宇宙空間らしい静寂の最中。
無機質な室内には十分な空気が満たされ、カタカタとキーボードを叩く音だけが伝播する。
少し広めの執務室。
そこでタケル・アマノは画面を睨みつけながら、仕事の只中であった。
「んー、でもなぁ……」
悩ましげに眉を顰めては、何度か複数画面を往復して様々に視線を流していく。
現在の場所は建造途中の拠点セルヴァの内部。
リング状の居住区画ではなく、機関の機能を司る中央構造体に用意された彼の執務室だ。
総裁フレイ・アルスターより投げつけられた肩書は平和維持機関・特別任務部隊総括────だけで終わるはずもないのがこの男。
現在の彼は、実行部隊の総括兼開発局局長も任命されている。
要するに、相も変わらずこの男は開発畑での仕事がメインであるわけだ。
そうして執務室で睨んでいるのは機関の主力モビルスーツたるムラサメの図面。
すでに試作期での完成を見ているこの機体を、正式採用する前のブラッシュアップをするためにアルバートと詰めている最中だ。
「────ん?」
画面の端にチラつく通知。
どこか反射的に近い動作で、タケルは通話の画面を開いた。
映し出されるは開発局の指揮をしている件の男。アルバート・ハインライン技術大尉である。
「如何ですか、局長?」
「大尉…………僕が確認したであろう時間を見越して通信をするのはやめて下さい。必ずしも受け取ってすぐ確認できるわけではないんですから」
「無論承知です。なので、局長の予定と正味尋ねそうな人員の予定を確認の上、データの送付と通信を出しております」
「やりにくいなぁ…………」
少し疲れたように、タケルはぼやいて返した。
兎にも角にもこの男、技術者としてはもちろん。同僚としても優秀にすぎる。
端的に言えば効率的仕事の鬼だ。一切の無駄を嫌うような素振りさえ感じると言える。
だからこそデータを確認後のタケルの返信を見越して、こうして通信を繋いできたのだろう。
もはや執念すら感じる姿勢である。
「──して、ご意見の程は?」
少しだけ声音に固さを含ませてくるアルバートに、タケルも通信越しではあるが居住まいを正した。
「新規技術の構想が多いですね。実現性と生産性は懸念事項です。詳細はまた色々話したいですが、技術者としては、歓迎したいデータではあります」
「ふむ…………では局長ではなく総括としては違うと?」
「突出した技術と戦力は争いの種になる。それは2年前と4年前に実証されています。
平和の監視機関である我々が、争いを生むようでは本末転倒でしょう。できる限り既存領域の技術に留め、パイロットとの親和性で戦力の引き上げを狙うのが、現時点での僕の考えです」
技術者としてではなく、実行部隊の総括。つまりは機関における一権力者としての立場からキッパリと返された言葉に、通信越しでアルバートの眉根は微かに動いた。
表情には出ていないが、その胸中はタケルにも伝わり、画面を通して厳しい視線が行き交う。
「総括、お言葉ですがその理念には限度があります。仮に機関の特務に対する敵勢力が我々よりもずっと先の技術を用いてくる可能性を考えたら……停滞は取るべきではない愚だと具申致します」
「お考えは分かります。しかし、これについてはアルスター総裁からも懸念として挙がるでしょう。無論、監査役となるであろうプラントとオーブの首脳……クライン議長とアスハ代表からも。
我々だけの一存で定めるわけにはいかない」
「ですが!」
「なので────切り札として作るのはどうでしょう?」
食い下がろうとするアルバートを牽制する様に。
声を被せて、しかしタケルは先程までの総括としての顔から、技術者としての顔に切り替わった。
端的に言えばいたずら小僧の顔と言うやつだ。勿論、本当にいたずら心でしでかすわけでもないが。
「切り札……ですか?」
「提案された新機軸の技術──僕とて大尉の懸念は理解しています。なので、準備するに越したことはない。
しかし、総裁等お偉いさんには良い顔をされません。僕も、立場的に良い顔はできない。
なので、正式採用の量産機は既存の技術で仕上げたムラサメを採用します」
「なるほど……しかし切り札として、ムラサメのマルチウェポンラックを用いた新機軸の技術兵装を用意しておく、と?」
一を知って十を知る様に、タケルの言わんことを察してアルバートは続けた。
互いに理解し合える技術者としてのシンパシーが、悪癖とも言うべき部分を曝け出させていた。
「そう言う事です。どの道、シロガネには次の設計構想もありますからね。僕としても新機軸の技術は実現化させておきたかったですし」
「であれば、シンゲツやデスティニーなどの隊長機にも?」
「そのつもりです。現段階ではシルエットシステムに酷似した武装追加システムで考えていますが……シロガネだけは全く別の構想になっています。こちらは後で現時点のデータを送りますよ。大尉も興味を引くこと間違いなしの、面白い設計案になっていますので」
「ふっ、それは楽しみですね…………っと、失礼。そろそろ時間です」
「時間?」
「はい。では、通信を終わります」
画面上の時刻を確認してアルバートは、一言残してから慌てる様に通信を切った。
タケルとしては良い所だったのに急にどうしたのか……と、疑問を浮かべてアルバートの職務予定を確認しようとするが────答えはそれよりも早く、執務室への来訪者を告げるブザーの音で理解した。
彼の事だ、おおかた来訪者の時間までも想定済みと言う事なのだろう。
邪魔をしてはならないと、徹頭徹尾スケジュールを把握しているらしい。
「あっ、どうぞ。開いて──」
「失礼します!!」
かくして、来客はタケルの返事を聞き届ける前に執務室のドアから飛び込んで来た。
無論、この勢いから分かる様に怒り心頭な様子である。
「タケルさん!」
開口一番、来客メイリン・ホークはタケルの机へと詰め寄った。
「メイリン……?」
何故怒っているのか、皆目見当もつかないと言いたげに疑問符を浮かべたタケル。
そんなタケルの表情に可愛さ余って憎さ100倍。メイリンは勢いのままに口を開いた。
「何時だと思っているんですか! 今日は一緒にお昼を食べましょうって言ったのに!」
疑問符に小首を傾げていたタケルの目が見開かれる。
またしてもこの男……いつもの様に仕事に没中していて色んなことを頭から放り出していた。
瞬時に脳内を駆け巡る、今朝の一幕。
今日はお昼の予定がしっかり取れそうだから一緒に食事をすると、彼女と約束をしていた。
「ご、ごめんメイリン。つい夢中に──」
「またそうやって休憩する事も忘れて! これで何回目ですか。早く行きますよ!」
「あぁ!? ちょっと待って、せめてモニターを閉じてから」
さっと右手を取られて連れ出される前に、どうにか左手で展開していたモニターを閉じると……情けなくもタケル・アマノは少女に引っぱられ執務室をあとにするのだった。
ギシリと小さく音が鳴る。
「──はぁ、ここに座っていると、なんとも疲れる心地がするわね」
広めの大きな執務椅子に座りながら、フレイ・アルスターは1人ごちた。
治安維持機関の総裁となった事の重さを、執務室の豪勢さとこの大きな椅子を通じて感じ取り、同時にこれから直面していくであろう苦難の道を目の前に幻視する。
少しばかり息が詰まる想いである。
「ふっ、そう気負わなくても良いでしょう、アルスター総裁。ここには優秀な人材が集まっているのですから……私が知る艦長殿の方が、余程疲れる椅子に座っておられましたよ?」
「それは皮肉で言っているのかしら……“バジル―ル少佐”?」
傍らから投げられた凛とした声に、フレイは仏頂面で返した。
声の先にはフレイへと視線を投げながら、どこか柔らかい雰囲気を纏う女傑の姿────ナタル・バジル―ルその人である。
現在彼女は機関への所属となり階級を持つ軍属扱い。
少佐の位を戴き、立ち位置はアルスター総裁の副官に位置する。
「確かに、世間知らずなお嬢様やその恋人を筆頭に……学生気分のまま志願した二等兵を抱えていたラミアス艦長は、さぞかし大変だったことでしょう────ね、サイ?」
「えっ、いや…………それ、俺に振るの?」
ナタルとは逆の方へと声を投げて見れば、気まずそうにする痩躯の男性────サイ・アーガイル。こちらは現在中尉だ。
彼もまた機関の所属となったことで軍属となったが、現在の立ち位置は概ね変わらず、アルスター総裁の身辺警護を任される形となっている。
アルスター総裁、バジルール少佐、アーガイル中尉。
肩書を変えながらも、こうして奇妙な縁で結ばれた三人は、治安維持機関総裁の執務室で顔を合わせて職務についている。
本来ならサイの居場所は部屋の外なのだろうが、誰にでも休憩時間と言うのは必要────つまりは、現在そういう時間というわけだ。
「もぅ……何でよりによってバジル―ル少佐が私の副官何ですか? アマノ総括の御傍じゃなくて良いんですか?」
どこか幼さの垣間見える声音で、フレイはナタルを問い詰めた────が、当のナタルは涼しげである。
「今のタケルにはメイリンがついています。故に、私は別でこの機関の為にできる立ち位置を戴いたまでです。
アーガイルは身辺警護まででしょう? 私ならある程度組織と政治についても役に立てるかと」
「あぁ〜やりにくいわ……いつの間にか立場がひっくり返っちゃって。扱うに扱いにくいですよ。せめてその敬語は辞めてもらえません?」
嘗て、アークエンジェルにいたときはバジルール中尉。後には少佐となった彼女。対するフレイは、これといった職務のない、肩書きだけの軍属として三等兵。
サイ等ヘリオポリスの学生組はマリューと共にアークエンジェルに残っていたこともあり、艦を降りたナタルとフレイは他の面々より多少なりとも縁深い。
故に、このように立場の上下が逆転した今の状況は、フレイにとって大いにやりにくい状況であった。
あの鬼の副長を顎で使うなど……できるわけもない。
「そうはいきません。私は少佐。貴女はこの機関のトップなのです。嘗ての我々よりも、余程立場に開きがあります。より厳密に、振舞う必要があると愚考します」
「サイは普段通りにしているわ」
「後程、私の方から修正しておきますので……今この時だけはご容赦願います」
「うぇ!?」
「もぅ、そうじゃなくて!!」
ギロリとナタルから鋭い視線を向けられ、とばっちりを受けそうになったサイが狼狽えた。
そんなサイを庇うように、フレイは座っていた椅子から身を乗り出す。
「すまない、からかいすぎたな────これで良いのだろう、アルスター?」
機先を制する様に告げて、ナタルは小さく息を吐きながら口元を緩めた。
あながち冗談だけではなかったのだが、こうも頑なに言われるとなれば、ナタルもフレイの申し出を邪険にはできなかった。
昔の彼女であれば立場をわきまえない振る舞いなど考えられない事だが、彼女もまたこれまでに大きく成長したという事なのかもしれない。
そんなナタルの言葉に、フレイは顔を輝かせた。
「じゃあ、昔みたいに接して良いんですね?」
「構わないが…………公私は分けるぞ。私的なやり取りはここの面々とタケルが一緒にいる時くらいにしてくれ」
「えぇ、もちろん。わかってます」
言質を取ったという様に、フレイの態度から一つ角が取れる。
先ほどまではまだ慣れぬ総裁の仮面を被ろうとしていたが、許しを出たからにはやりやすい様に、ということだ。
「あ、あはは……無理言って申し訳ありません、少佐。フレイにとって少佐は一つの目標でしたから」
「なに、気にはしていないさ。少し前までヤマト等とも家族ぐるみに近い関係だったからな。似た様な事はあった」
「キラと、ですか──ーあぁそうか」
得心という様にサイは頷いた。
すでに周知の通りだが、タケル・アマノとナタル・バジルールは婚姻関係の仲である。
必然、血はつながらないが戸籍上タケルとは双子であるカガリ。そして事実上カガリの双子の弟であるキラとは親族関係に当たる。
非常に複雑な関係性ではあるが、ナタルにとって嘗て部下だった人間が、今や義弟になるわけだ。
本当に、何とも複雑な関係性である。
「ヤマトも中々どうして、慣れてくれなくてな。私が相手だとどうも肩に力が入るらしい」
「それはまぁ……仕方ないですよ少佐」
「アークエンジェルに居た私達には、鬼の副長の名残もありますから」
鬼の副長────その単語にわかりやすいほどナタルの目は細められ、不服の意図が見え隠れし始めた。
未だ。甚だ。全く持って、心外な評価である。
この不本意な呼び名の発端はアークエンジェルの母。マリュー・ラミアスが漏らした愚痴をムウ・ラ・フラガが聞き受け、吹聴したのが始まりだ。
それも、もともとは部屋を訪ねたナタルに対し下着姿に近い状態で姿を現したマリューを見て、艦長としてあるまじき醜態を晒すなと苦言を呈しただけである。
それがいつの間にか、厳格な彼女の性格と相まって、鬼の副長などと呼ばれる様になっていた。
ナタルとしてはいっそ。タケルとの出会いや親交もあり、アークエンジェルに乗り込んだ当初より、時を重ねるにつれて柔らかくなっていった自覚すらあったと言うのに。
風聞とは恐ろしいものである。
「おのれ……マリュー・ラミアス」
もはや塗り替えられない過去からの遺物に。
ナタルは2人へ聞こえぬ様、静かに呪詛を吐くのであった。
「全く……仕事に夢中になると自制が利かなくなるのは、タケルさんの悪癖です」
セルヴァ中央構造体から、外周の重力ブロックへと向かう途上で。
メイリンは呆れ交じりに背後へと振り返り、想い人へと苦言を呈した。
「うん、ごめんね……でも、僕にしかできない事も多いから」
「そうやって何でも背負い込もうとするところもですよ!」
ビシッと指を二本突き立てられて、タケルはメイリンが言わんとしている意図を汲んだ。
つまりはそれが二つ目の悪癖だと……そう言いたいのだ。
自覚もあるだけにぐうの音も出ない、タケルは苦笑いしながら平謝りを繰り返す事しかできなかった。
「ゴメンね、これからちゃんと気を付けるから」
「別に……最終的には私がちゃんと見張ってるから良いんですけど。でも、それで身体を壊したら何もならないんですから、自分を労わる事は忘れないで下さい」
言い切って、厳しい追及はここまでと言う様にメイリンはタケルの手を取った。
残るは素直に、この時間を楽しみたい。大切な人と過ごせるこの時間を大事にしたい────その気配を見せていた。
「────本当、ありがとね。メイリン」
気持ち込められたタケルの呟きが聞こえ、メイリンも打って変わった様にはにかんでみせる。
静かで、少し甘い気配が漂うも。そうして柔らかな空気となってところに、タケルの懐で電子音声が鳴る。
通信用の携帯端末が、実行部隊用の訓練区画からの着信を告げていた。
「ハイネから? 何用だろう」
「今はお姉ちゃん達も一緒になって部隊訓練の筈ですが……」
通信先は実行部隊の部隊長を務めるハイネ・ヴェステンフルスからであった。
疑問符を浮かべつつ、タケルは端末の回線を開いた。
『よぉクルース、じゃなかった……アマノ総括』
開かれた通信ウィンドウに、鮮やかな橙色の髪が特徴的な美形顔が映り込む。
少々疲れた声音と、表情に残る呆れとも怒りとも言い表せない微妙な気配に、タケルは何ともなしに面倒事の予感を得た。
「無理しなくても良いよハイネ。公の場でないなら堅苦しくしなくても」
『そう言う訳にもいかねえさ────メイリンと一緒って事は休憩中だったか、悪い』
「いえ、大丈夫ですよ。ハイネさん」
画面端に映り込むメイリンを見て諸々を察したハイネが謝罪を溢した。
流石の慧眼と言いたい所だが、時間帯とメイリンが一緒に居ることで結論へと辿り着く当たり、タケルが仕事に夢中になり過ぎて昼食をおろそかにするのはどうやら共通認識らしい。
恐らくは嘗てミネルバに居たよしみなのだろう────至極、どうでもいい話ではある。
「それで、どうしたのハイネ。急用?」
『あぁ、悪い悪い。俺じゃどうにも手に負えなくてな……申し訳ないが助けてもらえねえか?』
要領を得ない救援要請に、タケルとメイリンは顔を見合わせて小首を傾げた。
治安維持機関の拠点セルヴァには、中央構造体に執行部の執務区画や工廠となる技術区画。そして工廠と隣り合う様に実働部隊が待機する訓練区画が存在する。
勿論、訓練区画の名の通り、有事以外では実働部隊の訓練が行われるエリアだ。
オーブのモルゲンレーテ謹製の高精度戦闘シミュレーターが並び、機関の実行部隊としてオーブやプラント、各国から選りすぐりのパイロット達が集って、ここで日夜訓練に励んでいる。
────だと言うのに。
「いい加減にしなさいよ! 軍属の癖に命令に服すこともできないの? 今はシンが私達の隊長よ!」
「そんな名ばかりの隊長の言う事が聞けるわけないじゃない。アカデミーでも劣等生だった山猿に命令されるこっちの身にもなってくれる?」
目の前で繰り広げられるレベルの低いやり取りは一体何だと言うのか……呼び出され、訓練区画へと赴いたタケル・アマノは信じられないものを見る様な目で、眼前の光景を咀嚼しようとした。
「あぁ……うん、確か彼女は……」
目の前でルナマリア・ホークと言い合う少女。
色彩の強い桃色の髪が特徴的な、ラクスにも劣らない美少女────“アグネス・ギーベンラート”を見て、タケルは嫌な感触を強めていた。
確実に面倒事である。それも部隊長であるハイネがさじを投げてタケルに頼って来るくらいには、だ。
「ねぇ、アウル。お姉ちゃん達どうしたの?」
「んぁ? メイリンか。どうしたって、最近じゃいつもの事だぜ?」
騒動に姉が関わってるとあって、状況を把握しようとメイリンは近くに居た見知った3人の顔ぶれの1人──アウル・ニーダに声をかけた。
「この騒ぎがいつもの事って……スティング、本当?」
「あぁ、俺達はあんまり関わってないけどな……何でも、シンの奴が隊長な事が納得いかないらしい」
「偶にステラにも噛みついて来る事あるけど……大体はあっちで騒いでるって感じ」
「偶に噛みついて来るって、ステラに影響は?」
ぼーっと姦しいやり取りを眺めている、温厚と言うか無反応な金色の少女ステラを流し見しつつ、タケルはスティングへと確認を促していく。
これで万が一ステラを刺激して事が起きれば大問題だ。
幸い今の彼等にエクステンデッドとしての後遺症もブロックワードの影響も無い。
戦闘への没入さえなければ、ステラが問題を起こすことは特段あり得ないのだが、それでも目の前の惨状を見るにタケルの心配の種は尽きない所であった。
「来てくれたか、アマノ総括……すまない。手を煩わせて」
タケルの来着を見て、平身低頭の面持ちでハイネが駆け寄って来る。
どうにも随分と参っているらしい。いつもの快活さは感じられなかった。
「いや、こっちこそ申し訳ないハイネ。察するにシンを隊長に任命した僕の所為、と言う事なんだろう……この状況は」
沈痛を浮かべてタケルはごちた。
現在進行形でアグネスになじられて意気消沈な件の少年────シン・アスカを、ハイネの下で各隊の隊長の1人に任命したのはタケルだ。
第二次連合・プラント大戦の折、タケル・アマノとデスティニーtype-Lの組み合わせを破り、この世界において有数な最強格のパイロットへと名乗りを挙げたシン。
彼に部隊の隊長を担う適性は高くはないが、望む望まずに関わらず皆を率いる旗頭となるのがエースパイロットの宿命だ。
実力が確かであると分かっている以上、今後を考えればシンに部下を率いる経験は必要だと判断しての人選であった。
しかし、その采配がこうして彼の以前を知る人物から反発を買ってしまう事態となったわけだ。
「でも、こんな状況なら……ハイネ、サヤは?」
ルナマリアとシン、そしてアグネス。
何れもその縁はザフトのアカデミー時代に端を発する。
となればもう1人。この場で騒動に巻き込まれるであろう人物────ヤヨイ・キサラギもといサヤ・アマノが居る筈であった。
大切な相棒であったシンを貶されて、サヤ・アマノが我慢できるはずもない。
違和感の感じる状況にタケルが疑問を呈すると────答えは問われたハイネではなく、渦中の人物達の奥の方から聞こえてきた。
「シン、いつまで無意味な問答に付き合うつもりですか? 早くこちらに来てもう一度私の相手をお願いします」
黒曜の瞳と艶のある長い髪を揺らし、少々の不満を湛えながら登場するは、アグネスも霞む美少女────ご存知、サヤ・アマノ18歳である。
騒ぎの渦中にいる少年のことなどお構いなし。いっそ意図して流している様にも思える。
その態度が気に障ったのか、アグネスは視線をルナマリアから移してサヤへと向けた。
「横槍入れないでもらえるかしら? “裏切り者”」
瞬間、どこかから殺気まがいの気配が噴出した。
その出所は言わずもがな…………ではあるが、幸いにも決定的な動きまでは見せず、すぐ側にいたハイネが胸を撫で下ろしたのは内緒である。
「ッ!? アグネス、あんた──」
「良いのですルナマリア、事実ですから」
侮蔑と共に投げられた誹りに、憤慨するルナマリアを制して、サヤは何でも無いという様に返した。
何故止めると言いたげなルナマリアの視線を受け流して、サヤは微かに首を振った。
アグネスが向ける誹りは事実に他ならないのだ────少なくともサヤとシンに対しては。
先の大戦においてザフトを離反し、連合側へとついた。それがヤヨイ・キサラギとシン・アスカの事実だ。
ザフトのアカデミーを共に出て、戦後に至るまでザフトに居たルナマリアやアグネス等には、その誹りをぶつける権利があった。
「ですがアグネス、それとこれとは話が別です。貴女がいくら私達を裏切り者と罵ったところで、シンが貴女の隊長であることに変わりはありません。
文句があるのならヴェステンフルス部隊長か、もしくは総括であるお兄様にぶつけるべきです────尤も、貴女が何を言ったところで今の編成が変わるとは思いませんが」
「へぇ、随分な自信じゃない。一体何の根拠があって──」
「それの根拠は僕から説明させてもらうよ」
向き合うサヤとアグネスの背後から、タケルは先ほどまでの疲れた表情を引っ込めて彼女達の前へと歩み出る。
「お兄様!」
「──アマノ総括」
「こうして面と向かってちゃんと話すのは初めてかな、アグネス・ギーベンラート」
周囲がタケルへと敬礼を向ける中、アグネスは罰が悪そうにしながらも周りに倣った。
たった今、色々と聞かれたくない発言の応酬をしていたのだ。それを聞かれたとあっては戦々恐々なのも無理はない。
タケルは実働部隊のトップに位置し、彼女はいくら騒ごうとも部隊の一員でしかないのだ。
「あの、先ほどの発言は…………」
「気にしなくて良い。君が言いたい事はわかるし、恐らくは君だけの声というわけでもないのだろう」
周囲へと視線を向ければ、パイロット達の中には何人か、意図を秘めた視線を向ける者がいた。
タケルの問いかけに思うところあり────その気配が垣間見える。
「まぁ言葉で伝えても納得はしにくいとは思うけどね…………シン、こっちに来てくれ」
「えっ、あっはい」
これまで当事者のくせに一切の発言も許されず蚊帳の外であった少年を呼びつける。
側に寄ってきた忠犬の頭にワシャッと手を乗せて、タケルはアグネスに向けて不敵に笑った。
「アグネス、君がシンにどんな気持ちを抱いているのかは言及しないけど、僕がシンを隊長に据え置いたのは単純明快────強いからだ。それ以上でもそれ以下でもない。
隊長として不適格? 関係ないよ。彼はその働き一つで、戦闘一つで、その背に仲間の命を背負い鼓舞することのできる強さを持つ。それがエースパイロットの役目でもある」
「ですが、私には信じられません。その山…………シンが、エースパイロットなどと」
「ヘブンズベースの記録を見ていないのか? あれは伝説的な戦いだったな。部隊の絶対的な窮地を規格外の戦闘方法で撃ち破り、更には多くのデストロイを破壊して同盟軍に勝利をもたらした。あれを見れば嫌でも格が違うとわかるであろうはずだ」
クラスター爆弾ユニットを積んだ、陽電子リフレクターを装備するMAザムザザーの特攻戦術。
先の大戦の折、ヘブンズベース攻略作戦で用いられた悪魔の所業は、最大戦速で駆け抜けざまにザムザザーを撃墜していくシンのデスティニーの活躍によって勝利を収めた様なものであった。
その軌道はさながら、白銀の閃光シロガネとタケル・アマノを彷彿とさせる異次元の戦闘軌道であり、見るものを鼓舞した事は言うまでもない。
その光景を目の当たりにした第一人者とも言うべきルナマリアは、後方で1人腕を組んで静かに頷いていた。
「ちょっ、ちょっと隊長…………じゃなくて総括! あんまり話盛らないでくださいよ、あれはデスティニーが」
「続くオーブ攻防戦では大戦の英雄ジャスティスを相手取り。後のL4の分岐点では伝説のフリーダムすら仕留めている。アグネス、これ等の実績では隊長として不服か?」
上げ連ねられる実績に、ひとつ、またひとつと、シンへの疑念の視線は消えて払拭されていく。
アスラン・ザラが駆るジャスティスと互角に戦い、後にはキラ・ヤマトとフリーダムを、SEEDの深部へと踏み込み撃破するにまで至った。
そして発言には含まなかったが、最後にはタケルとtype-Lすらも仕留めて見せている。
目の前で反発していたアグネスも、並べられた名前達の勇名は聞き及んでおり、認識を改めざるを得ない事実がそこにはあった。
「────いえ、問題ありません」
ついにアグネスは、絞り出した様な声で肯定を返すしかできなくなってしまう。
「アグネス、君の気持ちも理解はできるつもりだ。実力云々以外の問題というのは、世界規模で人を選りすぐっているこの機関の特性上、出てくるのは必然だろう。もし本当に従えないと言うのなら、部隊編成については一考する。具申があればヴェステンフルス隊長に申し出てくれ」
「はい…………ご配慮、感謝します」
静かに発せられたアグネスの返答にひとまずの終結を見て、タケルは硬い空気を解いてハイネへと向き直った。
「これで良いかな、ハイネ?」
「満点以上だ。助かったぜ」
「重畳だね…………じゃあ、あとはお願い」
ハイネの返事に肩をすくめて小さく笑うと、タケルはメイリンを伴って訓練エリアを出ていく。
再び敬礼で見送られるタケルを、ハイネも胸中で感謝を呟きながらその背中を見送った。
アグネスだけではない。その他何人も潜んでいるであろう、不満や不安、疑念を抱えるもの達へと提示したのだ。
シン・アスカの人選に誤りはないという事。
そして、タケル・アマノは話を聞くと。
各陣営で争っていたこれまでがある以上、そう容易く信頼のおける仲間になれるはずもない。
それを抱えたままにはしたくない。
問題が出てくるのは必然だと前置きし、それを吐き出させる道筋をハイネ経由にしろと明示したのである。
「全く…………相変わらず背負いすぎてんなぁ。まぁメイリンが隣に居るから、大丈夫なんだろうが」
きっとこの後2人の時には苦言を呈される事だろう。
慌てふためくタケルと、厳しい追求をするメイリンの姿がハイネには目に浮かぶ様であった。
「ふんっ、何よ…………あの人まで」
静かにこぼされた不満の声は、ハイネの耳に届く事なく、静かな空間に溶けていくのだった。
戻ってきました。
少々病気を患っていまして、復調からリハビリがてらで書き進めております。
拙い部分は長期の休憩でまだ本格的に入り込めていないのでご容赦ください。
これから一応、本作の劇場版として考えていた物語を紡いでいく予定です。
そのほかにも色々活動するので、以前みたいなペースで書けないかもしれませんが
また楽しんでいただけたら幸いです。
感想、よろしくお願いします。