機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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予定通り更新。
どうぞお楽しみください。


PHASE-7 見えざる敵意

 

 

 

「なるほどね…………つまり、綺麗な二国間の板挟みになった、と」

 

 

 帰還早々にナタルと共に呼び出されたタケルは、フレイの執務室で一通りの状況を聞かされ、大きく息を吐きながらその事実を言葉にした。

 その隣ではナタルも同様に難しい顔をしており、状況の複雑さを物語っている。

 

 ファウンデーション。

 ユーラシア連邦。

 

 それぞれの立場がもたらす理が今、コンパスの理念を揺るがそうとしていた。

 

「確かに、難しい状況だな。政治的には何が正解とも言い切れない」

「そうでしょ? 先だって会議は開いたけど、結論は出なかったわ……皆、この状況で指針を出すのに及び腰だもの」

「まぁ、仕方ないよね。誰だって、それで責任を被りたくはないし」

「情けないな…………何のための文官なのやら」

「そうは言ってもだよ、ナタル。剛毅果断で生きていけるのなんて、今のオーブとカガリくらいなものだ」

 

 容赦なく切って捨てるナタルに、タケルは困ったように笑う。

 

 正論ではある。

 だが、正しいと分かっていることを躊躇なく実行出来る人間など、実際にはそう多くない。

 

「私達はそうも言ってられないのよ。だから魔法使いの貴方の意見を聞きたいの」

「魔法使いって、あの時のは例え話で……そんなことを言うなら君だって、商人の処世術はどうしたのさ?」

「軍部が絡むから商いの対象外よ。どれだけ処世術を身に着けても、鉄火場ではそんなもの役に立たないわ」

「えぇ、ずるいなぁ……」

 

 まるで当然のように言い切ったフレイへ、タケルは苦笑を返した。

 

 言葉巧みに意見を出せと押し付けてくる辺りは、流石と言うべきか。

 

 もっとも、彼女も本気で全てを丸投げするつもりなどないのだろう。

 自分なりに考え、既に会議まで開いた。それでも答えが出なかったからこそ、少しでも違う視点を欲している。

 

 それが分かるだけに、無下にも出来ない。

 タケルは机上へ表示された資料へ、改めて視線を落とした。

 

「なんでも良いわ。何か活路はないかしら……」

「うーん、活路……じゃないんだけど、引っ掛かってることはある」

「引っ掛かってること? 別に、この資料に不自然な点はないと思うけど」

 

 フレイが怪訝そうに首を傾げる。

 

 一方のタケルは答えず、資料に並ぶ文字を目で追い続けた。

 

 気になったのは内容ではない。

 そこへ至るまでの経緯。

 

 胸中に浮かんだ小さな違和感を一つずつ掘り下げ、意味を繋いでいく。

 

 幾ばくかの沈黙を経て。

 やがて考えの整理がついたのか、タケルは静かに口を開いた。

 

「うん、やっぱり引っ掛かる」

「どこがよ?」

「何故ファウンデーションは、この提案書をユーラシアへ投げたんだ?」

「何故って……だって、ユーラシアは当事者でしょ。当たり前じゃないかしら?」

 

 ブルーコスモスの潜伏地域がユーラシア連邦領内にある、と提示されたのが今回の発端である。

 フレイは、何を言ってるのだと言わんばかりにタケルへと返した。

 

「そこは間違いない。でも考えてみてよ────今の世界で治安維持を担っているのは、僕達コンパスだ」

 

 フレイの表情から、僅かに訝しさが消える。

 答え合わせをする様にタケルは続けていく。

 

 

「世界的に、各国家群は軍縮を進め、代わりにコンパスへ軍事力の一部を拠出した。そうして世界警察として、僕達コンパスが設立された」

 

 

 二度の大戦を経て、世界は疲弊していた。

 戦争によって傷付いた国々にとって、維持するだけでも莫大な国費を必要とする軍事力は大きな負担となる。

 

 その一部をコンパスへと集約。

 世界全体の治安維持を一つの国際機関へ委ねることで、各国は防衛費を圧縮し、その分を復興へ回す。

 

 平和維持と経済復興。

 その双方を両立させるために構築された仕組みである。

 

「つまり世界的にはもう、治安維持案件はコンパスへ、という認識が出来上がっている。ユーラシアに投げようが、最終的に対応するのがコンパスになることくらい自明の理だ。こんなことは誰にだって予想出来る。それこそ、国を任される執政の人間であれば尚更ね」

「そう、ね……」

 

 フレイは小さく呟いた。

 先程まで見ていた提案書へ、改めて視線を向ける。

 

「確かにそうだわ。目の前の状況だけに囚われて、事の起こりにまで頭が回らなかった」

「タケル。それならファウンデーションには、敢えて先にユーラシアへ投げる意味があった、と?」

 

 ナタルの問いに、タケルは僅かに頷いた。

 

「それが今のアルスター総裁の現状……なんだと思う」

「フレイの現状って……アマノ総括、まさかファウンデーションがフレイを困らせたかったからなんて」

 

 横から口を挟んだサイに、フレイが僅かに目を細める。

 

 そして数秒。

 タケルが何を意味しているのか理解すると、その表情が一変した。

 

「違うわサイ……私の現状。つまりは、この板挟みそのものってことね」

「うん、多分ね……」

 

 一度その前提へ立ってみれば、先程まで別々に見えていた事柄が、少しずつ一本に繋がっていく。

 

「ブルーコスモス関連は治安維持における最優先事項。確定的にコンパス案件だわ。でも初めからコンパスに投げたところで、『情報提供に感謝します』でおしまい。彼等を作戦へ参加させる意味も、意義も、私達にはない」

「でも、一度ユーラシアを挟むと状況は変わる。本来なら感謝で終わるだけの話に、ユーラシアとファウンデーションの政治的背景が加わる」

「結果、ファウンデーションを締め出せば────今度は向こうが『コンパスはユーラシアとの政治的事情を優先した』って大義名分を得る。私達を糾弾するためのね」

「なるほど……」

 

 サイが感心半分、呆れ半分といった様子で息を漏らした。

 

 単なる情報提供では終わらせない。

 ユーラシアとの対立関係そのものを利用して、自らを無視出来ない立場へ押し上げる。

 

 そう考えれば、一手余計に見えた経路にも意味が生まれる。

 

「狙いは、この圧力で作戦への参加を果たし……コンパスの目的である国際的治安維持へ貢献したという、事実上の実績を得ること。その先で、コンパス参加国となることね」

「うん、そうすればユーラシアとも対等の立場を得られるってわけだ。なかなかどうして……強かだよ」

 

 タケルは感心するように資料を眺めた。

 

 やり方こそ遠回りだが、そこに違法性があるわけではない。

 むしろ自国の立場を引き上げるための外交戦略として見るなら、実に巧妙だ。

 

 

「はぁ……ミリスの嫌がらせかと思ったら、仕掛けたのはファウンデーションってわけ? 結局のところ、してやられたわ」

 

 

 今度こそ心底疲れたように、フレイは椅子の背へ身体を預けた。

 ミリスへ向けていた苛立ちの何割かは、どうやら矛先を変える必要があるらしい。

 

 敵の敵は…………また敵であったのだ。

 

 

「だが、ならばどうするんだ?」

 

 

 それまで黙って話を聞いていたナタルが、現実的な問いを投げる。

 

「状況をさらに深く紐解いたところで、結局のところ、どうすれば良いのかは見えてきていないだろう?」

「そこよねぇ……むしろアマノ総括のせいで、さらに悩みの種が増えただけだし」

「心外だね。僕は意見が欲しいと言われたから述べただけなのに……」

「なんで助けを求めてるのに、窮地に追い込んでくるのよ」

 

 恨めしそうな視線を向けられ、タケルは肩を竦めた。

 

 とはいえ。

 敵意とまで呼べるものではないにせよ、決して友好的には捉えられない。

 そんなファウンデーション側の狙いが見えた意味は、小さくはなかった。

 

「それこそ、こうしてユーラシアとファウンデーションの利害が見えてきた以上、今度こそ商人の処世術の出番じゃない?」

「またそれ? それで何も思い浮かんでこなかったから、こうして貴方にも来てもらって────」

 

 ふと。

 

 言葉の途中で、フレイの動きが止まった。

 

「……?」

 

 何事かと、タケル達の視線が彼女へ集まる。

 

 フレイは顎へ手を添えたまま、虚空の一点を見つめていた。

 

 先程までとは違う。

 困り果てて答えを探している顔ではない。

 

 一つの考えを拾い上げ。

 それが本当に形になるのか、頭の中で素早く組み立て直している顔だ。

 

「フレイ……どうしたの?」

 

 サイに声を掛けられ、ようやくフレイは顔を上げた。

 

 険しさは残っている。

 

 しかしその口元には、それまで無かった僅かな軽さが浮かんでいた。

 

 

「う~ん……ちょっと思いついちゃったかも?」

 

 

 その声音に、タケルは嫌な予感か、それとも期待か。

 どちらとも判別し難い感覚を覚えた。

 

 少なくとも一つ。

 フレイ・アルスターの脳裏に、会心の一手が過った。

 

 そんな予感を、タケル達に抱かせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーブ首長国連邦。

 

 オノゴロ島、モルゲンレーテ本社。

 

 

 

「よーし、ここまでだ! 今日の訓練は終了、解散!」

 

 

 威勢の良い掛け声と共に、それまで室内を満たしていた喧騒が終わりを告げる。

 

 並んでいた筐体から次々とパイロット達が降り。

 つい先程まで響いていた模擬戦闘の電子音も、徐々に静かなものへ変わっていった。

 

 大きな訓練室に所狭しと並ぶ筐体。

 それは嘗てタケル・アマノ国防三佐が開発した、MS操縦訓練用のシミュレーターである。

 

 現在ではオーブ国防軍に所属するMSパイロット全員へ、このシミュレーターを使用した訓練が正式なカリキュラムとして組み込まれている。

 

 そして、そんな国防軍の訓練を指揮するのがこの男。

 嘗て地球連合において、教官職へ就く予定でもあったムウ・ラ・フラガ。現在はオーブ国防軍で中佐である。

 

 

「中佐、お疲れ様です」

「おぉ、ありがとよ……というか、悪いなジュリ。軍の訓練に付き合わせちまって」

 

 

 差し出された飲み物を受け取りながら、ムウは隣へ立つジュリ・ウー・ニェンへ申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 本来、彼女はモルゲンレーテ所属のテストパイロット。

 

 先の大戦では戦火の中に名を馳せた一人とはいえ、平時に国防軍の訓練へ参加する義務などないはずの人間である。

 

「いえいえ。有事の際には私も指揮権を預けられますので……皆さんの訓練に参加するべきだとは思っていますから」

 

 何でもないと言う様に、ジュリははにかんで見せる。

 

 後方支援を主戦場とする彼女は、オーブ三羽烏の中で唯一、正式に国防軍の指揮系統へと組み込まれている。

 有事の際は、その国防軍の指揮権を与えられる人間なのだ。

 故に、臨時任官される時の階級も、アサギ達が中尉なのに対して彼女だけ大尉に割り当てられている。

 

「そう言ってくれると気は楽になるがね。アサギやマユラと一緒で、仕事もあるんだろ?」

「その点はシモンズ局長が取り計らってくれていますので。それに、訓練へ参加するのは国防軍の皆さんから意見を得るためでもありますから」

「まぁ、ウチはパイロットへの要求が高いからなぁ……誰かさんのせいで」

 

 しみじみと呟くムウ。

 

 いや、いっそ呪詛を吐いたと言っても良いのかもしれない。

 

 どこかの誰かさんが残していった遺物。

 それは嘗てテストパイロットとして研鑽を積んでいた、彼女達オーブ三羽烏の成長データの事だ。

 

 最初期のM1アストレイに乗っていた時代から。

 

 M2アストレイ。

 カゼキリ。

 そして、それぞれの能力に合わせたカゼキリ発展特化機。

 

 訓練による能力の変化。

 機体を乗り換えたことで生じた適応。

 得意分野と不得意分野。

 

 彼女達が積み上げてきた過程の一つ一つを、可視化して残した緻密な記録だった。

 

 何より重要なのは、彼女達がナチュラルであったこと。

 そして最初期から、突出した才能を見せていたわけではないことだ。

 

 正しく訓練を積み重ねれば、人はここまで到達出来る。

 

 彼女達自身が、その実証例となったのである。

 

 そのデータは国防軍全体へ共有され。

 結果として現在のオーブ国防軍は、日夜彼女達と同じ高みを目指し、訓練へ明け暮れることとなった。

 

「なかなか酷だと思うんだがね、俺は────みんながみんな、嬢ちゃん達と同じレベルになれって言うのはさ」

「あ、あはは……そんなこと無いと思いますけど」

「馬鹿言っちゃいけねえよ。嬢ちゃん達は自分を過小評価しすぎだ」

 

 苦笑するジュリへ、ムウは呆れたように片眉を上げる。

 

「アスハ代表と一緒で四人だったとはいえ、あいつと渡り合った実績があるんだぞ? 下手すりゃ俺より上だね」

「買い被りすぎですよ。

 あの決戦の時…………私達は徹底してアマノ教官の対策をしていたんです。しかも三人で。それでようやく、だったんですから」

「謙虚だねぇ……」

 

 本人としては本気でそう思っているのだろう。

 だからこそ余計に始末が悪い。

 

 ジュリ達三人は、自分達がどこまで成長したのかをいまいち正しく理解していない節がある。

 目標として追い続けた背中が、あまりに遠かったせいなのかもしれない。

 

「そういや、ジュリはこうして訓練に参加してくれてるけどよ。アサギとマユラは何してるんだ?」

「二人は一緒に、テストパイロットとして変わらず仕事をしていますよ。今は機体の限界機動時における負荷と摩耗のテストとか」

「相変わらず忙しそうだな」

「アサギちゃんがパイロットをやって、マユラちゃんがデータ採取って感じです」

 

 話しながら、ジュリは手にしていた飲料へ一口だけ口をつける。

 それから少し考えるように視線を落とした。

 

「ふぅん……そういう部分も、なんて言うか。タケルの仕事を引き継いだっていうのか?」

「えっ、あっ、まぁ……そう、ですかね?」

 

 一瞬だけ。

 ジュリの声音が柔らかくなった。

 

 

「やっぱり、私達にとって尊敬する教官ですし……目標ですから」

 

 

 今はもう、オーブには居ない。

 

 それでも。

 彼女達にとって、その事実が何かを変えるわけではなかった。

 

 尊敬し。

 追い掛けて。

 教えられ。

 

 そして今度は、自分達が受け継ぐ。

 

 自分達の出来ることで。

 自分達なりのやり方で。

 

 彼が守ろうとしたオーブを、今度は自分達が守っていく。

 

 普段は物静かなジュリから滲む確かな意志に、ムウは何とはなしに安心感を覚えた。

 

「なんともまぁ、心強いねぇ……」

「何言ってるんですか、中佐」

 

 しみじみと漏らしたムウへ、ジュリは僅かに笑った。

 

「オーブ(ここ)にいる以上、中佐にも一緒に頑張ってもらうんですよ」

「おいおい。そこは若い連中だけで頑張ってくれよ」

「いいえ、駄目です」

「あらら、即答かい……」

 

 逃がすつもりなど毛頭ないらしい。

 困ったように頭を掻きながらも、ムウの口元には小さな笑みが浮かんでいた。

 

 タケルが居なくなったからといって、オーブから何かが失われたわけではない。

 

 残されたものを受け取り。

 それを自分達なりに育てていく者達がいる。

 

 ならば、まだしばらく。

 

 

 自分もこの若い連中に付き合ってやるのも、悪くはないだろう。

 今ここですべきことが、己が贖罪の形で良いのだろう。

 

 

 そんな思いが、ムウの胸にも過った。

 

 

 

 

 

「まったく……楽隠居にはまだ遠そうだな」

 

 

 

 

 ぼやく声音とは裏腹に。

 

 ムウ・ラ・フラガの表情は、どこか楽しげなものであった。

 

 

 




次回からまた話が進んでいく感じ。
ちょっと更新ペース上がっていきます(多分)

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