機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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PHASE-27 穿たれた心

 

 

 

「うっ、ん……うぁ……れ?」

 

 ゆっくりと浮かび上がっていく意識。徐々に見えてくる視界を確認しながら、キラは目を覚ました。

 

「トリィ!」

「と、りぃ?」

 

 傍らではずっとそばにいたのだろう。キラが所有する鳥形ロボットのトリィが、心配そうにというのも変な話ではあるがキラの顔を覗き込んでいた。

 

「気が付いたのね、キラ」

「フレイ……うっ!?」

「あ、ダメよ急に起きちゃ……」

 

 急に体を起こそうとしてキラは少し頭がくらくらするのを感じ取る。

 酷く倦怠感が襲った。

 

「はい、コレ。ゆっくり飲んで」

 

 そう言ってフレイが差し出した飲料チューブを受け取ると、キラは彼女が言う通りにゆっくりとそれを嚥下していく。

 相当に水分を失っていたのだろう。飲み始めた瞬間に、身体が水分を欲して喉の渇きを訴えるのを感じていた。

 

「──ここって?」

「艦の医務室よ。キラ……それにアマノさんも地球に降りる前にはもう意識が無かったんだって」

「そう、だったんだ」

 

 キラは向かい側のベッドを見た。

 うなされる事無く静かに寝ているタケルが見えて、キラは直前の記憶を呼び起こす。

 

 あの時、アークエンジェルにたどり着いたアストレイを支えながら、タケルと共に大気圏へと突入していった。

 留まることなく上昇する外部装甲の温度。それに応じてコクピット内も温度は上昇していく。

 そしてそれはアストレイの方がより顕著に見えた。

 熱を受け持つ外部装甲の一部が取り外されたアストレイは、ストライクよりも余程熱上昇が高かったはずだ。

 こうして隣で無事とは言えないが生きて眠っているタケルの姿に、キラが安堵を覚えるのは無理も無い事であった。

 

「降りたのは、地球の砂漠。昨夜の事よ。今は艦長達がこれからの方針を考えている所」

「これから、って?」

 

 キラは僅かに疑問を抱いた。

 降下目標はアラスカのはずであったが、その通りに行かなかった事はキラも理解している。

 だが地球軍の勢力圏内であれば大きな問題は無いはずだ。

 嫌な予感がキラの脳裏に過った。

 

「ここ、ザフトの勢力圏内なんですって」

「──そっか」

 

 予感は的中した。

 これから先も、まだまだ険しい戦いが続く事を予感する。

 

「お、キラ! 起きたのか」

「カガリ」

「うん、ついさっきね」

 

 タケルの看病をしているのであろう。

 新しく濡らしたタオルと水分補給用の飲料チューブをもって、カガリが医務室へと戻ってきた。

 

「もう、熱も大丈夫なのか?」

「うん、なんとかね。かなり喉が渇いてたけど……」

「フレイに感謝しろよ。まだ私は決まった仕事もないからって、ずっとキラについてたんだからな」

「もーカガリ、それくらいは当たり前だって言ったでしょ」

「当たり前なもんか、以前のフレイだったら考えられなかっただろ」

「ちょっと、昔の事を出すのは無しだってば!」

 

 姦しくなる2人にキラは苦笑した。

 疲れた体ではあるが、目の前で笑い合う2人に元気をもらえたのも確かだと思えた。

 

「そういえば、カガリ。タケルはどうなの?」

「兄様か……キラと違ってまだ目は覚めてないが、熱も粗方引いた。キラとそう変わらず、目を覚ますだろう」

「カガリの方こそ、ずっとアマノさんに付きっきりじゃない。それも先生とあんな大喧嘩までして」

「なっ!? あれはあの医務官が適当な事を言ってると思って……大体、はっきり言えない事を断言するかのように大丈夫だと言い切ったあっちにだって問題があるだろ!」

「それでフラガ大尉に怒られたもんね」

「フレイ!」

「ん? まって、カガリ」

 

 からかわれるカガリがフレイに声を上げた時、タケルがベッドで身じろぎするのが目に入り、キラはカガリを止めた。

 

「何だキラ、今は──」

「うっ、うぁ……かが、り?」

「兄様!?」

 

 ハッとした様に、カガリはタケルの側に向かいその手を取った。

 手から伝わる確かな感触に、タケルの意識が覚醒していき、徐々にその目が開かれていく。

 

「兄様!」

「ここ……は?」

 

 身体を起こそうとするタケルを助ける様に、カガリはタケルの背中と肩に手を添えて支えた。

 

「艦の医務室だ。私達は地球に降りて──ッ痛!?」

 

 突如、カガリは腕に走った痛みに呻いた。

 見れば、カガリの手を強く払い、壁際へと寄って怯える様に竦んでいるタケルの姿。

 その目は、カガリを凝視し、怯えていた。

 

「にい、さま?」

 

 ビクリと、カガリに呼ばれたタケルの肩が震える。

 まるで悪い事をして母から叱られることを待つ幼子のようであった。

 

「──違う、んだ。僕は……そんなつもりは……」

「どうしたんだ兄様? ずっとうなされていたし、悪い夢でも見たんじゃ──」

 

 どこかおかしい。だがそれを朦朧とした意識であった直前の記憶と相まって夢と現実がまだ区別できていないだけだろうと、カガリは再び手を伸ばした。

 

「騒がしいな、何をして──」

「やめろっ!!」

 

 先程のカガリとフレイの声を聞きつけたのだろう。

 様子を見に来たナタルが顔を出した瞬間──強い拒絶の言葉と共に、再び伸ばされた手をタケルは先より強く払いのけた。

 

 

 静かになった医務室で、タケルとカガリだけが、にわかに涙を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザフト軍戦艦ヴェサリウス。

 

 艦内で食事をしていたアスランとニコル、そしてミゲルの3人。やはり職業柄というべきか、食事中ではあるがどうしても任務や作戦の事に話が向かう。

 発端は、ニコルが漏らした疑問であった。

 

「僕達、大丈夫なんでしょうかね?」

「あん? 何がだ?」

「結局僕達は、あの最後の1機ストライクと、データに無かったオレンジ。それに新造戦艦を奪取にも破壊にも持っていく事ができませんでした」

「なんだよニコル、あれだけ必死に戦ってたのに結果を出せなくてーってか?」

「違いますよ。でも今回の事でクルーゼ隊長はまた帰投命令でしょ……やっぱり問題になるのかな、って」

 

 ラウは先の戦闘後に、すぐにプラント本国へと呼び戻されていた。

 つまりヴェサリウスは現在、本国へと帰還の途についているのである。

 再三の襲撃に結果を出せなかった事。作戦目標の失敗を鑑みれば、ニコルの不安は理解できた。

 

「なんだ、そんな事か」

「そんな事って……アスランもミゲルも心配じゃないんですか?」

「クルーゼ隊長はこの戦争が始まって以来、数々の戦果を残し勲章を授与している。そのクルーゼ隊長ですら堕とせなかった艦。評議会もそう重く見ているだろうさ」

「あのきっついアスランの親父さんの事だ、これを期にまた一気に軍備増強路線を突き進むだろうな。そしたらまた俺も新型を回して欲しいぜ」

 

 冗談交じりのミゲルの言葉を受けながら、アスランは父の事を考えた。

 ミゲルの言う通り、Xシリーズの性能を鑑みれば、パトリックがその線を突き進むことは間違いが無かった。

 地球軍が保有する事になったストライクとアークエンジェルの脅威度は高い。それを名実ともに、“クルーゼが墜とせなかった”と証明してしまったのだから。

 

「そうなれば、Xシリーズをベースに次々と新型が投入されるだろうな──ホント、俺達はどこまで戦い続けるんだろうか」

「さぁな、そう言うのはお偉いさんが考える事だろ。末端の兵士である俺達が考えても仕方ない事だぜ」

「僕達は、プラントを信じて作戦に全力で臨むだけですしね」

「まぁ、そうだな」

 

 本当にそうだろうか。アスランは疑問であった。

 確かに、命令に服すことは絶対だ。出なければ、仲間も家族も失う事になる。

 だが、その命令を下す者が間違っていないと言い切れるだろうか。

 父は、評議会は、本当に戦争を終わらせるために考えているのだろうか。

 

 “何を求めて戦争をするのか。どんな未来を掲げて戦争をしているのか。

 キラ様は貴方とも、あちらにいる友人達とも笑い合える世界を望んでいました。

 貴方は、そんな世界を望むことができますか? ”

 

 つい最近聞いた、彼女の言葉が思い起こされる。

 少なくとも、これまでの父の言動から察するに、キラが望むような世界はあり得ないと断言できた。

 

 なら自分は──自分はどんな世界を望んでこの戦争を戦っている? 

 

 戦う意味は。その先の未来は。

 一体どんな世界を思い描いているのだろうか。

 

 考えても、アスランには何も思い描けなかった。

 

「何思いつめた顔してんだよアスラン。そんな顔してたら、ニコルの不安がまた膨れるだろうが」

「ん? あ、あぁすまない。別に今の話で思いつめてるわけじゃないんだ」

「なら、どうしたんですか?」

「いや、どうすればこの戦争を早く終わらせられるんだろうなって思って」

「それは」

「どうすれば良いかなんて俺達にはわかんねえだろ」

 

 そうだよな──そう締めくくって、アスランは口を閉ざした。

 折角ニコルの不安を取り除き払拭した空気が、また逆戻りであったが、ニコルもミゲルもアスランの表情に何かを察してか、それ以上口を開くことも無かった。

 

 

「(どんな未来を掲げて……か)」

 

 

 いくら考えても、アスランにその答えが出る事は無かった……

 

 

 

 

 

 

 

 

「にい……さま」

「あっ……ちがっ……違う……カガリ」

 

 明確な拒絶を受けたカガリがにわかに涙を浮かべ、タケルはそれを目にして動揺と共に涙を浮かべた。

 頭では理解している。だが身体が拒絶している。そんな意思と関係なく反応してしまった自身に、ひどくタケルは混乱してしまっていた。

 

 

 “そうだ、あの子は兄様が殺したんだ”

 

 

 ただの夢であった。

 自責の念が生み出した夢での出来事。

 だが、最も聞きたい人の声でありながらもっとも聞きたくない言葉。

 冷たく、胸を抉る様に突き刺さり、鮮明にその声を脳が記憶しており、痛みは未だ胸の内にある。

 ありもしない夢の言葉でありながら、現実に戻ってなお、タケルはその言葉に恐怖しカガリを拒絶してしまったのだ。

 夢の様にカガリに責められ、彼女に拒絶されることを何よりも恐れたが故だ。

 

 それ程までに、タケルにとってカガリの存在は重く大きいものであった。

 

「そうだ……僕のせいだ……僕のせいで……」

「何を言っているんだ兄様。一体なんの話を」

「待つんだ、カガリ・アマノ」

 

 詰め寄ろうとするカガリを、ナタルが引き留めた。

 

「バジル―ル少尉?」

「起きたばかりだと推測するが、先の拒絶の仕方……アマノ二尉の怯え様は尋常ではない。今は下手に刺激しない方が良い」

「だがっ、兄様がこんな! こんな風に」

 

 優しい兄が。なんでもできて、頼りになるはずの兄が。

 カガリの事を、拒絶するなどありえないはずの兄が──今にも泣きだしそうなほどに怯えて混乱している。

 傍にいて話をしたい。怯える理由を聞いて助けてやりたい。

 

 だが、そんなカガリの想いは、今は逆効果になり得た。

 ナタルは冷静に、顔を横に振る事で返す。

 

「私も理由はわからないが、彼を想うなら今は離れた方が良いだろう」

「くっ!」

 

 悔しさに顔を染めて、カガリは医務室を飛び出していく。

 

「アルスター二等兵、彼女の側にいてやってくれ。頼めるか?」

「了解です。バジル―ル少尉」

「頼む。それと私は既に中尉だ。艦隊合流後に昇進している。間違いは今回限りにしておけ」

「あっ、失礼しました! では」

 

 フレイもまた、カガリを追って医務室を出ていく。

 その場には状況の変遷に混乱するキラと、状況を整理しようと思考を巡らすナタル。

 そして、医務室を出ていったカガリを見たことで、己が何をしたのかを理解したのか、しきりにカガリへと謝罪を繰り返すタケルの3人が残った。

 

「あの、ナタルさん──」

「ヤマト少尉は何かわかるか? アマノ二尉がこのようになる原因。恐らくは戦闘以外に考えらえれないと思うのだが」 

 

 これまでをみれば、タケルが変調をきたしたのは戦闘が原因であることが殆どである。その大小は置いておいて、ではあるが。

 この変事が、何を原因としたものなのか。ナタルには把握する必要があった。

 

「僕にも……わからないです。メネラオスが墜ちる前……最後に、ハルバートン提督と通信はしてたみたいですが……」

「提督と?」

「さすがに内容まではわからないです」

「そうか……わかった。一先ず詳しく話を聞いてみようと思う。起き抜けで悪いがヤマト少尉は自室で休んでもらって構わないか?」

 

 話を聞くにしても、聴取をするナタル以外に誰かがいては落ち着かないだろう。

 そのナタルの気遣いを察して、キラは有無を言わず立ち上がった。

 

「あっ、はい大丈夫です。お腹も空いてますし」

「すまないな」

 

 ナタルに促され、キラは軍服を手に医務室を後にしていく。

 ナタルはそれを見送ると、余計な来客が入らないようドアキーをロックして怯えるタケルへと目を向けた。

 カガリが出て行ったことで少しずつ冷静になれたか、タケルの様子は未だ混乱の渦中にあるようだが、それでもうわ言の様に謝罪を繰り返すのは無くなっていた。

 近づくのはまた刺激する可能性もある。

 ナタルは冷静に医務室の椅子を持ち出して、簡易ベッドから少し離れた所へと座る。

 

「アマノ二尉、気分はどうですか?」

「──頭が、くらくらしてます」

 

 受け答えははっきりとしている。だが、起き抜けで急に動いたこともあってかなり意識が朦朧としている感触が見られた。

 脱水症状の一歩手前だろう。

 それも先の混乱の原因かもしれない、とナタルは分析する。

 起きながらどこか夢の中にいるような、そんな曖昧な意識の状態にあったのではないか。

 彼が熱に浮かされ、そしてしばらくうなされていたことは報告で聞いていた。

 

 ナタルはカガリが用意した飲料チューブを取ると、身を乗り出してタケルへと差し出した。

 あまり余裕もないのかタケルはそれを雑に受け取ると、ゆっくりと口に含んでいく。

 

「ありがとう、ございます」

「まずは先に状況を確認しておきましょう」

 

 ナタルは核心に触れるのを後回しにして、少し会話のやり取りを優先した。

 先程のカガリと相対していた時の動転の仕方。

 あれ程にカガリを大切にしていたタケルの行動であることを考えれば、平静でいない事は確実。

 落ち着くのにも時間が必要な事は容易に想像がついた。

 

「現在本艦は南アフリカ西部。ザフトの勢力圏内である砂漠の只中にいます」

「砂漠、ですか……随分とまた僕のせいで流されてしまったみたいですね」

「責については誰にもありません。

 そして本艦の目的地ですが、これは変わらず地球軍本部、アラスカになります」

「となると?」

 

 今後どう動くのかをタケルはナタルへと問いかけた。

 良い兆候であった。思考が別の事に回り、先の混乱から抜けつつあるように思える。

 ナタルはいつもの調子を崩さぬように答えた。

 

「北東へと進み太平洋を渡る事になるかと」

「であれば、オーブは通り道ですね」

「勿論、迂回はしますが」

「必要であれば、逃げ場所くらいにはなれるでしょう」

「無責任に期待もできない状況です」

「その時は僕が何とかしますよ。いや、せめてそれくらいはさせてください」

「せめて……ですか」

 

 やはり、タケルのこの変事には自責に苛まれる何かがあった事をナタルは確信した。

 それも今話していた、艦がザフトの勢力圏内に堕ちるに至った事よりずっと重い何かである。

 

「アマノ二尉、もう落ち着きましたか?」

「はい、ごめんなさい……お気遣い頂いて。もう大丈夫です」

「では本題に入ります。先の戦闘、貴方は何をしてしまったのですか?」

 

 わざと、ナタルは何があったではなく、何をしてしまったかと問いかけた。

 その方が自責に苛まれるタケルも本音を語りやすいだろう……そう思っての事だ。

 そして思惑通り、タケルは自嘲気味に口を開いた。

 

「──僕は、巻き込んでしまったんです」

「巻き込む?」

 

 主語のない言葉に、ナタルは素直に疑問符を浮かべた。

 そのままタケルはつらつらと語る。だが、その様子は酷く弱弱しく。その声は涙なくとも泣いていた。

 

「メネラオスがローラシア級の特攻を受ける前、僕はハルバートン提督と通信し、避難民を乗せたシャトルの護衛を任されたんです」

「あのヘリオポリスの民間人を乗せたシャトルか……」

 

 既にナタルは状況の顛末をうっすらと理解した。

 先の言葉の主語がシャトルであるなら、タケルはシャトルを守れなかった。

 それ故の後悔であることは容易に察しがついた。

 同時に、民間人のシャトルが先の戦闘に巻き込まれた事実を知り、ナタルとしても苦々しく思ってしまう話であった。

 

「決死の覚悟をもって提督から託されたシャトル。でも僕は、降下中のあの時……そのシャトルをバスターの砲撃に巻き込んで、撃墜させてしまった」

「──それは穿った見方ではありませんか? 少なくとも撃ったのがバスターであるなら」

「違います。僕が巻き込んだんです」

 

 いくら巻き込んだと言おうが、撃ったのがバスターであるならそこまでの責を感じる必要は無いはずだ。

 そう言おうとしたナタルの機先を制して、タケルは首を振りながら答える。

 積もりに積もった怨嗟を吐き出すように、タケルは涙交じりに己への憎しみを込めて言葉を紡いだ。

 

「僕はアークエンジェルを巻き込まないように、アストレイを移動させて……射線をずらしたんです」

「まさか……それでシャトルが」

 

 ナタルの脳裏に、タケルの言葉通りの光景が思い描かれる。

 アストレイを狙うバスター。背後のアークエンジェルを巻き込むまいと、移動するアストレイ……そしてその先には。

 

「余裕をもって回避したバスターの砲撃。その背後でシャトルが撃ち抜かれました」

「そん……な」

 

 ナタルは思わず絶句した。

 確かに、撃ったのはバスターの狙撃砲だろう。

 だが恣意的に受け取ったとしても、バスターのパイロットにシャトルを狙う意図はない。アストレイを狙い、アストレイの挙動に合わせて狙いをつけただけ。

 戦闘中であった以上、バスターがアストレイに躊躇する理由はない。タケルの動きは、意図せずともバスターにシャトルを“狙わせて”しまったのだ。

 

 ナタルは、巻き込んだと言うタケルの言葉を否定することができなかった。

 

「言い訳はいくらでもできます……でも、どんな御託を並べても僕が動いたせいでシャトルがバスターの砲撃に巻き込まれたのは確かです」

 

 タケルの言葉は続いていく。

 涙があふれ、拳を握り締め。必死に自身の罪を懺悔するように……

 

「僕は……守るべきオーブの国民を……ようやくオーブへ帰れると喜んでいた国の人達を、僕の手で死なせてしまったんです!」

 

 まるで、今から自殺でもしそうなほどに、苦痛に塗れた表情で、タケルは叫んだ。

 もはや涙は留まる事を知らなかった。

 

 還る事のない命。二度と見る事の出来ない笑顔。

 二度と折ってもらえぬ──折り紙の花。

 

 浮かんでは消え、消えては浮かんで。

 タケルの脳内に、死ぬはずでなかった人達の影がよぎる。

 

 皆ヘリオポリスの崩壊に巻き込まれ、必死に不安を押し殺し、ようやく平穏へと戻れることを安堵していた。

 そんなシャトルに乗る人達の声を、タケルはキラと共に待っていた乗り場で聞いていたのだ。

 

 自戒では済まされない。

 己への怨嗟が溢れ、また自責の念が作る今は亡き人達の声を、悪夢と共に聞いた。

 悪夢はタケルが望む通りに形を変え、最も大切な人から受ける憎しみという、耐え難いであろう罰の形を取ったのだ。

 

 その結果が、先のカガリとの一幕である。

 

 

 

「──夢の中で、カガリに言われたんです」

 

 小さく、消え入るような声であった。

 先程までの涙と共に溢れる感情が消えた、どこか冷たい印象を抱く声音。

 ナタルは、言い知れぬ不安と危機感を感じた。

 

「彼らが死んでしまったのは、兄様のせいだろうって」

 

 その先を言わせてはいけない。

 ナタルは何かを察して、動こうとする己を必死に律した。

 言わせなければならなかった。吐き出させなければ、彼の胸の内に巣くう想いを窺い知る事はできないし、助けてやることもできなくなる。

 それを言葉にして、彼が更に傷つくことになろうともだ。

 

 

 

「──あの子を“殺した”のは、兄様だろうって」

 

 

 

 それは最も残酷に心を抉る。

 自責の念が生み出した鋭利な刃の一突きであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出来ること、出来るだけの力、あると信じた自分は、ただ、自惚れていただけなのか。

 多くの人の想いを受け、今ここに居ることの意味を、子供達は、様々に思い、悩む。

 新たな出会いがもらたすものは、更なる苦悩か、それとも、救いの糸口か。

 

 次回、機動戦士ガンダムSEED

 

 『血路の跡』

 

 手探りの道、見定めろ、ガンダム!

 




いかがでしたか。
自分を許せない系主人公。まぁよくある形ですが……
本日はこのまま次の話もすぐに更新します。


ご感想を是非よろしくお願いします。

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