機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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お待たせしてごめんなさい。
最近とんと書く気力湧かなかったんですけど。
筆を取ったら一気に書けたので。

どうぞお楽しみください。


幕間 心を辿る忘れ形見

 

 

 フォルトゥナ艦内。

 

 食堂エリアには、二人の男女が暗い雰囲気を纏って食事をとっていた。

 正確に言うなら、暗い雰囲気を纏うシンと、それを見て呆れ顔を浮かべるルナマリアという構図である。

 

「はぁ……」

 

 また一つ、ため息がシンからこぼれる。

 隣のルナマリアはピクリと眉根を寄せた。

 

 それが果たして何度繰り返されただろうか。

 ルナマリアの眉根は、既に随分な角度をつけ始めている。

 

「ねぇ、シン」

「えっ、あ……なんだよ、ルナ」

「──私との食事はそんなにつまらないのかしら?」

 

 わかりやすく棘を含んだ声音に、シンはようやく隣のルナマリアがどんな胸中でいるのかを察した。

 

「あっ!? そんな、ごめん! そんなつもりじゃ──」

「はいはい、わかってるわよ。ここ数日あの女の子の所に通い詰めで、だもんね。おまけにその女の子が放心状態で心ここにあらずとくれば。心配にもなるわよね」

「そう、だけど……」

 

 件の少女────オルドリンで二人が保護した少女は、フォルトゥナ艦内の医務室で治療を受け、今もまだそこにいる。

 

 ルナマリアの言う通り、その姿はまるで生きた人形のようで。

 虚ろな瞳で何もない場所を見つめる少女の姿が、ここ数日ずっとシンの脳裏にこびりついて離れなかった。

 

「で、何ができるんだろうとか、どうすれば良いんだろうとか。ずっとぐるぐる、回らない頭で考え続けてる。違う?」

「ぐっ、それも……そうだけど」

「そして何かしようと思っても、アマノ総括に言われたことがあって勝手なこともできないって、ウジウジ悩んでる……ってわけでしょ?」

「うぅ……あぁもう、そうだよ!」

 

 まるで全てを見透かされたようなルナマリアの言及に、シンはとうとうやけっぱちになって答えた。

 

 一言一言が真っ直ぐで、ことごとく的を射抜いてくる。

 知らず追い詰められているような感覚を覚えてしまうも──

 

「アスカ大尉、食堂であまり大きな声を出すものではないぞ」

 

 そこへ第三者の声が飛び込んできた。

 

 二人が顔を上げれば、そこにはアマノ隊のアマギとババが、食事のトレーを片手に並んでいる。

 

「アマギ少佐、ババ少佐も……」

 

 階級としては二人にとって上官。

 慌てて居住まいを正したシンとルナマリアは、揃って敬礼を取った。

 

「あぁ、堅苦しくしなくて良い。階級の統合で階位の違いはあるが、我々の立ち位置が同じ部隊の同僚であることに変わりはないのだから────相席、良いだろうか?」

「え、えぇ。もちろん」

 

 声音穏やかなアマギと、少々寡黙なババが並んで二人の対面へ腰を下ろす。

 

 堅くなるなと言われても、そう易々と階級も年齢も上の二人を相手に砕けた空気になれるわけもなく。

 シンとルナマリアは自然とその身に力を入れていた。

 

「そう堅くなるな。娘と同じ年頃の者たちにそこまで畏まられると、なかなか堪える」

「あ、ババ少佐には娘さんがいるんですね……」

「この年で未婚のアマギとは違うのでな」

「放っておいてくれ。私は軍人であった……それだけだ」

 

 寡黙で口下手そうなババの世帯事情と、温和で人当たりの良さそうなアマギの結婚事情が唐突に詳らかにされ、張り詰めていた空気が僅かに緩む。

 

 彼らなりの気遣いなのだろう。

 妙に親しみを覚えるやり取りに、シンとルナマリアの肩からも少しばかり力が抜けていった。

 

「ふむ。それで、アスカ大尉はウジウジ悩んでいる、だったか?」

「ちょっ!? ババ少佐、聞いてたんですか」

「聞こえてきたんだ。何度も続くため息からな」

「うっ……」

 

 和気藹々とまではいかずとも、楽しいはずの食事の場に何度も響く暗いため息。

 自覚なく周囲にまで聞かせていたと知れば、シンの肩身も狭くなる。

 

「アマノ総括に頼まれたから……と言ってしまうと聞こえは悪いがね」

 

 アマギは苦笑混じりに肩をすくめる。

 

「だが、そんな迷える青少年の悩みの種を少しでも取り除ければと思って声をかけた次第だ」

 

 とは言え、やはり階級も年齢も上の彼らに、自分の悩みごときで相談へ乗ってもらうというのは畏れ多い。

 しかし、それを理由に固辞するのも、それはそれで心証が悪いのではないか。

 

 別のことで悩み始めるシンへ、今度はババが助け舟を出した。

 

「それで、ため息の理由……は我々も分かっているつもりだが。一つ聞かせてくれるか?」

「はい?」

「貴官は何故、あの少女をそんなにも気にかけている?」

「何故、って……」

 

 むしろ、どうしてそんな問いをするのか。

 

 逆に疑問を覚えるシンへ、ババは淡々と言葉を続ける。

 

「戦場となった場所だ。家族を喪った者、親を奪われた者は決して少なくない。言い方は悪いが、あの子だけが特別な境遇というわけではない」

「それは、そうですけど……」

「だが、貴官にとっては特別な何かがあるのだろう」

 

 ──特別な何か。

 

 そう言葉にされて、シンは初めて自分の内側へ目を向けた。

 

 何故、あれほどまでに気になるのか。

 何故、放っておけないのか。

 

 抑えられない感情の、その源泉へ。

 

「──確かに、そうなのかもしれません。でも俺にとってあの子は……あの日、全てを喪った自分の焼き増しで。同時に……」

 

 そこで、シンは言葉に詰まった。

 

 あの日────全てを喪った、オーブ戦役の日。

 

 目の前で家族を喪い。

 千切れた妹の手に、触れることさえできなかった。

 

 あの少女もまた、同じものを見たはずだった。

 

 虚ろなあの目も。

 縋るように伸ばされたあの手も。

 

 あの日の自分と、あまりにも綺麗に重なって見えた。

 

 そしてもう一つ。

 

 あの日────もし、妹のマユも生き残っていたのなら。

 

 何度となく脳裏に描いてきた“もしも”。

 

 その世界にいたかもしれない妹の姿まで、件の少女はシンへ突き付けてくる。

 

 シンにとってあの少女は、あの日の自分であり────もしもの世界の中で生き続けていた妹でもあった。

 

「あの子は俺にも……妹のマユにも、凄く重なるんです」

 

 ぽつりぽつりと、シンは言葉を紡いでいく。

 

「これが俺のエゴだってことは分かってますけど────でも、それでも俺は。あんな状態のあの子を放っておけなくて、助けたくて。だから、何かできないかって考えちゃって」

「…………」

「俺もあの日……オーブのトダカって人に助けてもらったから」

 

 目の前に、自分と同じ境遇の子供がいる。

 

 ──嘗ての自分が、そこにいる。

 

 そう思ってしまえば、放っておくことなどできない。

 

 それがシン・アスカという人間だった。

 

 しかし、そんなシンの言葉を受けたアマギとババは、何故か揃って神妙な表情を浮かべた。

 

「そうか……トダカ准将がアスカ大尉を」

「何とも、数奇な巡り合わせだな」

 

 シンから出てきたトダカの名に、二人は遠い記憶へ思いを馳せるように呟いた。

 

「数奇な巡り合わせって……あの、その人が何か?」

「あぁ、意味深にしてしまってすまないな、ホーク中尉」

 

 アマギは小さく頭を振った。

 

「トダカ准将──当時は一佐だが……あの人がお助けしたアスカ大尉が、今はアマノ総括の下でこうして奮起しているとなると、我々としては感慨深いところなのだ」

 

 やはり意味深な物言いに、シンとルナマリアは揃って首を傾げる。

 

 その答え合わせでもするように、アマギは三本の指を立てた。

 

「アマノ総括には、父と呼べる御方が三人いる」

 

 一本ずつ指を折りながら続ける。

 

「一人は、生家であるアスハの家の父君──ウズミ様。もう一人は、養子として出されたアマノの家の御父上──ユウキ様。そして────幼少から総括の御傍に護衛として置かれていた、トダカ一佐だ」

 

 三人の父。

 

 タケルの生家がアスハであることは聞き及んでいたシンとルナマリアも、三人目の父の存在までは初耳だったらしい。

 思わず顔を見合わせ、目を丸くする。

 

「護衛って……」

「幼少の時分であればアスハの家の子だ。おかしな話ではない」

「あぁ……それもそうですね」

 

 ババの補足に納得しながら、二人はもう一度顔を見合わせた。

 

 慣れ親しんだ元隊長。

 気安く言えば、少々変わったところのある身近な上官。

 

 だが生まれだけを見れば、紛れもなくオーブの上流階級に属する人間だったわけだ。

 

 今さらながら、その事実に妙な違和感を覚えてしまう。

 

「悲しい話ではあるがな」

 

 そこでアマギの声音が沈んだ。

 

「あの人は、父と呼べる御方を三人とも亡くしておられる。四年前にはウズミ様とユウキ様を。そして先の大戦のオーブ戦役においては、トダカ准将もな」

 

 沈痛な声音に、ふとシンとルナマリアは思い至る。

 

 嘗てタケル・アマノがオーブを捨て、プラントへと渡った理由。

 デスティニープランを求めてギルバート・デュランダルを訪ねた事実。

 

 そこには間違いなく、オーブ戦役で最後に残されていた父までも奪われたことが────大きな切っ掛けとしてあったのだろう。

 

 失うことを何より許容できない彼が。

 最後の一線さえ越えて、また大切なものを奪われた。

 

 その現実を叩きつけられた末での行動だったのだ。

 

「だから……隊長は、議長の元へ」

「そう……だったのね」

 

 当時のシンには理解できなかった。

 

 何をしているんだと怒り。

 殴り付けさえした。

 

 だが今にして思えば、そうするだけの背景があったことくらい容易に想像できる。

 

 振り返れば、当時の己の浅慮を恥じるばかりだった。

 

「だからこそ、君には感謝している……アスカ大尉」

「えっ……感謝?」

 

 唐突に向けられた言葉に、シンは呆けた顔を浮かべる。

 

「あの人の心根を作った、ウズミ様の薫陶。あの人の才能を見いだした、ユウキ様の修練。そして────トダカさんが守ったものが今、あの人を支えてくれている」

「支えているなんて、そんな……だって俺は、全然隊長に迷惑をかけてばかりで」

「確かにあの件は、問題になる一歩手前ではあった。だが、問題にはなっていない」

「でも、問題にならなかったからって──」

「アスカ大尉」

 

 ババの低い声が、シンの言葉を遮った。

 

「貴官は気づいていないのか? アマノ総括が、君に向けている信頼の大きさに」

「信頼の……大きさ?」

 

 オウム返しに繰り返しながら、シンはその言葉へ思考を巡らせる。

 

 信頼の大きさ。

 

 そう言われても、その確たる証拠と呼べるものは、少なくともシンの記憶には浮かばなかった。

 

 そんな彼を少し呆れるように見ながら、アマギが柔らかな笑みを浮かべる。

 

「戦場では唯一、君だけがあの人と肩を並べることができる」

 

 その言葉に、シンが顔を上げた。

 

「あの人は唯一、君にだけは『自分に合わせろ』と指示を下しているんだ。ヴェステンフルス部隊長を含め、その他の誰に対しても指示は具体的で、的確なことが多い」

「…………」

「“合わせろ”────その一言で全てを取り払い、あの人と肩を並べることができるのは、アスカ大尉。君だけだ」

 

 ハッと思い至ったように、シンとルナマリアは先日の戦闘を思い返した。

 

 デストロイを破壊し、大きな脅威が去った直後に移行した敵勢力の殲滅戦。

 

 他の面々には防衛へ注力しろと指示を投げた中で、自分だけに向けられた、僅か一言。

 

 ──合わせろ。

 

 自分に随伴しろという意思だけが込められた、あまりにも簡潔な指示。

 

 だが今になって思えば、それこそがシンへ下された、何より明確な信頼の証だった。

 

「キラ・ヤマトとアスラン・ザラ。名高い彼らであっても、先の大戦の折にはオーブの国民であり、あの人にとっては庇護の対象だった」

「あの人たちが、守るべき対象……ですか?」

「強さ云々の話ではない」

 

 アマギは静かに首を振る。

 

「わからないか、アスカ大尉? 貴官は、オーブというしがらみを捨てた彼が初めて得た────初めて肩を並べることのできる同志ということだ。その実力も相まってな」

 

 その言葉に、今度はルナマリアが何かを思い出したように瞬きをした。

 

「そう言えば……ミネルバにいた時から、シンには割と無茶振りが多かったわよね、隊長」

「無茶振り?」

「ほら、ガルナハンの攻略の時とか。いくら皆で援護するからって、ザクに乗り換えたばかりのシンを最後の頼みの綱にして突っ込ませるとか、本来のあの人だったらやらせないんじゃない? 大概過保護だもの」

「まぁ……そう言えばそんなことも……」

 

 嫌な記憶でも掘り起こされたように、シンは僅かに目元を険しくさせる。

 

 あの頃はまだ反骨心も多分にあったが故の結果でもあったが、ルナマリアの言う通り、大概な無茶振りではあった。

 

 居並ぶ敵機の攻撃を掻い潜り。

 大型のMAを退け。

 その先にある巨大な砲台を破壊する。

 

 作戦の成否が自分の双肩に掛かっていると気づいた時の身震いは、今でも色褪せていない。

 

「でも……俺がやれることなんて、戦闘中のことだけで」

「貴官が先の一件で迷惑をかけたと思うのは仕方ないのかもしれない。だが、何もできていないわけではないことも確かだと、俺たちは思っている。現に貴官の戦果は大きい」

「それに」

 

 アマギが静かに言葉を継ぐ。

 

「君の思うままの行動。その源泉を────あの人なら理解していることだろう」

「…………」

「今、君が悩んでいる理由は……何をすれば、ではなく。何をして良いか、ではないか?」

「何をして良いか……?」

 

 その一言を最後に、シンは黙り込んだ。

 

 静寂が訪れる。

 

 視線を落としたまま、何度もその言葉を胸中で転がしているのだろう。

 

 やがて沈黙に耐えかねたルナマリアが、口を開こうとした────その瞬間。

 

 シンが勢いよく席を立った。

 

「──ルナ、俺ちょっと総括の所に行ってくる!」

「え、ちょっとシン!?」

 

 返答を聞くまでもなく、言葉と同時にシンは走り出していた。

 

 

 

「──全く。らしくなったかと思えば、相変わらずの鉄砲玉なんだから」

 

 呆れたようにため息を吐くルナマリアへ、アマギが申し訳なさそうに眉尻を下げる。

 

「ホーク中尉、発破をかけた手前すまないが」

「分かっています、アマギ少佐。走り回る隊長のフォローが、今の私の責務ですので────それでは」

「よろしく頼む」

 

 敬礼と共に、シンの分まで食事のトレーを片付けると、ルナマリアも食堂を後にしていく。

 

 残されたのは、一仕事終えたとでも言わんばかりに妙な達成感を顔へ湛えた────むさ苦しい二人の軍人だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アマノ総括!」

 

 キラたちとの通信を終え、諸々の相談をしながら通路を歩くタケルとタリアの背後から、急いた声が投げられた。

 

「──シン?」

 

 こちらへ駆けて来る見知った顔を認める。

 

 声音には疑問符を浮かべながら、タケルの表情には不思議なほど驚きがなかった。

 

「あのお願……ご相談が──」

「ん、はいコレ」

「俺……えっ?」

 

 決心して切り出そうとするシンの機先を制し、タケルは手にしていた紙の束を差し出した。

 

「なん、ですか……この紙の束?」

「プラントで調べてもらった、あの女の子のパーソナルデータ」

「パーソナルデータって……」

「どうせ『放っておけない』とか言うつもりだったんだろう? まぁ、気持ちは僕も似たり寄ったりではあるけど」

 

 組織の上役としては、褒められたものではない。

 

 声音に僅かに滲んだ自戒を察しながら、シンは渡された資料へ目を落とした。

 

 ナッシェ・ハーミット。

 

 そこに、初めて少女の名前を知る。

 

「正規の流れで行くなら、彼女はこのままプラントの孤児施設送りだ。我が子以外には決して懐深くないだろう、コーディネイター社会のね」

「プラントの孤児施設、ですか……」

「まぁ、昨今はラクスのお陰で少し違うかもしれないけど。でも、根付いた思想はトップが変わったからって簡単に消えるものでもない」

 

 だからこそ今になっても、ナチュラルとコーディネイターの確執は消えない。

 

 世界には今なお、その根深い溝が横たわっている。

 

 終わらない争いが、その証左だった。

 

「どうしたいかは君に任せる。勿論、その過程で彼女の意思を聞くことは前提だが」

「決めて……良いんですか?」

「結果として必要になる手続きは、こっちでクリアしてあげる」

 

 そこでタケルの声音が僅かに低くなった。

 

「但し、決めたのなら責任はちゃんと負うことだ」

 

 決して甘くない、厳しい声音。

 

 まるで戦場へ出る前のような雰囲気に、シンは反射的に居住まいを正した。

 

 そして同時に思う。

 

 この“任せる”は────先ほどアマギたちから聞いた“合わせろ”と、きっと同じなのだ。

 

 自分ならやれると。

 自分で選び、その先まで背負えると。

 

 そう信じて、預けられた言葉。

 

 その重みを初めて自覚したような気がして、シンは僅かに身震いした。

 

 

「──はい、ありがとうございます!」

 

 

 敬礼を残し、シンは元来た道を再び駆け出していった。

 

 その背中を見送ったタケルは、隣から突き刺さる険しい視線に気づくと、僅かに肩をすくめてみせる。

 

「良いのですか? 本来ならプラントが……随分と安請け合いかと」

「打算もありますよ。今のシンにとっては、ああして背負うものが必要だっていうね」

「背負うもの、ですか?」

 

 顎に手を当て思案するタリアへ、去っていくシンの背中を見つめたまま、タケルは答え合わせをするように口を開いた。

 

「これまでは、ただ我武者羅に生きて来た。目の前のことで精一杯だったっていうのもあるだろうけど」

 

 一度言葉を切り、遠ざかっていくシンの背中を見つめる。

 

「今の僕たちは、明確な何かではなく……ゴールの定まっていない、不定の目的地へ向かっているような状態だ」

「…………」

「今のシンはきっと、『何とかしたい』──そんな気持ちだけを持て余しているんだと思う」

「だから、わかりやすい戦う為の何かを……気持ちを向けるべき何かを与えると?」

「打算としては、ですね」

 

 タケルは苦笑した。

 

「僕も放っておけないのは一緒です。それに────僕と違って、シンは背負っても潰れないでしょうから」

 

 まただ。

 

 悪癖のように滲ませる自嘲へ、タリアが更に険しさを増した視線を突き刺す。

 

「国の行く末を背負っていた貴方とは違うでしょうに」

「大小は関係ないですよ」

 

 タケルは小さく首を振った。

 

「僕は誰にも手を伸ばせなかった。伸ばされた手も、見ないようにしていた」

「…………」

「でもシンは、さっきみたいに自分から手を伸ばすことができます」

 

 それは過ちであり、後悔の記録だった。

 

 頼れと言われても頼れず。

 差し伸べられた手を、何度も振り払い続けた自分。

 

 その一方で。

 

 形振り構わず、守りたいものの為に邁進できるシン。

 

 それは単なる未熟さではない。

 

 タケルがとうに失ってしまった──あるいは、最初から持つことのできなかった強さでもあった。

 

 シンのあまりにも真っ直ぐな姿は。

 

 間違い続けてきたタケルにとって、時折目を細めたくなるほど眩しいものだった。

 

「──さて」

 

 自分で湿らせた空気を振り払うように、タケルがパンと手を打った。

 

「僕たちは、その後のことでも考えておきますか」

「差し当たっては、セルヴァにおける児童の生活環境の整備かしら?」

「そう言えば、グラディス艦長のお子さんは……コペルニクスでしたか?」

「えぇ。セルヴァと月はそう遠くありませんから、ザフトにいた頃よりは私もあの子の顔を見に行く機会が増えましたわ」

「セルヴァにも住居区画は用意してますけど……」

「世界平和監視機構、なんて武闘派な組織の拠点に我が子を置いておけるはずもなくてよ」

「あぁ、まぁ……そりゃそうですよね」

 

 となると、タリアの家庭環境はあまり参考にはできないか。

 

 タケルは一人、思案する。

 

 もし少女を引き取ることになり、身元引受人がシンとなれば、その生活拠点はセルヴァになる可能性が高い。

 

 だが、タリアの言う通りセルヴァは世界平和監視機構の本拠地だ。

 平時であろうと、多分に危険を孕む場所でもある。

 

 幼い少女を暮らさせる環境として、適切とは言い難い。

 

「まぁ……これもひとまず、話がついてから考えることかな」

 

 安請け合いした結果、早くも積み上がり始めた面倒事を前に。

 タケルは一先ず、それらを未来の自分へ押し付けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、シン!」

 

 医務室へ続く通路で、ルナマリアが戻って来たシンを見つけた。

 

「総括は、なんて?」

「あ、うん……任せるって。全部お見通しで、あの子のパーソナルデータまで用意してくれてて」

 

 言いながら、シンは通路のガラス越しに医務室を覗いた。

 

 視線の先には、ベッドの上で変わらず虚空を眺める小さな少女。

 

 知らず、資料を握る手に力が籠もった。

 

「──シン?」

 

 ルナマリアの声で我に返る。

 

「あぁ、ごめん。ルナ、これ持っててくれ」

「え、えぇ」

 

 握り締めていた少女のパーソナルデータをルナマリアへ預けると。

 

 それから一度だけ息を吐き、シンは医務室へと静かに足を踏み入れた。

 

 出来る限り音を立てず。

 刺激しないように。

 

 少女の元へ歩み寄っていく。

 

 近くでその姿を目にした瞬間、シンはまた、痛みを堪えるように表情を歪めた。

 

「(こんな幼い子が……生まれてすぐから、ずっと大変な目に遭ってきて……)」

 

 道すがら目を通した、少女のパーソナルデータ。

 

 そこに記されていたのは、この世界においてあまりにもありふれた────それ故に救いのない、世界と情勢に翻弄され続けた一家の記録だった。

 

 込み上げる怒りを押し殺す。

 

 今、それを見せるべき相手ではない。

 

 無理矢理にでも表情を和らげ、シンは静かに少女へ声をかけた。

 

「ナッシェ……ナッシェ・ハーミット、だね」

 

 心を失くした人形のようだった少女が、自分の名を呼ぶ声にピクリと反応する。

 

 ゆっくりと顔が上がる。

 

 まだ虚ろな瞳が、静かにシンを捉えた。

 

「お兄ちゃん……あの時の。何で……」

「俺、君のお父さんとお母さんのことを知ってるんだ。だから」

 

 何故、自分の名前を知っているのか。

 

 そう尋ねようとしたのだろう少女へ、シンは僅かにずるい言葉を使った。

 

 知っている。

 

 その言葉に、父と母の存在を含ませる。

 

 虚ろなまま沈み続ける彼女を、少しでもこちらへ────現実へ引き戻すために。

 

「お父さんとお母さんの……知り合い?」

 

 期待とも不安ともつかない色が、ほんの僅かに少女の瞳へ宿る。

 

 その変化を見た瞬間、シンの胸が締め付けられた。

 

 それでも。

 

 不安を与えぬよう。

 不信を抱かせぬよう。

 

 押し殺した怒りの上へ、必死に穏やかな笑みを貼り付ける。

 

「ねぇ、お父さんとお母さんは?」

 

 ──来た。

 

 核心を突く問いに、頬が引きつりそうになる。

 

 それをどうにか堪え、シンは少女の傍へ腰を落とすと、その小さな手をそっと取った。

 

 

「──残念だけど、君のお父さんとお母さんは、もう居ないんだ」

「居ない?」

「あぁ。遠くへ……ずっと遠くへ、行ってしまった」

「そっか……」

 

 

 遠くへ。

 

 そんな迂遠な表現が少女にどう伝わったのか、シンには分からない。

 

 ただ、まだ幼い彼女を前に直接的な言葉を吐くことだけは、どうしても憚られた。

 

 ナッシェは、その意味を理解したのか。

 あるいは理解できなかったのか。

 

 何の色とも判別できない声音で、ただ静かに呟きを返した。

 

 それきり、沈黙が落ちる。

 

 どうにかしたい。

 助けたい。

 

 そんな感情だけでここまで来たシンに、この状態の少女へどう話を切り出せばいいのかなど分かるはずもなかった。

 

 ただ、黙っているわけにもいかない。

 

 無理矢理貼り付けた笑みのまま、次の言葉を探して。

 

「なぁ、ナッシェ。これから……どうしたい?」

「──わからない」

 

 ようやく絞り出した言葉は、自分でも分かるほど気の利かない、あまりにも直接的な問いだった。

 

 それでも、もう止まれない。

 

「今、プラントから迎えの部隊が来ている。到着すれば、君はプラントで保護されることになる予定だ」

「──プラントは、いや」

 

 僅かに感情を帯びた拒絶へ、そうだろうな、と胸中で呟く。

 

 ナッシェは、ナチュラルとコーディネイターの確執を散々に目にし、その身で受けてきた。

 

 今さらコーディネイターの総本山へ行きたいと思うはずもない。

 

「それじゃあ、この街に残る? でも──」

「いや!」

 

 突然響いた大きな声に、シンは僅かに目を見開いた。

 

「ナッシェ……」

「いやっ! やだ、やだ! どこにも行きたくない!」

 

 今まで何一つ映していなかった瞳が、初めて大きく揺れた。

 

 それは、幼い子供が現実を拒む、あまりにも年相応な感情の発露だった。

 

 こんなのは嫌だ。

 

 認めたくない。

 

 どこにも行きたくない。

 

 本来ならば“大人を困らせるわがまま”と呼ばれるだけのもの。

 

 けれど今のナッシェにとっては────壊れかけた心が、ようやく上げることのできた悲鳴だった。

 

「お父さん! お母さん!」

 

 助けを求めるように両親を呼ぶ声が、シンの胸へ深く突き刺さる。

 

 何で。

 

 どうして。

 

 何もかもを奪われたばかりなのに。

 

 無遠慮な言葉を重ね、次から次へと知らない未来を突き付けてくる目の前の男へ、ナッシェは小さな腕を振り上げた。

 

 その姿を目の当たりにして、ようやくシンは気づく。

 

 ──違った。

 

 自分は何をやっている。

 

 この子の言葉を聞こうとして。

 この子の意思を尊重しようとして。

 

 その実、自分はただ事務的に「これから」を並べ立てていただけではないか。

 

 少女の心など、何一つ見ないまま。

 

 

 “彼女の意思を聞くことは前提だが”

 

 

 直前に言われたタケルの言葉へ気を取られ、その言葉の意味ばかりを追って。

 一番大切な、今のナッシェ自身を見ることができていなかった。

 

 己の無神経さを、シンは心底から呪った。

 

 

「っ、ナッシェ!」

 

 

 振り下ろされた小さな腕を躱し、そのまま暴れる少女の身体を胸元へ抱き込む。

 

「いやっ! 離して!」

「ごめん……!」

 

 身じろぎし、逃れようとする小さな身体。

 

 それを傷つけないように。

 けれど、もう独りにはさせないように。

 

 シンはそっと腕へ力を込めた。

 

 

「ごめんな……そうだよな」

 

 

 胸元で暴れる少女へ、言い聞かせるように。

 

 あるいは────遠い昔の自分自身へ言うように。

 

 

「──こんな現実、嫌だよな」

 

 

 まずは、この現実を一緒に受け止めなければならなかった。

 

 どうすればいいかなんて、その後だ。

 

 “同じ経験”を持つ。他ならぬ自分だからこそ。

 

「一人になるのは……辛いよな」

 

 自分を呼ぶ者がいなくなる悲しさ。

 自分を知る者がいなくなる寂しさ。

 

 昨日まで当たり前だったものが、次の日には何一つ残っていない恐ろしさ。

 

 シンは知っている。

 

 あの日。

 炎に包まれたオーブで。

 自分だけが世界から取り残されたように感じた、あの感覚を。

 

「…………」

 

 いつしか、胸元で暴れていた少女の力が少しずつ弱くなっていた。

 

 それに気づいても、シンは腕を解かなかった。

 

 ただ静かに抱いたまま。

 一つだけ──ずっと胸の内にあった言葉を、恐る恐る口にする。

 

 

「なぁ、ナッシェ……俺じゃ、ダメかな?」

 

 

 少女の抵抗が、止まった。

 

 

「君のお父さんとお母さんの代わりにはなれない」

 

 

 それだけは、決して違えてはいけないだろう。

 

 失ったものは戻らない。

 

 自分がその穴を埋められるなどと、そんな傲慢なことを言うつもりもなかった。

 

 

「でも────君の家族になることなら、俺にもできるから」

 

 

 今の少女に必要なのは、これからを生きる道ではない。

 

 そんなものは、今すぐ決めなくてもいい。

 

 正しい場所も。

 正しい選択も。

 理路整然とした未来も。

 

 今は、そんなものより。

 

 ただ温かな声で、自分の名を呼んでくれる誰か。

 

 一人ではないと────そう思わせてくれる誰かが。

 

 それが、きっと必要なのだ。

 

 

「君が良ければで良いんだ」

 

 

 シンは少しだけ、抱く腕の力を緩めた。

 

 逃げたいのなら。

 拒むのなら。

 

 最後はナッシェ自身が選べるように。

 

「でも……俺も、一人だから」

 

 口にして。

 

 初めて、それが自分自身の願いでもあったことに気づいた。

 

 エゴだとは分かっている。

 捨て置けない自分の身勝手だとも分かっている。

 

 自分はこの少女に、あの日の自分を見ている。

 生き残っていたかもしれない妹を見ている。

 

 それでも────。

 

 

「ナッシェ」

 

 

 胸の中の少女を呼んだ。

 

 

「俺と────家族になってくれないか」

 

 “俺にとって君は、あの日の忘れ形見だから”

 

 

 

 

 

 少女はその日。

 

 散々に喚いて。

 

 泣いて。

 

 父を呼び、母を呼び。

 

 それでも最後には、シンの腕の中で。

 

 

 

 ようやく穏やかな、寝息を立てるのだった。

 




アマギさんは世話焼きで後輩の面倒とかよく見てて婚期を逃してるイメージ。
ババさんは割としっかり、人知れずその辺のレールは乗りきってるイメージ。

オリジナルなキャラに展開で遅々として進んでないですけど、次回からまた動いていきます。
どうぞお楽しみに

劇場版で活躍して欲しい子アンケート

  • 忠犬主人公シン
  • お兄様至上主義サヤ
  • ザ・お姉ちゃんルナマリア
  • オーブ三羽烏
  • エクステンデッド組
  • ユリス&レイ
  • 一応主人公タケル
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