後、読みたい話は? (どれから書くか参考までに)

  • 後日談の日常回
  • オリジナルプロットの劇場版
  • SEED FREEDOM
  • 企画:タケルユリスinOO世界
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