機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE-2 災禍の後に

 

 

 音をたてて、最後のダガーが崩れ落ちる。

 それを一瞥して。タケル・アマノは戦域情報を確認した

 

 

「──状況終了、か」

 

 

 周囲に味方以外、動きを見せる熱源は無し。情報は戦闘の終わりを告げていた。

 

 

 静けさを取り戻し始めたオルドリンの市街を見回せば、惨憺たる有様であった。

 やはり、と言う所か────状況が確認されてからの出撃では迅速な対応を準備していても限度はある。

 元の景観を殆ど残さない市街を見れば、胸の内には遣る瀬無い怒りと沈痛な気持ちが広がった。

 

『お疲れさん、アマノ総括』

 

 気さくな声音と共にコクピットに通信回線が開かれる。

 ハイネの声を受けたタケルはヘルメットを脱ぐと、画面越しに顔を合わせた。

 

「ハイネ──被害状況は?」

『政府施設は無事だ。アマノ隊の対応で避難場所の幾つかも無事守りおおせた。だが……市街の被害自体は50%を超える』

「50%……酷い数値だね」

 

 それはもはや壊滅的と言える数値だ。

 半数が未だ形を保っているだけで、その中で本当に無事だった建物がどれだけあるのか。

 無論、そんな建物だらけの市街が、都市機能を保てているはずもない。余波の被害は、この数値へ更に波及していくだろう。

 事実として、オルドリン自治区は死んだも同然だ。

 

『今は嘆いていても仕方ねえさ。できる事はやっている』

「それでは足りないから何とかしなければならないんだろう? 各国の諜報活動でもまだブルーコスモスの動きは完全に掴めない。

 僕達の対応で徐々にその攻撃規模は弱まっているが、その分なりふり構わない攻勢が増えて来ている────本当に度し難い」

『お陰で俺達への風当たりは強いしな。アルスター総裁も、議会で散々に苛められているらしい』

「巻き込んだ僕としては耳の痛い情報だね。とは言っても、彼女なら大丈夫だろう。隣にサイ君やナタルもいるし。僕みたいにへこたれるタイプじゃないから」

『はっ、違いねぇ。年下だってのに、凄い嬢ちゃんだぜ』

 

 紛糾する議会での答弁に揺るぎない姿勢で立つフレイの姿を脳裏に描きながら、タケルは苦笑した。

 議会には理事国としてプラントとオーブの代表。つまりはラクスとカガリも出席するのだから。

 フレイ・アルスターは決して、孤軍奮闘を強いられているわけでは無い。

 

「はぁ……とりあえず今は、できる事だ。

 ハイネ、周辺の哨戒と救助活動を。6時間後にはフォルトゥナが降りて来るから、それまでは現場で出来ることを。僕はオルドリン自治政府に赴くから、後をお願い」

『了解だ────各機、状況終了だ! アスカ隊は周辺の哨戒に入れ。二度目の侵攻なんて勘弁だからな。厳戒態勢を敷く。アマノ隊はできる限りの救助活動に回れ。MSであればできる事は多い筈だ。救護は任せて救助活動に徹しろ』

 

 

 通信の奥で下されるハイネの指示を聞きながら、タケルは1つ息を吐いた。

 現時点では戦闘が終了しただけだ。やるべきことはまだまだ山積みである。

 オルドリン自治政府とのやり取りを終えたら出来る限りの救助を進め、フォルトゥナが現着したらすぐに彼等は宇宙へ上がらなければならない。

 

 今回の攻勢が彼等を誘引する為とも限らないのだ。

 戦闘部隊である彼等は迅速に体勢を整え、次の侵攻への準備をしなければならない。

 

 

「──本当に度し難いな、あの連中は」

 

 

 僅かに憎悪を込めて、タケルは呟いた。

 

 レーヴァテイン事変から一年余り。

 地球圏の国家間における争いは殆ど沈静化されているのが現状だ。

 どの国家もが、二度の大戦で疲弊しきっている。戦力よりも国力の回復に必死なのだ。

 故に、地球圏をまたにかけるコンパスの治安維持活動が重要になって来る。

 

 しかし、ブルーコスモスという思想は今この時であっても。何ら変わらぬコーディネーター排斥活動を続けていた。

 

 ロード・ジブリール。ムルタ・アズラエル。

 舵を取っていた二翼を失った巨大組織は、無秩序なテロ集団に成り下がり先を見ない散発的なテロリズムを繰り返す。

 

 

 そこに、平和への道筋は無い。

 

 

「考えていても仕方ないか。とにかく僕も動──っ!?」

 

 

 瞬間、タケルの頭に鈍い痛みが走った。

 思わず顰めながら、覚えのあるその鈍痛にタケルは首を傾げる。

 

 SEEDの発現────その深度が深まった時の痛みであった。

 

 

「入っていた? いや、でもそんなつもりは」

 

 

 そのリスクは重々承知している。

 無理矢理引き出された脳の処理能力の覚醒状態。その負荷は後になって意識を落しかねない頭痛となって返って来る。

 そんなリスクを、意図して犯すはずもなければ、犯す必要もない戦闘だったはずである。

 

 

「もしかして、境界が無くなり始めてるのかな……」

 

 

 思い至り、少しだけ嫌な予感が過る。

 今回の出撃前もそうだ。酷く自然で、当たり前のようにタケルはSEEDの発現を経ていた。

 

 

 最近のタケルにとって、そこへ至るまでにもはや1つも壁を感じない程自然な所作となっていることだ。

 それを慣れだと呑み下していたが、今この時感じる頭痛に何かとんでもない見過ごしをしていないかと不安を覚える。

 

「今度、マルキオ様に訊いてみようかな」

 

 自分よりもずっと長い間SEEDについて知り、知見を蓄えている人だ。彼であれば、力になってくれるはずだろう。

 

「とにかく、今はやるべきことをだ…………」

 

 過った不安を思考の端へと追いやり、タケルは一度頭をふってからシロガネを動かすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──状況、終了との報告です」

 

 側に控えていたナタルからの報告を受けて、フレイは一息吐いた。

 

 結果は決して良いと言えることではないが、少なくともやるべきことは果たせている。

 迅速に敵勢力を屠った手際は、やはり英雄と呼べるものたちを多く揃え、十分に教練を進めてきたタケル・アマノの手腕と言うところか。

 今こうして目の前に並ぶ通信画面を見れば、届いた報は少しの追い風にはなるだろう。

 

 

「前線からの報告です────戦闘状況は終了。

 現在はフォルトゥナによる救援救助部隊を待つ間、出来うる限り現地での対応に入る指示を出しております。

 改めて要請しますが早急な承認を、議会にはお願いいたします」

 

 

 居並ぶ画面にはラクスやカガリはもちろんのこと、ユーラシア連邦大統領に東アジア共和国代表もいた。

 赤道連合からの出席は叶わなかったが、今ここにいる国際母体の代表達で各国の意見統制は取れているだろう。

 

 フレイは逸る気持ちを声音に乗せないよう律しながら、回答を促した。

 

 

『────承認はします。ですが先にコンパスの活動について今一度この場で議論をするべきだと考えます』

 

 

 静かに。画面越しの刺々しい声音がフレイの耳を揺らした。発言者はユーラシア連邦大統領“ミリス・クレスト“。

 嘗てボルト・ミュラーの側で共に政務に携わっていた1人である。

 まだ30代の若さでミュラーの後釜として事務次官の候補にあった彼女は、実力に上乗せされるその若さと容姿を全面に押し出し、戦後再建の象徴として今期の大統領に選ばれた。

 フレイにとってナタルと同様に目標にしていた政界の女傑である。

 

 

『クレスト大統領────コンパスの活動についての議論とは、どう言う意味か?』

 

 

 不穏な言葉に、カガリがすぐさま反応した。

 

『これまでも議論は重ねてきましたでしょう? コンパスの活動がブルーコスモスの過激化を招いてはいないかとね』

「論拠が薄いわ。侵攻部隊の規模、もたらされる被害。どちらもデータでは徐々に縮小してきていることが確認されています。

 そして先日も述べました通り、コンパスの治安維持がブルーコスモスの活動を過激にさせていることへの因果関係は証明されていません」

 

 視線鋭くミリスを睨め付けながら、フレイは議論の入りを切って捨てた。

 これまでに何度も話された内容である。ただの嫌がらせに近い、難癖のようなふっかけだ。

 

「(まぁ、私がユーラシアを離れコンパスに渡ったから…………気持ちはわかるけれど)」

 

 意地の悪い口撃も、その背景を考えれば理解はできるものだ。

 ミリスにとってもボルト・ミュラーは尊敬する師であった。故に、彼が十分に目をかけていたフレイ・アルスターが、彼の戦死とともにあっさりとコンパスへ鞍替えしたことが許せなかったのだろう。

 

 あくまで立場に則って繰り出されるところが優秀な彼女らしいと、フレイは賞賛半分呆れ半分で切り返す。

 

「クレスト大統領、議論するのならまずはそれに値するデータの提示が筋だと思いますが?」

『逆に因果関係がないとするデータも必要ではありませんか? むしろ、人の命が関わるのにその因果が証明できないから議論に値しないと言うのは乱暴でしょう?』

「悪魔の証明をしろと? 存在するかわからないものを否定することは不可能です。故に我々は戦力規模の縮小をデータとして提示しています。

 これまでにコンパスの活動で撃破したブルーコスモスの戦力、兵器の数の集計は出したはずです。我々の活動がそれらの戦力の野放しを防いでいる事の証左になります────これでは不十分だと?」

『それがあるからこそ連中はなりふり構わぬ侵攻を繰り出す様になったのでしょう。論理でいえばこれは自然な流れです』

「お言葉ですが、論理を言うのなら現状の原因はユーラシア連邦の統制にもあるでしょう。

 大西洋連邦解体の折にユーラシア領となったエリアは、諜報機関の報告でブルーコスモスの潜伏先になってる可能性が示唆されています。我々に苦言を呈する前に、まずは自国領の統制を図るのが筋ではありませんか?」

 

 

 俄かに、これまで平坦であったミリスの表情が大きく変化を見せる。

 思わず隠しきれなくなった侮蔑と怒りは、明確に私情として露わとなり、フレイ・アルスターへと向けられた。

 

『──それを放り出した貴女が言うのですか?』

「そんなつもりはありません、クレスト大統領。

 私は私のやり方で、師の遺志を継いで戦争を起こすもの達と戦っているだけです────だから今、私はここ(コンパス)に居ます」

 

 

 僅かにフレイの口からも公私の私が漏れ出る。

 互いにその気持ちがあるから、変わらずこうして立場を守って戦っている。

 その姿勢は変わらないだろう────そんな意図を込めた言葉であった。

 

 

『もう良いだろう、クレスト大統領。今日の……今この時に議論する話ではないはずだ』

『既に事は起こり、収束しているのが現状です。今すべきは、現地での救援救護のためにコンパスの初期対応における追承認を──』

『ユーラシア連邦を代表してコンパスの継続行動を承認いたします。

 アルスター総裁、先程の提言は忠告として受け取っておきましょう。自領内の統制は十分に図ることとしますよ────それでは、私はこれで失礼させていただきます』

 

 

 ラクスの言葉を遮り必要なことだけを一方的に告げると、ミリスが映し出されていた画面は消えてしまう。

 折れたか、それともまた別途議題としてふっかけてくるかは彼女のみが知るところだが、一先ずの苦境は去ったとフレイは空虚になったモニタの跡に大きくため息を吐いた。

 

 

「全くどうにも…………随分と嫌われたものね」

『相変わらずだな。この場で言い合っても仕方ないと言うのに』

『それもまた仕方ありませんわ。実際問題、フレイさんが指摘した様にブルーコスモスの潜伏先がユーラシア領内である可能性は高いのですから。必然ユーラシア領内で有事が起こることも多く、実質的に彼女は被害者の立ち位置とも取れますから』

 

 ラクスの言葉に、呆れ顔であったカガリのぼやきが詰まる。

 事実として。今回のオルドリン自治区の様にかなりの被害を出しながらコンパスの鎮圧が入る事は多い。

 何より、次なる被害を減らすためと徹底して攻撃部隊を殲滅する必要がある彼らの活動は、どうしても戦域内で被害者を出してしまう。

 敵との戦闘はどれだけ注意しようとも、必ずその地域で被害者を生み出してしまうのだ。

 

 その被害が大きいユーラシア連邦代表であるミリスからすれば、苦言を呈さずにはいられないのもまた事実である。

 

 

『ふぅむ────毎度のこの空気も、なかなか疲れるものだなぁ』

 

 

 不意に割って入った、どこか力の抜けた声音。

 これまで黙して議論の推移を眺めていた、東アジア共和国代表の老人が、画面越しに苦笑を浮かべていた。

 

 柔和な目元。穏やかな口調。強く前に出るでもなく、しかし場の流れを自分の手元へ引き戻してしまう、不思議な気配を持つ男だ。

 

『だがまぁ、クレスト大統領の言い分もわからんではない。実際、被害を受けている側からすればたまったものではないからなぁ』

『東アジア共和国もコンパスの活動には否定的か?』

 

 僅かに険を含んだカガリの問いに、老人は慌てる様子もなく肩を竦めてみせた。

 

『いやいや、そう決めつけんでくれ。わしはただ、被害を受ける側の焦りも、現場で動く側の理屈も、どちらも理解できると言っておるだけだ』

『相変わらず、掴みどころのない言い回しをなさいますのね』

 

 ラクスが柔く微笑みながらそう返せば、老人は愉快そうに目を細めると、芝居かかった様に自身の肩を揉み始める。

 わかりやすく、空気が緩むのを感じさせた。

 

『お嬢さん方のように、真っ直ぐでお強い方ばかりでは肩が凝るのでなぁ。年寄りくらいは、こうして間を繋ぐ役に回らせてもらわんと』

『間を繋ぐにしては、随分と好き放題言ってるようにも聞こえるが?』

『そう怖い顔をせんでくれ、アスハ代表。わしとて、こう見えて国を預かる身だ。他人事で済ませられる話ではない』

 

 言葉の最後でスッと、老人の声音にわずかな芯が通る。

 まるでコインを裏返した様に空気を変える彼の気配に、カガリとラクスはどうにも相対する声音と気配を掴みきれずにいた。

 

『我々もまた、他人事ではないからなぁ。ユーラシアと同じく東アジア共和国も。オーブやプラントのように十分な防衛戦力を持てていないのが現状だ。今この情勢で有事が起これば、迅速な対応を求める先は結局コンパスになる』

『でしたら────』

『うむ、無論我々も承認しよう』

 

 ラクスの言葉を受けるよりも早く、老人は頷いた。

 

『コンパスの継続行動を、東アジア共和国代表として承認する。加えて諜報機関にはこちらからも厳命を出しておこう。ブルーコスモスの潜伏先、残党網の洗い出しを急がせる』

『……助かります』

『その代わり、と言っては何だがな』

 

 今度は画面越しに、穏やかな視線がフレイへと向けられた。

 

『アルスター総裁。いざという時は、どうか今後とも迅速な対応を願いたい。我々にはもう、被害が広がってから慌てる余裕はないのでな』

「承知しています。だからこそ、我々がここに居ます」

 

 フレイが淀みなく返せば、老人は満足したように小さく頷いた。

 

『うむ、良い返事だ。では、議論はまた落ち着いた時にでもやろう。今はまず、救えるものを一つでも多く救うべき時だろうからなぁ』

 

 そう言って、最後にカガリとラクスへも視線を流す。

 

『アスハ代表、クライン議長。そちらもご苦労なことだ。若い者が前に立って踏ん張ってくれると、年寄りとしては少し肩の荷が軽くなる』

『好々爺め。軽くなったのなら貴殿もクレスト大統領に一言くらい申してくれて良いだろうに』

『ふふっ、手厳しいのう』

『ですが、そのお言葉はありがたく受け取っておきますわ』

 

 好々爺然とした笑みを崩さぬまま、老人は一礼した。

 

『では、わしはこれで失礼する。現場の奮闘に、我々としても最大限応えよう』

 

 通信が切れ、画面の一つが暗転する。

 

 残されたフレイは、消えたモニタをしばし見つめてから、ふっと息を吐いた。

 

 東アジア共和国代表。

 柔らかく、穏やかで、どこか飄々としているくせに、要所では決して外さない。敵か味方かと問われれば当然味方なのだろうが、しかしその内心の全てを見せることは決してない。

 

 その掴みどころのなさが、フレイには亡き師ボルト・ミュラーを思わせた。

 

 強く押し出すわけでもなく、しかし場の流れを最後には自らの望む場所へと着地させる老獪さ。

 ああいう人間こそが、きっと政治の世界では最も厄介で、そして最も頼もしいのだろう。

 

 

 

 

 

『ふぅ、とりあえず承認は下りたか。フレイ、この後の準備は?』

 

 東アジア共和国代表との通信が切れ、少しだけ張り詰めていた空気が緩んだところで、カガリが改めて問いかけた。

 

「軌道上のフォルトゥナが部隊を連れて降りる予定よ。最大で二週間分の救助活動が可能。ただ──」

 

 そこでフレイは言葉を切る。

 コンパスの実働部隊を二週間も地上に縛り付けることができないのは、ここにいる誰もが承知していることだった。

 彼らはあくまで戦闘部隊。復興支援に回って此度の様な有事に対応できなくなる様では本末転倒だ。

 

『コンパスの実働部隊をそれほどの期間拘束するわけにはいかないですわ』

 

 やはり、先を継いだのはラクスだった。

 

『オルドリンには準備が出来次第、ザフトから救助の部隊を派遣します。コンパスはそれまでの初動対応と、部隊到着後の引き継ぎをお願いします』

「承知したわ。現地にはアマノ総括とヴェステンフルス部隊長が入ってるけど、派遣部隊の指揮は誰を予定してる?」

『タケルが現地入りしているのであれば、キラとイザーク・ジュール少佐にお願いしましょう。その方がやり取りはしやすいでしょうから』

「ではその旨を伝えておくわね。期日が決まったらまた連絡を頂戴」

『はい、その時はお願いします』

 

 短く、だが必要な事柄だけを詰め込んだやり取りであった。

 議会の場でありながら、既に会話の温度は現場実務へと移っている。誰もが、今ここで言葉を交わすこと以上に、次に何を動かすべきかを理解していた。

 

『こちらもオーブとして出来る限りの支援を回そう。必要な物資があれば遠慮なく言ってくれ』

「助かるわ、カガリ」

『では、私達も一度動きますわ。現地の方々に少しでも早く手が届くよう、こちらでも手配を進めます』

「ええ、頼むわね、ラクス」

 

 そうして最後に短い確認だけを交わしてから、ラクスとカガリの通信もまた順に落ちていく。

 

 先ほどまで幾つもの顔を映していたモニタ群は、ひとつ、またひとつと暗転していき。

 やがて執務室には、フレイとナタルだけが残された。

 

 静けさが戻る。

 

 だが、その静けさは平穏ではない。

 嵐が通り過ぎた後の安堵ではなく、次に備えるための僅かな空白に過ぎなかった。

 

「……どうにか、承認は取れたわね」

「はい────一先ずは、ですが」

 

 側に控えるナタルの返答はいつも通り簡潔で、無駄がない。

 だからこそフレイもまた、余計な弱さを見せることなく息を吐けた。

 

「一先ずで十分よ。今はそれでいい」

 

 椅子の背に身体を預け、フレイは天井を仰いだ。

 

 今回もまた、多くの被害が出た。

 守れた命もある。防げた破壊もあった。だが、それ以上に失われたものが大きいこともまた事実であった。

 

 オルドリン自治区は死んだも同然。

 この一件だけでも、ブルーコスモスが残した爪痕は余りにも深い。

 

 それでも────と、フレイは思う。

 

 その分だけ、相手の戦力もまた確実に削れているはずであった。

 コンパス設立以降、地道に、執拗なまでに続けてきた治安維持活動は、決して無意味ではない。敵の規模は確実に痩せ細り、攻勢は雑になり、潜伏先も兵站も徐々に追い詰められている。

 

 今はまだ、我慢比べだ。

 

 こちらが音を上げるのが先か。

 それとも、向こうが本当に立ち行かなくなるのが先か。

 

 その終焉は、ようやく現実的に手の届く位置まで近づいてきている。

 少なくともフレイには、そう感じられた。

 

 だが。

 

「……嫌な感じがするのよね」

 

 ぽつりと漏れた独り言に、ナタルが僅かに目を向ける。

 

「何か、懸念が?」

「明確な根拠があるわけじゃないわ。ただ、こういう時ほど碌なことが起きない気がするの」

 

 ブルーコスモスは追い詰められている。

 だからこそ、なりふりを構わない。

 今回のオルドリンへの侵攻が、まさにそれを示していた。

 

 終わりが近いからこそ、終わり際の足掻きはより醜悪になる。

 獣が死に際に見せる最後の牙のように。

 

「気のせいで終わってくれれば良いのだけれど」

「その為に我々が居るのでしょう」

「……そうね」

 

 短く返して、フレイは立ち上がった。

 

 まだやるべきことは山ほどある。

 現地との連絡。救援部隊の受け入れ準備。各国との折衝。次に備えるための情報整理。

 

 立ち止まって先の不安に囚われている暇など、本来は無いのだ。

 

 机上に置かれた端末を手に取り、フレイは一度だけ暗くなったモニタ群へと視線を向ける。

 

 被害は大きい。

 だが、それでも前に進むしかない。

 

 戦いの終わりが近づいているのなら、なおのこと。

 その最後の最後で取りこぼすわけにはいかなかった。

 

「行きましょう、バジルール少佐。まだ夜は終わっていないわ」

「ええ、無論です」

 

 そうしてフレイ・アルスターは、胸の奥に拭い切れない不吉さを抱えたまま、執務室を後にするのだった。

 

 




オリキャラ登場。
それほど重要キャラとかではなくて、ユーラシアにいたフレイがコンパス総裁になったことで起きることってあるよねって部分。
やっぱり政治的な話は苦手ですね。政治的にそれが妥当かどうかって知見がないんですごくびくびくしながら描いてます。
でも政治場面だとフレイがめっちゃ輝いてくれて嬉しかったりする。ジレンマですね


読者の皆様、どうぞ感想を送っていただければと思います。

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