改めて注意喚起しておきます。
これから先、原作の劇場版とはテーマとか設定とか、かなり違います。
綴られるのは運命編まで完結したこの作品の続編です。
御承知おきください。
ファウンデーション王国。
白亜の建物が連なる街並み。
鮮やかな青の屋根やドームが、その中に幾つも浮かび上がる。
古典的な王国の様式を残しながら、整然と整備された都市は、新興国とは思えぬほどの発展を見せていた。
上空をゆっくりと航行するミレニアムの側部ハッチから、一隻の小型輸送艇が離れていく。
高度を落としながら都市上空を進み、やがて王宮施設に設けられたヘリポートへと降下。
巻き上がる風を押し退けるように、輸送艇の脚が静かに地面へと着いた。
機関の唸りが徐々に静まっていく中、側面のハッチが開かれれば────コンパス総裁フレイ・アルスターを先頭に、タケル、サイを始めとした一行が姿を現した。
そんな彼らを迎えるように。発着場の先には、一人の金髪の青年が立っていた。
「──お待ちしておりました。コンパス総裁、フレイ・アルスター様」
諸手を広げ、歓迎の意を示す青年。
その姿を見れば、フレイの表情も自然と外交用の笑みを形作る。
「ファウンデーションの執政を取り仕切っております、宰相の“オルフェ・ラム・タオ”です。どうぞお見知りおきを」
「コンパス総裁、フレイ・アルスターです」
差し出された手を取り合えば、まずは友好の挨拶の出来上がりだ。
背後で響いていた輸送艇の機械音も次第に小さくなり、二人の声は後方で待機する面々にもよく届くようになっていた。
「此度は我々の申し出に格別な対応を頂けたこと、誠に感謝いたします」
「いえ。我々としても、ファウンデーションの協力を得られることには大きな意義を感じております。今回の視察と、その後の共同作戦が、世界をまた一つ平和へ近づけるものになることを期待しています」
「勿論……ご期待に沿えるよう、我々も協力を惜しみません」
穏やかな笑みを交わす二人。
ふと、フレイと相対していたオルフェの視線が、彼女の背後へと向けられた。
その意味を察して、フレイは僅かにその身を引く。
「タオ宰相。こちらがコンパス実行部隊の総括、タケル・アマノです。作戦時の部隊指揮も彼が執ります」
「初めまして、タオ宰相。タケル・アマノです」
「おぉ、貴方が! お噂は兼ねがね」
一歩前へ出たタケルへ歩み寄ると、オルフェはフレイの時と同様、その手を取った。
「貴方の来訪も、我々はお待ちしておりました。武名高き貴方の活躍……後ほどゆっくりと、我々にもお聞かせいただきたい」
「は、はぁ……時間が許す限りであれば、勿論」
歓待を示すにしても、少々熱が強い。
思いのほか距離の近いオルフェの態度にタケルは面食らった。
その背後から向けられるフレイの視線に気付き──ちゃんと笑え、とでも言われている気がして、どうにかぎこちない笑みを作る。
「さぁ、それでは皆様こちらへ」
歓迎の挨拶に区切りをつけると、オルフェは身を翻し、一行を案内するように歩き出した。
眼前に見える王宮へ続く道には、年若い男女が等間隔に居並んでいる。
一行が通るたび、揃った動作で敬礼を見せる彼らを眺めながら、同行するハイネは僅かに眉を寄せた。
「護衛の部隊か……にしちゃ随分若いな」
「そうか? ハイネだって議長の護衛だったんだし、普通な気がするけど」
「バァカ。あれはどう見たって十代だろ。お前等と変わんねえよ」
「随分と年若い……彼らはコーディネイター、ということでしょうか?」
「さぁ、どうだろうな」
プラントでは、能力を買われた若い兵士が要人警護へ抜擢されることも珍しくない。
サヤがそこからコーディネイターという可能性へ行き着いたのも、そう不自然な推測ではなかった。
だが。
彼らの姿を横目に見ながら、ハイネは曖昧に言葉を濁す。
「おいおい。色々考えるのは良いが、あんまり不躾な視線をやるなよ。お偉いさん同士は友好的にしてんだからよ」
「おっと、そうだな」
背後から飛んできたスティングの小声。
もっともな指摘に、三人は悟られぬよう視線を正面へ戻した。
一行はそのまま、オルフェの案内で王城へと通される。
荘厳な扉をくぐれば、高い天井に覆われた広大な謁見の間。
長く伸びる赤絨毯の先。
数段高く設けられた玉座で彼らを待っていたのは、その場にはあまりに似つかわしくない──幼い姿をした女性であった。
「よくぞ参られた。コンパスの諸兄等────ファウンデーション女王、アウラ・マハ・ハイバルである」
一行を見渡すアウラへ、フレイは静かに一礼する。
「拝謁の栄誉を賜り、光栄に存じます。アウラ陛下」
「うむ。我々もコンパスの対応には感謝する。
此度の作戦については再三に渡ってユーラシアへ投げ掛けていたが、一向に受け入れてもらえなんだ。おかげで漸く事が進む」
「致し方ありません。あちらは領内に様々な火種を抱えておられますから。それも、半ば我々に原因があるという事情があります。易々と我らの手を取れないのが正直なところでしょう」
「そうだな。故に、此度のコンパスからの提案は渡りに船というところだ」
アウラの表情が僅かに綻ぶ。
「知っての通り、我らはコンパスへの加盟を……国際社会における国家としての認知と、平和維持への貢献を目標としていた。
今回の件で、それが随分と進むと思うと、どうにも気が逸ってしまう」
「母上、まだ何も成してはおりません」
「むっ……そうであったな」
傍らに控えていたオルフェから窘められ、アウラは小さく咳払いを一つ。
気を取り直すように居住まいを正した。
「卿等の活躍に期待させてもらう。
本日はささやかながら歓待の席を設けさせてもらった。先に到着しておるオーブやプラントの姫君と共に、そこでゆっくりと其方等の話をきかせてくれ」
「ご厚意、痛み入ります」
再びフレイが頭を下げる。
それを見届けると、玉座の傍らに控えていたオルフェが一行の前へ進み出た。
「陛下のおっしゃられた様に、既にオーブのアスハ代表と、プラントのクライン議長も我が国へ入られております」
「改めて、遅れてしまって申し訳ありません。此度は少し部隊の準備にも時間が掛かってしまいましたので」
「いえ。提案書を出した時の想定に比べれば、ずっと早いですよ。本来であればユーラシア連邦とはもっと拗れた先で、ようやく作戦遂行となる予定でした。
こちらこそ、改めて今回のご対応には感謝を」
「謝辞の必要はありません。貴国が平和を慮る思いと、その姿勢に、我々も応えたかっただけですから」
「そう言っていただけて何よりです」
オルフェの言葉が終わるのを待っていたように、その側へ一人の女性が歩み寄った。
青い髪の凛とした女性……タケルはどこかナタルやフレイの似た気配を彼女から見て取った。
「皆さん、本日は大まかに王城内のご案内をさせていただきます。その後には歓迎の宴を。明日からは予定通り、正式な会談となります。
本日はまず我が国をご覧いただき、ゆるりと旅の疲れを癒してください」
そう告げたオルフェが、隣の女性へ手を向けた。
「皆様のご案内は、私の秘書官が務めます」
「イングリット・トラドールです。どうぞよろしくお願いいたします」
柔らかく頭を下げるイングリットへ、フレイ達も礼を返した。
そのままオルフェは幾つか細かな指示を彼女へと下すと、改めてフレイへと一礼する。
「では、私はこれで……失礼します」
オルフェはアウラの側へ戻ると、その手を取って謁見の間から退出していった。
それを見送れば、謁見の場と言う緊張感から解放され、一行の雰囲気には柔らかさが戻るのだった。
「ふぅ、とりあえず一段落かしら?」
「さてね、肩肘は張らなくても良さそうだけど……いかがですか?」
言って、タケルは案内に残ったイングリッドへと視線を向けた。
「私の前ではそのような緊張は不要かと……」
「だそうよ?」
「それなら助かるね。ウチの子達は礼儀知らずばかりだから」
タケルの言葉に顔を顰めるサヤ。隣ではシンがはぁ? とでも言いたげに口を開ける。
後ろではハイネが肩を竦めスティングと視線を交わし、アグネスは態度に出すなとシンを小突いた。
ルナマリアだけは何故か。どこか納得する様に頷いていた。
そんな光景に、イングリッドは目を丸くすると、次いで目元を細めた。
「ふふ、それでは……どうぞこちらへ」
王城内の通路を進んでいくと、やがて視界が大きく開ける。
城内に設けられた練兵場であった。
遠くから断続的に響いていた金属音が、近づくにつれて明確な形を持つ。
剣と剣。
刃が激しくぶつかり合う、鋭い剣戟の音だった。
察するに兵士達の鍛錬だろう。
そこに集っているのは、先ほどヘリポートで整列していた年若い男女達。
何組かに分かれ、互いの刃を激しく打ち合わせていた。
「あぁ、彼等は、我が国の近衛兵団です」
イングリットから説明を受け、タケルの視線が僅かに鋭くなる。
見るのは容姿ではない。
足の運び。重心の移動。剣の軌道。間合いの取り方。
一目見ただけでも、その練度が並ではないことは理解できた。
「(──すごいな。僕やサヤと良い勝負だ)」
明らかに常人離れした身体能力。
それだけではない。
互いの動きを読み、最適な一手を繰り出していく戦闘技術そのものが高い。
刃を交える二人の応酬を、タケルは興味深げに目で追った。
「はぁっ!」
ふと。
一際大きな金切り音が響く。
「っ!?」
次の瞬間。
弾き飛ばされた一振りの西洋剣──いわゆるサーベルが、勢いよく宙を舞った。
回転しながら飛来する刃。
その軌道の先にいたのは──フレイ。
「総裁!」
真っ先に反応したサイが、一歩前へ飛び出す。
懐から引き抜いた護身用の警棒が振り抜かれ、フレイへ迫った刃を横合いから叩き落とした。
甲高い音を立て、弾かれたサーベルが石床へ突き刺さる。
「総裁、ご無事ですか!」
「え、えぇ……ありがとう、サイ」
突然の事態に、イングリットの表情がみるみる青ざめていった。
「貴方達、なんてことを!」
「申し訳ありません。鍛錬に熱が入りすぎてしまい、とんだ失態を」
声を上げるイングリットのもとへ、一人の青年が急いで駆け寄ってくる。
先程まで剣を交えていた一人だ。
状況を一目で察すると、すぐさま深く頭を下げた。
「トラドール秘書官、彼は?」
「あ、はい……彼はシュラ・サーペンタイン。近衛師団ブラックナイツの団長になります。
サーペンタイン団長、こちらはコンパスのフレイ・アルスター総裁と、タケル・アマノ総括です」
紹介を受けたシュラは聞いた名前に目を見開く。
2人へと視線を向けてから改めて姿勢を正し、フレイとタケルへ頭を下げた。
「アルスター総裁、アマノ総括。此度は我々の不注意が招いたことではありますが、何卒ご容赦いただけないでしょうか」
真摯に頭を下げるシュラ。
その姿勢に張り詰めていた空気が僅かに和らぐ──が。
フレイの無事を確かめていたサイは立ち上がると、険しい視線をシュラへ向けた。
「──何をふざけたことを。命に係わる事態だぞ。おいそれと許せなんて話が──」
「良いわ、サイ。その気持ちだけで良いから」
しかし、当のフレイが片手を上げ、サイの言葉を止めた。
何故、とサイが振り返った先でフレイが浮かべているのは怒りではなかった。
どこか余裕すら感じさせる笑み。むしろ──
面白い。
そう彼女の表情は物語っている。
「アルスター総裁、それでは」
「でも、それは私だけの話────このような失態、私が許したところで、私の後ろにいる者達が黙ってはくれないわよ」
その言葉はまるで決別を示す様な声音で放たれた。
「それは困りました。我々の失態で、宰相等に迷惑を掛けたくはありません」
「アルスター総裁! 誠に申し訳ありません。彼らには厳重な処罰を与えますので、どうか──」
「それは良いわ」
必死に頭を下げるイングリットを、フレイはあっさりと制した。
「代わりに、少し確かめさせてもらって良いかしら?」
唐突な申し出。何を言い出したのかと、イングリットが目を瞬かせる。
「確かめる……でしょうか?」
「えぇ──アマノ総括」
名を呼ばれ、フレイの意図するところを察したタケルは、小さく肩を竦めながら前へ出た。
「なるほど……そういう事ね」
地面へ突き刺さっていたサーベルへ手を伸ばし、タケルはそれを手に取った。
鬼才ユウキ・アマノから叩き込まれた教えは、武芸百般に及ぶ。
徒手空拳はもちろん、刀剣、銃器、暗器に至るまで。
タケルにとって、扱えない武器というものはほとんど存在しない。
引き抜いた剣の重さを確かめるように、軽く手の中で返す。
それだけで。
借り物だったはずの一振りは、するりとタケルの手へ馴染んだ。
「外交の体裁もありますし、本来なら穏便に進めたいところですが……我々コンパスが貴国に戦力を期待する以上、このやり方もあながち間違いとは言えないでしょう」
「──なるほど」
言わんとしている事を察し、理解して。
シュラの口元が僅かに吊り上がる。
「確かめるとは即ち──我々の実力だと?」
「そういうことです」
もはやフレイとタケルの意図は明白だった。
「本来なら他国へ来て、いきなり喧嘩を吹っ掛けるような真似は出来ません。ですが──おあつらえ向きに、そちらから喧嘩を吹っ掛けてくれましたので」
「好都合であると?」
シュラの目に、先程までとは違う光が宿る。
「では、貴方に勝てれば、この件は見過ごしていただけるということですかな?」
「まさか、勝てとまでは言いませんよ」
タケルはなんてことないと言うように笑った。
「ただ、実力を見せていただければ」
まるで────自分が負ける可能性など、最初から勘定に入れていないような言葉。
それがシュラ・サーペンタインの闘志へ火を付けた。
「ふっ──願ってもない!」
勢いよくその場を飛び退き、距離を取る。
シュラは獰猛な笑みを浮かべながら、サーベルを構えた。
対するタケルも、周囲を巻き込まぬよう一行から離れ。
剣先を下げた自然体のまま、シュラと向かい合う。
「近衛師団団長──シュラ・サーペンタイン!」
「コンパス総括──タケル・アマノ」
「「勝負!!」」
ファウンデーション王城、来賓室。
割り当てられた居室の窓から望む景色に、ラクス・クラインは長旅の疲れが少しずつ解けていくのを感じていた。
白と青に彩られた清廉な街並み。
発展した都市部でありながら、そのすぐ先には青い海が広がっている。
人工物ばかりが前へ出ることもなく。
海岸線と街並みとが見事に溶け合ったその光景は、まるで最初からそう在るべくして作られたかのようであった。
「ラクス……入るよ」
不意に聞こえてきた声。
振り返れば、そこには想い人の姿。
「キラ、どうなさいましたか?」
「あちこち連れ回されてたし、疲れてるかなと思って────これ」
そう言ってキラが示したのは、両手に持った盆。
その上にはティーポットと、二人分のカップが載せられている。
ラクスの好きなものを。
ラクスが好きな時間を過ごすために。
キラなりに用意してくれた気遣いであった。
「まぁ、ありがとうございます……でも、そのようにお盆を持ってこちらに来られては、またジュール少佐に怒られるのではありませんか?」
「うっ……それは」
『そんな事は周囲の秘書官なり何なりにやらせろ! 貴様は大佐階級なんだぞ、分かっているのか!!』
烈火の如く怒鳴るイザークの姿が、嫌でも脳裏に蘇る。
キラは露骨に顔をしかめた。
「ほ、ほら……バレてないから」
「ふふ、そうですわね」
二人揃って小さく笑い、部屋に設けられたテーブルへ腰を下ろす。
ラクスと共に過ごす時間が増えたことで、キラもこうした準備には随分慣れたものだった。
茶葉を蒸らし。
温めたカップへ、香り高い紅茶が注がれていく。
「──良い香りですね。ありがとう、キラ」
「うん、どういたしまして」
満足そうなラクスの顔を見て、キラも小さく笑う。
「あ、そうだ。ついさっき、フレイ達もこっちに到着したって」
「そうですか。ではせっかくですから、カガリさんと一緒にご挨拶へ伺いましょうか」
「うん。僕も久しぶりにフレイやサイに会いたいし……って、あれ?」
何気なく窓の外へ目を向けたキラが、不意に首を傾げる。
「キラ?」
「あ、うん、ごめん……ただ、あそこにいるの……確か近衛師団って言われてた人達だよね」
「ブラックナイツ、でしたか……それがどうしたのですか?」
「なんか……僕たちがよく知ってる顔もいるような」
誘われるようにラクスも窓辺へ目を向けた。
眼下。
先程までは静かだった練兵場の一角に、人だかりが出来ている。
そしてその中心には。
二人にも見覚えのある姿が立っていた。
──勝負!
先に踏み込んだのは、戦意も高々なシュラの方だった。
右脇へ構えたサーベルを、踏み込みと同時に横薙ぎへ振るう。
鋭い風切り音。
対するタケルは膝を抜くように身を沈め、迫る刃の下へ潜り込んだ。
一気に懐へ肉薄。
選んだ攻め手は、手にしたサーベルではない。
空いた左手から放たれる、至近距離の正拳。
「っ!」
シュラは上体を捻ってそれを受け流し、その勢いのまま後方へ跳んだ。
「(迷わず踏み込んできたな────思い切りが良い!)」
「(臆せず懐に来るとは────面白い!)」
距離が開く────が、後退したシュラが態勢を整えるより早く、今度はタケルが地面を蹴った。
「はっ!」
繰り出されたのは、最速最短を走る鋭い刺突。
「甘い!」
シュラは切っ先を合わせるように剣を滑らせ、突きの軌道を逸らす。
そこから即座に切り返し。
反応したタケルがそれをサーベルで受け止めるが、一撃では終わらない。
二撃。
三撃。
息つく間もなく繰り出される剣閃を、タケルは一つずつ確実に捌いていった。
「(──凄いな)」
剣を交えながら。タケルは内心で素直な驚嘆を覚えていた。
自身が世界最強などと自負するつもりはない。だが、タケル・アマノの肉体は、紛れもなく人類史上でも最高峰のコーディネートを受けている。
そこへ重ねられた、ユウキ・アマノという稀代の才能から受け継いだ技術。
幼い頃から続いた苛烈な英才教育は、間違いなくタケルの戦闘能力を世界最高水準へ押し上げているはずだった。
その自分へ……目の前の青年は、真正面から食らいついてくる。
「(身体能力だけなら、僕やユリスとほぼ互角……幸い、戦闘技術ならまだ僕が上回るが)」
油断すれば、即座に足元を掬われる。
そう判断した瞬間──タケルの動きから僅かな余裕が消えた。
振り下ろされた刃を受け止め。そのまま刃と刃を滑らせるようにして、前へ踏み込む。
「っ!?」
それまで攻勢に出ていたシュラの表情が変わる。
突然、一気に縮められた間合い。
懐へ潜り込まれれば、長さを持つ剣はむしろ邪魔になる。
「させるか!」
だがシュラも即座に判断した。
振るえぬならば、刃である必要はない。
サーベルの柄──手元を守るガードを利用し、懐へ飛び込んだタケルの側頭部目掛けて振り下ろす。
「甘いよ」
だが。それすらもタケルの想定内。
刃でないのなら、躊躇する理由もない。
空いた手が無造作に伸び。振り下ろされたシュラの腕を、横から弾き飛ばした。
「くっ、しまっ──」
体勢が崩れる。
シュラの胸元が無防備に晒された。
固唾を呑んで見守っていた周囲の誰もが。
その一瞬。決着を予感した。
──だが。
「なっ!?」
突き付けられるはずだった刃が。
シュラの身体を捉える寸前で、空を切った。
「(なんだ、今のは!?)」
タケルが目を見開く。
シュラは放たれたサーベルの刃の腹へ、素手の掌を添え。
ただそれだけで、軌道を僅かに外側へ逸らしていた。
普通ならば。反応する暇など無いはずの一撃。
まして、体勢を崩された直後である。
それを──見てから捌いた。
「ッ!?」
ぞくり、と背中を走った悪寒に従い、タケルが咄嗟に首を傾ける。
次の瞬間には、切り返された剣先が頬のすぐ脇を駆け抜けた。
避けた────そう判断する暇すら与えられず。
今度は蹴撃が脇腹へ迫る。
「このっ!?」
身体を引いて躱す。
だが、逃れた先へ剣が追う。
剣を受ければ拳が。
拳を避ければ、次には蹴りが飛んでくる。
まるで防がれることも、避けられることも。
その全てを最初から織り込んでいるかのような、異常な反応速度。
「(これ、は……)」
その動きには。
タケルにも、覚えがあった。
「はぁっ!!」
記憶の中の答えを掴むより先、シュラの刃の方が速かった。
連撃に押され、一歩。
僅かにたたらを踏んだタケル。
その一瞬の隙を、シュラは見逃さない。
「…………」
喉元。
数センチ先へ────鋭い刃先が突き付けられていた。
腕試しとして始まった決闘は。
シュラ・サーペンタインの勝利で幕を閉じた。
「──流石、見事な戦いでした。タケル・アマノ総括」
構えを解き。剣を腰の鞘へと収めながら。
シュラは張り詰めていた空気を霧散させるように笑った。
その声音には、掛け値なしの賞賛が込められている。
未だ先程の感覚を追っていたタケルも、それで我に返った。
「え、あぁ、いえ……どうも。
まさか負けるとは思っていませんでした────先程の非礼を詫びます」
「とんでもない。所詮は生身での戦いです」
シュラは軽く首を振った。
「この世界において、真の強さが問われるのは戦場──MS戦闘の中にこそあると、自分は考えています。
出来れば今度は、そちらでも貴方とやり合ってみたい」
「恥の上塗りは御免ですよ。これ以上、私の威厳を無くそうとしないで下さい」
「ふっ、ご謙遜を」
冗談めかした返答に、シュラも愉快そうに笑う。
「それでは、約束は約束ということで……」
「えぇ。我々が先程の一件を問題にすることはありません」
「感謝します──では、私共はこれで」
シュラの言葉に従い、ブラックナイツの面々も揃って礼をする。
自分達のトップである彼の勝利にご満悦なのか、その表情にはどこか嘲りに似た気配があり、コンパスの面々は顔を顰めた。
「隊長、なんで……」
去り行くブラックナイツを見送っていると、タケルの元へシンが駆け寄って来る。
「なんでも何もないさ。相手が僕より
「ですが、お兄様が負けるなどと……少々信じられません」
「うん、そうだね……僕もちょっと信じられないかもね」
サヤの言葉に苦笑しながらも。
タケルの視線は、遠ざかるシュラの背中を追っていた。
「あーあ。アマノ総括も、意外と大したことないのね」
少し離れた場所。
遠巻きに決闘を見守っていたアグネスが、声量を落としながらも露骨な落胆を滲ませる。
「アグネス。それ、サヤに聞かれたらまた面倒なことになるわよ」
「分かってるわよ。だから聞こえないようにアンタと話してるんでしょう。で、実際どうなのよ?」
「何がよ?」
「さっきの戦いを見て、よ」
「はぁ?」
アグネスとて、タケル・アマノがどのような人物なのか、全く知らないわけではない。
このような場で全身全霊を掛けて──などという戦い方をする男ではないだろう。
自らの強さを誇示するような性格でもない。
先程の決闘が、あくまでファウンデーション側の実力を確かめるためのものだったことも、薄々ながら理解している。
だが。それにしたって。
あのように綺麗に敗北するとも思っていなかった。
「あの人、あんなもんなわけ?」
「知らないわよ、そんなの。あの人の限界なんて、私が推し量れるわけもないでしょ」
「まぁ、そりゃそうよね。凡人筆頭のあんたじゃ」
「うっさいわね!」
遠くから聞こえてくる失礼極まりないやり取り。
タケルは聞こえない振りをしながら。
今にも飛び掛かりそうな顔で青筋を浮かべるサヤの肩を、そっと押さえた。
そしてもう一人。
非常に不満そうな顔をしている人物へ、恐る恐る視線を向ける。
「ちょっとぉ……なんで負けてるのよ」
「あ、あはは……」
「あんだけ啖呵切っておいて、もう……こっちまで恥ずかしいじゃない」
「ごめんって」
腰へ手を当て、呆れ切った目を向けてくるフレイ。
恥ずかしいのは自分も同じなのだから勘弁してほしい、とタケルは肩を竦め、平謝りするしかなかった。
実際、負ける気など無かったからこその、あの大見得である。
当然、その分だけ羞恥も倍増だった。
タケルとて穴があれば入りたい気持ちなのだ。
「(はぁ……シュラ・サーペンタイン、か)」
だが苦笑の裏側で、タケルの意識は既に別のところへ向いていた。
去っていくシュラの背中を見つめる。
脳裏で繰り返すのは、決着直前の攻防。
突然変わった動き。
こちらの返しを悉く読み。捌き。
それを上回る速度で、次の攻撃へ繋げていく異常な反応。
「(────間違いない)」
あの変化を。
タケル・アマノは知っている。
自身も。
幾度となく辿り着いてきた領域。
「──SEED」
少なくとも作者はこれからが楽しみな入り。
是非ともこれからの期待を込めて皆さんの感想をお聞かせください。
ココスキ機能とかも是非。作者はそれを見て嬉しくなりますので。
次回もお楽しみに。
劇場版で活躍して欲しい子アンケート
-
忠犬主人公シン
-
お兄様至上主義サヤ
-
ザ・お姉ちゃんルナマリア
-
オーブ三羽烏
-
エクステンデッド組
-
ユリス&レイ
-
一応主人公タケル