GFAS-X2フルングニル。
ユーラシア西地域で3都市を壊滅させた、あのデストロイを優に2倍は超えるサイズを誇り、搭載火力はその4倍以上に及ぶ。
NJCによる核動力の潤沢なエネルギー。防御には鉄壁の陽電子リフレクターを完備し、108門という異次元の数でミサイルの弾幕を張り。主兵装には頭部口腔部に大口径のスーパースキュラ。胸部6門のプラズマ収束砲ヨトゥンに、全身に搭載された50門の迎撃火線ニブルヘイム。そして、腹部に隠されたフルングニルの最大火線スリュムは有象無象を薙ぎ払う拡散ビーム砲。
もはや、要塞という表現すら生温い、破壊力だけを求めた戦争の権化とも言うべき兵器である。
絶大なる個を以て数を制する────嘗てはそれをザフトのMSが。そして今はこれがフルングニルによって成されていた。
「ひっ!? うわぁああ!」
巨大な閃光に、同盟軍のウィンダムが呑み込まれようとする刹那。
金色の盾がその眼前へと立ち塞がり、光の奔流を受け止める。
「迂闊に近寄るな! 回避、防御のできない者は牽制の援護射撃に徹しろ!」
アカツキ・ヨウコウ────タケル・アマノが設計した、オーブを護る絶対的な盾。
その面目躍如という様に展開されたバックパックのドラグーンから光の盾を形成し、同盟軍を守り続ける。
カガリは脅威と恐怖を振り払い、必死に指示を飛ばし続けていた。
「くっ、エネルギーの消耗が激しすぎる……アマテラス! MCSを!」
ドラグーンとアメノイワトのフル稼働。
フルングニルの馬鹿げた火線に対抗できるアカツキが担う役割は大きく、無尽蔵にエネルギーを消費していく。
そうしてもう何度目かわからぬ補給に、アマテラスの元へと戻れば、アカツキの抜けた穴を閃光が切り裂き、次々と同盟軍の命が散った。
「それと……シモンズとアイシャを呼べ!」
そんな苛烈な戦場から少し後退し……身動きの取れなくなったtype-Lは、デスティニーとシンゲツによってメサイア近傍まで運ばれていた。
あの膨大な火線が行き交う戦場に、タケルを放置しておくこと等できなかったのだろう。
同盟軍が次々と戦場に散っていく様を見せつけられて、歯がゆい想いをしながらも、シンとサヤは安全圏までtype-Lを運んできたのだ。
「ここまでくれば……流石に」
「はい、安全の筈です……お兄様はこちらで待機していてください」
投げられた通信に、答えは返って来なかった。
だが、その沈黙は雄弁に今のタケル・アマノの状態を語っている。
再び、嘆いているのだ。
自ら興した人類の未来を決する戦い。それに破れ、戦う意味と力を失った矢先────目の前には、彼が戦うべき理由と力が必要となる現実が広がっていた。
また……己の無力にその身を震わせているのだ。
「お兄様、その機体ではできることなど有りません。今はどうか……お休みになってください」
「さっき言っただろ……あんたはもう、戦わなくて良い。
あんたが平和に生きられる世界は、俺達が戦って作って見せる。それを今から、証明して来てやるから」
決意と覚悟の声を放ち、シンとサヤはtype-Lへと背を向け戦場へと目を向けた。
ダイダロスで直接戦いその脅威を身を以て味わった2人は、フルングニル5機がどれほどのものか理解していた。
未だ嘗て無い、絶望的な脅威との戦い────しかしその先に、求める未来がある。
決意が心を奮い立たせ、覚悟がその身に力を宿らせる。
──種が、開いた。
疲労は激しく、決して長くはもたないだろう人類の進化領域へと踏み込む。
否、本来ならもう踏み込めぬだろう領域を、遺伝子的究極の相性が齎す相互補助が奇跡を起こした。
厳しい状態だとしても……互いが手を引き、支え合う事で。2人はこの時、自然とSEEDの発現に至る。
「行って参ります、お兄様」
「見ててくれ、隊長」
光を広げ駆けていく2人の背中を見送る。
「どうして……僕は……」
タケル・アマノは、未だ苦痛に喘ぐのであった。
「うぉおお!!」
正面から迫ってくるヨトゥンの巨大な光。それをジャスティスは強固なビームキャリーシールドで受け止める。
「今だ、イザーク!」
閃光が途切れると同時、光の奔流に押し返されたジャスティスの背後からtype-Dがブラズニルを握り飛び出した。
「でぇやああ!!」
アロンダイトと同じく、巨大なリーチと出力を誇る戦斧。
6門のヨトゥンを破壊できれば、随分とフルングニルの火力は失われる。ダイダロスでレイが取った戦略と同じく、脅威となる火線を叩き潰すべく、ザラ隊の3人はフルングニルへと攻勢を仕掛けていく。
「ちぃ!?」
しかし、振りかぶられたブラズニルが振り下ろされる前に、type-Dのコクピットにアラートが鳴る。
降り注ぐ膨大な数のミサイルが、type-Dの道を阻む。
「調子に乗るなよ、デカブツが!」
隙を突くように後方から狙い撃つのはディアッカのtype-B。
連結した2本の大型ライフル展開し、イヴァルディのビームバスターが火を噴いた。
しかし、それは間に割り込んで来たフルングニルのアームユニットが展開した陽電子リフレクターに防がれる。
「くそっ! 攻撃も防御も隙がねえ! ふざけてんのかこいつは!」
「泣き言などいらん! アスラン、両翼で攻めるぞ!」
「あぁ、了解だ! 援護を頼むディアッカ!」
「OK、言われずともだ!」
連続して放たれるイウヴァルディの狙撃。
そこからtype-Dのフラッシュエッジと、ジャスティスのシャイニングエッジ。2種のビームブーメランを牽制に投射した直後、2人は両翼よりフルングニルへと迫る。
深入りはせずに、全身に備えられたニブルヘイムのビーム砲塔を幾つか潰して2人は交錯。僅かな戦果を挙げて、追撃を躱しながら離脱していく。
「今度こそ!」
その動きに合わせるように、ディアッカがイヴァルディを高出力狙撃モードで展開。
狙いすました閃光は、アームユニットの防御を抜けてヨトゥンの一門を潰して見せた。
「おしっ! この調子で──」
「避けろディアッカ!」
直後、狙撃体勢であったtype-Bを幾つもの光条が襲う。
type-Bは半身になり肩のビームシールドで受け止切るも、眼前のフルングニルでは無く、別の出所からの攻撃に、ディアッカは冷や汗を流した。
「はっ……デカブツの後ろには更なるデカブツね……ホント笑えねえぜ」
フルングニルの背後に鎮座する、規格外の巨大な兵器レーヴァテイン。
こちらにも漏れる事無く全周に備えられた迎撃火線が光を吐き出していた。
既に手一杯な程フルングニルの脅威に晒されていると言うのに、その背後では更なる化物が控えている。
諦めが僅かに過るには十分な光景であった。
「ディアッカ、何をしている!」
「吞まれるな、バカ者が!」
「わかってるっての!!」
息をのみ、一瞬ではあるが動きを止めたディアッカに2人からの激が飛んだ。
この場には、彼我の戦力差にもっと絶望している者が沢山居る。
その絶望を振り払う事こそが、最新鋭の機体を任されている彼等の役目だ。
「はぁあ!」
「でぇえい!」
「こんのぉ!」
光と絶望を振り払い、3人は必死に抗い続けるのであった。
濁流の様に荒れ狂い、同盟軍を呑み込んでいく破壊の光。
それらを必死に躱しながら、ムウはディザスターを動かした。
「うぉおお!!」
再び迫りくる極大のプラズマ収束砲ヨトゥン────心許ないディザスターのシールドで逸らす様に受ければ、勢い押され機体が弾かれていく。
「このっ、嘗めるなよ!」
機体を即座に制御して肩口にあるディザスターの最大火砲シュヴァイツァを展開。
お返しとばかりに放つ攻撃は、容易く陽電子リフレクターに阻まれ、ムウは苛立ち交じりに表情を歪めた。
「ちぃ、厄介なもんを────はっ!?」
そこへ、再び狙い撃たれる破壊の光────耐久力に嫌な予感を感じながら、今一度受け流そうとムウはシールドを構えた。
「ムウさん!!」
しかし、そこにはフリーダムが割り込んでビームシールドを展開。破壊の奔流を防ぎ切って見せる。
「無茶しないで下さい! また死にたいんですか!」
「無茶は承知だ! だが俺達が的にならなきゃ、他の連中が次々に堕とされるだろうが!」
厳しい声を挙げるキラに、ムウも言い返す。
ディザスターに乗り込んだ所為か……戦闘前にあった贖罪の想いが強くなっている気配をキラは感じ取っていた。
「それでまた……マリューさんを」
「死にはしないさ! 死ぬつもりなど──」
「だったらせめて、死なない為の装備位しろ、このバカ!」
割り込んでくるハスキーな声と共に、金色に煌くシールドがディザスターの元へと投げつけられた。
無論そんな装甲を持つ機体などこの戦場に1機しかいない。
「カガリ!」
「嬢ちゃん……」
「嬢ちゃんはやめろと言っただろ! ヤタノカガミが搭載されたその盾なら、十分に奴等の攻撃を防げるはずだ。これだけの攻撃……きっちり生き残って、敵の射線を引き付け続けてもらわないと困るんだよ!」
膨大な数の火砲。それらを回避し受ける事が出来るパイロットはこの局面において最大限の戦果を齎す。
即ち彼等は、味方の損害の大半を抑えてくれる最高の切り札となる。
カガリが言う様に、無茶を重ねてでも簡単に落とされてもらっては困るのである。
「事も無げにシビアに要求を……こちとら
「口よりも機体を動かせ! 暢気におしゃべりをしている余裕など──」
瞬間、彼等をアラートが包み込む。
再び放り込まれる膨大な数の閃光────フルングニルの最大火線スリュムである。
キラはビームシールドを。カガリは即座にドラグーンを放ちディザスター諸共、アメノイワトで包み込んで難を逃れる。
しかし────脅威は次なる手を打っていた。
「ミサイル接近! 数……追い切れません!」
悲鳴のようなミリアリアの報告が挙がる。
キラ達を回避する様に放たれたフルングニルのミサイルが、後方に居たアークエンジェルを狙っていた。
強力な火線を囮にした、後方の艦への直接攻撃────戦術的な鋭い攻め手である。
「迎撃!」
「くっ、させるか!」
イーゲルシュテルンによる弾幕。そして一早く反応したキラが、マルチロックでミサイルに狙いをつける。
しかし、降り注ぐミサイルの雨は落とし切れない。フルングニルの搭載された夥しいミサイルの集中砲火が、アークエンジェルの艦体へと迫っていく。
「迎撃、間に合いません!」
「衝撃に備えて!」
衝撃備えたところで、この数のミサイルが直撃すればどうなるか。誰の目にも明らかだ。
果たして────衝撃は、訪れなかった。
迫りくるミサイルの尽くが、頭上より降り注ぐ光の雨に散らされていく。
万事休すと、目を瞑りかけたマリュー達の眼前には、灰色のMSが構えていた。
「貴方達は、本当に甘い……」
灰色のMSはレジェンド。そしてパイロットはレイ・ザ・バレルである。
「君は……」
「何を呆けているんですか! 俺との戦いと同じ轍を踏んで……さっさと艦を退がらせてください!」
再び飛び込んでくるミサイルをレジェンドのドラグーンが撃ち落としていく。
射撃兵装の豊富さ、威力ではフリーダムに分があるが、その射線の数で言えばレジェンドの方が圧倒的に上。
それを見せつけるかのように、フルングニルのミサイル攻撃をレジェンドは完封して見せた。
「聞こえなかったんですか、キラ・ヤマト」
「あっ、うん……マリューさん! 一度後退を!」
「え、えぇ……了解よ!」
先程まで接戦を繰り広げていた筈のレジェンドに守られた事に惑いつつ、マリューはアークエンジェルを戦線の後方へと後退させていく。
そんな艦を見送ってから、キラは改めてレジェンドへと通信を繋げた。
「──ありがとう、と言えば良いのかな?」
「勘違いをしないで下さい。こうなった以上、プラントを守るためには貴方方の力が必要なだけです。
俺は、ギルを討ったアレ等を許すつもりはない────あの艦も、貴方とフリーダムも、利用させてもらうだけです」
助ける……そんなつもりは毛頭ないと、レイはキラの言葉に険しい声で否定を返した。
全ては奪われたことへの報復の為。
レイ・ザ・バレルにとって唯一の理解者であり親代わりでもあった、ギルバート・デュランダル。そんな大切な存在を奪ったレーヴァテインを破壊する為である。
「俺と貴方なら、あの機体が持つ武装の全てを破壊して達磨にできるはずだ……目的は同じはずです。着いてきてください」
「うん────わかったよ」
どんな経緯であれ。意図であれ。今この時協力できるのなら構わない。
互いに死闘を繰り広げた以上、その実力は把握済みだ。
並び立てるのなら是非も無いと、キラは頷いた。
「行きます」
「うん!」
三度目のミサイル群を同時に撃墜すると、2人は寸分違わぬ動きでフルングニルへと吶喊した。
「ふっ、くくく……ハーッハッハッハ!! 最高じゃないか! これこそ、僕が求めていた光景だ!」
モニターから覗く映像に、ムルタ・アズラエルは狂喜の声を挙げる。
映像にはフルングニルの周囲を羽虫の様に飛び交い、有効打にならない些細な攻撃を続けるMS達があった。
蹂躙される同盟軍とザフト機。2年前、ヤキン・ドゥーエを駆けた戦場の伝説。フリーダムやジャスティスですら、決して優勢とは言い難い。
サイズこそが絶対的力。数こそが揺るぎない戦力。
それを体現するフルングニルの暴虐振りは、埋伏の2年半を帳消しにできる程痛快なものであった。
「貴様!!」
「これ以上は──ぐはっ!?」
そうして食い入るように、アズラエルがモニターを見つめていると、背後から騒がしい音が飛び込んでくる。
銃声……そして爆発。
レーヴァテイン司令室の前の通路から────扉から漏れ込んでくる煙に司令室は緊張で染まった。
そうして、喧騒の気配が止んだかと思えば、扉が開かれる。
「あっは! みぃつけた!」
ゆらり……そしてニタリと笑みを浮かべて、悪鬼は姿を現した。
「貴様っ──がっ!?」
司令室に居た僅かな人員が銃を向けようと動いた刹那。寸分違わず兵士の眉間が撃ち抜かれる。
音は一度で止む事は無く断続的に、恐るべき速さで司令室に響き渡った。
僅か十数秒────レーヴァテイン司令室は、痛い程の静寂に包まれる。
「これで邪魔者はいなくなったわ…………久しぶりねぇ、アズラエル
「くっ、くくく……そうだな、随分と遅かったじゃないか、ユリス」
狂気と狂喜。
互いに似た笑みを浮かべては、その口元の歪みを深め合った。
僅かに、ユリスの視線がアズラエルの背後……モニターに映る戦場の光景へと移る。
そこに映る、激戦ーーーー否、限界ギリギリで保たれている同盟軍とザフトの防衛戦。
目ざとく認めたアズラエルは、楽しそうに口を開いた。
「あぁ……どうだユリス? 僕が推し進めて来た最高傑作は? 驕り高ぶったお前達コーディネーターでもどうしようも無い、絶対的な力を見せつけられた感想は?」
「呆れる以外に感想が有ると思うの? こんなつまらない光景を作る為に2年間も必死に隠れ潜んでいたなんて…………滑稽過ぎて涙が出ちゃう」
わかりやすく嘲る笑みへと変えて、ユリスは嘲笑った。
「ふっ、後少しすればあの忌々しい砂時計は一基残らず全滅する────思い上がったお前の頭でもこの意味が分かるだろう?」
「知らないわよ。興味も無い…………プラントがどうなろうと、私には関係ない」
手に持っていたハンドガンとナイフを構える。
ただひたすらに殺気を込めて睨みつけるユリスの目にあるのは、自身を…………ステラ達を良い様に弄び利用してきた、愚者への復讐のみである。
「はっ! 僕を殺してどうするんだい? そんな事をしても何も変わらない。このレーヴァテインは止められない」
「興味無いと言った! 私の狙いは、あんただけよ」
取り付く島のないユリスに、アズラエルは崩す事の無かった笑みを消した。
「はぁ……本当にお前は、2年前から何も変わらない」
何かの動作────それは銃を取りだすわけでもなく、攻撃の意図も無い。
アズラエルが言葉と共に肩を竦め、首を傾げたその瞬間。
「──っ!?」
ユリスの腹部を灼熱が襲った。
激痛と共にパイロットスーツ越しに広がっていく鮮血。その原因は、アズラエルの背後に備えられていた迎撃用のタレットシステム。そこから放たれた銃弾が、ユリスの右下腹部を貫いていた。
「──ちっ!」
咄嗟に、ユリスはナイフを投げた……アズラエルでは無くタレットへ。
追撃に放たれた銃弾を避けて飛来したナイフは、タレットの銃口を捉える。
行き場を失った弾丸によって暴発を起こし、タレットは機能を停止した。
しかし、代償は大きい────近くのコンソールの影に隠れ、ユリスは激痛に表情を歪める。
「(──くっ、つぅ。油断したわね……対策ばっちりじゃない)」
周囲の兵士を、有無を言わさず駆逐するその戦闘力。
人間兵器として仕立て上げられたユリス・ラングベルトの自負が……アズラエル1人と対峙した事で僅かな心の隙を作った。
いつでも殺せると油断していたその慢心の結果である。
「おやおや、お前ともあろう者が情けない姿だ……さっきまでの威勢はどうした?」
嘲笑と共に幾つもの銃弾がユリスの背後を叩く。
音と振動がまた激痛を呼び、ユリスの頬を冷や汗が伝った。
「無様だな、ユリス! これから滅びゆくお前達コーディネーターに相応しい姿だ!」
「はぁ? 何血迷った事言って──っ!?」
反撃に転じようとした瞬間を狙われ、ユリスの頬を銃弾が掠めた。
苦虫を噛み潰したようにまた表情を歪めたユリスは、再びコンソールの物陰へと身を隠して、アズラエルの隙を伺った。
「これから滅びゆくって…………どういう事よ!」
「もうじきあの砂時計は全部落ちる。宇宙に居るコーディネーターはその全てが死に絶えるんだ」
「それがどうしたの? 地球にだって、コーディネータはいくらでも──」
「残らない。いや、残れないんだよお前達コーディネーターは────生物として欠陥品なのだからな」
欠陥品────まろび出た理解の及ばぬ単語に、ユリスは痛みとは別に顔を顰める。
コーディネーターは欠陥品。その意味する所は、少し考えればユリスにも思い浮かんだ。
「そう、お前も知っているだろう? コーディネーターが抱える最大の問題」
「────出生率」
「あぁ、その通りだ!」
また数発、銃弾がユリスの元へと降り注いだ。
司令室の天井を利用して、アズラエルはコンソールの影に居るユリスへと跳弾させて狙い撃ってくる。
「極端に低い出生率……コーディネーター同士ではまるで子を成すことができない程にコーディネーターのそれは低い。そして目下最大の課題として取り組まれていたこの問題を、今だお前達は解決できずにいる。そうだろう?」
「──っ!? そういうことか!」
アズラエルの言わんとしている事に思い至り、ユリスは吐き捨てるように呟いた。
そう、遺伝子の権威であるギルバート・デュランダルをもってしても未だ、コーディネーターの出生率の低さは根本の解決には至っていない。
そして、この課題に取り組んでいるのは当然ながらコーディネーターの総本山プラントだ。
研究の成果。改善策。未来への取り組み。
その一切が、無に帰すことになる。
今この時、全てのプラントが墜とされる様な事になれば…………コーディネーターはその絶対数を大きく減らすだけに留まらない。
未だ迫害の風潮が強い地球圏に、残ったコーディネーターが繁栄できる下地が在る筈も無いのだ。
生物としての最も大事な機能────生殖能力に劣るコーディネーターは、ゆりかごとも言えるプラントを失った時、種としての存続の危機に立たされることになるだろう。
「分かるだろう? プラントを討つ……それは単純な、プラント国家を殲滅する目的ではない。
この戦いによって、人類は嘗ての……お前達コーディネーターが存在しなかった時の平和な世界を取り戻すのさ」
「そんな、馬鹿げたことを──」
「叶うさ! お前達の所業が、それを可能とする。
ザラ派の残党は本当に良い仕事をした……ロゴスが壊滅となった今、憎しみを向ける先はユニウスセブンを落としたお前達コーディネーターへと容易に傾いていく」
恐らくは、ギルバート・デュランダルが見逃したあの事件すらも。
この男のコーディネーター滅亡計画に利用される事となる。
全てがアズラエルの掌の上であった現実に、ユリスはどうしようもない吐き気と怒りを覚えた。
全て良い様に利用された、世界と自分達。
そしてこれから起こるであろう……コーディネーターを種として滅ぼそうとするであろう、人類の未来。
やはり。どれだけ平和を願い、どれだけ守る為に戦い続けても……人類は2年前から何も変わる事は出来ないのだと、目の前の男がそれを証明していた。
「わかったか? お前達コーディネーターにこれから先、生き残れる未来など無いんだよ」
突き付ける様に言い放つアズラエルの言葉に、ユリスは大きく息を吐いた。
血液と共に、身体は徐々に熱を失い始めていた。
意識が明瞭から朧気へと変わっていく。その気配を感じ取る。
命が……傷口から流れ出ている様な気分である。
それでも、ユリスの胸にある炎は消えない。
種としての未来。コーディネーターの存続?
そんなものは至極どうでも良い。
ご高説を聞かせる相手を間違えていると、ユリスは意志とともに明瞭さを取り戻してくる意識の中でアズラエルをなじった。
「ふっ、あっはは! なるほどねぇ……あんたの考えそうな浅い考えで安心したわ!」
戻って来る狂気の声音。
コーディネーターの存在を否定する未来を、ユリスの狂気が否定する。
「まだ理解できないか? やはりお前は出来損ないなんだな」
「興味ないと言ったはずよ…………私が今生きる理由なんて、あんたを殺す以外に無い」
銃を握る手が微かに震えた。
恐怖? 否、引鉄を引く指に力が残っているかを確認してためである。
「だから──」
ゾクリと、アズラエルの身が強張った。
動き出しを予感する、ユリス・ラングベルトが最大に放つ殺気。
反射的に銃を向けた先で、コンソールの裏から赤い影が飛び出した。
瞬間、銃声が幾度も鳴った。
銃弾が貫いたのは────大量の鮮血で更に赤く染められた、ザフトレッドのパイロットスーツだけであった。
「──っ!?」
音が鳴る。
瞬時に、アズラエルは次の場所へと銃口を向けるも、黒い影が山吹色の尾を引いて彼の眼前を横切った。
「──くっ!」
目にもとまらぬ速さで無重力空間を翔けるユリス。
壁へと到達し次の為に動きを止める一瞬。
「そこだ!!」
「ぐっ!?」
放たれた銃弾は壁を蹴りつけようとしたユリスの左肩を穿ち、握っていた銃が手放される。
「死ね、ユリス──」
勝利を確信したアズラエルは体勢が崩れたユリスへと狙いを定め、次の引鉄が引こうとした────その刹那。
「遅いのよ!!」
鈍く、それでいて鋭い音と共に。
アズラエルの胸には、タレットに突き刺さっていたはずの鈍色の刃が飛び込んでいた。
「──あっ、かっ、は」
衝撃に狙いを逸らした銃口。
痛みに耐えて、もう一度引き金を引こうとするアズラエル。
「だから────遅いっての」
渇いた音が数発なる。
アズラエルが引鉄を引くより早く、手放した銃を手に取りユリスが銃弾を放つ。
眉間を撃ち抜かれ……ムルタ・アズラエルはあっけなく絶命した。
力無く漂う身体に、念入りにと更に数発の銃弾が突き刺さる。
二度、三度…………弾倉を空にして漸く、ユリスも銃を手放しその身を無重力に投げた。
激痛はもう、脳髄を煩わせる事はなかった。
腹部と肩。漏れ出る真紅にどこか諦めの境地が過ぎっていく。
「遅いのよアズラエル…………あんたが取り戻そうとしている時代は、プラントができるずっと前から、人類が通った道……」
プラントが失われたくらいでコーディネーターが滅ぶのであれば……そんな程度の業しか、人類が持っていなかったのなら。
今の世界はもっと違っていたはずである。
だが、そうなっていない。
それが、彼の目論見の反証である。
「そんな浅い計画で……兄さんと議長さんが望んだような平和が……この世界に訪れるわけ……ないじゃな……い……」
訪れた静寂と共に────ユリス・ラングベルトの復讐は終わりを迎えた。
──何故なのか。
自問しても答えの見つからぬ問いを、幾度となく繰り返す。
──どうして、届かないのか。
足掻いて、抗って、求めても。いつも伸ばしたこの手は掴めずに空を切る。
物言わず、動かぬ機械人形となったtype-Lのコクピットで────タケル・アマノは必死に操縦桿を握り締めていた。
彼方の戦場では、未だ光が飛び交い火花が散っている。
大切な人達が、命を燃やして世界を守る為に戦っていた。
だと言うのに。
無力な己はこんな安全な場所で、何もできず遠くの戦場を見つめる事しかできない。
戦場へと向かう前にシンとサヤが呼んだ救援部隊に、もうじきタケルは回収される事だろう。
使える機体は無く。タケル自身はSEEDが齎す負荷とこれまでの戦いで心身共に疲弊しきっている。
今のタケルに戦えなどと────きっと、誰もが言わないはずだ。
もう休んで良い。もう戦わなくて良い。
伝えられた筈の、優しい言葉を……しかし、目の前の現実がタケルに受け入れさせなかった。
『────聞、こえる、かね?』
そんな時だった。
かろうじて生きていた通信回線に、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
「──議、長?」
『あぁ、私だ』
確かに繋がった回線。
レーヴァテインに光に呑まれ原型を失ったメサイアから、ギルバート・デュランダルの声が届けられていた。
「生きて……無事なんですか?」
問いかけた言葉に、小さなため息が漏れ聞こえた気がした。
嫌な予感は、すぐさまタケルの胸に沸いて来る。
『こうして……話せている事が……奇跡だろうね……既に視界も不明だ』
返された答えに、タケルは息をのんだ。
偶然か……それとも運命か。施設の崩落に巻き込まれ、今際の際に居る中、彼のすぐ傍に、奇跡的に生きている通信コンソールがあったのだ。
そして、その奇跡の上に成り立っている最後の通信を、タケルへと届けているのである。
「直ぐに救援を!」
『無駄だ。どの道助からない』
「何を諦めて──」
『聞いてくれ……タケル・アマノ』
急く様に。焦る様に遮って来るデュランダルの声音に、タケルは押し黙った。
「──議長」
『これで、良いのだ。私の計画はここまで……私が考え、君が望んでくれたデスティニープランは、他ならぬ君が否定してくれた』
「何を……僕はそんな」
『遺伝子が見せる未来……君程、戦士として相応しい遺伝子を……能力を持つ者は存在しない。
だと言うのに、君程戦士に向かない者も居ない。君は優しく、傲慢すぎるのだ……』
傷つく事が受け入れられなくて。失う事が許容できなくて。
大切な人を、悲しませることが出来なくて……タケル・アマノは戦い続けて来た。
デュランダルが言う様に、戦士として戦うには優しすぎて……そして、全てを守れる未来を欲してしまう傲慢さを併せ持つ。
それが、戦士になるには余りにも不適格な、タケル・アマノの本質。
『遺伝子は君に戦う未来を見せた……だが、それは君を不幸にしかできない。遺伝子が管理する人類に、幸せも平和も有り得ないのだ』
「そんなこと」
無い────否定の言葉を、タケルは飲み込んだ。
納得してしまった。彼の言葉に。その意味に。
捨てられない自分。失う事を許せない自分。
守れなかった事を…………許容できない自分。
傲慢すぎる己の性を、タケルは自覚してしまっていた。
「僕、は……」
『勘違いしないでくれ……これは君を否定しているわけではない』
ハッとして、タケルは顔を上げた。
有視界通信ではない無機質な音声だけの回線に、まるで何かを
『捨てられない君だから…………失う事が出来ない君だから。私は全てを君に託したいと思った。私が見出した、遺伝子では実現できない本当の平和を……君ならば実現できるはずだ』
「本当の……平和?」
プランが導く一時の平和。その先にあるSEEDを持つ者が支配する、本当の平和。
それすらも────幻という様に、ギルバート・デュランダルの声音は新たな希望を讃えている気がした。
『ラウと同じく愚かな人類を知り、ラウと違い破滅を望まなかった君なら。
人類に絶望しながらも、それでも捨てられない未来を望んだ君なら────この戦いの先で、真に平和な世界への答えを見つけ出せるだろう』
それが、ギルバート・デュランダルが至った結論。
極めて勝手で、酷く無責任な────全てを信じた者の答えであった。
「議長…………何を言って」
『タケル・アマノ、潜んでいた悪意は出てきた。君の目の前に、今見えているはずだ────我々がプランの先に見た一次の平和。それはもう、目の前だ』
声音から、力が消えていく。
言葉から、命が消えていく。
別離の時を、タケルは感じ取った。
「ダメです、議長!」
『さぁ…………後は…………君、が……』
静かに────生きてた証の声が途絶える。
「──ぎ、ちょう?」
かぶりを振る。必死に、タケルは通信回線から届けられる現実を否定した。
しかし、幾度認めないと首を振っても。二度とあの温和な声が返ってくることはなかった。
「──な、何で!」
ふざけるなと、怒りを挙げる。
好きに、勝手に、全部を押し付けて。満足そうに先に逝ってしまった同志へと、タケルは歯を食いしばって慟哭を耐えた。
「何で、僕はいつも!!」
どうしてこんなことばかりなのだ。
もう無理なのに────戦う力も、意志も残されていないというのに。
いつも世界は。手放せぬ想いを心の奥へと生み出していく。
「必要な時に、どうして!!」
オーブを撃たれた時だってそうだ。
肝心な時に、肝心な場所に、いつもいられない。
いつだって、手が届かない場所に居る。
「──なんで、僕はこんなにも」
無力な己を、涙と共にタケルは呪った。
『また泣いてるの────坊やは本当に、泣き虫さんね』
次回 FINAL-PHASE
お楽しみに
完結後、読みたい話は? (どれから書くか参考までに)
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後日談の日常回
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オリジナルプロットの劇場版
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SEED FREEDOM
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企画:タケルユリスinOO世界