機動戦士ガンダムSEED カガリの兄様奮闘記   作:水玉模様

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幕間 今ある現実

 

 

 

 

「──あの子を殺したのは、兄様だろうって」

 

 

 

 

 言葉が見つからなかった。

 戦闘中ですら、これ程言葉に詰まる事は無かったと、ナタルは思った。

 

 ナタル・バジル―ルは当初、タケル・アマノへの見舞いと謝罪の為に医務室を訪れていた。

 

 先の戦闘において、知らぬ事とは言え自身の判断がタケルの命を見殺しにする判断であった事。

 それに、大きな負い目を感じていたからだ。

 

 勿論、軍人としては正しい判断である自覚はあった。

 いくらアークエンジェルの為に戦ってくれているとは言え、タケルはオーブの人間。

 アストレイもまた、地球軍にとって重要な機体ではない。

 本来であれば見捨ててアラスカへ向かう事を優先した方が地球軍の為になっただろう。

 

 だがマリューが言った通り、彼が居なくてはまともに降下すらできなかったのは事実だ。

 大気圏突入までの限界時間が迫るあの過酷な状況下で、先遣隊の時以来の目覚ましい動きを見せ、バスター、イージス、ブリッツを相手取っていた。

 結果的には全滅となったが、彼の活躍がどれだけ第8艦隊の生存を引き延ばしたかは火を見るより明らかである。

 

 ナタルにとっても、彼は既にオーブの人間ではなくアークエンジェルの一員となっていた。

 マリューの言う通りに見殺しにする選択など、できようはずがなかった。

 

 胸の内に留めておくくらいなら、打ち明けて後腐れ無いように負い目にケリをつけておきたい。

 そう思って、医務室へと赴いたのだ。

 

 

 

 しかし、結果的には正解だったとも言える。

 

 こうして、目の前の少年が全てを吐き出す一助になれたのだから。

 

 ため込むよりは良い──吐き出さなければ、それは胸の内に居座り勝手に膨れていく。

 言葉にして自身の気持ちを整理するのは、理に適った対処法なのだ。

 

 

 だが、その先はどうすれば良い? 

 

 話を聞きだし、抱えた想いを吐き出させることはできた。

 だがその先、目の前で暗い自責の念に溺れている少年に、己は何をしてやれば良いのか。

 

 返す言葉も、何をして良いのかもわからなかった。

 

 ありきたりな慰めの言葉が、今の彼に届くとは到底思えなかった。

 だが、本来彼にとって拠り所となるはずのカガリは、今回に限ってはむしろ危険な劇薬になりえる。

 

 どうすれば今の彼を救えるのか。ナタルは必死にその答えを探した。

 

 痛々しいその姿を、見ていられなかった。

 己に絶望する姿を否定してやりたかった。

 ナタルにとって目の前の少年は、笑顔で皆を勇気づける、頼りになる存在であって欲しかった。

 

 

 

「何故、君はそんな風にしか考えられないんだ?」

 

 

 

 言葉は、自然と口をついて飛び出した。

 もしクルーの誰かがここに居たら、ナタルが発した余りにも優しい声音に驚愕したことだろう。

 それ程、今のナタルの声には慈愛が満ちていた。

 

 椅子から立ち上がったナタルは、簡易ベッドの壁際へと寄っていたタケルの元へと身を乗り出した。

 

 未だ怯えるタケル。

 だが、いつか思ったようにナタルとカガリが被って見えて、タケルは身を乗り出したナタルに僅かに安心を抱いていた。

 

「君は戦ったはずだ。必死に……私達を守るために」

 

 そっと怯えるタケルを怖がらせないように、ナタルはその頬に手を添える。

 砂漠の夜が冷えるせいか、その手は少し冷たくて、熱に浮かされていたタケルにとってはどこか心地良いものであった。

 

「君にシャトルを巻き込むつもりはなかった。君は守りたかっただけのはずだ────確かに、守れなかったものもあるだろう。だがその結果、今の私達もここに居る」

 

 何故、守れなかったと嘆くのか。

 何故、守れたことを喜べないのか。

 何故、守れなかったものばかりに目を向けるのか。

 

 そもそも、戦闘中に起きた出来事に対してパイロットに責が向くのはおかしい話なのだ。

 戦闘に巻き込まれたのなら等しく、戦闘を行う両軍に責任は向かなければならない。

 いくらタケルの行動が影響した事とは言え、タケルが言う“言い訳”と言う名の“事情”だってシャトル撃墜の裏にはあるはずだろう。

 シャトル撃墜の責を、一個人が背負うなどむしろあってはならない事である。

 

 慰めるようで、だがどこか自らを責め続けるタケルを叱る様に、ナタルは言葉を紡いだ。

 

「忘れろとは言わない。後悔するなとも言わない。

 だが、それ程までに自責にかられてしまうのなら、もっとその想いを信じてやれ。君が持つそれだけの想い……守れたものもたくさんあるはずだ」

「守れた……もの?」

 

 呆けたように、タケルは呟いた。

 顔に添えられたナタルの手が、互いの熱を伝えあう。冷たさを無くし徐々に温かく感じられる手を、タケルは握りしめた。

 

 

「温かいはずだ──君がここまで戦ってきたから。私の手はこうして今も、温かいままでいられるんだ」

 

 

 それは1つの真実であった。

 これまで必死に戦い守ってきた、アークエンジェルが墜とされずに今も在るという結果。

 守れなかったものがたくさんある中でも、守れたものがあると。ナタルが示したのは、その結果であった。

 

「今目の前にある現実をもっとよく見てくれ──君が必死に戦ってきた事実をもっと信じてくれ。じゃないと君は、本当に何もできない事になってしまう」

 

 諭された──ナタルの言葉で、頬を伝う温もりがこれまでの戦いの結果であると理解して、タケルは再び涙を流した。

 

 後悔は未だあった。

 だが同時に、無意味でなかった事も知った。

 

 その現実に縋るように、タケルはナタルの手を握りしめ、さめざめと泣いた。

 

「泣き疲れたらまた休むと良い……それまでは側にいてあげよう」

 

 ナタルは空いてる手でタケルの背を撫でつけ、あやすように言った。

 それを聞いたところで、堰を切ったようにタケルは声を上げて泣き始める。

 

 まるで、ため込んだ思いを全て吐き出すように。

 

 

 言葉にならない懺悔を、ナタルに聞いてもらうように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フレイ・アルスターは、やや疲れた顔でアークエンジェル艦内を歩いていた。

 

 ナタルに言われ、カガリを追いかける事数十分。

 カガリが一向に見つからないのだ。

 

「もー、あの子ってば普段はそれなりに冷静なくせに、一度走り出すと止まらないんだから!」

 

 思わず愚痴も吐きたくなるというものであった。

 食堂も探した。部屋も探した。レクリエーションルームも、展望デッキも。考えられそうなところはフレイの思いつく限りかたっぱしからである。

 だが、見つからない。

 

「あっ、フレイ! ってどうしたの、ちょっと疲れた顔して」

「ミリアリア。うん、ちょっとね……」

「あれ、何か問題な感じ?」

「うん。実は……」

 

 かいつまんでフレイは先の出来事を話す。

 目を覚ましたキラ。医務室に戻ってきたカガリ。

 そして目覚めるなり、カガリの手を振り払って拒絶したタケル。

 

「あのアマノ二尉が、カガリさんを? ちょっと信じられないけど……」

「私だって驚いたわよ。でも実際にこの目で見ちゃったし……それで医務室を飛び出したカガリを探しているんだけど……」

「私も見てないけど……あっ、でもさっきトールが凄い勢いで走っていくカガリさんとすれ違ったって!」

「それ、何処?」

「多分……格納庫方面じゃないかな。トール、格納庫から戻ってくるところだったし」

「ありがとうミリアリア、私行くね!」

「うん」

 

 走り去っていくフレイを見送り、ミリアリアは少しだけ呆然とその場に立ち尽くした。

 以前のフレイであれば、誰かの為にあぁも必死に走ったりはしなかっただろう。

 キラの看病にしてもそうだ。

 他に仕事が無いから、できる事をしようと進んで看病を買って出ていた。

 

「私達も、フレイも、キラも……皆戦争を知って変わった」

 

 決心したことは別に悪い事だとは思っていなかった。

 だが、各々が大なり小なり戦争を知って変わった事。ミリアリアは少しだけ怖く感じていた。

 以前のままの自分ではいられない。そんな決心の下志願した地球軍。

 それは同時に、以前のままの関係ではいられない可能性も孕んでいるのではないか。

 

 そう、少しだけ心配になってしまっていた。

 

 

 胸の内にある不安を振り払おうと、ミリアリアも格納庫へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 カガリ・アマノは現在、アークエンジェルの格納庫に居た。

 正確には格納庫の、それもアストレイのコクピットの中である。

 

 その中で、カガリはシートに座り膝を抱えて涙を流していた。

 

 医務室での出来事。

 わけもわからず拒絶され振り払われた手。

 爪が引っかかったのだろうか、手の甲には僅かに血が滲んでいた。

 少しだけヒリヒリと痛むが、そんな事は全く気にならないほど心の方が痛かった。

 

 初めての経験であった。

 兄から拒絶され、振り払われたのは。

 幼少の頃は兄を疎んで拒絶していたが、今になってようやくそれがどれだけ辛い事なのかを理解した。

 尊敬し、敬愛する兄から疎まれる事。身が震える心地であった。

 もう二度と、兄が自分に構ってくれることはなくなるのか──そんな嫌な想像だけがやけに鮮明に思い描けた。

 

 また一つ、涙が零れる。

 

「にい、さま……」

「やっと見つけた!」

 

 コクピット自体は開いていたからだろう。

 良く通る高い声がカガリの耳に届く。

 俯いていた顔を上げれば、そこにはフレイ・アルスターの姿があった。

 

「何しに来たんだ、フレイ」

「別に、バジル―ル少じゃなかった中尉に頼まれて、貴方の泣き顔を見に来ただけよ。

 兄様大好きのカガリがどんな顔で泣いてるのかなーって」

 

 わかり易く挑発めいた言葉であるが、今のカガリにそれを受け流す余裕は無かった。

 一気に剣呑な表情へと変わり、コクピットを覗いて居るフレイを睨みつけた。

 

「っ!? フレイ! 今の私に冗談は通じないぞ!」

「冗談? 私も冗談なんか言うためにカガリを探したりしないわよ。カガリこそ、冗談はその泣き顔だけにしてくれる?」

「なんだと! フレイに何がわかるんだ! 大切な兄様に拒絶された私の気持ちが!」

「わからないわよ。生憎私にはもう大切な家族なんていないんだから!」

 

 フレイの言葉にハッとして、カガリはバツが悪そうに口を噤んだ。

 失言であった。父を失い天涯孤独の身となったフレイの前で家族の話などと……

 

「──すまない、そんなあてつけるつもりじゃ」

「何言ってるんだかこの子は……ホント、冗談はその泣き顔だけにしてよね」

 

 あてつけも何も、フレイは今自身から家族の事を口にした。

 彼女なりにもう折り合いもついていたが故の事であるし、何よりカガリがあの時優しく諭してくれたからこそ乗り越えられた悲しみだとフレイは思っていた。

 カガリがフレイに対して、殊更意地が悪く言葉を選ぶわけもない。

 そんな人間でないことは他ならぬフレイが良く知っている。

 無遠慮にコクピットへと踏み入ると、フレイはカガリの正面まで顔を寄せた。

 

「良い? 貴方のお兄さんは大切な妹である貴方を拒絶する様な人なの?」

「そんなはず──ないさ」

「貴方は、お兄さんに何かしちゃった?」

「してない──多分」

「さっきのアマノさんの様子、普通だったと思う?」

「思わない」

 

 一問一答。まるで答え合わせの様にわかり切った問いに、わかり切った答えを返すフレイとカガリ。

 そしてその答えを聞くたびにフレイはどこか呆れた様子へと変わっていった。

 

「そこまでわかってて何でウジウジ泣いてるのよ。普通じゃない程何かに追い詰められてるからあんな風になってるんでしょ? 違う?」

「そう、かもしれないが」

「大切なお兄さんが苦しんでるときに、こんなところでウジウジ泣いてて何か変わるわけ? そんなことしてる暇があるなら、少しでも側にいてあげなさいよ」

「だが、バジル―ル中尉は近づかない方が良いと……」

 

 再び顔を俯かせて、自身無さげに言葉を紡ぐカガリに、フレイは僅か苛立ちを覚えた。

 その苛立ちを乗せるように強くなった語気でフレイはカガリを叱責する様に口を開いた。

 

「本当に怒るわよ。近づかないのとただここで泣いてるのはイコールじゃないでしょう! 落ち着いて冷静になった時、あの人の側から貴方が消えたら、それこそまたあの人を追い詰めかねないんじゃないの?」

「だがっ! 本当に嫌われているのだとしたら」

「そんなわけないじゃない。どこに嫌う余地があるのよ」

 

 なかなか決心がつかないカガリにフレイはまた呆れ顔を見せた。

 

「貴方は、ちょっと意地っ張りで、ぶっきらぼうで、その上全然女の子らしくなくて、まるでかわいくない」

「なっ、なに!?」

「でも、優しくて、不器用で、こんな私みたいな奴も必死に抱きしめて支えてくれる……そんな天使みたいな女の子よ」

「──フレイ」

「誰が、そんな貴方を嫌うのよ。貴方の兄様が要らないって言うなら、私がもらってあげるから。だから早く行ってあげなさい」

 

 そう言うとフレイは、カガリの手を取りコクピットから引っ張り出した。

 開いたハッチに2人が乗るには手狭なため、至近距離でカガリとフレイは顔を会わせることになる。

 

「まだ行かないって言うなら、私がアマノさんの妹に立候補しちゃうけどいいの?」

「なっ!? 何をバカな事を言ってるんだ! そんな事は絶対に許さない。兄様は私の兄様だ!」

「そう言うなら、ほら、早く」

「わかっている!」

 

 まさかのフレイの言葉にようやく踏ん切りがついたか、カガリは息巻いて医務室へと向かった。

 だが途中で振り返ると、フレイに向けて声を張り上げる。

 

「フレイ!!」

「なーに!」

 

 互いに距離のある会話。必然、声が大きくなり、格納庫内に居た整備班からの視線がにわかに集まった。

 

「私にとっても、フレイは天使みたいな女の子だぞ!」

 

 そう言って、駆けだしていくカガリ。

 投げつけられた言葉に目を丸くして、フレイはまたも呆れた顔を見せていた。

 

「全く、恥ずかしげもなくああいう事言えるんだから……あの子は本物よね」

「ちょっと顔赤くしてるくせに何言ってるのよフレイ」

「みっ、ミリアリア!? いつからそこに!」

 

 突然かけられた声に振り返れば、目を細くして白けた視線を向けるミリアリアの姿があった。

 

「いつから……そうね~フレイがアマノ二尉の妹に立候補するって辺りかしらね」

「い、言っておくけど、あの子を焚きつける為だからね!」

「別にまだ何も言ってないじゃない」

「言いたいことが顔に書いてあった!」

「まぁ間違って無いけど……それにしてもフレイ、ちょっと弄ぶの上手すぎじゃない? 怖いくらいなんだけど?」

「な、何よ、弄ぶって……?」

「こんな私みたいな奴でも抱きしめて支えてくれる──天使みたいな女の子よ。だっけ?」

「ぶっ!? ちょっとミリアリア! しっかり聞いてたんじゃない!!」

「いやー本音かどうかはともかく、人を惑わす見事な物言いよね。あれなら男も女もコロっと騙されるだろうなって鳥肌が立ったわ」

 

 思い出したかのように、ミリアリアは肌をさすっていた。

 

「失礼ね……本音に決まってるでしょ」

「えっ、嘘!?」

「勘違いしないで! 私はサイ一筋だし、あの子に変な気持ちは抱いていないわ」

「なんだ……びっくりした」

「ただ、私はあの子に救われたから……だから、助けてあげたかっただけよ」

 

 真剣なまなざしでカガリが向かった通路へと目を向けるフレイ。

 その姿に、やはりミリアリアは、大きな変化を認識し少しばかりの不安を抱いていた。

 

「ホント、変わったね……フレイ」

「おかげさまでね」

 

 一抹の不安を抱きながらも、そんな変わったフレイの隣が、少し居心地よく感じたミリアリアであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 安寧を求めて降りたのは、新たな敵の待つ懐であった。

 軍人として戦いに身を置くことを決めた少年達。

 軍人として守るべきものを守れなかった少年。

 それぞれの想いは砂漠の夜に溶けて消え、新たな敵が今再び白亜の大天使を襲う。

 次回、機動戦士ガンダムSEED

『燃える砂塵』

 決意の力、敵へと示せ、ガンダム! 

 

 




助けてもらった。救ってもらった。
だから今度は救って見せる。
そんなお話

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