機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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あーもう幸せです。


三羽の烏も春に鳴く 後編

 

 オーブ首長国連邦。

 

 先の大戦において首都オロファトへとレクイエムの直撃を受け、国家としての中枢機能を奪われたこの国は、未だ復興の最中にあった。

 

 物資の入出を担う空港、マスドライバーを保有するオノゴロ島は先んじて復興が進み、併せてカガリ・ユラ・アスハは政権運営を暫定的にオノゴロへと移行。

 世界中に散り散りとなった元オーブ国民の帰還のために奔走している。

 

 とは言え、そうして復興が進めばそこに暮らす人々は自然と増え、安定し平和の中にあるべき営みも生まれる。

 

 オノゴロの十分な復興と一部のオーブ国民の受け入れが始まったこの時。

 それを記念する催しが開かれるのもまた自然なことであった。

 

 

 即ち、世界中が待ち望んでいる新進気鋭のアーティスト────ミーア・キャンベルの地球圏初公演である。

 

 

 

 浮かれた声がそこかしこを行き交う特設の会場。

 その中をマユラ・ラバッツも例に漏れず、興奮冷めやらぬ表情で歩いていた。

 

「あぁ〜、あと30分。待ち遠しいなぁ」

 

 開場と同時にいくつかグッズを漁り買い込んで、残るは予定された席に赴きライブを楽しむだけ。

 確定した未来と興奮に、既に心は跳ね回っていた。

 

「アサギ達は今頃、プラントかな…………申し訳ないけど、この機会は逃せないもの。仕方ないわよね」

 

 誰に弁解するわけでもなく。強いて言うなら罪悪感を訴えそうな己の心に蓋をする様に言い訳を並べて。

 マユラは一人当選した己の座席へと向かい邁進する。

 

 そんな時である。

 

 

「──あれ、マユラ、ちゃん?」

 

 

 聞き覚えのある。やたらと馴染み深い友人の声が飛び込んできた。

 

「へっ…………じゅ、ジュリ!?」

「やっぱり、マユラちゃんだ!」

 

 深い紺色の髪。ピンク縁のメガネ。そして、やや分厚い胸部装甲。

 見慣れた友人ジュリ・ウー・ニェンの姿がそこにはあった。

 

「え、なんで? 旅行は!?」

「それが…………私も今日は予定が入っちゃってて。アサギちゃんには申し訳ないけど断りの連絡入れてて」

「えっ、じゃあジュリもチケット申し込んで当たってたの!?」

「あっ、ううん違うの。私は持ってなかったんだけど──」

 

 言って、ジュリはどこか気まずそうに周囲を見やった。

 するとどこからか薄緑色の髪を持つ背の高い男性が現れる。

 

「遅れて悪かったなジュリ。入場時に特別招待のチケット見せたら、人相悪いせいか色々と勘ぐられて手間取っちまった」

 

 その人物はスティング・オークレー。

 現在アサギとマユラの間でまことしやかに囁かれていた、ジュリの男疑惑のある人物である。

 もはや疑惑は確信に変わってはいるが…………。

 

「──スティング・オークレー」

「んぁ? お前は、確かマユラ・ラバッツだったか。なんだ、お前も招待されてたのかよ」

「招待?」

「あ、違うのスティング。マユラちゃんはチケットを申し込んで当選したんだって」

「当選? なるほど、道理で1人なわけだ。ミゲルのやつから送られてきた特別招待はペアチケットだったからな」

 

 

 グサリ、と何かが音を立ててマユラの心に突き刺さった。

 

 自分が必死な思いで他人を蹴落とし(抽選で)ようやく手に入れたであろう特別席。

 しかし目の前の友人はコネクションを利用して、意図も容易く同じ位置を手に入れていたわけだ。

 おまけに彼氏付きで。

 

 いつも隣で、いつも一緒で、ずっと助け合ってきたジュリとの間に、隔絶された差ができた様な気分である。

 

「あ、あはは…………それじゃジュリはスティングとのデートの予定で、そしたらチケットを持ってきてくれて今日ここにって感じ?」

 

 平静を装いながら、マユラは当たり障りない態度で返した。

 既に心はこの場を逃げたがっていたが、確執があるのは己のみだ。去り際に余計な感情を落とすような無粋な真似を、友人としてマユラはしたくなかった。

 

「う、うん。そうなの、だからちょっと驚いちゃって──こう言う場、あんまり慣れてないし」

 

 少しだけ窮屈そうにするジュリの返答を聞きながら、マユラは胸の奥に刺さった棘をどうにか飲み込んだ。

 

 別にジュリが悪いわけではない。

 スティングが悪いわけでもない。

 むしろ、こうして好きな相手と一緒に来られて、少し照れた様子のジュリを見れば、良かったねと素直に言うべきなのだろう。

 

 だが、人の心はそう綺麗に整えられるものでもないのだ。

 

 自分が心を躍らせて、運を使い果たしたような気持ちで掴んだ一枚。

 その価値が、目の前では思いがけず軽々(けいけい)に手渡されていた。

 しかも、隣には意中の相手付きだ。

 

 少しだけ────ほんの少しだけ、胸の奥がざらついた。

 

 

「そっかぁ……うん、なるほどね」

 

 

 それでもマユラは、いつも通りを装って笑った。

 

「じゃあ、今日はジュリもスティングも楽しまなきゃね。せっかくきたんだし」

「う、うん……マユラちゃんも」

「ありがと」

 

 少しぎこちなく返したジュリに、スティングは事情を深く察した様子もなく肩を竦めた。

 

「ま、席は同じ特別区画だろ。中でまた会うかもな」

「……そうかもね」

 

 それだけ返して、マユラは軽く手を振る。

 

「それじゃ、また後で」

 

 くるりと背を向けた。

 意図して真っ直ぐ真後ろへと。逃げる様に歩き出した。

 そうしなければ、うっかり余計なものまで顔に出してしまいそうだった。

 

 

 

 

 特設会場の中は、開演前だというのに既に熱気に満ちていた。

 

 大きなモニターにはこれまでの活動映像や宣伝映像が流され、観客席のあちこちではミーアの名前を呼ぶ声や、買い込んだばかりのグッズを見せ合う声が飛び交っている。

 意気揚々なファンの集いである。

 

 スタッフ達が慌ただしく動き回る気配すら、これから始まる一大イベントの高揚感を煽っていた。

 

 マユラも本来なら、その熱気のど真ん中で浮き足立っている側の人間だったはずだ。

 けれど今は、少しだけ足取りが重かった。

 

「──なんだかなぁ」

 

 誰に聞かせるでもなく、マユラは小さく零した。

 

 別にジュリを羨ましいと思ったわけではない────断じて、思っていない。

 

 いや、少しくらいは思っているのかもしれない。

 

 

 一緒に訓練して、一緒に笑って、一緒に戦ってきた友人が、いつの間にか自分の知らないところで知らない関係性を作っていて、それをまざまざと見せつけられたから。

 置いていかれたような気分にならない方がおかしいと言うものだ。

 

 対して、自分はどうだろうか。

 

 ミーア・キャンベルのコンサートに浮かれて、せっかくの厚意で予定されていたプラント旅行を蹴って。

 だからこそこの一日は、本当は十分に楽しいはずなのに。

 

 なのに、胸の奥に妙なもやもやが居座っていた。

 

 

「……だめだなぁ、私」

 

 

 軽く頬を叩いて気持ちを切り替えながら、マユラは目的であった自分の席を探した。

 

 特別区画。

 通常席とは一段区切られた、その中でもかなり見やすい位置だ。

 さすがに倍率が高いだけはある。ステージ全体が見渡せて、しかも演者との距離も近い。

 

「うわ、やっぱりすご……」

 

 少しだけ、心が持ち直していた。

 これを楽しみにしていたのは本当なのだ。

 ここまで来て沈んだままでいるのは、ミーアにも、チケットを勝ち取った自分にも不義理と言うものだ。

 

 そんなふうに思いながら席番号を辿っていくと、自分の席の隣に、既に座っている人物の姿が目に入った。

 

 鮮やかな橙色の髪。

 どこか人目を引く華やかな雰囲気。

 そして、気負いのない軽い佇まい。

 

「──ん?」

 

 立ち竦んだマユラの視線に気がついて、件の男は視線を上げた。

 

「お、隣さんか」

 

 気安い声音だった。

 

 マユラは一瞬だけ首を傾げる────少なくとも見覚えは、ない。

 たが、相手の方は初対面に向けるには妙な、自然な顔をしていた。

 

「あ、はい……えっと、失礼します」

「どうぞどうぞ。開演前で良かったな、始まってからだったら人の波でえらいことになってたぜ」

 

 冗談めかして笑われ、マユラは曖昧に笑みを返しながら席についた。

 

 少しだけ、気まずさを覚えてマユラは意味もなくグッズの入ってるバックをゴソゴソと漁っていた。

 初対面の相手と隣り合うこと自体は別に珍しくもないが、今の自分はどうにも会話に向いた気分ではないのだ。

 ましてやこの場で恐らく、唯一。胸の奥にできたばかりのしこりを抱えたまま席についている。

 下手に話しかけられても気の利いた言葉など返せそうになかった。

 

 

 そんな気配を察したのか、男はしばらく何も言わなかった。

 ただ、周囲の熱気を眺めるように背もたれへ身を預け、ふっと笑う。

 

「すげぇよな。地球圏初公演ってだけで、こんなに人が集まるんだから」

「……ですね。すごい人気」

 

 短く返すと、男は横目でちらりとマユラを見た。

 

「けど、あんたはその割に浮かない顔してる」

「えっ」

 

 思わず、マユラは顔を上げた。

 

 見透かされたようで、少しだけ気まずい。

 だが相手の口調には、探るような嫌らしさがなかった。ただ事実を言っただけ、という軽さだ。

 

「いや、悪い。せっかく楽しみに来たんだろうに、水差す気はなかったんだけどな」

「……そんなに、わかりやすかったですか?」

「まぁ、ちょっとな」

 

 男は悪びれもせず肩を竦める。

 

「こういう場所ってのは、開演前から顔に出るもんだろ。今にも弾けそうなやつもいれば、グッズ抱えて泣きそうな顔してるやつもいる。あんたは……そうだな。来たかったのは本当だけど、それとは別のもんも抱えてる顔だ」

「…………」

「図星か?」

 

 軽く笑って言われて、マユラは返す言葉に詰まった。

 

 そこまで大層なものではない。

 自分でも、きっと些細なことだと思う。

 ただ少しだけまだ、気持ちが追いついていないだけなのだ。

 

「まぁ、そんな日もあるよな」

 

 返答に窮したマユラを見て、男はあっさりとそこで話を切った。

 

「でも、せっかく来たライブだ。開演したら一旦そういうの置いとけ。ミーア・キャンベルってのは、そういうもやもやごと吹っ飛ばせるタイプの歌い手だぜ?」

「……そう、ですね。それはまぁ、良く聞いてますから」

 

 思わず返した声は、少しだけ柔らかかった。

 

 その人物は、マユラの事情を知っているわけではない。

 もちろん、さっきまでジュリと会っていたことも知らないはずだ。

 それなのに、不思議と今の一言はすんなり胸に落ちた。

 

「楽しみにしてきたんなら、最後くらい笑って帰らないともったいないぜ」

「……はい」

 

 小さく頷くと、男は満足したように笑う。

 

「よし。それでいい」

 

 妙に気安いその態度に、マユラは少しだけ肩の力を抜いた。

 

「えっと……あなたも、ミーアさんのファンなんですか?」

「んー、まぁそんなとこだな」

 

 わずかに言葉を濁した返事。

 けれど、その軽さはどこか嫌味がなかった。

 

「知り合いに誘われてな。いい席まで回ってきたんだ。なら楽しませてもらわなきゃ損だろ?」

「知り合い……」

「おう。まぁ、そういう伝手もたまには役に立つってやつだ」

 

 にかっと笑う。

 

 その笑みはどこか人懐っこくて、初対面にしては妙に話しやすい。

 ぐいぐい踏み込むわけでもなく、かといって壁を作るでもなく。

 絶妙な距離感でこちらを楽にしてくる。

 

 不思議だけど、どこか良く知る教官に似た感触をマユラは覚えた。

 彼も大概、気にしてたことを吹き飛ばして、あっさりと前を向かせてくれるものだった。

 今と同じ様に、ジュリやアサギと比較して劣等感を抱えていた時もそうだったのだから。

 

 そう思うとなんだか、胸の奥に居座ったしこりが少し溶けた気がした。

 

 

 そうして少し空気が和らいだところで、会場の照明がふっと落ちる。

 

 一瞬ざわめきが────すぐさま熱のある歓声へと変わる。

 

 

「あっ……!」

 

 

 ステージを包む光が走り、会場全体が熱を帯びる。

 観客たちの期待が一斉に跳ね上がり、空気が震えた。

 

 マユラの胸もまた、その熱に引っ張られるように高鳴っていく。

 

 隣では、男が口元を緩めながらステージへ視線を向けていた。

 

「ほら、始まるぜ」

 

 その一言に背中を押されるように、マユラもまた前を向く。

 

 さっきまで胸の奥に沈んでいたざらつきは、まだ全部は消えていない。

 けれど今は、それすら飲み込んでくれそうな熱が目の前にあった。

 

 次の瞬間、眩いスポットライトの中心へ、新たな平和の歌姫が姿を現す。

 

 

 地球圏初公演。

 ミーア・キャンベルのライブが、今まさに幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ────すごい歓声だね、スティング」

 

 弾ける熱と声に気圧されながら、ジュリは目の前の光景に押しつぶされない様に普段よりも大きな声で隣へと声をかけた。

 

「そりゃそうだろ。元々ザフトの連中は虜になってたわけだしな」

「えっ、ザフト?」

「ディオキアでもこんな騒ぎだったぜ。まぁ、今の方がファン層はでかいだろうがな」

「ディオキア? えっと、なんか、詳しいね?」

 

 隣で盛り上がるでもなく、しかし妙に物知り顔なスティングにジュリは怪訝、そして疑惑の表情を向けた。

 嫉妬、などと重たいものでもないが、彼のこれまでを考えれば、アイドルやアーティストに虜になってるとは思えなかったからだ。

 

「別に詳しくはねえんだがな…………少なくとも今のミーアについては知らねえしよ。まぁ、だからタケルの奴に言われてこうして見に来たんだが」

「今の? それにアマノ教官から言われて?」

 

 問われて。スティングはわかりやすく、あっ、と小さな息を漏らした。

 

「あーっとだな────まぁお前なら別に良いか? わざわざ吹聴もしねえだろし」

 

 周囲をさっと見回して皆がライブに夢中になってるのを確認してから、スティングはジュリへと顔を寄せた。

 当然ながらそんな不意打ちにジュリの顔が朱に染まるのはご愛嬌。

 心臓が早鐘を打つ中、スティングの耳打ちに全神経を集中するジュリであった。

 

「ジュリ達もある程度は聞いてるんだろ。オーブにいた…………現在はプラントの議長やってる方のラクス・クラインと、大戦中にプラントにいたラクス・クラインの存在を」

「えっ、あ、うんそれはまぁ…………じゃあもしかしてミーア・キャンベルって」

「察しの通りだ。んで、あいつがまだザフトのために歌ってた時期。ディオキアの基地の慰問ライブだったかな。あん時にもこんな騒ぎを目にしていたってわけだ。

 当時から歌の方向性とかは変わってねえしな」

「方向性って…………なんだか通な口振りだねスティング」

 

 今度は心外な、とでも言いたげにスティングはジュリを見やった。

 1つ小さく、喧騒に掻き消されながら鼻を鳴らすと、またも耳打ちを始める。

 

「本物は神秘的で静か。例えるなら夜にだけ咲く花『月下美人』って感じの歌だろ? 対してミーアの本質は明朗快活。こうして皆を元気に弾けさせる。陽の光の下が似合う『向日葵』の様な歌手だ」

「ねぇ、スティング。なんか本当に────随分と詳しいね?」

「そりゃあまぁ、本人談だしよ」

「えぇ!? それってどういう」

 

 この男、一体いつどこで彼女と対面。それもそんな話までする様なことに至ったのか。

 全く繋がりの見えない関係性にジュリは狼狽えた。

 もしかして昔の──女? などとありえない想像をするくらいには今のジュリは狼狽えていた。

 

 

「いやジュリ、思ってること全部顔に出てるけどよ。そう言うんじゃねえからな」

「ひゃっ!? もぅ、スティング!」

 

 もろバレしていた思考への羞恥と、ピンと軽く弾かれたデコピンの衝撃に変な声を上げながら。

 ジュリは、ならばどう言うことなのかと声音と表情で説明を求めた。

 

「まぁ色々と事情はあってな。アイツが一時身を隠さなきゃならねえ時にその身辺警護に入っていたんだ。俺たちは俺たちで、治療された身体の経過観察の時期だったしな。

 四六時中同じ屋根の下で、強面のオッサンどもに監視されながら缶詰状態だったからよ。その時に聞いたんだ」

「へ、へぇ……四六時中同じ屋根の下で」

「拾うのそこかよ!? 監視下だっつったろ。何もねえよ」

「う、うんそうだよね。ごめん…………でもじゃあアマノ教官に言われてって言うのは?」

 

 それもまたどう言うことなのか────ジュリの疑問は尽きない。

 一時同じ屋根の下で監視下に置かれていた事が、どうしてタケル・アマノから指示されてライブを見に来ることに繋がるのか。

 皆目見当のつかない話の流れであった。

 

「あー、それもまた話すと色々ややこしいんだが。

 今回のチケット────元々はミゲル・アイマンからユリス・ラングベルト宛で届いてきてたんだよ」

「ユリス・ラングベルトって、アマノ教官のクローンって言う?」

「あぁ、そいつだ。ミーアと一緒にいた時一悶着あってな。その時にアイツがミーアにこう言ったんだ」

 

 

 

『貴方はどこにでもいる普通の人間。本当の歌姫様には成れないわ────本物はきっと、こんな状況でも眉1つ動かさない位には常人離れしているもの』

 

『身の丈に合った事を望みなさい。貴方は精々、好きな人と歌でデュエットしている位がお似合い。でないと、ウチのバカ兄さんみたいになるわよ』

 

 

 

 

 それは、ラクス・クラインであることにまだ未練があったミーアに向けた、ユリスなりの励まし。

 あるいは、彼女(ミーア)の中に在ったラクス・クラインへの介錯だったのかもしれない。

 

「そんなことを……」

「ユリスの奴がどんなつもりで言ったのかはわからねえけどよ。ミーアはお陰でラクス・クラインであることを吹っ切れた。

 今回の特別招待のチケットは、ユリスとタケルに宛てた、これが今の自分の身の丈だと示すためのものらしい」

「それで────スティングが代わりに?」

「タケルは忙しくて動けない。ユリスはどっか行っちまったからな。だからタケルは俺に行って来いってよ」

「そう、だったんだ」

 

 

 ライブそっちのけでそれなりに深い事情を聞いていたジュリは、ようやくホッと一息ついた。

 そう言うことなら何も心配はない。存外単純な思考だが、スティングが殊更嘘を述べる理由も必要性も感じなかった。

 

「見てみろ、分かるだろジュリ。あいつにとってあそこが、身の丈にあった最高のステージだってことが」

 

 弾ける笑顔で歌う彼女を見るスティングの目は、虜になっているファンのそれではなく、どことなく保護者然とした気配を醸し出すものである。

 

 つられるように、ジュリもステージへと目を向けた。

 

 全身を使って歌を、心を、言葉を表現する。そんな鮮烈で輝く歌い手の姿がそこに在った。

 

「──うん、わかる気がする。ミーアさん、本当に今を生きてるって感じで」

「これを見りゃ、ユリスの奴も納得するだろうよ」

「そうだね。きっと」

 

 

 言葉を交わすまでもなく、2人はまたステージへと視線を戻した。

 向日葵のように明るく咲く歌声は、熱を帯びた会場を真っ直ぐに照らしていく。

 

 

 ここが、ミーア・キャンベルがようやく辿り着いた、彼女自身の居場所なのだと。

 

 今はここに居ない、とある人(ユリス)へと示すように。

 

 

 

 

 

 

 ライブの熱は、終演後もしばらく会場に残り続けていた。

 

 アンコールまで含めて全力で駆け抜けたミーア・キャンベルの初公演。

 弾けるような歌声と光の奔流に呑まれているうちに、開演前までマユラの胸の奥にへばりついていたざらつきなど、いつの間にかどこかへ吹き飛んでいた。

 

「あぁ〜……すごかったぁ」

 

 心底から、マユラはそう思った。

 

 結局自分は、ライブが始まった途端に全部忘れてしまったのだ。

 ジュリへのもやもやも、置いていかれたような気分も。そんなものを抱えていたことすら馬鹿らしくなるくらい、目の前のステージは眩しかった。

 

 席を立ちながら、マユラは隣の人物へと向き直る。

 

「あの……ありがとうございました」

「ん?」

「なんか、開演前ちょっと変な感じだったんですけど。お陰でちゃんと楽しめました」

 

 言いながら少し気恥ずかしくなる。

 初対面の相手にここまで素直に礼を言うような事態は、そう訪れることでもない。

 なんとなく変に思われるのは嫌で、マユラは彼の様子を伺った。

 

 そんなマユラに、気負いを見せず男は薄く笑みを浮かべる。

 

「そりゃ何よりだ。せっかく来たライブで沈んだまま帰るのはもったいねえしな」

「ほんとに、そうでした。……ミーアさん、すごかったなぁ」

「だろ?」

 

 まるで自分のことのように得意げに頷くその様子に、マユラはつい吹き出した。

 

「なんでそんな誇らしげなんですか」

「いいもん見た後ってのは、大体みんなこうなるもんだ。こんなすごいもの見れたんだ! ってな」

 

 そう言って肩を竦める仕草まで、どこか気安い。

 初対面なのに妙に話しやすくて、でも踏み込みすぎない。そんな不思議な距離感のまま、二人は人の流れに乗って会場の外へと向かい始める。

 

 

「……ん?」

 

 前から歩いてきたスティングが、ふと怪訝そうに眉を寄せた。

 

「ハイネ・ヴェステンフルス?」

「お?」

 

 呼ばれた────隣の彼が足を止めた。

 マユラが目を丸くする隣で、橙髪の男ハイネは、あっさりと片手を上げた。

 

「よぉ、スティング。お前も来てたのか」

「えっ、知り合い、なの……?」

「あぁ? そりゃまぁな。今は同じ部隊だからよ」

 

 何でもないことのように言うスティングに、マユラは一瞬思考が止まった。

 

 今、確かに聞こえた。

 ハイネ・ヴェステンフルス。

 その名前は、オーブ軍人である自分が知らないはずのないものだ。

 

「えっ……ハイネ・ヴェステンフルスって、あの……?」

「ん? なんだ、嬢ちゃん俺のこと知ってんの?」

「し、知ってるも何も……えっ、本物!?」

 

 思わず声が一段上ずる。

 それも無理はない。ハイネ・ヴェステンフルスと言えば、ザフトでも名の知れたエースであり、先の大戦ではコンクルーダーズの1人として、慕う教官と共に彼女等の前に立ちはだかった強敵だ。

 

 そんな人物が、さっきまで自分の隣で気安くライブを見ていた。

 しかも、たまたま隣になっただけだと思っていた相手が、まさかそんな人物だったなど、想像する方が無理だった。

 

「おいおい、そんな驚くことか?」

「驚くよ! だって普通に隣でライブ見てたじゃないですか!?」

「普通に見てたな」

「普通じゃないでしょそれ!」

 

 思わずツッコめば、ハイネはからからと笑った。

 

 そんな二人の様子を見て、スティングが妙に面白がるように口元を歪める。

 

「なんだハイネ、知り合ったばっかりか?」

「たまたま隣だったんだよ。なぁ?」

「いや、なぁ? じゃないですから!」

 

 慌てるマユラとは対照的に、ハイネは気楽なものだ。

 

「ま、いいじゃないのー、こういうのも縁ってやつだぜ?」

「縁、って……」

 

 その言葉に、マユラの胸が妙に跳ねた。

 

 ライブの余韻が残っているせいか。

 それとも、さっきまでただの気さくな隣人だと思っていた相手の印象と認識が急に変わったせいか。

 理由はわからない。だが、さっきまで胸をざらつかせていた感情とは全く別の意味で、今度は落ち着かなくなってくる。

 

「そういや、マユラ・ラバッツだったか」

「え? あ、はい」

「クルース──いや、タケルからちょっと聞いてたぜ。オーブ三羽烏の一人で、白兵戦ではオーブ軍随一なんだろ?」

「アマノ教官が……?」

「おう。どんな嬢ちゃんかと思ってたけど、なるほど。面白ぇ」

 

 何がなるほどなのか。

 何が面白いのか。

 問い返すより先に、ハイネはどこか人懐っこい笑みを浮かべたまま、小さな端末を差し出してくる。

 

「ほら、せっかくだ。連絡先交換しとこうぜ」

「えっ」

「今日みたいにたまたま隣になるのを待つより、その方が早いだろ?」

「えっ、待つ? 早いって……?」

「今度はプライベートでゆっくり話そうや。クルースの昔話でも聞かせてくれよ」

 

 軽い──あまりにも軽い。

 けれど、嫌な軽さではなかった。押しつけがましくもない。ただ本当に、気安く誘っているだけなのだとわかる。

 

 わかるのだが────マユラの心臓は早鐘を打つのを止められなかった。

 

「あ、えっと……はい」

「よし」

 

 ぽかんとしたまま端末を受け取り、交換を終えた頃には、ハイネはもう満足したように笑っていた。

 

「んじゃ、俺はこの辺で。今日は楽しかったぜ。また今度な、“マユラ”」

「あ……は、はい。また」

 

 ひらりと片手を振って、ハイネはそのまま人の流れの中へ消えていく。

 

 後に残ったのは、妙に熱い頬と、うるさい鼓動────そして妙な視線を向ける友人とその連れだけである。

 

 

「…………マユラちゃん?」

「へっ」

「どうしたの? なんか、さっきからぼーっとしてるけど」

「な、何でもない! 全然何でもないから!」

 

 慌てて否定するマユラに、ジュリはふっと何かを察したように目を細めた。

 

「へぇ……」

「な、何その反応」

「ううん、別に? ただ、ライブ前とはまた違う意味で落ち着きがなくなってるなぁって」

「はぁ!?」

「気のせいかなぁ?」

「気のせい気のせい! ほら、早く帰ろ!」

「ふふっ、うん」

 

 くすくす笑うジュリに背を押されるように歩き出しながら、マユラは内心で頭を抱えた。

 

 

 ライブ前まで胸の中を占めていたもやもやは、もうほとんど消えている。

 否、ほとんどではなく消えている。

 その代わりに今は、別の何かが確かに居座っていた。

 

 

 ミーア・キャンベルの歌が残した熱か。

 それとも、去り際に笑っていった橙色の髪の幻影か。

 はたまた────手元に残された、確かな繋がりの証か

 

 

 

 その答えを、今のマユラはまだ決めることはできなかった。

 

 

 




最高かよ、前回に引き続き。
アサギはまだ一悶着あるかもしれないけど、このまま幸せ一直線でもう良いんじゃないかな。

三人娘もそうだけどスティングもハイネもこうして良い未来に辿り着いてくれて作者は本当に嬉しいです。



さて。さてさて。
次回から遂に…………劇場版に入ろうと思います。
すこーししっかり描くつもりなので、お時間いただくかもですが、どうぞお楽しみに。

それでは、感想是非ともよろしくお願いします。
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