作者が嬉しくなるやつ
作戦に伴う十分な戦力を確保するため、コンパスは出動中だったミレニアムを一度セルヴァへ帰還させた。
待機中だったMS部隊をフォルトゥナとミレニアムへ分乗。
補給。整備。人員の再配置。
オルドリンから帰還したばかりであるにも関わらず、慌ただしく次の出撃準備を進めることとなった。
そうして必要な準備を終えたコンパス部隊はセルヴァを出立。
現在、二隻の戦艦は、ファウンデーションへ降下するための月軌道を目指して航行していた。
ミレニアム艦内。
「んっ、くぁ~……ちょっと疲れてるかなぁ」
「タケル、あまり気の抜いた姿を見せるな。どこに人目があるかも分からない。もう少し立場というものを──」
「そんな、こんなことで何を気にする必要あるの? 大体、僕の威厳なんてあってないようなものだよ」
「開き直るんじゃない」
通路を歩きながら、大きく両腕を伸ばすタケル。
そんな彼の姿に、隣を歩くナタルがすかさず苦言を呈した。
地球では妹がまったく同じようなやり取りをキサカとしていたなどとは、当然タケルの知る由もない。
やはりこの兄妹。
妙なところまで、よく似ているらしい。
「それにしても……忙しいね」
「アルスターは毎日のように頭を悩ませているからな」
「あはは。やっぱり巻き込んだ身としては、ちょっと心苦しいね」
「要らぬ心配だ。隣にはアーガイルもいるし、カガリやラクスも随分と助けてくれているからな」
「まぁ、そうじゃなきゃ二つ返事で今回の出征だって出来ないもんね」
国際的治安維持機関──コンパス。
それがこの組織の起こりであり。
課せられた使命は、世界そのものを背負っていると言っても過言ではない大任である。
その総裁という立場へ、半ば巻き込むように据えてしまった友人。
そんなフレイを思えば、出来る限りの助力は惜しまない。
それがカガリとラクス、二人に共通する気持ちなのだろう。
今回の提案にしても、連絡を入れた直後には各々が自国で閣議を開き。
早々に出征のための手続きを終え、こうして現地へ向かってくれている。
むしろコンパスが一番遅れる事態となったことの方が、タケルにとっては想定外だった。
「アルスターよりも……タケル、私は君の方が心配だ」
「ん、僕の?」
不意に声の調子を変えたナタルへ、タケルが目を瞬かせる。
そうして歩いている内に、二人は艦内で宛がわれた私室の前へ辿り着いた。
「うーん、疲れているとは言ったけど、そこまで表に出ているかな?」
「そうじゃない」
2人揃って部屋へと入り────ナタルは備え付けられたベッドの端へ腰を下ろした。
そして自分の隣へ、一度視線を落とす。
こちらへ来い。
言葉にせずとも、それだけで意図は分かる。
「う、うん?」
首を傾げながらも、タケルは素直に従った。
肩が触れるほどの距離に腰を下ろす。
──が。
「そうじゃない」
「えっ──わっ!?」
ぴしゃりと同じ言葉をもう一度投げられ。
次の瞬間には肩を掴まれ、ぐいと身体を引き倒された。
女性とはいえ軍人として鍛えてはいるナタルである。
完全に油断していたタケルでは抵抗する間もなく、その身体がベッドへ横たわった。
「え、っとぉ……」
柔らかな感触が、後頭部を包み込む。
少し視線を上げれば。真上には、いつになく険しい顔をしたナタルがいた。
「どうしたの……ナタル?」
答える代わりに。
ナタルは慈しむような手付きで、タケルの髪へ指を通した。
「もう分かるんだぞ。君がまた何かを……自分の中だけに抱え込んでいる時くらいは」
「そんなこと……」
否定し掛けて、タケルは僅かに視線を逸らした。
「……確かに、無くはないかも」
「全く。自覚もないのだから困り者だ」
「あはは……ごめん。目の前のことに集中しちゃうと、ついね」
「聞かせてくれ、ちゃんと」
優しく髪を撫でる手とは対照的に、ナタルの声は真剣だった。
「私も、サヤも、メイリンも……君がまた壊れてしまわないかと怖いのだから」
「…………うん」
心配、ではない────怖い。
一段引き上げられた不安を見せる単語に、タケルの表情から、無意識の緊張が抜ける。
「ごめん……ありがと」
しばらく。
切り出そうと言葉を探すタケルの────髪を撫でる音だけが、小さな室内を満たしていた。
「今の心配なんだけどね。まず──」
「まず?」
ナタルの手が止まった。
「一つじゃ、ないのか?」
「あっ、うんまぁ……そうだけど」
早いうちに気付けた────ナタルとしては、そのつもりであった。
だがどうやら、そうではなかったらしい。
開幕から想定外の返答を食らい、ナタルは深々とため息を吐いた。
普段は副官として側にいるメイリン。
出撃すれば、同じ部隊員として目を光らせているサヤ。
そして何か異変があれば、こうしてナタルが直接問い詰める。
三人体制で監視していたというのに、この男。
いつの間にか悩みの種を複数抱え込んでいたらしい。
「わかった。それじゃあその一つ目からだ」
──警戒網を引き上げる必要がある。
後ほど二人を集めて、緊急会議を開かねばならない。
ナタルは密かに決意した。
「あの、ナタル……心配してくれるのは嬉しいけど、これについてはもう決まっているというかね」
「決まっている?」
「何をすべきなのかは分かってるんだ────SEEDについてだから」
その単語に、ナタルの表情が僅かに強張った。
「この間の戦闘でね。いつの間にか、負担度外視の深いところまで無意識に入っちゃっててさ。
振り返ってみれば最近、あの状態へ入ること自体に難しさが無くなってきてる気がしてるんだよね」
「どういう、ことだ?」
「その…………境界が無くなってきているのかなって」
タケル自身にも、まだ上手く言葉へ出来ない。
少し考えながら、自分の感覚を一つずつ拾っていく。
「考えてみたら、反動や疲労感も少しずつ軽くなってる気がするし」
「──体調に変化は?」
即座に返された問い。
撫でていた手まで止まり、ナタルがタケルの顔を覗き込む。
「本当に、その境界が薄れているだけなのか?」
「これと言って、思い当たる自覚症状は無くてね……だから今度、マルキオ様を訪ねてみようとは思ってたんだ。ちょっと今は忙しいけど、落ち着いたらね」
「なるほど。それで、もう決まっていると……」
「うん。だからこれについては抱えてはいたけど、まだ何も言えることが無かったし。どうすれば良いかも分かってたから……あと、気付いたのもつい先日だしね」
取り越し苦労が一つ消え、ナタルはようやく小さく息を吐いた。
少なくとも本人も異常だとは認識している。
そして確認する相手まで、既に決めている。
ならば今は、それ以上責める必要もないだろう。
「では、もう一つは何だ?」
「うん……今回のファウンデーション視察の件でね」
「というと、やはり何かあるのか?」
「うん、多分」
一度、タケルの視線が宙を彷徨う。
何かを探すような思考の渦から数秒。
「──まだ、ユリスからの報告が上がってこないんだ」
先程まで少し和らいでいたナタルの表情が、再び険しいものへ戻った。
その意味を説明するように、タケルは言葉を続けていく。
「ユリスは徹底して人間兵器として扱われてきた。大西洋連邦所属だった頃は、それこそ何でもやらされてきている。
単純な戦闘だけじゃない。諜報、工作……何でもね。あいつには、その能力がある」
「そんな彼女が諜報活動へ入って……まだ何も上げてこない。それ自体が異常だと」
「──うん」
タケルはゆっくり頷いた。
「普通じゃない何かが、必ずあると思ってる。
あの国が異常なほど発展してきた理由は、デスティニープランだけとは限らない……というより、それ以外にも何かがあるんじゃないかって」
「だが、連絡が遅れているだけの可能性だって──」
静かに、タケルは首を振った。
「それも含めて、だよ。
あいつが期限を過ぎても連絡を寄越さなかった。連絡出来ないのか。あえて連絡してこないのか。それとも、まだ何かを探っている途中なのか。理由は分からない」
だからこそ。
「でも、ユリスほどの人間が決めた期限を過ぎても報告してこない──その事実そのものが、向こうに何かあることの証左になる」
ナタルは閉口してしまう。
タケルの不安が単なる取り越し苦労ではないことだけは、十分に理解出来た。
ナタル自身、彼女と初めて出会った時のことをよく覚えている。
年相応に丁寧かと思えば、タケルの存在を知り狂気に染まり。
戦う道具として扱われることに一才の感慨はなく。
まだ16という年齢でありながら、人間兵器というジャンルにおいて彼女はもう完成品として運用されていた。
無論、その能力が数多の軍事行動を重ねていく中で衰えていくことはないだろう。
「あぁもう……こんなことなら、スティング達も一緒に向かわせるんだった」
悔いるようにタケルは額へと手を当てた。
無意識に触れたナタルの手を握ると、そこに微かに力が込められる。
彼等を送っていれば、任務に滞りが生じる可能性は下げられただろう。
元大西洋連邦特殊部隊ファントムペイン所属。
スティング達もまた、工作員として十分な実績を持つ人間だ。
そして何より、ユリスへの信頼も篤い。
潜入を補佐させる人材としては、これ以上ない。
ただ、そこまで必要は無いだろうと高を括った。
その自分の甘さが、今の事態を招いたのではないか。
「こーら」
「いたっ!? な、ナタル?」
握られた手に込められた力から、ナタルはそんなタケルの胸中を察して。
タケルの額へと、不意に拳を落とした。
「悩みの種は分かった。でもとりあえず今は、これでおしまいだ」
「えっ?」
「反省も、後悔も、今は捨て置け」
きっぱりと言い切って見せる。
文句は許さないと、その声音が語っていた。
「大体、未来がどうなるかなど、誰にも知り得る術はないんだ。
どのような事態になろうと、タケルだけのせいじゃない」
「う、うん……」
「そうやって反省と後悔ばかりで、いつも自分を雁字搦めにしてしまう────悪い癖だぞ」
「ご、ごめん」
叩かれたばかりの額────そこを今度は、同じ手で優しく撫でられる。
タケルは思わず目を閉じた。
額から伝わる掌の熱。
後頭部を包む柔らかな感触。
そして僅かに鼻腔をくすぐる、彼女の匂い。
その全てが、妙に心を落ち着かせてくれた。
口に出してみれば。
自分が思っていた以上に、胸の奥へ不安を溜め込んでいたらしい。
何かが解決したわけではない。
SEEDのことも。
ユリスのことも。
ファウンデーションへの違和感も。
何一つ、答えは出ていない。
それでも。
抱えていた心配と不安の種を誰かへ預けられたことで、胸に掛かっていた重みだけは僅かに薄れていた。
「──あはは。本当にナタルには敵わないね」
「敵うと思っていたのか?」
「ううん、全然」
即答するタケルに、ようやくナタルの険しい表情にも、僅かな笑みが浮かんだ。
しばらく。
二人はそのまま、静かな時間を過ごした。
「ねぇ、ナタル」
「なんだ?」
「今夜は……こうして一緒に居ても良い?」
一瞬だけ。
ナタルは呆れたように目を細めた。
「──全く、仕方ないな。一度崩されると甘えたがりなのも、相変わらずなんだから」
そう言いながら。
タケルの髪を撫でる手が止まることはなかった。
二人はその日。
いつもより少しだけ長い夜を過ごしたのだった。
あーもうホント、この時間がずっと続けばいいのにって感じ。
次回から物語が動き出します
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