機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

321 / 330
執筆ペースが遅いのは、まだまだ本調子じゃないからですが、今回はそれ以上に内容が難しかったり。
原作に寄せられる部分は寄せたいと思います。
どうぞお楽しみください。


独立治安維持機関 後編

 

 CE75年

 

 

「今ここに────平和監視機構“コンパス”の設立を宣言いたします」

 

 

 その日、世界に新たな秩序が生み出されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──コンパス?」

 

 

 疑問符を浮かべながら、タケル・アマノは画面越しの“妹達”を見やった。

 

「あぁ、兄様……それが治安維持機関の正式な名称だ」

 

 少々納得のいかない声音で返すは金色の姫君────亡国の不屈姫カガリ・ユラ・アスハだ。

 言わずと知れたオーブの代表にして、現在は大戦の折に発足された地球圏統一同盟の後継、新地球連合の代表盟主でもある。

 ついでに言うのなら、戸籍上はタケル・アマノの双子の妹だ。

 

「正式に言うのであれば、Compulsory.Observational.Making.Peace.Service。こちらを取りましてコンパス、となりますわ」

 

 もう一方の画面に映るのは桃色の姫君────プラント最高評議会議長にして平和の歌姫ラクス・クラインである。

 元々プラントでも有名ではあった彼女だが、先の大戦の折影武者として起用されたミーア・キャンベルの活躍によって地球圏でも今やその名前は広く認知されているだろう。

 残念ながら最高評議会議長となった今、歌手としての活動は殆ど無く、取って代わる様にミゲル・アイマンプロデュースの新人歌手、ミーア・キャンベルが台頭を始め、皮肉なことに再び平和の歌姫の称号は彼女の手元から離れかけていたりする。

 ちなみにこちらもキラ・ヤマトとの関係が表向きに公表され、実質的にはタケルの義理の妹に当たる。

 

 そんな妹達と、独立治安維持機関拠点セルヴァ内の会議室にて。

 タケルとフレイ、そして画面越しでカガリとラクスの4人は密かな会談の席についていた。

 内容は1つ。先程の会話の通り、予定していた機関の正式名称についてである。

 

「ふぅん、それで世界平和監視機構コンパス、ね……名称なんて別にどうでも良いとは思う所だけど、治安維持機関ではダメな理由もあるわけよね?」

 

 傍らから尋ねる声……タケルの隣でカガリとラクスに相対するフレイが2人へと問いかけた。

 もうすぐ正式に機関が発足し、世界への公表を控えたこの時に、当初予定していた世界独立治安維持機関から、正式な組織名が変更になったという通達。

 タケルとしても、意味深な動きに少々の警戒は有った。

 

 

「あぁ、勿論理由はある。まず第一に独立と言う部分だな」

「オーブを始め、各国からの軍事力の出向を伴った機関の設立は、国家の枠組みに縛られない独立した組織とは言えないだろう、との事です」

 

 ラクスの説明に、タケルとフレイは眉をひそめて僅かに視線を交わした。

 

「何言ってるのよ……元々はオーブとプラントからの半ば引き抜きみたいな集め方で揃えた実行部隊の予定だったのよ。それを各国が負債となる自国の戦力をこれ幸いと押し付けて来ただけの話じゃない。寧ろ当初より国家の枠組みからは独立しているわよ」

 

 フレイは声を荒げずとも憤慨して見せた。

 元々機関の設立の主となる母体はオーブとプラント。故に、当座の懸念点は機関の活動を両国による独裁的な治安維持と取られない為に、各国への包括的方針と構造の説明が必要だと論じられていたのだ。

 しかしフレイの言う様に、疲弊した国の立て直しのために邪魔であった軍事力を、各国は機関へと派遣する形として維持を放棄したのだ。

 言うなれば機関は、各国が体よく手にした負債(軍事力)のゴミ捨て場なのである。

 

 そうして派遣している名目を得た各国が、今回の様に意見を繰り出してきているのだから、マッチポンプも良い所だ。

 

「でもじゃあ……独立の部分がそれだとして、治安維持機関については?」

「あぁ、兄様そっちはまぁ……イメージなんだと」

「イメージ?」

 

 タケルの問いに呆れた様子でカガリが返せば、ラクスは隣の画面で苦笑して見せる。

 比較するに独立の部分についてよりは軽い空気に、タケルもフレイも毒気を抜かれた様で、今度は顔を見合わせた。

 

「治安維持機関────字面だけ見ればかなり上から抑えつける印象を受けると。

 これは世界に平和を齎す機関の目的に対して、力で抑えつけるイメージを与え相応しくない、だそうだ」

「あぁ~、確かにそれはちょっと納得する部分はあるかもね」

「納得するな兄様! こんなの、ただの難癖じゃないか」

「まぁまぁカガリさん。これも仕方のない事ですわ」

「何よカガリ? 妙にムキになっちゃって……」

 

 最初から垣間見える納得できていないと言わんばかりの気配。

 代表として昨今は随分落ち着いてきたカガリらしからぬ感情の露出に、フレイが疑問を呈した。

 

「これらが決まった時の会談の場で、カガリさんは各国の首脳に申し上げたのですわ────“平和の為に汚れ役を買って出てくれた者達を愚弄するのか”、と」

「お、おい、言うなよラクスそのことは!」

 

 僅かに羞恥を浮かべてカガリがそっぽを向けば、タケルとフレイは再び顔を見合わせては、ラクスと同じく苦笑を浮かべた。

 つまりはこういう事だ。

 フレイとタケル────自分が良く知る2人が機関をまとめるのに、そんな事をするわけが無いだろうと。

 疑いを持たれた事に怒りを覚え、カガリは言外に言ってのけたのだ。

 

 優しい妹の怒りに胸が温かくなる気持ちながら、タケルはやはりそんな代表らしからぬ愚直なカガリの姿勢に頬を緩めた。

 

「気持ちは嬉しいけどね。でも、言葉のイメージも大切だよ? 世間的なカガリとラクスの風評、知らないわけでもないでしょ?」

 

 風評……タケルの言わんとしている事が伝わり、カガリはむっとまた顔を顰めて見せる。

 

「亡国の不屈姫と平和の歌姫。今や世界をまとめ上げる国家の代表であり、どちらも平和な世界を実現する為に躍進する穏健な派閥の2人だ」

「だと言うのに、カガリ・ユラ・アスハと聞けば勇ましい武勇伝と英雄視する風評に溢れ、対するラクス・クラインは平和の象徴、可憐な花のように扱われているんだから……これも立派なイメージ先行の風評の結果じゃない?」

 

 タケルに続いて述べたフレイの言葉に、カガリが返す声を挙げられず押し黙った。

 それは投げられた説明を肯定する行為であり、事実としてカガリには地球圏を中心に英雄視する評価が強く、ラクスには平和の象徴としての側面からか軍部から遠ざけたがる声もあるくらいだ。

 イメージが持つ意味と強さを、他ならぬカガリとラクスが体現していた。

 

「例えるならそうだね……RPGゲームで言えば最前線に立つ戦士。これがカガリ・ユラ・アスハのイメージ。まぁ実際これは事実ではあるんだけど。

 で、ラクス・クラインと言えばパーティーの後方で皆を支援する僧侶って感じかな」

「ゲームに例えるな、ゲームに」

「わっかりやすい例え出してきたわね。とは言っても、本当にその通りだから言い返せないでしょ、カガリ?」

「うるさい! だったらフレイと兄様はなんなんだ!?」

「僕達? ん~何だろうね」

 

 カガリに返されて、タケルとフレイはそう言えば、と小首を傾げて思案に耽った。

 開発畑なタケルは割とゲームへの造詣も深いが、しかしだからと言って自分達がゲームに出るなら、何てことは考えた事は無い。パッと思い浮かぶ事でもなかった。

 

「う~んそうね……ねぇラクス。貴女から見て、私ってどんな人間?」

「フレイさんのイメージですか? 生憎なのですが私ゲームと言うものには疎くて」

「それくらいわかるわよ、生粋の箱入りなんだから。例えなくて良いから、私に対してどんなイメージを持ってるのって話」

「それでしたら……フレイさんは構造理解に深く、利に聡い。聡明な方だと存じております」

 

 パッと花も恥じらう笑顔で返されれば、嘗て初めて出会った時の無垢なラクスを思い出し、何ともなしにフレイはラクスの画面から視線を逸らした。

 忌まわしき過去であり、世界を何一つ見つめた事の無かった幼い時分の頃を思い出し、フレイは意図せず羞恥に塗れる事となる。

 

「むず痒いわね……持ち上げすぎ」

「でもそれなら、商人なんかピッタリかもね。パーティ内のブレイン役って感じで。的を射てると思うよ?」

「ちょっ、アマノさん。貴方まで持ち上げなくて良いから!」

「別に持ち上げてるつもりもないけど……僕が君を総裁に推薦したのも、同じような理由ではあるわけだし」

「も、もういいですって!」

「んで? フレイが商人だとして、それなら兄様は何なんだ?」

 

 ぶすっとむくれた表情で最後の役者に問いを投げるカガリ。

 自然と、残る1人タケル・アマノに全員の視線が集まった。

 どこか静かになった空気に、問われた答えを期待されている気配が蔓延し、妙に居心地が悪くなる中、タケルは静かに口を開いた。

 

「そうだね……じゃあ僕は力圧しで倒しきれない時の切り札を持つ、魔法使いなんてどうかな。開発畑の僕にはぴったりだと思うけど?」

 

 

 瞬間、三人の代表から柔らかな空気が消えた。

 その変化を察知したタケルが何を間違ったかと思考を巡らすも、皆目見当もつかない。

 

 タケルが驚きと戸惑いを表情に映し出す中、まずはラクスが口を開いた。

 

「──タケル、貴方はもう少し自身に認識を改めるべきですわ。

 貴方はどこの組織に所属しても、一介の技術者で収まる人間ではありません。

 パイロットとして然り、教官として然り────無論軍属としても然り。確かに多分野に手を出せるその職能は、魔法使いと言って差し支えないとは思いますが……少なくとも貴方の場合技術者としてだけで下されるイメージではありません」

「まぁ的は射てるだろうさ。戦場の兄様はトリックスターだ。次々と魔法の様な一手で既存の戦術理論を覆してくる。そう言う意味じゃ、確かに魔法使いだろうな」

「脆い所も完全一致ね。耐久力(メンタル)低くて直ぐにピンチに陥るし。誰かが回復してやらないと、まともに戦い続ける事なんてできないもの」

「えっ、えっ? あれ、何で僕貶されてるの?」

 

 思わぬ攻撃ならぬ口撃に打ちのめされていくタケルは、一体どこに彼女達の不評を買う要素が在ったのかとしどろもどろになってしまう。

 否、実際の所は別に不評を買ったわけでは無いのだが、如何せん魔法使いと言う役割がはまり役に過ぎたと言う所だろう。

 それ故に彼の悪癖。悪い部分が如実に思い起こされ、カガリ達は口々にその点を投げつけてきているに過ぎない。

 

 つまり、タケル・アマノは魔法使い(紙耐久)だと言う事だ。

 

 

「まぁ良いさ。これからは戦士の私が最前線(矢面)に立つからな。兄様はきっちり後ろで魔法を唱えててくれれば良い」

「傷つくのでしたら僧侶である私が癒しますわ。まぁ、こちらはもうサヤ達が居るから十分でしょうけれど」

「魔法を使い過ぎてガス欠しない様に、商人の私が舵取りするから安心して頂戴。魔法は有効な相手にのみ使うのが鉄則よ」

 

 

 1.2.3の三連パンチで遂にタケル・アマノは撃沈した。

 イメージの話からたとえ話を繰り出しところで、まさかこんな痛烈カウンターを喰らうとは夢にも思わず。

 きっとこれから彼女達には一生口答えができない気がして、やはりフレイを総裁に推したのは間違いでなかったのだと確信した。

 土台、タケルに機関の代表としてカガリやラクスと渡り合うこと等無理だったのである。

 

 

「と、とりあえず、話が逸れちゃったし本題に戻ろうか? 

 こんなくだらないおしゃべりしている時間はないでしょ」

 

 

 仕方なく、タケルは彼女達と向き合って戦う事から逃げだした。

 勝てる可能性のない戦いに挑むは愚策である。撃沈されても、タケルの戦術眼は死んでいなかった。

 

「兄様が持ち出した話だろ────で、イメージが悪いと言う事で治安維持機関と言う名称は使えなくなったって話だな」

「仕方ない事とは言え、機関の実働とはやはり乖離が生まれるわよ。

 実際私達の活動は、民間人を巻き込む軍事行動に対する抑止であり介入。意思決定はオーブとプラントを主とする各国首脳にも委ねられているけど、私達には独自行動権と拒否権が与えられる。

 勿論、おいそれと各国の意向に反する行動は、抱えている戦力の出所的にとれないのが実情だけど、だからと言って有事の際に各国の意思決定を待つ必要は無い。

 結局のところ、治安維持の名目と行動は残り続ける」

「そして生まれる誹りを、フレイさんもタケルも覚悟の上、と言う事ですわね?」

 

 鋭く投げられた問いに、タケルとフレイは静かに頷いた。

 

 

 治安維持機関────元よりそこには抑止と介入。軍事行動による軋轢がついて回る。

 世界規模での独自行動権を認め、軍事的侵略行為。テロ行為に対する一切を力で抑えつけるのが機関の根幹だ。

 未だ世界に潜んでいるであろうロゴスやブルーコスモスの残党。悪意を振りまく者達への、絶対的な抑止力としてこの治安維持機関改めコンパスは発足される。

 

 反発はされる。問題は起きる。武力によって生まれた怒りと悲しみは必ず矛先を彼等へと向ける。

 それでも、今の人類にはこの組織が必要であった。

 二度の大戦。ブレイク・ザ・ワールドの悲劇を経て、大幅に人口を減らした人類に、これ以上余計な争いによる被害者を出さない為に。

 悪意を振りまく存在に、これ以上人類が弄ばれない様に。

 

 名称の変更も良い。組織編成の予定が変えられても構わない。

 だが、機関の主軸である抑止力の一点だけは、フレイもタケルも。そしてこうして顔を合わせたカガリとラクスとて、変えるつもりはなかった。

 

 

「とは言っても、完全な自由と独立と言う訳でもないのは確かだ。僕達はいわば世界規模での傭兵部隊。意思決定に世界規模での承認が無くては自由気ままな愚連隊に成り下がる」

「だから有事の定義と事後承認の制度は必須。ここは流石によく考えられているわね」

 

 釘をさす様な声音で呟いたタケル。嘆息してフレイも続いた。

 

 プラントと地球連合の議会から提出されたコンパスの運用制度の1つ。それが有事の定義と事後承認の制約に定められた運用ルールである。

 曰く、有事とは国家の転覆に繋がる可能性のある天災人災を問わずの大規模災害。国家の転覆と言う部分が重要で、これはいわば各国家の主権を脅かす外的要因に対しての行動原理となる事を指す。

 つまり、コンパスの行動原理には各国の主権を脅かす要素は含まれないと約束する理念だ。

 

 そしてもう一つが、有事の際の独自行動権を与える代わりに、正式要請を直後に受ける必要がある事後承諾制。

 有事における緊急行動が行われてから各国家首脳による緊急議会が招集され追加承認が得られない場合、コンパスは初動から24時間を有事の行動限界として即時の撤収が義務付けられた。

 

「先の大戦でのベルリンの様な事態もあり得る。承認を待ってからでは遅い緊急事態にのみ、コンパスの初動は事後承認と言う形で認可される。これは各国の懸念を踏まえた最大限の譲歩と受け取って良いだろう」

「あくまで、有事の行動と言うのは例外的位置付け、ということですわね。基本的には各国家の承認、要請が行動の原則となります」

「つまり、内政への介入を目的としない──国家の主権を脅かす“外”にのみ牙を向ける、という宣誓だ」

 

 カガリとラクス、それぞれが尽力して得たのがこの結果なのだろう。

 不服の気配がありつつも、一先ずは問題の無い所へ落とし込めた様な安心感のある声音で2人は述べた。

 本来の予定からは少しずれこんだが、本質的には問題無いレベルだ。これがどこまで後々に影響が出るかなど、実働して見なければわからない事だが現時点では少なくとも大きな懸念にはならない。

 

「僕達としても、そうしてカガリやラクスが手綱を締めてくれる分には問題無いと思うけどね。僕達だって、間違えないわけじゃないし」

「えぇ、そうね……力を持てば何れは呑まれて増長する。それだけに、扱い方には十分な制約が必要だとは、私も考えるわ」

 

 力を持つ者の暴走────それは人類が手にした文明が物語る。

 古くは炎、火薬、電気と、様々に発展してきた文明が。それが遂にはエネルギーインフラを支えた核燃料に端を発する兵器となって、人類を破滅の瀬戸際まで追い込んでいるのだ。

 

 抑止となる巨大な力だからこそ、それを抑える制約は必須なのである。

 

「とは言っても、式典でのスピーチは変えないわよ。私達は世界に潜む悪意を持つ者達に喧嘩を売る組織なんだから。例え武力で抑えつける形になったとしても……今のこの世界に、それは必要よ。

 その牽制のためにも、私達の行動理念ははっきりと提示しなくてはならない」

「本来ならオーブとプラントだけで発足される機関だ。後から乗り込んで来た各国に、物申す権利なんて、元を言うなら無い筈だしね」

「存じております。会談の席でもカガリさんが申し上げていますわ。

 “争いを起こすのも、起こされるのも、今の情勢下で苦しくなるのは諸国家群の方だろう。機関の理念と行動を認められないのであれば、それは巡り巡って自らを守る術を失う事と同義になる”と」

「ふぅん? 随分強気に出たねカガリ。

 確かに、オーブやプラント以外の各国は、今やほとんどが防衛戦力の維持もままならないだろうからね。当初の予定通りウチに預けることで国防を肩代わりしてもらうのが正解なのは事実だ。確かに、その為の下地くらいは整えて、認めてもらわないと困るけど」

「半ば私情……或いは義で動いている私やラクスと違い、各国はあくまで国益優先だ。最終的には機関がオーブとプラントの侵略の尖兵となりはしないかと警戒はしているのだろう。そのリスクを懸念しているんだ。仕方のない事さ」

 

 タケルもカガリも、ラクスもフレイも。身内であり互いを理解しているからこそそんな事が起きないと信じられるが、各国の首脳はそうはいかない。

 機関の発足と維持に掛かる予算の大部分をオーブとプラントが宛がうのだから、そう言う意味ではこの二国家に国益の概念は希薄だ。

 カガリが言う様に半ば私情。そしてこれ以上世界に争いを起こしてはならないと義から動いているのだ。

 だから各国が持つ懸念を度外視できているに過ぎない。

 

 各国家群の事情は、それ程簡単ではないのである。

 

 

「はぁ、分かってはいたけど…………前途多難だよね、ホント」

 

 

 染み入る様に。どこか諦めの調子で、タケルはまとめる様に呟いた。

 

 タケル・アマノがギルバート・デュランダルより託された真なる平和の実現。

 デスティニープランの先を見られることのなくなったこの世界で、今はとにかく次なる争いの芽を摘む事が急務。

 二度の大戦で世界規模の疲弊が残る今、仮初でも潜む悪意に対して脅威である存在が必要だ。

 争いの芽を育て、撒き散らそうとする者達を監視し、自由に暗躍させない組織が。

 

 その形として組み立てられたのが世界規模で平和を監視する組織コンパス。

 

 これまでにない…………国家の垣根どころか地球と宇宙の別も作らない、まさに世界を股にかける組織。故に実績のない発足前の今、簡単に世界から受け入れられるはずもなかった。

 

 

「逃げても良いんだぞ、兄様? 

「まさか、ここで逃げるなら最初からタッシルで隠遁生活してたよ。大体、大変なのは実行部隊総括の僕より矢面に立つアルスター総裁だ。僕はさっき言った様に魔法使いで裏方。後方支援役。

 しんどい部分はアルスター総裁に任せるよ」

「ちょっとぉ!? 頼りにするつもりだったんですけど!」

 

 

 冗談混じりの声音でカガリが投げれば、タケルは少し不適な笑みを浮かべて返した。

 

 一度は諦めて、そして戻ってきたのだ。

 コンパス総裁に相応しい人物としてフレイ・アルスターを推挙し、一蓮托生でこの世界と向き合うことを誓ったのである。

 前途多難────その程度で手折られる様な、軽い気持ちのはずも無い。

 勿論、フレイの声など聞こえなはずも無い。

 

「ふふっ、それでは、秘密の会談もこれまでと致しましょう────タケルの背負い込み癖も、少しは良くなった様ですし」

「その様だな。フレイには悪いが、乗りかかった船だ。最後まで面倒な兄様に付き合ってもらうぞ」

「何言ってるのよ。私がアマノさんの面倒見るんだったら、コンパス関係の面倒ごとは主要参加国であるあんた達に全部押し付けてやるに決まってるでしょ。商人の処世術を舐めないで」

「あはは、2人とも。どうやら一番面倒なのはアルスター総裁かもしれないよ」

「いやそれだけは無いからな」

「フレイさんは分別をわきまえていますので」

「あれ…………そんなに僕の面倒って重たい感じ?」

 

 

 軽口吐けば痛烈に返され、少しずつ気落ちしていくタケル。

 危うい受け取り方にカガリが冗談だと嗜めてひとしきり笑い合って。そうして秘密の階段はお開きとなった。

 

 タケルとフレイは、少しその場で後日のコンパス発足記念式典のことを詰めた後に解散。

 

 

 

 こうして準備と時は進み、世界平和監視機構コンパスの正式発足の日を迎えることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぅっと息を吸い込み────登壇したコンパス総裁フレイ・アルスターは、目の前の光景を見回した。

 

 場所は拠点セルヴァの重力区画、その一角に設けられた大型の集会場。

 出資者であるオーブとプラントを筆頭に各国首脳や軍部司令なども参席し、更にはギルバート・デュランダルに習う様メディアも多数招いている。

 なんとも大所帯で、まるで世界を集約した場所の様にも思える光景だ。

 

 世界平和監視機構コンパスの発足と、総裁であるフレイ・アルスターの就任演説。

 今この時、この場所で。全世界に届くであろう声と映像。

 意識せずにはいられない緊張に、僅か登壇する足元が震えていた。

 

 

「全世界の皆さん、初めまして。世界平和監視機構コンパス総裁に就任しました、フレイ・アルスターです」

 

 

 何度も脳裏で読み返した原稿は思いの外あっさりと口をついて出ていく。

 調子を掴んだ様にフレイは、流暢に原稿に己の声を載せ始めた。

 

 

「まずは我々の発足に多大な後援をいただいた各国の皆様に、感謝の辞を述べさせて頂きましょう。本当に、感謝に絶えません。ありがとうございました。

 戦後間も無く、大戦の傷跡も深い今。こうして平和の監視者として我々が組織されたのは必要があったからと考える一方で、未だに支援の必要な手が世界には沢山あることも承知しています。

 感謝と併せて、我々の手がすぐには届かない苦しみがあることに、今ここでこの組織の代表として、謝罪を述べさせてください────誠に申し訳ありません」

 

 

 感謝はわかる、が付け足された謝罪に場内の空気は僅か揺れた。

 就任演説での謝罪は味方によっては早速世界に負い目を、実績的負債を抱えていると公言している様なものだ。

 少なくとも政治的に見れば異例の始まり方といえよう。

 

 そんな空気の変化に臆することなく、フレイは口を開いた。

 巡らせる視線が一瞬最前列に控えているカガリやラクスを捉え、フレイの気持ちは動揺を覚えない強固な強さに固まった気がした。

 

「先だって。我々人類は大きな出来事を立て続けに経験しました。

 血のバレンタイン、エイプリルフール・クライシス。これらを発端に広がり続けた第1次連合・プラント大戦。

 その2年後にはブレイク・ザ・ワールドをきっかけとして、遂には2度目となった第二次連合・プラント大戦。

 今は亡きギルバート・デュランダル最高評議会議長は声明でこう述べました『我々は運が良かっただけです。一歩間違えれば、人類が滅びる可能性は十分にあった』、と」

 

 

 戦火を起こすもの。対立を生み出すもの。

 その存在は否定できないが、それ以上に人類に理性的な歯止めが効かないことを知らしめ、そして解決策として提示されたのがデスティニープランだった。

 それが否定された世界は、未だ答えを得ることなく、人類は再びデュランダルが提起した問題を抱えている。

 

「今一度、改めて人類の実情をお伝えします。

 私達人類は未だ、滅びの際にいます。私達人類は未だ、争いを起こす道のレールに乗ったままでいることでしょう。

 彼の言葉を借りるのであれば、それはこれまでの人類史が証明しています」

 

 

 世界へと現実を突きつける様に、フレイは声音強く言い切って見せた。

 再び空気が変わる場内には、不穏な気配、囁きすら漏れ始める。

 当然である。平和を目指す国際機関の代表が、徒に不安を煽る様なことを世界に向けて発信するのだ。

 

 一国家の声明ではまずあり得ない──ーが、そこにはギルバート・デュランダルという前例がいる。

 彼の言葉、起こした事。全て諸々が、世界にそれを信じさせるファクターとなる。

 徒に不安を煽るのはすでに彼がやった事だ。フレイは今、それを事実なのだと念を押しているに過ぎない。

 

 

「だからこそ!」

 

 

 会場が。世界がざわつくのを切り捨てる様に、フレイは力強い声を張り上げた。

 まるでオーブの獅子の様にその声は強く、深く、人々の心に届いていく。

 それがフレイらしからぬ、カガリを模した演技であったとしても、その精度は確かで聞くものをしっかり奮い立たせる声音であった。

 

 

「私は今、ここに居ます。我々が今、ここに居ます。

 国家の枠組みから外れ、争いを起こそうとする者を抑え。今この時、混迷する世界に、悪意の争いが生まれぬ様監視するために!」

 

 

 会場で控えるコンパス所属の者達が一斉に居住まいを正した。

 まるで世界にその様を見せつける様に。

 コンパスの軍服が一糸乱れぬ敬礼を見せ、世界に言葉なく宣言して見せた。

 

 自分達がいる。戦火に震える人々に手を差し伸べる存在なのだと。

 

 

「力は所詮力。平和のために組織された武力である我々に、皆さんが不安を抱くのは当然でしょう。

 しかし、今の世界にはこれが必要です。今の皆さんにはこの力が必要です。

 石を投げつけられても構いません。後ろ指をさすのも良いでしょう。それでも我々は覚悟を持って、悪意ある力に対して、力で対抗するための組織としてここに居ます。

 それが必要となる時が終わるまで。人類が平和な世界の礎を築けるその時まで。不安で眠れぬ日々を過ごす人たちが、世界からいなくなるその時まで」

 

 

 平和の為に武力を振りかざす矛盾を抱えても、それでも今の世界には為すべきことを為すために。

 先人達から託された世界と人類を、このまま終わりにさせないために。

 その必要性を、フレイの言葉が訴える。

 

 静まり返った会場と世界に、フレイはたっぷりと時を置いてから、また口を開いた。

 

 

「我々が、悪意に抗う一時の力として。この世界に存在することを────世界の皆さん、どうか目を逸らさず、見届けてください」

 

 

 

 締めくくりは弱く。細く。それはどこか懇願する気配すら湛えて。

 頭を下げたフレイの声は世界に響いた。

 

 これがフレイ・アルスターの妙と言うところか。

 カガリほど力押しではなく、ラクスの様に手を差し伸べる風でもない。

 強と弱、2面で揺さぶるその演説は、カガリが見せる安心とも、ラクスが見せる慈愛とも違う────言うなれば、共感だ。

 

 彼女は自分達に近いのだと民衆に思わせる、そんな普通の人間であることを見せつけているのだ。

 

 故に会場には────世界には、静かな拍手が起こり始めていた。

 

 

 巻き起こり始めた手の叩く音に顔を上げたフレイは、ようやっとここで全ての演技を取り払った。

 手を挙げ、コンパスのシンボルマークへと宣誓する様に目を向ける。

 

 

 

「今ここに────平和監視機構“コンパス”の設立を宣言いたします」

 

 

 

 

 この日────世界に新たな秩序が、生まれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるホテルのラウンジにて。

 

 

『今ここに────平和監視機構“コンパス”の設立を宣言いたします』

 

 

 モニターから聞こえる声。

 映りこむ映像には各国首脳をバックに誓いを見せるフレイ・アルスターの姿。

 

 それを眺めるは色の薄い金糸の髪を流す1人の男性。

 

「ふっ、随分な騒ぎだな。これで何が変わるわけでもないと言うのに」

 

 少し皮肉気に呟くも、周囲には少しのざわめきがあり彼の言動を気にする者はいなかった。

 

「問題はこれからだろう。これから彼らが何をできるか…………それが偽りなら、世界はまたギルが危惧した混迷の時代に逆戻りだ」

「だから、先んじて私達が動いてるわけでしょ────こんなところで不穏な言葉吐くんじゃないわよ。目をつけられたくないわ」

 

 背後から飛び込んでくる声に振り返れば、そこには山吹色の長い髪を流す美しい女性。

 

「周囲には聞こえていないさ。チェックアウトは済んだのか、“ユリス”?」

 

 問われた女性────ユリス・ラングベルトは答えを示す様に引きずっていたキャリーケースを示した。

 荷物はこれで全部。つまりは出立の準備は整っていると言うことだ。

 

「それにしても、兄さんも人使いが荒いわよね。せっかくあんたとのんびり世界を見て回っていたって言うのに」

「少なくとも彼に全てを任せて放り出してきたお前が言うことではないな。人使いが荒いと言うなら俺を巻き込んだお前のほうだろう?」

「あら、何よ“レイ”。こうしてユーラシアに来るハメになったのは私のせいだと言いたいわけ?」

「間違ってはいないだろうな」

 

 肩をすくめた男性レイ・ザ・バレルは、薄く笑みを浮かべながらユリスへと視線を向けた。

 甚だ心外だと顰める端正な顔には冗談の気配が窺えるものに、あまり機嫌を損ねるとこの後が面倒だ。

 

 何せこれから2人でとある指令を受けて任地へと潜入することになるので。

 敵味方問わず怒らせると面倒な彼女を上手く扱うのは最重要事項であった。

 

「彼もお前を信じての連絡のはずだ。後入りの俺としても、彼の期待には応えたいところだ。

 彼には世話になったからな」

 

 だからこそユリスに当てられた今回の指令に、レイは飛び入りで参加することにしたのだ。

 彼女の手綱を取る人間も必要だろうと。

 能力的にはずば抜けているが、自由すぎる彼女は本来潜入任務に不向きだ。

 

「あっそ。まぁ確かに…………ステラ達の面倒を任せちゃったのは大きな負い目ではあるわね」

 

 わずかに悔恨を乗せてユリスは吐き出した。

 

 ユリスとて全てを放り出したかったわけではない。

 ただ、残る時間の少ないレイとの日々を優先したかったのだ。

 レイとのそこにまつわる因縁の様々は、ユリス・ラングベルトにとって特別であったから。

 彼と共に、今一度世界を見回りたかった。

 

「前にも言ったな。俺はお前と一緒ならどこに行っても構わないと」

「嬉しいこと言ってくれるわね。まっ、それじゃあんたの気持ちの甘えさせてもらうわよ」

 

 

 キャリーケースを引きながらユリスはホテルの外へと歩み出した。

 

 

「ふっ、では行くとしよう」

「えぇ、行き先は新興国────“ファウンデーション”よ」

 

 

 

 密かに、世界は新たな火種を抱えて動き出していた。

 

 

 

 




政治の話はですね。作者にとっては地雷なんです。
知見が薄いのでらしい話を考えるのが難しくて。
お楽しみいただけたら幸いです。

フレイが素晴らしいと思った方は感想お願いします。




お兄ちゃんは魔法使い(意味深
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。