これだけは完結後に書かなきゃと思ってた話。
とりあえずこれだけは伝えておきたい。
オマタセシマシタ
追記 前回のあとがきにシロガネの設定資料を載せましたので、興味あればどうぞ。
それは向き合う心と共に
季節が変わりやすい空模様を見せる頃。
少女の恋は、枯れた空に儚く散った。
オーブ首長国連邦オノゴロ島。
海岸線の小高い丘にそびえる豪勢な邸宅────アマノ邸。
今日も今日とて、騒がしい一日が始まる。そんな予感を感じさせる日差しが差し込む朝。
サヤ・アマノは少し早めの起床をして、ダイニングへと降りて来た。
「ふ……ふぁ……」
彼女にしては珍しい、やや寝ぼけ眼を隠せない様子である。
それもそのはず。昨晩は日付を跨ぐほどの遅い帰宅となったのだ。
現在オーブ国防軍は再編の最中にある。
昨年のオーブ戦役でもそれなりに数を失った中、続くレーヴァテイン事変でもかなりの戦力が失われた。
あの精強にして勇猛なオーブ国防軍も、大戦の直後となればその面影を随分と失うものであったのだ。
そして、3年前には残っていた英雄の喪失。
技術分野に居ながら、オーブ国防軍最強の戦力であったタケル・アマノの存在は大きく。そしてその喪失もまた同様。
筆頭戦力を失ったオーブが、国防軍の旗頭として次に定めるのは当然ながらアマノ家現当主、サヤ・アマノである。
階級は国防軍二尉から、3階級特進の中佐。
ちなみに現在は、プラント・連合・オーブの交流も深く、階級の統一が行われており、オーブ国防軍も階位の名称が変更されている。
それはともかくとして、そうしてまだ17歳の身空にして、中佐などと高過ぎる階級に就かされたサヤは、同じく国防軍に正式徴用され戦時の功績をから大佐へと昇格したマリュー・ラミアスと、国防軍の再編に追われているのである。
またも余談ではあるが、国防の要であり代表首長となるちょっと……否、かなり奇特な金色姫は、既に4日目に突入する政庁への缶詰め状態である。
周囲の心配の声を跳ね除け、休ませようとする恋人の声を払いのけ、政務に追われているらしい。
「ふふっ……サヤとて中々に大変な身ですが、古妹には同情を禁じ得ませんね」
言葉と表情は釣り合っていないが、とにかく彼女達は現在多忙の身である、という事だ。
「んあ? もう起きてるのか、サヤ?」
リビングに降りて来る声。
目を向ければ、現在家に居候中の少年、アウル・ニーダの姿があった。
腹を空かせて……と言う所だろうか。寝ぼけ眼を隠そうともせず、その上どうにも思考のはっきりとしていない気配であった。
「えぇ、おはようございますアウル・ニーダ。今から朝食を用意しますので、お兄様達を起こしてきてください」
「ん、あいよ…………ん? タケルと、ナタルを?」
「はい……そうです。お兄様達を起こしてきてくださいと……」
寝ぼけ眼に芯が入り、アウルが不思議そうに首を傾げた。
そんなアウルの反応に、サヤもまた首を傾げた。
「アウル・ニーダ、何か?」
「いや……タケルとナタルなら、明け方にはもう出て行ったぜ?」
「えっ……」
予想外な言葉に、サヤは目を見開いた。
出て行った? 出かけた? 明け方のそんな早い時間に?
脳内に反芻していく事実を、急いで噛み砕いていくと、脱兎の如く家の会談を駆けあがっていく。
「お兄様!」
廊下の先────タケルの部屋へと飛び込んだ。
しかし、そこはまるでもぬけの空。仕事に必要なパソコンから、ある程度の生活用品も部屋から無くなっていた。
サヤはすぐさまナタルの部屋の扉も開いた。
「お義姉様!」
広がるのは無音の返事と、彼女らしい簡素な部屋。
こちらにも諸々、あったはずのものが幾つか消えていた。
「お、おいサヤ!?」
「くっ!?」
今度はまた階段を駆け下りてリビングへ……そこでサヤは、テーブルの上にある、小さな書置きを見つけた。
即座に手にとってみれば。
“ごめんね、サヤ────”
書き出しの文に、サヤ・アマノは声を引き攣らせて絶句した。
まるで、足下から大地が崩れていくような喪失感。
恐怖に慄きながら、利口な頭脳はその意味を解していく。
サヤ・アマノは選ばれなかった……捨てられたのだと。
「────いや」
漏れ出たのは、ただただ恐怖に事実を拒否する言葉だけであった。
「お、おいサヤ──」
「アウル、お兄様達はどちらに!?」
「いや、だからまずは話を──」
「お願いです、答えて下さい!」
どんと殴りつけるように声をぶつけられ、アウルは一瞬怯んだ。
静まり返るリビングに、荒くなったサヤの息遣いだけが、妙に騒がしく聞こえた。
「──多分、モルゲンレーテの空港のはずだよ」
「っ!? ありがとうございます!」
「あっ、だから落ち着けって!!」
走り出したサヤの背中に、アウルの声が空しく響いた。
車庫に止めてあるバイクにまたがったサヤは、キーを回してエンジンをフルスロットル。
まだ朝も早く空いている公道を、疾走していった。
「いや、いやです……!」
早鐘を打ち、激しく脈打つ心臓の鼓動が、やけに喧しくサヤの胸を叩いていた。
初めて出会った日。初めて想いを自覚した日。
これまで育んで来た、絆と心。
全てが過っては消えていく。
「いやです……お兄様!」
ずっとこんな生活が続くと……何とも無しに信じていた。
いつか、向き合ってもらえる。最愛の兄が、自分を見捨てる筈がないと言う、漠然とした根拠の無い確信を持っていた。
それが音をたてて、脆くも崩れ去っていく。
「お願い……します」
震える声で、願いを口にした。
「サヤを──」
置いて行かないで下さい。
オノゴロ・モルゲンレーテ本社が所有する空港。
資材等の受け渡しの為に建設され、首都オロファトの復興が未だな今、実質のオーブ所有国際空港である。
空港内の待機エリアで、タケル・アマノとナタル・バジル―ルは自分達が乗る便の発着時間を待っていた。
「──本当に良かったのか、タケル?」
どこか神妙にするナタルの声に、タケルは物憂げな表情を見せる。
「仕方ないじゃない? こうでもしないと、サヤはきっと僕から離れる事ができないし」
書置きだけを残して……彼女には黙って出て来た事を、ナタルが咎める。
当のタケルも、御しきれない想いを抱えている様に、呻きながら答えた。
「丁度良い機会だとは思うんだ。サヤはこれから、アマノの家の当主としてカガリと一緒にこの国を守っていかなければならない。そして、僕は治安維持機関の実質的なトップの位置に近い。
これまでの様に、同じ組織に居られるわけじゃないから。物理的に距離を取らないと、きっと僕達はこのまま──」
「お兄様!!」
空港内に、少女の叫び声は響き渡った。
「────サヤ?」
振り返り、そして少女を見たタケルは驚愕の表情を浮かべる。
少女はそんなタケルの顔を見ると、脇目も降らず駆け出してその旨へと飛び込んだ。
「お兄様! いやです! 置いて行かないで……サヤを捨てないで下さい!」
「えっ、ちょっと!? サヤ?」
驚きと同時に周囲の目も集まってきて、タケルは慌ててサヤを引き剥がそうとした。
しかし、その力に負けぬ様にと、サヤ・アマノはタケルの背に回した腕に力を込めてしがみつく。
まるで離れたその瞬間────全ての事実が定まってしまうと、怖れているかのように。
「私ではダメなのですか! お義姉さまと一緒にと願うのは許されませんか!
サヤはずっとお兄様を恋願い、お慕いしてきました……サヤには、お兄様しかおりません!」
「まっ、お願いだからサヤ、ちょっと」
「お願い致します! サヤが愛しているのは、お兄様だけなのです!」
全身全霊────全てを込めた告白が空港内に響き渡り、そして辺りは一気に静けさを取り戻した。
徐々に取り戻していく喧騒。アナウンスが空気を読まずに流れていく中、周囲の目は奇異と共にタケル達へと向けられている。
「サヤ、落ち着いて聞い──」
「確かに私にとって、シンやルナマリアは大切な人となりました。しかしそれは、お兄様への想いとは違うのです。
シンとの触れ合いに心乱されることは、確かにあります────それでも、サヤが愛している御人はお兄様だけなのです」
先程までの勢いとは打って変わって、しおらしくなる声音。
自信なく、そして幼子の様に恐怖に振るえる少女の独白が続いた。
「嫌です、お兄様……私は、お兄様を諦めること等……できません……」
涙交じりに、サヤ・アマノの想いが全て吐き出された。
「ゴメンね、サヤ」
声に、言葉に、サヤの背中がビクリと奮えた。
嫌だ、嫌だと、タケルの胸に埋めた顔を横に振った。
「いや……いやです」
「うん、わかってる。ちゃんと、サヤの気持ちを、僕は分かってるつもりだよ」
「えっ……?」
顔を上げれば、そこにはいつもの様に優しい……大切な兄の顔があった。
「ゴメン、なんか……変な勘違いさせちゃったみたいだね」
「勘……違い? お兄様、どういう事でしょうか?」
未だ理解が及んでいないサヤの表情に、タケルは苦笑。ナタルはどこか呆れ顔を見せた。
「はぁ……サヤ、私達は書置きを置いて行っただろう。読んでいないのか?」
「それは勿論、目にしました……お兄様から、ごめんねと書き出しがあって……」
「あぁ、それだけ読んで来ちゃったのか……道理で」
「へっ? あ、あの……お兄様、一体」
もはやサヤ・アマノは混乱の極みである。
苦笑いと呆れ顔の、兄と姉。
自分は一体どんな勘違いをしていると言うのか?
利口な頭脳が、この時ばかりは完全にポンコツであった。
「あのねサヤ、確かにそうやって書き出してたとは思うけど……あれはそんな意味じゃないよ。
昨日急遽決まって、機関の拠点になるレーヴァテイン跡地へ視察に向かう事になってね。暫くは向こうに滞在する事になって……ステラ達の面倒をサヤにお願いしちゃうからごめんねって……」
「そ、それではまさか……」
「あぁ、ちゃんとそれについても書いてきた。昨日が夜遅かったから起こすのも忍びないと思って、書置きだけで出て来たのはこちらの落ち度でもあるが……アウルとスティングにはちゃんと伝える様に言っておいたのだがな」
ハッとして、サヤは目を見開いた。
“いや、だからまずは話を──”
あの時、アウルはそれを伝えようとしていたのだ。
しかし、狼狽えたサヤは完全に自失となっており、冷静な判断ができなかった。
故に、こうしてこの場で、こんな形で想いを明け透けにすることになってしまった。
「あ、ああ……そ、そんな……それじゃ」
「うん、サヤの勘違いだよ」
苦笑いのまま、いつも通りの優し気な声で告げられるそれが、かえってサヤの羞恥心を煽いだ。
穴があれば入りたい。正にそんな心地で、顔を赤く染上げ、サヤはタケルから目を背けた。
呆れ顔の姉の顔も、優しく見つめてくれる兄の顔を、今はどうあっても見れる気がしなかった。
「──サヤ、こっちを向いて」
「いくらお兄様でも、今は……っ!?」
瞬間、サヤ・アマノの脳は新たな混乱に揺さぶられる。
目の前にあるのは、大好きな兄の顔。
目の前一杯に広がるのは、大好きな兄の薄く閉じられた瞳。
そして口元には、柔らかな感触が……
「お、兄様……?」
「ゴメンね、サヤ……今までちゃんと向き合ってあげられなくて。
僕をこんなに愛してくれる君を、僕はずっと守るべき妹としてしか見てこなかった」
それは、失う事を……捨てられることを恐れた予防線。
頼られる兄のままでいたかった。兄で居続ければ、ずっと大切な兄妹のままで居られると、踏み込むことも踏み込まれる事からも、タケルは逃げ続けて居たのだ。
「でも、サヤは心の底から僕を愛してくれてる。僕が君の兄だからではなく……僕がタケル・アマノだから、サヤ・アマノは心から愛をくれている」
「はい……勿論です」
「だからちゃんと向き合うよ。君の愛に、ちゃんと……」
静かに、タケルはサヤの華奢な身体を抱きしめた。
「僕も、君を愛しています」
枯れた空に、少女の愛が実るのであった。
「それで、どうするんだ……シャトルは出てしまったぞ?」
抱きしめ合う2人の背後から、呆れたようにナタルは問いかけた。
勿論、決して抱きしめ合う2人の間に割って入ろうとしたわけでは無い。断じて無い。
些細な勘違いから始まったこの騒動のせいで予定が狂った事を、それとなく咎めているだけである。
「お義姉様、大変申し訳ありません。私の勘違いのせいで……」
「ううん、良いんだよサヤ。もう今日の予定は変更だから」
「変更? どうする気だ?」
どこかやる気に満ちた表情で返すタケルに、ナタルとサヤは疑問符を浮かべた。
そんな2人に、タケルは不適な笑みで返す。
「カガリの所へ行こうか────苦戦は必至だろうけど、何としてもサヤを機関に引き抜かせてもらわないとね」
ぱぁっとサヤの顔が輝けば、ナタルは反する様に目頭を押さえた。
決して簡単な交渉にはならないだろう……がしかし、決めた以上きっとタケルも退かない。
これは大きな戦いになると、ナタルの嫌な予感は訴えていた。
「忙しいから不機嫌だろうなぁ……最悪はアスランに援護してもらおうかな」
「お兄様! あんなヘタレに頼らずとも、いざとなればサヤが援護致します!」
「言っておくが私は中立を貫かせてもらうぞ……頼むからこれ以上厄介な兄妹喧嘩に巻き込まないでくれ」
「あはは……ごめんねナタル。でも、止めないって事は認めてくれるんでしょ?」
認めてくれる────そこに込められた様々な意味を解して、ナタルは肩を竦めた。
「────当然だ。私にとってもサヤは大事な妹だからな」
「お義姉様!」
「ありがとね、ナタル」
こうして、仲良く肩を並べた3人は空港を出ると、政庁がある方へと車を走らせるのであった。
ちなみに余談ではあるが、この日オーブ政庁は荒れに荒れたと言う。
缶詰め続きだったカガリの元へとやってきたバカ兄とバカ妹がバカなことを言い出した事で、堪忍袋の緒が切れたカガリは大激怒。
隣にいた仏頂面の恋人をなぎ倒して、その日の仕事を放りだした──────らしい。
後に仏頂面の恋人は語る。
「あれは、史上最悪の兄妹喧嘩だった…………」
はい、これにてサヤちゃんの愛情にもちゃんと決着しました。
とは言っても、結局遺伝子の見せる究極の相性は残ってるのでサヤが言うように今後もシンとのやり取りで心乱されるのでしょうね。
タケルがちゃんと向き合うと決めた。
それが大事なお話でした。
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