プラント・アプリリウス市。
地球から遠く離れたこの人口都市に、今1人の少女が降り立った。
「んっ、ん〜〜くぅ、長旅疲れたぁ! ようやく到着だよー」
少しクセのある金髪を揺らし、凝り固まった身体で伸びをするのは、今や勇名となったオーブ三羽烏が1人、アサギ・コードウェル。
人口的に制御されたプラントの気候に合わせラフな装いのまま、シャトルの発着場でアサギは、らしい笑みを浮かべていた。
「さてさて、お迎えはどこかなーっと────あ、いたいた!」
周囲を見回して、迎えてくれるはずの人物を探す。
数度見回せば、わかりやすい銀糸の髪のおかっぱ頭が目に映り、アサギはパッと目を輝かせた。
「おーい、イザーク〜!」
そう、銀髪のおかっぱ────イザーク・ジュール、現在は少佐である。
響き渡る大きな声。呼びかけられた己の名にビクリと肩を振るわせたイザークはすぐさまその肩を怒りで震わせながら声の出所へと振り返った。
「アサギ・コードウェルぅ、貴様!」
「うぇ!?」
明らかに逆鱗に触れたような反応。
能天気なアサギも足早に近寄ってくるイザークに及び腰となる。
「えっ、何でそんなに怒って──」
「この愚か者が! アプリリウスは最高評議会の置かれるいわば上流階級のプラントだと言っておいただろう! 貴様には淑女としての嗜みはないのか? ついて早々はしたなく大声で呼びつけおって!」
「い、イザーク! 声、大きいって。視線集めてるじゃん」
「誰のせいだと思っている!」
一通り怒鳴りつけてから衆目を引いている自覚があったのか、イザークはアサギの手を引き足早にその場を歩き出し、シャトルの発着場を後にする。
その場には、またいつも通りの静寂と、少しばかりの密かな声が、しばらく流れるのだった。
「全く、とんだ目に遭ったものだ……」
「もー、そんなに怒らないでよ。ごめんってば」
「それで本当に謝っているつもりか貴様。大体、何故1人なのだ? 予定ではマユラ・ラバッツとジュリ・ウー・ニェンも来るはずだっただろう」
「あ〜、それがね。実は…………」
イザークの問いに、アサギはどこか苦笑いを見せながら口を開いた。
事は遡ること数週間前。
発端は平和な日々を過ごしている中、プラントより彼女たちに届いた一つのメッセージに端を発する。
メッセージの差出人はイザーク・ジュール。
予想外な差出人に不思議な顔をしながら確認してみれば、それはプラント観光の招待状であった。
曰く、2年前に行われたミゲル、ディアッカ、イザークの3人によるオーブ旅行。
この返礼としてミゲルよりタケル・アマノをプラントへ招待しようと言う話になった。
しかし、当のタケルは既に一度はザフトへと身を置いた経歴もあり、今更プラントへ旅行などとやんわりこれを拒否。
その代わりとして、アサギ、マユラ、ジュリの3人に見聞を広めるためという名目でプラント旅行の招待を提案したのだ。
そうして受け取ったイザークのメッセージ。3人は恩師であるタケルの手配に、満場一致で同意の返事を載せて返していた。
のだが──
『ごめん! アサギ、私ちょっとプラント旅行行けなくなっちゃった!』
旅行をもう目の前に控えた日のことだ。
通信機越しに飛び込んできたのは、珍しく弾んだマユラの声だった。
申し訳無いと気配を示しつつも、妙に勢いのあるその声に、アサギは手にしていた端末を耳から少し離して、端末越しで見えそうなマユラの表情を伺った。
『えっと、なになに? どうしたのマユラ急に────何かあった?』
『いや、その……ね? ちょっとオーブで、絶対外せない予定ができちゃって……』
『絶対、外せない予定?』
問い返せば向こうで一息、妙な間が空いた。
それから、少しばかり声を潜めるようにして。
『……今度のミーア・キャンベルのオーブ公演。コンサートチケットが当たったの!』
『はぁ!?』
思わず素っ頓狂な声を上げたアサギに、端末越しのマユラは喜色を隠しきれない嗚咽のような声を漏らして見せる。
『だ、だって凄い倍率だったんだよ!? オーブ初公演の特別席! しかも一日限り! これ逃したら一生後悔するやつだし!』
『いや、気持ちはわかるけどさ!? せっかくアマノ三佐…………じゃ無い、教官が提案してくれたプラント旅行だよ? それでそっち優先なの!?』
『うっ……そ、それは……だって、プラントもイザークと会うのだって、別にこれからいつでも……』
『対して、ミーア・キャンベルのオーブ初公演は文字通り二度と無いってこと?』
『そう!』
即答だ。
あまりに迷いのない返事に、アサギは思わず額を押さえた。
そういえば彼女は割と流されにくい芯を一本持つタイプであったか…………こうして流されるままに旅行に行く気になってる自分と比べればその差は明白であった。
ついでに言えば、彼女は少しミーハー気質だ。人気者、流行り物には人知れず食いついていることが多い。
今回も新進気鋭のアーティストとして売り出されてるミーア・キャンベルのオーブ初公演。
彼女が知れっと飛び込んでいてもおかしくは無かった。
『うぅ、でもさぁ』
『ご、ごめんって! お土産ならたくさん買ってきて! あと写真! 上流階級っぽいところとか、綺麗な街並みとか! それ見て旅行気分堪能させてもらうから!』
『ずるぅ、調子いいなぁもう……』
呆れながら返しても声が沈まないあたり、マユラが本当に残念がっているわけではないのがよくわかる。
むしろ全力でオーブのコンサートを楽しみにしている声だった。
『ま、でもしょうがないか。そう言う事情なら教官も無理強いはしないと思うし…………行って思いっきり楽しんできてよ』
『うん! ありがとうアサギ! 帰ってきたら感想いっぱい話すから!』
『いらない、それは別にー』
『えー!?』
そうして、マユラとの騒がしいやり取りを終えた。
これだけであればどれだけ良かったことか。しかし運命はアサギを更に過酷な試練へと突き落とした。
それから数日後のことだ。アサギの元に今度はジュリから連絡が入った。
通信を繋げば、マユラとの違いひどく歯切れが悪い口調でジュリから告げられる。
『あ、あの……アサギちゃん。本当に申し訳ないのだけれど……私も、その……今回は……』
『え、ジュリも!? 何で、何の用事?』
訊ねた途端、端末の向こうで小さく息を呑む気配があった。
『えっと、その……前から少し、お約束していた予定がありまして……』
『予定?』
『はい、その……外せなくて……』
『ふぅん?』
何かある──内気で我を出さないタイプのジュリが、言い淀みながらも、明かさずとも、しかし徹底抗戦の気配である。
直感したアサギは、すぐにある可能性へと辿り着いた。
『ねぇ、ジュリ』
『は、はい』
『その用事ってさ、男でしょ?』
『────っ!?』
向こうで何かが盛大にひっくり返る音がした。
『ア、アサギちゃん、な、何を急に!?』
『知ってるんだよ私。最近通信機越しにニヤつくジュリを見かけてたしー。奥手のジュリがどこの誰とってのもマユラとの話の種にしてたんだもん』
『ち、違っ……いえ、違わなくも……あの、違』
『どうせスティング・オークレーでしょ?』
『わぁぁぁぁっ!?』
通話越しに狼狽えの声を上げるジュリに、アサギは僅か溜飲を下げつつ真っ赤な顔をしたジュリを脳裏に思い描いた。
引く気のない気配。単身旅行が確定した今、多少の揶揄いは迷惑料として許してもらって良いだろう。
アサギは口撃を続けた。
『いやぁ、ジュリも隅に置けないよねぇ』
『か、からかわないでよぉ……! でも本当に、その……せっかく拠点セルヴァからオーブに戻ってくると言うことで。決まった予定を今さら断るのも……』
『いいよいいよ。そう言う事情なら結局アマノ教官の事だから許してくれるだろうし。素直にそっちの予定を大事にしなって』
『ごめんなさい、本当に』
『ううん。むしろ応援してる。上手くいくといいね』
『あ、ありがとう……』
照れと申し訳なさが綯い交ぜになった声音を返されて、アサギはふっと頬を緩めた。
こうして。
マユラはミーア・キャンベルのコンサートへ。
ジュリは意中の男性、スティングとの約束へ。
ちなみにアサギは知る由もない事だが、ミゲルからタケル伝いでオーブ初公演のコンサートチケットがスティングへと手渡されていたりする。
と言うか、アサギはおろか旅行企画発案者のタケルも知らぬ話なのだが、相変わらず空回りも甚だしい男である。
こうして。結果として────プラント旅行に来られたのはアサギ・コードウェルただ一人となったのである。
「うぅ、と言うわけで、マユラはオーブでミーア・キャンベルのコンサートに行っちゃって、ジュリも別件で来れなくなったの」
「別件?」
「そっちはまぁ……ちょっと、ね?」
濁してみせれば、イザークは訝しげに眉をひそめた。
「何だその言い方は」
「いやぁ、ジュリだって年頃の女の子なわけだし?」
「……あぁ」
一瞬の間のあと、イザークは何かを察したように目を逸らした。
妙にあっさり納得したものだから、今度はアサギの方が目を丸くする。
「え、何その反応。イザークのくせに察し良すぎじゃない?」
「くせには余計だ! 俺とてそれなりに年齢を重ねてきた。貴様ら程じゃないが、それなりに色恋話の面倒は知っている。アスランと一緒にするな」
「えぇ、そうなの? じゃあイザークってもしかして恋人の1人や2人──」
「ふざけるなバカ者! この俺がタケル・アマノの様に誰彼構わず引っ掛ける様な男だと思っているのか!」
「失礼な! アマノ教官は誰彼構わずなんて関係性は作ってないよ!」
「ぐっ、そう言う問題では────まぁ良い。だがプラントは未だ婚姻統制の下にある。俺達コーディネーターは、お前達と根本的に男女の関係性の見方が違う」
ふん、と鼻を鳴らしながらも、イザークはそれ以上は追及しなかった。
代わりに一つ、切り替える様に深いため息を吐いて見せた。
「……まぁ、仕方あるまい。当初の予定とは違うが、来た以上は案内してやる」
「おっ、じゃあイザークと二人きりでプラント観光だね」
「いちいちそんな言い方をするな!」
即座に怒鳴り返され、アサギはけらけらと笑った。
「もーそんな照れなくても。事実は事実でしょ」
「そうだとしても、わざわざ口に出すな!」
「はいはーい」
軽く受け流しながら、アサギはイザークの横顔を見やった。
怒っている。口調でこそ怒っているのだが、帰れとも、面倒だとも、不服は言わない。
予定が崩れたことに文句はあっても、自分を放り出すつもりはないと言うことか。
何だかんだで引き受けながらも素直じゃないところが、どこかイザークらしい気がした。
「ねね、それで? まずどこ連れてってくれるの」
「タケル・アマノの要望の通り、貴様のような田舎娘でも多少は見識が広がる場所だ」
「あっれー、もしかして喧嘩売ってる?」
「事実を言ったまでだ」
「2年前私達にシミュレーションで負けたこと忘れちゃった?」
「覚えてないな」
「あー、なにそれ!」
姦しく言い合いながら、どこかお似合いな二人は発着場を出てアプリリウス市の中心街へと向かう。
ちなみに移動はイザークの車に乗ってである。
プラント──アプリリウス市は、オーブとはまた違った洗練を持つ街だった。
白と淡金を基調とした街並み。
視界を遮る圧迫感のない高層建築は、空間そのものを設計したように整然と並び、往来を行く人々の服装にすらどこか気品がある。
上流階級が多いと言う評価は正しいと言うことか。慌ただしさは薄く、喧騒さえ上品に抑え込まれているようだった。
「うわぁ……ほんとに雰囲気違うんだね」
「当然だろう。ここはアプリリウスだからな」
「いや、それは何の説明にもなってないよ」
「説明せずとも見ればわかる話だろう」
それはそうだ────アサギはイザークの含みを汲む様に窓から覗ける市街を見やった。
復興も進んだオーブの賑わいは活気と自由さに支えられているが、こちらは全体がひどく整っている。
まるで市街全体が美術館の様な端正さであった。
「最高評議会の置かれる都市というのは、こういうものだ。居住区の階層ごとに景観も商業施設も調整されている。特にこの周辺は来賓も多い。無闇に騒がしくされては困る」
「へぇ……ほんと徹底してるんだ」
「プラントは閉鎖空間だ。環境設計は生命線だからな。地上の都市とは根本から発想が違う」
言いながら案内する感じはどこか教師じみている。
自然と声音に誇りが滲んでいるのが、微笑ましくて、アサギは運転するイザークの横顔につい視線を向けていた。
「む、なんだ?」
「いや? イザーク、こういう時ちょっと楽しそうだなって」
「……気のせいだ」
「ふーん?」
「気のせいだと言っただろう」
「なにも言ってないじゃん」
少しだけ車の勢いが増した。
図星、ということなのだろう。わかりやすい反応であった。
アサギが最初に連れて行かれたのは、アプリリウス市街にある中央芸術回廊と呼ばれる施設だった。
吹き抜け構造の広大な空間に、水音を立てる人工泉と季節を調整された植物群。
その周囲を取り囲むように、美術展示室、音楽ホール、工芸ギャラリー、さらには小規模な談話室付きの茶室までが一体化している。
「うわ……すごっ、色んなのがこんな一箇所に」
「上流層の嗜みの一つだな。芸術と社交を切り離さず、一つの空間で済ませる」
「娯楽施設っていうより、文化全部乗せみたいな感じ」
「……まぁ、間違ってはいないだろうな。俺も好みではないが」
展示されているのは、古典絵画から工業デザイン、戦前の文献を復元した芸術資料まで様々だ。
プラントらしく、自然を失った環境で生まれた“人工の美”が中心になっているのが印象的だった。
ふと、アサギは目についた大きなガラスケースの前で立ち止まる。
そこには、地球の海を再現した立体投影芸術が展示されていた。
揺らぐ青。
砕ける白波。
海鳥の影。
潮騒まで精密に再現されているらしく、耳を澄ませば微かな音がした。
「……綺麗」
まるでここだけオーブの海岸を切り取った様だ。
否、人工的に創り描かれたそれは、いっそ本物よりも整っているだろう。
「地球の自然に強い憧れを持つ者は多いからな。特にアプリリウスはそうした嗜好品の需要が高い」
「プラントってさ、やっぱり“本物”に飢えてるところあるのかな」
「それは…………やはりあるだろうな」
その返答は、少し静かだった。
アサギが振り向くと、イザークは展示の海を見ながら目を細めていた。
自分が生まれ育った場所に誇りを持っている男だ。だが同時に、そこに欠けているものも理解しているのだろう。
「なーんだ」
「なんだとはなんだ?」
「いや、イザークもそういう顔するんだなって」
「どういう顔だ」
「言い表すことのできない何かを胸に抱えた様な、ちょっと寂しそうな顔」
「……どんな顔だ?」
「アマノ教官も、そんな感じの表情多かったしね」
「バカを言うな」
誰があの様な軟弱者と一緒なものか。
ぶっきらぼうに返しながらも、否定の言葉に対して声音は弱かった。
アサギは少しだけ、彼の隣に立つ距離を縮めた。
これ以上はわざわざ言葉にすることではないと思ったからだ。
回廊を抜けた後、イザークが次に案内したのは、展望ラウンジを備えた高級温室庭園だった。
透明な天蓋の下に広がるのは、プラントでは再現の難しい四季折々の花々と樹木。
重力と照明、温度湿度を緻密に調整して作られた人工自然は、もはや庭園というより一つの世界だ。
中央には白い石造りの通路と水路があり、その周囲にいくつもの休憩席と軽食を供するカフェテラスが配置されている。
「わぁ……っ」
今度こそ、アサギは素直に感嘆の声を漏らした。
「これは、すごい……ね」
所謂一般庶民であるアサギには、そうそう縁のない場所だ。
先ほどのイザークの言にあった田舎娘が、今だけは当てはまる気がした。
「ここは評議員の家族や来賓もよく利用する。景観維持にかなり予算が投じられているらしい」
「らしい、って。イザークもあんまり詳しくないの?」
「俺はこういう場所に頻繁に来る趣味はないからな」
「へぇ〜?」
「何だその含みのある声は」
「だって、イザークってもっとそういう上流階級の嗜み慣れしてるタイプかと思ってた」
「貴様の中で俺は何だ」
「高級茶器とか使いこなしてそう」
「偏見だ!」
「でも紅茶にはうるさそう」
「……否定はしないが、それも全ては母上の薫陶の賜物だ。俺の趣味ではない」
そこだけは認めるのかと、アサギは吹き出した。
ちょうど空いていたテラス席に案内され、二人は軽い茶菓子と飲み物を取る。
アサギの前には、果実を使った冷たいハーブティー。
イザークの前には、香りの強いホットティーが置かれた。
「ん、おいしい? と言うか、強いけど不思議な心地良い香り」
「それはこの施設でも評判のものらしい」
「らしい、ばっかだね今日」
「うるさい」
カップを傾けるイザークの横顔は、少しだけ気が緩んでいた。
発着場で怒鳴られた時と比べれば、2人の間の空気もずいぶん和らいでいた。
「あのさ、イザーク」
「むっ、何だ?」
「二人きりになっちゃって、気まずいかなとかちょっと思ってたんだよね」
「……貴様が?」
「失礼だね。私だって気遣いくらいするよ!」
「初手で大声を張り上げていた奴の台詞とは思えんな」
「そこまだ言う!?」
むっとして頬を膨らませれば、イザークは鼻で笑った。
その笑い方が、ほんの少しだけ意地悪の無いものである気がした。
「だがまぁ……そうだな」
「ん?」
「思ったよりは、悪くない」
「……え?」
あまりにさらりと言うものだから、アサギは一瞬聞き間違えたかと思った。
「な、何それ?」
「何がだ」
「いや、今の──もしかして普通に褒めた?」
「褒めてはいない」
「でも悪くないって言った」
「事実を述べただけだ」
「それ褒めてるのとあんまり変わらないから!?」
顔が少し熱くなるのを自覚して、アサギは慌ててグラスに口をつけた。
対するイザークは、そんなアサギの反応を見ていながら、追及はしなかった。
代わりに、ぽつりと呟く。
「貴様は……騒がしいし、雑だし、淑女らしさの欠片もないが」
「そこまで言う!?」
「最後まで聞け。……その分、見ていて退屈はしない」
今度こそ、アサギは言葉を失った。
イザーク・ジュールという男は、素直じゃ無いの代名詞だ。
少なくとも2年前、オーブで見えたときはそうだった。
負けは認められないプライドの塊であったし、他人を素直に褒めるなど致命的に下手な男だ。
だが、だからこそ────これは多分、彼なりに相当譲歩した好意的な評価、と言うことだ。
「……イザークって、たまにズルいよね」
「何の話だ」
「別に」
それ以上は言わない。
言ったら恐らく、また台無しになる。そんな気がした。
その後は、アプリリウス中心部の高級街区を二人で歩いた。
楽器職人の工房をガラス越しに覗き込み。
プラント産の繊維を扱う老舗店で、アサギが値札を見て目を剥き。
会員制の読書サロンの前で、イザークが「あそこは俺も行ったことがない」と珍しく言い。
その日の最後には、夜景のよく見える環状通路まで足を延ばした。
プラントの夜は、地球の夜景とは違う。アプリリウスともなればそれは更に顕著だろう。
空そのものが巨大な人工天蓋で閉じられているからこそ、街の光は輪郭を失わず、宝石を散りばめたように整って見えた。
どこまでも設計された美しさ。
それでも、息を呑むほど綺麗だった。
「……すごいね」
「あぁ」
並んで立ったまま、しばらく二人は黙っていた。
騒がしいアサギが黙るのは珍しい。
そのことに思い至ったか、イザークはアサギを横目に伺った。
「何だ、急に静かになって」
「いやぁ……こういうの見ると、ちょっとだけわかるなって思って」
「何がだ」
「イザークがプラントに誇り持ってる理由」
そう告げると、彼は少しだけ目を見開いた。
意外そうだった。
自分がそんなふうに理解されるとは思っていなかった顔だ。
「ここってさ、確かに人工的なんだけど。でも雑じゃないんだよね。全部ちゃんと守ろうとして作られてる感じがする」
「……まぁ、命を支えるゆりかごだからな。雑であっては困る」
「うん。でもさ、それだけじゃなくて。そういう必死さの先に、綺麗なもの作ろうとしてる感じがする」
アサギは手すりに軽く肘を乗せながら、光の海を見つめた。
「私はオーブも好きだけど、プラントにはプラントの良さがあるんだなぁって思った」
これは、企画してくれた教官に感謝である────アサギは胸中でイザークには悟られぬ様に感嘆した。
アサギにとって確かに、見識を広める良い機会となったのだ。
ずっとオーブのためにMSのテストパイロットとして研鑽を積み、戦場に出て。
いつのまにか、それなりの勇名を背負うことになっていた。
だがそれでも、彼女達が知るのは、オーブの中だけ。オーブのことだけだ。
外にある誰かの。外にいる誰かの。
大切な場所や願いを、アサギ達は知らなかった。
「──そうか」
短い返事。
だがその声音は、どこか柔らかかった。
「それなら、案内した甲斐はあったな」
「お、ちょっと嬉しそう」
「気のせいだ」
「またそれ?」
「気のせいだ」
今度は、アサギも笑った。
そうして笑い合えたこと自体が、今日一日で一番の収穫だった気がした。
帰り道。
宿泊先までの車中、アサギはふと思い出したように口を開いた。
「ねぇ、イザーク」
「何だ」
「マユラとジュリが来れなくなって、最初ちょっと残念だったんだけど」
「……あぁ」
「でも、これはこれで良かったかも」
言った瞬間、自分でも少し気恥ずかしくなる。
けれど誤魔化す前に、イザークが信号まちで車を止めた。
僅かに視線を彷徨わせているのは果たして、信号の切り替わりタイミングでも伺っているのか。それとも──
「…………そうか」
「何その反応」
「いや」
「もっとこう、あるでしょ。俺も悪くなかった、とか」
「貴様は本当に図々しい女だな!」
「えーなにそれ、ひどい!」
怒鳴られた。
怒鳴られたが、最初のような本気の怒気では無い。
むしろ少しだけ、困ったような色が混じっている。
「……俺も、まぁ」
「うん?」
「悪くはなかった」
「……っ、ふふ」
今度は思わず笑いがこぼれてしまう。
顔を背けるイザークの耳が、ほんの少し赤くみえる。
それを見てしまったから、余計に可笑しかった。
「何だその笑いは!」
「べっつに〜?」
「貴様ぁ……」
狭い車内で、また騒がしいやり取りが始まった。
けれど、その応酬は発着場の時よりずっと柔らかい。
観光が終わっただけ。
特別な約束を交わしたわけでもない。
名前のつく関係に変わったわけでもない。
それでも。
プラントの洗練された夜景の下で、二人の距離は昨日までよりほんの少しだけ、確かに近づいている。
そんな気が、アサギはしていた。
まぁイザーク君はシホもいるので後ほど存分に修羅場ってもらおう。
ちなみにこの翌日は、公式ドラマCDイザークの憂鬱に軽く繋がる展開を夢見てる。
きっとエザリアにアサギといた事が知られていてジュール家にはアサギのホログラム映像が設置されてるんじゃ無いかなぁ。
そして捨ておけない残りの2人。
まぁ今回前編という事で、無論残りの2人も書きますよって。
destiny編も終えて、連載開始からもうすぐ4年というところですが、幸せになれそうな三人娘にご期待ください。
感想よろしくお願いします。