機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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ちょっと色々疲れちゃってて、随分と間をあけてしまいました。ごめんなさい
2ヶ月くらいぶりですが
更新再開です。


PHASE-4 問いと変遷

 

 時は数日を経る。

 

 

 

 オルドリン地区で活動するコンパス所属艦フォルトゥナの艦長室で、タケルとタリアは画面越しに懐かしい顔ぶれと対面中であった。

 

 

「承知しましたわ。それでは3日後の到着と言う事で引継ぎの準備を進めておきます────“ヤマト大佐”」

『はい、よろしくお願いします。グラディスさん』

 

 画面中央の優男、キラ・ヤマトへと内容の確認を済ませて、タリアは一度タケルへと視線を投げた。

 向けられた視線に、了承の意図を頷くことでタケルは返す。

 これで一先ず、今回の件の活動に関して目途は立ったという所。

 事が起こってから動きっぱなしであった実働部隊の面々もこれで休みに入れると言うものだ。

 

 一区切りつく事への安堵を覚えて、タケルが再び目の前の画面へと意識を向けると……

 

 

『グラディス“中佐”でしょう、ヤマト大佐。ここはアークエンジェルではないのですよ?』

 

 

 傍らの副官に厳しい視線と声音をぶつけられる友人の姿が映っていた。

 タケルにとって。キラも、その傍らにいる厳しい副官も友人ではあるのだが。

 その友人同士が親しいかと言えば、それはまた別問題だ。

 

 銀糸のおかっぱ頭“イザーク・ジュール”少佐と、キラ・ヤマト大佐の間にある因縁はそれなりに深いものである。

 

 二度の大戦の最中、互いに撃ちあってきた者同士。

 今は職務を共にする関係になったとしても、簡単にぬぐい切れる因縁ではないのだろう。

 

「まぁ、良いでしょうジュール少佐。今顔を合わせてるのは面識ある人間ばかりだし」

『そう甘やかさないでもらえるかアマノ総括。御存知無いようだからこの際伝えておきますが……ヤマト大佐は未だ佐官としての正式な教育を終えてないのです』

「えっ、そうなの? でも随分前に教育プログラム自体は受けているって……」

『あぁそうだ、受けているとも! だがこの男は……声を張り上げるのが苦手だの、人に指示するのがあまり得意じゃないだのと抜かして、一向に終える気配がないのだ!』

「え、えぇ……」

『タケルそんな目で見ないでよ。イザークがオーバーに言ってるだけで僕だってホントは……』

『なんだぁ? 本当はできるとでも言うのか貴様。そんな奴がカリキュラムが嫌で部屋から雲隠れするものか!』

 

 ヒートアップするイザークは、既に上官と部下の立場を返上してキラへと怒鳴りつけていた。

 先程までの体裁がまるっと消えた2人のやり取りを意識的に聞き流しながら、タケルとタリアは揃って苦い笑みを浮かべる。

 

「(そう言えばキラが大佐になったときアスランが言ってたっけ)」

 

 

 ”キラに佐官なんて絶対無理だからな。あいつは基本、自分がやりたい事ややるべきと決めた事が優先で、やらなきゃいけない事というか、やってもらわなきゃ困る事と言うか……とにかく、やらされることを極端に嫌う────しかも逃げる”

 

 

 

「(流石幼馴染……ってやつかな。ホント見事に当たってるね。と言うかそんなんで学校とかで平気だったのかな……)」

 

 知られざる友人の一面を見て、タケルは胸中で色々と心配になった。

 今後もしばらくは、副官にどやされて心労を抱えるキラと。

 佐官不適格な上官に心労を抱えるイザークの組み合わせが続いていく事になるだろう。

 

『いいか? 確かに俺は少佐であり大佐である貴様の部下となったが。これまでを見てはっきりと言っておくが俺は貴様を──』

「はいはい、そこまでだジュール少佐。決定的なところまで僕達別組織の人間の前で言わない方が良い」

『むっ、そうだな……熱くなり過ぎた。すまない』

 

 イザークの猛攻に疲弊していたキラは、タケルのストップにホッと胸をなでおろす。

 場と空気の落ち着きを確認したところで、タケルは声音を硬い物へと戻してから話を戻した。

 

「引継ぎの件はさっきので良いとしてだ……キラ、お願いしていた事についてはどうだった?」

『あ、あぁうん。ちゃんと照会してきたよ』

 

 通信画面に新たなものが追加される。

 映し出されたのは、とある人物のパーソナルデータであった。

 

 

『タケル達が現地で保護した女の子。その容姿から現地民では無いだろうって予測は正解だった────彼女はプラントの住民だ』

 

 未だ年端もいかない少女の画像と詳細。

 オルドリンでシンが保護した、あの少女についてである。

 

『名前はナッシェ・ハーミット。年齢は9歳だ。

 プラントのディセンベル出身だが……正確にはワシントン生まれだな』

「ワシントン生まれ……と言う事は」

『あぁ、ナッシェも含めハーミット家は4年前の戦争でプラントに移住してきた。父親のジョシュ・ハーミットはナチュラルで母親のユミル・ハーミットがコーディネイターだ』

「ハーフコーディネイター、と言う事かしら?」

 

 タリアが静かに疑問を呈した。

 

 ハーフコーディネイター。つまりはコーディネイターとナチュラルの間に生まれた人間の意。

 本来生物学上はナチュラルもコーディネイターも同じ種に属する人間だが、嘗てのプラントの様にコーディネイターを新たな種とする過激な思想の者達からは、ナチュラルに向けるのと同様に疎まれる存在である。

 故に、コーディネイターとは別種として区別する為に名付けられた名称だ。

 

『いや、彼女はハーフコーディネイターでは無かったよ。御両親に先見の明があったのかな……ある程度の免疫関連や身体能力に関する部分で、コーディネートされた形跡がある』

「で、そんな娘を連れて大戦末期にワシントンに居られるわけもなく……」

『うん。それで4年前の大戦末期にプラントへ。その時もかなり苦労はしたみたい』

『当時はプラントもザラ議長の下ナチュラル排斥の風潮だったからな。ジョシュ・ハーミットは戦後、ギルバート・デュランダルが議長になってからプラントへと移住し2人と再会したらしい』

『でも、やっぱりプラントでナチュラルが生きていくのは簡単じゃなくて……2年前、レクイエムでディセンベルが被害を受けた際に、そこで働いていたジョシュは仕事先が無くなってしまって。色々あったけど今はオルドリンへ派遣されて宇宙港の開発に携わっていたみたい』

「それで家族揃ってオルドリンに、か……」

 

 良くある話であった。

 ナチュラルとコーディネイターの諍いから、ままならぬ人生を送る事になった一家。

 言葉を並べれば、そんな事例はよくある。

 

 しかし、その結果が今回の悲劇となれば、居た堪れない気持ちは自然と4人に湧く話だ。

 

 

「ご両親の他に、血縁はいないのでしょうか?」

『ジョシュの方は探せば出てくるだろう……存命しているかは別としてな。だが、ユミルの方はジョシュとの婚約時に血縁とは縁を切られているらしい。まぁ当然と言えば当然だ』

「高い金を払って作り上げた娘が、ナチュラルに靡いたとなれば、ね……」

『忌まわしい話だがな』

『プラントのデータバンクだと、ユミルの方の血縁は探せたけど望み薄だし、かと言って父親の血縁については僕達ではわからないから……』

「現状だと、身元引受人を探すのにも一苦労、ってことか……」

 

 結論へと至り、タケルは小さく溜め息を吐いた。

 再びタリアと視線を交わせば、どうするべきかと眉根を寄せており、似たり寄ったりの表情だ。

 

 ナッシェ・ハーミットは現在フォルトゥナの医務室で保護されているが、キラ達ザフトが現着となればフォルトゥナは宇宙の拠点へと帰還する事になる。

 当然ながら彼女を乗せたままでは行けないのだが、肝心の返す先が見当たらないと来ている。

 

 

『一応、ハーミット家はディセンベルの所属だったから、プラントで彼女を保護はできるけど』

「ナチュラルとコーディネイターの間に生まれた子供って言うのもね……里親なんてものがプラントで見つかるの?」

『う、うんまぁ……そうなんだよね』

 

 

 言い淀むキラの返答に、現状の全てが詰まっていた。

 

 そもそもプラントは出生率に悩まされている国家だ。

 そしてコーディネイターには多かれ少なかれ、コーディネイトされた事による選民思想が潜在的に存在する。

 必然、それは我が子にも求めるものであり、他者の子供。ましてやナチュラルとの間に生まれた子供を引き取る様な物好きはまず居ない。

 誰もが、自身が選びコーディネイトした我が子を欲しているのだ。

 

 

「別の問題もあります。

 今聞いた状況で、あの少女をプラントにそのまま保護させる事……シン達が納得するとも思えません」

「確かに……ちゃんとした人に引き取らせてください、とか言いそうだもんね」

 

 タリアの言葉に、脳裏にそんな光景が過ってタケルは思わず苦笑いを浮かべた。

 その隣にはルナマリアが並んでいるだろうか。もしかすると、サヤもあちら側に居るかもしれない。

 アグネスは我関せずを貫くだろう。

 

 そして恐らくはそんな光景を見て、ハイネがやれやれとため息を溢す。

 

 まるでミネルバに居た時の焼き増しの様な気がした。

 

 

「キラ、一先ずこの話は預かってて良いかな? シンの事もあるけど、前提として当人の話も聞かなきゃ始まらないだろうし」

『うん、一応はプラントで保護できるって事だけは覚えておいてくれれば』

「ん、了解。それじゃあ今日はここまでとしよう。3日後に向けて、引継ぎの準備は済ませておくよ」

『わかった。よろしくね、タケル』

 

 

 最後に一言交わして、通信は途切れた。

 

 

「ふぅ、なかなかどうして────こういうやり取りは疲れるものだ」

 

 静けさを取り戻す艦長室で、タケルは肩の力を抜くように上げ下げしながら傍らへと投げる。

 

「ジュール少佐は最後まで御2人のやり取りに不満そうでしたが」

「それはグラディス艦長もでしょう?」

「────やや、砕けすぎかとは具申致します」

「言いたいことは分かるけどね……それでキラが気にしすぎちゃってまともに話が進まないのも困るし」

「では総括の態度は意図的であったと?」

「失敬な。一応立場と分別を付けることくらいはできるよ」

「そうであるなら、私とのやり取りも是正されるべきです」

「そこは身内だからまた別です────今の僕にとって、貴女は同志なんですから」

 

 同志──その言葉に、タリアは一度目を丸くしてから、やれやれと言う様に肩を落とし嘆息する。

 

 今は亡きギルバート・デュランダルの望んだ平和な世界を夢見る者同士。

 彼の最後の言葉を聞いたタケルと、彼と最も深い関係にあったタリア。

 底の見えぬ彼の思惑を紐解き、いつか彼が思い描いていた世界へと辿り着くまで。

 

 2人は共に歩んでいく同志、というわけだ。

 

「仕方ない人ですわね……貴方も」

「勿論、公私の区別はつけていますので。ご安心ください」

 

 

 それでは────そう言って、タケルは艦長室を退出していった。

 

 

「全く、そんな所までギルバートを継がなくても良いのだけれど……」

 

 残されたタリアはその背中を見ながら、どこか母の様な顔を覗かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 フォルトゥナ格納庫にて。

 

 アグネス・ギーベンラートは、己の乗機ギャン・シュトロームを見上げながら物思いに耽っていた。

 

 

 “月光のワルキューレ”

 

 先の連合・プラント大戦において。

 ザフトが繰り出した機動包囲網の一画を担い、月面を背後に強襲を仕掛けた彼女の活躍を、軍の広報が取り上げ名付けられた、彼女の異名である。

 

 勝手な呼び名だったが悪くない、とアグネスはその名を受け入れた。

 あの戦いは最終的にザフトの敗退ではあったが、十分な戦果を残した自覚はあったし、何より落ちこぼれだった筈の同期が大戦の最中、先に名を上げていた事が気に喰わなかったから。

 

 故に、月光のワルキューレという呼び名は、アグネスの自尊心を良く満たしてくれる名であった。

 

 しかし────その自尊心はそう時をおかずに、崩れ去る事となる。

 

 

 そっと視線を横に流せば、今は灰色装甲に落ち着いている機体が見えた。

 

 ZGMF-X42S デスティニー

 

 ザフトが開発した究極とも言えるMSであり、パイロットのシン・アスカと合わせて“紅蓮の旋風”と呼ばれ恐れられた存在だ。

 

 

 取るに足らないプロパガンダだと思っていた。

 たまたま挙げた戦果を大々的に広報し、戦意向上に役立てるだけの、虚実入り混じる名だと────当時のアグネスはそう断じて疑わなかった。

 

 しかし、大戦後招聘されたコンパスで再会した彼は、アグネスの予想を大きく裏切る変貌を遂げていた。

 有り得ない戦速で飛び回り、有り得ない反応速度で攻撃を回避し……そして有り得ない早さで敵を破壊していく。

 旋風とは名ばかりだ。いっそ暴風と呼ぶ方がふさわしい。

 だが、そこには隔絶されたパイロットとしての差が存在していた。

 

 アカデミーでは逆だったはずだ。

 ヤヨイ・キサラギ、レイ・ザ・バレルと続き、3番手に続いていたのが自分であった。

 対して彼はお世辞にも優秀とは言えない成績。

 かろうじてザフトレッドに選ばれたのは、多分につるんでいたヤヨイとレイによるところが大きいだろう。

 

 即ち、アカデミーの卒業段階で彼が自分より上だったとは考え難い。

 

 

 一体何が、あの劣等生を変えたのか────アグネスは思考の逡巡を続けた。

 

 

「やっぱり、あの裏切り者がシンを……?」

「いえ、私はあまり関係ないですよ。アグネス」

 

 独り言に自然と返ってきた声に、アグネスは背筋を震わせた。

 

「っ!? ちょっと、音も無く背後に立たないでよ!」

 

 飛び退くようにしながら振り返れば、記憶に良く刻まれている澄ました顔。

 外見に自信のあるアグネスでも臆するような、人形のような少女の姿があった。

 

「失礼しました。珍しく整備班の取り巻きもおらず1人で機体を見上げていたので、何かあったのかと思ったのですが────杞憂だったようですね」

「強いていうなら今さっき目の前の隊長様に驚かされたところよ」

「独り言が大きいのが悪いのですよ────で、シンが自分よりパイロットとして成長しているのは、私がいたから、ですか?」

 

 サヤからの問いかけに、アグネスは罰が悪そうに顔を逸らした。

 

「何よ、しっかり聞いてたわけ? 趣味が悪いこと」

「聞こえるようにぶつぶつと独り言を呟いてるほうが悪いと思いますが…………まぁおおよそ、考えていることは理解できました。つまりは、シンに追い越されて悔しいというわけですね」

「そ、そんなわけじゃ! ないこともないんだけど…………」

 

 図星をつかれて強い反発が来ると思いきや、少し予想外に弱い気配を見せるアグネスに、サヤは面食らう。

 これまでと少し違う反応に、怪訝な表情を出さずにはいられなかった。

 

「またも珍しいですね。貴女が素直にそれを認めるとは思いませんでした」

「うっさいわよ。私だって馬鹿じゃないわ…………目の前であんな戦い見せられて、総括にもはっきりとシンが強いのだと言われれば、意固地に自分が上なんて言えるもんじゃないわよ」

 

 そう言って、悔しさを滲ませながらアグネスはデスティニーを見上げる。

 乗り手の彼はまだ例の少女の元だろうか。悶々と自分ができることは何かとでも悩んでいるのだろう。

 おかげで、今この場にいない彼のことを聞くのに躊躇は湧かなかった。

 

「聞いてたなら教えなさいよ。アイツ、何であんなに凄くなってんのよ? アカデミーの時みたいに、あんたが引っ張り上げてたわけ?」

「私が一緒にいたことの影響…………無い、とまでは言いませんがそれは微々たるものでしょう」

 

 少し思案しながら、サヤはアグネスへと返した。

 

 嘗て、シンがデスティニーを受領する際にギルバート・デュランダルが述べた事実。

 シン・アスカとヤヨイ・キサラギ…………サヤ・アマノは、遺伝子的究極の相性を持つ2人である、と。

 

 ミネルバに共に配属となり、長い時、多くの戦いで肩を並べた2人は、その相性ゆえに惹かれ合う様にSEEDへと至り、高め合うように敵を討ってきた。

 切磋琢磨、という言葉をまさに体現する相性が、彼の成長の源泉になっていたことは否定できない事実だ。

 

「じゃあ、他に何があるって言うのよ?」

 

 だが、それは些細なことだと言うサヤの言葉に、アグネスは再び問いかけた。

 すると、サヤは手を前に差し出し2本の指を立てて見せる。

 

「何よ、その手は?」

「要因は、私が推測する限り2つです。

 1つはミネルバで私達に、非常に、高度で、優秀な訓練を課すことのできる指揮官が配属されたことです」

「な、何よ。らしくないくらい持ち上げるわね、その指揮官のこと」

「私の影響を気にするよりは余程大きい影響を与えたのが彼です。教練のみに留まらず、シンの内に眠る戦う意志を導きました。そしてその戦う意志こそが、要因の2つ目でもあります」

「戦う……意志?」

「アグネス、貴女は何のために戦いますか?」

 

 びくり、とアグネスは肩を振るわせる。

 直近で聞いたばかりの問いであった。

 返すことができず、まるで宿題の様に投げられて、胸の内に残るタケル・アマノからの問いかけ。

 その答えを探している途上であることが見透かされた様で、アグネスは自然とその身を強張らせるも、気づいていない様にサヤは続けた。

 

「シンは決して劣等生ではありませんでしたよ、アグネス。昔からハマりにハマった時は驚異的な能力を見せていました────ただ、アカデミーの環境はシンが本気になれるところではなかった。それだけです」

「何よ、あの男がまさか手を抜いていたとでも言うの? そんな器用なことができるタマかしら」

「そんなわけないでしょう。それができる程器用だったら、部下である貴女の扱いに困ったりはしません」

「自覚はあるけどそうはっきり言わないで欲しいわね」

「手を抜いていたなんて話では無く。シンが本気になるのはいつだって、守りたいものを守れない…………そんな弱い自分を撃ち破る時だけなのですよ。彼の強さの源泉はいつだって、弱くて守れない自分への怒り」

 

 家族を失った自分を。大切な居場所を守れない自分を。壊れていく恩師を助けられない自分を。

 そうして責めて、叱咤して、弱い自分を奮い立たせる時こそ。

 シン・アスカは己の内に眠る全てを解放し、運命を切り開く剣となる。

 

 

「つまり、戦場に出て初めて、アイツは本当の意味で本気になれるってこと?」

「今回にしてもそうでしょう。苛烈なブルーコスモスの侵攻で破壊され尽くした街を目にして、シンは守れぬ己を奮い立たせたのです。だからこそ、名高き白銀の閃光と並び立てるほどの勇躍を見せています」

 

 白銀の閃光と並び立つ。

 

 その言葉に、アグネスは奥歯を噛んだ。

 認めたくはない。けれど、否定もできない。

 

 あの夜。

 紅蓮の翼を広げ、戦場を駆け抜けたデスティニーの姿を、アグネスは確かに見ていた。

 戦場の敵機を、迷いなく、躊躇なく、ただ真っ直ぐに叩き斬っていくその姿は、悔しいほどに鮮烈で、旋風の異名に相応しい。

 

 そしてそこへ現れた、シロガネ・コクウ。

 白銀の閃光と呼ばれるタケル・アマノの機体と並んでもなお、シン・アスカのデスティニーは霞むことがなかった。

 

 気に喰わないと湧いた感情は、はっきりと胸の奥に残っていた。

 

「……でも、それじゃあ結局、怒りじゃない」

「そうですね」

「そんなものが強さだって言うの? 弱い自分が許せないから、怒って、暴れて、それで強くなるなんて……そんなの、ただ危ういだけじゃない」

「えぇ、危ういです」

 

 またもあっさりと認めたサヤに、アグネスは言葉を詰まらせた。

 

「シンの強さは、決して綺麗なものではありません。むしろ不安定で、危うくて、放っておけば容易く自分自身を焼き尽くす炎に近い…………実際に、一度はそれで己を失い、味方へと襲いかかることもありました」

「だったら──」

「ですが、それでも彼は進むのです」

 

 遮るように、けれど静かに。

 サヤはデスティニーを見上げた。

 

「弱い自分が許せない。守れなかった過去が許せない。だから次こそは守りたい。そんな想いを抱えているから、彼はどれだけ傷ついても前へ進もうとする。そこにこそ、シン・アスカという人間の強さがある」

 

 それは決して、無傷の強さではない。

 美しく整えられた英雄譚でもない。

 

 失って、壊れて、間違えて。

 それでも二度と同じ後悔を繰り返したくないと願う、泥臭いまでの意志。

 

 それが、紅蓮の翼を戦場へと押し出している。

 

「そして、そんな彼を支えたいと思う人間が周囲にいる。ルナマリアも、私も、ババ少佐やアマギ少佐もそうです────無論、お兄様も」

「……それが、隊長としての素養ってこと?」

「少なくとも、お兄様はそう見ているのでしょう」

 

 サヤは淡々と告げた。

 

「完璧である必要はありません。そもそもシンは、隊長として見れば未熟なところも多い。後先を考えずに動くこともある。今回のように、立場を危うくする判断をすることもあるでしょう」

「なら、やっぱり──」

「ですが、誰かがその不足を補おうと思える。彼が前へ進もうとするなら、自分もその背を支えようと思える。それは指揮官として、あるいは人を率いる者として、とても大きな才覚です」

 

 アグネスは何も言えなかった。

 

 そんなものは甘えだ。

 周囲に助けられることを前提にした強さなど、未完成もいいところだ。

 

 そう言いたかった。

 言ってやりたかった。

 

 だが、言葉にならなかった。

 

 実際、ルナマリアはシンを補った。

 サヤはシンを叱りながらも、否定はしなかった。

 タケルもまた、シンの行動を失敗と認めた上で、その美徳を認めていた。

 

 何故だ。

 

 どうして、あの男の周りにはそうして手を伸ばす者がいるのか。

 

「……私だって、強いわ」

「えぇ。貴女は強いですよ、アグネス」

「なら──」

「けれど、貴女の強さはまだ、貴女自身のためのものです」

 

 真正面から返された言葉に、アグネスの胸が小さく軋んだ。

 

「自分が優れていると示すため。誰かに認められるため。自分の価値を証明するため。貴女はそのために強くあろうとしている」

「それの何が悪いのよ」

「悪いとは言っていません。むしろ、それも立派な原動力でしょう。自尊心も、承認欲求も、負けたくないという意地も、人を前へ進ませる力です」

 

 サヤは否定しなかった。

 

 それがかえって、アグネスには居心地が悪い。

 馬鹿にされるなら噛みつけた。

 切り捨てられるなら反発できた。

 

 だが、認められた上で足りないと言われることほど、逃げ場のないものはなかった。

 

「ですが、それだけでは彼のいる高みには届かない」

「……高、み」

「シンが戦場で解き放つ力は、ただ自分の価値を証明するためのものではありません。守りたいものがある。二度と失いたくないものがある。だから彼は、自分の限界を踏み越えていく」

 

 サヤの視線が、今度はギャン・シュトロームへと向けられる。

 

 アグネスの乗機。

 月光のワルキューレと呼ばれた自分を象徴する機体。

 

 その白い装甲は、格納庫の照明を受けて静かに佇んでいる。

 だが今のアグネスには、その輝きがどこか燻んで見えた。

 

「アグネス────貴女は何のために戦うのですか?」

 

 都合3度目。

 またも投げられた問いに、アグネスは息を呑んだ。

 

 タケルに問われた言葉。

 答えを出せないまま、胸の奥に残り続けていた問い。

 

 それが今、サヤの口からもう一度突きつけられる。

 

「私は……」

「すぐに答えろとは言いません。きっと、簡単に見つかるものでもないでしょうから」

 

 そう言って、サヤは一歩だけアグネスの横を通り過ぎる。

 

「ですが、貴女も何のために戦うのかを見出せなくては、彼のいる高みには至れないでしょう」

 

 淡々と。

 けれど、その言葉だけはひどく重く響いた。

 

「彼に勝ちたいのなら。彼を認めたくないのなら。あるいは、彼の隣に立ちたいと思うのなら。まずは貴女自身の理由を見つけることです」

 

 それだけを告げて、サヤは歩き出した。

 

 引き留める言葉は出なかった。

 アグネスはただ、その背中を見送ることしかできない。

 

 やがてサヤの足音が格納庫の喧騒に紛れて消えていく。

 

 残されたアグネスは、もう一度ギャン・シュトロームを見上げた。

 

 月光のワルキューレ。

 そう呼ばれることは、嫌いではなかった。

 むしろ誇らしかった。

 

 自分が優れている証のようで、自分が特別である証明のようで、その名は彼女の自尊心を確かに満たしてくれていた。

 

 けれど。

 

 それは何のための強さなのか。

 

 誰かを守るためか。

 何かを成すためか。

 それともただ、自分が自分を認めるためだけのものなのか。

 

「私の……何故……」

 

 ぽつりと、また同じ言葉が零れた。

 

 タケル・アマノに問われた。

 そして今、サヤ・アマノにも問われた。

 

 何のために戦うのか。

 何を守りたいのか。

 何を成すために、この力を振るうのか。

 

 答えはまだ、どこにも見えない。

 

 けれど一度胸に落ちた問いは、もう消えてはくれなかった。

 

 デスティニーを見上げる。

 次に、自らのギャン・シュトロームを見上げる。

 

 紅蓮の旋風と、月光のワルキューレ。

 

 その名に込められたものの違いを、初めてアグネスは考えていた。

 

 格納庫の喧騒の中。

 誰にも聞こえないほど小さく息を吐いて、アグネス・ギーベンラートは再び思案の底へと沈んでいくのだった。

 




アグネスもいずれルナマリアと一緒にツッコミ枠と言うか常識人枠になってそう。


感想、よろしくお願いします。

劇場版で活躍して欲しい子アンケート

  • 忠犬主人公シン
  • お兄様至上主義サヤ
  • ザ・お姉ちゃんルナマリア
  • オーブ三羽烏
  • エクステンデッド組
  • ユリス&レイ
  • 一応主人公タケル
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